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13 わたしは選ばれない

 おうさま。オウサマ。……王様? 

 愛奈の頭にサンタのように白いひげをたくわえたおじさんが浮かぶ。

 王様を父と呼ぶということはつまり、このプラチナブロンドの少年は王子様ということになる。

 どうりで気品があるわけである。赤髪の少年とは雰囲気が違う。

 やわらかな笑みを浮かべているが、反論は許さないという強い意思のこもった目をしている。

 愛奈は一方的に喚びつけられ、おまけに雑な魔法のせいで本来現れる場所ではないところへ飛ばされた結果が、ドラゴンであるロイドとの因縁の始まりだ。

 

 正しい場所に喚ばれていれば、いきなりドラゴンに食われそうになることもなかったし、正当防衛でぶん殴って契約が結ばれることもなかった。

 あまりにも理不尽で、自分勝手な人たちだ。

 これが王族というものなんだろうか。愛奈の気持ちを丸無視したその言葉に、眉がつり上がる。

 口がピクピクと動き、握りしめた拳がぶるぶると怒りで震えた。


「行かなきゃいけない理由がわたしにありますか? 元の世界に帰してくれるなら、行きますけど」

「詳しい話はお父様からある。さ、早く」

「グズグズするな」


 来て当然、という態度の二人に愛奈の額に青筋がひとつ、ふたつ。

 そのうち血管が切れるかもしれない。

 しかし、その王様に会って元の世界に帰る方法がわかるかもしれない。

 喚べる魔法があるのだから、帰す魔法だってあるだろう。むしろなきゃ困る。

 荒れ狂う怒りを一旦抑えようと息を吐き出し、スゥ、と軽く吸って二人のあとを追う。


 廊下は天井が高く、首が痛くなるほど。あまり上を見ると、後ろにひっくり返りそうだ。

 シャンデリアはキラキラと眩しいぐらいの輝きを持ち、平民の目には少し痛かった。

 壁にはいくつも絵が飾られ、どれもこれも高そうな額縁に入っている。

 床はピカピカに磨き上げられ、ホコリ一つ落ちていない。

 あちこち見渡しながら歩いていたら、前を歩く二人から少し離れてしまって、慌てて足を早める。


 着慣れない服で動くのは息苦しく、何より今は五センチほどだがヒールを履かされている。

 靴先に押し込まれた指が窮屈で痛い。ぐらぐらと安定しない足元はいつ転ぶかわからず、落ち着かない。

 愛奈が着せ替え人形のように着せられた服はワンピースのようだった。

 といっても袖は二の腕辺りで切り替えられ、先に向かってヒラヒラと広がっており、スカート丈はふくらはぎまである。

 スカートには細かい刺繍が施されており、生地はなめらかで肌触りがいい。

 お高いのだろうが、今の愛奈にはそんなことに気を使っている場合ではない。

 派手に転ばないよう歩くのが精一杯だ。


「お父様、聖女様を連れてまいりました」

「入りなさい」


 重厚な扉が開かれると、中には白髪を束ね、ゆったりと笑みを浮かべた老爺がいた。

 どうやらこの人が王様のようだ。

 もっとこう、厳しい感じかと思って身構えていたのだが、思ったよりも優しそうな佇まいに、愛奈の警戒心が少しゆるむ。

 王子と赤髪の少年に連れられ部屋へ入る。

 大きな部屋の両側には衛兵がずらりと並んでいる。腰に下げた物騒な形の棒を見て、愛奈の心臓がヒュッと縮み上がる。

 

「聖女よ。どうかこの世界を救ってほしい」

「……え、っと……ひとつ、聞いてもいいですか?」

「なんだ」

「どうして……聖女はあなた方が喚んだ場所から別の場所に飛ばされたんですか?」

「ふむ。どうやら黒竜の影響でな、魔法が乱れるようなのだ。本来は陣の中に現れるのだが……この召喚術を使ったのも二百年ぶりでな、個々の魔力の差も影響するらしい。いや、しかし申し訳ないとは思っている」

 

 国王の顔を見る限り、反省の色はまったく見えないのは気のせいだろうか。

 口では申し訳ないなどと言いつつ、顔は「何か問題でも?」みたいなムカつく顔をしているように思えてしまうのだ。

 国王は腰掛けていた椅子から立ち上がると、愛奈のもとへ歩いてくる。

 無言で近づいてこられるのはなんだか怖い。視線をどこに向けたらいいのかわからず、下を見たり上を見たりと忙しい。

 そうしている間にも距離は近くなり、何をされるのかと構えていると、国王が腰を折って深々と頭を下げた。


「この世界を救ってくれ、聖女よ。世界を救った暁には、必ずや元の世界へ帰すことを約束しよう」

「ッ、元の、世界に帰れる、ん、ですか……?」

「ああ、必ず送り届ける」


 まっすぐ、曇りなき瞳で愛奈の目を見つめる国王が嘘をついているようには見えなかった。

 信じて、いいのかもしれない。しかし、愛奈には世界を救うなどと大層な力はない。

 ドラゴンをワンパンで倒す力はあるが、それ以外で何かできるかと言われると何もできない。

 聖女というぐらいだから、何か癒やし系の力を持っていてもおかしくないと思うのだが、あいにくそんなものは持ち合わせていない。

 愛奈が返答に困っていると、国王は話が終わったと言わんばかりに頭を上げた。


「シエル。聖女に説明を」

「わかりました。聖女様、こちらへ」

「え、え、あの、わたしまだ何もーー」

「陛下はお忙しいのだ、時間を取らせるな」


 赤髪の少年に乱暴に手を引かれ、転びそうになりながら部屋を後にした。

 廊下に出てから、突き放すように手を離された。よろけた愛奈には一瞥もくれない。

 履き慣れない靴でズキズキと痛む足、わけのわからない状況、愛奈の頭は感情に飲まれてパンクしそうだった。

 この、わけのわからない状況につれてきた本人は素知らぬ顔。不機嫌を表すように口をへの字に曲げている。

 王子、シエルが剣呑な雰囲気の二人の間に入り、まぁまぁとなだめる。


「これから北の大陸へ行かなくちゃならない。護衛にはアルベルトをつけるよ。愛想はかなり悪いけど、剣の腕は立つからそこは信用していいよ。さ、旅支度だ」

「ま、待ってください。わたし、世界を救うなんて無理です、できません。そんな力ないし……無理です」

「いいや、聖女として喚ばれたのだから、君には力があるんだよ。急がないと、瘴気に包まれてしまう」

「瘴気?」

「ああ、黒竜が発する瘴気は、生物を死に至らしめるんだ。黒竜のいる北の大陸は全滅寸前だ。西の大陸もかなり危うい。一刻を争う状況なんだ。君しかできない。君の力で世界を救うんだよ」


 そんなの、無理に決まっている。

 愛奈は選ばれた人間ではないのだ。選ばれた人間は、もっと輝いている。

 自分はそちらには行けない。そういう人生だった。そして、それはこれからも。

 誰かに期待されるのが苦手だった。

 できなかった時の、失望したような目が怖かった。

 だったら、最初から期待しないでほしかった。自分のような人間に力など、あるわけがないのに。


 クラスのリーダーに目をつけられた時点で、愛奈の学校生活は終わっていた。

 あの時、あの子たちを一緒になってバカにしていたらよかったのかもしれない。

 バカにすることであの子たちから責めるような目で見られることが怖かった。本当は仲良くなりたかった。一歩踏み出せなくて、それは叶わなかったけれど。

 

 いつだって、愛奈は人の陰にいた。

 ハブられていたことで隠れるように過ごしていたのもあるし、元々前に出るタイプでもなかった。

 でも、憧れはあった。

 いるだけで周りが明るくなるような人に。

 たくさんの人に囲まれる人に。

 憧れて、妬んで、何もできない自分が恨めしいと思った。


「できません……」


 無理なのだ。自分が前へ出ることなんて。

 持ってない人間だから。選ばれない人間だから。

 愛奈は求められない。あの時曖昧に笑ったことだって、どちらからも責められるのが怖かっただけだ。

 ハッキリと賛同してしまえばあの子たちから責められる。

 何も言わなければ、リーダーたちから責められる。

 どっちも嫌だった。

 臆病な愛奈は、選べなかったのだ。

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