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 彼は笑みを浮かべて、嬉しそうに話す。

「リア、僕は遠い国から主人に使いを頼まれてこの国に来ました。主人は本が好きで、世界中の面白い話を集めているのだけど、あなたの話もコレクションしていてね」

「まさか、そんな話を信じろというの?」


「本当です。僕はあなたのお話のファンだ。あれだけの話を書く人がどんな人か気になって少し調べてしまったけど、誓ってあなたの不利益になるようなことはしない。約束する」


「信じられないわ」

 胡乱げな眼差しを送ってしまう。地味に売れているとは言っても、そもそもあの斬新すぎる設定に、読者が付いてきているのが不思議だったし、その上、国の外から買い付けに来たと言われても困惑するしかない。



 しばらく無言で睨んでいると、彼は困ったような顔をした。

「僕は、その、あなたの国でいう、魔物の国から来たんです」

本当は言うなって言われていたんだけど、これで許してくれるだろうか。と彼は言った。


「なんですって?」

 思わず反射的に瞳を輝かせてしまった。もし、それが本当なら、彼の国の話はネタの宝庫になる。でも、魔物の国なんて誰も行ったことがないと聞いている。やはり彼は私を騙そうとしている?


一応これが証拠になるかな。と彼はつけている手袋を片方引き抜いた。大きく骨ばった手の先の爪は鋭く、深い藍色をしている。

「信じてくれるだろうか」


 真摯な目を向けてくる彼を疑い続けることは無理そうだ。

「信じるわ。あなたの名前は?」

「ラウルム」

しぶしぶ小さく頷き返すと、彼はほっとしたように詰めていた息を吐いた。


「ありがとう。そろそろ送ります。また話してくれると嬉しい。この街にはしばらくいるから」

彼は手袋をはめ直すと、私に向かって差し出す。

「お気遣いありがとう。でも、一人で帰れますけど?」


「闇が近い。歩いていたら間に合わない」

見渡した通りは確かに暗くなり始めている。


「失礼」

ラウルムは私の手を取ると、流れるように目を塞いできた。


クラっという浮遊、そして——

「着いたよ。では、また」

声とともに視界が開かれる。いつのまにか、借りている部屋のそばに一人で立っていた。


「なんだったの」

彼の姿はどこにもなく、まるで不思議体験だ。これって——

「もしかして、本当にネタ?」

さっきまでまだどこか疑っていたけれども、すっかり信じてしまいそうだ。




 魔物の国から来たと行っていたけれども、ラウルムも魔物なのだろうか。いや、あの爪はそういう意味で見せたはずで——次の日も仕事をしながらぼへっと物思いに耽る。


「ちょっとまたなの? リアナ」

アリシアのいつものように苛立った声を聞きながら、細工を作る。


 一日はあっという間に過ぎた。カチコチに固まった肩をほぐしながら、借りている部屋に戻ろうと仕事場を出る。


「こんにちは」

かけられた声に、けれどどこかでやっぱりという思いが湧き上がってくる。


「驚かないのですね、リア」

「私の名はリアナです」

漠然と彼は来るのではないかと思っていた。ただの予感だったが当たったようだ。


とりとめない話を彼は振ってくる。時折混じる彼の故郷の話にどうしようもない興味を覚える。こちらが嘘でもいいから、魔物の国の話を聞きたくてたまらないのがわかってしまっていると思う。


彼の足が止まる。いつの間にか、この間送ってくれたところまで来ていた。もう終わってしまったのか。名残惜しそうな視線を送ってしまいそうで、咄嗟に目を逸らす。


「また明日伺ってもいいですか?」

ラウルムは私を見て、喉奥で笑ったようだった。


言葉に詰まったまま動けない。

「沈黙は肯定と受け取りますよ」



 彼は話し上手だ。上手いことやられていると思う。騙されているのかもと。それでもネタなのだ。話を聞くのは楽しかったし、それに誰かと普通に話したのは久しぶりだった。少し変わっている自覚のある私に嫌々話しかけるのは、アリシアくらいで、そう、人恋しくて魔が差したのかもしれない。


「また、明日」

気がつけば、私の口から勝手に言葉が滑り出していた。咄嗟に手で押さえたけれどももう遅い。

同じように目を見開いて口を押さえたラウルムが視界に入る。


彼はわざわざこちらに視線を合わせてきた。


「また明日、リアナ」

嬉しそうに微笑んだ彼の顔が、しばらく頭から離れそうになかった。




 ジョキリ、ジョキリ。

 次の休み、私は鏡と真剣に向き合っていた。なんとなく伸ばしていた前髪を切りたい気分だったから。

「上手くいかない」

途中まで切って斜めになってしまった髪を睨みつける。

どうにも、不恰好だ。日頃から綺麗にしているアリシアならできるのにと思い、彼女は結構世話焼きだから、助けてくれないだろうかと隣のドアを叩きに行った。


「何よこんな朝早くから——」

文句を言いかけたアリシアはリアナの顔を見てあんぐりと口を開けた。

「あなた、どうしたのそれ」

「邪魔だから切ろうと思ったんだけど、上手くいかなくて」


「入りなさい」

顔をしかめた後、仕方ないわね、と言うアリシアは本当に優しいと思う。こういうのを、夢で見た気がする。ニホンジンはツンデレとか言うのだったか。


ショキン、ショキン。

椅子に座った私の前髪をアリシアが切っていく。もういいわよと言われて鏡を見ると、綺麗に眉下のあたりで揃っていた。


「ありがとう」

流石は、アリシアだ。

「どういたしまして。それにしてもあなた、きちんと顔あったのね」

随分な言われようだが、私も時々自分がどんな顔だったか忘れていたので仕方ない。


「で、なんで髪切ろうと思ったわけ?」

「邪魔だったから」


 アリシアは胡乱げな眼差しを送ってくる。そりゃあそうだろう、彼女に会ってからもう一年は経つが、その間ずっと伸ばしっぱなしだったのだから。


 ふーんとか、勝手に納得したようにアリシアは言う。

「あなたにも好きな人でも出来たってわけ?」 

「は?」

「あなたが最近男性と歩いてるって噂に聞いたのだけど」


 ラウルムは、あれから毎日やってくる。もう2週間、ずっとだ。彼の長身を見上げながら話すのに、どうにも前髪が邪魔なのだ。切ろう。特に伸ばしていた意味もないし、と思い立ち実践したのが今日というわけだ。

「あれは、そういうのじゃ」

「へえ、歩いてたってのは否定しないのね」


「まあ、いいわ。やることがあるから、終わったら出て行って頂戴」

ぴしゃっと目の前でドアを閉められてしまう。

さて、今日は何をしようか。


 久しぶりに前髪越しじゃない空は青く雲ひとつない。散歩と言うには自分は、インドアすぎるし、本屋にでも行こうか。途中、散歩もできるし、そうしよう。


 東の通りの本屋を訪れると、ラウルムがいた。腕に何冊か見たことのない本を抱えているからきっと新刊だろう。その中に、私の書いた本もあった。あのガーゴイルとハーピーのロマンスの最終巻だ。


彼は私に気づくと驚いたような顔をした。

「少し待っていて」

待つ必要などないのだが、なんとなく頷いてしまうと、彼は慌てて会計をしに行った。


「お待たせしました」

「別に待ってたわけでは」

 彼はゆったりとした足取りで隣に並び、なんでもないことのように話しかけてくる。主人の使いが粗方あらかた終わったこと、もうすぐ国に帰ること、いつも通りの声が、いつもの終わりを告げていた。


「そう」

 思わず俯く。国に帰ってしまうのか。せっかく話のできる人を見つけたと思ったのに。胸の奥が少しだけツキンと痛んだ。暗い顔をしていたのだと思う。


視線を感じて顔を上げると、ラウルムはじっと私の顔を見ている。心なしか距離が近い。

「髪を、切ったのですね」

何かおかしかっただろうか。

「よく似合っています」


そう続けて、彼はほんの少し寂しそうに微笑んだ。

「すみません、国に帰らなくてはいけないのに、あなたが遠くに行ってしまったようで」

ああ、そうか。

「私も寂しいですよ」

その言葉はするりと口をついて出た。


「ラウルムと話しをするのは楽しかったので」

そういえば、初めて彼の名前を呼んだかもしれない。これが最後だと思うと素直な気持ちがどんどん出てくる。


「事実なんてこんなものよね」

送ってくれると言うのを断って、ひとり歩く、今日は道にやけにカラスが多い。その日は、なぜか眠れなかった。



「リアナ、あんたふられたの?」

次の日、眉をひそめてそう言ったのはアリシアだ。

何を言っているのかわからず、首をかしげる。

「ひどい顔してる」


鏡を差し出され覗き込むと、昨日眠れなかったせいなのか。クマのできた冴えない顔が覗いている。

「昨日眠れなくて」

「それだけじゃないでしょう。今日はいつにも増してやってる事がトンチンカンじゃない。それに暗いわ。せっかくこの私が前髪切ってあげたのに、余計に暗くなってどうするのよ」


 これは、慰められているのだろうか? 少し意外なところで感動してしまう。考えたこともなかったけど、私とアリシアの間にはいつの間にか心配する程度の友情のようなものがあったらしい。


「いい、振られたら忘れるのよ。次の男を見つけないと」

流石はアリシアだ。


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