忠犬と勇者
「ボクの仲間になってくれる?」
「は?」
先程まで闘っていた相手からかけられた言葉に唖然とし、思わず呆けた声を出してしまった。この辺りでは珍しい黒髪を散切りにしたひょろいニンゲン、その見た目とは裏腹に実力は高く、私は劣勢を強いられていた。
このニンゲンは何を言っているのだろう? 私はお前から散々斬りつけられ、自慢の真っ白な毛並みが血まみれになんだが。傷は回復魔法で治癒しているから問題ないが、痛いものは痛い。やけに手を抜いているように感じたのはこれが目的なのか? 馬鹿かよ。死ねよ。
「えっと……、仲間になって欲し──」
「──断る」
私は奴の言葉を遮り拒絶した。奴は明らかに狼狽し、矢継ぎ早に質問を重ねる。
「え? 君は魔物なのに人の言葉を話せるのかい? いや、それよりもなんで?」
「お前は阿呆なのか? なぜ散々痛めつけられた奴の仲間にならんといかんのだ」
「んー、まだ邪気が払えていないのかな? 痛いだろうけど、もうちょっと我慢してくれる? ちゃんと回復してあげるからね」
奴は何かを思案し、武器を構えなおして笑顔でこちらににじり寄って来た。私は顔が引きつり、ほんの少し後ずさってしまう。
「おい、笑顔で恐ろしいことを言うな。邪気とはなんだ?」
「魔物は邪気があるから人を襲うんでしょ? テイムするためにはダメージを与えて、邪気を払う必要があるらしいんだよ。ゲームでもテンプレだしね。テイムできたらすぐに回復するからさ」
邪気があるから襲う? らしい? ゲーム? テンプレ? こいつは何かおかしい。逃げられるかどうかはわからんが、もう少し情報が欲しい。
「強欲で臆病なニンゲンらしい理屈だな。お前らは反抗できないほど弱らせた相手に、無理やり主従契約の魔術を行使することを『仲間にする』と呼ぶのか?」
「うっ、じゃあどうすれば仲間になってくれるの?」
「お前の言う『仲間』には絶対にならん」
私が断言すると、奴は眉をへの字にして、心底困ったような表情になっていた。
「うう……それは困るんだよ。仲間になってくれないと、キミを殺さないといけないんだ。君達はなんで人を襲うの?」
「食うため、自らを守るためだろう。まあ、私はニンゲンを食ったことはないがな」
「ええ!? でも、この山の麓にある開拓村が狼の群れに襲われたから討伐するように言われたんだ」
「ニンゲンがフォレストウルフの縄張りに入って来たせいだろうが。襲ったのは私ではないぞ」
「キミは狼のリーダーじゃないの? キミの方がずっと大きいし、毛色も違うし、何より人の言葉も話せるくらい賢いけどさ」
こいつ! あのような獣と私を同一視していたのか!? マルカジリにしてやろうか。いや無理だな。こいつの戦闘力は本物だ。まあ、私からにじみ出る賢さをわかっているからそれは許してやろう。
「違う。私は希少種のアセナであり、フォレストウルフとは別の種だ」
「……そうなんだ。確認なんだけど、キミは人を襲わないんだね?」
「お前のように攻撃してこなければな」
「そっか。ボクの勘違いで傷つけてごめん。謝って済むことじゃないことはわかってるんだけど、せめてこのポーションを飲んでくれないかな?」
こやつは背負いかばんから瓶を取り出し、中身を浅めの平皿にどぼどぼと注いで私に差し出した。
「なんのつもりだ?」
「キミを傷つけたことは謝るよ。ごめんなさい。でも、もうちょっと話をしたいんだ。この世界のことを教えてくれないかな?」
この世界だと? さっきから訳のわからんことを。頭沸いてんのか?
「ポーションはいらぬ。まずはお前のことを聞かせろ。この世界とはどういう意味だ?」
「実はね……」
こやつの話によるとこやつの名前はハルと言うらしい。よくわからんが、元の世界の暦で3月に生まれたから名付けられた本名があるらしいが、ゲーム?で使っていたハンドルネーム?をこの世界では名乗ることにしたそうだ。
ハルが言うには、この山の西にあるバルデア帝国の者により元いた世界からこの世界へと召喚されたらしい。
ハルは既に剣を鞘に収めており、私の目の前に座って堰を切ったようにこれまでのことを話していた。私はその様子をじっと見つめ、ハルが落ち着いたのを見計らって尋ねる。
「それで? ハルはこれからどうするのだ?」
「わからないよ。ひとりぼっちでこんなところに連れてこられて、持ったこともなかった剣の訓練させられて。それにさ、見張りでついて来ていた人は狼にやられちゃったけど、ボクにはこれがあるから逃げることもできないしね」
ハルは軽鎧を外し、服をまくって腹を見せてきた。そこには胸糞が悪くなる魔法陣が光を放っている。
「隷属魔術か」
ハルは黙ったまま頷き、膝を抱え込んで顔を伏せてしまった。
傷つけられた相手だ。見て見ぬふりもできた。しかし、私はハルに同情し、放ってはおけなかった。孤独はつらいことを知っているからだ。私は頭でハルの体を起こし、腹にある魔法陣に鼻先を近付けて魔力を練る。
「【ディスペル】」
「え?」
私が解呪の魔術を発動すると、ハルの腹で光っていた魔法陣は跡形もなく消え去った。私はそれを確認し、ハルが皿に出していたポーションをぴちゃぴちゃと舐める。
クソまずい……怪我は魔法で治してるから飲まなくても良いのに、カッコつけて飲むんじゃなかった。
「こんなサービスは滅多にしない。が、これで貸し借りなしだ。どこへでも行くがいい」
「キミはいったい……」
「私はアセナだぞ? 傷や病の回復、解呪はお手の物だ。その代わり、戦闘は得意ではな──」
「──ありがとう!!」
「うお!? 止めろ! くっつくな!」
「もふもふだあ……」
「ええい! ……?」
私は私の胸に飛び込んできたハルを振り払おうとするが、ハルが嗚咽していることに気付いた。ひょろい体からは想像もできないほどの強い力でしがみつかれ、無理矢理引き剥がすこともできないでいると、ハルは暫く泣いた後、そのまま眠ってしまった。
ちっ、まったくなんだってんだ。
◆
翌日、ハルの泣き落としで私は『ハルが寂しそうにするから仕方なく』ハルの旅に同行することにした。
ハルの見張りをしていた者の武具を拝借し、ハルの武具はハルの血を塗ってから藪に捨てた。私達はバルデア帝国には戻らずに、山を越えて東へと向かった。
それから、二人で様々な場所を旅した。街や村を訪れ、狩った魔物の素材を売って路銀を稼ぎ、肉以外の食糧を仕入れる。同時に、ハルにこの世界のことを教えた。国や貴族、戦争、冒険者と呼ばれる魔物を狩る集団、獣人やエルフなどの亜人、奴隷、魔物、食べられる植物や毒草のことなど、私が知っていることを一つ一つ教えていった。
◆
旅を始めて2年程経った頃、私達は大陸東部にある村へと向かっていた。ハルが登録した冒険者ギルドで引き受けた依頼のためだ。
私はテイムされたことにしていたため、テイムされたことがわかる目印として前足に赤いバングルをはめられていた。
最初は首輪だったのだが、その姿を見たハルが腹を抱えてけらけらと笑い、私のことを犬呼ばわりしたためバングルへと変えさせたのだ。なお、本来であればこの手の道具は魔術的な制約をつけるものなのだが、このバングルは只のハリボテだ。
村が近付くにつれ、異変に気付く。村があるあたりの空が赤く、かすかな血の匂いが風に乗っていた。私はハルを背に乗せて駆け出した。
「うっ……」
村に辿りついたとき、異様な光景が飛びこんできた。建物には火が放たれ、大人は容赦なく殺されている。子供達は縄等で縛られ、次々と馬車へと放り込まれていた。つまり──
──奴隷狩りである。
ハルは激昂して飛びだした。剣を振るい、魔法を放ち、敵の命を狩り取っている。
あーあ、面倒なことに首を突っ込んでからに。まあ、ああなったら私じゃ止められないし、怪我でも治して回るか。でもなあ……。
「「「「きゃあああああああああああ!!」」」」
やっぱりこうなるわな。
見た目が大狼である私が怪我人の元に近付くと、パニックになり叫ぶ者、意識を失う者、失禁する者など反応は様々であるが、ほとんど全員が恐怖に慄く。面倒になった私は、逃げ出そうとする奴らや暴れる奴を足で踏みつけて回復魔法を発動する。
一時間もしないうちに奴隷狩りを行っていたものは制圧された。死屍累々である。ハルは生きている者達に声をかけ、中央に集まってもらっていた。
「ヒスイ、もう一度お願い」
「はいはい【エリアヒール】」
ヒスイとはハルが私に付けた名だ。私のたてがみがハルがいた世界の宝石のようだからと言っていた。宝石にちなむとは、なかなか分かってきたではないか。
──ともかく、私が人の言葉を話したことでざわめきが広がるが、広範囲を癒す回復魔法の光で包まれると先ほどとは別種のざわめきが起きた。唯一生き残っていた年長者──それでも20歳前ではあるのだが──が恐る恐るといった感じで私達の前に歩み出ると、跪いて頭を下げる。
「勇者様! 聖獣様! ありがとうございます!」
「はあ?」
勇者? 聖獣? ああ……ハルといるとやはり面倒だ。
「ヒスイ、何でにやにや笑ってるの?」
「なんでもない」
私達はその村に逗留することにした。ほとんどの大人を失くし、大きな街へ連れて行ったとしても生きて行くことは難しい。幸いなことに、ここはハルを召喚した帝国からも遠く離れており、私達にとってとても都合が良かったからだ。
焼けた建物を解体し、使えるものを選んで新たな家を建てる。年長者たちも手伝ってはくれていたが、ほとんどは馬鹿力のハルが行っていた。ハルは、子供達ばかりなので昔ながらの長屋にするとかなんとか呟きながら作業を行い、できあがったのは風呂・炊事場が共用の、寝る部屋だけが連なった珍しい様式の建築物だった。
しかし、1つだけ問題が起きた。親戚関係の者や近所の者たちを各部屋に割り振ったのだが、一人だけ残ってしまっていたのだ。年長者の青年であるヒラクがこちらにやってきて彼女のことを説明し、ハルに尋ねる。
「ハル様、この子はこの村の者ではありません。おそらくは元々馬車に乗っていたのではないかと思われますが、どうしましょうか?」
「そうなんだ。ねえ、キミの名前はなんていうのかな?」
ハルが屈んで少女に尋ねても、彼女は口を噤んだまま動かない。ただ、何も写っていないかのように虚ろな目をなぜか私に向けていた。
なんだ? 尻尾でも触りたいのか?
私が尻尾を振ると少女の目がほんの僅かに揺らぐ。私が遊んでいる間、考え込んでいたハルはヒラクに告げる。
「じゃあ、この子は私達が預かるよ」
「それは助かりますが、よろしいのですか?」
「うん。とにかく名前を決めないとね。ん~と、キミの名前はリーナなんてどうかな?」
こうして、ハルと私とリーナ(本人は同意していないが)、そして20人ほどの子供たち(数人の若者も含む)との共同生活が始まった。
◆
「ふう……、復興も大分落ち着いたねー」
「そうだな」
「……」
奴隷狩りの件から一カ月ほど経ったころ、私たちは3人で風呂に入っていた。リーナは相変わらず黙ったままであるが、ハルは根気よく彼女に話しかけ続けていた。
「これからは、ここでのんびり過ごして行けたらいいね」
「ああ、それも良いな。お前との旅は慌ただし過ぎた」
「あはは、悪かったよ」
「全くだ。旅路の戦闘はともかく、じめじめした暗くて狭いダンジョンに連れていかれ、せっかく狩った肉の血を抜いたあげく火を通した塩辛いものを食わされたり、毒を食わされたりと散々な目にあわされたな」
毒を食べさせられたときのことを思い出し、私が唸り声を上げるとリーナの肩がぴくりと震える。ハルは私の方を責めるような目つきで睨んだ。私が唸り声を止め、尻尾でリーナを優しく包み込むと、彼女が少し微笑んだような気がした。ハルも彼女の変化に気付いたようであり、にっこりと笑みを浮かべてから話を続ける。
「前の世界の本では、魔物は玉ねぎを食べられるし、料理したものの方が好きなのがテンプレなんだよ」
「血が滴る新鮮な肉が一番美味い」
「はいはい。ねえ、ちなみに擬人化とかはできないの?」
「……それも『テンプレ』か?」
ハルは、ぽりぽりと頬を掻きながら頷く。
「阿呆が。出来る訳がなかろう(……今はまだな)」
「だよねえ。まったく世知辛い異世界だよ(ヒスイが人型になったら夫婦みたいに見えるのかな? ってボクは何を考えてるんだか)」
風呂から上がると、私はぶるぶるっと体を震わせ、魔法で風を纏って水分を飛ばしてから暖炉の前に寝そべった。ハルとリーナは布で体を拭くと、暖炉と私の間に座り、私の腹に背中を預けて髪を乾かし始める。
「顔が少し赤いぞ。寒いのか?」
「なんでもない」
私は尻尾を二人に巻きつけて目を閉じる。季節は秋が終わり冬が始まった頃、肌寒くなった夜に、私はこのぬくもりを心地良く感じていた。
◆
厳しい冬の寒さも穏やかになってきたある日のこと、私が庭で日向ぼっこをしているとリーナがとてとてと歩いてきた。ゆっくりと腰をおろし、背中を私の体に預けると、ハルが買い与えた本を開いて読み始める。私は体と尻尾でリーナを包み込み、再びまどろむ。晴れた日の昼はこうして寄り添うことが常となっていた。
一方、ハルは狩った魔物の素材を売り、食糧を買うために街へとでかけていた。肉についてはハルと私が狩り、野菜は年長者が育てていたが、いかんせん人手が足りずに穀物が不足していたからである。騒動の後、冒険者時代にハルが稼いだ金で麦や塩を購入できたため、この冬はどうにか過ごすことができたが、食糧事情は喫緊の課題であった。
また、この村に追い打ちをかける新たな出来事が近付いて来ていた。
「ハルをライン村の村長に任命する。これはこの地の領主であるフロイド伯爵からの書状である」
ハルとともにこの村へとやってきた身なりのいい男は村人を集め、高らかに宣言した。ハルは書状を受け取り頭を下げる。
「ありがたき幸せ」
「ついては、そなたにはこの地の管理を行い、税を納める義務が生じる」
「(悪徳領主のテンプレか!)承知いたしました。しかし、この村は奴隷狩りに襲われたためご覧の通りのあり様でして」
こいつはまた変なことを考えてないか?
ハルが僅かに表情を変えたのを見逃さず、私が頭の中で呆れていると、男は言葉を続ける。
「わかっておる。ゆえに、フロイド伯爵は昨年から来年までの収穫については無税とし、二年後は三公七民、その翌年からは通常通りの四公六民とするとのお達しが出ておる。また、街の住民の中でこの村の出身の者で戻れる者を探すとのことだ」
「(ごめん伯爵様! 優良領主の方だった!)閣下の温情に感謝いたします」
はあ、ハルは騙されてるんだろうなあ……。
翌日、男が帰った後、私はハルに忠告することにした。
「ハル、騙されるなよ。伯爵とやらは、お前の力と金を当てにしているだけだぞ」
「え?」
思った通り、ハルは私が何をいっているか理解できておらず、口を開いたまま呆けた顔を晒していた。
「考えてもみろ。奴隷狩りらを単身で退ける力を、冒険者として稼いだ金を、寒村の税を多少免除するだけで長きにわたり自らの領地に留めておけるのだ。決して人が良いだけではない」
「えええ、ちょっと尊敬したのに……」
「まあ、この村にとって都合が悪い話ではないがな」
「そうだよね! これから頑張ろう!」
私がにやりと嗤うと、ハルは笑顔になり手をぐっと握り締め決意を新たにするのであった。
◆
それから3年弱の月日が流れた。村の生活は相変わらず厳しいものではあったが、ハルのおかげで安全な場所であることや、開墾の余地が多く残されていることが各地に広がると徐々に人口も増え、活気を取り戻していた。
リーナは相変わらず言葉を話すことはできていなかったが、意識して喉から空気を出せるようになっていた。なにかきっかけがあれば話せるようになるだろうとハルに告げると、ハルはリーナを抱えて私に抱きついてきた。
しかし、そんな満ち足りた幸せの日々がいつまでも続くことはなかった。収穫が終わったころ、あの身なりの良い男が再びやって来た。何も知らずに、税を納める準備をしていた私達に言った言葉は予想もしていなかったことだった。
「ライン村長ハルに告げる。戦争が始まるため、この村より10名を徴兵する。これは王命である」
「は? 今、なんと?」
ハルが阿呆そうな声で聞き返すと、男は少し苛立った様子で再び告げる。
「戦争が始まるため、10名徴兵する。なお、戦時特例として今年の税は六公四民である」
「そんな!?」
「なお、伯爵からの伝言があるが聞くか?」
ちっ! ハル、即決するなよ。
「は、はい。フロイド伯爵はなんと?」
「村長ハルが参戦するのであれば、徴兵はなし。税も四公六民で良いとのことだ」
「っ! 私が参ります!」
心の中で呟いた忠告も虚しく、私の心配していたことが現実となってしまった。
「相分かった。では7日後までに、税の麦とともに街へ参れ」
「承知しました」
最悪だ。
翌日、ハルは私にこの村を頼むと言い残し、街へと向かった。私も連れて行くようにねばったが、聞き入れてくれるこはなかった。これまで村の防備は固めてきたが、ハルがいることが前提であったため万全とは言い難いものでしかなかったからだ。
ハルがこの村を出て10日程経っただろうか。ハルのことを心配し、そわそわしている私の元にリーナがやってきた。彼女は私の頭や耳を優しく撫でると、口を数回ぱくぱくさせる。私は彼女の瞳をじっと見つめた。彼女の瞳は出会ったころと異なり、力強い意思を持っていた。彼女は首に両手を当てて、絞り出すように喉に力を込める。
「……い、いって」
「リーナ!? お前声が!?」
「れ、れん、しゅ、しゅう、し、して、たの。ハル、を、た、たす、けて」
さらに後ろからも声がかかる。
「聖獣様! ここは私にお任せ下さい! 夜な夜な聖獣様が狩りに行ってくださっていたため、しばらくは魔物どもも近寄ってきますまい!」
なんでそれを知っている!?
ヒラクが行った通り、私はリーナが寝静まった後、村の近く(この村から30km以内ぐらい)にいる大物の魔物を狩って回っていた。
確かに狩った魔物は村の門の前に置いてはいたが……解せぬ。
「パ、パ、おね、が、い」
「ウオオオオオオオオオオオオン!!」
私の魔力を乗せた遠吠えにより風が巻き起こる。大気が震え、鳥が一斉に飛び立つ。リーナが突然の風に閉じていた目を開いたとき、私は既に駆けだしていた。
ハル! ハル!
頭の中でハルの名を叫ぶ。
リーナが私のことをパパと呼んだぞ! じゃあ、ママはお前だな!!!
◆
駆ける。駆ける。駆ける。回復魔法を自らにかけ、昼も夜もなく駆ける。かすかなハルの残り香で、どっちに行ったのかはなんとなくわかる。残り香が少しずつ濃くなるにつれ、ハルに近付いているのがわかり、自然と足早になった。
濃い血の匂い! ハル、死んでんじゃねえぞ!
気持ちが先走り、足がもつれそうになる。酷使した体が悲鳴を上げているが、私はとうとう戦場の端へと辿りついた。兵士たちが見えたのだ。兵士もまた私をみつけ、慌ただしく動き始めるが、その瞬間──
──兵士たちのさらにむこう側で爆発が起きた。心配すべき状況にもかかわらず、私の頬は緩む。
あの魔力はハル! ちゃんと生きてたな!
ハルが生きていることが分かり、自然と尻尾をぶんぶんと振りながら爆発の場所に辿りついた私の目に写ったのは、奇妙な光景だった。
爆発の余波を受けたからか、両軍の中に立っている者はほとんどいない。おそらく敵側であろう兵士たちのど真ん中には半径200mほどのすり鉢状の陥没があり、その中央には満身創痍のハルが横たわっていた。
私は両軍が呆然としている虚を衝き、兵士たちを跳び越え、ハルへと駆けよった。意識はないものの、ハルが呼吸をしていることにほっと息をつく。
考えろ! ハルを助けるためにはどうすれば良い? この戦争自体は恐らくもう終わりだ。だが、ハルだけは違う。暗殺、懐柔、脅迫、形はそれぞれだろうが、両方からの手が伸びるのは間違いない。ニンゲンはいつだってそうだ。見えないところに逃げない限り、放っておいてはくれない。
……いや、1つだけ手があった。あの身なりの良い男は勘違いをしている。でないと、ヒラクなどがいる中、馬鹿なしきたりに縛られたニンゲンがハルを村長に任命することなどないはずだ。もちろん、気付いている可能性もあるにはあるが、これに賭けるしかない!
「ウオオオオオオオオオオオン!!」
私は力を振り絞り、威圧の意思を込めて吠えた。続けて、前脚についた赤い革製のバングルを喰いちぎり、両軍の隅から隅まで聞こえるように叫ぶ。
「我を縛っていた鎖はもうない! こやつの遺骸は我が貰う!!!」
私はハルを優しく口に咥えると、こっそりと回復魔法をハルにかける。兵士たちを跳び越え、再び走り始めた私たちを追うものはいなかった。
◆
「……その後、勇者と真っ白な大狼の姿を見た人はいなかったとさ。おしまい」
私が物語を読み終えると、子供達は一斉に口を開く。
「えー! 勇者様はどうなっちゃったの?」
「狼に食べられちゃったのかな?」
「でも、その狼ってこの村にいた聖獣様でしょ? お兄ちゃん、お姉ちゃんたちは絶対そんなことしないって言ってたよ!」
「ふふふ、さあみんな、そろそろ家に帰りましょうね」
元気いっぱいの子供達をみて嬉しくなった私が、笑顔で今日は帰るように伝えると、彼らは一斉に立ちあがる。
「「「はーい! リーナお姉ちゃん、また明日ね!」」」
「はい。また明日ね」
パパとママは今どこにいるのかしら。二人は絶対生きているって信じてるけど、やっぱり寂しいよ。
「「リーナ」」
「え?」
後ろから掛けられた声に驚いて振り返ると、そこには長く美しい黒髪をなびかせたお腹の大きな女性と、白髪に一部分だけ緑の髪をもった壮年の男性が立っていた。
「おかえりなさい!」
私は彼らに駆け寄って抱きついた。2人は私を優しく抱き返してくれる。
「「ただいま」」
お読み下さりありがとうございます。
初めて書いた短編ですが、いかがでしたでしょうか。
面白かったと思っていただけた方は励みになりますので、感想や広告下にある☆での評価をいただけたら嬉しいです。
また、そうではない方は、感想にてご指摘・ご助言いただけると幸いです。
まるぽろ