なにが探偵と犯罪者を分けるのか
ある年の正月、例年のように山口県へ帰省していた玻璃元太は、一人の少女と出会った。彼女の名前は小島園子。元太の叔母の娘にあたる親戚である。萩市在住で、元太と同じく帰省のため、この田舎町を訪れていた。
努力家な太陽と大人しい風のおかげで一月にしては暖かい屋敷の庭。そこで元太が山を作っていると、背後から声をかけられた。
「元太くん。久しぶり!」
「え……?」
小学一年生の元太は、以前に園子と会ったことを覚えていなかった。しかし、実際はそれも当然のことで、以前に会ったというのはお互い幼稚園に入る前のことなのだ。
「あれ、園子お姉ちゃんのこと覚えてない?」
園子は元太より一学年上である。
「……ごめんなさい」
園子の嘘を信じた元太は、本心から申し訳ない気持ちになった。
「えーお姉ちゃんさびしーい」
顔は笑っている。元太はここで初めてからかわれていることに気がついた。
「じゃあ、私のなぞなぞに正解したら許してあげる!」
なぜ未だに自分が許される側なのか、元太は納得していなかったが、園子に言い返すことはできなかった。
「男の人の体の真ん中にぶら下がってて、人によって大きかったり小さかったりするものはなーんだ?」
少し考えて、元太はひとつの答えを導いた。元太の下半身にも付いているあれだ。人によって大小あるかどうか元太は知らなかったが、身長がそうであるように、きっと人それぞれなのだろうと仮定した。
だが、元太は解答を口にしなかった。その解答となる単語を言うのが恥ずかしかったからだ。園子の狙いはまさにこれだった。
「わからないの? 探偵になるんでしょ?」
なぜ知っている? 確かに元太の将来の夢は探偵だ。しかし園子がそれを知っているはずがない。元太の混乱した顔を見て、園子は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「どう? 答えは出た?」
元太がいよいよ泣きだそうかというときだった。
「答えはネクタイだ」
元太の後ろから声がした。元太のよく知っている声だった。
「元太が答えられなかったのは、園子の出題の仕方がずるかったからだ。元太はネクタイを持っていないし、女性でもネクタイを締める人はいるし、ネクタイの見かけの大きさは一般的に大きく変わらない」
元太の姉、中学二年生の歩美だ。
「アルバムを見せて話しているうちにどこかへ行ったと思ったら……。君はいつもそうだ。人にいたずらして喜んでいる。頭の作りがおかしいんじゃないか?」
「頭がおかしい? そこまで言わなくてもいいじゃん!」
「いいや言うね! 君は異常者だ!」
きゃあきゃあと口喧嘩するなら人を挟まないでやってほしい。元太はこんな人間にはなるまいと決心した。
「私が異常なら歩美お姉ちゃんも異常だよ!」
「ああそうさ! 人なんてみんな同じだ! わかったらもう部屋に戻ってくれ!」
突然、元太は後ろから歩美に抱きつかれた。
「まだ元太をいじめるのなら、僕は犯罪者にもなるよ」
歩美の最後通告は低い声だった。それまでの甲高い怒声よりも強い怒りが込められているように、元太には感じられた。同時に空気も冷えてきた気がした。本能で危険を察したのか、園子は逃げていった。
もし園子が大人に告げ口したら、暴言を吐いた歩美が悪者になってしまうのではないか。元太はそのことを心配した。ところが歩美は大人など怖くないとでも言うのか、園子が去っていったあと、元太周辺の空気は暖かさを少しずつ取り戻していった。
「姉ちゃん」
「なんだい?」
歩美の声は、優しい通常の声に戻っていた。
「俺、年上の女の人は苦手かも」
「……それを姉に言うかい?」
絞めつけが苦しくなった。