⑨虫入り飴
ああ、リアルにセルフ罰ゲームさ。
君はどんなモノを食した事があるか。
必要以上に身分不相応な山海の珍味を食したか。
或いはまだ見ぬ未経験の味に驚愕したか。
人はモノを食い生きる。
ただそれだけの為に生きて何時か死ぬ。
ただそれだけの為に食べるのだ。
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先日、職場に出勤した稲村某は、直属の上司そしてマネージャーの二人がキャッキャとはしゃいで話をしていた(二人とも稲村某より年上)。
「いやいやいや、それは無理だって!!」
「やー、そうでもないですよ?」
「じゃ、食うのか?」
「無理っす」
……自慢では無いが、稲村某はこうした会話から即座に(……何かネタになりそうだな!)と察知出来る直感を持っている。つまり、そう言う訳で話に加わった。
「何なんですか?」
「いや、こーゆーのお前見た事あるっ!?」
マネージャーの手には【虫入り飴】が握られていた。
「あー、懐かしいですね。女子高校生ブームの時に流行りました。よく原宿キディラン○にコーナーが設置されてましたよ?」
「マジでっ!? つーか絶対嘘だろ、その説明!!」
マネージャーは信じられないと言いたげな顔で、稲村某の言葉を否定しながら件の飴を突き出して、
「お前、これ食えるか? あげようか? いやお前ならきっと「いただきます!!」(即答)
稲村某、ユーチューバーではない。動画で撮影しながらオーバーリアクションで振り回して、結局食ってげんなりしたりは、しない。
俺は物書きの端くれではあるが、決して譲れないモノがある。
写 真 な ん か 絶 対 に 挙 げ た り し な い ! !
そう、つまりはそう言う事だ。期待させて済まないが、写真は無い。ここには一切出さないので、そのつもりでな?
見た目はこんな感じである。
所謂棒付きキャンディの体である。その形は産地アメリカらしくかなり大きい直方体だ。大きさは縦3×横5センチ、高さ1センチだ。かなりデカイ。そして……透明な飴の中に、ミールワーム(享年不明)が短い足を六本備えた姿で軽く身を湾曲させながら鎮座している。早く早く食べてと言いたげに、鎮座している。そう、丸見えなのだ。はぁ……セルフ罰ゲームだな、こりゃ。
商品説明には「ミールワーム(大豆) マルチトールシロップ テキーラ香料 31グラム」とある。肝心な飴の材料は一切記載されていない。麦芽なのか何なのか非常に気になるが、問題は(大豆)の表記である。ミールワームの材料? 大豆で育てたのか? だったら牛と変わらんな。
……と、ここで見慣れない名前を発見した。マルチトールシロップ、とは何ぞや? 稲村某、この名前の食品添加物は初見である。
グーグ○せんせぇーっ!!
やぁ、呼んだかな? みんなの疑問を即時解決、○ーグルせんせいだよ!
【マルチトールシロップ】とは、糖アルコールの一種で麦芽糖をアルコール化させて、なんか良い感じにした甘味料だ。口に入れても砂糖と違い虫歯菌の栄養分にならない上に、腸で吸収されにくい特徴から最近使われ始めた添加物の一種で、保湿性の高さから化粧品にも広く使われているぞ!
……化粧品にも広く使われている? 食い物の話は何処に行ったんだ? ちなみによく聞くキシリトールと似たような清涼感が有るものらしい。ふむ、勉強になったな。それにしても、化粧品かよ……。
さて、まあ、うん。
……はあ。仕方ない、食してみよう。
……はむっ♪
おー、柔らかいな、この飴。にちゃにちゃと歯にくっつく。正直言って困る。本音を言えば、砕いて一気にミールワームを食するつもりだったのだが、全然到達出来る感じではない。ただ、奴が飴の表面に近い場所に片寄って浮いているのが救いではある。
しかし、あまり旨くもない。テキーラを原料とする香料のお陰か、ほのかに酒の風味に近いフレーバーがある気もするが、何も嬉しくはない。テキーラ飲ませろ。それと、件の清涼感らしきものが若干感じられるのだが、愛煙家の稲村某はヤケクソになって最中にメンソールタバコを吸った為、どっちがどっちだか判らないのだが。
しかし、もう稲村某は食う気になっているのだ! さっさと寄越せ!!
気の短い俺は、荒業に出た。
ライターで表面を炙り、更に軟化させて掘り出す作戦を取ったのだ。
ほじほじ。うーん、全体を露出させるのも難しいか……余り強く温めて、肝心なミールワームを焦がしても面白くない。
おっ? 何とか虫を露出させられたぞ? えーい、ままよ!!
こうなったら欠片でも構わん!! 食しよう!! (半ば自棄である)
微細なミールワームの欠片をほじくり出して、口へと運ぶ。
噛むとさくっ、とした歯応え。そして長い間、飴に封じられたブツが口の中を移動し、とうとう舌の上へと載った。
……ふむ、麦パフそっくりじゃん。甘さと歯応えは、まんま麦パフそのもの。だがしかし、これは想定内。だって、飴に封入されていたのだから、甘いに決まっている。それにミールワームの身体はエビ等と同じような構造。だから味なんて飴が染み込んで甘くなるだろう。
それにしても拍子抜けである。もしかしたら身体の中にトロッとした物質が詰まっていて、それが舌の上に染み出してくるのかと期待していたのだが、そのような物は存在していなかった。
やれやれ、結局は虫の形をした異物に過ぎなかったようだ。個人的には、もっとハードでダイナマイトな味わいを期待していたのだが、肩透かしも甚だしい。もっと頑張れ、ミールワームよ。
そんな訳で、極メシ的には感動も後悔も存在しない、ありきたりな物でしかなかった。
君はどんなモノを食した事があるか。
必要以上に身分不相応な山海の珍味を食したか。
或いはまだ見ぬ未経験の味に驚愕したか。
人はモノを食い生きる。
ただそれだけの為に生きて何時か死ぬ。
ただそれだけの為に食べるのだ。
……まあ、好奇心だけで食べる時も、たまには有って良かろう?
……と、ここでオマケ。
先程、内容物について述べたのだが、諸兄はこんなルールが存在しているのをご存知だろうか?
『含有されている物質の内容量が多い順に列挙される』
つまり、先程の記載だと、ミールワームの次に多いのがマルチトールシロップ、と言うことになる。
だ か ら 飴 の 原 料 は ど こ に 行 っ た の だ ?
蛇足だが、件の上司二人が虫入り飴をくれた時、コンビニで販売されているタピオカ入りドリンクを飲みつつ、【タピオカ入りミルクティー】のミルクティーの味が全然しない! と騒いでいた。が、唐突に「稲村! お前詳しそうだから分析してみろ!」と差し出されたので眺めると……
……紅茶成分、材料の項目の上から十番目だった。
おいおい、含有量的に少な過ぎだろ? ミルク成分はまだしも、タピオカや甘味料より少ないんじゃあ、香料程度にしか入ってないじゃん!!
そう思いながら報告すると、何故か二人は大爆笑。
「だって全然、紅茶の味がしなかったんだもん! まるできな粉モチ食べてるみたいだったぜ!! いや、まるで信玄餅飲んでるみたいな味だったぞ!!」
あー、そうですか。よかったですねー。俺は貰った虫入り飴、食って感想書きます。
……そうそう、蚕のサナギも食いましたが、それはまたいつか書く事にしましょう。
こちらには写真は載せませんが、活動報告にて写真掲載予定です。ではまた!!