⑥賄いブデチゲ
今日も更新いたします!
君はどんなモノを食した事があるか。
必要以上に身分不相応な山海の珍味を食したか。
或いはまだ見ぬ未経験の味に驚愕したか。
人はモノを食い生きる。
ただそれだけの為に生きて何時か死ぬ。
ただそれだけの為に食べるのだ。
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稲村某は諸事情に依り、副業をしている。所謂ダブルワーカーである。休みを利用して同業種の韓国料理店(焼肉屋ではない)で働いているのだが、そこの賄いが少し変わっているのだ。
変わっている、と言っても何の事は無い。缶コーヒー代程度で食事が出来るだけなのだが、この業界特有の【やった者勝ち】な好き勝手メニューが横行しているのだ。勿論、規則的には違反なのだが。
賄いとはいえど、お客に提供するメニューと同じに作るのが基本である。だが、稲村某はマニュアル通りに作ったメシは全く興味が無い。自分で作っているのだから、浮かせた人件費分は食わせてもらうのさ。
諸兄は韓国料理に【ブデ|(部隊)チゲ】なる物が有るのをご存知だろうか。
名前の由来は徴兵制度の有る韓国ならではだろう、軍隊に於いて日常的に使われるランチョンミートやスパム、缶入りソーセージといった保存肉を入れたチゲ鍋、と言うのがもっともな理由だとか。
だが、そこに即席麺を入れるか否か、に関しては稲村某は声を大にして言いたい。
入 れ な い と 物 足 り な い ん だ よ ! !
不肖、稲村某。出された物がまともな食い物ならば黙って食い、食ったからには文句は言わない主義なのだが、ブデチゲに関しては即席麺抜きとかマジで有り得ないのである。
……さて、作るとしよう。
先に宣言しておくが、賄いなんぞ、どうせ職場の福利厚生である。ケチケチしたって会社が太るだけだ。喩え、我々がメシを適当に食ったとしても、重役連中の接待費と比べれば些末事なのだ。
なので、基本的に肉は全部入れてしまう。
韓国風の辛いスープの只中に、牛モツ玉子に牛ボイル、豚バラスパムにソーセージ、ついでにチーズを投げ入れる。嗚呼、何という惨い光景だ……肉の向こうに肉が見える。
そんな尿酸血糖ついでにコレステロール激上がりな、肉の隙間に野菜が見え隠れする肉々しい鍋の中へ、即席麺を投入し、ひたすらぐらぐらと煮込み続ける(休憩に入る前から煮込み始めておく)。
そうして出来上がったブデチゲは、橙色と赤色が渾然一体となったスープの表面に、少しだけ黄色っぽい即席麺と野菜が見え隠れする凶悪な仕上がりとなるのだ。
さて、さて。出来上がったのならば、食してみよう。
先ずは麺を啜る。
ずっ。
韓国産の即席麺の見た目は日本のカップ焼きそばの麺にそっくりなのだが、稲村某が勤務している店でも当然ながらそれを使っている。
ずっ、ずずず。
啜り込むと、まず一番最初に感じるのは、肉の旨味である。そりゃ当たり前だ。使用量なんて気にしないからこそ、出来ると言うものだ。闇雲に投入された様々な肉と、そして脂とが渾然一体な旨味の一因となっている。しかし当然ながら突出してどれかの味が顔を覗かせている訳ではない。
予め食べ易いように四つ割りにしておいた即席麺だが、執拗に煮込んだ結果、鍋一面に膨らみ覆い尽くしている。しかし、それこそが稲村某が望む形態なのだ。
卵とチーズが絡む麺は、強烈な濃厚さを纏いながら口の中へと吸い込まれていく。誠に罪深い味である。なにせ健康の大敵としか思えない牛モツの甘味有る脂でギトギトな表面は、肉と肉、そして更に肉が漂う阿鼻叫喚の肉地獄。
肉が嫌いな方ならば即座に倒れそうな謝肉祭なブデチゲを、麺と肉、そしてまた麺と肉と交互に繰り返し、やがて全て食べ尽くす。
食後の多大な満足感と同じ位、カロリー過多な摂取に対する後悔の念さえ生じなければ、是非お勧めしたい。
……詳細なレシピ? 済まない、肝心なスープの内容は自分も知らないのだ。
明日も宜しくお願い致します!