④アメリカナマズ(キャットフィッシュ)の骨吸い
今回は普通の美味しい奴です。但し、普通の旨さじゃなかったです。
君はどんなモノを食した事があるか。
必要以上に身分不相応な山海の珍味を食したか。
或いはまだ見ぬ未経験の味に驚愕したか。
人はモノを食い生きる。
ただそれだけの為に生きて何時か死ぬ。
ただそれだけの為に食べるのだ。
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骨吸い、なんて書くと新手の妖怪変化みたいだが、これは立派な料理の一つである。
古くは江戸時代、鯨の鏑骨を炊き、塩味を付けて淡い吸い物として供された、等と書物に有る。
現代ならば、アラ汁やテールスープ辺りがそれに近いだろうが、どうせなら旨い物の方が良いに決まっている。そもそも捕鯨を再開したと言えど、鮮魚店でも鏑骨なんて買えないのだから。
世の中には【外来魚】と呼ばれる闖入者が居る。彼等は様々な理由で極東の島国まで遥々と運ばれて、捨てられたり意図的に放流されて河川や海の沿岸部に侵食しているのだが、事の是非を今問う事は避ける。その話はまたいずれ。
【アメリカナマズ】(別名キャットフィッシュ)と呼ばれる外来魚は、茨城県の霞ヶ浦を中心に、関東の河や沼を席巻しつつある大型の淡水魚である。見た目が白く鈍い光を放つ体色なので、気味悪がる方も多い。
しかし、本来は食用として持ち込まれた側面もあり、名前の由来の彼の地では米粉を混ぜた衣で揚げられて、旨いフリッターとして食されているのだ。不味い筈も無い。
……だが、考えてみたまえ。肉が旨けりゃ骨身も旨いのだ。しかも硬骨魚は得てして炊くと滋味深い味わいを醸し出すのだから、食わぬ理由は無い。
釣りをしない皆様は知らないかもしれないが、我が家の有る北関東には様々な釣り魚を供する【管理釣り場】と呼ばれる有料釣り堀が数多く点在する。大体はラブリーなホテルの休憩料金程度で利用出来るのだが、放流している魚種も様々である。
基本は淡水魚だが、一般的に有名なニジマスに始まりイワナやヤマメと言った在来種、そしてシルバートラウトやブラウントラウトといったヨーロッパやアメリカ大陸から持ち込まれた外来種、果ては釣り堀用に掛け合わされたタイガートラウトや北海道等に生息するイトウまで放流されているのだが、中には珍奇な魚を放してある釣り場も在るのだ。
群馬県は赤城の山麓に、宮城アングラーズヴィレッジと言う施設が在る。ここは様々な魚種を揃えた関東屈指の管理釣り場なのだが、此処にはキャットフィッシュが放流(※筆者注・執筆の2020年当時)されているのだ。
しかし、ここまで読んだ皆様の中には「茨城県の霞ヶ浦で釣ればタダなんじゃないか?」と勘繰る御仁もいらっしゃるだろう。その通りである。逆に外来魚駆逐に一役買えるのならば、是非とも霞ヶ浦に足を運ぶべきだろう。但し、何らかの寄生虫が居ないとも限らないのは覚えておくべきである。そして一般的な河川はともかく、家庭排水や汚水が流れ込む可能性の(下水が配備された都市部でも稀に大雨で汚水が溢れる事も)有る沼に住む魚は、全て安全だとは言い切れないぞ。
……まぁ、それはそれ。稲村某は管理釣り場が好きだったのだ。キャットフィッシュだけではなく、美味なイワナやヤマメも食いたいし、大きなトラウトを掛けてリールをジージー言わせたかったんだよ。
ともかく、キャットフィッシュ二尾その他を釣り、意気揚々と帰宅した稲村某だったが、当時は小さかった娘はさておき、嫁の言葉が実に辛辣だった。
「……気持ち悪いから、あなたが全部食べなさい」
うへぇ……そりゃあ無ぇだろ? つれないなぁ……魚は釣れたのに。
しかし釣って来たキャットフィッシュを稲村某がフリッターにすると、酒を飲みながら嫁は嬉々として口に運び、
「案外旨いもんねぇ。これは悪くないわ」
とか言うのだ。ムカつく……。だが、問題は残された骨身である。結構な量の骨身が残されたのだが、嫁は捨てろと言って、見向きもしない。
つまらんなぁ、としょげ返り、酒盛りの後始末をしながら仕方なく土鍋に骨身を放り込み、適当に煮出して出汁を取ってみる。ぶくぶくと凶悪な泡が立ち、灰汁取りが面倒だったが、次第に白濁した出汁が澄んで……いかなかった。いつまでも真っ白なままなのだ。
……何だか生臭そうだな、と思いながら、渋々味見をしてみると……
一瞬で酔いが吹き飛ぶ程の強烈な旨味!! 何なんだ、何なんだこれはっ!?
慌てて再度お玉で掬い、小鉢に移して軽く一塩振りかけてから、口に含む。
すると再び、濃厚で芳醇な旨味が舌の付け根を侵食し、これでもかと脳を揺さぶり捩じ伏せてくるのだ。例えば何種類もの魚を煮出した大量のあら汁のような感じなのだが、相手は土鍋一つ分、手首から肘に届く程度の小振りなナマズ二匹の骨身でしかない。それがここまで複雑で、且つ繊細さと優美さを兼ね備えた美味を生み出すとは恐れ入るしかない。
味付けは塩だけにも関わらず、塩味が隠された甘味を引き出し、同時に香ばしさまで醸し出すとは……全くもって、理解の埒外である。
結局、無我夢中で注いでは飲み、注いでは飲みを続け、土鍋一杯の骨吸いは、あっと言う間に消えてなくなった。
家族が寝入った深夜零時、怪しげな一人骨吸いの宴は、こうして幕を閉じたのだ。
……もし、何らかの機会にキャットフィッシュを入手出来たならば、塩ラーメンかタンメンにしてみるのは……如何だろうか?
ナマズは身も旨いが骨身だけに、骨身に沁みる程の旨さだったんです。