③月下美人の酢漬け
ショッキング&無理食材の次は、綺麗な奴だよ? 女子ウケすっかなー?
君はどんなモノを食した事があるか。
必要以上に身分不相応な山海の珍味を食したか。
或いはまだ見ぬ未経験の味に驚愕したか。
人はモノを食い生きる。
ただそれだけの為に生きて何時か死ぬ。
ただそれだけの為に食べるのだ。
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有りがちな映像で恐怖を煽る為に、ホルマリン漬けの胎児等が陳列された棚が懐中電灯の明かりに照らされて、
「うわー!? な、なんだよ脅かすなよ……」
と振り向いた先に凶器を振り上げた殺人鬼が!? ……等は定番である。
白く脱色してしまった死体は、人々に様々な感情を抱かせる。ただ、間違いなく言える事は、それを食おうとは思わないだろう。
世の中には《月下美人》と呼ばれるサボテンの一種がある。サボテンとは名ばかりでトゲの無い陸に生えた貧弱な昆布……のようなモノである。
このサボテン、何故にこのような美しい名前が付いているのか?
お判りの通り、名は体を表す。美しく儚い花を咲かせるからである。名前の通り、咲くのは夕方から夜にかけて。しかも朝には萎んでしまうという。
花は食用らしい。
萎れた花なんて、食べる気も起きないが、美しく開いた状態ならば、見映えもするし話のネタになるか。そう思ったのである。
この時はインターネットも無い時代で、実家暮らしをしていたのだが、母親が趣味で育てていた園芸鉢の一つに、開花を控え大きな蕾を付けた一鉢が有った。
どうせ花も開けば次の日には萎んでしまう。ならば、酢漬けにしても構わないだろう、と提案すると意外にもすんなりと通ってしまう。
ただ、その際に「お前は変わった物を食べたがるな」と笑われはしたが。
その日の夜、美しい真っ白な花が咲いた。茎の付け根から真紅で始まり、純白の花を縁取るようなコントラストが実に美しいのである。
だが、どうせ萎れてしまうのだ、食ってしまうのだ。
何故だろう、萎れてしまう花を食べる、という行為は、金持ちに娶られる幼馴染みを無理矢理に手籠めにしてしまう背徳的なイメージが付き纏うのは。勝手な妄想だが。
ハサミで切り取った花弁を、インスタントコーヒーの容器に満たした酢へと放り込む。
じゃぼん。待つ。別に食べられる花なのならば、その場でむしゃむしゃ食うてしまって良いのだろうに、当時の稲村某は面倒な奴だったのだ。
食してみよう。
はり、はり。淡く朧気な歯応え。そして即座に酢漬けの強烈な酸味の僅かな隙間に、植物の可食部分とは程遠い青臭さが残っているが、食えない事は無い。
しかし、食うためにはかなりの年月が必要なんですがね。味は普通。