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最終回の最終回

申し訳有りません、最終回がやっと最終回いたします!



 君はどんなモノを食した事があるか。


 必要以上に身分不相応な山海の珍味を食したか。


 或いはまだ見ぬ未経験の味に驚愕したか。



 人はモノを食い生きる。


 ただそれだけの為に生きて何時か死ぬ。


 ただそれだけの為に食べるのだ。



 しかし、同じモノばかり食べるのは飽きるものだ。


 たまには、違うものも食してみないか?




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




 

 【燻製】


 キャンプ料理の一つとして名を馳せているが、設備と煙の問題さえクリア出来れば、誰でも簡単に燻製は楽しめる。


 燃料は葉っぱや枯れ木でも構わないし、無ければホームセンターに売っている。材料だってチクワやチーズ、何ならサンマの一夜干しだって構わない。何だって燻製に出来る。


 稲村某は昔、前回紹介したアパートの庭で、段ボールを組んで即席の燻煙庫を作り、一斗缶をカマド代わりにして燻製を作った。


 材料はチーズやサンマ、時には釣ってきたニジマスや豚バラ肉。塩を擦り込んで七十五度まで燻煙庫を加熱したら、後は窓を開けて放置。



 やがて飴色に染まった燻製が出来上がり、火の始末をしっかり終わらせてから……


 さて、食してみようか。



 褐色に染まったサンマの一夜干しはパリッとした皮の食感が香ばしく、そして肉も独特の香気が食欲をそそる。指が先ぐに脂でベタベタになろうと構わず喰らいつくと、骨だけ残して軽やかに身離れし、口の中へと外れてくれる。誠に旨い。ビールに良く合う。


 豚バラ肉は、正にベーコン。薄く切っても厚切りにしても、ハッキリと自己主張する煙の香り。柿の枝って、結構悪くないもんだ。これもビールに良く合う。


 チーズやチクワは安定した旨さであった。当時は小さかった娘や若かった嫁も、パクパクと食べて止まらなくなる。そして、燻製達はあっという間に無くなってしまった。



 

 ……あれから随分と時は過ぎたが、今だに嫁はサンマの燻製を食べたがる。現在はマンション暮らしなので、燻製は難しいのだが……いつか、河原にでも行って、作ってみるのも悪くない。




✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️




 【東京湾の真牡蠣】


 驚くなかれ、実は神奈川県の岸壁等で真牡蠣が取れるのだ。



 稲村某はその昔、一人で釣りに行った際、平面の防波堤で投げ釣りをしていた際、足元に奇妙な貝殻を見つけた。それはどう見ても真牡蠣だった。


 持っていた釣り針外し用のプライヤー(ペンチの一種)で外側の殻を捻り外すと、乳白色の身が現れた。何処からどう見ても牡蠣だったので、そのままビニール袋に入れて持ち帰った。


 しかし、相手は牡蠣である。()()()()()()()なのだ。牡蠣は【天然の水質浄化槽】とも呼ばれる程、水を体内に取り入れて有機質を濾し取り、消化して排出する生態なのだが、逆に水の中に溶け込んだ有害物質も取り込んでしまうのだ。


 つまり、決して綺麗とは言い難い河口に生息する牡蠣は、必ずしも食べて安全とは限らない、食中毒の可能性を秘めた恐ろしい生き物と言える。





 ……だが、食してみた。


 万全を期す為、煮沸した湯の中に落とし、数分掛けて茹でてみる。即座に湯は白濁し、牡蠣はぷるんとした見た目に変わった。


 で、ポン酢をかけて頂いてみると、全くもって牡蠣だった。それはそうだ、牡蠣なのだから。


 もむもむと咀嚼すると、ぷちんと身は弾け、口の中に海のミルクとも呼ばれる独特の風味と味が広がった。心配した食中毒にはならなかった。東京湾も随分と綺麗になったのだろうか。




 その昔、稲村某の母方の祖父は一旗挙げようと関東まで出向き、祖母と二人で商売を始めようとしたらしいのだが、時代は終戦直後。町には戦災孤児が溢れ、飢えに苦しみながら物乞いをしていた。そんな姿に情けを感じた祖父はなけなしの蓄えを与えて回り、気付けばあっという間に貯金は無くなっていった。


 食うに困った祖父母は、波打ち際で牡蠣を拾い、食して凌ぎ、結局郷里の山形へと戻って靴屋を始めたと言う。



 小さな頃に亡くなった祖父よ、孫は貴方と同じモノを食べた。そして人の目に触れるような文として残し、平和な時代を謳歌しているぞ。


 因みに、彼の名前は【稲村 力蔵】。稲村某の屋号は貴方からペンネームとして使わせて貰っている。だから、絶対に変えないのだ。



 牡蠣は、別段好きではない。だが、稲村某の命運を司る不思議な縁の先に有る貝なのだ。




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




 【峠の力餅】


 上記のように、稲村某の母親は山形出身である。ついでに父親も山形出身である。つまり、やんごとなき血統書付き山形県民の末裔なのだが、山形新幹線の開通で幻になった茶菓子がある。それが【峠の力餅】なのだ。


 とある駅に、峠の力餅という菓子を売る店がある。その駅は峠駅というそのまんまな名前の無人駅で、日に六本しか電車は停車しない。そんな場所に何故か立ち売りで餡入り餅を売っているのが母方の親戚筋に当たる茶屋の当主なのだ。



 幼い頃はたまに電車で帰省し、その際は峠駅で件の力餅を買う(正確には挨拶するとタダで貰えたのだが)のが毎年恒例行事だった。


 稲村某は中学生の時、亡くなった祖父の法事に参加しようと両親に願い、一人で山形まで電車に乗って向かったのだが、何だかんだで無事に終え、帰宅する為に復路で電車に揺られていた。


 そんなボックス席の向かい側に、見るも可愛らしい二人の同世代の女子が座ったのだが、当時はコミュ障を患っていなかったヤング稲村某。何とはなしに二人とあれこれ話して意気投合。東京から来た山形に詳しい変わり者として楽しくキャッキャうふふを謳歌していたのだが、電車は峠駅に到着した。


 「そう言えば、峠の力餅って知ってる?」

 「知ってるわよ~♪ 私達大好きだもん!!」


 そんな会話をしている内に、売り子をしていた女性が近付いてくる。


 突然窓を開けたヤング稲村某、売り子の女性に手を振りながら、


 「こんにちは! ○子(母親の名前)の○○(稲村某の本名)です!」

 「あらっ!? どした! どーしてこったなとこに!?」

 「じーちゃんの法事で来ました!」

 「あ~、そだか! んだ、これ持ってけ!」


 ずいっ、と力餅を差し出す女性に会釈しながら礼を言って受け取ると、電車が出発し動き出した。


 「あ、あの人、俺のおばさんなんですよ」

 「えええぇ~ッ!?」


 二人は驚いていたが、力餅を分けてあげると凄く喜んでいた。


 柔らかい餅に包まれたこし餡の力餅は、今でも細々と販売されている。


 ただ、生餅なので直ぐに固くなってしまうのが難点なのだが、油を熱したフライパンで煎り焼きにすると香ばしく、そして熱々で柔らかな餅に早変わりする。これはパッケージにも書いてある、電子レンジが無かった頃からの知恵なのだが、一つだけ難点がある。


 ……この食べ方を知ってしまうと、普通に力餅をそのまま食べられなくなってしまうのだ。




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




 【極メシ。】


 人には言えない秘密の愉しみ。嗜好の極み。誰が見ても奇行としか思われない変わった食事。時々無性に食いたくなる飯。


 さあ、これから何を食するのか。果たして、どのような……







 いや、そうじゃない。そうじゃない。


 人は何故、食するのか? ただ生きる為に食するのか? 美味探求が真髄なのか?


 違う。食事とは、命を繋ぎ、次に託す為に必要な、大切な事。






 過去、雪の積もる山中に、旅客機が墜落し、辛くも墜落死を免れた人々を待ち受けて居たのは……寒さと、そして【飢え】だった。


 寒さは機体から抜かれた燃料を用いて、少しづつ燃やせば何とかなった。高高度を飛行する機体には様々な断熱材も使われていた為、寒さは克服する事が出来たのだ。


 だが、【飢え】は人種や老若男女を問わず、容赦無く生き残った者の命を脅かした。


 しかし、人々は一線を越えて、命を繋いだ。




 ……そう、生き残った人々は、犠牲者を食べた。自らの命を繋ぐ為、同乗して不幸にも亡くなった家族や友人の分まで生きる為に、苦渋の選択を強いられたのだ。


 その際、人間は余りにも【人間】だった。嫌悪と慚愧、そして罪悪感に打ちのめされながら恐る恐る口にしていたのだが、次第に慣れていき、最後には少しでも旨いと感じるように、部位を選択し、調理をしたと言う。


 だが、救助された生存者は、その事を包み隠さずに告白した。日本では考えられないが、某宗教に色濃く染まった国での話である。生存者は自らの行為を贖罪として告白し、そして彼等は《神に生かされた幸運な者》として罪は流されて罰は与えられなかった。まぁ、らしいと言えばらしい美談として扱われたらしい。流石は神の身体をパンに見立てて……いや、いいか。




 人はただ、生きる為だったとしても、そんな時ですら、美味を追求する。それは、何故か?


 ……それが、【人間】なんだ。少しでも美味になるように、少しでも日保ちするように、少しでも柔らかくなるように、少しでも……もっと……より良くなるように、努力し、研鑽し、そして、未来に繋ぐ為に。




 子供は産まれた時から食を求める。母親の乳から柔らかくした離乳食、そして小さく刻んだ食事から、次第に徐々に慣れていき、やがて大人と同じモノを食する。


 そうして育まれた味覚は記憶に刷り込まれ、親から子、そして子から孫へと受け継がれて行く。それが人が人として自覚を持つ遥か昔から続けられてきた【食する】事への欲求が産み出した記憶の伝播。遺伝子や何やらとは関係無い、人間が生み出してきた知識と嗜好の継承なのだろう。


 だから、我々は美味しい食事をしたくなるんだ。理屈抜きの本能に限り無く近い、無意識下の欲求なんだ。


 だからこそ、旨いモノを食おう。少しでも旨いと感じる為に、マヨネーズをかけたり醤油をかけたりしてもいい。少しでも違う味を求める為に、少々変わったモノにチャレンジしたっていい。


 それこそが、昨日より今日を、今日より明日を【人間】らしく生きて行く為に不可欠な【美味い!】に繋ぐ為、どうしても必要な事なのだから。




 さあ、今日も新しい一日が始まる。自らの命を繋ぐ為、そして新しく生まれる命を育む為に……





 さあ、食してみよう!! そして、残さず食べて、御馳走様って言うんだ! 


 それが、作ってくれた誰かの為に、そして選んで食した自分の為に、大切な事なのだから。








      「(きわ)メシ。」……お粗末様でした!!





短いながらも、こんな作品にお付き合いして頂き有り難う御座います!


一先ず、本当に今度こそ最終回で御座います。御精読有り難う御座いました!


続きは未定ですが、近いうちにまた再開するかもしれません。それまで……暫しオサラバ!!


お粗末様でした!

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[一言] 遅ればせながら、一旦の完走おめでとうございます。 この前見た、店のチープなラーメンスープの話美味しゅう御座いました。 こう言った極めしのエピソードのチョイスや、稲村さんらしい優しさがこもった…
[良い点] どの回も、見た目から香り、味いたるまでこれでもかというくらい濃密に描写されていて、圧倒されてしまいました…食べたいと思うかどうかは、回によりますが。 良いものを読ませて頂きました [気にな…
[気になる点]  蛇足ですが、カキは、岩ガキ、ではなく、マガキ、では?  岩ガキは深い海中に生息している筈、潜らずに採集できるのはマガキだと思いますよ。  ちなみに、わが故郷はカキの名産地なので、海岸…
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