最終話・好奇心が残したモノ達
そんな訳で最終回!
君はどんなモノを食した事があるか。
必要以上に身分不相応な山海の珍味を食したか。
或いはまだ見ぬ未経験の味に驚愕したか。
人はモノを食い生きる。
ただそれだけの為に生きて何時か死ぬ。
ただそれだけの為に食べるのだ。
だが、人は食うのみに生きるに在らず。
考えて、考えて生きるのだ。
だからこそ、今は考えて食べるのだ!!
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やあ、皆さん。稲村某で御座います。
俺は知っての通り、他人が見たら正気を疑うようなモノや、眼を逸らして足早に立ち去りたくなるモノも食ってきた。只の好奇心なんだけど。
だが、稲村某は基本的に【気分で動く】タイプである。嫌な事は避けて生きていきたいし、若い頃は実際にそうして生きてきた。
しかし、人は年を取りしがらみが増える度に、そうした感情に蓋をし、自らを偽りつつ生きていくしかなくなる。それを人は【大人になる】と評し、気にしなくなっていく。
……でもさ、舌には正直に生きたいもんじゃない?
そりゃあ、三食常にその場その場で好きなモノを食えるような環境ならいいけどさ、実際はどうなのさ?
懐具合を計算しつつ、見切り値引きを待ちながら深夜のスーパー内をグルグルと徘徊したり、頼まれて朝から特売の卵を買いに走ったりするのが、現実的だと思うわ。
……だからこそ、叶うならば……好きなモノを食おう。それが他人から様々な憶測や、嘲笑の対象になろうとも、生きる為だけ以外の選択が自らの幸福に繋がるんなら、後悔しない為に、恐れず食らおうじゃないか。
と、言う訳で!! 今回は最終回と題して、今まで稲村某が自らの手を介して調理し、食ったモノの中から印象的だったモノやエピソードを記して最後を相応しく飾れると……いいなぁ。
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自家製【生ハバネロの油漬け】。
故有って、稲村某は知人からハバネロの苗を貰った。因みにその時は五センチ程の小さな苗で、どこから見ても正真正銘の由緒正しい【ハバネロたん】だった。
……だが、この【ハバネロたん】……トンでもないビッチだった。
鉢植えにしてスクスクと育っていたハバネロたん。しかしある日を境にほわほわと白くて小さい可憐な花を次々と付け始めた。
しかし、詳しくは判らんが自家受粉出来るからなのか、付いた蕾は大半が花を咲かせ、そしてほぼ全てが結実した。
……その数、何と約五十個!! もうジタバタする位の大量のハバネロたん(ミニサイズ)が豊作なんですよ奥さん!!
けれど、話はそれで終わらなかったのだ。
冷凍庫に仕舞おうと収穫を終えたハバネロを袋詰め(もはや農家?)していた稲村某に、嫁の冷徹な一言が突き刺さった。
「収穫したら、責任持って食べなさいよ? あー、私、辛いモノは苦手だから期待はしないで!」
うん、そうね……さて、どうしよう?
そう思った稲村某、包丁で叩いて微塵切りにしたんですが、その際はゴーグルと手袋着用。だって「飛沫で大惨事」だの「眼に入ると失明」だのと書き記されてるんですもの!
しかし、悲劇はもっと別の場所に……!
……稲村某、尿意に負けて、作業中にも関わらず、お手洗いに……
……アーーーーッ!!
ええ、それから二時間、足掻き苦しみました。賢明な諸兄ならば判るだろう、きっと。
因みに、その時に作った生ハバネロの油漬け、いまだに冷蔵庫の中に残されています。スゲェ持続性だよ、本当に。
あと、生ハバネロのお味ですが、最初の瞬間はじわっ、と辛さが忍び寄りながらも仄かな甘味を感じ、これはなかなか……とか思った瞬間! 舌先がもげるのか!? と感じる程の強烈な痺れを伴う過激な辛味が一気に口の中を蹂躙していきます。それが暫く続いた後、唐突にサッと消えていき……後には滝のような汗だけが残ります。それと面白い位に顔面は鼻から上だけが真っ赤になるんですが、鼻から下は顔色一つ変化が無い。不思議なもんです。
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【ヤマイモ】
諸兄は自然薯をご存知だろうか? そう、山中の比較的砂が混じった斜面、しかも陽当たりの曖昧な木の根元等に自生する日本古来のキングオブ山菜。
しかし、自然薯とは違った芋も何種類か有り、それらは自然薯とは区別されて《ヤマノイモ》や《ヤマトイモ》等と呼ばれている。
稲村某、以前は嫁の実家にくっついた木造平屋のアパートで寝起きしていた時代もありまして、その敷地は実家の区画内に御座いました。で、そのアパートと敷地を隔てる塀に絡み付いていた芋の蔓を見つけた稲村某、ある日突然掘りたくなりましてね。
……掘りました。
で、出てきたのがヤマイモでした。自然薯とは違い、粘りは少なく水っぽい感じ。要はスーパーで売られている感じのアレでして、違いは歴然。わざわざ掘り出さなくても同じモノは手に入る程度でした。食った感じもほぼ変わらず。生食してみても、サクサクとした食感が軽く、自然薯のような果てしないねちょねちょ感には程遠いサラッとした粘り。ま、それだけでした。
しかし、何でも悪い訳ではありません。ヤマイモと言えば有名なのが「ムカゴ」。蔓の節々から湧き出す不思議な影分身。だってばら蒔けば数年後にはまたヤマイモが生えてくるし、ムカゴって見た感じもヤマイモそっくりなんですよ?
塩を振ってレンジでチンすると、ほっこりとした蒸しムカゴの完成。時折固い物も混じったりしますが、サクサクした食感、そして粘り気のある舌触りと素朴な風味が実に楽しい逸品です。これを炊飯器で白米と共に炊き込めば……美味しいムカゴご飯の完成です。お好みで餅米を混ぜて炊けば、風味豊かなもちもち食感のムカゴおこわになります。どれも美味しいですよ?
そんな嫁の実家も、色々な事情で人手に渡って更地になり、今は全く違う建物が建っています。もう、二度と芋は手に入らなくなりました。
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……と、ここまで書いて誤算が生じてしまいました。
書ききれず漏れてしまったモノがまだ御座います。これは……次回に持ち越しですね。
そんな訳で、次回【最終回の最終回】にて、残したモノをご紹介して、本作品を締めたいと思います。
そんな訳で次回こそ最終回!!




