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⑩河原の焼きそば

続き続けて第十話。毎度お読み頂き有り難う御座います!



 君はどんなモノを食した事があるか。


 必要以上に身分不相応な山海の珍味を食したか。


 或いはまだ見ぬ未経験の味に驚愕したか。



 人はモノを食い生きる。


 ただそれだけの為に生きて何時か死ぬ。


 ただそれだけの為に食べるのだ。




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




 過去の話ばかり書いても「懐古主義者め。そんなに昔が良いなら一思いに云々」と言われそうだが、全てノンフィクションなので仕方が無いのだ。


 さて、タイトルを読んで何のこっちゃと思われた諸兄は、アウトドアクッキングの経験はあるだろうか。


 青空の下、開放的な景色を眺めながら、自然の息吹きを感じつつ時間の経過と共に変化していく味に舌鼓を打つ……燻製作りや焚き火料理、キャンプクッキング等がこれに当たるだろう。



 稲村某、過去に単身ツーリングで北は青森、南は四国まで足を伸ばしたものだ。仕事を終えて帰宅し即座に支度を済ませ、夜通し走り、眠くなったら道端にテントを張って一眠り。そして翌朝から別天地にて非日常を満喫する……。





 だがしかし、そうした環境で食べた筈の飯を、稲村某は殆ど覚えていない。


 何故ならば、単身ツーリングはあくまでも自らを自らの手で運ぶ手段。行く先々でどんな名物を口にしようと、所詮は二番煎じ。何処かの誰かが紹介した物を準えているに過ぎないのだ。金さえ払えば誰でも食える。そんなモノは極メシに値しない。





 長い前置きになってしまったが、まだ稲村某が十代の頃、東京の青梅の実家に居たのだが、近所に住んでいた友人が同じ市内の東青梅へと家族と共に引っ越した。彼の家庭事情は大変難しく、同居していた祖父が老衰で死去した後、親戚一同が固まって住んでいた長屋から離れて暮らす為、そちらに転居する事になったと記憶しているのだが、字面だけ読んでも未だに良く判らん。


 その新しい転居先は多摩川(地域的に鎌の淵と呼ばれる辺り)の近くのマンションで、多忙な両親が留守がちになっていたお宅によく遊びに行ったものである。但し、場所が自転車等で気軽に行けるような距離とは思えないにも関わらず、しばしば訪問していたのだが、それはそれとして。



 ある夏休みの昼下がり、突然彼がこう言ったのだ。


 「今日の昼メシは河原で食おう!!」



 ……先に言っておくが、誰もキャンプ用品など持っていない。無論、彼の自宅には何一つ無かったにも関わらず、言い出しっぺの彼は意気揚々と支度を始めたのだ。


 野菜を刻み、肉をほぐし、大きな中華鍋に放り込む。それを抱えながら外に出た。河原に向かう道すがら、商店に立ち寄って某焼きそばを買い込むと、そのまま稲村某と他二人を引き連れて、石が転がる河原を真っ直ぐ進み、到着すると石を組んで炉を構えて鍋を据え、方々に散って薪にする流木をかき集めた。



 自宅から持ってきた古新聞に火を着けて、薪を燃やして鍋を温める。じわ、じわじわ。熱くなってきた鍋に油を流し、肉と野菜を放り込み、河の水と焼きそばを投げ込んで暫し待ち、大量の焼きそばが出来上がった。


 さて、さて。食してみようか。



 ざく、と半生のキャベツと玉ねぎが、素材そのままの味を見せつける。まあ、生でも食えるさ。心配していた豚肉は、一番最初に入れた物で、これは充分に火が通っていた。やや焦げ掛けた味わいはなかなかにクリスピー(便利な誉め言葉だ)で、悪くない。


 肝心の焼きそば麺は、信頼のブランド某○ちゃんである。誰が焼いてもソースの豊かな香りと、そして魚介ダシの豊潤な風味を与えて胃の腑を揺さぶるのだ。


 紙皿に載せた茶色い混合物は、半生の野菜を笑い飛ばしながら次々と摂取されていき、あっという間に稲村某と友人達の腹の中へと消えていった。



 「……俺さ、また引っ越す事になったんだよなぁ~」


 未成年が口にしては決していけない、泡の出る何かが減少する怪現象が発生している事を誰も指摘しない中、彼がさらりと告白した。


 高校を卒業し、彼は専門学校に通っていた。高校は建築科に進学していたのだが、何故か福祉系課程を専門学校で学び直し、近い将来は都内の介護ホームに就職するらしい。稲村某は明確な人生設計とは無縁な穀潰しをしていたので、少しだけ彼が羨ましかった。




 それから暫く後、バイク便で働くようになった稲村某の行きつけのバイク屋の近所に、彼の実家が有る事が判明し、結局またつるむようになるのだが、その時は全く想像もしなかった。



 冷たい石の上に腰を下ろし、ひたすら貪るように食った河原の焼きそば。半生の野菜とやや焦げた豚肉、そして誰もが知っている普通の味付けの組み合わせは、何故か今でも忘れられないのである。






 ちなみに彼の付き合っていた相手は、件の長屋の頃に出入りしていた従妹だったのだが、彼女を見た友人は全員揃って「……それはぽっちゃりの範疇には納まらない」と言っていた。彼の懐の深さを今でも忘れられない。





と、ここまでご好評頂いた極メシですが、次回の【最終回】をもちまして一旦お開きとさせていただきます!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 懐の広い方は大好きです <(_ _)>~♪ [一言] >泡の出る何かが減少する怪現象が発生している事を誰も指摘しない中 ウチの中学の先生も「あれは酒じゃない!」って言ってましたね (*´▽…
[良い点] 良い 私にそのような思い出はあっただろうか…… よし、今から作ってこよう
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