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癒やされたいキャンパー。異世界を癒やしに行く。  作者: カトー
第10章 陰り逝く帝国
99/201

フルダ平原、対魔獣野戦

 ※ ※ ※ ※ ※


 あの恐ろしい爆発のあった10の月15日も過ぎていく。10日以上続いた晴天も、南から天気が崩れていく様だ。3日後、早朝から雨が降っていた。魔獣の活動が懸念され、偵察部隊が送られる。


「ン、雨か? 助かったな」

「アルノー伍長、どうしたんです?」

「雨が有りがたいなって、これで臭いが薄れるからな」

「そうでした。人より奴ら、鼻が良いですからね」

「まぁ、降り過ぎると困りもんだがな」

「そうですね。しかし途中のフルダの町は、酷かったですね」

「もう、あれじゃ。イヤ何でもない。前進するぞ」


 ※ ※ ※ ※ ※


「ブリュノ軍曹、戻りましたよ」

「アルノー、無事だったか。ホッとしたぞ。皆は、大丈夫だったか?」

「ハイ、軍曹。マ、それより報告です」

「すまん。で?」

「また、モルガーヌ中尉が張りきりましてね。軍曹、これはかなりやばいですぜ」


「中尉、無茶をしないで下さい。アルノー伍長。これを見ると、そんなに近づいたのか」

「エエ、とっても近くまでね。渓谷の入り口まで行きました。やつら、しっかり居ましたよ。魔獣の数は、中尉と俺も同じぐらいの読みでした。アァ。それと小型魔獣のやつらは、渓谷の出口で固まっていました。出るに出られなくてと言うとこですな」

「ブリュノ軍曹、他の偵察隊はどうだった」

「ハ、一個分隊だけ戻っていませんが距離が有りますから。多分大丈夫でしょう。この穴は、確かクレーターと言うんだったと思いますが、爆発で出来たと思います。大きさは直径15キロから場所によって16キロでした。やっぱり穴なんでしょうね。水が溜まり始めていました。底を調べてみたらガラスみたいにつるつるでした。昨日みたいに雨が降り続けば、湖になっちゃいます。イエ、なります」

「やはり、渓谷の出口が衝撃で出来たクレーターで塞がれている訳だな。魔獣も出るに出られないと。伍長はどう思う?」

「今の処は塞いでいます。そうですねぇ、横の土手が崩れれば、出て来れると思います。後、こっち側でもカラス型とワイバーンを見かけなかったです。爆発の衝撃で、吹き飛んだかもしれません」

「伍長、の意見と同じだな。良しご苦労だった。確かに空飛ぶ魔獣が少ないなら、思い切って気球を上げてみるかなー。ウーン……軍曹、明日、夜明けとともに上げる。少尉に、気球の準備をしろと伝えといてくれ」

「軍曹、戻っていない分隊があるが、これだけでも分かれば上出来だ。いつもの様に、取りまとめて絵心のある者に急いで描かせろ」


「モルガーヌ中尉、敵状報告書です。ご覧下さい」

1、渓谷まで、魔獣と接触無し。渓谷出口到着後、左崖を登坂開始。尚、渓谷内、出口付近とも味方の姿無し。火災の激しい跡のみ。爆発によるクレーターは、15から場所によって16キロにおよぶ。


2、崖登坂後、帝国監視哨跡を発見。捜索するも生存者無し。崖沿いに前進、2時間後、渓谷入り口より2キロにて魔獣群を発見。然るにフルダ街道上に、大型魔獣の死体無し。推測するに魔獣には爆発による損害は、極めて少なくなかったと思われる。観測した処、小型魔獣による共食いが発生中。魔獣は、給食状態が悪く食物は欠乏と思われる。


3、魔獣集中地点の有無を、探索すべきと判断。空飛ぶ魔獣の姿、極めて少なし。渓谷入り口まで、さらに前進。着後、高所にて偵察開始。


4 、魔獣は、二つの集団にて第1集団は渓谷入り口にて集結。目視距離内の魔獣、およそ60万、後方の第2集団に同数程度存在すると推定。総計120万前後の可能性大。尚、指揮個体は未確認。


備考、添付した図表に示した箇所より、右側の崖の崩壊が進行中、日ならずしてフルダ渓谷出口より平原へ移動可能と推測できる。

「良し、だいたい良いだろう。ブリュノ軍曹。この内容で報告書を作成してくれ。明日、気球隊の絵が出来しだい至急、司令部に送れ」


 ※ ※ ※ ※ ※


 ケドニア帝国防衛軍は、帝都ヴェーダに大本営を置いて指揮・統率・組織運営能力を維持している。防衛軍はフルダ渓谷の爆発で連絡を絶ったフルダ防衛軍を危惧していた。もし、他から入ってくる報告の通りなら、11万名もの将兵が消失した事になる。


 人的損失も耐えがたいが、渓谷出口には最新鋭の火器を揃えた、第1砲兵軍、第2砲兵軍、精鋭の擲弾兵2個連隊が防衛線を築いていた。用意された弾薬も相当数である。帝国は、それらをすべて失い魔獣の殲滅は不可能になった。これは帝都ヴェーダへの侵攻が可能になったという事だ。


 レオポルド・ティモテ・ロドリグ・モンセイ中将は、長らく帝都防衛軍司令部の参謀長を務めていた。中将は、フルダ渓谷出口に展開中の防衛軍の惨状を知るや、首都防衛の為にフルダ平原にむかった。彼は戦闘力の空白が長引けば帝都が陥るだろう危険を十分に承知していた。そして、中将は残った兵をまとめ、兵力の集結に力を注いだ。


 フルダ防衛軍の能力は認められていたものの、防衛軍が無事とは思えない。魔獣の動向も気になる所だ。そんな時、レオポルド中将は、偵察部隊の報告が思っていたより早く上がって来たのを喜んだ。幸い、魔獣に動きは見られないようだ。同送された絵を見て、時間的猶予が有ると判断し、フルダ街道沿いにある丘に軍勢を集めて魔獣に対する事になった。この阻止線で帝都ヴェーダが防衛を準備する時間をいくらかでも作るつもりだった。


 フルダ平原は数日前からの雨でぬかるんでおり、兵の再集結には時間がかかる状態だった。そこでレオポルド中将は、地面が乾くまで迎撃準備を遅らせるしかないと思っていた。だが、正午前にヴィオレット少佐の補給大隊が完全編成のまま現れた。少佐は爆発騒ぎが落ち着くと、直ぐに補給路の確保と兵員の集合命令を出していた。なんとか機能していた兵站線を再編し、レオポルド中将の下にやって来たと言う訳だ。


 再建されたフルダ防衛軍司令部は、以前貴族が住んでいた鹿の館という大きな屋敷に置かれていた。10の月22日夜明け前に、レオポルド中将は魔獣進行の急報を受け取り、迎撃準備をするよう命じている。この時レオポルド中将は、約43000の兵を率いていた。防衛軍はフルダから67キロ離れた、この小高い丘の尾根に沿って布陣し迎撃すべく準備を重ねている。館はすでに城砦化されていて、近くに有った農場と丘全体が防御陣地となっていた。


 10の月23日。フルダ平原防衛軍は魔獣左翼集団と衝突。前哨戦として魔獣1600を倒した。緒戦の戦いで勝利したことは間違いがなく、中将はジェレミー・マチュー・シュザン中佐に5000の兵力を与えて魔獣左翼集団の追撃を命じた。さまざまな問題を抱えたフルダ平原防衛軍ではあったが、相手となる魔獣右翼集団も判断ミスを犯しており多方面に展開していた。魔獣左翼集団には、連絡も出来ないようだった。


 かくして10の月23日の午後には、断続的に降り続いた雨のため疲労が解消されぬまま、防衛軍38000名は魔獣右翼集団7万と闘うことなる。10の月24日朝。断続的に雨は降り続いており、戦いも昼前まで始まらなかった。雨のせいで丘周辺は泥にまみれていた。この為、火器の集中運用に必要な弾薬の集積に支障をきたしていた。なにより今は貴重な砲による破砕火力が不足しており、防衛線の存続を左右する状況となっていた。


 戦闘は、農場前面から始まった。防衛軍左翼からウーグン、ラエイ、パロットの3つの農場があり、魔獣中央集団によって攻撃対象となっていた。魔獣中央集団主力は丘の南側に展開しており、館の防衛軍からは全貌を見る事が出来ず情報が不足していた。また魔獣も雨の中ではワイバーン達も視界不良を嫌うのか、あまり飛ばないようで両軍とも戦場を俯瞰出来なかった。


 中将の意をくんだ、気球隊が雨の止み間になんとか気球を上げた。だが、少なくなったとはいえ未だ空飛ぶ魔獣の攻撃が無い訳では無い。僅かな時を置いて、魔獣の迎撃にあって観測を断念した。これ以降、防衛軍司令部は最後まで魔獣全体の行動把握に苦しむことなる。


 同日昼、魔獣は自陣左手に見えるウーグン農場に攻撃開始。防衛軍司令部の意図は、左翼に攻撃を集中させて魔獣中央集団主力をそちらへ向けさせたあと、中央を砲兵で分断しようという考えだった。魔獣はこの意図を看破したのか、左翼に向かわず、そのままで戦い続けていた。


 防衛軍は、当初の意図通りにいかないものの、意を決して魔獣の中央・右翼への攻撃を本格化した。右翼を率いるアルメル・サビーナ・ニネット・グレヴィ大尉の擲弾兵は、機を見て集団前進を行い損害を出すものの、右手パペット農場の防衛に成功するだけではなく、魔獣中央集団を敗走させた。だが、反撃して来た大型魔獣に押しとどめられ、それ以上の進撃は叶わなかった。


 この状況にレオポルド中将は、戦線中央にアルメル大尉率いる擲弾兵1個連隊を突入させるが、これを読んだのか魔獣は重魔獣を側面から突入させて来た。大型魔獣と重魔獣による反撃でアルメル大尉が戦死し、擲弾兵が後退した。戦線は広がり、全域にわたって激しく戦っているものの、一進一退の状態であった。残念ながら、兵力差などからなのか、じりじりと防衛軍が不利に傾きつつあった。そして、戦線右手に魔獣左翼集団が登場してから状況は一変する。


 魔獣左翼集団主力に対して向けられたジェレミー中佐は、断続的に降り続いた雨の為に、敵左翼集団主力の追撃に失敗。その時、鹿の館方面からの砲声を聞いた。コンスタンタン・プロスペール・レーヌ少尉による本体との合流の進言受けいれて進路を変えるべきかと悩んでいた。中佐も防衛軍司令部も、鹿の館防衛戦の戦いが始まった直後から兵を引き返えせとの連絡をしようとしていたが、二度送られた伝令が攻撃を受けたり、落馬したりして負傷し指示を受ける事も命じる事も出来なかった。

 状況を知った時には、ジェレミー中佐は戦場への合流が間に合わない事が明らかになっていた。防衛軍司令部は、運に見放されたらしい。


 この状況下でも、レオポルド中将はまだ諦めるような事はしていない。また、兵達も勝ち負け4分6分の状態で奮闘を続けていた。予備隊の一部であるジョスリーヌ・コレット・シュマン少佐の兵力を魔獣左翼集団へ振り分け防戦を強化していた。同日夕方、持病のため、体調がすぐれないレオポルド中将は、一度休憩も休息を取らず指揮を執っていたが、心労が祟った為かニコラ・ジェラルド・ディディエ・ベルレアン中佐に指揮を託して亡くなってしまった。これが、この戦場での勝敗の分岐点となった。


 激しい攻勢の為、ヴィオレット少佐の補給大隊は、負傷者などを後方へ送っていた。その様子は我が身を顧みない程で、救助者1人の為に3人4人と犠牲になっても、怯む事は無く帝国輜重兵の意地を示したといえる。ヴィオレット少佐指揮下の兵は命じられたものではない。この無私の勇敢な行為は今も語り続けられており、レオポルド中将と並んで帝国の誇りとなっている。


 このレオポルド中将の訃報は周辺部隊にも伝わり、なんと仇討ちとばかりに防衛軍右翼2000名もの突撃となってしまう。それにつられて、アルメル大尉指揮下の戦線中央にいた擲弾兵2個連隊も突撃に参加するという、大規模擲弾兵突撃となってしまった。途中でこの状態に気がついたニコラ中佐は、少数の擲弾兵突撃をさせるよりは、さらなる擲弾兵を送り込むという選択をせざる得なかった。


 この大規模擲弾兵突撃は、魔獣中央集団よって受け止められた。擲弾兵主体での攻撃力は、最初の突破力のみであり、壊乱しつつある相手でなければ多大な損害を出すことなる。既に、ニコラ中佐には砲兵の協力も無かった。求めようにも先の爆発で、第1・第2砲兵軍は全滅している。是々非々も無く、単独で突撃を選択するしか無かったともいえる。


 魔獣の集団が、少なからず擲弾兵の波に飲み込まれたものの、魔獣は何とか耐えきった。突撃の指揮をとったニコラ中佐は、結果的には成功に至らず貴重な擲弾兵の多くを失った。防衛軍は残りの兵力を糾合して攻勢に耐えるしかなかった。一方、右翼に到達しつつある魔獣に対して向けられた、防衛軍予備兵力も苦境に立たされていた。防衛軍司令部は、段階的に予備兵力を注出して魔獣左翼集団からの攻撃を凌ぐ事しか出来なくなっていた。


 擲弾兵突撃に失敗した防衛軍ではあったが、一部では優勢な状況も作り出している。魔獣が中央のラエイ農場を襲撃した時、勇猛果敢と言われるロメーヌ・ベランジェール・ヴィクトリーヌ・ゲッド少佐はこの防衛線に置いて優勢に進めるたが、決定打に欠けており増援が必要とされていた。


 この時、中央のラエイ農場までやっと一個砲兵中隊を進める事が出来た。これで魔獣中央集団の、魔獣に対して砲を打ち込める状況になったのだ。ここで起死回生の最後の手段として、中央を守るシルヴァン・ボドワン・ジルベール・バズレール少佐が主力部隊8000名を投入すれば突破できると意見具申した。だが、ニコラ中佐は意見が正しくても、受け入れずその求めを却下しなければならなかった。

 魔獣中央集団に対して、兵力が乏しく弾薬も十分とはいえない。が、ニコラ中佐が兵力投入をためらうのは、魔獣が後背より到達しつつあることが判明し、後方の防衛が不可能になりつつあったからだ。


 同日夜、中央のラエイ農場が魔獣に制圧されたとの報告をうけて防衛軍司令部は。最後の予備隊の投入を決意する。しかし遅きに失し、集結した魔獣の前に倒れることになった。もはやここまでとニコラ中佐は最後の手勢を率いて突撃を行おうとした。彼は、一兵となっても銃剣を持って戦おうとしたが、大型魔獣達を相手にしては犬死で勝利にはつながらない。と勇猛果敢なロメーヌ少佐に諭されて退却を決めた。


 全軍に退却命令が出され、潰走を続ける防衛軍を追撃しようとする魔獣だったが、阻止される。これは、殿として方陣を組んで最後まで立ちふさがったのは近衛兵達を率いるミレーヌ・ニネット・ブリュネル近衛大尉だった。近衛兵は、ケドニアの地を汚す魔獣に対し、死すとも退却はしない。と言って全滅を受け入れた。


 ※ ※ ※ ※ ※


 野戦重砲中隊員ニコラ・ロドルフ・ラザール・ヴァリエ伍長の話

 フルダ防衛軍の、渓谷出口で手ぐすね引いて待っていた砲兵隊はとっくに無くなっている。俺達が残された、唯一の野戦重砲中隊と言う訳だ。鹿の館に着いたら、最長距離の砲撃を開始すると大尉が言っていた。榴弾はあまり貫通力を持たず、破片効果による殺傷、制圧を主目的とする。最強火薬にして、最長距離の7キロから8キロ先を飛ばして砲身が許す限り魔獣を連続砲撃するのだ。


 三六九式十センチ榴弾砲は、新型の三八四式十榴には及ばないが、1発が20キロの重量の弾丸を約7キロメートルもの遠くに撃てる。その発射弾数は、4分間に1発だが旧型となった今でも射撃精度が高く古参の砲兵には人気だ。

 三六九式十榴は、大昔の榴弾砲と違い砲弾と装薬が別々となっており、分離装填弾を使用する。魔獣までは、8キロ近い長射程を最大装薬で2時間近く砲撃をした。小隊長に言わせれば、砲身がいかれてもかまわんという、後が無い様な撃ち方をしたのだ。


 装薬は装填時に、砲側で射程の遠近により使わない分の薬嚢を取り除く。榴弾砲の薬室に装填する際は、点火薬が上手く閉鎖機側に来る様にして、向きを間違えない様に装填する。逆方向に装填すると、砲腔内での最大圧発生点が砲口側に移動して、ちゃんとした砲口速度が得られない。まぁ上手くやらないと、届かないし当たらないという事だ。

 言っておくが、榴弾なので魔獣の頭の上なら、何処でも良いと言う訳じゃない。きちんと計算し、密集した魔獣の中で、爆発させるとその損害は凄まじい事になる。恐ろしい轟音とともに、撒き散らされる破片はあたり一面に死の雨を降らせる。


 装薬取扱い上の、注意事項は以下のとおり。

1、温度・湿度に敏感なため、金属製の薬嚢缶から使用直前まで取り出さない。雨の日には注意して装薬にはカバーをかける事。くれぐれも湿気に注意。

2、装填時の向は、点火薬を閉鎖機側にする。乱暴に取扱うと、発射薬の形が崩れて計算された砲口速度が得られない。装薬は美しく無ければならない!

3、閉鎖機の近い場所に装填する。奥に入れすぎると、点火時期が僅かに遅れる。押し込めれば、いいと言う訳では無い。

4、装薬帯は固く縛る。緩いと装薬の点火面積が増大して燃焼速度が速くなり着弾地がかわる。面倒だと、いい加減にするな! 

5、製造ロットによる、砲口速度のバラツキを考える事。この頃は規格の統一化が進み、悩まされるということは減ってきたが、可能な限り、同じ工場の同じロットを使用する。微妙だが、当たりが違う。

これだけやっておけば、ブリュノ・レアンドル・ダルレ軍曹からも文句はでないはずだ。


 言うは易しで、砲弾は、距離が有る為なのか上空の風の影響を受けて、中々会心の当たりとはいかなかった。イヤ、命中は常にするんだが、倒れる魔獣の数が思ったほどで無いという事だ。効力射には違いないのでドンドン撃ち込む。第1砲兵軍の様な、最新型の砲ではないが慣れ親しんだ大砲である。砲と砲手達が一体になって全力を出しているのだが、いかんせん魔獣が多すぎる。


 連隊長殿が、空飛ぶ魔獣に狙われたらしく負傷して後方に送られた。酷い傷だったと当番兵が青ざめていた。魔獣の突撃が続く中で、少佐殿は砲兵陣地内で、指揮を執っておられていたが大型魔獣が壕内に飛び込んで来た時に戦死された。オーギュスティーヌ・ミュリエル・ドゥニーズ・イヴェール軍曹(来春には、ブリュノ軍曹の花嫁に成るはずだったのになー)他、大勢の仲間が戦死していった。野戦重砲中隊は、大木が倒れるようにゆっくりと壊滅していくようだった。


 魔獣と、俺達の砲兵陣地との距離が狭まってきた。400から500メートルぐらいになると、重魔獣に向けて零距離射撃をした。小隊長の言った通り、この砲はお釈迦だな。多くの魔獣を仕留めたつもりだが、弾薬が底をついてからは、2丁の小銃を撃っているだけだった。重魔獣はその足で俺達を踏みにじりに来た。俺達には弾薬が無かったが、突撃して行った擲弾兵の置き土産がある。擲弾を4発、紐で結んで一つにし、重魔獣に向かい肉迫攻撃と壕を飛び出す。


 全速早がけで、ひっかくように土砂をはね上げながら、立ち止まることもせず、ただただ重魔獣に向かい走り続ける。俺は、気が付いたら倒れてしまっていた。気を失っていたようで、左肩がずきずきと痛む。おそらく魔獣に跳ね飛ばされたのだろう。周りを見渡すと俺の他は、陣地内に槍兵達がいるようだが、魔獣を攻撃できるほどの数ではない。重砲中隊の壊滅で、防衛軍は戦闘不能となってしまったようだ。


 手近に武器は何もない。徒手空拳があんなにきついとは思わなかった。魔獣が、2・3メートル前を走っていった事も有ったが運が良かった。退却命令が出ていた事も有り、途中、他の部隊の負傷兵に手を貸して、北に向かって後退する事にした。


 10の月25日夜明け前だったと思う。何処にいるかわから無かったが、歩哨の誰何を受けたので友軍の陣地にたどり着いたと分かった。あたりを見ると輜重隊の馬車が見えたので、無意識に飛び乗った。と同時に馬車は走り出した。疲労で眠ってしまい、馬車から降ろされても目が覚めず、そのまま倒れるように昼頃まで目眠り込んでしまった。


 着いた場所は、野戦病院だった。行き交う輜重隊の馬車を止め、砲兵の所在を聞くが知る者もいない。27日朝、やっと司令部を見つけた。青の制服は垢と土に汚れ、所々軍服も破れていた。部隊官姓名を名乗り、27日以前の出来事を指揮を執っていた大尉に報告した。


 結局、俺が野戦重砲隊の唯一の生き残りみたいな事を言われた。部隊が、壊滅して行く報告も初めてだったらしく、傍にいた若い少尉がズーと下を向いて聞いていた。大尉には、後方で休息を取る様に言われた。亡くなったのも多いだろうが、きっと混戦で所在不明の戦友もいるに違いない。俺は、戦場に戻って探す事にした。


 フルダ平原の防衛軍の迎撃戦は不調に終わり、死傷者は2万人を超え2万5000以上ともいわれていた。もはや、フルダ平原での戦いは終わり、遮る者はいない。幾十万と知れない魔獣が、帝都ヴェーダに向うだろう。だが、無駄では無かった。防衛準備をする貴重な時間を作り出したのだ。

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