フルダ渓谷。多砲塔蒸気動車
帝国歴391年10の月15日
カトー達がヴォメロの塔と帝国要塞で魔獣と戦っていた時、フルダ防衛軍もリューベック川を渡河した魔獣と戦うべく準備を行っていた。フルダ防衛軍司令部は、フルダ学問所を臨時徴用して設けられていた。その学問所の講義室では、上級士官たちが帝国側の防衛軍であるA軍と、侵略軍の魔獣とされたB軍に分かれて、交互に図上演習が行われていた。演習は、攻守を入れ替えて既に4巡目となっている。いずれの場合も、A軍の圧倒的な火力の前に、魔獣が敗れ去るとの結論が出ている。
今回の演習名が、帝都防衛フルダ渓谷反撃戦という言葉から明らかなように、戦略上特に重要な地点での迎撃である。この ケドニア帝国防衛軍によって創出された魔獣撃滅作戦は、魔獣が侵攻を開始し、渓谷出口で帝国軍によって迎撃されるというものと、フルダ渓谷出口の迎撃が突破され、約29キロ離れたフルダ市を経由。南から帝都ヴィーダに侵攻されるという2つの戦略モデルに基づいている。
最初の迎撃戦の場合、A軍の戦略ミッションは、B軍をいかにして軍事力で阻止して破壊するかにあった。このモデルでは、B軍が侵攻を開始した際には、フルダ渓谷の出口が、最初で最大の戦場になると想定された。この為、A軍は渓谷出口から7キロ地点に砲兵陣地を築き上げる。そこには最新鋭の火器を揃えた、第1砲兵軍、第2砲兵軍、擲弾兵2個連隊を中心とした7万人、その2キロ後ろには4万の防衛軍、総勢11万の将兵での迎撃を考えていた。
防衛方針は前方重点配備となり、第一にフルダ渓谷出口での攻撃、最悪の場合でも、魔獣を食い止める事が出来ると確信できる程の駆逐である。渓谷出口で魔獣を撃破すれば良し。それが出来なくとも、フルダ平原に防衛拠点を築き、帝都南部の平原で壊滅させる事である。これには帝都に接近された場合、南部戦線の経験から防衛に有効とされた堡塁が、時間的制約により帝都には建設でき無い為である。迎撃に失敗すれば、魔獣により、帝都からリューベック川に至る地域の住民全員が、犠牲となるだろう。
幸運な事に、ここ10日に渡りフルダ平原では、どこも良い天気が続いている。この為、防衛軍の展開は非常に上手く行っている。監視哨からの報告では、不思議な事に魔獣達も渓谷出口手前で休息? を取っているようで動きが無い。あと1日あれば、軍の展開も終え防衛線の構築も完了する見通しとなった。
最初、防衛軍にはフルダにおける統合戦の構想はなく、戦線を維持する事で魔獣を消耗させる構想だけだったようだ。ここでの順調な防衛線構築が、総力による迎撃戦の成功の可能性を高めた。この機会を逃せば、魔獣を一挙に叩く事は出来なくなる可能性もあると予想された。総力による迎撃は敗れた場合、最大級のリスクがあるものの、魔獣を壊滅させると言う最大級の成果も生むと考えられていた。そして千載一遇の機会であるとして、更に兵員の充足と物資の蓄積が行われる。
次のプランにはフルダ渓谷の防衛線が突破され、フルダ平野から帝都ヴィーダへ、B軍が侵攻するという場合も用意周到に検討されていた。まず、ありえないだろうが、渓谷出口でA軍の迎撃が不調に終わった場合、もしもに備えての作戦である。勝ち負け判定は、ティエリー中将の下、エドガール少将と、ジュリアン参謀長の合議によるものとされていた。
この場合、A軍、B軍も半壊しているものとして始まったが、帝都からの増援を受けA軍がかなりの損害を出るも、勝利を手にする事が出来るとされた。結果は2勝1引き分けとなり、負けは無いものと判定されている。図上演習による次案の考察でも、負けは0、2勝1引き分けである。いずれにしてもA軍の勝利である。迎撃する防衛軍は高度に訓練された第一線級の部隊である。指揮統制、装備の面でも、申し分がなかった。何よりA軍には、フルダ渓谷の出口を押さえて防衛線を築けたと言う戦略上の利点があった。
帝都から、リューベック川に至るフルダ防衛軍は戦術レベルでの柔軟行動も許されている。地上兵力と砲兵を一体運用して、魔獣を同時に攻撃し最前線から後方まで一気呵成に勝敗を決するつもりだった。図上演習によるとA軍は完全勝利さえ達成できるかもしれない。それは、将軍だろうと少尉だろうと誰もが思う、至極まっとうな結論であった。
数字の上では劣勢だったが、防衛軍は砲兵部隊が中心で砲を大量に投入し魔獣との対決に備えていた。砲兵は少しでも魔獣の進撃速度を遅らせ、渓谷出口から出て来る魔獣を各個撃破する。撃ち漏らした魔獣は、擲弾兵が攻撃し、槍兵と弓兵(一部小銃を装備している)で止めを刺すという計画で、ケドニアの窮地を救うはずだし実施できる構想だった。
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フルダ渓谷出口には、魔獣はまだ来なかった。
パスタキヤは、帝都から1300キロ程南に位置している港の有る都市だ。帝国南部海岸地帯にあり、メストレ近郊の衛星都市である。そのごく普通の中規模都市が有った所から10の月8日、ブロージョに一隻の帆船が力を振り絞るように帰投した。港湾規則をことごとく破り、船首を埠頭に突っ込むようにして停止した。船長は、咎める港湾長をともない司令部に急いだ。
直ちに報告があげられ、ギルドの秘匿通信で帝都の大本営に送られたのが10の月11日。フリダ渓谷反撃戦の帝国軍集結完了予定日が、10の月15日であるので何とか間に合ったようだ。ただこの報告が、直ぐに集結中のフルダ防衛軍に送られればの話であるが。
フルダ渓谷出口には、帝都防衛の為のみならず、帝国の運命を握る七万もの防衛軍が集結中であった。渓谷に留まる魔獣は全く動く気配はないようだ。
10の月9日、パスタキヤと同じ様に割と大きなワイバーンが2匹、姿を見せた。同日、フルダ防衛軍の監視哨でも、遠視の魔法が使える観測将校が報告を上げている。攻撃して来る訳でも無く、空高く姿を見せるだけであった。翌日も2匹ワイバーンの動きは、2キロ下がった防衛軍陣地でも確認されている。普通ワイバーンは200メートル位までの高さを飛ぶが、この2匹は500メートルの上空を飛ぶ。他に変わった事も無く、ただ日々が過ぎていくかの様に思われた。
今日も大型のワイバーンが1匹、重いのだろうか? ふらつく様に、空高く何かを抱えて飛んでいる。もう1匹は、10キロほど離れた所から観察しているように旋回を繰り返している。10の月13日、すでに5回目だが、見慣れた光景になりつつある。おそらく偵察しているのだろうと人々は思っていた。それは、迎撃陣の中央辺りに来ると60センチ程の石を落としていった。人々は身構えたが、たった1個の石が天幕の一部を壊しただけと知って、安堵し訝った。
10の月14日、防衛軍は大本営が発したブロージョからの緊急連絡を受けている。通信員はその通信文を見て、上官に報告を繰り返したようだ。以後の事は記録も無いので不明である。フルダ防衛軍司令部のティエリー中将、エドガール少将、ジュリアン参謀長、ガエタン大佐、ボドワン大佐、アドリエンヌ中佐を含む高級佐官は攻撃を控えて防衛軍陣地に前進していた。結局、11万の防衛軍は移動しなかった。
10の月15日昼過ぎ、大型のワイバーンが1匹、空高く何かを抱えて飛んでいる。もう1匹は、かなり離れた処を飛んでいる。迎撃陣の中央辺りに来ると、やはり60センチ程の物を落としていった。
フルダ渓谷出口から北へ7キロ、500メートル上空には、大きな輝く光の珠が一つ現れて、ケドニア帝国防衛軍11万人と共に消えた。
後日の調査によると、高度500メートルで投下されたW19-B(略称、魔核弾頭)は、高度450メートル(ちょうど東京スカイツリー台に展望台の位置である)で起動、爆轟した。直径20キロ圏、面積にして310平方キロを消滅させた。その閃光は、80キロ離れた場所でも見えたと言われる。
帝都までその閃光は届かなかったが、その爆発の圏外に居て生き延びたものは北へと逃げた。だが、爆轟による衝撃波は、圧力の急激な発生によって音速を超える速さで炎を一気にふき出し火災を広げている。何もかも焼き尽くす大火炎の中、生物がフルダ平原南部で生き残るというのは至難だった。
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偵察小隊アルノー伍長の話
3日後、後方に居た偵察部隊の指揮官モルガーヌ・マリルー・オロール・デュボワ中尉は小隊に偵察出動を命じている。帝都の大本営からは、何とか事態を知りたいが、報告を出すべきフルダ防衛軍司令部はすでに無い。そこで、たまたま大本営にいた彼女が、貧乏くじを引かされる事になった。
「お呼びですか、モルガーヌ中尉」
「あぁ、アルノー伍長。入ってくれ、軍曹。地図を出してくれ。出動命令が出た」
「ハ、フルダ南部の地図ですね」
「そうだ。もうあまり役に立たないかも知れないが、これしか無いしな」
「部隊の現在地はここ、フルダ市北6キロだ。この道、主要街道を南下してフルダ防衛軍司令部に向かう。アルノー伍長、第2分隊で先行、フルダ市手前まで誘導しろ。安全を確認後、本隊と合流せよ。なお今回、気球部隊の少尉と運用員が加わるので馬車が1台増える」
「魔獣は、いるのでしょうか?」
「わからん。それを含めて、偵察して来いという事だ。オフレコだがフルダ防衛軍は壊滅したらしい。偵察地区だが、出来れば渓谷出口まで行きたい。皆も知っての通り、避難して来る者はたいてい火傷をしている。大本営の同期に聞いたら、爆発か大火災か不明だが魔獣が仕組んだかもしれんと言っていた」
「兵に言っても良いですか?」
「かまわん、隠し事はなしだ。現在時より出発は2時間後、本隊は気球到着後だから5時間後に出る。いつもの通り、4日間分の装備一式で行く。質問は?」
「ブリュノ軍曹、どう思います?」
「しょーが無い。大本営直々の命令だ。お嬢と小隊は、運が悪かったと言うだけだ」
「ハハ、違いない。じゃ、モルガーヌ中尉と先に行きます」
「アァ、気を付けて行け。中尉を大事にな」
「分かっていますって、軍曹。でも、そこは伍長と言って下さいよ」
偵察兵には索敵能力が必要とされる。戦う事がすべてでは無い。偵察兵の場合は、生きて情報を持ち帰る事が目的だ。多くの偵察兵が貴重な情報をもたらしたが、生きて帰る事の無い者も多くいた。
(魔獣が気付く前に、位置が分かれば命をかける必要はない。俺の任務の内には生きて帰って報告すると言う事も含まれると思っている。中尉殿も訓練された熟練兵は貴重だと言ってたしな)
去年までは、北部に居たのに。暖かい方が良いかなと思って、南に転属させてもらったら魔獣の侵攻だ。新兵が入ってくるは、ベテランは戦に出ていくは、で小隊は大忙しだ。
ブリュノ軍曹が、お嬢と言っているモルガーヌ中尉は中々デキる。隊は、軍曹に任しておけば安心だが、中尉は今回も先頭だ。将校らしく、後ろに居ればいいとも思うが、部下思いなんだろう。だが、口調は冷たい。これは南部で部下が死ぬのを見てから特にだが、前はもっと明るい感じだったんだ。俺も2回、魔獣とやり合ったのでその辺の気持ちは分かる。
「ヨシ、集まれ。今日からお前らの面倒を見るアルノー・ユルリッシュ・ジョズエ・リオ伍長だ」
(新人が来ると、たいてい俺にお鉢が回ってくる。俺の家は、爺さんも親父もズーと狩人だ。近頃じゃ繊維工場だ、製鉄所だと、景気の良い話しが多いが俺には関係なかった。北部で、狩人が偵察兵になった。なったと言うより、獲物も少なくなって食う為にと言うのが本当の所だ。親父たちも、喜んでくれた。仕事も狩の話をすればいいし、偵察の仕事は性に合っている)
「周りと違う色や形に気を付けろ。弓の射線や、自分ならここに仕掛けると言う罠の場所、音や動くもの、影にもだ」
「慣れれば、周りの景色と違うのもわかる。直感を信じろ。風も無いのに、草や木の葉が動けば何かある。石を投げて注意を逸らしたり、直接見れなくとも音を聞け。自分が動けば、自分の影も動く。相手に発見されやすくなるんだ。覚えておけ! 魔獣相手では、ミスれば命が無い。お前らよりも、直感力も身体能力も魔獣の方が上だ」
(罠猟と違って、得物を探して獣が気付く前にこちらが発見できれば、攻撃されずに狩る事ができる。先手必勝という事だが、場合によっては逃げる事も出来る。親父が言っていたが、場数を踏めば踏むほど能力が上がっていくものなんだそうだ。訓練では、何度でも死ねる。新兵には俺の知っている事は教えたつもりだ。だが、正直。実戦で生き残れるかは運しだいかな)
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この時、帝都ではごく少数、見慣れぬ乗り物として蒸気動車が登場している。自動車両は様々な形が製作されたが、初期に造られた軍仕様の自動車両で共通しているのは、操作に4名が必要とされた事だ。これは車長、操舵員、機関員、魔法使いの4名で、多くは小柄な女性が選ばれていた。
嘗て述べたように中型バスの様な大きさの車両は、車内中央のボイラーの燃焼の為に非常に暑い。装甲板に覆われた車体は、常に強制換気設備が動かされていても、蒸し風呂のような車室であった。改良型の形は、煙突が付き、日本に有る鉄道のディーゼル起動車を想像させた。すでに出力を増したタイプは、馬に替わり大砲牽引用車両として製造され始めている。
その派生タイプは様々で貨物輸送車、重量物牽引車、運動性に優れた偵察車にと多岐に渡って作られている。中でも特別装甲蒸気動車は帝室専用車で別格である。また、開発局の肝いりで作られた水陸両用蒸気動車は、小型軽量化による性能向上の研究を進め、大量生産も考えられたが大都市とその周辺にしか使用できず結果として台数も少なかった。
これは燃料の石油が、常に不足しており燃料供給の不安が有ったからだが供給問題さえ解決すれば飛躍的に発展すると言われていた。事実、開発局では起動の遅かった石炭ボイラーを石油バーナーに変更し、車体の枠組みを鉄製に換え、蒸気エンジンを前方に置く駆動システムを開発している。また放射状に棒組みした鉄製車輪には、魚の浮き袋からヒントを得て作られたという空気入りタイヤが実現して軽量化が図られている。これにより、日本における初期の大型トラックに近い外観と構造の、少数ではあるが高性能な蒸気動車が製造されていた。
動座用車両(特別装甲蒸気動車)とは、皇帝がもしバハラスへ動座(移動)する事態となったとき、大型ワイバーンの空襲等に対しては危険であるからだ。道路も整備中ため、安全性が高く機動力のある移動を考えねばならなかった。最初は簡易な装甲板のみの蒸気動車が3台、準備されていたが、居住性、走行性能共に高いものではなく、新造される事になった。新造された車両は近衛師団に送られ、皇后と皇女用も含めて9、予備3台が制作された。
特別装甲蒸気動車と呼ばれたこの車両は、従来の蒸気動車に比べ2まわりほど大きく、2重鋼板の装甲により大型のワイバーンでも跳ね返す装甲強度を持ち、前後輪とも新開発のゴムタイヤであった。内部は前室に侍従武官の部屋、皇族の居室となる奥の部屋には天井にシャンデリア、床に絨毯、ソファやベッド用マットが置かれていた。固定武装は無いが、必要に応じて火魔法を使う魔法使いに加え小銃を持つ者が搭乗した。大型化した為、出力は4倍になったが、スピードは時速40キロと僅かな向上であった。
リューベッ川が渡河され帝都への侵攻も考えられたので、従来皇族の警護に当たっていた近衛師団魔法連隊を城壁の防衛をさせるようになったため、蒸気動車による護衛は蒸気動車隊自身が行わなければならず、3両の車の前後を九両で守り、帝都決戦時には空からのワイバーンやカラス型魔獣の奇襲と包囲を考え、これらの攻撃を排して突破脱出する作戦も考えられていたという。機密を守るために主に夜間であるが、連日のように移送訓練が行われていた。
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魔獣大戦で、新兵器の一つだけ挙げるとすればやはり蒸気動車となる。これは兵力の消耗が非常に激しい魔獣との白兵戦では、得てして状況を打破する手段が乏しく戦況を打開するための装備が必要とされたからだ。強力な装甲、そして優れた武力をもって魔獣の包囲を突破することを目的として多砲塔自動車両が開発された訳だ。
元々の開発の経緯をたどると、魔獣の攻撃を避ける為の盾に行きつく。動く盾として、元々は防御用の物であった。だが小銃や軽機関銃が開発された事により火器を搭載すれば、魔獣を倒すことが出来る。引き金を引けば、女子共でも倒せるのだ。
発想はごくシンプルであった。搭乗員を、魔獣の牙や爪から防御できるよう鉄の箱に乗せる。この箱が、動ければ良いのだ。なおかつ小型魔獣の類は、小銃や機関銃で撃ち倒せる砲塔が複数あれば、あらゆる方角からの魔獣に対応できる。大型魔獣にはより強力な銃器で対抗すれは良い。複数揃えて、前進させればそれこそ鉄壁である。一挙に、魔獣の群れを壊滅させられるはずだ。
ここに、対魔獣用の決戦兵器として目が付けられた。かくして日ならずして軽蒸気動車が登場した。これに採用されたのは装甲板をドーム状に加工した砲塔である。この砲塔は開口部から銃撃ができ車体上部に搭載され全周をぐるりと旋回できた。さらに側面の防御・攻撃力の向上の為、機関銃座が設けられていた。この効率的な蒸気動車のレイアウトは以後、多くの戦闘用蒸気動車がそれに倣うようになり、基本形として連綿として受け継がれている。
蒸気動車は、動く要塞として小銃や機関銃による歩兵支援も任務であった。しかし、開発局の対重魔獣戦構想に基づき、対重魔獣銃より大きく強力な砲(榴弾を放つ事により面制圧も出来るとされた)を搭載した重蒸気動車が製造される事になった。これは、歩兵と共同ではなく単独で魔獣の防衛線を突破する狙いのもとで開発されていた。
ちなみに履帯式ではない、検討はされたが車輪式の蒸気動車ならば時速20キロ以上出るため、スピードを求めるなら、履帯より当然ながら車輪の方が適している。車体には砲座と銃座が大小合わせて5基搭載されていたが、重量の増加に機関出力が追い付けず開発が見送られていた。しかし、これが世界で最初の多砲塔蒸気動車であるのは間違いない。
開発局の望む、大型で強力な対魔獣用の蒸気動車とは、装甲と強力な銃の組み合わせを意味した。乗員が魔獣との戦いを生き延びる事が出来、火器によって魔獣を撃破する能力が必要である。魔獣大戦間初期、多砲塔自動車両は戦闘用車両としてわずか4カ月で開発された。この頃は、重魔獣の出現率もさほどなく脅威としては低く思われていたので、装甲も大型魔獣を考えればよかった。
この為、初の多砲塔戦車は移動要塞として肉薄する小型・中型魔獣を掃討し、大型の魔獣から兵の盾となる役割が求められた。両横の機関銃座は側面からの魔獣に、対応して掃射をおこなえるとのが利点と言うという考えであった。結局、開発初期の目的通り作られた。簡単に言えば、鉄の箱に乗り、機関砲を搭載した主砲塔で大型魔獣を倒し、近寄る小型・中型を副砲塔の機関銃が片付けるということである。
多砲塔自動車両隊。後に多砲塔戦車隊と呼ばれる、この部隊は、スクロヴェーニを基地とする秘密部隊で、帝国歴391年7の月23日に突如として誕生する。部隊運用に当たっては、動座用車両(特別装甲蒸気動車)とよばれる特殊車両にヒントを得ており開発局の助力を得ている。正式名は帝国防衛軍多砲塔自動車両隊(略称タジさん)といい、その設置目的と任務はタジに乗っての、魔獣との正面からの接近戦である。この為、蒸気動車には魔獣集団を凌ぐ耐久性と戦闘力が必要とされた。
いつしか多砲塔戦車は、銃と装甲を組み合わる事によって重量が増加した。蒸気動車の、運動性と速度は失われたが、攻撃力、特に重機関銃を装備してからは、装甲が薄く低速である欠点よりも、複数の砲塔を持つ事の利点が証明された。量産して前線に展開されはずであったが、事実は重魔獣の増加で、装甲と火砲の搭載、強力なエンジンが必要とされるなど、実戦使用には問題点が多々あり開発は継続となった。その為、機銃のみを装備した初期型の多砲塔戦車は生産数も少なく、帝都防衛線での戦闘記録が残るのみである。
機関を改良した後期型(略称タジ二改さん)は、最高速度12ノット(時速約22キロ)で走り、700キロの人員もしくは武器または貨物の積載が可能であった。量産予定の後期型は、機関出力、装甲強化、貨物の積載を中止しさらに火器を追加装備した車両である。軽機関銃三一一式を3丁、これは車長用を含む。重機関銃三九二式、2丁。又は対重魔獣駆逐銃、1丁だった。搭乗員も車長、操舵員、機関員、なお魔法使いは不足して居た為、搭乗を見送られた。
その為、増えた武器を扱えるように、軽機関銃手2名、重機関銃手、駆逐銃手を加えて7名で運用されている。この時点で、駆逐銃に代わりに大砲の搭載が考えられたが、砲撃員の増加と狭い車室内の砲煙、空薬莢などを考慮して見送られた。
多砲塔戦車隊は第1隊から第52隊まで1部隊3両で編成された。隊員のほとんどが女性の志願兵で構成されて、年齢も非常に若く16からから18才までだった。隊員は、帝国防衛軍多砲塔戦車隊に配属されるまでに、隷下の帝国防衛軍蒸気動車第1教育隊で訓練を受けている。
教育隊は、蒸気動車の操作訓練と蒸気機関の教育場として作られた。部隊発足にあたって、隊について秘匿兵器なので口外せぬ事を厳重に言い渡された。日常の訓練後には、軍楽隊が時折、教育隊まで来て隊歌の指導が行なわれた。隊歌は、多砲塔戦車兵の歌である。
訓練課程を終了した者は、隊員は終了時に帝国防衛軍伍長になり、下士官だった場合は少尉となった。また万一の場合の自決用である短剣。将校には騎馬兵用のサーベルが渡された。階級章を胸と右袖に付けるように指示されて、防衛軍の青い制服と諸装具が支給された。戦車兵用の支給品は、蒸気動車服、・蒸気動車帽(下には後ろ向きに被った略帽を被る)・蒸気動車眼鏡(車帽側面の締め紐を絡めて眼鏡の脱落を防止している)・蒸気動車靴・蒸気動車手袋(皮手袋)である。車内は暑いので生地の厚い蒸気動車服より薄着が好まれたらしいという逸話がある。




