表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
癒やされたいキャンパー。異世界を癒やしに行く。  作者: カトー
第10章 陰り逝く帝国
97/201

イリア方陣。金床作戦

 帝国歴391年10の月15日


 同時刻、砦に襲いかかった魔獣は要塞にも5000の魔獣で攻撃を仕掛けてきた。ロングボウ(帝国軍の標準編成は1個部隊・総勢102名・指揮官1名・射撃誘導観測員1名である)の8個部隊・816名は要塞から張り出している中央エプロンに待機していた。出撃命令が出され、今回使用するテラス南面の8か所で大型扉が開けられ、それぞれに部隊が射撃テラスに移動していく。


 既にテラスにはワイバーンやカラス型の魔獣に備えて車輪で移動できるバリスタと小銃が対空警戒の任務に当たっている。射撃テラスは高度を位置エネルギーに加え、矢を射れば山なりの弾道は、破壊力も強力であり広範囲の魔獣を面制圧出来る。要塞前の平坦地には、堀壕と防柵によってキルゾーンが作られている。

 ロングボウ隊は、整列を終えジッと待ち構えている。指揮官により、各隊の攻撃地点が指示される。およそ400メートル離れた群れを狙い、ロングボウ800張は、キルゾーンに入り込んだ魔獣に狙いをつける。


 ロングボウ隊の、決められた射撃量は通常1分間に最高10射。確実性を上げる為に、半分の5射の号令がかかる。ドラムの準備開始の連打が始まり、指揮官の笛が鳴らされて手が振り下ろされる。寸暇を置かず、笛のかん高い音が響き一斉射が行われた。魔獣に向け文字通り雨の様に矢が降り注ぐ。矢が空中に有る間に、矢が継がれて放たれる。まず、狙われた前衛と後衛が立ち往生し、中央の魔獣の群れに1度に800の矢が撃ち込まれる。発射開始から、1分後には4000の矢が降り注いだ。


 着弾後、射撃誘導観測員による射撃効果判定が行われ、再度の一斉射が求められた。指揮官は号令を掛け、再びドラムの準備開始の連打が始まり、笛のかん高い音により一斉射が命ぜられ、再び4000の矢が宙を舞う。


 2度、射撃誘導観測員による射撃効果判定が行われ、効果大の判定が下された。魔獣は僅かな大型魔獣を残してほとんどが倒れていたが、指揮官は完全制圧をする事に決めていた。号令を掛けられ、ドラムの準備開始の連打が始まり、笛のかん高い音により一斉射が命ぜられ、3度目の矢が降り注ぐ。

 テラスから放たれた12000の矢は、固い装甲ともいえる革を貫き、魔獣を次々と討ち取って行く。ロングボウ隊は15射を終えると、射撃テラスから中央エプロンへと後退した。解散命令が出たて、ホッと一息つく事も無く、持ち場に急いで戻って行く。


 指揮官は、まだ満足して居ない様だ。次いで、砲兵隊に命令が下された。堀壕と防柵を不用意に破壊しないよう、控えていた大砲が、うっぷんを晴らすかのように唸りを上げる。動く事の出来なくなった魔獣など、壊滅するのは雑作も無い。魔獣、めがけて砲火が浴びせられる。砲煙が晴れると、キルゾーンには五千の魔獣が転がっていた。


 3万の魔獣のうち、3日とかからずに11000の魔獣を倒した。残るは19000。すでにケドニア・イリア連合軍は、要塞地区の防衛に成功したと思われていた。


 翌朝、練兵所への攻撃を一時止めたのだろうか。魔獣は練兵場を迂回して、要塞に向かって行く。ワイバーンやカラス型の魔獣が一斉に飛び立ち、中央エプロンの入り口目がけて、体当たりするかのように突入していった。あまりの勢いに回避できず、要塞の岩肌にぶち当たるカラス型の魔獣も多くいる。直ちに、警戒中のバリスタの矢と小銃が迎撃を開始したが、如何せん数が多すぎる。100匹近くが、射撃テラスに辿り着いたようだ。


 ワイバーンは、リミニで報告のあったように小型の魔獣や狼の魔獣を掴んでいた。投げ入れるように魔獣を降ろし、迎撃中のバリスタや小銃を持つ者に攻撃をかける。テラスに有る、大型扉横の人員通用扉が壊され侵入が始まった。入り込んだ魔獣達が、中央エプロン目がけて走り出す。不意を突き侵入した魔獣は、入り口のみならず換気口も見つけ出した。


 この射撃フロアーのある階層は中央エプロン前の隔壁を、抜けられると中心部まで遮る物は無い。要塞の3区分のうち、第2区分の地上1~5層の防御および攻撃層と兵員室までが侵入されてしまう。第2区分を失うと、第1区分と第3区分が分離されて要塞の機能を失う。緊急警報と共に、第1区分と第3区分の装甲隔壁が閉じられていく。


 第2区分は孤立するが、中にいる兵員で十分反撃が可能なはずだ。だがその頃、図ったように地上での攻撃が始まった。弓や鉄砲狭間で迎撃する者を除き、侵入した魔獣の掃討戦が中央エプロン南側の隔壁前で行われる事になった。第5層の兵員室や食堂に居る者が襲われ、次々と魔獣の牙に倒れる。換気口も閉じられるたが、素早く通り抜けた魔獣が室内後方で暴れ出す。不意を突かれたが、居合わせた兵が反撃を開始した。


 魔獣と正面から戦う為、次々と兵が傷ついて行くが、数に勝るので魔獣を押し返す事が出来た。侵入を許した魔獣は、数時間後には駆逐される事になった。だが、このリミニと同じ様な奇襲で、魔獣は僅かに140匹。一方ケドニア要塞の兵は、700人以上が負傷し54人が亡くなった。残念な事に、この世界の医療技術では死者は1時間毎に増えていく事になる。


 ゴーレム達が援軍に到着した時には、第1層を攻撃していた魔獣は、戦果を上げたかのように叫び声を上げ、後退したあとだった。

「カトー卿、急ぎ、ラザール司令官がお会いしたいと言伝ってまいりました。どうぞこちらへ」

「マチュー少佐。お出迎え、有難うございます。何でしょうかね?」

「おそらく、負傷者についてだと思いますが」


「まことに申し訳ないが、カトー卿。負傷者の手当てと言うか。そのーですね」

「ラザール司令官、マルタン大佐もお気になさらず、聞きました。負傷者は、700人を超えているとか。直ちに集めて下さい」

「そんな大きな部屋は、要塞にはありませんが?」 

「カトー卿。重症者は、第5層の兵員室と食堂に集中しています。動かすと危ない者もいます」

「では、マチュー少佐。このまま中央テラスに、ケガ人達を集めて下さい」

「ハイ、そのように。全館に放送を入れます。しばらくお待ちください」

「700人なら十分対処可能です。負傷者だけで無く、気分や体調の悪い人もいけるでしょう。癒しの魔法で、回復すると思いますので一緒に集めて下さい」


「中央テラスでは、戦闘直後なので押し込んでも700~800人です。ケガ人も、その位いると思いますが? 体調不良の者は、如何いたしましょう」

「あぁ、そうでしたね。では、5層の中央テラスを中心にして、球状に百メートルで良いかな? 中央テラスの上下、3・4・6・7層の各階層でも良いです。確か、リミニの時は150だったな。でも、床や隔壁があるし。エェ、100メートルの範囲でお願いします」

「階層を越えて、治せるのですか?」

「上手く行けばでしょうが。扁平と言おうか、効果は潰れた球体の様な感じになると思いますが有ると思います。ケガ人は、中央にして下さいね。癒やしの魔法を1時間後に使う事は、無理ですか?」

「行けると思います。エェ、何としても、集めます」


「エミリーさん、急にどうしたのですか?」

「イヤ、今から食堂に行くと、良い事が有るのでね」

「負傷者と体調の悪い者も集まれと、さっき放送が有りましたが?」

「あぁ、急いでね。もし、部屋が一杯だったら中央テラスの上下なら移動しても良いはずよ」

「そうなんですか。私達も、ロマーヌおばさんの事が気になったので、行こうとしていた処ですよ」

「良かった。では、先に行くよ。来るのは30分以内だからね」


「あれ? エミリーは何処に行ったのかな? 癒やしの魔法を使う時には、絶対に呼べと言っていたのに。まったく、急いでいる時に。出かける前とお化粧の時は、これだから……」

「カトー、聞こえているぞ」

「エ! そうなの」

(セーフ。えらいぞ、悪口を言わなかった自分を褒めてやりたい)


「ハスミン先輩。エミリーさんって、少し変わっていますね」

「エメリナ、何か訳が有るんでしょう。それに、人の事をそんな風に言ってはダメです。急ぎますよ、でも気にはなりますね」


「階段室まで一杯ですね。ロマーヌ小母さん、エミリーさんは、第五層の兵員室と食堂じゃなくても良いって言っていました。第6層ですけど、50メートルも離れていません。ここで待ちましょうか」

「ここに居れば、何か貰えるのかね?」

「だと思いますけど。後、5分無いと思います。放送で言っていた様に、目を閉じていましょう」

「……オヤ、もう、良いのかね? 何だか、急に騒がしくなったね」


 王立教会、リミニに続いて、ここ帝国要塞でも奇跡は起こった。またしても、聞いたようなセリフが繰り返されていた。

「おい、気分が」

「軍曹殿、自分はもう元気であります。目もちゃんと見えます」

「動ける、動けるぞ。足が動くんだ」

「私、もう大丈夫。起き上がれるわ」

「腕のケガが治っている。これで、戦える」

「指がある。あぁー弓が引ける」

「俺は、もう駄目だと思っていたよ。それなのに元気一杯の気がするぜ」

「先生! この患者、息を吹き返しました。生きています」

「奇跡だ……。足の古傷が痛まん」

「司令官、良かったですね。私も、今なら空を飛べそうな気分です」


 防衛戦でケガをした者はもちろん、いつもの様に疲れて倒れた医療スタッフも体調が回復している。籠城中の体調不良者も良く成ったようだ。欠損した指や耳などが生え、傷が治り、打撲等の跡もないと知らされた。直径100メートルと言ったが、床や隔壁越しなので少し不安だった。でも、癒やしの魔法はちょうど100メートルの球状に効いたようだ。だいぶ効果範囲が読めるようになって来たぞ。


「ウフフ、また1年、若返ったわ」

(私、あの教会と合わせて、3度めだし。移動中のもあったから3才若くなりますよー。今17です。カトーは、ローブを被っていたので12才のままだけどね)

「エミリー、いつの間に結界魔法を覚えたの? 要塞の地下で習った覚えは無いし」

「ウフフ、私は体内魔力が足らないので、部分的にしか結界が出来ないんだ」

「そうなのー」

「ホント、残念だが胸しか結界を作れないんだよー。育った処は、このまま残さないとねー」

(エミリーさん、声が漏れていますよ)


 ※ ※ ※ ※ ※


帝国歴391年4の月15日


「魔獣は、各所に向かって移動しています。群れごとに居るとすれば、指揮個体は複数ですね。この魔獣を、投げ入れると言う攻撃の仕方。リミニ以降には、同じ様な奇襲が続いていますし、やり方も誰からか習ったかの様に共有しています」

「帝都への連絡もそうだが、この目の前の魔獣も厄介だな」

「魔獣は、命令が出ているのでしょうか? 群れなら退却するようですが、1個体では中々引きません。完全に、潰すには苦労するでしょう」

「前回のロングボウの攻撃で、魔獣もうかつに要塞に近寄らないと思います。ロングボウは、最大射程が550メートル。釣り出すエサが要りますね。今回は、要塞を出てロングボウ隊を運用しましょう」

「釣り部隊が魔獣を本気にさせて、ゴーレムが数に押されてじりじりと引いていく。わざと敗走をしたと思われたりすると、指揮個体に罠と疑われるかも知れません。悟られたら、手痛い目に会うでしょう。事によると全滅の恐れもあります」


「そうですね。でしたらエサ役は、ゴーレム達にやらせましょう」

「カトー卿のゴーレムなら申し分ないでしょう。しかし、上手く追撃させれればと思うのですが、非常に高度な戦術であり、実行するには高い能力と錬度がいります。適当に戦かっても、魔獣の群れを引き付ける事など出来ないでしょうが、やってみる価値はあるでしょう」

「ならば、こちらからも仕掛けましょう。ゴーレム達と戦っている魔獣の後ろから、イリア方陣で攻撃して要塞に押します。姿を現した方陣を見て魔獣は一気に向かって来るでしょう。伏せておいた、ロングボウ隊も使います。後で練兵場に移動させて下さい」

「殿下、イリア方陣とは?」

「シーロ副伯、頼む」

「ハイ。歩兵を、要塞として運用する防御力の高い、方陣の編成の事です。大隊300人が集まって4隊の連隊1200名として行動し、縦深は3列から6列と自在に変化します。戦闘状況に応じて変化しますので、堅固な陣形を保って防壁となし、後列の弓兵と魔法使いに攻撃させる事が出来ます。今回は人数もいますので、戦列を伸ばさず最初から深くしても良いかもしれません。守備的な陣形に見えますが、射撃する効率をかなり上げられます。終了時には横に広がり、包囲行動を行いつつ魔獣を殲滅すると言う流れになります」

「ホー、中々の作戦ですな」

「エェ、お褒めに預かり恐縮です。このぐらいの土地での作戦行動にはちょうど良いと思います。これ以上の兵員の場合は広い平原のような場所が要りますが」


 最前列の兵士は盾を前面に槍衾を作り、後列の兵士は槍をその隙間から出して戦う。3列目の弓兵は離れた所から相手を弱らせる。方陣の最後列は、古参の兵士が護衛にあたる魔法使いと術師達である。魔法使い達は前列の防御結界を張り、遠距離攻撃を加えられる。本来、方陣では運動性が悪く柔軟性に欠けるといわれるが、この攻撃力は魔獣との正面戦闘で無類の強さを発揮すると思われる。そして今回は、このイリア方陣30個を3列に配置し大型や重魔獣との会戦でも、勝利間違いなしと思われる戦術である。


 魔法法使い・弓兵の比率はおおよそ1対3。魔法使いが結界魔法と火魔法で防御と攻撃の両方で戦う為、どちらを優先するかの判断が難しかったが、既に魔獣は19000、対するイリア方陣は42000の内36000名(30方陣)が作戦に参加する。加える事に、要塞に籠城する物は15000その内、戦闘員は8000名である。数的優勢は明らかだ。


 ゴーレム達が作戦を開始し、要塞の前方でまるでおいでおいでというように、魔獣と小競り合いを始めた。11機のゴーレムが暴れれば、それなりの魔獣が騒ぐ事になる。いらだち始めた、魔獣の群れが動き出す。徐々に群れを要塞に近づけていく。群れが更に大きく纏まるが、訝るように動く事は無い。その時、魔獣の群れの後ろにイリア方陣を見つけた。


 魔獣というのは1匹2匹ならともかく、群れが全力疾走する時に方向を変えるのは難しい。魔獣は側面に展開するロングボウ隊には目もくれず、近づくイリア方陣に殺到すべく足を速める。しかし、結果として側面に伏せていた要塞のロングボウ隊、更には要塞に背を向けた為、ゴーレム隊の追撃、接近してくるイリア方陣の弓隊と魔法使いによる十字砲火を食らう事になり、大損害を蒙り半数を割る結果となった。あわてて、群れは向きを変え要塞へと走り出す。待ち構えた要塞からは、矢が雨のように降り注ぐ。逃げまどう魔獣と、戦おうとする魔獣が何度も行き交う。

 

「方陣が前進を始めると、魔獣は押されて要塞からの攻撃に会う。魔獣にぶつかる前に、イリア軍は左右と正面の3隊に徐々に別れます。魔獣集団の包囲が完了し殲滅すると言う流れです」

 魔法使いの多重結界が、重魔獣の体当たりで揺らめく時が有っても、前列は槍を構えて魔獣を寄せ付けない。魔獣の反撃を、やり過ごすし、弓兵と魔法使いによる攻撃にあわせて身を屈めるように膝立ちになる。厳しかった訓練が、効果を発揮した戦いでもあった。


 魔獣が、方陣に到達した時には突撃という本来の衝撃力は消え去り、方陣陣列を突き崩すなど不可能だった。頑強な密集槍方陣は魔獣の突撃を物ともしなかった。すでに、前面に展開していた防御力の弱いロングボウ隊と、魔法使いは後方陣に移動している。替わりに槍隊が前に出て槍衾が並んでいた。

 結局、4回も突撃をしかけたが全て失敗に終わった。19000の魔獣は全滅した。一方イリア方は、僅か35名の被害で済んだ。圧倒的な完全勝利であり、包囲された魔獣集団の中央の小型魔獣の大半は重魔獣に踏みつぶされ圧死するか、行き場をなくした魔獣は窒息死する事になった。


 今は日本で、見る事も少なく無くなった鍛冶職の道具に、鉄床かなとこが有る。鉄床の要塞のケドニア軍と、鎚となる練兵場のイリア王国軍。要塞が魔獣をひき付けているうちに王国軍が背後から回り込み魔獣を包囲して、挟撃し殲滅する戦術だった。まさに固定された要塞と、挟まれた素材である魔獣は、王国軍と言う鎚によって打ち叩かれたのだ。


 この戦いは、イリア方陣の魔法使いの力だけで勝った訳ではない。要塞の強力な制圧射撃によってやられたものも多い。だが最終的には、結界魔法に守られてはいたが、イリア方陣がじりじりと前進して、槍兵達が突き殺したのが本当の処である。更にゴーレム達の援護、魔獣がたまらず突撃すればするほどロングボウの攻撃に晒されるという、巧妙な弓隊の配置である。そして貴族や騎士を下馬させてまで作った、殺す事に特化したイリア兵の心意気で有った。


 ※ ※ ※ ※ ※


 一方、魔獣の上陸を許したリューベック川北部では、帝都の南フルダ渓谷の出口に防衛線を引く事になった。意外な事に、アンベール帝は大本営と違い、帝都に、もしもの事が有れば帝国の威信が揺らぐが、戦術的に不利なら、帝都からの移動も止むなしとしていた。だが、宰相ナゼールの、ここで引いては大陸制覇など望むべきも無いとの言葉によって翻意したといわれる。確かに、戦略的観点から言えば間違ってはいない。


 ここに帝国は、フルダ平原で雌雄を決める事になった。ティエリー・ガエル・オーブリー・ソーゲ、ケドニア神聖帝国帝都防衛軍中将の下、エドガール・シメオン・ガエタン・デトゥーシュ、ケドニア神聖帝国帝都防衛軍少将と、ジュリアン・オラース・カンタン・ガスケ、ケドニア神聖帝国帝都防衛軍少将地区司令部参謀長を指揮下に置き、11万もの将兵が迎え撃つ。


 リューベック川に至る地域にある絵のように美しいこの地は、フルダ渓谷と呼ばれていた。魔獣は、リューベック川から上陸後、部分完成していた要塞線を背後から壊滅させ、現在も川辺の城壁近くにいると思われた。そして、魔獣はフルダ渓谷を通過して、そのまま街道沿いに北に進み、帝都ヴィーダ目指して進撃するだろう。帝国軍の作戦では、ここフルダ平原は、魔獣が生き残る事が難しい大戦の地となる予定だった。


 言うまでも無く、フルダ渓谷は以前から戦略的にも重要な地点であり輸送路であった。魔獣侵攻前には、対岸のオルビエートまで橋も架けられており、長年に渡って街道整備がされて、物資が迅速に行き交っていた。


 このフルダ防衛軍の、名前の由来となった戦略上の重要な地方都市がフルダである。渓谷出口から15キロにある、この都市が自ずと防衛拠点に選ばれた。そして、ティエリー帝都防衛軍中将はフルダ地区を、特別行政都市と同じフルダ防衛軍と名付けた。


 フルダは帝都行政管区1つフルダ郡に属す小さな地方市である。フルダ街道に接する西フルダ群の中心都市でもある。修道院と学問所が名所というフルダ市との間の街道は、300年ほど前から皇帝達の指示により、幹線街道として整備、拡充されている。隕石テロ後の混乱期には、北部人の軍勢によって甚大な被害を繰り返し受けた事も有った。その頃は、帝都ヴェーダとフルダとの街道は幹線路とも言えず、一時期寂れる事もあった。帝国成立後は、治安も回復し、フルダはこの地域で一番古いと言われる都市でもあり、小さいが政治的・文化的中心となっていた。


 フルダ防衛軍司令部では、大きな地図が広げられている。その地図には、渓谷出口から9キロの地点に赤い点線が引かれている。防衛軍と魔獣の衝突予想地点だった。砲兵は、その衝突線を魔獣の侵攻阻止線とした。地図の記号が読み取られ攻撃地点を設定されていく。

 この出口の平原には、魔獣が隠れるのに最適な地点や、低地、丘や小さい平原などが数多くみられる。照準の基礎となる砲から、実際に砲弾が発射され、着弾地の修正がされる。単に砲撃するだけでは効果が限られる。その地点を修正し攻撃してさらに戦果を上げる為には、偵察小隊や砲撃観測班が必要となってくる。


 帝国軍砲兵隊にとって、この平原は集中砲火を浴びせる事の出来る、理想的な場所だった。防衛軍が設けた崖の上にある看視哨には、砲撃観測班が陣取っている。彼らは、各種の旗で観測結果を中継点経由で砲兵隊に送っていた。そこからは、古い城や橋、曲がりくねった道、小さな村が有った事や、さらには防衛軍の配置に至るまで詳細に分かった。また、迎撃進路を隠して出口に接近できる、ルートもいくつか分かった。


 美しい山々の景観があるこの地で、間もなく激しい戦いを繰り広げられるはずだ。フルダ防衛軍が活躍し、戦場で魔獣を討ち果たすのが目に浮かぶようであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ