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ステファノ陥落。パスタキヤの町

 ※ ※ ※ ※ ※


 スクールは、ステファノの北、ややオルビエート寄りの町である。城壁などは無く、主要街道が町の中を通る、ごく普通と言って良い小さな町である。ステファノに向かう補給隊が、時々休息に寄るぐらいだ。その輸送隊も、いつしか途絶えた。替わりにステファノエキスプレスと、呼ばれる事になる70台の馬車と、400人の護衛をつけた輸送部隊が通り過ぎていく。


 この町を過ぎて、かなりしてから、今まで輸送隊には居なかった魔法使い達が青白い防御結界を張っているのが見える。彼らは、市の北側にある堡塁の防御圏にたどり着ければ、輸送任務が成功したものと言われていた。ステファノ市に近づくと、意を決したように魔法使いが、結界を張り馬車が速度を上げ始める。そして400人の護衛達が弓を放ち、迫ってくる魔獣を討ち倒して進路を切り開いて行く。


 先頭の馬車列が、堡塁の防御圏に逃げ込む前に、輸送部隊の後尾が魔獣に肉迫されてしまった。近づく大型魔獣達が、防御結界を食い破るかのように体当たりを仕掛けてくる。結界が揺らめき、ほんの少し途切れた時、結界内部に魔獣が入り込み魔法使いに向かって行った。魔獣の牙に倒れると結界魔法がまたたく様に消え、ひしめく魔獣に馬車もろとも食い千切られる。


 結局、輸送部隊は、17台の馬車と80人近くを失ったが、それでも魔獣の不意を突きステファノに辿り着く事が出来た。荷を降ろし、輸送部隊は再び北に向かう事になった。本来なら傷病兵や市民を乗せる処だが、到着間際の攻撃を考えると不可能とも思える。指揮官は、出来る限り馬車を軽くして引き返す事に決めた。しかし、護衛達の半数は籠城の続くステファノに残って魔獣と戦う事を選んだ。


 輸送部隊の兵120名は、しばしの休息を取り負傷者の回復を祈って、馬車は再び魔獣の徘徊する平原を駆け出す。すぐさま魔獣の激しい攻撃を受けると思われたが、意外な事に道を塞ぐ魔獣は少なかった。ここでも、リミニ防衛戦にあった脱出者の様な事が起こっている。魔獣は、しばらくすると命令されたかのようにステファノに引き返していった。荷を降ろした馬車など、爆撃を終えた爆撃機とでもいう様に襲うのは無駄だと思っているのだろうか。


 暫くして、この中継地の様な小さな町スクールに、狼の魔獣が姿を現した。魔獣の胴体には、緑色のヘビのようなミミズのような物が背負われていた。町へ近づき、ヘビを下ろして去って行く。それは、きしくもステファノエキスプレスが輸送作戦を成功させ、車列が高速化した時だった。魔獣は輸送隊が高速化した為、第2次・第3次ステファノエキスプレスを阻止出来なかった。だが、この蛇が帰った後の第4次ステファノエキスプレスには悲劇が待ち構えていた。


 スクールの町で、車列がいつもの様に往き足を緩めた時、街道横の家々に隠れていた魔獣が突然現れた。先頭と最後の馬車が、重魔獣によって馬車ごと弾き飛ばされる。多くの兵がよろめき倒れ、寸断された車列に、大型魔獣が襲いかかって行った。すでに、魔獣によって襲撃されて無人の町となっていたスクールと同じように、第四次ステファノエキスプレスで生き残れた者は居なかった。


 ※ ※ ※ ※ ※


「殿下、ここで重要機密をお話ししなければなりません。残念ながら、ステファノの組織的な抵抗は間もなく終わりを告げます」

要塞に戻り、1ト月ほど経つとラザール司令官がイリア遠征軍との会議の席で告げた。

「八の月までは、絶対に持ち堪えよとステファノ防衛軍に下令されております。リューベックライン建設の為、遅延作戦が採られていましたが、いよいよなのです」

「ラザール司令官、それは?」

「今日は、9の月10日です。ステファノ防衛軍は、持ち堪えられないでしょう。今まで持ったのが不思議なぐらいです」

「そうなのですか……」

「小官も残念でたまりません。王国とは共に魔獣と戦う事になりました。9の月10日に、伝えるようにようにと指令が来ております」


 帝国歴391年8の月4日

 ステファノ市、籠城34日目。時折、雨が降るなか魔獣の同時集中攻撃により、左翼の第7・8堡塁が孤立し戦線が崩壊した。堡塁は石垣が崩れており、再使用は困難と判断されて罠を仕掛けた後に放棄された。


 翌朝、思った通り堡塁は直ぐに突破された。魔獣はすでに第一城壁前まで侵攻していた。第五・第六堡塁では第六師団が、一時的にだが堡塁から退却した。だが、翌日には奪い返して戦線を維持していた。しかし、この堡塁も空からの急襲を受け損害が大きかった為に後退する事になった。


 籠城40日目。防衛軍は、既に重魔獣380頭を撃破していた。将兵の奮闘よろしく、特にバリスタと魔法併用攻撃により、大型と重魔獣の討伐数を上げている。魔獣はこの日までに、約5万匹の損害を出したと思われたが、一向に数を減らした気配はなく魔獣の攻勢が続いた。間もなく魔獣は第一堡塁(南の中央堡塁)への到達に成功した。これに対しステファノ城の指令部は、夜を徹して第一城壁に戦闘員を急派し戦闘に備えた。


 戦闘は掘割の周辺が激烈であり、南城門では高い損耗が生じていた。それでも防衛軍は反撃により、東南城門から、南西城門まで魔獣を締めだした。残念ながら、第4次輸送隊の全滅が伝わり悲観的な空気が満ちたが、ステファノ防衛軍司令部は辛うじて士気を維持していた。

 80万人が籠城をし続けているとはいえ、糧秣はまだまだあるし水も豊富だ。防衛戦においては、俗にいう兵力3倍の法則である。ならば、魔獣が100万でも持ちこたえられると司令部は人々を鼓舞した。


 帝国歴391年9の月7日

 魔獣は、未だに第八堡塁を占拠していた。第40師団は翌朝、第8堡塁の魔獣に反撃をしかけた。しかし彼らはほとんど進めなかった。3日後には、数を増やした魔獣は第一城壁に到達し、そこを占拠した。この3日間の奮闘で、第40師団は6000名以上の犠牲者が出たと伝えられる。


 多くの魔獣が、第一城区から攻撃を仕掛けてくるが、今や魔獣は、第二城壁に突出部を持ち、城壁の各所を占領し始めていた。この時、地下通路にある、侵入防止用の防護扉を閉じる事が出来ないという、痛恨のミスが起こった。このミスにより、遠からず魔獣の第二城区全域の、占領を許す事になるだろうと思われた。ここに至って司令部は、第二城区を放棄の決定を下し、徐々に兵を第三城壁に移動させ始めた。


 9の月9日、防衛軍司令部は第三城壁に最終防衛線を構築するよう命令を下した。一部突出部の部隊を除き、残された全師団が第三城壁に展開された。昼前には城壁全域に渡って、一進一退の激しい交戦状態となった。魔獣の進撃は、第三城壁の数メートル前で止められている。しかし、戦闘は激烈で、夕暮れまでには魔獣は城壁の直下にまで迫ってきていた。


 帝国歴391年9の月10日

 ところが、籠城する人々の前に魔獣は動かなかった。奪った都市の各所には、まだ何万もの隠れているエサが逃げ惑い、目の前にあるのだから。夏を迎える頃には、魔獣の数がさらに増えたようだ。ステファノ攻撃に加わるものもいたが、多くの群れがステファノ近郊の都市や村に町に襲撃に出たらしい。魔獣はステファノからいなくなったわけではない。腹が膨れた肉食獣は無理に得物を駆らなくても良いという事なのだろうか?


 10日朝、ステファノ城内の司令部は、突出していた部隊に第三城壁までの退却を命じている。そして11日までに、魔獣に侵攻された地域はほぼ全て放棄し、第三城壁より内側に立て籠もる事とした。

 第三城壁前の魔獣は包囲を解かず、じっと待っていた。それと同時に、再びワイバーンやカラス型の魔獣が、仲間の死体を城壁内に投げ落とす事が多くなった。すぐに病気が流行り出した。だが、防衛任務は一時の猶予も許さず、焼却や休息する暇もなかった。60万もの人が、狭い城壁内に閉じ込められている。


 その日、迎撃後には、閉じられる筈の城門下の落し口か開けられたままだった。この煮えた油や石を落とす場所は、城門の比較的高い場所に作られている。いつもなら、落とし口を閉め忘れていても、扉は高い場所に有るので不都合は無かった。


 だが昼間の戦闘が終わり、夜を迎える頃には城門の下には、おびただしい魔獣の死骸が山と積まれていた。まるで、図ったかのように後ほんの少しで落とし口に届くかのようだ。夜の闇の中を、跳躍力のある魔獣達が登り始め、城門内に入り込んだのは偶然ではないだろう。不意を突かれた城門の兵は、たちまち倒されてしまった。魔獣は、開けられたままの落とし口から攻め込み始めた。


 第三城区内の市街地において、魔獣はより強力な抵抗を受けた。防衛軍は魔獣に近接し、激戦が展開され文字通り白兵戦が行われた。第三城区が失われ、魔獣の占領した領域は大きく広がった。ここまでの犠牲者は、実に約45万名とされる。55000人の防衛軍と、12000人の市民軍が魔獣と対峙し、すり潰されていく。


 籠城する事72日。ついに残されたステファノ城の城壁が、左翼からの集中攻撃により破られる事になった。この攻撃により、日が暮れる前には城内を魔獣が闊歩する事になった。ステファノ城は、陥落した。


 籠城して78日後、対峙していた魔獣に総攻撃を受けてステファノは陥落した。伝染病の為に病死する者も多かったが、防衛に立った者は老若男女を問わず、最後まで力を振り絞り戦死。魔獣は、地下水路に隠れようとした人々も見つけ出し襲ったと言われる。


 落城時、市北部に生き残った人々が殺到した為に、包囲網が一時的に突破され北の帝国要塞への道が開けた。せめてもの親心なのか、逃げ出した生存者の多くは何故か子供が多かった。彼らは、教えられた通り遥か要塞に向かって走り出した。

 しかし、魔獣に見逃される訳もなく、避難途中に追いつかれた。この時の死者は、4万人とも7万人ともいわれており、ステファノの悲劇と言われた。


 最後まで運命にあらがったステファノ城の人々を失い、ステファノ市と近郊の都市・町・村は壊滅した。ステファノ戦いが終ったその日、帝国軍司令部記録簿にはステファノ防衛軍の玉砕を褒め称え、ステファノ防衛軍の健闘よろしく帝都の防衛線は築かれる事になるだろうとの記載が有った。帝国歴391年9の月22日、特別行政都市ステファノ戦いは終った。魔獣のケドニア帝国上陸、213日後の事であった。


 魔獣の攻撃で、城郭都市が次々と陥落した事は帝国に強烈なショックを与えた。帝国は、リミニに続きステファノ以南の帝国の豊穣なる穀倉地帯を失った。魔獣の領域が拡大して行く。魔獣は、最も頑強な城郭都市の防御でさえ突破出来た。空からの攻撃と、大量の重魔獣の攻撃、いわゆる飽和攻撃をもって挑めば、防御は不可能な事を示すものだった。


 防衛軍は愕然とした。これは、防衛計画の中心である城壁さえも重魔獣が運用でき、飽和攻撃を受ける場所ならどこでも、短期間で都市が激戦場に変わる。もはや安全な都市は無い。帝国には、時間の余裕がなく手をこまねいて都市・町・村が壊滅して行くの見る事しか出来なかった。


 魔獣は、豊富なエサの為なのか、伝えられた話しとは異なり3カ月目には、上陸した魔獣の第2世代と思われる比較的小型の魔獣が確認されている。それもリミニ来襲持より、かなり多く増えている。ステファノで対峙された魔獣は100万を超え、最悪の場合は150万に届こうとしていたと考えられた。それどころか、それ以上に数を増やしているかも知れない。

 しかもこれには、ステファノ方面と思われる魔獣数のみの予測数であり、港湾都市ブロージョ方面に向かった魔獣は含まれていないのだ。


  ※ ※ ※ ※ ※


 ステファノ防衛戦の真価とは? いつか、帝王の伝記作家になりたい者の話。

 ステファノ防衛戦というのは勝ち負けの戦いではなく、帝都ヴィーダの防衛力強化と極秘製作中のバハラス大本営ができるのを待つ時間稼ぎの戦いだったと言う者もいる。確かに、帝王の伝記の資料集めの時にもおかしく感じた事が有る。そして気が付いた。恐らく遅滞作戦を命じられたステファノ防衛軍は、地域を犠牲にして時間を稼いでいる。本来なら、一端退却して防衛準備を整えるのだが、徹底抗戦を命じられている節が有る。

 城区内の町屋の陣地やバリケードを捨てて、城壁まで後退すれば結果的に戦果は上がったと思われる。これを退かずに、追撃してきた魔獣を止める兵がいる。これが各城区で繰り返し行われおり、魔獣の侵攻する時間を押さえている。当時はまだ人々に知られていなかったが今では皆知る事になった。やむおえなかったとはいえ、非情な決断を下した者の心情は如何だったのだろう。


 ステファノ防衛戦は、帝国歴391年6の月23日に魔獣と接敵、8の月5日に堡塁が陥落。第一城区を防衛していた第62師団は9の月10日第二城壁突破されるとの旨の連絡をしたが、大本営はさらに奮闘努力せよと戦いの継続を命令していたらしい。

 この時には、第40師団は第三城区を決戦地とし一般住民も防衛戦に加わっていた。魔獣はステファノ市南部にかけて残存していた住民を殺害して地下壕の多くを破壊した。

 8の月に入ってから、大本営の防衛軍幹部と皇帝府職員が、バハラス大本営の建設現場を視察。帝王の側近が、ほぼこれでいいだろうと言って、バハラスを後にするのが九の月初めである。


 重包囲網が引かれ、第4次ステファノエキスプレス以後にはステファノから外部への連絡は困難を極めた。大本営ですら、商業ギルドの秘匿魔法で辛うじてだが通信が保たれている。大本営の少佐が1人、ステファノ防衛軍司令部を訪れ、感状を渡したと言われる。以下は、生存者から伝え聞く推測である。

 尚、魔獣の重包囲下にあるステファノに進入出来るのは、ごく僅かな者であろう。私見だが、おそらくその存在が今も不確かな、ゴースト部隊の者では無いだろうか?


「初めまして、大本営から参りました。早速ですが」

筒から1枚の紙が出された。

「ラウル司令官、どうぞ」

「ウム、これは御真筆か」

「皇帝陛下自らが作成を命じられ、ご署名されました。自分はその場に居りました」

「そうか、陛下が……」


 発、ケドニア神聖帝国大本営

 宛、ステファノ防衛軍同配属部隊

 本文、貴軍の忠誠により帝室防衛の準備は完了した。大本営はステファノ防衛軍に感状を授与しその名誉を顕彰す。


感状ステファノ防衛軍同配属部隊

右は軍のステファノ防衛作戦遂行のためラウル・ドミニク・ゴーチエ少将指揮の下にステファノ市の防衛を命ぜらるるや短時日の間に周到なる準備を整えたる後ステファノ城を基点として直に作業に着手し自後至厳な軍紀の少将以下旺盛なる志気と不屈不撓の作業等を以て自ら材料を製作しつつ或は不眠不休の活動を続け以て神速なる築城を図れり然るに時恰も優勢なる敵の攻勢に際会するや師団は魔法攻撃大隊と緊密なる連絡の下に僅少なる兵力を以て果敢なる攻撃を断行して克くその企図を破砕し而かもこの間万難を排し聊も作業を遅延せしむることなく遂に作業着手以来僅々1ヶ月にして全市域に至る防衛網を構築し甚大なる軍隊軍需品の輸送ならびに困難なる補給部隊住民の後送を遂行して完全にその任務を完うせり右は一にラウル・ドミニク・ゴーチエ少将の卓越せる統御指導特にその至誠忠順の人格のもと将兵一同の旺盛なる責任観念に基く烈々たる気魄ならびに平素練磨せる優秀なる技能との賜にして軍が遺憾なく本作戦を遂行し偉大なる戦果を収め得たるは実に当部隊の努力に負うところ甚大にしてその武功抜群なるものと認む

よってここに感状を授与す


帝国歴391年9の月9日

ケドニア神聖帝国皇帝アンベール・ベランジェ・メルシェ・カザドシュ 


「ごくろう、少佐。ただの紙切れ1枚だが、大切な物を戴いたようだ」

「ん、少佐は?」

「先ほど、出て行かれましたが……直ぐ戻られると思いますが」

 その後の少佐は戻らず、行き先も杳としてして分から無かった。ただ、しばらくしてステファノ防衛軍に感状の伝達が為された。それを知らされた将兵は、ケドニア神聖帝国皇帝の恩寵と矜持を知り大いに士気を上げたと言われる。


 ※ ※ ※ ※ ※


ステファノの北にある町。撤退中の守備隊。

「大丈夫だ。今から移動する。見つからないよう音を立てるなよ」

「本当に突破をするのか? 中尉は初陣だろ? 大丈夫かな。エルコラーノまで100キロはあるぞ」

「魔獣が早すぎたんだ。中尉は悪くない。とにかく北西に向かうしかないさ」

「ここには城壁もなかったし。幸いここの住民は馬車隊のおかげで、ステファノに向かったらしいが」

「なに直ぐ森に入ればいい。匂い消しの草か、獣避けの水草があったらすぐ知らせろよ。あぁ小川もな、水が要る」


「オイ、あそこに何か変なのがいる。緑色のヘビ?」

「脅かすなよ。木の枝か何か、見間違いだろう」

「そうかなー?」

「蛇のような、ミミズのでっかいのが居たんだがなー」


 ※ ※ ※ ※ ※


 パスタキヤには、魔獣が来なかった。パスタキヤは、特別行政都市メストレから250キロ程北東に位置している港の有る都市だ。帝国南部海岸地帯にあり、干物などの海産物と近郊の日保ちのする野菜をメストレに送っている。

 ケドノア帝国では、海岸線に沿って約50キロおきに、港が作られるように決められている。人口は、5万人前後であるが小規模な城壁が有る、ごく普通の中規模都市と言えるだろう。


 メストレ陥落後、近郊の村や町には、人の往来どころか気配も絶えて魔獣以外の生き物の姿はなかった。しかし、これを除けば何事も無かった様に人々は平穏な日々を送っていた。パスタキア市では、メストレから逃れて来た人々が居なければ、魔獣の上陸が嘘のように思えるほどだった。


 パスタキヤは、籠城した訳では無いが、脆弱と言われて久しい小規模な城壁を補強し防備を固めている。北に向かう街道や船で、魔獣の襲撃から逃れられた者は多くなかった。魔獣はいない訳では無く、かなり離れてこの都市を包囲していた。海から逃れようと船を出すと、ワイバーンやカラス型の魔獣に襲われて沈められた。いつしか、船を使う者もいなくなり、港には僅かに漁船が残されていただけだ。


 すでに、メストレからブロージョに続く街道300キロ程の人通りは絶えていた。だが時折、陸から海へ逃れようとする小舟がある。それを救おうと、捜索救難の役目をおびた帆船がワイバーン達に注意しながら巡回している。もはや生きている者は、居ないと思われているのだろう。パスタキアまで、後20キロと言う処まで近づくが、それ以上は近づかず引き返していく。


 ある日、かなり大きなワイバーンが2匹、姿を見せた。不思議な事に、攻撃して来る訳でも無く、空高く1日おきに姿を見せるだけであった。他に変わった事も無く、ただ日々が過ぎていくかの様に思われた。


 今日も大型のワイバーンが1匹、重いのだろうか? ふらつく様に空高く何かを抱えて飛んでいる。もう1匹は観察しているように旋回を繰り返している。すでに3回、見慣れた光景になりつつある。おそらく、偵察しているのだろうと人々は思っていた。それは、都市の中央辺りに来ると60センチ程の石を落としていった。人々は身構えたが、たった1つの石が、屋根の一部を壊しただけと知って安堵し訝った。


 その翌日も、大型のワイバーンが1匹、空高く何かを抱えて飛んでいる。もう1匹は、かなり離れた処を飛んでいる。都市の中央辺りに来ると、やはり60センチ程の物を落としていった。再び人々は空を見上げた。


 パスタキヤの上空には、大きな輝く光の珠が一つ現れて、都市と共に消えた。


 1隻の帆船がメストレまで300キロ程の場所まで、定期巡回捜索にあたっていた。船は回頭して、ブロージョに向きを変えた。その時、乗組員は、まばゆい光を背に感じた。振り返ると、巨大なおどろおどろしい黒い雲が立ち上って行く処だった。遮る物も無い海の上で、数分後、腹に響く爆発音が海を伝わって来た。その凄まじい轟音の響く中、人々の悲鳴を聞いた者がいたとも言われた。


「パスタキアが、有ったあたりだな」

「船長、どうします?」

「行かねば、なるまい」


 夥しい死んだ魚が、水面に層になって浮かんでいた。近づく帆船から見え始めたのは、港の跡が有った事で辛うじてパスタキアの町だと分かる海岸だった。その場所には、おおよそ20キロ園と思われる今なお燻ぶっている巨大なクレーターが有るだけだった。


「こりゃ、何だ? ここはパスタキアなのか?」

「すごい、大穴だな!」

「火山でも出来て、吹き飛んだじゃないのかな?」

「そんなもん、パスタキアには無かったはずだ」


「オーイー! 甲板」

「どうしたー?」

「漁船らしき物ー。左舷前方、1キロ。人を乗せてるぞー」

マストの見張り台に居る乗員が声をあげた。


 そこに乗っていた3人は1人を除いて息絶えていた。生存者が水を欲しがる。消え入るような声で、閊えつかえ話し出した。大きなワイバーンが飛んで来て4回目に何か落したと言い残して、その最後の1人もこと切れた。

「船長?」

「あぁ、ブロージョに急いで帰らんとな。これからは、時間に追われる事になる」

「航海長、何日だ?」

「およそ、12日。風が良ければ」

「そうか。船首回頭。帆を張れー! ブロージョに戻る。風を捉えるぞ」

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