内謁指南。宰相との会談
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時が立つにつれて、土魔法の水道橋、城壁、城門、城は石造りに変わって行く。帝都は古代アレキ時代より水道橋が引かれてはいたが、水源無き平野である。広大な平野に水道を引き、灌漑設備を施して実りの大地にした古代アレキ文明の偉大さが察せられる。
これは自然をも変えると言う、人の力であると当時の人も思ったに違いない。そして、再び強大な帝国として立ち上がったケドニアの前には、やはり何者も止める事が出来ないと思われていた。魔獣の侵攻が始まるまでは人々は露とも思わなかっただろう。
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「ジョスラン伯爵様が、来られまして内謁の用意は、如何とお尋ねになっておられます」
「こちらへ、お通しして下さい。オスカル公使、ケドニアには何か変わった作法でもあるのですか?」
「シーロ卿。私の知る限り、さほどおかしな事は何も無いと思います。みなさん普通通りに、振舞われれば良いかと。只、ですね。お見受けしたところ、カトー伯爵は、随分と荒削りかと」
さすが、外交官。やんわりと諭してくれた。今回は、礼法を知るセバスチャンもエマも居ないので少し不安ー。いないと分かる、人の大切さ……だね。
イリア王国ケドニア公使館で、一通りの作法を確認された。居合わせた、ジョスラン伯爵様は、直ぐに良い人を連れて来るといって出て行った。ジョスラン・グラシアン・オリヴィエ・ギーユ伯爵、外交交渉団団長が良い人を連れて来たのはそれから二時間後であった。よほど急いだのに違いない。
「こちらは、ケドニア神聖帝国式部官グウェナエル・ファビアン・アンリ・ソシュール殿です。礼式等は彼に任せられるとよろしいでしょう」
「それは、それは、お世話になります」
「グウェナエル殿、先ほども話した通り、この方々は、帝国の大事なお客様である。特に、カトー伯爵は、私と同好の士でもある。よろしくな」
「イリア帝王国伯爵、加藤良太と申します。東方の姓名の為、習慣で名前がリョウタ家名がカトウです。皆さんリョウタと発音しにくいようなのでカトーとお呼びください。」
「これはご丁寧に。グウェナエルと申します、どうぞよろしくお願いいたします」
続いて、シーロ副伯、外交官はセフェリノ、エルナンド、アルフォンソの何時もの、ご挨拶があったのは言うまでもない。
「失礼ながら、ご挨拶の時に確認させていただきました。ジョスラン伯爵に、念の為と言われまして。イヤ、詮無きことを。宮廷礼法ですが、皆様に今さらお教えする物もないでしょう、ケドニア帝室独特の物もあるかも知れませんが、イリア王国とほとんど変わりません。シーロ様は、普段通りお過ごし下されば、結構かと。他の方も宜しいかと。ですがカトー伯爵様は、どうぞこちらへ。是非に」
「本日は、ケドニア宮廷の礼式について、いささか御教授させていただきます」
「なぜ? グウェナエルさん?」
「カトー伯爵、分かる人には分かるという事です。さっさと、行って下さい」
(皆が、うなずいている。シーロの言い方が少し冷たい。まぁ、思い当たる理由は多すぎるけど。空いている部屋で、付け焼き刃だと言われながらも夕食までの四時間、みっちり教えてもらった)
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「予定は次の通りです。覚えて下さい」
「ハイ」
「拝謁の準備。これは今、おこなっている事ですね」
「ハイ」
「拝謁前日の入城規制について。宮廷外の宿泊所にお泊まりの場合です。これは今回、関係有りません」
「ハイ」
「宰相閣下との会談、皇帝陛下の謁見について服装はもちろん、今回は受章を受けられるそうなので、その作法なども」
「そうなの?」
「服装は内謁だそうですけど、そのままでは……、本来は改まった物を、お召し頂く事が普通ですし」
「そうだったんだ」
「拝謁の装いですね。叙勲もと、お聞きしました。内謁者の場合は、それなりの格好で構いません。あまりに不都合な場合は、こちらにて貸出の用意をいたしております。そうですね。今回はご利用ください。大丈夫です。公使館にはサイズが無いようなので後でお届けします」
「ハイ」
「本来は、宮廷のしきたり(宮廷府の勲章等着用規程(帝国歴191年3の月9日宮廷府告示6号)で、黒は喪の色となりますので、ご留意ください。出来れば、男性は宮廷燕尾服、女性は黒以外のアフタヌーンドレスがお勧めです」
「ハイ」
「ハイは、もう、よろしいですよ。うなずかれるだけで結構です」
「歓迎式典、宰相閣下との会談終了後は、昼食となります。昼食は、宮中の食事処に向う事が多いようです。その後、受勲者が拝謁を賜る時は歩いて水晶の間に向かいます。その流れと諸施設の利用法ですね。ご心配なく。これは宮殿内にて、同行する式部官が都度、ご案内いたします」
「叙勲される方は、予めお知らせ頂く事になっています。シーロ卿とカトー卿の事ですよ。皇帝陛下の拝謁ですが、今回は内謁だそうですが、大綬章以上の勲章の場合、授与は親授式となります。陛下への拝謁は、宰相閣下が同行されて水晶の間で通例ですと翌日に行われます」
「祝賀会。今回、承っておりません」
「お礼状。今回、関係有りません」
「宮中内位置図。休憩所、洗面、軽食、立ち入り禁止地区の表示とマークの見方ですね。分から無くなったら、同行式部官にお尋ね下さい」
「記念写真。この善き日を、写真と言う最新技術で絵姿を残します。写真機は大きすぎるので持ち込み禁止になっています。指定の場所で有料にて記念撮影が出来ます。白黒の絵姿ですので、絵師による色着けが人気です。別途料金となり、2日が必要です。」
(これは、スマホで良いか。シャッター音がするけど)
「受章記念写真は集合写真です。当日宮殿内におきまして撮影した受章記念写真は、指定の写真館に申し込みをお願いいたします。お申込みの際には馬車番号か写真番号が必要と聞き及んでおります」
「一般的に受章記念写真は半切と、四つ切という組み合わせが多いように思われます。お写真のお届けは、後日になりますが公使館までお送りさせていただきます。お届けまで二日程度、日数がいります。撮影料金はお渡し後にお支払い下さい」
「必要な持ち物ですね。多き目の布袋は有った方がよろしいかと思います。勲記・勲章、章記・褒章を持ち帰るときに使いますから。佩用金具は、勲章・褒章を衣装につけるピンタイプの留め具です。取り付け・取り外しができます。佩用金具は、綬章・褒章の受章者ご自身で用意して頂きます。勲章は割と重いので、有ると落として傷がつくのを防止できますし紛失を防ぐので便利な品です」
「貸衣装・美粧は男女ともお勧めしております。その場合は予約をお願いします。尚、美容室で必要なハンカチ等小物一式を販売しております」
「額の手配をお忘れ無きよう。勲記・勲章、章記・褒章は専用額に収め、受章の栄誉が後世に伝えられなければなりません。本棚の片隅にあるような事は、避けなければなりません。叙勲額、褒章額は大きく重いので帝都内でしたら、取り付けはお持ちした際に担当者がいたします。お気軽にご予約下さい」
「勲記、章記はケドニア帝国璽、宰相印、賞勲局長印及び著名があり再発行はされません。ご自宅以外に掲額する場合は複製をお勧めいたします。複製品の場合は、専門業者へのご紹介となります」
「お祝い品、またはお祝い金などをいただいた方には、記念品をお贈りする習わしです。記念品は受章の喜びと感謝をお伝えする大切なお品です。帝国の王冠に百合の花入り記念品が多いようです。記念品と同時に添物としての酒類なども多くご利用いただいております。個別のご発送も行っておりますのでお気軽にご相談下さい。ケドニア帝国以外は専門業者へのご紹介となります」
「発送には式部官推奨記録帳に基づきお返し品を決めていただくと、お悩みも軽減でき、わかりやすいと存じます。記録帳をぜひご活用下さい」
「式部官室横の叙勲・褒章展示室にて、叙勲記念品・及びお返し品の関連品等の特別展示を催しております。展示場内は、豊富に取り揃えた記念品がご覧いただけます。関係者各位に配れるお値打ちな、お土産用のお菓子と記念品も、多数用意しております。品定めの折は、ゆっくりお茶をお召し上がりながら、ごゆっくりご歓談の上、お気軽にご相談下さい。ご利用いただければ幸甚です」
(ケドニア帝国、式部官室 敬具。とある。実によく顧客ニーズを、掴んでいる。まるでどこかの高級デパートであると感心した)
「念の為。仕草のチェックをしましょう。では、お辞儀から、始めますか」
途中で、副公使のアルセニオさんが来た。どうやら、困り事が起きないかと、様子を見に来たのだろう。レクチャーを、つき合ってくれた。後ろの入り口で、椅子に座ってジッと聞いていたようだ。良い人やー。終わったら、声を掛けないとね。
「なにシーロ卿に、カトー伯爵が逃げるかも知れないと、言われてましてね。よく頑張られましたね。ハハ、私も、昔は礼法のレクチャーがつまらなくて逃げた事が有るんですよ」
何と言う事だ。アルセニオは、見張りだったんだ……。まぁー良いか、その通りだったし。次は、皇帝陛下謁見の実際の作法を聞かされた。
「諸侯や貴族が、陛下にお会いする時は色々としきたりが有ります。皇帝陛下が謁見される時は、原則として水晶の間で行なわれます。陛下のお座りになる椅子から、1メートルおきに護衛兵が立っています。そして5人目にズボンに縦に緑のラインを入れた兵がおります。ちょうど5メートルになりますね。その前には同じ様に目印となる兵が10人目、10メートル前に立っています」
「皇帝陛下が着座されている場所より、諸侯や外国訪問団は5メートルより前には出ていけません。身分の低い者は10メートル前になります。平身低頭し、お顔を見てはいけません。面を上げよ、との声がかかりますが1度目ではダメです。2度目にという事になっています」
「同時に、皇帝陛下から近くに進み出よと声がかかります。この場合、拝謁者は皇帝陛下の威に打たれ進むことができないという事で、近づく素振りだけ見せて元の場所から、動かず拝謁するのがしきたりです。10メートルラインの者は5人位ずつ横並びです。声を出してはいけません。そのままお辞儀をして、後退りしながら退席します。ラインを越えたり、間違えたりした場合は式部官が飛んできて控えの間に連れてかれます。一通り、お説教を言われてから解放されます。それ以上の御とがめは無い事になっています」
「で結局、その小さなメモ書きを、貰ったのか」
「ウン。これに、何回、頭を下げるとか、話をする順番や、手を振る角度が描いて有って、覚えられなかった人に渡すんだって。裏にはしていけない事が印刷してあるよ」
「ヘー」
「ヘー。じゃ、なくって。最初から、くれればね。良いのに」
絶対にやってはいけない事。
1、陛下に触れてはいけない。2、陛下より先に座ってはいけない。3、陛下の前で突っ立っていてはいけない。4、陛下の前にラフな服装で現れてはいけない。5、陛下に手ぶらで謁見してはいけない。6、陛下をニックネームで呼んではいけない。7、陛下に話しかけられるまで口を開いてはいけない。8、陛下の後ろをのろのろ歩いてはいけない。9、陛下より先に食べてはいけない。10、陛下にお酒を薦めてはいけない。
(これまでに色々有ったんだろうなー。五番の手ぶらと言うのは? どういう事なんだろう。やっぱりお土産がいるのかな?)
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帝国歴391年7の月25日夜
歓迎式典、宰相との表向きの会談を控えて、馬車はイリア公使館を出て第三城区の宰相の私邸に向かっている。ケドニア帝国のナゼール・ローラン・アズナヴールは鉄血宰相とも呼ばれ、中央政府の最高責任者である。その責は重く、皇帝を補佐して帝国の支配が盤石の物になるよう常に求められた。官吏の最高峰であると共に、帝国の一切の政務を取り仕切る者の事でも有る。
「会うのは構いませんが、その前に。影の一人で、ウーゴという者が帝国人に成りすまして、帝都の様子を探っています。彼に聞いてみましょう」
「いい考えだ。早速呼んでみよう。人柄が知りたいからな」
「皆様、お待たせしました。すまんな、ウーゴ」
「早速ですが、お尋ねになられた事につきましてお話いたします。まず宰相の屋敷は、会議などが行われる部分と私邸部分があり、広い屋敷なんです。各部屋の装飾なども美しく見応えがあります。左右対称の庭園も含んだ典型的な帝国様式の為、よく絵描きや学生がスケッチしています。宰相たるにふさわしい屋敷と言えます」
「アンベール帝が資質を発揮できたのも、ナゼールあってこそだと考えています。性格をよく表したものとして言われている話があります。ご紹介しましょう。では、……ナゼールよ。人が皆おまえのように冷静であったら世界は凍り付いてしまうな。それに対して宰相が言ったと言うのは、人が皆、陛下のように短気であれば、世界が燃え尽きてしまいます。と伝えられています。冷静で慎重なナゼールの手腕によって、事無きを得る事も多かったそうです」
「服装ですが、落ち着いた感じが好みみたいです。自身の服装はパッと見地味ですが、上着を脱ぐと真紅の生地に金糸で刺繍した内着。よく見ると、宝石で象嵌された短剣を常に身に付けています。ナゼールは皇帝の前でも、武器を所持しても良いと言う許可を持っています。宰相であり、政治家でもあり、軍人の心を持っています」
「老獪ともいえます。政治の世界では、ずる賢く抜け目ないのは褒め言葉です。知恵や勘、そして経験が物を言います。些細な事には拘らず、全体を見ている様な感じがします」
「先に言ったように、植木の手入れをしに職人として屋敷に入った時です。夕方、仕事も終わり、そろそろ引き上げようとしたら夕飯でも食べていきませんかと言って、皆を屋敷の食堂に連れてってくれました。テーブルには大きなステーキが出て来ましたが、皆食べようとしません。大きな高そうな肉ですからね。で、薦められて食べ終えたと言う事が有りましたね」
「その時、奥から笛の音が聞こえてきました。かなり上手い吹き手だと思います。感心しました。メイドに聞くと宰相だと分かりました」
書類やレポート等文字にした物と、実際に生身の彼に有った人にじかに聞くのと違いが表れる。何となく彼の人となりが分かったような気がする。
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「良くいらっしゃいました。ナゼールです。今宵は、お呼び立てしたような形になりました。失礼いたしました」
玄関ホールには、中肉中背の初老の男が、出迎えてくれた。いつもの紹介の儀式が始まると思ったが、意外な事にそれはなく会議室へと通された。既に誰が誰で、どんな権限を持っているかナゼール宰相は知っている様だ。もちろんイリア側もだが。
シーロ福伯と、ナゼール宰相の話合いが行われた。この協議でイリア王国の600万人、ケドニア帝国の3600万人。そして、エバント王国200万人の知らぬところで、人々の未来が決まっていく。
「私はイリア王国に約定を全うするよう、また必要ならいかなる犠牲も払っていただけるものと期待しております」
私はあなたたちに期待していますよ、だから帝国のために戦へというメッセージだ。
「ケドニアは敵を絶滅させる。根こそぎに、容赦なく、断固として行います」
魔獣だけでは無いのか?
「既に、何百万ものケドニアの人が絶望的な戦闘に巻き込まれているのです」
これは、ケドニア帝国の現状を伝えたものだ。戦闘が国内で行われる不幸は計り知れないからな。
「我々に協力した者たちが、我々の仲間の一員となり、我々が手にした勝利を、我々とともに歓呼で迎える。それは新しい帝国。誇り高く強力な帝国となるでしょう」
沈黙が部屋の中に広がる。
「人々を統制し、鼓舞し、奮起させる事が勝利への道でしょう」
イリア王国とケドニア帝国の秘密会談は夜明け前に終わった。内諾された約定は下記の通りで、即刻履行の為に協議される事とされた。もちろん約定の変更はあるだろうが、帝国は戦後処理まで考えているようだ。
1 侵攻中の魔獣との共同戦線を構築する。
2 リューベックラインを作ることを優先することへの合意。
3 侵攻阻止とケドニア帝国南部地域での戦線を開始する事。
4 公使館との秘密協議で、魔獣がエバント王国に上陸した場合、参戦しない事を白紙化する事。
5 逆上陸のD-デイをリューベックライン完成の五年後に設定。
6 合同軍の指揮系統の再編成、魔石エネルギーの情報の共有。
7 通貨基金と復興開発銀行の創設(サンライジング協定)
8 メストレの海峡を渡っての逆侵攻計画の策定。
9 魔獣殲滅後の魔獣島の占領計画。サンセット・プランの協議。
「では、ケドニア、イリアの親善を寿ぎ」
ワインが配られて、飲み干される。
(合意に達した。後は、協議会場で仲よく手を握ろう)




