外交協議
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転送陣が、最初の軍勢を送り出し始め、司令官の第二王子カシミロ殿下を送り出す。到着後、直ちに歓迎式典が行われ、受礼者としてカシミロ殿下が立たれ特命全権大使として17発の空砲が放たれた。カシミロ殿下は、驚いた様子を見せる事無く閲兵を行った。やはり王族は違う。初めてだろう、銃や大砲の号砲にも驚くそぶりも見せなかった。
明日には、ケドニア帝国による火薬を使った訓練や図上演習が開かれて、帝国の武力を見せるつもりらしい。帝都からの指示なのか分から無いが、外交にあたっては力を見せつけるのも定石である。
「カトー子爵、セシリオ殿下からも言われていたが、君はよくやってくれている。伝送陣が稼働して、我が第一軍団がケドニアに着いたらという事で、君、本日より伯爵ね。それぐらいの功績を上げたからね。これ、セシリオからの任命状。領地の下賜は、この遠征が終わってからだと言っていたぞ」
「エ、……!」
「そうそう、税は今の領地分もあるからとも言っていたよ。セシリオの側近になる訳だからね、ちゃんと納税しないとね。ハハ、いつも驚かせられる者を、驚かせるというのも、面白い物だな」
「そうだぞ。カトー、高額所得者は泣かないの」
「エ、エミリーひどい!」
エミリーはあの時、確かに風邪も引いたし、水芸の契約料も知ったので、半分渡すまで一寸おかんむりだったんだ。
「シーロ卿を見ればセシリオ王の、否まだ殿下か。とにかく、セシリオが期待しているのが分かるだろ。僕も、同じ意見だよ」
シーロ卿は、副伯だが子爵と同じ地位である。宮中で働く者なので、普通は伯爵位に有る者の補佐役になるそうだが、優秀な人材をセシリオ殿下が抜擢したという事だ。
殿下はやはり目ざとい。エミリーも、ちゃんと少佐にしているし。もっともこれは、ロンダに帰ってから色々と、仕出かした所為かもしれないが。
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「カトー卿、伯爵位。聞きましたよ。おめでとうございます。エミリー少佐も、おめでとうございます。さすが、癒しの魔導師と言われるだけ有りますな」
「有難うございます。僕も、先ほどカシミロ殿下から話を聞いたばかりで」
「エミリー少佐、僕もなんとなく鼻が高いよ。君、随分と若く見えるが、確か23と言っていただろ。その年でなら出世頭だろうね。お父さんも喜ぶだろう」
「有難うございます。マルタンおじさん。ア、すいませんマルタン大佐」
「ラザール司令官、中々格好のいい制服ですね」
「カトー伯爵に言われると、ちょっと恥ずかしいですな」
「その御腰の物は?」
「あぁ、これですか。ピストルと言う、言うならば砲の小型版です。陛下からの拝領品なんですよ」
「ほー、そんなに小さいのですね」
「なに、帝国の制服改正の時にいだだきましてね。慣れないので普段は短剣ですが、今度カシミロ殿下が御出でになるので慣れておかないとね」
「そうなんですか、威力が有りそうですね」
「はい、人なら1発です。ただし当たればですけどね。将官は2連発ピストルですが、上級佐官は単発でという事です。閣下は、ほとんどお付けになっていませんでしたが、将官の正式な式典用制服着用では、儀礼剣からピストルに変わっておりますので」
「大佐、良ければ後でそのお持ちのカッコいいピストルの話しをお願いします」
「私のより、閣下のは象嵌細工の模様入りです。もはや工芸品ですよ」
「まぁまぁ、その位にしておこう。カシミロ殿下をお待たせしては申し訳ないではないか。会議室に急ぎましょう」
先行していた、副官のシーロ副伯と、要塞司令官ラザール中将と副司令官マルタン大佐との事前会議が行われた。各軍団と軍団長は、順次転送されて来る為に日もかかる。最初に転送され、遠征軍司令官である第二王子カシミロ殿下が要塞に到着した時点で、外交協議が持たれる事になった。
カシミロ殿下、ご来着予定が分かった時点で、ケドニア外交団は、帝都を高速馬車で出発しているらしい。そして、あの鉄血宰相ナゼールの腹心ジョスラン伯爵が、外交団を率いて来るとの事だ。
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「本日はお忙しい所、お集まり頂いて有難う御座います。定刻となりましたので、始めさせていただきます」
「ジョスラン・グラシアン・オリヴィエ・ギーユ伯爵です。この度、ケドニア神聖帝国、アンベール・ベランジェ・メルシェ・カザドシュ、ケドニア皇帝陛下より、外交交渉団率るように命じられました。ケドニア帝国宰相、ナゼール・ローラン・アズナヴール殿より、全権を委譲されております。どうぞ、よしなに」
「ケドニア神聖帝国・帝国要塞司令官、ケドニア神聖帝国軍中将ラザール・ブレソール・ピエール・ショヴォーです」
「ケドニア神聖帝国・帝国要塞副司令官、ケドニア神聖帝国軍大佐マルタン・ルネ・マルセル・オリエです」……
「遠征軍司令官並びに将軍筆頭の、イリア王国第二王子カシミロ・オスワルド・バレンスエラ・オリバレスです。よろしく」
「イリア王国第一王子セシリオ・アルバラード・バレンスエラ・カナバル殿下の副官を務めます、副伯シーロ・モンポウ・クエジャルです」
「イリア王国伯爵、加藤良太と申します。東方の姓名の為、習慣で名前がリョウタ家名がカトウです。皆さんリョウタと発音しにくいようなのでカトーとお呼びください。今回、協議の通訳をさせていただきます。こちらは、私の副官でイリア王国近衛師団少佐のエミリー・ノエミ・ブリト・ロダルテです」
……という風に、延々といつもの紹介の儀式がイリア側10名、ケドニア側10名で繰り返された。皆、肩書が長いし、好きだからね、外せない習慣なのだ。
「今回は、ケドニアとイリアの外交協議という事でよろしいですね」
「エェ、構いません」
「そちらには、外交通訳の方がおられない様ですが。本当によろしいので? そちらのカトー伯爵が、されるとお聞きしたのですか?」
「伯爵、カトー卿は、語学が非常に堪能で、私など母国語なのにケドニア語の言い回しを、度忘れした時には尋ねるぐらいなんです」
「ラザール司令官、そうなのですか。ホー、これは失礼しましたな。カトー卿、許されよ」
「お気になされずとも。ジョスラン伯爵」
「有り難い。では、明日は演習を見ていただいた後、協議に入るとしましょう。カシミロ殿下、よろしいでしょうか」
「アァ、もちろん伯爵の言う通りでかまわない」
「それでは、今宵は、歓迎の晩さん会を催しますので御ゆるりとお過ごし下さい。司令官、万事頼みますぞ」
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「カトー伯爵から戴いた、シャン●ンとジャーキーは美味いですね」
「ウン、このグラスも見事なものだ。イリアは、ガラス工芸が盛んと見える」
「シャン●ンは冷やして飲む物だそうですが、魔法使いが居ると良いですなー。氷に不自由しません」
「そうだな。カトー伯爵も、座興で氷の槍を出すとは、中々洒落の分かる者らしいですな」
「ハハ。何しろ、外交とはいえ軍事協議ですからね」
「オッと、身内ばかりで話していてはいけませんなぁー。そろそろ親睦を図らないと、参りましょう」
「シーロ卿。このワインも良いですが、イリアのシャン●ンも気に入りましたよ。いくらでも飲めそうです」
「軽くて、口当たりが良いですからね。ドンドン飲みましょう」
「伯爵はいける口ですな」
「その飲みっぷりは、いやはやたいしたものですな」
「皆さんも、ハッハッハ。実に愉快な晩さん会ですな」
「では伯爵、先ほどの話、帝国は応じるという事で、よろしいでしょうか?」
「もちろんです。これ程の援軍、帝国としても感謝の言葉もありません。しかるべき、現実的な物を。失礼、ハハ見返りですか。ここだけの話ですが、出さないと言う訳にはまいりません」
「よろしいのですか?」
「はい、では明日の協議も楽しみにしています」
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「しかし、君は本当に何でもできるね。感心するよ。ケドニア語も随分と堪能だし、ジョスランが時々、口にしていた教会古語も知っているとは。何だか、私まで彼等に自慢しそうだったよ」
「外交はハッタリも、脅しも要りますけど社交術は必須ですからね。イリア王国にとって、少ない掛け金で最大の利益を生まなければなりませんし、僕は飲めませんからね。一緒に二日酔いになってくれたシーロさんや、王国の外交官達もやり手なんじゃないですか?」
「しかし、伯爵も酔った振りが上手かったですなー」
「エー! そうなんですか!」
「こちらも、酔った振りでしたけどね」
「マァ、カトー卿。外交だからね」
「会談の席では時々、君の年を忘れるよ。セシリオは良い家臣を持ったようだな。まぁ、魔獣の進攻とはいえ、所詮、シーロ副伯の言う通り手伝い戦かも知れないしね」
「殿下、過分な評価ありがとうございます。でも帝国は、欲しかった魔法使いと術者2万の内、半分以上の12000名を建設に使えるんです」
「それはそうだが」
「まだまだです。頑張りましょう。軍事援助と言っても、最新武器の供与ぐらいでは。明日は、産業技術の無償援助ぐらい引きださないと」
「君は、王国にとって体重分のミスリム以上の価値が有るね。エミリー少佐、1人の護衛では心配になって来たよ」
「せっかく、晩餐会でジョスラン伯爵が、良いと言ってくれたんです。貰わない手はないですよ」
この外交協議が開かれる前、イリア側の会議ではカトー伯爵によって、方針が決められていたと言われる。
「さて、みなさん晩餐会では軍事援助、まぁ武器供与ぐらいは引き出したいと思います。現状を知るという事で、2部構成となっています」
テーブルの上に、簡単な絵が並べられる。本来なら、プレゼン用のプロジェクターが必要だが、ここは日本では無いし。紙芝居という事でも良いだろう。プロジェクターでも中身はあまり変わらないし。
「カトー卿、これは?」
「では、エーとですね。分かりやすくする為に図を用意しましたと……まず、現状ですが我が軍団の編成はケドニア帝国軍とは大きく異なり、旧来の弓と剣です。帝国の最新ドクトリンによると、イリアには攻撃力、防護力ともに見るべきものは無いはずです。しかし、軍の運用にあたって、互角以上だと思われているのは魔法の存在です」
「それがこの一枚目のカードですか? 確かに分かりやすいですな」
「ありがとうございます。そうです。確かに帝国は火薬を用いた、戦術には1日の長が有りますが、運用は魔法使いによる攻撃魔法とさして変わりません。むしろ帝国軍に併設された工兵より、我が、王国軍の魔法を使う術師の方が野戦陣地構築力があります。一般部隊の、展開速度も帝国より優れていると思います」
はい、次のカード。
「帝国の装備を見た、みなさんは銃器の威力に脅威を感じたでしょう。確かに、今は弾の装填に時間が掛かるし、威力事態も距離を取れば、さほどでもない。当たらなければ、良いんですから。ですが帝国は、更に進化した個人用兵器として銃器を開発するはずです。王国が魔獣襲来を知った時には、その片鱗さえ無かった兵器が、実用化される速度に驚くべきなのです」
次のカードですね。
「噂に聞いた砲の威力は、エエそうです。殿下、あの礼砲のドカーンの事です。アレキ文明の文献で知られる、射石砲を彷彿とさせる物ですが、上級攻撃魔法の使い勝手に比べるとまだまだです。確かに、攻城戦で石弾を使って城壁を砕くのとでは、単純な比較は出来ません。これもそうですが気になるのは、今後開発されるだろう、臼砲といわれる放物線上の軌道を描いて、頭上から落ちて来る砲撃です。これでは、いくら城壁等の遮蔽物の後ろに隠れても、かなりの脅威になると思い至りました」
次のカードになります。
「火器の性能が向上すれば、それはおそらく極めて近い将来でしょうが。現在の、イリア王国の魔法優位による、力の均衡は無くなります。今後、火薬の性能や武器は必然的に進化するでしょう。今回、司令官達が持っていたように、個人用兵器とも言われる、ピストルは連発できる物も出来ています」
「フーム。なるほどね」
「帝国の鉱山は、導火線を用いた爆薬で、飛躍的に生産量が増したとの報告もあります。科学技術の進歩により、いつ何時、新兵器が出て来てもおかしくないのです。エバント王国の様に、実質、属国になるかも知れません。あと数年、ケドニアの好況が続いて軍備が拡張され、強大な戦力を持てば、簡単な事だったでしょう。
幸い、大規模な援軍を派遣する事により、ケドニア帝国のイリア王国への好感度は劇的に改善されました。しかし、考えにくくなっていると思いますが、油断せずケドニアの大陸統合戦争への備えは、国家として、しておかなくてはなりません」
では、次のカードへいきます。
「帝国の鉄の技術は、鉄道馬車の生産を引き金に、飛躍的に向上し量産化へと変化しました。砲身という鉄製品も例外ではありません。青銅製の砲身は既に鋳鉄に変わっています。重量の軽減は、臼砲の小型化を達成させるでしょう。少数で移動可能な、小型臼砲はやがて榴弾砲につながるでしょうが、それには弾丸と火薬の成型技術を待たなければなりません」
次のカードをご覧下さい。
「現在、この危機下に有って帝国は魔獣の数に圧倒されて、非情な困難に直面するでしょう。この際、私情ではありますが王国には装備改変と、火器の研究を始めてほしいという提言をしなければなりません。その為にも、ケドニアから火器の専門家や指導員、もしくは教導団を派遣してもらい、しかるべき時代の到来に備えましょう」
「ウーン……。エミリー君、カトー伯爵は大丈夫なのかね?」
「大丈夫です。みなさん、安心して下さい。カトーは時々こうなるので気にしなくても良いです」
「ときどき? 何やら酷い言い方だと思いますが」
「で、影としては、どうなのだ。小頭はどう思うか?」
「ハイ。帝国では、このような事の噂は聞きましたが、カトー卿が仰ったほど詳しくはありません。残念ながら報告できる程の情報は掴んでいません」
「フーム、そうなのか。カトー伯爵、最後の指導員? 教導団の派遣ですか?」
「そうですね。こういった、援助の仕方もあるのです。運用技術を教える専門の隊の事です。たとえば、王国では正確な砲撃も弾道計算や砲弾の管理も出来ないとしますね。そのやり方を教えてもらうのです。最初はちゃんとノウハウを教えてもらいましょ。武器がいくらあっても、運用方法はコピーした方が早いですし安いので。帝国式にも悪い所はあるので、それは追々直していけばいいんです。今は先ず手に入れて運用しましょう」
「確かに理屈より実践かも知れん」
「あと、軍事援助や産業技術の援助ぐらいは、要求しとかないと帝国としてもおかしいと思うでしょう。ジョスラン伯爵が、譲る形になるでしょうが帝国では、無償の援軍など考えた事も無いでしょう。変に下心が有ると思われたら嫌ですよ」
「それはどういう事です?」
「単純に、タダより高い物は無いからですよ。国家を運営するのに、タダと言う事は有りえません。ケドニアにとっては今回の、イリア王国の人類の名に誓った約定でも同じです。我々は、20万の援軍の値を付けているのです」
「カトー、そのぐらいで。それ以上は言わない。人間不信になる」
「そうだね、エミリー。皆さん、そんなに引かなくても良いですよ。属国の事も援軍の事も、例えばの話ですよ」
「思い出したぞ」
「どうした、シーロ」
「ハイ、以前もこのパターンで徹夜したのを思い出したんです。ね、エミリー少佐」
「アァー、そうでした。カシミロ殿下、覚悟しておいて下さい」
「エ?」
「明日は、演習を見るという事ですが。……アァ、もう今日になりますか、カトー卿の話はおそらく明け方までに……この分だと終わらないかな?」「その後、図上演習を昼間見て、夜もまた晩餐会ですね。殿下も慣れて下さい」




