防衛戦の日常
※ ※ ※ ※ ※
「主任、転送陣上手く行きそう」
「ハイ、転送陣の作動に合わせてなので、1割位ですが何とか、ここ113と練兵場の地下とのやり取りも、上手く出来ると思います」
「さすがだねー。プロは違う」
「まぁ、15000人も送るので、少しぐらいなら潜り込ませれますよ」
「イヤそれでも、1500という事でしょう?」
「物も同時なので、もう少し多くやり取り出来ますが、これ位が操作しやすいので。要塞地下の転送陣が治れば良かったんでけど」
「そうだね。74のだけでは足らないから、要塞下部からだいぶ部品を練兵場に持ち出したらしいからね。手探りの復旧作業だから時間もかかるよね」
「少しずつでしょうけど、修理出来ない訳では無いので。それまでは、こっちの転送陣が使えますから。それにホムンクルスは重いので300体位なら出来ますけど、稼働中のホムンクルスは100体も無いので不都合はないですよ」
「要塞から送って来た、警備ユニット7人の準備も順調だよね」
「ハイ、今少しで筋肉系の身体になるでしょう。用意が、出来ましたら打ち合わせ通りに送ります」
「じゃ、それでいいという事で。そろそろ行くね」
「では、カトー様。後はお任せ下さい」
「ウン、お願い。セバスチャンもエマも、亡命してくるホムンクルスの事は頼んだよ。領地の方もね」
「承りました」
「商業ギルドのアニバルさんとは時間が取れなかったけど、殿下には話しておいたから大丈夫だと思うけど」
「例の話ですね」
「そう、戦時国債。シーロさんが何時も財政の事で泣いているからね。単年度の王国予算では、処理できないだろうから」
「カトー様、現在この大陸では、金・ミスリム本位制ですから」
「そうだね、戦争にはお金がかかるからね。費用はイリア王国の国債発行だと思うけど。それだと、どれだけかかるか? 金・ミスリム本位制では無限に国債を発行することも出来ないし。金持ちか金貸しかに借りる事になる。しかし国家規模の遠征軍費用となるとなー」
「では、ケドニアの国債を買いますか?」
「流石、セバスチャン。ウン、アニバルさんに頼んでベルクールの小鬼達と、また遊んでもらおう」
「お預かりした10億エキュは、お菓子工場の建設に使って増えたのが30億エキュ、砂糖に投資していますので今は20億くらいです。これも乗せても、よろしいですか?」
「10億は君たちの為に使って欲しいんだけど、まぁ、決めたならしょうがないね。じゃ、ケドニアを買いで少しずつ、でも大量にね。アニバルさんが買っている事が、みんなが知っているぐらいにわね」
「ケドニアの勝利をみな信じておりますしね。金利は安いでしょうが」
「殿下の、口座に入れた八割まで位でね。よろしく」
「エマは店の事もよろしくね。セバスチャンはタラゴナと領地の事で忙しくなるだろうから」
「ハイ、お気を付けて」
「じゃ、主任お願いします」
と言う訳で、113の転送陣が赤く輝いた。
(また王都からの長期出張に出る僕達だが、何となく店にいなくても良いような気がしてきた。今回は、タティアナ店長がもう良いですという位、炭酸水沢山作って来たし)
そんな事を考えているうちに無事、ケドニア要塞に着いた。
練兵場の倉庫にある、転送魔方陣から要塞に向かう時、エミリーがおかしな物を切った。
「カトー。静かにして、ここを動くな」
そう言いながら、帯刀していた剣を静かに抜き、草むらの中に入っていった。
長さは2メートル、太さは15センチほどある、緑色をしたヘビの様なミミズの様な物だった。エミリーに聞くとジッと倉庫を伺うような感じで鎌首を持ち上げていたそうだ。
エミリーは、剣の刃に魔力を流せる。しかし、魔力量が少ないので一刀両断とはいかず、胴体を所々切って倒したそうだ。その時、カチンと不自然な金属音を聞いたと言っている。気持ち悪いが腹を裂いて調べてみる事にした。
(もちろん僕が蛇を解剖するのだ。まったくエミリーは自分が切ったのに気持ち悪いと言って近寄ってこないし)
指を入れて確認作業を進めると、銀色の一部がへこんだカプセルが背中あたりから出てきた。
「何だ、これ?」
「分から無いけど、こんなのは怪しすぎる。ホムンクルスに、調べてもらった方が良いな」
「カトー様、これは些か厄介な物でした。無理に、こじ開けようとすると中から、毒ガスの様な物が噴出して、廻りの生き物を殺すという仕掛けがしてありました。使い方次第では暗殺に使えますね」
「ヒュー、危なかった。それで、カプセルの中身と言うのは?」
「動物の? 何かの、脳を使ったと思われる記録映像装置でした。鎌首をあげて撮影? 記録? ですか。偶然とはいえカプセルを破壊しなくて幸いでしたね」
「使い魔みたいなヘビだろうか?」
「使い魔が、何かと言うのは知りませんが。偵察ヘビ? ですね」
「その記録映像装置を誰が見るかが問題だ。誰だと思う?エミリー」
「そんな事をして得をするのは……魔獣? まさかな」
※ ※ ※ ※ ※
少佐殿が、包囲前に来た司令部付きの商人から買った蓄音機と言うのを持って来られていた。何でも機械が流行りの歌手の音楽を演奏するらしい。少佐殿が、今夜はコンサート? を行うと言うので皆が楽しみにしている。場所は食堂替わりの大き目の部屋だ。
魔獣の遠吠えを遠くに聞きながら、午後からは皆でズーと流行り歌を繰り返し聞いている。
「今度、酒保で慰問の舞台と演奏が有るそうだ」
「何でも、歌手のセリーヌが立つらしいって話だ」
「まぁ、俺は教会のあの単調な曲以外なら何でも良いよ。あれを聞くと眠たくなっちゃうんだ」
「確かに蓄音機の歌手の方がましだな。吟遊詩人なんてこないしな」
「お前ら罰当たりな事、言うなよ」
「蓄音機といい、写真といい、子供の時には無かったよな」
「鉄道はあったな……」
「馬車鉄道かい?」
「あぁ、帝都では馬のいない鉄道が走り出したと言っていたぞ」
「へー。馬なしでね」
「何でも、機械で動くらしい。陸蒸気といってたな」
「俺、知ってるぞ。従姉が紡績工場に勤めていてな、見た事が有るんだ。あんなのが動くのかな?」
「蒸気機関だと言っていたっけ」
「工場や船で使う凄く大きな機械だったが、小さくして水と石炭で動くそうだ」
「石炭って、北じゃ冬の暖房に使う奴かい?」
「そうだよ。随分と石炭がいるらしいが、それに煙突がいるのも一緒だ。煙いらしいな」
「あぁ、そういえばありましたね煙幕何とか」
「煙幕発生装置だろ。第一城壁に有ったな。カラスとワイバーンが城壁に当たったよな」
「あれは油だろ」
「蒸気船? 蒸気機関か? 少佐殿、ご存知ですか?」
「ウン、曹長。聞いた事が有る。中央山脈の北で石炭を掘っているのはその為だな」
「制服だけじゃ無く、何もかも変わって行きますね」
「煙幕の油はともかく、石炭の利用は広がって行くだろうな」
「武器も変わりますし、写真や気球も出て来ました」
「そうだな、武器も人も変わって行く。……領地も殆ど売ってしまったからな」
「少佐殿は、由緒正しい貴族だったのでは?」
「なに、男爵なんてとっくに形だけだ。5つばかりの村が有ったが、今ではうちの村だけだ。まぁ、帰れるところが有るだけでも良いよ」
「全くですな」
※ ※ ※ ※ ※
「ア、伍長。あの人達は?」
「アァ、囚人部隊だな」
「じゃ、悪い人なんですね」
「そういう事も無いな。悪事を、仕出かしたというより。まあな」
「政治犯と言うか、思想犯と言うかなー。悪人ばかりじゃない。軍の中でミスしたとか、上官に逆らった奴らもいるのさ」
「伍長は言いにくそうだが、殺人等の凶悪犯らはギロチンに掛けられている」
「軍曹は知っているんですか?」
「軍に長いからな」
「ケドニアは平民でもギロチンだから良いが、イリアの処刑は野蛮だし、見世物みたいで残酷だからな。ケドニアでも、大昔は剣や斧だったし、ギロチンは貴族や子共用だったんだぜ」
「試した事無いけど、ギロチンに変わってからは、一瞬だぞ」
「ハハ、バカ言うな。まぁ、王国には貴族制度が残っているからな、ギロチンだと苦痛も少ないし貴族だけの特権だそうだ」
※ ※ ※ ※ ※
「当てろよ」
「狙え。放て」
「……」
「当たらんか。弓使いが、それじゃあ軍人とはいえんぞ」
「まぁ、しょうがないな。坊主達は、志願兵だ、その気持ちだけで十分だぞ」
「気にするな。打てても、どうせ2発だ。城壁を抜けられたら、後は接近戦闘になるからな」
「接近戦ですか」
新型の装備品が、徐々に見慣れた物になって来た。
「それが新型の制服か?」
「なんか、やだな。赤と紺の方が綺麗だし格好いいよな」
「空色って言うのか? 目立たないし、軍服っていうのは、なんかキラキラ輝いてないとなー」
「自分達は、軍の速成教育が始まってから、こんなんだったので」
「でもなあー。俺らも、じきに、こんなのを着させられるのか」
「持っているのは、新型の装備品か? 防御板て言うのか? 上着の上にか。革鎧は無くなって、薄い鉄板になっているのか」
「これもなー。でも一体成型、プレスって言ったか、確かに防御力は上がっているな」
「パッと見、装甲兵だからな」
「重さはどうなんだ? 鉄板が厚いと重いだろ」
「少し重いですが、牙や角にやられたりするのは嫌ですから」
「で、それが新型の兜か?」
「そうであります。制服と一緒に城の被服本廠で支給されました。新型鉄兜です」
「重くないのかい? 革や布よりましかもしれん。取り敢えず、頭を守れって事なのかね」
「そうだと思いますが中にバンドがあってクッションになっています。カラスの石投げでやられるよりましだと言われています」
「それで、逆さの平たいスープ皿って事か」
「皿として使えないだろ、髪がベトベトニなっちまうだろうな」
「そっちのは、何だい?」
「名前は、組み立てシャベルだそうです。穴掘りに使います」
「確かに、この泥だらけの世界じゃ一番役に立つかもしれん」
「振り回しても、なかなか良いので重宝しそうです。教官が、白兵戦にも使えそうだと仰ってました」
「握りやすいし打撃も出来る。素人なら剣より使えそうだな。だがな、お前達は逃げろ。戦いは大人がやるもんだ」
「軍曹、将校に聞こえると不味いですよ」
「そうかも知れんが、こいつらは子供だぞ」
その後、彼らは接近戦を直ぐに経験する事になる。補給が無くなり、応援の兵も来ないまま兵力が欠乏して行く。少ない魔法使い達が、火魔法で魔獣を焼き払う。数知れずの魔獣を倒して、自らも倒れて行く。剣は折れ、矢は尽き、狭い城壁の上で繰り返される魔獣の攻撃に、兵達はシャベルやナイフで戦友と共に戦い傷ついて行った。
今では、ヘルメットという名が当たり前の鉄兜で、魔獣を殴りつけ、手製の棒に金属を打ち付けた棍棒やナイフで戦った。最後は、白兵突撃をして魔獣の正面に立ち塞がる。そして部隊が壊滅していく。
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帝国歴391年6の月16日
ナンシーは、城壁を持たない小さな都市だった。人口は10000~13000人と季節によって変動している。これは穀倉地帯にある、小型都市では普通の事だ。収穫期には、刈り取りの為に労働者が増える。これでナンシー市は3割増えて13000という事だ。魔獣襲来の知らせは受けたが、まだ小競り合どころか魔獣の姿も見ない。だが、市長には、ステファノに有る防衛軍より避難命令と共に、焦土作戦の発令が言い渡されている。
避難命令が出てから、3日が過ぎた。小さな都市は何も変わらなかった。勿論、避難と焦土化の命令は伝えられているので、馬車で北へ避難する者も居た。ナンシー市の人々の場合は安全バイアスの為か、事なかれ主義なのか、自分達は大丈夫と思い込んでいるようで、多くの者はただ事態をじっと見守っていただけだ。
尤も、自警団が作られ、その呼びかけに答えて加わる者もいる。自警団の指揮を執る退役軍人の元大尉は、朝から妙な予感がしていた。魔獣の襲来警告も聞いていたので、念の為、備えを増やす事にした。彼らは城壁が無くとも馬防柵を作り増し、ステファノに続く街道に置く事で気を落ち着かせた。
ナンシー市には、治安を保つため派遣されている帝国の治安部隊が18名いる。これは日本で言う、駐在所のお巡りさんの役割をしている。防衛に、協力してくれる元軍人が10名。魔獣の警報以来増えているが、自警団の230名が頼りだ。自警団は、イリア王国と巡邏警備隊とほぼ同じ制度である。彼らは一般市民で、15から50才までの男子。地区毎に、召集されて1ヶ月に2度の訓練に駆り出されている。
数時間後、元大尉の悪い予感が当たってしまう。30匹位の、狼の魔獣だろう一グループが姿を現した。バリケード越しに見る人々は、大型とは言え30匹ならば、何とか切り抜けられるだろうと思う。ほとんど全ての者が駆けつけて注意がそのグループに向けられた時、およそ意図しない方向から2番目のグループが音もなくやって来る。
たちまち手薄となった防御側の死角地点を探り出し、守備側との交戦を避けて静かにバリケードを突破する。魔獣の浸透戦術は、無防備な住民や後方を衝いて混乱させる。僅かな時で人々が倒されていく。同じ事が多くの村や町でも繰り返され、ナンシーの様にまた一つと消えて行く。
※ ※ ※ ※ ※
シニョーリは、帝国南部穀倉地帯にある水運都市で、中規模都市に分類されている。混乱期に作られた、小規模な城壁が有る。城壁と言っても護岸工事を利用した古い城壁であるが、人口は3万人前後で中規模都市としてはやや少ない方だ。
この都市は、ステファノ北西50キロに位置している。エルベ川から分岐したリューベック川の支流が、都市の中央を通っている。川と、一部掘削された運河により、ステファノとその南にあるソレンとエルコラーノを繋いで、リミニに至るまでの物資集積地として栄えている。
魔獣襲来の知らせは受けたが、周辺の集落同様まだ魔獣の姿は見あたら無い。市長には、ステファノに有る防衛軍より避難命令と共に、焦土作戦の命令が出されている。発令と同時に物資の受け入れを中止し、ある限りの運搬船に人と物資を積み込み、運河沿いの倉庫に火を放った。煙が各所から立ち上がり、やがて火の手が空を焦がすだろう。多くの者はこれから歩いて北に避難を開始するのだ。
シニョーリから出ようとする人々の前に突然、それはやって来た。慌てて引き返すシニョーリの人々は城門を閉ざして防備についた。しかし間に合わせの様な城壁には、部分的に手薄な地点や防御上の死角がどこかにある。魔獣は、30頭単位でグループを作り攻撃しかけて来る。防御側の死角地点を探し、守備側との交戦を避け、城壁を突破しようとするのだ。
多地点で同時に、この攻撃を実施する事で防御側を混乱させ、その間に無防備な住民や後方が衝かれた。この時点で村や町、そして小さな都市なら落とされるだろう。シニョーリの市民にとって唯一の慰めは、先の運搬船に女子供を僅かとはいえ送り出せた事だった。
中規模都市でも、指揮系統との連絡や互いの支援を失った防御部隊は無力化されていく。だが突破したものの、発見された魔獣は少数で、長時間に渡る攻撃は出来ない。全ての意識が町の中に向けられ、兵達が討伐しようと城壁を降りた時、魔獣の大群が城壁を突破するのだ。
勿論、防御側が十分な予備兵力を持ち、迅速に戦線の穴を塞ぐと、それ以上の突破を続ける事は困難であった。だが、シニョーリにはそこまでの戦力は無かった。点在する小、中都市が1つ、村と同じように、また1つと潰えて行く。




