遠征軍、北西へ
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「ミレア、この間はごめん。許して」
「まったくだぞ、主。この世界に、第四世代のドラゴンに傷を負わす事が出来る人間が、居るとは思わんかったわ」
「ゴメン」
「本当に、厄介なものを。あの火の玉は振り切ろうと逃げても追尾してきたんだぞ」
「ゴメン。あれホーミングか~め~は~●~はっていうんだけど」
「器用な事をするのう。まぁ次は、気を付けてくれ。シッポに攻撃が当たると、あんなに痛く感じるとは初めて知ったわ」
「許してくれて、ありがとう。今日呼んだのは、もう少しすると、ここも転送機が動くので人で一杯になるんで、どうしようかと」
「あぁ、思念波で良ければ連絡をくれ。2、300キロは大丈夫だから。また、この間みたいに北の森におる」
「そうなんだ。でも、今度は少し長いかも、ケドニア遠征軍にくっ付いて行くんだ」
「フーン、では主。ワシも少し離れて良いか?」
「良いけど?」
「この間話した、第二世代のドラゴンの事じゃが、一度探しに行こうと思う」
「じゃ、戻ってきたら」
「ウム、思念波を送ろう。主もな」
「あ、これ餞別。魔石・中だけど。痛かったろうし、お詫びも込めてね」
「主、すまん。気を使わせたな。では、しばしの別れじゃ」
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イリア王国歴 181年6の月23日
王都の練兵場は、毎年6の月の第1日より開催される馬上槍試合の会場だ。今年は遠征軍の集結場所となり、順次参集して来た兵達の訓練と、各種イベントが行われている。王国東方のアギラス市とハエン市の軍を加えて、本当なら今頃は東に向けて全軍で遠征をしている頃だ。それを訓練と、準備に宛てられた事は大きな成果と言える。
7の月1日、伝統衣装を身につけた数百人の花を持った女性パレードが、儲けに味を占めた商店主によって再び行われた。その後、高らかに、遠征軍の派遣が告げられ、壮行会が王宮近くの練兵場で執り行われる。7の月2日、王都から100キロ北西に有る、転送ステーション113に向け順次、各軍団が進発して行く。
当初、行軍には、4日が予定された。だが、アレキ文明最盛期の基準を思わせる完全舗装道路の上、幅12メートル幅での行軍は、余裕を持った3日にと変更されている。
軍団は、ひたすら北国街道を進んでいる。途中、分かりやすい道標が10キロ毎におかれ、導かれる様に道を進んで行く。先頭に立つ戦闘装備をした偵察隊を除き(イリア国内と言えど、軍の作戦行動である)、殆どの者は鎧を身に着けず、荷馬車に槍と一緒にして樽に突っ込んでいる。こうして113とかいう野営地までは、部隊毎に身軽に移動し兵員の消耗を少しでも減らすのだ。
本来、転送ステーション113を使用しなければ、王都ロンダからケドニア神聖帝国・帝国要塞まで直線距離でも約2300キロある。街道を行軍すれば500キロ増えて2800キロを越えるだろう。春の始まりとは言え、まだ日は短く一日の半分(十三時間)をかけて移動してもエバント王国は山がちで悪路が続くのである。
軍団の1日の平均行軍距離は凡そ30キロ、順調に進んでも100日はかかるだろう。ムンデゥスの1カ月は、27日なので4カ月弱になる。大軍勢の通過の為には、道路状況の改善も必要だ。土魔法の使い手達を工兵部隊として、護衛をつけて先行させる事も必要だ。
王都ロンダを出て113野営地に近づくにつれ兵達は、言い知れない不安を覚えた。それは、30キロ先と書いてある地点(看板?)で、遠くから見え始めた4本の尖塔であった。やがて、王都の練兵場に造られたドームより遥かに大きな、眩い陽の光を反射するガラスの屋根が見えてくた。
転送陣とて、20万の大軍を一度に出せる訳ではない。そこは変わらないが、第1の目的地、113野営地に着いた者達は驚愕する事になる。軍団員には、予めその地には転送陣があり、仮とはいえ各軍団が一堂に集結出来るように、野営設備が備えられている事までは教えられている。
だが、彼らが目にするのは4本の尖塔が立ち、王都を思わせる巨大な城壁である。近づく軍団が、次々と誘導標識に従い城門に飲み込まれて行く。3日の行軍の後に着いたのは、どうやって建てたか分からぬ目を疑うような巨大なドームである。その中には一つの城区がすっぽりと入る野営地と言う名の巨大な建築物群があった。
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「いらしゃいませ。ようこそ。いらっしゃいませ」
入口で控え出迎えるのは、商業ギルドから派遣された受付嬢たちである。朝一番で、彼女達にはカトー子爵から励ましのお言葉があった。
「良いですか? みなさん。遠征軍の方を笑顔でお迎えしましょう。彼らは、これから遠く離れた異国の地で戦うのです。そのご苦労を少しでも減らして差し上げましょう。よろしいですか? 皆さんは、ここでの研修を終え、もう立派な案内員となられました。そうですね」
「ハーイ」
「お返事が小さいようですね。もう一度。サァ」
「ハーイー!」
「いいでしょう。では、業務を滞りなく遂行して下さい」
28名の受付嬢は8名が入り口に立ち、残る20名は、宿営地とは呼ばれてはいるが、番号が書かれた建物に兵を誘導している。各部隊に配られた札に従って巨大な倉庫? に落ち着くと、部隊下士官と軍曹が呼ばれ近衛兵の立ち合いのもと金貨の配布がされた。
お給料を、前金で100日分、帰ってきたら200日分、支給する事にしているのだ。クラウディオに頼んで商業ギルドからの金貨の輸送は事なきを得たが、面倒だったのは金貨の配布である。何処へ行っても、お金については難義するものらしい。結局、エミリーが近衛の士官に押し付けたのだが。毎度毎度、金を重さで扱う様になってしまった。良いのだろうか?
「オイ、見ろよ。本当に金が出たぞ」
「前金だそうだが、本当だったんだ。この分で行くと帰ってきたら、倍貰えるというのも嘘じゃなさそうだな」
「きつい訓練で一時はどうなるかと思ったが、飯はたらふく食えたし金も出た。こんな事も有るんだなー」
「酷い言い様だが、確かに今まで聞いていた軍役とは違うな」
「そうとも。志願者や冒険者出身はもっと待遇がいいらしいぞ」
「フーン」
余談だが、商業ギルドではよっぽど儲かったのか、僕には王家と同じ、金貨の無限使用許可を出してくれた。無限と言われても、使えば返さねばならないお金だし。たとえ返さなくても良いと言われても、ハイそうですかとは言えない社会人である。
それはともかく、派遣軍の人的管理記録をする為に、整備運用係の主任に113の残された部品を回収して簡単な記憶装置と演算できる装置を作ってもらった。思ったより優秀な装置が出来上がったみたいだ。ドアの入り口のセンサーが役立ったと言っていた。こんな装置を工夫できるホムンクルスに感心した。
113から、兵士と輜重部隊に加えて酒保商人、合わせて28万人が転送される。馬やロバも登録するが、500万件ぐらいは楽に処理できるらしい。羊、豚、少しの牛は食用なので数だけ記録して個体登録はしないが、この規模を送るとなると転送陣に、魔石を1個追加しないと転送エネルギーが足りないだろうな。
今までの行軍時と同様、今回の遠征でも戦闘員を送り出した後ろには輜重隊、さらに酒保商人の列が続く。エバント王国やケドニア神聖帝国との戦争では無い。嘗ての軍の様に乱取り、お構いなしと言う訳にはいかない。食料を含め物資はすべて金銭による購入で立派な商行為である。人類を救うと言う崇高な援軍に行くのに、略奪行為をする訳にもいかない。まぁ、利点が無い訳ではない。イリア国内で略奪などと言う、物資調達の無駄な時間も無くなる事になったので、進軍速度の低下は無い。
遠征軍の兵站を担う輜重部隊は、各部署への物資の配布と調整をしているだけでは無い。軍の直轄で、輸送・補給・整備・衛生・被服・役務の一切を賄う部隊である。大きく分けて2つに分かれており、後方で行軍している荷馬車による輓馬編成の輜重部隊と、各部隊の指揮下に有り部隊と共に移動し、ロバや馬の背に乗せて運ぶ駄馬編成の、いわば出先の輜重部隊がある。
軍における通常行軍は馬2頭が引く荷馬車であるが、商人達の馬車は一頭匹の物が多い。尚、小回りの利く1名ないし2名の人力で曳く徒歩車も活用された。輜重部隊は、戦闘に加わる事は少ないが出来ない訳では無い。警備や兵力が不足した場合は、補充や人員を派遣して応援も行う。この様に輜重部隊は物資を運ぶだけでなく、作戦部隊を支える為に多様な業務を行っている。
越冬ばかりだけでなく長期に渡り留まる場合には、宿営地を建設し拠点を設ける事もある。整備は武器・防具だけにとどまらず、道具や馬車等の輸送用機器等の鍛冶屋仕事もある。粗悪な武器防具を回収したり、新しいものと交換したりもする。怪我や負傷した場合の、治療や看護もしなくてはならない。現場での応急治療が難しい場合は病院施設を建設し、伝染病対策や栄養管理・医療資材の不足対応、軍に同行している医師や看護師などが不足すれば追加の手配をする。
又、従軍している聖秘跡教会の司祭達との打ち合わせ等もある。また、金銭も管理して軍需物資の購入をしたり商業ギルドの郵便を管理したり等もするのだ。嗜好品や娯楽関係などは、輜重部隊の後ろから追いかけて来る酒保商人達が行う。その為に20万の軍団の後ろには、8万人もの商人の大所帯が続いている。
遠征軍は転送機を使用するが、何せ距離が距離である。ケドニアへの派兵は良い金儲けのチャンスであると考える者も多い。何せ今回の派遣される兵達は、前払いされた100日分の金を持つので懐は温かいのだ。酒保商人が扱う物は先に述べたように多く、娼婦、酒、免罪符売り、料理、洗濯、家畜、占い、医者、お針子、両替、散髪、賭博とまさに万能である。
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明日からはドーム中央に有る転送陣の入り口で名前、年齢、出身地等、個人が特定できる質問を1人1人に行い、1日に15000人のノルマで、帝国に転送できるようにしなければならない。30名が500人、1人1分でも9時間近くは必要だ。それが毎日行われて、20日近くかかるのだ。誰もが、不可能と思うはずだが、実際はそれよりも早かった。
まず、第1ゲートで看板に描いてある通り、名前、年齢、出身地を声紋認識、話して貰うだけだ。次に第2ゲートまで行き、虹彩認識するため鏡型のセンサーの前に立って、手のひらを鏡に向けて立って貰う。これで全身スキャンと指紋認証が済む。このゲートが20カ所、転送陣に順に詰めてもらい1500人になったら、ピュと赤く輝く転送陣が現れて、消えるという事の繰り返しである。
これは、ケドニア側の転送陣エリアからの移動が早ければ、もっと短かったろうと言われた。障害物、つまり人や物が転送陣内にまだ居たりすると、重なる事を防止する安全装置が働き、転送がストップするのだ。こうして、転送ステーションは1日に2万人以上と物資を送り、16日で軍団、輜重、商人達と転送を完了した。
「エマさん、もうすぐで軍団の転送を終了します。後は商人達と家畜です」
「ご苦労さま。皆さんも疲れていると思いますけど、あと少しですよ」
「そうですね。良い経験をさせてもらいました」
「そうですよ。これなら皆、イベント関連なら一通り出来ますよ」
「王都では、今イベント関係の人材が不足気味で、良いお給料が頂けるんですよ」
「それに、宿屋さんの運営経験も出来ました」
「ハイ。エマさんに、ホテル業務の全般を指導して頂けたので助かりました」
「そうなのですか?」
「ハイ、商人さんの目ざとい方は商業エリアと、レクリエーションエリアで一稼ぎという事で喜んで見えましたし、遠征団が出た後も、このまま居たいとの声も上がっています。もう普通の町ですよ」
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帝国からの援軍要請は、イリア王国ばかりでは無く、エバント王国にも送られている。エバント王国の宗都リヨンからは、傭兵達が防衛線に加わるべくエバントの軍団集結地、すなわちケドニアとの国境まで兵の一部を先行させている。万一の場合、第二防衛線とも言わる警戒防御線をエルベ川西岸に築いている。
エバント王国にとっても、問題は首都ベルクールから山道であった。これは工事費を、ケドニア帝国が半額を出すと言う条件で、道路改良が行われつつあった。エバント王国にしてみれば、帝国の助力なしには国力を維持出来ないとの思いもあるのだろう。帝国としても、自国産品の繊維製品と、肥料として南の島から送られてくる硝石の輸送路確保の為、必要とされたらしい。
イリア王国遠征軍と同じ様に、先頭に立つ偵察隊を除き、殆どの者は鎧を身に着けず、荷馬車に槍と一緒に樽に突っ込んである。この辺はイリア遠征軍と同じで、警戒防御線までは身軽に移動するようだ。宗都リヨンに参集された兵達は、法王による戦勝祈願のミサを授けられた。首都ベルクールを抜けて山々を横に見ながら、周辺の兵達を吸収してエバント軍もひたすら東に進んでいる。
エバント王国は、正規兵より遥かに傭兵の方が多かった。エバント王国でも属国化される前までは、軍備としてそれなりの兵が居たが、ケドニアの方針もあり縮小されてしまっている。今では帝国の属国化政策により、軍事力は治安関係の3万人前後に抑えられている。エバント王国兵は日本で言う警察力を中心とした、治安維持を主体としたものであった。
しかし軍事力が皆無と言う訳でも無い。これは傭兵と言っても個人としての傭兵は昔語りだけで、今は商業ギルドによって組織化され、傭兵団として活動している者も多い。小領主達が、収入が足らず傭兵稼業と言うのも珍しくないらしい。領主なら、軍勢を維持する為に、体格のいい者を強制的に連れて来れる。表立っては言えないが、税を払わない者を、傭兵として売り払う事も出来た。
傭兵団は普段、商園等の警備や警察力以上の武力が必要とされる盗賊団や領主に逆らう住民の鎮圧仕事をしていた。相手が集団で動くためこちらも集団でという事だ。尚、契約は地方領主や地主からが多かったようだ。勿論、この中には法王も含まれている。
傭兵稼業は割の良い金儲けができると思われている。しかし、その実態を知る者には、とてもそうは思えない。金に汚いと思われがちだが、雇用期間中の、裏切りや逃亡は後々まで響くので、無いのが普通である。その傭兵達2万人が、今回エバント王国軍勢として雇用され第二防衛線に出兵された。
確かに、金次第で動く傭兵もいる。対立する二つの勢力で、雇用主を競わせて金儲けと言う訳だが、魔獣は金を持っていない。人間相手と違い、内応したり、戦う演技したりでは自分の身が危ないだろう。今回は真面目に? 兵隊として警戒防御線に立つ事になった。




