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ステファノ接敵す

 帝国歴391年6の月9日

 ステファノ市は、人口60万の特別行政都市でリミニ北部にあり帝都ヴィータとの中間にある。魔獣の侵攻に遭った、リミニと近郊の人々の避難の受け入れ先でもある。既に人口は周辺住民を飲み込み、100万人を超えていると言われる。


 ステファノは三重の城壁と堀を備えた、平野にある小高い丘の上に築かれた城郭都市でもある。魔獣に対抗する為の築城はかなり前から行われており、籠城に必要な食糧や様々な物資の確保も順調に進んでいる。また、市の東にある山々からなのか豊富な伏流水の為、水不足の恐れは無い。


  ステファノ防衛軍はメストレに続き、リニミまで魔獣の数に屈した事に恐怖した。リミニ防衛に有効であったとされる、城壁に外付けされる形の八個の堡塁も建設が終了して、一応の迎撃態勢が完了した。限られた時間で行われた堡塁だが防御力の向上はかなりの物である。過去の例の通りなら、魔獣は周辺のエサを食べ尽くすまでは移動しないと思われている。非情な計算だが、魔獣到来までにはまだ14~5日ほどの猶予があると思われた。


 ケドニア神聖帝国軍は72万人を誇り、最高動員数は150万人とも言われる。多いように思われる戦力も広大な国土では、ステファノ防衛戦に振り迎えられる将兵は95000名を超える事は出来ないだろうと言われた。確かにリミニの8万人に比べれば多いが、近隣都市などからの戦闘可能な人員を入れても12万人が限界と思われていた。


 ここステファノでも、3年に及ぶ豊作は倉庫にある食料の備蓄を溢れさせ、籠城の備えも十二分と言えた。各都市、村や町にも食料が十分にあった。穀物地帯で知られる、帝国南部の広大な麦畑では、既にちらほら実りを迎え初めているものも有った。


 平野の各所から立ち上る煙は、焦土作戦が実行された証拠だが魔獣襲来までに完全には出来なかったようだ。残念ながら、一向に減らない魔獣の数を考えると、焦土作戦は失敗したと言えるかもしれない。押し寄せる群れの中を良く見ると、明らかに若い個体が少数だが見受けられた。ステファノ防衛軍では、公表された魔獣のデータとは違い、この時から魔獣は子孫を残せるのではないかという憶測が上がり始めた。


 魔獣の勢いを考えると、後詰めの帝国軍が到着まで持ちこたえられるかと疑問視する声が出てきた。中にはリミニに続き、このステファノも見捨てられたのではないか言う者もあらわれている。軍は南北部間の道路事情により、結果的に籠城を選択せざる得なくなっていると発表している。東の港湾都市ブロージョに向かうおびただしい魔獣も見つかっている。果たして籠城をしたステファノは、生き残れるのだろうかと考えるのも無理はない。 


  ※ ※ ※ ※ ※


「オルランド少尉、避難民の誘導も見事だった。ギルドでは護衛専門だったという事だったと聞いた。これからは、輸送中隊の面倒を見てもらうぞ。それと中尉に昇進だ。嫌だったかね? ハハ、ガスパレ軍曹は少尉に、マルジョレーヌ、ルシール伍長は軍曹だ。君達は優秀だからな」

「ハァ、何とお答えしてよいか分かりませんが、ありがとうございます」

「もちろん今も包囲中とはいえ、市の北部から、魔獣の手薄な朝の時間帯や戦闘の合間を縫って非戦闘員の脱出が続けられている」

「存じております」

「魔獣の包囲は続くだろう。それも段々と強くなる。いまだ豊富な食料備蓄が有るとはいえ、110万の人々がいるのだ。様々な補給品を必要としているのは変わらない。輸送中隊は梯団を組んで補給する事になるだろう」

「梯団ですか?」

「アァ、これからもよろしく頼む」


 魔獣が地を覆うように都市を取り巻く。小競り合いは有ったが本格的な攻勢が始まったのは、まるで雨期に入ったかのように雨が降り続いている時だった。多くの魔獣が統一感のある動きをしている。そして見て、ステファノ城内の司令部では指揮個体の存在を疑たがっていた。魔獣の群れでなくとも動物の集団ならボスと言えるものが存在している。だが、魔獣達はまるで人間の軍隊が指揮されているかの様に動くのだ。


 魔獣の攻撃は基本、個々による力攻めである。計略や策略などとは無縁の力そのもののぶつかり合いとなるはずだ。だが、妙に群れごとの統率感のある攻撃。リニミ陥落の前には、ワイバーンが魔獣を掴み直接都市内部に侵入させようとしていた事など、明らかに知恵を持つ魔獣がいる。命令を出し、人間を出し抜こうとする者が居るに違いない。確かに群れがおかしな動きをする時もあるが、それこそ段々と動きが良くなっている。どうやら指揮個体は経験を積み学習している様だ。


 ※ ※ ※ ※ ※


 帝国軍の軍服は、メストレで魔獣戦が始まった頃は上着は赤色(深紅色)、ズボンは鮮やかな紺色だったが、戦場では目立ちすぎると言う意見が多かったので制服の更新を行っている時期だった。魔法使いの黒の制服を除き、年後半から導入予定だった新型制服を先倒しして、今年の前半からグレーがかった地味なブルーの服に順次切り替わっている。戦闘装備も日をおかず、改変される予定だった。


「おい食事の配給だ」

「タマゴにパンをちぎって入れてくれ。喉を通らないんだ」

2個を割って器に落とす。少し、殻が入ったが気にする者はいない。小型ナイフでカチャカチャとかき回す。

「伍長、いつまで続くんですか? 魔獣は来ないし、休息も暖かい食事もない。雨は降り続くし。変わったのは制服だけだし」

「それでも帝国兵か、文句を言わず、ちゃんと監視していろ。それにだ。魔獣は必ず来るぞ」

「気にしないで下さい。戯言ですよ」

「まぁ、雨がしんどいのは俺も同じだがな。冗談も良いがその内、雨の方が良かったと思えるようになるぞ」

「そんなんですか? 魔獣の攻撃と言うのは」

「アァ、覚悟しておけ。いいか! 魔獣ごときに怯むな。勝てないと思うなよ。怖く成ったら、魔獣がした事を思い出すんだ」


 帝国歴391年6の月23日

 この日、魔獣が、南の地平線に姿を現した。特別行政都市ステファノ防衛軍は、最初95000名で編成され最大時は近隣の兵を含めて12万名となっている。籠城戦が始まった。


 ラウル・ドミニク・ゴーチエ少将の旗下に編成された軍団だが、さらに市民兵約14000名が戦列に加わった。尚、戦技優秀な者から順次軍団に補充された為、結果的に3万人を投入する事になり将兵合わせて15万名が守りについたと言われる。魔獣は、数を増やしているようだ。徐々に、緑の平野だったはずが灰色の波にのまれていく。5つの堡塁を目指す、灰色の手がうねった様に伸びて来た。


 魔獣がステファノを包囲してから6日目。第一堡塁(中央堡塁)の正面では、魔獣が最初の防御設備である堀壕で止まった。雨が続き泥濘が堀壕の境界を曖昧にしていた。堀へ落ちる魔獣も多く、足を止めた魔獣に堡塁と両側面の弓兵が溺れる魔獣めがけて縦射して突撃をくい止めた。


 防衛軍は十分な警戒情報を受け取っていた。攻撃が予期され、また大型魔獣以上の脅威である重魔獣が使用されるとも予想していた。最初の防衛戦では、大部分の戦場でかなりの成功が収められたのも事実だ。それは籠城を続ける事が可能であるかのように思えるものであった。


 ステファノに増設された堡塁は、きわめて効果的なキルゾーンと言われる必殺領域を作り出していた。第一堡塁は、大型魔獣に備えられたバリスタは迎撃戦を行っている。守備部隊は68頭の大型魔獣に対して善戦し、40頭の大型魔獣をバリスタと魔法攻撃の併用で撃破した。


 堡塁の防御は、バリスタと魔法使いによって巧妙に支援されていた。大型魔獣の正面に対峙した魔法使いの火魔法攻撃が、魔獣の顔を狙い打ち出される。魔獣も、本能的な恐怖なのだろうか往く足が止まる。立ち往生した処を、バリスタで静止目標と化した大型魔獣を討ち倒すと言う方法だ。その日の戦闘報告書では、この勇敢な魔法使いとバリスタ隊の栄誉を称えている。


 魔獣も、やはり学んでいくのだろうか? 指揮を執る魔獣が確認されてから幾日もしないうちに、同じ力攻めでも弱点を突かれる形になってきた。魔獣の指揮官は明らかに賢く、加えて学習している。


「オルランド少尉、命令を伝える。東の第一堡塁に行って、守備を交代してくれ。悪いが最前線だ」

「了解しました。兵員はどの位でしょうか?」

「少ないと思うが、出せるのは君達の小隊と弓兵3個分隊に魔法打撃班。それに大型バリスタ3台の運用員だ」

「そうですか。謝らなくても良いですよ。苦しいのはどこも一緒なのでしょうから」


 各堡塁、第一城壁の守備兵達は、度重なる魔獣の攻撃にも見事耐え抜いている。戦線は、硬直したかの様に、互いに攻守を繰り返している。遠距離を攻撃できるカタパルトが、規則正しく時計の振り子のようにアームを動かし、後方の魔獣に攻撃を加えている。


 魔獣がステファノを包囲してから26日目。牙の長い鼻の無い象の様な巨大な重魔獣が姿を現した。すかさず、ロングボウが遠距離攻撃をしかけたがロングボウの貫通力をもってしても、硬い石の様な革に弾かれてしまった。その後判明したが、バリスタでも遠距離の場合は一打で葬る事は至難であった。動き回る重魔獣に対しては二打・三打と打ち込む必要が有った。


 その重魔獣が戦場を見まわして命令を待つかのように屯していた。暫くすると魔獣の用意が整ったのだろう。重魔獣が先頭に立ち、他の魔獣達がちょうど歩兵が戦車に隠れる様にして続いて突撃してきた。


 当初予定された、バリスタによる対重魔獣戦術では思いのほか固い皮膚を抜けず、止む無く魔法攻撃が併用された。だが、結果的に魔法使いが足らず、重魔獣の半分ほども迎撃出来なかった。本来なら、カラス魔獣などの対空用戦力としていた魔法使いを、重魔獣戦に急きょ転用した為に防衛線に無理が生じた。繰り返される突撃に加えて、空飛ぶ魔獣の攻撃によりステファノの各所で徐々に人的被害が増えていった。


 この籠城戦では雨が降り続き、舗装の無い道路だけではなく地面のいたる所で、ぬかるんで状態が極度に悪化した。穀倉地帯の為、平野部の中にステファノ市は作られている。ステファノ市自体はなだらかな丘に建設されているが、絶え間のない魔獣の攻撃は排水用の用水路を破壊してしまった。季節外れの大雨と相俟って、前線は泥濘で覆い尽くされる。危険な箇所には通行用の板が渡されたが、雨に濡れた補給品を運ぶ兵達の装備は制服も相まって40キロ以上の荷にもなり、足を滑らせると骨折する危険さえあった。


 冷たい雨は徐々に兵の体力を奪っていく。辺りの樹木は見通しを確保する為に伐採されている。森は無くなり木も植物も無くなって灰色の世界が広がっている。目印となった嘗て櫓が立っていた場所には、崩れたガレキの小山が残っている。埋葬された遺体や魔獣の死体は、降り続く雨や激しい戦闘で掘り返されてしばしば地表に露出していた。


 守備兵は、多くの魔獣を前に間違いなく健闘している。オルランド達も、堡塁に配置されてから随分となった。部下たちに、細切れの休息をさせられたのは2日ほど前までだ。その堡塁に待ちわびた交代の兵が、攻撃の合間を縫ってやって来た。

「マルジョレーヌ、ルシールそろそろ限界だ。皆、よく頑張ったな。堀が埋まった所と、バリスタの矢の補給を交代の兵に伝えないとな。それじゃ一度、第二城壁まで退くぞ。ガスパレ、バリスタの要員と魔法班を頼む。弓兵は俺が後から連れてく」

「あいよ。しかし、相変わらず凄い数の魔獣だねー」


 魔獣の数は一向に減らず、ますます増えていくかの様だ。リミニの恐怖でさえ凌駕し、前線に渡って苦しみが満ちていた。この泥の世界を通って、群れを為した魔獣はゆっくりと確実に、しかも数を増やしながら進んできた。侵攻した場所では、防衛軍に阻まれてしばしば崩れた。だが暫くすると、密集した魔獣がまたやってきた。弓と弩が、雨と泥水の為に、一部では使い物にならない物が出ていた。やがて、堡塁での白兵戦になり、数が多い方が勝つ事になった。


 前方を見ると、そこには泥と水の陰鬱な荒地が拡がっている。そして至るところに死体があった。喉を食いちぎられた帝国兵の遺体と泥だらけの魔獣の死体が、腐敗のありとあらゆる過程を晒していた。堡塁から、後退してきた者達が通り過ぎる。戦友なのだろう、何処からか「ここから先はもっと酷い」と話声が聞こえてきた。


 一退一進の激戦の状態が続く。戦線が膠着化する中、帝都とリューベック河近郊の都市から補給が続けられる。ステファノは、籠城戦を選択した事で一部物資(主に弓矢とバリスタ用の矢)が困窮してきた。物資の補給については、折よく、帝都から派兵された魔法使い達によって補給品が搬入され、さらに魔術結界を部分的に構築できた。防衛側の、負担は一時的に軽くなった。


 時を選ばず、ステファノ防衛軍は、市民や周辺の避難民を、大規模に市から脱出させる作戦を実行し、成功している。しかし魔力不足により度々結界の崩壊が起こり、遂には魔法使い達と共に消滅に至った。だが、その間にステファノから10万人以上が、魔獣の包囲を破り北方に避難する事が出来たと言われる。


 今でも近隣からの避難民も入れて、80万人の帝国民が持ちこたえているが、重包囲下にあり武器の補給の目途が立たなかった。籠城戦で戦闘による兵士の死傷は減り、体力のない一般人の女子供や、老人が犠牲になる事が多くなり始めた。


 魔獣の重包囲が完成しても、市の北部から帝都につながる街道は帝国軍によって、時折突破されている。これが、唯一の補給路で、生命線と言われたステファノエクスプレスである。ステファノへの武器と救援物資の輸送が図られ、包囲網を突破する為の梯団輸送隊と言われるコンボイが組まれた。

 先の大脱出の時、護衛にあたったオルランドのグループはリューベック川近郊の補給基地にいたが、生まれ故郷のこの町を救おうと、この決死の補給作戦に志願している。


 第1次輸送隊は魔法使いの結界魔法の援護を受けながら進んだ。魔獣の重包囲の中であったが、不意を突くことが出来たのか、70台の馬車と400人の護衛をつけた輸送部隊は、17台の馬車を失いながらもステファノにたどり着くことが出来た。

 そして、第2・第3と物資を減らして高速化した輸送隊が編成され、物資を搬入したが半数を失っている。この後、各堡塁が落ち、第一城壁の兵達が最後の抵抗を試みつつある時、第4次輸送隊が全滅の悲劇に会う事になる。


 帝国では、動員令が出され兵が戦線に送られつつある。しかし苛烈な魔獣の飽和攻撃の前には、なすすべもなくステファノ市への援軍は絶望視された。


 オルランド達は、ステファノエクスプレスとして第1次、第3次と輸送補給任務に従事した。第3次終了後、ステファノ以北の周辺都市からは、組織的に補給物資を集める事が出来なかった。止むを得ず、リューベック川南岸の補給所に向かった処で、第四次ステファノエクスプレスの全滅が伝えられた。部隊は再編の為、ケドニア帝国要塞への移動を命じられた。

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