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癒やされたいキャンパー。異世界を癒やしに行く。  作者: カトー
第8章 魔獣の進撃
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ブロージョ街道

 帝国歴391年3の月1日

 ブロージョ市は、ケドニア神聖帝国の南東部、魔獣が上陸した港湾都市メストレの遥か1000キロ北にある。やはり特別行政都市で人口70万である。ブロージョ市は、隕石テロを軽微な損害で乗り切れた都市で、嘗てはブロージュと呼ばれていた。


 メストレからの急報後、直ちにブロージョ防衛軍は警報を発令した。帝都に早馬を出し、周辺各都市に警報を伝えた。帝国、南東軍管区の幹部達が集められて、検討と対策が始められた。まだ、魔獣は遠く南の地に居る。


 だが、二報、三報と続く敗退の知らせに、全市を挙げて魔獣襲来に備え、防衛施設の建設に乗り出す事になる。魔獣は街道を北に向かって来るので、ブロージョ市の西と南側から襲来すると思われた。幸いな事に市の北にあるリューベック川を渡る橋や、市の東側にある港では船舶により自由に行き来出来た。市は、海で北側の諸都市に繋がっている為、完全な籠城とはならず人員と物資の補給があり、持ちこたえる事が出来ると思われた。


 ※ ※ ※ ※ ※


 ブロージョにもたらされた、魔獣襲来の報は大いに驚かされたが、遠く南に有るメストレ市の事だ。まだ、兵士たちの日常は事も無く過ぎていく。

宿舎での兵士の様々な話。

「オイ、聞いたか。ギルドの酒保で、新しい写真と言う物で絵姿が写せるそうだ。値は高い様だが一度やってみるか?」

「司令部に伝令で行った時、写真と言うのを見たぞ。あれは本物の様だった。なんでも白黒写真と言っていたが」

「記念に撮っておこうと言う奴が多いらしいぞ」

「そうだよ。高かったが親友と一緒に撮ったんだ」

「元々、開発局が作戦立案用に作った物らしいが、城壁の櫓にも偵察隊の写真撮影班が顔を出すようになったし。色は着いてない写真だが、一目で様子が分かるので司令部で活用しているそうだ。近々、気球隊にも写真技師を載せて、航空写真と言うのも撮るそうだ」


「では、城壁も後ろに入れて撮ります。皆さんちゃんと並んで下さいー。掛け声で、息を止めて動かない様にして下さいー」

「陣地で写真を撮るのは初めてだ。できたら家に送らないとな」

「1、2、の3。ハイ、動いて良いですよ。お疲れ様でした。現像出来たら、小隊長さんに渡します。3日後に取りに来て下さいね」


「今日は、撮った写真が出来る日だな」

「オーイ、皆集まれ。この間、撮った写真が出来てたぞ」

後方の酒保で預かってくれたようだ。種類は少なく値段も少し高いが、購買が出来るし軽くエールも飲める。酒保での時間は戦場では数少ない娯楽の一つとなっている。

「後方の商業ギルドの酒保からは手紙が出せるらしい」

「便利になったもんだな」

「それに、まとめて送るので日にちは掛かるが、かなり安いらしいぞ」

「城壁での、勤務が終わったら後方の陣地に戻れるから、手紙を書いておいた方が良いかもしれんな」


 ※ ※ ※ ※ ※


 新兵器と言われる熱気球は、 移動は思うままに出来ないが上空から戦場を見渡す事が出来るのは驚異的だった。何しろ軍の移動や状況が一目で知る事が出来るのだ。晴れた日に、高度500メートルまで上がれば80キロ離れた所まで見えると言われる。(スカイツリー第二展望台が450メートルです)遠見の魔法が使える観測員が乗り込めば更に遠距離も可能だ。任務は観測が多く、離着陸場は司令部の近くに置かれ、報告は上空から通信筒によって投下されていた。後には、航空写真も撮られる事になる。


 熱気球は気密性の袋さえ出来れば、中に下方から熱した空気を送りこみ浮かんで飛行が出来ると言う原理だ。空気を暖めて浮かぶ理屈は、説明を受ければ簡単だと思われた。水素は既に知られていたがガスなどの気体を使う気球は、水素ガスの使用の危険性に加え、まだ量産できていないという問題があった。


 開発初期は、気球というより大型の風船に近かった。小柄な魔法使い一人をのせた気球が、森から飛びたち50メートルの高さで約30分間浮かんだのが最初だ。今では明け方の外気温の低い時間を選んで、風魔法で送風される冷気を球皮内に入れる。ある程度、形良く膨らんだところで、火魔法を使用し熱気を入れて浮き上がらせるのだ。


 熱気球は、袋の中の空気を下部で熱し、外気と比べて軽くなり浮力で浮かぶ。乗員は、下に取り付けたカゴに乗る。火力の調整による上昇・下降のみが可能であり、水平方向の移動は基本的には「風まかせ」である。熟練になると風の向きと高度で、進みたい方向もある程度選び飛行する事もできる。


 熱気球の滞空時間は、魔法使いの能力に左右される。空中での火力維持と燃料供給の難しさから、火魔法師が主流となった。熱源となる燃料は火魔法を使用しており、飛行時間と荷物にもよるが、フライト1回で魔法使いの1日分ぐらいの魔力と言われた。強風で無ければ昼の間中、浮かぶことが出来た。夜は距離感がおかしくなるので衝突防止の為に原則飛行禁止とされた。


 防衛軍に配備された熱気球は、細めだが強いロープで地上と接続されている。構造を簡単にするため、本来あるはずの頂部の空気弁がないし、計器類もない。高度は引っ張られたロープ次第である。通常ゴンドラは、籐を編んで軽くなるよう作られており、補強のためにロープや布などが編み込まれている。底部は籐で編み込む構造なので、着陸時にはバネ代わりになり衝撃を吸収できた。そのサイズは、平面で1m四方になり2人乗りと1人乗りがある。1人乗りの小さな機体ではハーネスで乗員や機材を吊っただけの物もある。


 材質は絹地に近い布で出来ており、軽く薄くするために、しかし漏れないように芋から採れた、きつい臭いの汁を塗られた。そのため飛行するごとに、気密コーティングや素材の強度が劣化していく。エンベロープ格納時は、空気が抜かれればカゴに収まるくらいになる。搭乗者には、ヘルメットやパットなど衝撃緩和具の着用が求められた。これ以降も改良が進められ、風魔法を使い、方向の制御が出来るようになると飛行船を生み出す事となる。飛行船は未知の土地へと、その活動領域を広げていく。


 ※ ※ ※ ※ ※


 帝国歴391年4の月11日

 ここはメストレを離れる事、北に1000キロ。帝国の南東海岸でリューベック川の河口になる。俺は、ブロージョの町で帝国軍の中尉をしている。第二城壁からせり出すように付け加えられる、建設中の対空対地防衛塔に出向中だ。任務は対空監視である。空飛ぶ魔獣が確認されてから急遽、帝都ヴィータから防空気球中隊が進出したのだ。


 通常型気球8基、防空型気球15基、各予備3基からなる中隊はブロージョの港湾施設を中心に配置されている。中隊は1年半年前に実験小隊として編成された。気球は、偵察に力を発揮する最新兵器で初めての実戦配備となる。やがて、飛行船が大空を自由に行き交う事になるだろうと、開発局の博士が言っていた。


 尉官として帝都で防空気球中隊に着任して1年半、部隊の運用と訓練に勢を出した。その内、半年は観測実習と降下訓練だ。通常型気球は原則2人乗り(1人が火魔法を使うか、術師がペアになる。重量制限が有る為、小柄な女の子が多い)で非常時はパラシュート降下する。そのため3カ月は大型気球から飛び降りてばかりだった。

(夜間降下訓練はもうやりたくない)


 兵と違って城壁内の常駐ではなく、出向中だったので第二城区内の下宿屋からの通いだ。

(マー、士官として普通の出来だと思うが、風と遠視の魔法が使えるのは有り難い。イリア王国では、魔法が少しぐらい使えても士官になれないそうだが帝国では優遇される。とは言っても今晩から丸2日、54時間の連続勤務が始まる)


 簡易鉄道とも馬車鉄道とも呼ばれる軌道馬車は、帝都ヴィータに遅れる事7年。鉄道馬車は、運転区間が全長140キロ程あり、市民の移動はもちろん貨物の運搬にも一役買っている。鉄道の駅は市内各所を繋いでいたが、やっとブロージョ城壁内の設置を終えて、郊外にレールを伸ばして運行している。いつもより早めだが、馴染みになった改札の婆さんに小銭を渡す。

「これからかい?」

「ああ、南から魔獣が来るっていうんで呼集されたんだ」

「へー、魔獣がね。ご苦労さんだね。頑張っておくれ」

「ん、婆さんもな」

(おっと、財布から転がり出た小銭を拾って渡す。馬車は一リーグたりとも負けてくれないからな)


 夕方なので、定員以上の乗客を乗せている。上り勾配の、橋に近づくにつれてスピードを落とし始めている。乗り合わせたほとんどの者が勤めを終わり、第一城壁の外にある新市街ともいわれる住宅地に帰っていく途中のようだ。


 突然、周りが照らし出された。馬車の前方で何かが空を横切っていく。あれは気球だろうか? ゆっくりと坂を上る馬車の中が騒がしくなる。女の押し殺したような悲鳴も聞こえる。

「気球だ。落ちるぞ! 気を付けろ!」

思わず身を屈めてしまう。100メートル程先の、住宅に突っ込んだみたいだ。

「大変だ。助けなくっちゃ」

その時、同じ方向から明るい何かが飛んでくるのが見えた。最初、良く分からなかった。分かりたくなかったかもしれない。いや、頭では分かっていたんだ。

「ドラゴンだ! ドラゴンが飛んでいるぞー!」

軌道馬車に、向かって来る。早く逃げなくちゃ。止まっている馬車から、飛び降りて橋の方に駆け出す。3、40メートルのドラゴンがやって来る。後、少しで川だ。足がもつれて前に進めない。ドラゴンが口を開けて炎の塊がやって来る。

「そんな、何故ドラゴンが? 魔獣は南だろ?」


 土手に駆け上って見回す。不思議だ。ドラゴンは町を守るかのように、ワイバーンと戦っているように見える。ワイバーンは、魔獣の先兵としてやって来たのだろうか。ドラゴンが、火炎をまき散らしてあっという間にワイバーン達を墜としていく。さっきの気球は、燃えるワイバーンが当たったのだろうか? 


 しかし、ワイバーン達もやられっ放しでは無かった。仲間を呼び寄せて、次々にドラゴンに向かって行く。ワイバーンの一匹が、ぶつかったらしい。流石のドラコンも苦戦を強いられたようだ。ワイバーン達を、随分と墜としたのだろう、向きを変えて飛び去って行った。


残されたのはワイバーンの数十の黒焦げの死体と、それを見たブロージョの人々だった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 ドラゴン (駆逐タイプ中型ドラゴン第二世代)の話

西に居る大きくて、賢そうな龍とたまに話をする。一緒になって空を飛んだ。楽しかった。


 先に生まれた子が、南の島に行ったきり帰って来なかった。南の島には人間が作った生き物で、随分と数が多い空飛ぶ獣がいて、敵対しているそうだ。あんなの、火炎を吹けば、一息でまとめてやっつけられると言っていたっけ。南の島に有る、元居た巣に帰るのが好きな龍で、いつも暑い季節に行っていた。どうしたんだろう。

 いつも話してくる、西の龍も気にしてた。一度、元の巣に行ってみようかな? 


 仲間を探しに、お家から東にズーと飛んで、海に出たら 南に またズーと飛んで生まれた場所だ。意識が遠くなる。頭の中の人の声が、大きくなると私は眠くなる。


「……状況開始……」

我、発見す。タンゴ・ユニフォームを発信。応答なし。

索敵モードに移行す。


ブロージュに接近中。

敵味方識別装置作動。応答信号のパルス列、符合せず。

敵テロリスト集団の戦闘部隊と断定。

52機と確認。


迎撃モードに移行中。

急加速、攻撃位置に移動。

付近に友軍機なし。単機による攻撃力アップを要請。


極大広域火炎魔法準備。

空対空魔力弾の発射警告識別コード確認。

射撃指揮装置セフティーを解除

火器管制装置の主スイッチ。マスターアーム・オープン。

LEFT 方位修正。良。

ADD 射距離修正。良。

DOWN 魔力弾の破裂高度修正。良。


フォックストロット……、ロクンロール! 交戦を開始する。

極大広域火炎魔法弾発射。

敵機破壊、多数。撃破確認。

残機あり。次弾、発射要請。

エネルギー補給不可の為、火炎攻撃に変更。

火炎攻撃、許可。


衝突警報 緊急回避せよ。FOX4を警告!

体当たり攻撃発生。翼、先端に敵機衝突。

 

小破判定:戦闘継続可能。基本的機能に支障なし。

撤退を勧告。


「……状況終了……」


 ※ ※ ※ ※ ※


船員の話

「おい、聞いたか? あの話」

「聞いたよ。酷い話しだね。港まで、もう少しだったんだろ」

「見てた船員の話じゃ、追い詰められてなー。今でも夢に出て来るそうだ」

「子どもを抱いて女達が、岬の峠から飛び降りるんだからな」

「魔獣に、生きながら食われるよりは、ましかもしれないけど」

「小さな港町じゃ、城壁なんて無いからな」

「それでも、崖から飛び降りるのはな……」


 ※ ※ ※ ※ ※


 メストレ・ブロージョ間の1000キロには村や町・小都市等が点在している。海路と共に海沿いのブロージョ街道は人々の暮らしを支える重要なインフラである。今その街道は、物資を運ぶ為では無く魔獣の襲撃を知り避難する人々で溢れている。


 この1000キロに及ぶ、南部穀倉地帯には城壁を備えた都市は少ない。そして城壁の無い場所に、逃げ込んだ人々の運命は決まっていた。いくら柵や坂茂木で守ろうとも、城壁さえない村や町では、警報を出す事も出来ず消滅していく。ここでもメストレと同じ、攻防と悲劇が繰り返された。最後の兵士が倒れ、人々の営みが消える。まさに消滅するという言葉が正しく思われた。


 港湾都市のメストレが失われた。ケドニア神聖帝国・帝国要塞を除くと、帝国南部では三重の城壁を備え防備が厳重な都市で、残るは特別行政都市のブロージョ・リミニ・ステファノの三都市である。人々がリミニとブロージョに分かれたように、魔獣の群れも追いかけるように二手に分かれた。


 辛うじて逃れた人々は100、200と数を増やして何万人となりブロージョ街道を北に進む。魔獣はその地域を奪うと、食べ尽くすまで暫くの間、留まる様だった。3年に渡る、豊作が続いた食糧と、逃げ惑う人々いる間は。


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