癒やしの魔法使い? になった。
帝国歴391年4の月14日
話しは、4日前の14日の事である。テランス大佐が、語り出したのはリミニ於ける、魔獣の統制された最初の総攻撃だった。
「ロングボウ! 前進せよ!」
「ハ、第一ロングボウ部隊前へー!」
1個部隊・総勢102名・指揮官1名・射撃誘導観測員1名の5個の部隊・610名は前進を開始した。城壁から張り出している堡塁に向かうべく待機している。今回、急造ではあるが迎撃に使用できる、五か所の堡塁が設置されている。出撃命令が出され、それぞれに部隊が移動していく。
「堡塁に進出、攻撃準備!」
「射撃用意」
「警戒部隊は対空警戒を厳にせよ!」
既に堡塁と城壁上にはワイバーンやカラス型の魔獣に備えてバリスタに矢が装填されて対空警戒に当たっている。堡塁と城壁にある、ロングボウの射撃位置は高所にあって広範囲の魔獣を狙える。堡塁と城壁、それに平地の高度差を位置エネルギーに加え、山なりの弾道は遮蔽物に逃げ込む魔獣を攻撃する。大きな角度で落下してくる矢は破壊力も強力だ。一斉発射のタイミングは、ドラムと笛によって知らされる。
「射撃誘導観測員、観測試射を行え!」
「誘導位置確認。着弾位置確定。風量風向測定良し。射撃諸元、効果判定準備良し」
「これより、一斉射を行う。斉射は六回。対魔獣戦、第一射用意。鼓笛隊、連打開始」
「放てー!」
射撃量は通常1分間に6射~10射。今日は訓練では無く、間接射撃とはいえ確実性を上げる為に、ゆっくりと最初の六射の号令がかかる。一分間に精々2射の弩には出来ないマネだ。
先遣隊と思われる魔獣の突撃が始まる。やはり力攻めだ。堡塁と城壁の前面には、川の水によって堀壕が作られている。ダークグレーの雲海の如く押し寄せる魔獣も、土塁と馬防柵により一方向に進路を誘導されて、キルゾーンに入り込む。 ロングボウが、凡そ、400メートル離れた魔獣の集団を狙う。最大射程が550メートルのロングボウ600張は、数を揃えての面制圧が出来る。待ち構えた、ロングボウの制圧射撃が始まる。
「着弾。今!」
「着弾良好。続けて効力射を要請」
「良し。突撃破砕射撃開始!」
堡塁と城壁から放たれる矢は高度差による威力も加わり、矢を弾くと言われる革を貫き、魔獣を次々と傷つけて行く。予定の6射が5回放たれる。都合、30射を終えると各射撃位置から第一城区へと後退する手はずだ。文字通り、雨の様に矢が30分ほどの間に降り注ぐ。
矢が空中に有る間に次弾が放たれる。突撃してきた魔獣の群れに18000の矢が撃ち込まれる。撃ち込まれた群れは、忽ち総崩れとなった。
それでも、魔獣の闘志は衰えていないと見えて、キルゾーンを抜けた僅かな魔獣が近づいてくる。行く手には、そそり立つ堡塁がある。基部から少し上の場所には逆茂木が植えられ、巨木の板根の様に伸びた城壁の上からは、弓狭間より繰り返し弩が放たれている。魔獣の持つ機動力も役に立たず、魔獣の命運は尽きたも同然だ。
魔獣の第一波は退却しつつある。結局、魔獣は10000~16000匹を失って完敗した。しかしその夜、新たに加わった魔獣により、南を中心に薄く取り巻いただけの包囲は重包囲となり、翌日からは魔獣の完全包囲下にある籠城戦となった。
翌朝の攻撃は、昨日とは打って変わって力攻めとは言えない物だった。ワイバーンやカラス型の魔獣が、群れを作りながら第一城区めがけて突入してくる。迎撃するバリスタの矢をかわして、第一城区に辿り着く魔獣が多く出た。ワイバーンが、小型の魔獣や狼の魔獣を、その爪に掴んでいる。
投げ入れるように、魔獣を降ろしたあと反転して、帰りがけの駄賃と言う様にバリスタに攻撃をかける。投げ込まれた、魔獣達が走り出す。不意を突いて侵入した魔獣は、兵のみならず市民を殺戮し始めた。
魔獣が一部とはいえ、第一城区の守備兵を倒し、背後から第一城区の補給路が分離される様な事があると、第一城壁の防御機能を著しく低下させる。もしも、切り崩される様な事が有ると、弓兵達が作り出しているキルゾーンを抜けられる。
その頃、図ったように魔獣の第二波の攻撃が始まった。まるで、援護をするように。弓狭間越しに迎撃する者を除き、侵入した魔獣の掃討戦が第一城区で行われる事になった。空飛ぶ魔獣が、魔獣を掴んで奇襲攻撃を行うとは、まだ考えられていなかった。
不幸な事は重なる。奇襲を受けた第一城区の者は、普段使いの小型ナイフしか持っていない。本来の力も発揮できず、次々と魔獣の牙に倒れる。僅かに、武装していた当直の兵が急行する。
投げ込まれた魔獣と正面から戦う為、次々と傷ついて行くが、やがて武装兵が魔獣を押し返し始めた。だが、魔獣が投げ入れられるのが止まった訳では無い。一息つく暇もなく、侵入した魔獣が暴れ出す。
流石に、侵入した魔獣だけでは混乱を引き起こしただけで、数時間後に鎮圧される事になった。だが、この奇襲で魔獣は49匹を投げ入れる事に成功し、守備兵は1000人以上が負傷し、107人が亡くなる事になった。残念な事に、この世界の医療技術では死者は日毎に増えていくと思われた。
※ ※ ※ ※ ※
僕たちが訪れた、第一城区の教会前広場には、多数の負傷者が寝かされていた。先日の魔獣の激しい奇襲攻撃によって、出たものだと言われた。治療テントの前には、トリアージされた重症の兵が寝かされている。広場から、はみ出るほどのケガ人がいるようだ。
広場とは言え、さすがに日よけを兼ねた雨避けテントが張られている。医薬品が足らず、軽傷者は治療を待っている状態だ。少将達に、負傷者を癒やしの魔法を使って、治療してほしいとお願いされてしまった。
エミリーと中央のテントに進む。中に入り、大佐にまぶしい光が眼を痛めるので、負傷者、医療スタッフ共々、目をつむる様に命令を出して貰う。皆、素直に応じてくれる様だ。効果の事を考えて、魔石・大を取り出す。この広場、およそ直径100メートル。何とか、いけるだろう。
魔石を据えてローブをすっぽり被ったら、防御結界がローブで作りだされ姿が見えなくなる。カトーには、魔法が効かない。エミリーはすかさず隣に立った。
(エミリーさん、こんなに近ければ立ち位置は、あまり関係ないと思うのだが)
無くなった血は関係ない。時間を戻すような魔法。虹色の大の魔石を使用。他の色の魔石・大より属性が合っているのだろう1・3倍の効力が加わる。1年前の肉体が戻る。おまけに気分は良く、体力は絶好調。
発動すると、魔石がまぶしく光輝いた。
(あまりに多い負傷者を見て、思わず力を込めて、治れーと念じてしまう。いつもなら無詠唱だが、この時は声が出ていたらしい)
「おい、何かおかしくないか。気分が」
「軍曹殿、自分はもう元気であります。目もちゃんと見えます」
「動ける、動けるぞ。足が動くんだ」
「私、もう大丈夫。起き上がれるわ」
「腕のケガが治っている。これで、戦える」
「指がある。あぁー弓が引ける」
「俺は、もう駄目だと思っていたよ。それなのに元気一杯の気がするぜ」
「先生! この患者、息を吹き返しました。生きています」
広場の中にいた者はもちろん、広場からはみ出ていた人々も驚きの声を上げる。
「奇跡だ……」
どこかで、聞いたようなセリフが繰り返される。この広場は、直径100メートルであるが、結果として魔法は150メートルの球状に効いた。広場を囲む家々では、疲れて倒れた医療スタッフや、応援してくれた市民の仮眠所などもある。防衛戦の最中である。兵や市民も、ささいな傷や痛みで看護員を煩わせようとはしない。
流石に、手や足は戻らなかったようだが、欠損した指や耳などまでが生えて来たそうだ。傷が治り、打撲等の跡もないと報告があがった。にわかには信じられないような報告だったが、その医官達も疲れが無くなり、体調が回復していると驚いていた。
(小さな欠損なら治るって! 癒やしの魔法も効力が上がっているー? マ、何はともあれ医療関係者は皆、疲れていたろうからね。お疲れ様)
「勢いで、やってまったなー」
「ウフ、1年、若返ったわ」
あの教会から約100日? 確か19才か20才でしたかね。
エミリー・ノエミ・ブリト・ロダルテさん。今回、教会と合わせて2度ですから2才若くなりますよ。今18です。僕は12才のままだけど。だとしても、変なこと考えないで下さいよ。
「ウフフ、カトーと同じ年まで6回か。狙っていいかもな」
(エミリーさん、心の声が漏れていますよ)
癒やしの魔法使いの伝説が始まった。
※ ※ ※ ※ ※
リミニで、熱烈な感謝と見送りを受けて飛び立つ。この後は、ステファノを見て要塞へ帰還する予定だ。思いは、ちょっと複雑だ。一応、最初に魔獣が上陸した港湾都市メストレの偵察を考えたが、ワイバーンとカラス型の魔獣の事を知って、行くかどうか悩んだ。結局、王国に現状を知らせ、対策を施す時間を得る為に引き返す事にした。
せめて、王国の影に情報を知らせなければ、王国も動きが取れないだろう。残念だが、魔獣の大群に対して、空飛ぶ絨毯では戦闘力が無きに等しい。
「エミリー、ステファノだよ」
感謝は正直嬉しかったが、魔獣との戦闘の結果を目の当たりにして、2人とも気分は落ち込み気味だった。
「そうか、早かったな」
ステファノ城に着陸した僕たちは、今回も少将の証明書によって事なきを得た。ラウル・ドミニク・ゴーチエ少将達に面会を申し込み、要塞と、先ほどまでいたリミニの事を伝えた。要塞と、リミニでの儀式が繰り返される。リミニでの事が連絡書と言う形で司令官カンタン少将から、書き加えられていた。面会後には、非常に歓迎される事になる。
特別行政都市ステファノ防衛軍は、95000名で編成されているそうだ。ラウル・ドミニク・ゴーチエ少将の旗下に、アダン・ルネ・エドゥアール・モルチエ大佐、テランス・バティスト・ジョフロワ・アレ中佐、等の面々に魔法攻撃大隊が加わる予定だそうだ。
以下は、第一王子に報告する内容だ。イリア王国の影に出来るだけ早く知らせなければならない。
ステファノ市は、人口60万の特別行政都市でリミニ北部にあり、帝都ヴィータとの中間にある。魔獣の侵攻に遭ったリミニと同じく、近郊の人々の避難の受け入れ先でもあり、数も増加している。
ステファノは三重の城壁と堀を備えた、平野部にある小高い丘の上に築かれた城郭都市でもある。魔獣に対抗する為の築城も行われており、籠城に必要な食糧や様々な物資の確保も順調に進んでいる。また、豊富な伏流水の為、水不足の恐れは無い。
ステファノ防衛軍は、リミニを真似て城壁に外付けされる形の八個の堡塁も建設を進めている。次第にステファノも、難攻不落の城塞都市の顔を見せつつある。都市の北部の川を利用して堀を作り、市に続く街道にある橋も、いずれ全てが落とされる予定だ。ステファノ城は、やや小高い丘を利用して城郭が作られていた為、平野部の城としては防御力も高いと言われている。
城からは各城壁に地下道が縦横に作られている。兵員の移動と場合によっては、城区に侵入されても背後からの攻撃も可能な通路が作られ始めている。城壁の各所に設けられた櫓は、物見や弓矢等の保管や備蓄所を兼ねている。カラス型の魔獣に対する防御施設として、屋根を城壁上に張り出し、平櫓の様になっていた。水は丘という事もあって、深くまで井戸が掘られている。
そして、ここステファノでも、3年に及ぶ豊作は倉庫にある備蓄を溢れさせ籠城の備えも十二分と言えた。各都市、村や町にも食料が十分にあった。
後詰めの帝国軍が、到着するのは何時だろう? 帝国の道路事情はイリア王国より良いと言われているが、魔獣の急迫により、結果的にはリミニとステファノは籠城を選択せざる得なくなっている。
もちろん、今も補給や戦闘の合間を縫って、非戦闘員の脱出が続けられてはいる。豊富な備蓄が有るとはいえ、100万の人々が食料を必要としている。
東の港湾都市ブロージョに向かうおびただしい魔獣も見つかっている。果たして、籠城を選んでいるリミニとステファノ。いや、帝国南部は人が生き残れるのだろうか?
リミニ、ステファノと、続いて帝国の現状を見た。僕たちは、司令部の面々と別れを惜しみ、ケドニア要塞に向かう事にした。ステファノを飛び立つ時に、古老達が空を見上げて話していた。たわいもない言葉が、妙に頭に残っている。
「まだ、雨期の前だが今年は雨が多そうだ」と、




