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癒やされたいキャンパー。異世界を癒やしに行く。  作者: カトー
第6章 要塞の秘密
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南下、リミニ偵察行

 帝国歴391年4の月9日

 魔獣侵攻中の、リミニへの南下を希望する旨を伝えてある。最初、司令官のラザールに親身になって危険な行動だと止められた。

「一国の公使たる方を危険と分かっている所に送る事は」

「私の公務ですので」

「帝国としても外交官の命を、危険にさらす訳にもいかないのです」

「そこを何とかなりませんか」

「おまけに、貴殿はイリア王国も認める希少な魔法使いだと言うではないですか。誰か他の者を使わしても良いのでは?」

「無事に魔石をお渡し出来たので、次の任務は南下して魔獣の動きを知る事なんです。可能なら、この目で魔獣の侵攻を目にしたいと思っているんです」

「それはー。今少し時間をかけて検討させて下さい」

「では今日の処はこの辺で失礼いたします」


「エミリー、どう思う?」

「司令官としても、魔石の援助を受けたので強くは言えないのは分かる」

「エミリーもそう思うよね」

「すんなりと許可を出すのをためらっている様に思う。あと一押しと言う所だな」

「もう一度、お願いするか」


「ラザール司令官、偵察行の事なのですが」

「えぇ、特使殿のお気持ちは変わらない様なので、今に至る現状をご説明させましょう。マルタン大佐、頼む」

「ハイ、では分かっている事は多いとは言えないのですが」


 メストレの最後の知る事が出来た。マルタン大佐が僕らを部屋に呼び、何が起こったか教えてくれた。それは非常にゆっくりと、そして奇妙な事に、静かな話だった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 帝国歴391年1の月18日魔獣が上陸した。風が吹いた日だった。人口50余万の港湾都市メストレは、行き交う船も多く繁栄していた。築かれた城壁が延々と続く。海岸線に沿って造られた壁は、その朝までは人々を守っていた。


 メストレの城壁は、第一城壁(胸壁高さ5メートル幅2メートル)、第二城壁(外城壁高さ15メートル幅3メートル)第三城壁(内城壁高さ22メートル幅6メートル)と、帝国の基準より少し上乗せして作られていた。


 最初に異変に気付いたのは漁師達だ。その日、水平線に1本の黒い線が引かれた。海の色が変わり、黒いうねりが押し寄せて来た。魔獣が襲来した。不意を突かれた第一城壁の港の扉は、閉じる事が出来なかった。帝国軍から魔獣の来襲が告げられ、港の近くの人々は、聞くに堪えない悲鳴を聞いたそうだ。


 第二城区の人々は、逃げ遅れた第一城区の人々の身を案じながらも、巨大な城壁は破る事はできないだろうと思っていた。しかし、城壁は維持に金がかかり、人々は、城壁さえ通行の邪魔と思うようになっていた。繁栄の中、城壁の修理や改修がなおざりにされていた。


 帝国歴391年1の月18日午後。魔獣は、港を食い尽くし進路を市の中心に向けた。そこにはいく手を阻む、そそり立つ城壁や円滑に動くはずの落とし橋に、深い堀があるはずだった。しかし何年も補修されず、動くはずの物が動かず、有るはずの物が無かった。兵達は溢れ出て来る魔獣を見て、覚悟を決めた。そして彼らは、十分にその職責を果たした。


 メストレの商業ギルドには秘匿された通信技術がある。通信は一方通行だった。その日行われた通信は、定時連絡では無く、決められた手順も無視されていた。

「危険 危険 危険 、獣 獣 獣」 「危険 危険 危険 、獣 獣 獣」 「危険 危険 危険 、獣 獣 獣」

3度繰り返された文以外は、何もなかった。後に「恐怖の3連送」と呼ばれる帝国が初めて受けた警告だった。


 大型の狼に似た魔獣や、サーベルの様な牙の生えた猪が姿を現した。その夜、第二城壁の門の前にいた、魔獣達が吸い込まれるように地面に消えていく。魔獣達は、城壁の下を通る下水道から這い上がって来た。かがり火が倒され火の手が上がる。消火しようと踏み止まる人も魔獣に倒される。


 第二城区が、魔獣に進入された事を知らない門兵が、炎に逃げ惑う人々を救うべく第三城壁の城門を開ける。そこには、魔獣が待ち構えていた。


 魔獣は、この時点で20万とも30万と推測された。圧倒的な数は悲劇を生んだ。狼の魔獣は数が桁違いだった。兵たちは突撃されたが、町を守るため、家族や友人そして見知らぬ者の為に、人々が逃げる僅かな時を作る為、その身を顧みずその場で踏みとどまり、敵を減らし続けた。


 第三城壁が落ちた後、最後の兵達がメストレ城に引いた。城区の孤立した人々は、教会に立て籠もった。帝国でも、教会は籠城できるよう工夫がしてある。石作りの堅牢な施設は、防戦の場所として機能した。鐘楼は櫓として、会堂の窓は矢狭間となり、壁は厚く出入り口は頑丈だった。立て籠もった人々は、老若男女を問わず武器を持てる者は戦闘に出て力を尽くした。が、すべてが失われた。


 メストレ城の、最後は知られていない。だが、この未曽有の危機を知らせるべく城から伝令が仕立てられた。2組は北のリミニへ、2組は遥かに離れたブロージョに送られた。

 彼らを逃がす為、城に籠城した多くの兵が倒れた。伝令達は振り返る事を許されなかった。城は、教会と同じ運命を辿ったと思われた。


 近郊には農村や小さな町がある。城壁と守備兵でも守れぬものを、止められるはずもない。村は、そのまま餌場となった。逃れる事の出来た人々は、街道沿いに北へと避難を開始した。


 メストレは、魔獣が最初に上陸した都市として名のみが残った。だが、名も無き人々の果敢な防衛戦により、生存者はリミニに逃れる時間を得た。魔獣はメストレを蹂躙後、避難民を追ってリミニに移動する群れと、東部海岸沿いに北上する2つの群れに分かれた。


 ※ ※ ※ ※ ※


 ラザール司令官の許可がようやく出て、10日には南下して偵察行動が出来るようになった。活動が少しでも楽になるようとマルタン大佐が、有難い事に身分証明の書類を作ってくれた。渡される時に、命の保証は出来ない旨を再度告げられて南下の許可をもらえた。この許可が出るまでの7、8、9の3日間、時間をやりくりして地下のホムンクルス達の下にも通った。魔石の事も有ってなのか、かなり自由に動けた。


 司令官達に、要塞下部の秘密を打ち明けるにしても先の事と思っている。エミリーも、やはり同じ意見らしい。早くても南下して、偵察行を終わらせてからになるだろう。第一王子セシリオ殿下との約束通り、魔獣侵攻状態の偵察と、帝国の対魔獣戦を見る為に、要塞の事は、一端、考える事を止めた。考える時間は必要だ。


 この間に、始めて帝国の儀礼式典を体験した。それは、ラザール司令官達が、魔石を割譲してくれたと言うせめてもの返礼の気持ちという事で取り計らってくれた。そして今、僕たちは要塞の正面入り口で、イリア王国のカーネーションと剣の国旗と、ケドニア神聖帝国の王冠に百合の花の国旗を後ろにして、帝国音楽隊の演奏を聴きながら歓迎の礼を受けている。


 30分ほどの式典だったが、音楽にあわせて正装した司令官達とエミリーと僕がゆっくり歩いて行く。マチュー少佐が指揮する、1個中隊200名が堵列とれつしている。式典の最後には、並んだ大勢の兵が目の前で拍手をし始め、口々にお礼を言われた。

(感激したけど。まぁ、旅の服装のままなのは、許してもらえるだろう)


 帝国では、音楽隊は軍制改革後、しばらくしてから作られたそうで、行進曲風?の演奏をして人気を得ている。初期の音楽隊は音楽好き?の兵が、太鼓と縦笛で始めた物と聞いた。鳴り物は、指揮官の命令を兵達に伝える為に昔からあり、高音の出る笛や、歩調を取りやすい太鼓のリズムから発展したようだ。尚、音楽隊は一斉射を行う弓隊に必要不可欠で一番多く属している。


 軍楽隊は皆と同じ訓練をした後、僅かな自由時間を練習に宛てるらしい。もしもの場合は、みんなと一緒に前線に出る。確かに、士気高揚が狙いだったかも知れないが、今では地元の民謡? を用いた曲(まだ、楽譜は無く耳で覚える物だそうだ)が多く、人気になっているのも良く分かる。


 イリア王国では、単調な教会音楽や吟遊詩人の即興曲しか聞いた事が無い為、随分と新鮮に感じた。王都の店で流している、チャントやクラッシックも良いが、地元の曲と言うのは聞く人に馴染みが有るだけに、感動させるものらしい。


 ※ ※ ※ ※ ※


 帝国歴391年4の月10日  

 今、魔法の絨毯は、要塞を飛び立ち南へと進路を取っている。要塞での事は、思いの外重い話しだった。メストレの話もホムンクルス達の気持ちもわかる。帰りまでに少しでも考えておこう。

「カトー、気持ちを集中しないとケガをするぞ」

 さすがに、軍務に就いた事のある者は違う。エミリーに言われて、ちょっと恥ずかしかった。いよいよ、魔獣と対面する事になる。


 報告に有ったように、魔獣は港湾都市メストレを壊滅させて、二手に分かれたらしい。僕たちの第一目的地はリミニだ。行程は、要塞から南のステファノまで300キロ。さらに下ってリミニまで、また300キロ。合わせて、600キロを南下する事になる。


 途中に有る、村や町は魔獣襲来を知ってか知らずか、遠くから見る分には何も変わりが無い様に見える。しかし、近くによれば人々は忙しく避難の準備に追われているのを見る事だろう。位置確認を兼ねて、要塞から150キロ位、四時間程とんだ所に有る小さな町の街道近くに降りる事にした。


 丁度、町に続く街道を歩いている2人の商人風の男達がいる。空飛ぶ絨毯を少し先に降ろして、警戒されない様に2人を待つ事にした。見た目は少年と、若い女の冒険者なのだからね。大丈夫だと思う。

「こんにちは、この先はエルコラーノの町ですか?」

「いいや、ソレンだよ。エルコラーノはもう少し北だな」

「あんた達は、何だね?」

「イリア王国の公使です。今、リミニに向かっている途中です」

「公使様ですかー? 疑う訳じゃ無いけど、なー」

「そうですよね。じゃ、これを見て下さい」

 要塞司令官のラザールの、証明書と通行許可証を2人に見せると納得してくれたようだ。副官のマルタン大佐が、持たせてくれたのが役立った。


「公使様達、知っていると思うけど、魔獣がリミニまで押し寄せて来たそうだよ」

「ハイ、聞いてます。それを調べに来たんです」

「ヘー。そうかね。ご苦労さんだね」

「マァ、仕事なもんで」

「俺達も、予想より早かったという話を聞いているよ。それで、商業ギルドからの知らせを、ソレンに持って行く処なんだ」

「あぁ、こんな事あんた達に聞かせてもしょうがないが。食料だけでなく、みんな焼き払えと言う命令が出たそうだぞ」

「何でも、ギルドでは焦土作戦と言っていたな。魔獣の役に立ちそうな物は、何も残すなと軍からの、きついお達しだ」


 ここら辺では、魔獣からの強制避難と焼き払いの命令が出ているらしく、村や町で泊まれそうな所は無くなっているそうだ。客を泊めれるような宿は、ステファノ市まで行くしかない。避難先も城壁のあるステファノ市か、それ以北になっている。ステファノの宿も、避難して来た者で満員らしい。宿探しに行っても、無駄足に成るかもしれない。と教えてくれた。

「リミニも大変らしいから、気を付けて行くと良いよ」

「お互いに、気を付けて行きましょう」

「あぁ、そうだな。公使様達、お2人も元気でな」


 結局、ステファノ市に行くのは後回しにして、事態が進行中のリミニ市まで南下する事にした。再び、飛び立って予定の300キロを南下してきた。リニミまでは後1日、今日と同じ300キロちょっとという所だ。そろそろ、本日の野営地を探す時間だ。魔獣は、まだ来てないと思うが土魔法の壁をしっかり作っておこう。寝ている時に、襲われるのは嫌だからねー。


 帝国歴三百九十一391年4の月13日 

 地図通りなら、やがてリミニが正面に見えてくるはずだ。特別行政都市のリミニは、王都ロンダと同じ直径20キロを超える巨大都市だ。街道を南に下っている。後、7時間程で市の外延部が見えてくる予定だ。時速40キロ、朝出てから順調に飛行している。お昼を過ぎる頃、リミニに着けそうだ。


 4の月とは言え、風は冷たいので高度を一端150メートルに落として進む。天気が良ければ45から46キロくらい先に城壁が見えるはずだが、今日は薄曇りで視程はそんなにない。


 特別行政都市のリミニまで、後十キロ程と近づいた。近づくにつれて、街道を北のステファノ目指して進む、避難民が姿を見せ始めた。薄っすらと、巨大都市の城壁が見える。既に魔獣が、第一城壁を包囲しているそうだ。気の毒に、市からの脱出は困難を極めただろう。

 魔獣達も、当然追いかけたようだった。だが、北を流れる川あたり、ちょうど五キロほど離れると諦めるのだろうか? 不思議な事に、命令でもされたかのように、包囲している群れへと引き返すような感じを受けた。

 

 始めて見た魔獣の群れは、大きな1枚の濃いグレーの布だった。それが、広大な平野の中で、ポツンと唯一色のあるリミニ市を包んでいる。

「あと少しでリミニに着く。一度、地上ぎりぎりまで降下して魔獣を見よう」

「ホント、色が無い世界だね」

「魔獣が、吠える声や嫌な臭いがするな」


「カトー、左手を見てみろ。大きいなー。人ほどのカラスがいるぞ。ワイバーンよりは小さいが群れているな」

「あんなのが、数百とかいっぺんに飛び立ったら、目の前が壁の様になるね」

「高度を上げた方が、良いだろう」


 高度を上げて様子を見る。リミニを大きく周回する事にした。初めて間近に見る、帝国の特別行政都市の威容に圧倒される。流石に、巨大都市といえるリミニだ。都市の背後にあたる北側には、30メートル以上の川幅がある、先ほど見たマレッキ川が流れている。この川を利用して、掘割の導水を工夫したのだろう、防御力の高そうな水堀が出来ている。


 王都ロンダと同じ三重の城壁であるが、南に面して5つの堡塁と楼や水堀が加わり、その重防備は城塞都市の名に恥じない。ただ惜しむらくは、城郭と呼べる城はないと聞いている。その代わり第三城区内に有る、堅牢な石造りの市庁舎が城の代わりとなっているとの事だ。


「エミリー、着いたみたいだけど。魔獣がぐるりと取り囲んで居るよ」

「そうだな。こうなるとマルタン大佐言っていたように、市内に着陸するしかないな。第三城区に、市役所が有ると大佐が言っていたが?」

「じゃ、あれだね。エミリー、高度を上げてあの建物の上に出よう」

 エミリーが、繰り返し言っていたワイバーンを注意して、高度をやや高めの400メートル程に採る。着陸地を決める為、小さく旋回を始める。


「魔獣と間違えられて、撃たれるのは嫌だなー」

「要塞と同じ様に接近するか?」

「それが良いよねー。風魔法で、声が届けられる所まで行くんだよね? 念のため、プランBを用意しておいて良かった」

「プランBって何だ?」

「降りてから、絨毯の裏を見れば分かるよ」


「上手く行ったね」

「何時の間に、ケドニアの旗を手に入れたんだ?」

「司令官にリミニに行くと挨拶に行った時だよ。魔石のお礼にもならないと恐縮されたが、何でも持って行っていいと言われたので、貰っちゃった」

「私が、リミニまでの地図を貰いに大佐と席を外した時だな。これ、司令官室の机の後ろに有った、大きな旗だよな? お蔭で助かったが」

「要塞を出る前に、空飛ぶ絨毯の裏に貼っておいたんだ。これなら、味方と思うよね」

「カトー、中々使える良い考えだぞ。国旗に向かっては、弓やバリスタも撃つのをためらうからな」

「じゃ、降下を開始するよー」

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