要塞の秘密
イリア王国歴181年4の月5日 ※ ※ 帝国歴391年4の月5日
昨日は、副官のマルタン大佐に帝国要塞の上部を、色々案内をしてもらった。朝、メイドさんに今日は疲労を理由に、部屋で休んでいると伝えてもらった。お見舞いを言われ、食事は階下の食堂で自由に採ってくれと言う返事だった。メイドさんには、出入りを断り、静かに寝させておいてと頼んだが、今からエミリーと見つけた構造図で、要塞の下部を探検するつもりである。
要塞の下部に当たる地区で、現在は通行止めになっている場所があると言う。そこは換気システムが壊れたままなのか湿気も多く照明も無かった。時々、ローブの透明化の力を使い、ここまで無難に来たが誰も居ない様だ。ランタンの灯りをつけて通路を進む。此処から先は構造図頼りだ。ウン、まるで洞窟探検である。
構造図に描かれたように要塞の地下を進んできたが、崩れかけた壁の向こうは斜めになった土柱で塞がっている。どう考えても通路に斜めの柱が有るのは不自然だ。落盤したのか? 土魔法を慎重に使い、通路を態と塞いだような、柱をどかすと階段が見えてきた。階段室に足を踏み入れると天井が崩れたのだろうか下の方がガレキで埋まっている。土魔法でガレキを排除しながら、3メートルほど掘り進むと、エレベーターホールの様な場所に出る。
どうやら魔石・大により復活したエネルギーは、ここにも送られていたらしい。センサーでも有ったのか反応したのか分からないが、灯りが瞬き天井と壁の一部が電気の照明の様に明るくなり、表示板が点灯した。業務用の大型エレベーターの様な、スライドドアが自動で開いたので中を覗き込んでみる。入り口横に、操作パネルが有る。ホテル下部の整備室とホテル上部の整備室と表示された2個のタッチボタンがある。どうやら下まで降りることが出来るらしい。
「エミリー、今日はここまでにして部屋に戻った方が良くない?」
「通路を抜けるのに時間が掛かったからな。昼食時も過ぎているし、一端戻って明日にでも出直そう」
「明日は仮病でも使うかなー?」
※ ※ ※ ※ ※
ホテル? 要塞?の垂直シャフトは、3本とも塞がったままで普段通りといえば普段通りだ。この600年変わらぬ世界の中で統合司令ユニットは、操作員から耳慣れない不思議な音を感知したとの報告を受けた。
「エレベーターホールから上部まで、岩盤の崩落で通れないはずだったのではないか?」
「ハイ、音源はシャフトからでは無く、整備用通路からなんです」
「600年も経っているのに。今になって、工事でもしているのですか?」
「イエ、どうやら何者かが土魔法で崩壊したところを取り除いたり、崩落部分も補強したりして降りて来るようです。もうすぐ耐水圧壁の前に着きます」
「発見されるのも、時間の問題か? ここの事を知る者は少ないはずです。そうなると、そうか! むしろ、帰還者がやって来たと考えた方が良いのではないだろうか?」
「失礼します。統合司令ユニット。いずれの場合でも入場用の解除コードを作るのに時間がかかります。入っていただくとすれば認証コード化の準備を進めなければなりませんが?」
「アァ、済まない。念の為、作成を始めて、使える様にしておいてくれ」
「了解しました」
帝国歴391年4の月6日
昨夜、ラザール司令官とマルタン大佐のお見舞いの訪問を受けた。水の補充は随分と感謝された。少し話をして調子を聞かれたので、本日もお休みとしてもらった。
さて、昨日の探検の続きである。昨日、引き返した場所は換気が悪く、何か淀んだような空気だったが、今日は普通に感じる。見つけた下に続くエレベーターの様な部屋は、タッチボタンの下にボックスがあり蓋が開いている。そこには「魔石はここに置け」と記入されている。ウーン、ここに置くべきか? 良く見て見ると蓋が閉まると、鍵が架かる様になっているみたいだ。これって壊れた自販機に、500円玉を入れるようなもんだよなー。魔石・小を持って考えていると、エミリーが魔石を取り上げてふたを閉めてしまった。
アッと思う間もなく照明が付き、ドアがスッーと閉まってボタンが点灯した。ブーンと1・2秒、音がしたと思うとドアが開いた。
「カトー、何でもボタンを押せば良いってもんじゃないだろう?」
「イヤ、何もしてないよ。エミリーが蓋を閉めたんだよ」
「そうだったな。すまん、スイッチが入ったままだったのかな?」
「それより、移動しちゃったみたいだね。ここ、何処なんだろう?」
「アァ、さっきまでいた場所ではないな。何処だろうな? こんな短い時間に移動できるものか?」
梱包された木箱や、紙箱が置かれた棚が並んだ大きな部屋が目の前に有る。うす暗い部屋の先には、ドアらしき物が見える。覚悟を決めて近づく事にする。装甲されたような金属の壁に開口部が有るようだ。ドアには、認証式と思われる装置が右手1メートルの所にある。近づくとドアが、静かに開きだした。
※ ※ ※ ※ ※
「統合官、上部装甲壁に生命反応です。これは以前にメリダから報告された、帰還者と思われる同じ反応です」
「そうですか! 確認して下さい。メリダの信号は既に、210日以上も経っているんですから」
「第3級転送ステーション113から、送られてきた110日前の生命データーとも酷似しています。ほぼ同一人物に間違いありません」
「各データーの確認を、急がせなさい!」
「整備室の、保守用転送装置が稼働しています。今、こちらに転送されてきます。移動重量は120キロ以下です。転送されて来るのは、おそらく2人です」
保守点検用転送装置とは、ケドニア要塞が大型リゾートホテルとして建設された頃に作られた物である。これは転送場所が指定してある、いわば整備用の転送装置といえる。ホテル下部の整備室から、ホテル上部の整備室に直通している。この装置は岩盤を越えて、垂直に300メートルの移動が可能である。
単純な構造だが安定して動作する転送機であるとされていた。通常は2か所のみの転送移動が設定してあり、専用搬送路として作られる事が多かった。また機能を限定しており魔石エネルギーも少なくて済む。その使い勝手の良さから、人員の交代や保守部品の搬入に使われ、いざという時には非常脱出用の装置の役目も果たす。勿論、魔石エネルギー不足の為に魔石は外されて転用されており、とっくに稼働停止していた。
「統合官、耐水圧壁を越えて整備室に来ても、次室は装甲ドアですので開ける事は出来ないと思いますが?」
「あそこには、生体DNAが一致しなければ入れないはずです? やはり、帰還者なのですか?」
「データーでは、同一人物と確認されています。今一人は、パスカードを所持しています」
「一致しているのですか。よろしい、認証コードを復旧して下さい。彼らにゲートを開放し、コアに誘導しなさい」
彼らを受け入れると決めれば、この要塞の本来の姿と、設備を説明しなければならない。この要塞地下の秘密を? 私は、彼らを受け入れる事にした。実に600年ぶりの人間の訪問となる。ゲートが開かれ、2人が入って来た。
※ ※ ※ ※ ※
「ようこそ、訪問者よ」
「ハイ、こんにちは。お邪魔します」
軽い返事に、迎えるホムンクルス達は、やや戸惑ったように頭を下げた。1人が、列より一歩踏み出して声を掛けてきた。
「始めまして、上級管理ユニットの統合司令です。統合官とお呼びください。訪問者よ。イヤ、帰還者と言った方が良かったかな?」
「帰還者? ハイー? エミリー。知らないよね」
「カトー。あの言い様ではどうやら、お前は帰還者らしいな」
「エー? そんな話、聞いてないよ」
「そうですね。ここで立ち話もなんですから会議室へどうぞ」
司令ユニットの顔はどこかで見た事が有ると思ったら、タカ●ジェンヌだ。もちろん生徒ではなく卒業している方だが。今でも美しくエレガントな感じで、小粋なパリ娘というより大人なの中性的な色気を感じる。少し目のやり場に困る。機能優先なのは分かるけど、服着てないもん。彼女? は全裸でメタリックがかった乳白色のボディだ。セバスチャンやエマとは違い、人間に似せてある外装の皮膚組織が無いのでややスレンダーだ。個体差があるらしく、列に並んでいた者には小太りの者も居た。分からん。
その後、僕たちは会議室に移動し、惑星ムンドゥスに起きた隕石テロの悲劇と、要塞で起こった話を聞く事が出来た。
「……そんな事が有ったんですね」
「エェ、惑星ムンドゥスは、隕石テロにより破壊され焼かれたました。それもひどく」
「話には聞いていたけど、その時にいた人に聞くと凄さが違うね」
「結界魔法により、今あるイリア王国のロンダ、ケドニア帝国のヴィーダの様に破壊を免れた都市もあったようですが」
「他にもドラゴンの迎撃で生き残れたと思う都市もあったらしいんだが」
「隕石の数が多すぎました。テロリストの放った隕石は、多くの都市をゴミの様に吹き飛ばしました」
「酷い事を」
「カトーの言う通りメリダも、おそらく他の都市にも生き残った者もいただろうが」
「メリダは幸運だったんでしょうかね? 地下部分の破壊を免れた事は」
「最近まで一体が稼働していたんですが連絡が途切れました。私達ホムンクルスは、約600年ここに居ます。メリダのホムンクルスも同じ様な年を過ごしていました。ですがここより条件は遥かに悪かったようです。生き残った事が幸運だったかどうかは分かりません。ですが、その最後の連絡であなたの事を伝えて来たんです」
「そうなのかー。じゃ、今そのホムンクルスは?」
「おそらくエネルギーを使い果たしたのでしょう。稼働停止したと思われます」
「色んな事が有ったんだなー」
「もちろんここも無事だった訳ではありません。テロリストは、要塞にも潜んでいたんです」
「この要塞にですか?」
「そうです」
「隕石テロが起こり全ムンデゥスで破壊の嵐にみまわれましたが、ここは辛うじて隕石の攻撃を免れました。対策要員が呼集されて、巨大リゾートホテルでしたが緊急時対応管理施設と名を変え、残された世界を少しでも救おうと人もホムンクルスもがんばっていました」
「人命救助ですか?」
「エェ、ですがテロから10日後、潜んでいたテロリストが破壊行動に出たんです」
「10日後に?」
「その時は分からなかったのですが、テロリスト達は救助や復旧作業にかかった人を狙ったそうです。ここも人員が集まりだした時を狙われました」
「わざと期間を置いたんですか?」
「そうだと思います。彼はエルベ川の水を入れて、地下部分を水没させ緊急時対応管理施設全体の機能停止を狙っていたようなんです」
「この施設全体の破壊かー」
「壁と柱を爆破し、上部との接合を遮断して何兆トンもの岩を墜として、岩盤を崩す事が出来ると考えたようです」
「そんな事を!」
「土魔法により、上階と地下に至る全ての通路を破壊しました。今となっては分かりませんが、おそらくは誰かに止められたんでしょう。あと一歩で要塞を葬り去る所まで行ったみたいですが、最後までは出来なかったという事です」
「危機一髪という事だな」
「ですが、全てが無事と言う訳ではありません。岩盤の崩壊によって、要塞上部との連結は完全に破壊されたのです」
「じゃ、閉じ込められたという事ですか?」
「ハイ、換気システムが破壊されました。ここは、徐々に二酸化炭素を増やして行ったのです」
「二酸化炭素中毒?」
「そうです。ご存じでしたか。転送装置も動かず、通路も完全に塞がれてしまっている時に多くの人が閉じ込められてしまいました」
「最初の内は誰もが、上部や外部に連絡が取れない事が問題だと思っていました」
「それじゃあ」
「そうなんです。換気不全が原因と分からず、人間のスタッフが次々と意識を失っていく。気付いた研究員が警報を出しましたが間に合いません。上部への通路や換気口は完全にふさがったままです」
「原因が、二酸化炭素と分かりました。しかし人間のスタッフはほとんどが意識を失っていました。私達ホムンクルスが、炭酸ガス吸収装置を作り出す前に人間のスタッフで息のある者はいなくなったんです」
緊急対策本部だった巨大リゾートホテルは活動を停止して沈黙した。結局、ホムンクルス達が、外部を見る事が出来るようになるまでには攻撃後10カ月が必要だった。ホムンクルス達は土魔法が使えず、使えた人間たちは全て命を落としていた。メリダのホムンクルス達が行ったように、彼らもケーブルを繋ぎ部品を集め、修理し、機能の一部を取り戻した。
年月は否応なく過ぎて行く。かき集められた魔石だけでは、全部のホムンクルスや設備はエネルギー不足になって行く。要塞下部に閉じ込められたまま、徐々にその数を減らし設備が止まっていく。やがて、ここに何が有って、何が起こったかを知る者は居なくなるだろうと思われていた。ここまで話した時に、上級管理ユニットは立ち上がり手を前に出してきた。気のせいか? 寂しそうに笑って居る様だった。
「あらためて、アレキ緊急時対応管理施設にようこそ。世が世なら、風光明媚なエルベ川沿いのリゾートホテルの、お客様として出迎えられたら良かったが」




