残された者、新春馬上槍試合・旅の仕方
イリア王国歴181年三3の月16日
「直ぐには無理だな。最低一カ月は帰れないと思ってくれ」
王子への、返事は二人ともYesだ。空飛ぶ絨毯で、東のケドニア神聖帝国を目指して飛ぶ。第一王子のセシリオの依頼は要塞に魔石を緊急に運ぶ事だ。大急ぎで帰宅し、セバスチャンとエマに、エミリーの顛末を知らせ、秘密を知る者には事の次第を話してもらう。他の人たちには、新店なのに一カ月も留守にするような大事な任務が、貴族の義務として? 青い血の為? に国から与えられたと告げる。
空飛ぶ絨毯でも、往復だけで二十日以上は掛かる。魔石を渡して「ハイ、サヨウナラ」とはいかないだろう。偵察任務もあるので本当の処、一カ月では無理だろうと言われたのではないかな。軌道に乗り始めた所だが、お店の皆にも留守を頼む事が出来て一安心。マ、いつ帰れるが分から無い。ここはセバスチャンとエマに託しておくしかないか。それに、お店は何故か僕がいなくても上手く行くような気がするのは何故だろう。
この際、5年~6年分の経費として、セバスチャンとエマに口座から40億エキュ(日本円で10億円)の譲渡証を渡しておく。たとえ大赤字でも、1年5億エキュあれば何とかなるだろう。渡したお金は、お店の運用資金として使うようにと言っといた。
但し、お小遣いとして10億エキュを、経営に目鼻が付いたら自由に使えと言い渡す。最近エマは色んな物を買って来てくれるが、自分の物は何も買わないようだ。(人工生命体が何に使うか非常に興味がある。必ず、自分の為だという物を買えと言っておいた。帰ってきたら教えてもらおう)
タティアナ店長の下、調理・製菓のジェセニアとルシア。ホールスタッフのベタニアとマリア。6人のスタッフたち(タティアナの娘のアデラは味見係)。6人の警備担当エミグディオ、ホルヘ、アマド、ドリナ、エデルミラ、フリダ、花壇と駐車場の管理の2人レイナルドとアイダ。ファブリシオと母のデボラ。セバスチャンとエマの合計で16人となっている。
何時の間にか大所帯だ。人数を数えただけだが、ややこやしい立場になって行くようだ。気楽に、キャンプへ行ける日が遠のいていく気がする。
警備に増員した女性3人パーティーとは、挨拶を交わして簡単な打ち合わせが出来ただけだ。後は、必要になるだろう装備と身の回り品を用意した。エマには、両替商のクラウディオから貰った金貨運搬用のベストとベルトを、魔石保管用に改造を頼んだ。どれだけ必要になるか分からないので、背中にずらっと並べるようにして収納スペースを作ってもらう。まだ寒いので、ローブを着て、毛皮を羽織れば違和感は少ない。
翌朝、セシリオ殿下の執務室に通されてお茶を呼ばれている。殿下はいつ寝るのだろう? 目の前の殿下は、優しい口調で天気の話をしている。殿下は、何時ものペースを大切にしているようだ。
(上級貴族とは、動じない者かも知れない。たとえ、心臓が早鐘を打っていても)
「お茶のお代わりはどうかね? 良ければ、天気の話はこの位にしてそろそろ本題と行こうか」
「はい、どうぞお願いします」
「は、閣下」
「二人とも、そんなに緊張しなくとも良い。では」
昨日の会議室に移動して話が続けられる。秘密協定により、ケドニア神聖帝国に魔石の譲渡。これは人類としての協定なので、魔獣に侵攻されている帝国に魔石を譲渡すのは当然かもしれない。だが迅速に、かつ安全に運べる輸送手段が無い。要塞まで、急送しても地上を運ぶと一カ月以上は掛かる。公使を襲うような馬鹿な盗賊もいる。そこで、僕たちの出番という訳だ。
王子に何処まで知られているかは分からないが、空飛ぶ絨毯による高速輸送が出来る事は確実だ。癒しの魔法も知られているみたいだし、他の魔法もばれているのかな? この間の、オークションに出した魔石が目に前にある。セシリオ殿下は薄々、僕と魔石の関係を気づいているみたいだが、確証はまだ掴んでないみたいだ。
「では、明朝出発いたします」
※ ※ ※ ※ ※
予定という事は予定だったなーと思う。当て事は向こうから外れるらしい。遺跡都市のメリダを見つけて一段落したら、春の馬上槍試合をと、楽しみにしていたのだが上手く行かない物だ。中世の様な街並みのなかで、一度は騎士たちの試合を見たかった。重装鎧をまとった騎士が、馬鎧を付けた軽く一トンを超える馬に跨り、槍を競うなんて凄い迫力だろうな。
(もちろん、見るだけだよ。参加なんてとんでもない)
エミリーに聞いたところ、数ある槍試合の花形は何と言っても通称、春の馬上槍試合だそうだ。この王都で、百年以上続く伝統行事は毎年六の月の第一日に始まる。3・4・5・6の月と春が終わり、翌月の七の月からは夏に成ると言う時に、トーナメントが開催されるのだ。皆、王都の御前試合の優勝者になる事を夢見ると言う。世の中100年続いたからと言って、これから100年続く訳でも無い。騎士達が、消えていく日があるかもしれない。そんな事を思っていた。
貴族といっても、叙任された一人しか貴族の資格がない。王室の認める貴族位は、男女を問わず爵位を持つ本人だけだ。男爵・子爵・伯爵でも公爵だろうが何々家の誰それとなる。それなりに、尊敬され貴族扱いはされるが。その為の一子相伝なのである。有り余る土地や金が有れば別だが、たいていの場合二男以降は外に出される。彼らは土地付きの姫を探して、馬上槍試合などの武者修行をしながら各地を廻る。
小競り合いでも、武功を立てれば婿入り出来るチャンスが生まれるというのが、唯一の希望だ。家が富裕な場合は、旅費もあり護衛の冒険者もつけたので危険は少ないが、たいていの場合、彼らは戻る事のない旅路になる。何となく、お金も無くなって行き倒れになっていそうな、江戸時代の敵討ちを思い出した。
とは言っても、馬上槍試合は各所で通年に渡り催されまだまだ人気である。イリア王国では、すべての指定都市(人口3万人以上)で広く行われていた。一般の人々にとっても、数少ない娯楽の一つで槍試合は公開処刑と同じぐらい人気だ。規模の点では上ともいえる。しかし、このイベントもケドニア神聖帝国の様に、廃れてしまった所もある。帝国では、個人から集団に移行したという事も関係するだろう。イリア王国でも、スペインの闘牛のような扱いかいになっていくかも知れない。
槍試合の花形である春の馬上槍試合は、伝統的に人気のある個人競技や、軍として行動を見る為の、集団戦としての団体競技がある。試合と言っても、競技形式になる以前は勝利したものが相手の武具などを得たり、決闘の一手段として領主や貴族で行われたりして決着をつける場合もあった。試合ではしだいに様式美が生まれ、儀式的な面も多分に行われる。原則として血を流す訳ではないが、騎士たちは技量を磨き力の限りを尽くす。
王都で100年以上続くこの伝統行事は、毎年6の月の第1日より開催される。伝統衣装を身につけた数百人の花を持った女性が、華々しくパレードを行い開幕が告げられる。人気のある個人戦の槍試合、上位16人の選出までは予選として、全てが王宮近くの練兵場で執り行われる。
ハイライトの御前試合は、第二城壁前の掘割にある噴水広場で行われる。予選を勝ち抜き、各都市で優勝したと思われる騎士達がうち揃い、はなやかな衣装を身につけての槍試合。まるで、一幅の中世絵画を見るような雰囲気に包まれる。
教会は表向き、馬上槍試合には様々な理由をつけて反対している。騎士同士の試合は、ともすれば虚栄心を煽る事になる。虚飾は、女性の化粧と同じ欺瞞の罪であるとされている。中には、放漫な態度を取りがちの出場者もいる。また、試合は賭け事の対象にもなっていた為、金銭に執着する罪を犯す事になる。現実には、教会関係者にも賭け事に目が無い者も多数いるので有名無実となっている。
競技会として、他にも行われるのはレスリング等の格闘技だ。これは、会場として酒場で行われる事が多い為、冒険者たちや一般市民が楽しんだ。多くの商業ギルドの訓練場では格闘技を教えており、たまにトーナメント試合が行われ賭けもしていた為である。格闘技以外では弓と投石も人気があったが、たまに打ち損じや投げ損じて、観客にけが人が出るなど事も有ったようだ。
上流階級の人々はハンティングをした。狩りが出来るのは特権で、一般人には出来ない。僕の領地近くの、トルトサの村近くに有る、王家直轄の猟場もその一つだ。騎士や貴族は、戦のスキルを磨くだけでなく伝統的な行事としても、馬上槍試合と同じ大切な社交の場所ともなった。騎士や貴族たちの「狩り」は、ややもすれば行き過ぎた趣味になりがちで、一部には狂暴な動物のみを獲る「狩り」をする者もいた。前世期の、トラ狩りやライオン狩りと同じだ。
王侯や領主は、鷹狩りを楽しむ。鷹狩は娯楽ともなり、軍事訓練を兼ねていた。戦場を、疑似体験する事も出来るので、武闘派を名乗る貴族達に人気だ。国王のフェリペは、狩りより研究を好む学者のような性格だったが、第三王子エドムンドの仲間達はそれに反して、鷹狩りが好きなようだ。
鷹狩りは、金のかかるハンティングだ。鷹匠が訓練し、命令を聞かせて獲物を捕らえなければならないので、時間とお金が必要だ。訓練が済むと、いよいよ狩場に出る事になる。
都市の近場の狩場は、農地か人の手が入った森である。鷹狩の得物を増やすため、普段から住人の狩猟はたとえ増えすぎても狩る事は制限されている。農地を荒らす、兎や猪・鹿・鳥、放牧している羊や牛を襲う熊や狼。領主や貴族の持ち物であるこれらを狩る事は、全て許可制である。猟人と言えど、勝手に獲る事は出来ない。賦役で勢子として動員された農民は、踏み荒らされた農地の前に立ち尽くすだけである。
※ ※ ※ ※ ※
明日から、旅と言う業務出張に出る事になる。この世界ムンドゥスの一般的な旅というのは、地球の昔とほぼ同じだ。長距離で長時間になるので、親子や家族でというのもままあるらしい。隊商は数年かけて移動するし、暑さ・寒さ・山地・湿地等気候の都合や、季節の都合で風待ちというのもある。イリア王国では、遠く離れた中央大陸の国々の外交官が訪れる機会は少ない。また、駐在している者とていない。
「エミリー、ある程度は教えてくれたけど、やっぱり女の人の旅と言うのは大変そうだね」
「アァ、カトーが前言っていたような物見遊山の旅行など、このムンドゥスにはない。旅には困難が伴ったにも関わらず、貴族などの身分の高い女性にとって長距離の国内旅行はしなければならない義務みたいなものだからな」
「そうかー、義務なのか?」
「マァ、仕方が無いという事だ。上流階級の婦人は夫と共に王都から領地に戻る際や、各領都で行われる馬上槍試合に行かねばならないからな」
「貴族の奥方も苦労してるんだ」
「近くなら息抜きに社交や親元に会いに行く為に、旅する場合もあるがな」
「里帰りの旅かー」
「それに比べて庶民の女性は旅など望むべきも無い。農家となれば、近くとも村と村の距離が離れていたりすると何年も会えなくなる事もあるぐらいだ。それでも機会は少ないが巡礼団の一員として旅をする者はいる」
「生涯に一度あるかなという事だね」
「庶民の唯一の旅と言ってもよい巡礼団は、基本的には徒歩移動だがな」
「歩きだよね。それも何百キロも」
「お金が有る女性や年寄りは、乗合馬車で旅をする者もいる」
「体の事を思えば分かる。だからこそお金もかかる訳だ」
「それでも良くなって来たんだ。上流階級の女性や富豪の妻は、商業ギルドで造られた新型のバネのある馬車が出来てからわな」
「僕らの使っている馬車だね」
「あれは、帝国製を模倣したんだ。もちろんパテント生産と言うやつだそうだ」
「帝国製がオリジナルという事か」
「そうだ。新型の馬車は皇帝が考えたんだ。バネ・スプリング装置が新設された事で乗り心地が随分と良くなった。おかげで商業ギルドは大儲けをしたと評判になったぐらいだ」
「フーン、皇帝が考えたのか?」
「アァ、少し高くなったがおかげで新型馬車での旅は、今迄の馬車に比べて遥かに快適な乗り心地となったんだ」
「それは間違いないな」
「少し後に販売された、羽毛を入れて作られた座布団型と抱き枕型のクッションは、庶民には高価だったが富裕層には流行っている。今回の馬車には付いて無かったが、あると良いと思う。手に入れた方が良いぞ」
「じゃ、クッションはもうあるんですね」
「もちろん、応用編ともいえる羽毛布団も作られ始めているぞ」
「そうかー残念。いいアイデアと思ったんだけどな」
旅には貴族のは別にして色んな旅のスタイルがある。例えば商業ギルドでは、冒険者を雇い護衛されて移動する隊商の旅がある。まるで血管の様に各地を巡るのだ。行商人も冒険者も流通網を支える力の一つだ。そして冒険者達は仕事をしながら、仲間を募り、知り合いを訪ね、狩りをしながら旅をしているんだ。
それに比べれば農民は移動の自由が制限されるし、貴族ではない平民も金銭面で旅には出られない。金も無く、護衛もない旅は自殺行為に成りかねない。金はどこでも通用する。しかしながら、国によって貨幣の価値が違うので両替をする必要がある。ナタナエルやクラウディオの様な両替商の登場だ。
国々では、銀と金の重さを比べて両替された。手数料は一律二割以下と決められていた。違う大陸でも、概ね同じであった。これは、隕石テロ以前から続く習いであるそうだ。通貨は発行している国の勢力を超えると、通貨では無くなるので両替のレートは変化する。替え時に割と気を使うもので、商売ともなれば扱う金額も多く、交換レートの良い時に替えようと皆苦労する。
エバント王国の首都はベルクールで、山に囲まれている。帝国と王国の間に有り、為替を扱うのが得意な両替商が多い。首都として、経済が成り立つのも彼らが要るお蔭だ。機を見て敏なる商機の掴み方は、ベルクールの小鬼とも呼ばれた。 いずれにせよ、敵対している国でも戦争中でなければ、相手の国王の顔が刻印された通貨でも重さで両替できた。但し戦争中に使おうものなら、犯罪として投獄されることも間々あったが。
定期的に廻る、行商の旅も危険と隣り合わせだ。 農村からの巡礼団には宿屋にベッドなんてものはなく、身一つになってわら束にくるまって寝なければならない。一般の旅人が、頼りにするのは教会の約した安全な旅のお札だけだ。盗賊や狼、魔物の噂を聞くとマジでビビったのも無理はない。色んな旅の話を聞いたが思った通り、この世界の旅は楽じゃないんだ。今回はケドニア帝国要塞までお届け物の旅となる。何事もなく終わるとはとても思えないなー。




