王妃様が聞いて、王子と面会
イリア王国歴181年3の月10日
話しは少し遡る。陰謀と復讐が、終了する事になった切掛けだ。セシリアさんが、王妃様のいる衣装係女官フィデリア夫人部屋に案内してくれた。王宮で、いきなり王妃様の部屋に行く訳にはいかないもね。で、間に立ってくれるのが、セシリアの上司ともいえるフィデリア夫人。取り敢えず偉い人だと言う認識で間違いない。
「新店を、出すそうではないか? 良いのか王宮の近くだそうだが」
(王妃様が前に居るんだ。新店? またー。臣下の身では、あれは命令だよねー。準男爵の立場だし。市井の人なら逃げると言うのもありかも知れないがエミリーの事もあるしな)
「御蔭様をもちまして、王妃様の仰せ通りに、移転が叶いそうです」
「よい、よい。楽にいたせ」
「ハ。つきましては新規開店に伴い、新作を製作いたしました。天使のロールケーキと名付けました。是非ともご賞味ください」
「ほう、その新作とやらまだ販売前で誰も口にしておらぬ、というのか? 嬉しい事を、言ってくれる」
侍女に、贈答用の岡持ちの様な形のケーキ箱を渡すと、その場に居合わせた女官たちに笑みが広がる。今回、気合を入れて箱の中には冷却材がある。やった事あるよね。水で、ブクブク。冬とはいえ、王宮の中のフィデリア夫人のお部屋だ。快適な温度で暖房され、さながら春の陽気である。水魔法で、冷却材の入れ物に水を入れて一寸した演出。
「ほう、面白いわね」
セシリアさんが、お茶を入れてくれる。王妃様とご相伴にあずかるが、準男爵如きが良いんだろうか?
「あぁ、美味しい。もちろん、お茶もおいしいわ。セシリア」
「はい、有難うございます。王妃様」
「そうね。お礼を兼ねて、話を聞いてあげましょう」
ケーキの礼ばかりでは無いだろうが、前もって調べてあるのかな? 何処から漏れたのかな? なにしろ噂から外交まで熟す王妃様の事だ、貴族社会の事は分からん。ここは、当事者のエミリーから話して貰おう。
「では、遠慮なく申すがよい」
事の顛末を話すエミリーに、王妃の眉が上がって行く。
「調べさせましょう」
王妃の意を受け、衣装係女官フィデリア夫人が後を継いで話し掛ける。
「エミリー副長、守備隊の方には私から事情を話しておきます。そうね、3日後にもう一度いらっしゃい」
「ハイ、有難うございます。お伺いいたします」
続いて、王妃が話して来る。
「カミロ子爵の父親、ミテロとはちょっとした誤解が続いているの。エミリーさん、私に任せてもらえない。悪いようにはしないつもりです」
「エミリーさん、王妃様のお言葉なら安心ですよ。お任せしては?」
3日後、エミリーだけが王宮に向かい、夕方前に嬉しそうな顔で帰ってきた。その後エミリーに話を聞いた。
「あまり大げさには出来ないそうだけど、お父さんの名誉は回復しお店も取り戻せそうだわ」
「流石に領主が絡んでいるので、表沙汰には出来ないんだろうな」
「なんでも、領主が上級貴族に泣きついたらしくて、この辺で手打ちに出来ないかと言われたわ」
「話の通りなら、思ったより良かったという事か? 大人の対応と言う処かな」
「そうだね。十分では無いかもしれないが。悪い奴には捌きがあった訳だし」
エミリーとの、できる限り応援するという約束も果たせそうだ。空飛ぶ絨毯と水魔法もある。これで遺跡都市メリダを探しに行けそうだ。財宝も気になるが、残してきたケルンに変化がないかを確かめたい。
「遺跡都市の、宝玉回収に行っても良いよね?」
ミゲレテの村から西に数百キロはある。誰もいないメリダの地で、古代文明の謎を解くのも良いかもしれない。
「私も付き合いたいが、王都守備隊に行かないとな」
「随分と長く、無断欠勤した事になるんじゃないの? 休暇届けじゃすまないよね」
「それは何故だか、セシリオ殿下から届けが出てるから、何とでもなるそうだわ」
「殿下と王妃様に感謝だな。マ、片付いたと思ってメリダを探しに行ってみるよ」
タウンハウスで話をしていると、王宮からの使者が手紙を運んで来た。セバスチャンが受取り心付けを渡す。お盆の上に載せて僕達の所まで持って来てくれた。
「カトー、噂をすれば何とかじゃないか? さっそく来たぞ。この封蝋は、第一王子セシリオ殿下からか?」
「エミリーだけじゃなくて? 僕も? 何なんだろう?」
「明朝、出頭せよとの命令みたいだぞ。私も一緒だ。急な呼び出しだが、準男爵とは言え貴族位にあるのだから、無茶な事は無いと思うが」
イリア王国歴181年3の月14日
「第一王子のセシリオだ。よく来てくれた」
「ハイ、閣下。王都第7守備隊副長エミリー・ノエミ・ブリト・ロダルテです。紹介させていただきます。こちらは、準男爵の加藤良太殿です」
「王国にて、爵位を賜ります準男爵の加藤良太です。名前がリョウタ、家名がカトウになります。皆さんリョウタと発音しにくいようなのでカトーとお呼びください。以後、お見知りおきを」
第一王子が、二人の前に立って話し出した。
「その前に、母、いや王妃様から言伝を貰っている。頼まれ事は、不満はあるかも知れないが、事は済みとしたいとの仰せだ」
エミリーは、僕の方を見てホッとした様に頷いた。
「商会長のガビノは財産没収の上、死刑だ。これはイバンを殺そうとしているし、乗っ取り計画を実行しているからな。副番頭エステバンも同罪、未遂に終わったがエミリー副長を襲っているので、鉱山に送られるだろう。生きては出られまい。もちろん商会の会長は以前に変更、地位を保証して、相手の商会からは賠償金を出させる」
(これでガビノ商会も、事実上潰れるだろう)
「タラゴナの領主カミロ子爵は王都に召喚後、閑職に追いやると決めて有る。領主のカミロ子爵は、王命での配置換えだが、それとなく噂を流しているので派閥の方もあきらめるだろう」
(マ、トカゲのしっぽ切だな。確かに色々言いたいが、貴族との身分差があるのでこんなところだろう)
「ただ、クリスティナ妃については保留だ。証拠をつかんでないし、奥向きの事にはまだ手が出せない」
(何となく言いにくそうだが、露見しても精々話に聞く尼寺へ追いやるぐらいだろう)
「ここまでだ、私に今できる事はな」
第一王子のセシリオ殿下は、うすうす真相を知っていたような口ぶりだ。
「エミリー守備隊副長は近衛師団に移動後、私の直属となる。直近の事は、補佐官のシーロの指示を受けるように。以上だ」
イリア王国歴181年3の月16日
エミリーの事も大体が決まったようで、これからは、何事も無く平穏な日々が続くと思われたが。二日後、また次期国王確定の噂高い王子に、お忍びで拝謁される事になった。執事さんに通された部屋は、王宮内ロンダ城の王族用と思われる大きな机のある会議室だ。その一角の、応接セットに座っていた男性が立ち上がった。一通りの挨拶を終え、椅子を薦められる。
「楽にしてくれ。今日来てもらったのは他でもない、カトー準男爵に頼み事があるのだ」
メイドさんが、お茶を持って来てくれた。王宮のメイドさんの服に目が行くが、目の前の現実を思い出して自重した。
「お茶のお代わりは良いかな? では、要件に入ろうか。こちらへ来てくれ」
「机の上にあるのは、イリア王国とエバント王国それにケドニア神聖帝国の地図ですね」
「大きな地図だろう」
「高級品紙に描かれた大地図なんてのは初めて見ました」
「エミリーは初めて見たの?」
「これにはイリア王国に伝わる古地図を元に作られているのだ」
「良いんですか? 見せてもらっても?」
「アァ、これはかなり詳細に記載された行政地図だ。この大陸の市・町・村・街道・脇街道・水源レベルまで記載されている」
「凄いですね」
「白紙の部分は、まだ未踏査なんですね」
「そうだが」
「何やら描いてある。これって由緒正しく、なのかな?」
「アァ、それか」
「奇怪な生き物やドラゴン、海に住む怪物や、人魚に巨人もいますね。お約束通り描かれてますが?」
「いるらしいぞ。それ」
「本当ですか?」
「確かめに行って、帰って来た者はいないと言う話だがな」
頭の中で、地図魔法に有った記憶が蘇る。六百年前の隕石テロで、破壊された世界と照らし合わせて、大まかな位置関係が分かる。爵位を持つ王国貴族なら、イリア王国の地図は紋章院から手に入るがこの地図はレベルが違う。
「元々、地図は戦略的価値が極めて高いんだが、今回はこれを見てもらわないと話が進まないのでね」
「これを見ないとダメという事は、帝国が関係しているという事ですね」
「エミリー副長、カトー卿は中々良い感をしている様だね」
「殿下の仰る通り、他国の都市レベルまでの記入がある物は、なかなか見る事が出来きません。それはかなり重大な事では?」
「あぁ、その通りだ。今から話す事は地図と同様、他言無用だ。今日の話はここだ。ケドニア神聖帝国南部の、港湾都市リミニで起こった」
殿下が示す先には、この大陸を跨ぐように離れた帝国の都市があった。
「心して聞いてくれ。まだ公表されていないが50日ほど前、メストレに魔獣の大群が現れた。密偵からのハトの第一報では、規模は掴めていない。帝国で対処できると期待したが、第二報によるとメストレは壊滅状態だ。その上、一部魔獣はリミニに進出中と思われる。状況は極めて深刻で憂慮される事態となった。そこで頼みというのは他でもない。君らが売った、魔石をケドニアの帝国要塞にまで運んで欲しいのだ」
「殿下?」
ハト便が遅れたのは、第一派の伝書鳩が四羽とも着かなかった為だ。中継点も多く、さらにエバント王国は山がちな地形で、タカなどの猛禽類の多い土地柄でもある事も災いしたのだろう。3000キロ以上離れた時の連絡は、不確かなため第二派が出されるのが遅れたそうだ。内容が魔獣の大群に関する事だったので、再度送られたという事だ。
王子は、帝国要塞までの場所をさししめして、こちらに向き直った。
「これは代々王家でも、一部の者にしか知らされない重大な密約がある。帝国とは、人類の名においてある協定が結ばれている。秘密協定には魔獣の拡大阻止の為、最大限の援助をするとある。おかしく聞こえるかもしれないが戦争中でもだ。今回、現状がこれ以上悪化すれば、国軍のみならず王国の総力を挙げて、ケドニア神聖帝国救援と魔獣殲滅に赴かなければならん」
エミリーが、副長とは言え位階は低い。怪訝な顔をして、自分が秘密協定を知らされる訳が分からず僕を見ている。
「事は急を要する。帝国の要塞は、魔石エネルギーが尽きようとしている。なぜ尽きようとしているか、知っているかというのは軍事機密だが。そこで王国は魔石を提供する事を決定した。君たちが、空を移動する手段を持っている事は承知している。可能な限り、最短最速で魔石を届けて欲しいのだ」
エミリーには気の毒だが、どうやら僕たちはセットとして扱われているらしい。口ぶりからすると魔法の絨毯だけでなく、王都で使った、癒しの魔法も知られてしまっているようだ。密偵という言葉が出てきた以上、知られているんだろうなー。
「是非とも、現地の情報を得て欲しい。既に要塞以南に、侵攻されている可能性が有る」
特別市のリミニの防衛線を抜かれると、要塞陥落の可能性も出て来るそうだ。もし要塞が落ちて、魔獣がエルベ川沿いに北上すれば帝国北部に攻め込まれるだろう。エルベ川沿いに、防衛線を引いても突破されるかも知れない。帝国が滅べばエバント王国、イリア王国とて同じ運命をたどる事になるだろう。
「返事は明朝、聞かせてもらう。貴族として、また王国の兵権を預かる者として、命令しても良いが偵察を含む以上、戦闘があるかもしれない。今回は、自発的に志願してもらいたい」
時を置かず、エミリーが答えた。
「了解いたしました。明日と言わず、今返答させていただきます。勿論、喜んで志願させて頂きます」
エミリーが即答したが、どこか変なスイッチでも押されてしまったかも知れない。
「エート、もちろん、させていただきます」
僕の返事は、ワンテンポ遅れたが返事は出来たので良しとしよう。
(事の次第を聞いてからでは、戻って宝玉のビニール袋を回収するのは無理っぽい。一人だけで往復できるかとも考えたが、空飛ぶ絨毯で移動しても、途中の休憩所に埋めた宝玉を回収するにしても、片道4日はかかるだろう。地図魔法でおおよその見当はつくだろうが、遺跡都市メリダを探して荒野をさまようとなると、時間はもっと長くなるかもしれない。またのお楽しみと思うしかないな)
「良い返事が聞けて良かった。カトー殿は近衛師団偵察大隊の特務中佐として、エミリーは副官で守備隊の中尉になってもらう。任務は魔石の警護と、カトー殿の専属の護衛だ。心してあたってくれ。そうだ、言っておくが特務中佐と言うのは一種の名誉職で命令権言々は無いぞ。だがな、年金はちゃんと付くから安心してくれ」
(10年ほど前に、軍制改革が行われ能力による階級制度に変わっている。特に近衛師団では王子の意向もあって、貴族や騎士などの身分はあまり関係無いと聞いていたが。しかし、いきなり特務中佐とはね。エミリーも23才で中尉に成っているし。階級が上なのは動きやすいだろうけど、大人の都合に合わせると、色んなしがらみが出て来そうだな)
「それでは、出発は何時にいたしましょうか?」
「明日とは言わんが、早急に準備してくれ。あぁ、それとケドニア帝国要塞に着いたら影が連絡してくる。現状と以後の行動を報告してくれ」
(影って、密偵の事だよね。尋ね返すのもなんなので頷いたけど)
「報告は前線の偵察を受けてくれたので、一カ月は帰れないと思ってくれ。あぁ、それと命は大事にな」
嘗て隕石によって、二度も滅びたかけた世界。一度目は月への巨大隕石の衝突、二度目はテロという勝手な人の手によって。テロを起こした本人達も、歴史の中に消えた。どんなに激しい被害でも時がゆっくりと流れ、何時かは回復から復興へ進む。儚い命と言われるが、生物は意外にとしぶとい。
魔獣も同じ道を行くのか? 悲劇は避けられた訳では無く、人にはしばしの時間を与えられただけなのか。また滅びの道を歩むのか? 築き上げた文明も、魔獣の脅威の前には立ち尽くすのみなのか? 誰が、それを知るのか?




