王妃様もケーキを食す
イリア王国歴181年2の月22日
本日から、ケーキの生産量は倍である。食品保管庫には、可愛いケーキたちが勢ぞろいしている。開店後、個数制限をしてもたちまち売り切れてしまう。毎回、頭を下げて謝るタティアナ達が業を煮やして増産を開始したのだ。「今日から倍返しです」と、訳の分からない事を言っている。
初日から評判の良いシャン●ンと炭酸水は、初めての品なので扱いに戸惑うかもしれない。しばらくの間は店内のみの販売だけにした。取り扱い方を間違えて、気の抜けた炭酸なんて飲まされたらと思ったからだ。何はともあれ、目の前でシュという音と共に、シャン●ングラスに注がれ泡立つのを見るのは、男女とも人気である。
「ただ、1杯の注文でも、封を開けるのでボトル1本分の値段になりますからね」
「そうなんですか?」
「栓を開けると気が抜けてしまうんです。ワインと違いグラスの一杯売りは出来ないのでね。オーダーを受ける時は気を付けて下さいね」
「じゃ、残すともったいなしな」
「貴族や金持ちの中には見栄の為に一口で止めて、後はいらないと言う輩がいるからな。困ったもんだ」
「メニューにあらかじめ書いておきましょう」
「そうですよ。持ち帰りは認めないので、飲み切れるようになるべく複数のお友達との注文を薦めて下さい。そして、炭酸水はともかくシャン●ンはワインと同じように酔うと伝えて下さい」
「あと、ポンと鳴って溢れるように出て来るのがまだあるんです。さっき言いました開け方の注意を確認して下さいね」
「ハーイ」
「偶にあるんですよ。炭酸ガスを入れ過ぎたのかもしれません」
「そうだ、カトー。シャン●ンを配った所にも、衝撃を与えたら時間をおいてから開けるとか、瓶を揺らさない様にと知らせないとな」
「手渡しした人には、口で説明しておいたけど念を入れておくよ」
「その通りですね。お店でも開封の仕方や飲み方のメモを貼っておきましょう」
「マナーと言う訳では無いのですが、蓋のワイヤーを、ゆっくり解きほぐす様に戻しながらコルク栓を開けて下さい。瓶はなるべく揺らさないようにね」
「瓶を振って音は出さないようにする訳だな」
「景気良くポンと鳴るのは、お店の雰囲気にそぐわない感じがしたので」
「それで、タティアナさん。製作と再充填は僕の仕事なんですよね」
「ハイ、その通りです。カトー様、ガラス瓶は貴重品ですし、お店で使った瓶は洗浄して、もちろん再利用する事にするんですよね?」
「洗浄は水魔法、乾燥は火魔法と風魔法の併用だそうだ」
「カトー様、忙しくなりそうですね」
「それでもって、水は水魔法で作ると。シャン●ンは仕入れたワインを入れてと。二酸化炭素を注入して栓をすれば出来上がるんだが」
「倉庫が一杯になりそうですね」
「作りすぎたかな。結構がんばったので一杯になっちゃったけど」
「そうですねー、当分あるかもしれません。でも人気次第であっという間になくなるかもしれません」
「ケーキのお店なんだから、炭酸水やシャン●ンはそんなに出ないだろうと思うんだ」
「私にシャン●ンとジャーキーも結構いけると思うんだがなー」
甘かった! 増産に次ぐ増産をしても、どんどん減っていく。お店は、どんどん忙しくなっていく。売上は、どんどん増えていく。お給料も、どんどん増やして支給する。月2回の、お休みを設定しておいた自分を褒めてやりたい。とニマニマ夢想していたら、エミリーに変顔するなと怒られた。
(だって充填作業は、単調な繰り返しなもんで許して下さい。お蔭で、ストックは随分と出来たけどね)
※ ※ ※ ※ ※
お忍びの来店である。すぐに2階のパーテーションで区切られた一角へご案内する予定だったが、入り口横のショーケースの前で、フリダ夫人とセシリア夫人が立ち止まって話していた。訪れるお客さん達は、みんな同じ反応だ。マ、食品サンプルなんてのを見るのは初めてだろうし。食品サンプルと言うのも奥が深いからね。いつか日本にあった、フォークが浮いている、パスタの様な見本が出来たら面白いだろうなと思っている。
「セシリアさん。ご紹介しますね。こちら、オーナーのカトー準男爵様」
「カトー準男爵です。お見知り置き下さい」
「セシリアです。今日はとても感動しました。美味しかったです。本当ですよ、ここのお菓子が無いと、1日たりと過ごせなくなりそうです」
「ありがとうございます。皆も、喜びます」
「初めて見る物も多く、ケーキもそうですが入口のサンプルですか? 大変驚きました」
「私は2回目ですが、ケーキを全種類頂く決意をしましたわ。」
「フリダさん、甘い物は太るって聞いたわよ。アー、私も誘惑に負けそうだわ。面白かったのは氷菓だったわ。暖かい部屋で頂くのも良いかも」
「お店の雰囲気も良いし、どこからか心地よい音楽が聞こえて来るんです。カトー様、教会とは違い初めて聞く音楽でしたが、楽師達がいるのですか?」
「居りませんが、そこは秘密という事で。楽しく過していただいたようで嬉しく思います」
夫人たちは、非常に気に入ったらしい。特にセシリア夫人は、ケーキを侍女たちのお土産にするという事で、全種類各3個で30個のお買い上げである。
「今日から倍返しです」と言っていたタティアナだが、増産した分が一瞬で無くなって行くのを見て「4倍返しが必要か」と言っている。
お土産は、くれぐれも早く食べてもらえるよう頼んだ。冬だからまだ良いけれど。暖かい室内だと、ドライアイスをサービスするか迷うところだ。へたして、火傷になったりすると大変だからね。
※ ※ ※ ※ ※
イリア王国歴181年2の月24日
王宮の服装は、直ぐに貴族達の流行となる。今年のスタイルは、ゆったりした膝までのズボンに、色つきの靴下と先の細い靴。肩パッドは大きく力強さを強調し、サーコートと羽根を正面に付けた帽子で、胸元が宝石で飾られている。意外な事に、男性が飾り立てるのに比べ、女性はシンプルに品位を大事にされている。
羽織る上着の刺繍によってその地位や富を表し、髪の毛をネットで覆い、羽根を付けた帽子を被っていた。夕方、社交の時間に成ると彼らは親しい仲間たち、商人たちとも会合して宝石や宝物を見せ合ったり、商人が持ってくる武器、服、装飾品、異国の宝石、様々な場所からの贈り物を受け取ったりした。
衣装係女官フィデリアの私室係の一人セシリア夫人は、侍女のマリセラ・ガンボア・サルガドと午後のお茶の時間を過ごしている。マリセラは、コロコロした笑い声の一番若い侍女である。話題は王都の一部の上流階級で、評判になりつつあるケーキを出す店だ。
「夫人、この間のお土産のケーキでしたか? とっても、美味しかったです」
「そうね、私もそう思うわ。でも、おねだりはなしよ」
「侍女の皆も、見たことのないお菓子だし、ほっぺが落ちる程美味しいと言ってました」
「美味しいのは良かったけど、一人で五個も食べるのはダメですよ。お店の事は、フリダに礼を言わないとね」
「今度は、お供させて下さいね」
「その内にね。ケーキの事は、フィデリア様のお耳にも入れとかないとね」
カタリナ王妃は忙しい。それも飛びきり。王が出不精の学者肌なので、王宮の社交を一人で受けている様なものだった。過労のあまり、一度ならず倒れる事があった位だ。間接的にではあるが、実際に第三王子の叛乱スキャンダルが起きた事もある。王妃は人間関係を築き維持をする為に、この冬の季節1の月から3の月末まで、毎日のように朝帰りをしなければならない。
王妃が仮眠をとる間に、女官が衣装や付ける宝石を選ぶ。仮眠後の朝食用の朝の衣装、昼食時に国王と同席する為に着る衣装、夜の社交パーティーの衣装を決めてゆく。衣装には下着やぼうし、手袋、靴下等一式も含まれているので荷物も多くなる。 十分、疲れている王妃は着せ替え人形のように立っているだけで、衣装を脱がせて着せ、宝石等の装飾品を含めて何をどう纏うかは、すべて衣装係の役目だ。
マリー・アントワネットの逸話の様に、カタリナ王妃は一度着た衣装は、二度着ないと言う訳では無い。だが、ファッションリーダーの王妃は半月毎に着た衣装を下げ渡す。王国の暦は1年が15ケ月・1カ月が26日なので、半月の13日おきに新しい衣装(分類上は普段着? になる。儀式や式典用衣装は別枠)が必要とされ、1年では90着と言う訳だ。
シンプルなデザインの衣装とは言え刺繍は大変で、仕立屋のリストが増えていく。女性には楽しみかもしれないが、常に新しいデザインで朝の衣装、昼食時に着る衣装、社交パーティーの衣装が要求される。
その疲れる原因といえるのが、イリア、エバント、ケドニア神聖帝国の上流階級と呼ばれる貴族たちである。権謀術策の渦巻く王宮では、彼らに加え大使を始め外交官がつめている。彼らも自国の利益になるよう、あらゆる手管で外交を繰り広げている。
この時代の、外交の基本は人間関係である。イリア国王と、ケドニア神聖帝国帝王との縁戚関係はうすく、個人的人脈に頼るしかない。外交使節団も、好意を獲得すべく公私に渡り飲食はもちろん、金銭の受渡、賄賂による懐柔、ハニートラップの罠、様々な方法で取り入ろうとしていた。これは、どの国でも同じような外交戦を繰り広げているようだ。
(カタリナ王妃が、疲れる訳である。疲れた時は、甘い物だね。)
すでに隣国のエバント王国は、ケドニア神聖帝国の属国になったと言われて久しい。この大陸では、やがてはイリア王国とケドニア神聖帝国の二つの争いになると思われている。もちろんイリア王国は、対策を立てている。王位を継ぐ第一王子の下に、ケドニア帝国との外交のため、文官と武官そして影と呼ばれる特務を潜入させているのもその為だ。
だが、科学技術では100年以上遅れていると言われ、魔法による均衡も長くは続かないと思われた。外交に失敗すれは、エバント王国の様に属国とされるだろう。
ケーキを購入された翌日、再びセシリアがお店に訪れた。
「今日は、お願いがあるの」
「セシリア様。どのような事でしょう?」
「無理を言って悪いけど、明日にでもケーキを100個ほど用意してもらいたいの」
「それは、ちょっと」
「分かっています。でも王妃様が召し上がるとしたら?」
思いついたのは、衣裳係女官フィデリアだそうだ。もっともマリセラの様に5個は無理でも、3個はいけるだろうとの事だ。侍女達の、お土産分も考えると100個は要るらしい。もちろんシャン●ンのセットもお付けする事になるだろう。
※ ※ ※ ※ ※
王宮でも、人々の日々は変わらず過ぎて行く。
「皆さん、一息入れましょう。お茶の用意をお願いね」
「王妃様。今、王都で人気のお菓子をお持ちしました」
「セシリアさん。本当によく気が付くわね。そのお店のケーキと言うのは美味しかったの?」
「フィデリア様にも、召し上がっていただきました。美味しくて、新しい感じのお菓子でした」
「そうなの?」
「侍女のマリセラが言うには、ほっぺが落ちる程だそうですよ」
紅茶の用意が整い、セシリアが用意したケーキが出され束の間の女子会が始まる。
「私以外、皆が食べた事が有るなんて、ずるいわ。確かに、この味なら買い占めたいぐらいだわね。貴族たちにも使えるわ」
「本当にそうですわ。ですが残念な事に予約は出来ません。個数制限もある上に、準男爵の店なので王家や貴族といえども、力ずくと言うのも憚られますわ」
「確かに無粋ですね。だったら、お忍びで行きましょう。愛じゃなくて、エーと、ケーキは全てに勝つわよ。セシリアさん、よろしくね!」




