聖秘蹟教会とバザー
イリア王国歴181年1の月14日
王都ロンダも、冬のお祭りが多い。年末年初の、礼拝など聖秘蹟教会の行事の折には、王室と教会合同で設置された給食所では、無料で食事を配ったりするので庶民は冬の祭りを大いに喜んだ。
王都ロンダで、この毎年1の月末に行われる3日間の「巨人の秘蹟」祭りは特に有名だ。聖秘蹟教会には、5聖人・4聖女がいる。5聖人とはオラシオ、エドムンド、ディオン、エミール、シルヴェリオで、4聖女とはエベリナ、テーア、シモーヌ、ニコレットである。
初日には、先の5聖人と4聖女の旗が掲げられる。その後、各ギルドから合計20体の巨人の山車が出て、町の広場に集まってくる。単独のギルドで出すのが難しい時は合同で作られる。巨人は高さが6メートル位あり、中空の張りぼてで頭は石膏や布で作られ全体が色付されている。胴体には、人が入り腕を振り回して歩く事ができる。
巨人の山車は、ふくよかな商人、実直な農民、高潔な騎士、名誉を重んじる貴族、ロンダを築いたとされる王と王妃、高潔な僧侶、偏屈で変り者の魔法使い、各男女の巨人の山車14体となり、行列の最後に恐ろしい魔獣の山車が六体続く。
中日には、其々の山車が太鼓のリズムでダンスをしながら町を1日練り歩く。最終日の昼に、広場に集まり巨人たちが協力して魔獣を倒おす芝居をする。夕方には、魔石を砕く仕草をして魔獣を退治する。王立聖秘跡教会の司教が、勝利と平和を唱え全ての張りぼてを燃やす。5聖人・4聖女の旗が、再び掲げられて広場を一周し祭りの終わりが告げられる。
「カトー、教会の紹介状はどうなった?」
「エミリー、考えたけど聖職者に挨拶を兼ねて手紙や贈り物を送れば良いと教えてもらったんだよね」
「そう言えば皆で相談した時に、そんな事を聞いた覚えが有るな」
「これは王国でも間々ある事だと言われたよね。これをきっかけにして、面会出来れば良いんだと」
「良いと思うんだが、上手く行くかな?」
「何、ようはタラゴナ教区の司祭から、王都の同じ派閥の聖職者に宛てた紹介状を貰えればいいんだ」
「何やら簡単そうに言うが、大丈夫か? 話を聞いてみると、タラゴナの司祭は……」
「エミリーの言う通り、やっぱり面倒くさいと思ったんだろうな。王都の教会への手紙は勝手に書いて良いと言われたので、書いて司祭の所に持って行ったよ」
「挨拶状をか?」
「ウン、頑張って正式な書式で何枚にも渡る手紙を代筆したよ」
「それで何やら書いてた時があったんだな」
「ウン。実際のところ、司祭が書いたのは最後のサインだけだよ」
「フーン」
手紙と簡単に言われるが、中身は教会の大司教以上の上級聖職者が用いる、600年前の言葉で古代アレキ文明の慣用句と単語を用いた正式の挨拶状だ。今、使われている教会語とは時を経た為か、異なる言い回しがある古典的な文章だ。
「完璧と言えるほど、字句に間違いがない。これほどの文を寄こすとは何者だ。タラゴナの田舎司祭とは思えんな」
王都第九聖秘蹟教会のセルヒオ首席司祭は、最近起こった奇跡で忙しかったが非常に興味を持った。これが後に、宗都リヨン送られると完璧な教会語で書かれていた為、挨拶文の基本スタイルとされ、聖秘跡教会語基本書簡に採りいれられるようになった。
それでなくとも、教会に多額の浄財を出した僕はかなり優遇される立場に立つはずだ。カッコーの宿から、紹介状を第9教会に送ってもらう。折り返し返事が送られてきて、翌日の昼以降に会えることになった。宿から貴族仕様の馬車に乗り教会に行く。相手は首席司祭のセルヒオ・エスピネル・イ・アルカラスで、受付には修道助祭が待っていて部屋まで案内をしてくれた。
「聖秘蹟教会にようこそ。カトー様」
貴族の僕は、大き目の彫刻の入った高そうな椅子に座る。エミリーは護衛。セバスチャンは、執事として後ろに控えている。
「セルヒオ首席司祭様。ごきげんよう」
「カトー様に、神の恩寵がありますように。で、今日はどのようなご用件でしょう?」
「一介の信者として、巨人の秘蹟祭りの寄付を差し上げたく参上いたしました」
「なるほど、あなたに神の祝福を」
「こちらと、こちらをどうぞ」
「おや、二つとは?」
「1つは教会に、今1つは司祭様の御心に感じ入りましたので」
「あ、いや。教会の分は、遠慮なく寄進して頂くが、今一つの方は頂く訳にはまいりません」
建前だよね。タティアナから、首席司祭のセルヒオの事は聞いてある程度だが知っている。第九教会での本当の意味での聖職者といえるのは、首席司祭の部下であるエミグディオ・アレナス・マチャド司祭である。
中身の金貨は、1袋50枚ずつの計100枚。少し驚いたようだが、金貨を見て口元が緩んでいる。
「そうですか、残念です。実は王都に来て間もないので、友人を作りたいと思っていたのですよ」
「それでしたら、もうここに友人はおりますよ」
「そうおしゃって戴けるのは実に有り難い」
「そうでした。交友を広げたいという事なら、3日後に此処の教区の慈善バザーがあります。よろしければ参加されてはいかがですか。貴族の方もいらっしゃいます。いかがでしょうか?」
「良いお話を聞きました。ありがとうございます。喜んで参加させていただきます」
「良かった。では、今一つの袋は私がお預かりしておきましょう。そうですな、バザーのクッキーの仕入れ等に使わせていただくのも良いかもしれません。皆喜ぶでしょう。万民の幸せこそ私の願いですからね」
「中々、慈愛のあふれたお言葉ですね。感心いたしました」
これ以後、多額の喜捨をした僕には、朗読奉仕者のビニシオ・ロレンソ・イ・アビレスが教会との連絡兼案内役に付けられる事になった。
(施設を維持するのにも、献金は欠かせないからね。特に気風の良い篤志家には、色んなサービスが有る様だ)
「教会への献金は、貧しき者に使う事が優先されてはおりますからな」
「そうなんですか」
「エェ、教会に出された献納は、食物や生活用品等を問わず貴賤無きように扱われます」
「建前ではありませんぞ。食べ物などの品は、助祭が配布させていただいております」
「へー」
中には日本の絵馬に良く似ている物もある様だ。
「願いを書いて収めていただいた物は、たとえ子供の描いた絵一枚でも、神にささげられれば献納に成るとされております」
「なるほど、なるほど。左様でしたか」
そして、教会には常に奇跡が必要とされる。王都第九聖秘蹟教会では、最近奇跡的な事が起こった。奇跡的ではなく、正に奇跡であった。大勢の者が、病から救われ癒やされた。「神の癒しの奇跡」であった。今、第9聖秘蹟教会は一寸した人気スポットである。
教会も、この「神の癒しの奇跡」を広めた。神を崇拝する民が居なければ教会は存続できない。魔法のあるこの世界では、人々は迷信深く容易に奇跡を信じることが出来た。徳の高い僧侶は聖人になり、悪に染まる者は魂を魔獣に食われる訳だ。
※ ※ ※ ※ ※
イリア王国歴百181年1の月17日
商業ギルドに来ている。個室に通され、テーブルにお茶が置かれる。すぐに、担当のルフィナさんが挨拶にやって来た。
「カトー様、ようこそおいで下さいました」
「この間は、タウンハウスの事でお世話になりました」
「お気に召す物件が見つかったそうで、こちらこそありがとうございます。それで、本日はどのようなご用件でしょう?」
「それなんですけど、この王国では蜂蜜を添えて食べるお菓子があるんですよね?」
「はい、主にお祭りの多い冬の間になりますね。人気のお菓子だと思いますよ」
「今からお見せする食べ物を、販売してくれるお店を紹介して欲しいのですが?」
「どのような物でしょう?」
エマが、小箱で持って来たカットしたケーキを、ルフィナさんと僕の前に置く。そう日本生まれの洋菓子ともいえる金字塔、ストロベリーショートケーキに似ている物を置いた。この国では、イチゴをまだ見かけていない。製粉の関係で、スポンジよりはシフォンケーキに近くなったが、生クリームを使ってアレンジしてみた。砂糖が有れば、もっと美味しく作れて良かったのだが。蜂蜜のおかげで艶はあるので、生クリームや果物を添えるだけでもいいだろう。お代わりのお茶を、上級会員ホールのメイドさんに運んできてもらう。
「生クリームの、ショートケーキといいます。僕から毒見しましょうか?」
「美味しそうですね」
「新しい食感だと思いますよ。どうぞ、召し上がって下さい」
「美味しいですね。特に口当たりが、今まで食べていた物と違った感じで。これなら沢山頂けそうです」
「それは良かった。ただ、残念ですが日持ちしないので。マ、色々と種類は有るのですが数は出来ないと思います」
「これを売るお店ですか? 種類は有るが数は無いと。それならば、喫茶店の様なお店が良いかもしれませんよ。お茶とセットにしたら単価も上がりますし」
貴族が表立って商売をするのは好まれないが、嫌われている程ではない。とんとん拍子に話が進んで、デザート重視の喫茶店がオープン出来そうだ。元々スイーッ製作は計画にあったし、少し話が早いように感じるが、何事にも勢いは大切だからね。
「確か、通りに面した所に有りましね。居抜きの賃貸物件が、一昨日出たと思います。ご覧になられますか?」
やはり予算が有っても、人気のある場所や幹線沿い等には売り店舗は無いそうだ。今回の様に、賃貸で見つけられたのも運が良かったと言っていた。商業ギルドから、歩いてすぐの場所というので、内覧を済ませて話を詰める事にした。
「居抜きなので賃料は少し高いですが、直ぐにお店が出来ますよ。食器もテーブルにイスもあるので、看板を変えるだけです。そうですね。ケーキを焼く窯を増やすスペースや、商品陳列棚は使えそうですね。」
「良い感じだね。前は軽食も出す喫茶店だったみたいだな。エミリーはどう思う?」
「中々、良い物件だと思うぞ。ただタティアナだけではなく、もっと人手を用意しないといけないんじゃ無いかな?」
「そうだねー、親子2人では手伝いが要るよな」
「カトー、作るだけだはなく他の者も必要だぞ。警備とか、会計とかな」
「そうだね。商業ギルドに頼んで探してもらおう」
見学の後、スタッフの事考えながら商業ギルドの入り口に向かう。
ギルドに戻ると、冒険者フロントから手を振って近づいて来る2人がいる。レイナとルイサ、2人の金髪美人姉妹だった。聞けば、タラゴナから王都の叔母の家に移ってきたそうだ。教会や聖遺物を、見物し終えたら職探しをする為、冒険者フロントに下見しに来た所だ。
「中々、お姉ちゃんと一緒に出来る仕事が無くて。荒事じゃないのはお金が安いし」
「それなら丁度いい。仕事を探しているなら良いのがあるよ」
(よし、2人は確保できたな)
その後、賃貸契約を結び人材の募集を依頼して、後日にギルドで面接する事で話を終えた。
面接者は、セバスチャンとエマにふるいをかけてもらう。書類審査で応募者の半数、面接後に実技を見て採用する。調理とホールスタッフが3~4人と警備も同じぐらい必要かな?
イリア王国歴181年1の月19日
聖秘蹟教会のバザーの当日、会場を一通り廻り特別喫茶コーナーに行く。今年は「神の癒しの奇跡」も広められて、参拝客や信者さんも多めだそうで中々盛況だ。教会の慈善事業には、貴族の女性は参加する事が好ましく思われている。ここは、貴族専用では無いが料金が高く設定されている。それが、教会への寄付金になる訳だ。出してくれるお茶やお菓子も喫茶コーナー参加者が持ち寄る。もちろん、参加者の自腹である。
エミリーは、冒険者風の服装だが護衛していますと言う感じだ。若い女性なので、さほど違和感は持たれていないようだ。お茶はいつものハーブティで、お茶請けは蜂蜜入りクッキーである。サービスしてくれたのは、やんごとなきご婦人とご息女である。
甘みを抑えたクッキーと、お茶のセットで中々よかった。サービスしてくれた、10才位の女の子が訪ねてきた。
「いかかでしたか?美味しかったですか?」
「うん、美味しかったです。クッキーも程よい甘さで、お茶の入れ方も抜群でした。エミリーもそう思うよね」
「ああ、そう。失礼。はい、私もそう思います」
「良かったです。お茶は母が淹れました。クッキーは、私が頑張って焼いたんですよ」
「そうなんですか。美味しく作れたんですね」
「はい、材料の蜂蜜が高くなっていて、お小遣いが無くなちゃったけど」
「ラミラ、はしたないわよ。すみません、娘は張り切り過ぎて沢山作ったので。材料代が思った以上で、新年は皆が蜂蜜を使うから高くなる事は良くあるんですよ」
「お母様ったら。私は男爵リゴベルト・ライネリオ・シンタド・ラミレスの娘、ラミラ・カルメラ・シンタド・ラミレスと申します」
「こちらこそ、申し遅れまして失礼いたしました。準男爵の加藤良太です。東方の姓名は、習慣上こちらと少し異なります。名前がリョウタ、家名がカトウになります。皆さん、リョウタと発音しにくいようなのでカトーとお呼びください。以後、お見知りおき下さい」
「いえ、宜しいですよ。私は男爵リゴベルトの妻、フリダ・カンデラリア・ジャ・コンデです」
「そうだ今度、私の誕生会を開きますのでどうぞお出で下さい」
「ラミラ、急なお誘いはカトー準男爵様に失礼ですよ。でも、よろしければ4日後になりますが、是非おいで下さい」
「はい、ではお言葉に甘えてお邪魔いたします。ラミラさん、楽しみにしています」
「お姉さま、顔が赤くなっています。大丈夫ですか?」
「モー、ドミンゴたら知らない」
「あらあらドミンゴ、お姉さまは今大切なお話をしていたんですよ」
その後、ドミンゴが弟である事や、リベルト男爵が領地持ちの法服貴族で紋章院にいる事が分かった。最後に、お誕生日パーティーについて少し聞いてお暇する事にした。
「ではまた。お誕生日会で、お会いしましょう。失礼いたします」
招待状は、後ほど宿まで送られてきた。この辺は、執事のセバスチャンが抜かり無くやってくれた様だ。リベルト男爵のタウンハウスは、第二城区(第二城壁と第三城壁間の市街地)にある。購入した家からさほど離れていない。王都では、領地と違い利便性から大きさと場所が選ばれる事も多いようだ。貴族のすべてが、第三城区(第三城壁と王城間の市街地)に家を持つ事は出来ない。序列が低い者や金銭的に余裕がない者も多く、領地の無い法服貴族は大抵それに含まれる。
今回、手に入れた準男爵位は法服貴族の男爵より、領地を持つ事で地位的に上と見做されている。法衣貴族の多くは、普通に言われる貴族になるのではなく、正確には官職につく事で貴族の様な特権を持つ事になる。領地を持つ貴族も含まれるが、学歴を積んで法服貴族なったり、軍務について帯剣貴族としてキャリアを積んだり、僧侶となって聖職貴族にとなるのだ。
貴族達とは、午前中には、まず会えない。王族も基本的には同じような生活をしている。領地を持つ貴族は収穫、税金、裁判、業務の全般を午前中に行う。午後は、人脈を作り、派閥を育て、交流を図るのだ。仕事をするのは午前中になる。
「カトー、気付いていないかもしれないが誕生日パーティーと言っても、長女となれば顔見世にもなるし、婚約者の選定も兼ねているんだ」
「へーそうなんだ。知らなかった」
「貴族ともなれば、10才となれば婚約など普通にある事だ。このような集まりやパーティに出て派閥や縁戚、友人と幅広い選択が出来るチャンスを作るんだ」
「そう言えばそうだな」
「これも王都にいる内だけで、領地に戻ればまず婚活などは無理だからな」
「ウン、そうだろうね」
「いずれラミラを嫁に出すとはいえ、親としては幸せを掴んで欲しいと思うのは当たり前だろう? だから言葉一つにしても誤解の無いようにな」
「そうだねー。エミリーの言う通りだよ」
精神年齢27才の僕は、断じてロリコンではないが、彼女らの花婿候補になる事も有るのだと考えさせられた。




