王都で家を手に入れよう
イリア王国歴181年1の月9日
新年になった。特に、これといったイベントも無く年を越してしまった。移動中という事も有るが、「新年おめでとう」という言葉だけで儀礼や料理は王都に着いてからとした。ただ街道では、王都や宗都リヨンへの巡礼団を見かける事があった。巡礼団の出発も、これ以降増えてくるそうだ。
馬車は無事に王都に着く事が出来た。貴族の馬車なので城門も簡単に通れた。行き先は第二城壁、西門近くの両替商クラウディオの所。メインストリートを進んで、馬車置き場から店に入り案内を請う。
「お久しぶりですね。カトー様。今回はどのような?」
「はい、今回もよろしくお願いします。叙勲しまして、準男爵になりました」
羊皮紙に書き込まれた、準男爵の名前入りの証明書と領主の承認証を見せた。
「さすがですなー。失礼ながら、私が見込んだだけ有りますな」
「それで、王都に住まいを設けようと思います。他にも、色々とお知恵を貸して頂けないかと思いまして」
「左様ですか。このクラウディオ、お力になりますよ。取り敢えず、宿の手配をいたしましょう」
後ろに控えていた、従業員さんに耳打ちして向き直る。従業員さんは、直ぐに部屋から出て行った。
「今、宿を押さえに行かせました。それで、王宮には何時行かれるのですかな?」
日付的には去年に叙勲したので、1の月以降に貴族院と紋章院に書類を出す事になる。これ以降、許可証が出されて王宮と貴族街に出入りが出来るようになるらしい。もっとも貴族の馬車に乗って居れば、フリーパスの様な物で止めて調べられる事は無い様だ。戦争中とか、事件が起こったときは別だろうが。
クラウディオが言うには、魔石を手に入れてから商業ギルドでこれはと思った相手に囁いたらしい。しばらくすると、教会の司祭・貴族の代理人・商人は本人だが店まで訪ねて来た。皆、真偽の程を疑っていたが魔石を見せて鑑定書を読ますと、色めき立って時間をくれと言ったそうだ。司祭は上司に、代理人は貴族本人に連絡を取り、商人は共同出資者と相談すると言って帰って行った。
魔石・小3個はそれぞれ、教会が23億・貴族30億・隊商の商人17億エキュで販売でき、合わせて70億エキュにとなったと正直に金額を知らせてきた。
どうやら皆、商業ギルドで話した伝手を使って知ったらしい。クラウディオも囁いただけで、すぐに購入者が現れるなんて凄い。販売後も盛んに問い合わせがある。この分なら新年のオークションでは、噂が広がり間違いなく高値だろうとの事だ。
最初の魔石は、商人に17億で売れた。僕はすでに代価の10億を受け取っている。残金は60億に成りますと言っているが、最初の魔石は商談が済んでいるのでクラウディオの思い違いだろう。もちろん、教会と貴族の合計53億エキュとし、委託販売手数料の1割5分を引いた45億500万エキュを貰う事にした。
「7億も減りますが、よろしいので?」
「最初の魔石は、10億で話が済んでいます。残り2個は、委託販売をお願いしたので計算に間違いないですよ」
「おお!何と商売の理がお分かりになる」
「実は、60億という事ならそれなりにおつき合い致しましたが、7億捨てて信義を取られるとは感服いたしました」
「エエ、まあ」
日本人の、サイフを交番に届ける習性が良い方向に向いた様だ。七億エキュといえば、日本円で1億7500万円になる。実際、海外ではお金の桁数や価値があやふやになるというがそれに近い感覚もあるし? それに10円20円ならともかく、1億7500万円を黙って有耶無耶に出来るような性格ではない。
(僕の場合、小市民なので気が小さい為ですよ)
魔石の販売金が、商業ギルドの僕の口座に振り込まれれば、かなり資金的に余裕が出来る。思ったより、高めだった事もありオークションにも期待が持てそうだ。オークションの為に、供託金を出す事や当日の会場に出席出来るかを尋ねて打ち合わせを終える。貴族となった今では、前回の宿は格が低いのでおかしいらしい。今回は、クラウディオに紹介してもらった高級宿に向かう。
「エミリー、王都の宿は、貴族も使う格式のある高級宿のカッコーの宿なんだって」
「カッコーの宿と言うのは聞いた事が有る」
「庶民や兵が使えるものでは無いらしいぞ」
「クラウディオさんは、先触れの人が予約を済ませていてくれるって言ってよね」
「そう聞いたが」
5階建ての建物が普通の王都。2階建ての、吹き抜けのある宿で贅沢に空間を使っている。宿の玄関前で、馬車に乗ったままクラウディオの紹介状をドアマン渡す。
「ようこそお出で下さいました。カトー様、支配人のマウリシオ・サバラ・ソラノと申します」
「これは支配人さんですか。よろしくお願いします」
「ご丁寧な挨拶ありがとうございます。ご自宅と思ってご滞在下さい」
ロビーからフロントに寄らず部屋に通されてチェックインした。ウエルカムドリンクと一緒に、宿泊用紙が出されセバスチャンが記入していく。リビングの他は、僕の部屋が一番大きく護衛のエミリーとセバスチャンとエマの部屋・浴室・簡易台所他で全部で7室になる。これでも、貴族とはいっても準男爵なので、さほど広い訳では無いらしい。
「カトー、私はこの部屋にする。早い者勝ちだ。大きい方が良いだろう?」
「エー、こっちの方が内庭に面していて良いのにー」
セバスチャンは馬屋番に馬車の世話を任せ、今は客室係にチップを渡して話を聞いている。エマはお茶を持ってきてくれた。これからは僕の貴族付メイドとして動くようで、部屋付きメイドにあれこれと聞いている。エミリーは、各部屋とベランダの点検をしている。
「エマ。ルームオーダーで正月料理を頼んでね」
「カトー少しは動け。食事以外は、何にもしないつもりか」
「リビングのソファーでゴロゴロするつもりだよ。馬車の中で学んだ通り、少しは貴族らしくしないとね」
※ ※ ※ ※ ※
イリア王国歴181年1の月10日
カッコーの宿から、商業ギルドへ向かう。上級会員用ホールの個室で担当者を待つ。担当者が来るまでにお茶とお菓子が出た。お茶うけに出た、甘いお菓子は商人たちが喜ぶ縁起物である。この国の富裕層である商人達は、1年のはじめの10日間、蜂蜜をたっぷり使ったパイを食べる習慣がある。甘いというだけで、値段は高くなるが縁起物だし見栄も張れるしね。
しばらくの間待つと、前回担当してくれたルフィナさんが来た。貴族たちは毎年、年始から3の月頃まで王都に滞在する者が多い。国中の上流階級が集まる社交界が始まるらからだ。貴族たちの住まう、王都のタウンハウスも財力によって城壁内の場所や大きさが決まる。
「ようこそ、おいで下さいました。ご用件を伺って、よろしいですか?」
「はい、今回もよろしくお願いします。叙勲して、準男爵になりました。それで王都で住まいを探しております」
「そうですか。おめでとうございます。で、貴族様用のタウンハウスをお探しという訳ですね」
「そうです。あれば購入したいのですが」
「承知いたしました。ご紹介させていただきます」
「お願いします。出来れば早急に手に入れたいのですが?」
「はい、分かりました。ではご希望とご予算をお聞かせ下さい」
後は、場所や間取りの希望を聞かれ、今から四件ほどの物件を見て廻る事になった。
商業ギルドの物件で、このタウンハウスならお勧めできます。という物件を不動産の担当者と一緒に、馬車に乗せられて廻っている。
商業ギルドに戻り、エミリーとちょっと相談して最後に見た家に決めた。
担当のルフィナさんに購入の話を進めてもらう。総額27億エキュ、口座には余裕あるが、もし無い場合でもクラウディオの信用保証があるので支払いは融通かきくそうだ。手付金の話が出たが、全額を口座から支払ってしまう事にした。その後、登記事務関係の手続きを済ませた。
(ウーン。7億円近い家、即決である。日本では、とても出来ない!)
商業ギルドは、この他にもいろいろな業務も行っている。上級会員の専属秘書サービスでは、予定管理はもちろんの事、役所の書類作成もと幅広く対応してくれる。ただこの秘書はルフィアナさんではなく他の人になる。だから頼まなかった訳では無い。断じて秘書が男の人と知った為でもない。
イリア王国歴181年1の月12日
昨日は商業ギルドで紹介されたタウンハウスの購入手続きをした。その後、有料だが身の回りを揃えたい時に、便利なセットの生活家事サービスも頼んでおいた。内容は、ベット・カーテン・暖炉用の薪・必要な食糧等の多岐に渡り、サービスがまとめて受けられるので手間が掛からない。注文した品は今日から搬入され、改装工事も無いので3日で終わると言われた。その間の、鍵の施錠を含む防犯や防火等の管理もギルドでしてもらえる。
僕たちが選んだタウンハウスは、元子爵の建物であるそうだ。貴族街寄りの、商店が立ち並ぶ通りのそばにあり隠れ家的雰囲気のある場所だ。高級商店街と違ってツンとした感じではなく、そうかと言って庶民的でもない雰囲気の一角だ。エミリーも気に入っている。
建物の一階は道路より1メートルほど高く建てられ、玄関ホールに居間と食堂がある。ホールは他人も出入する社交場でもある。居間は、訪れた人の目にも付くので豪華な内装になっている。訪問者は流行り始めた、まだ珍しい形の応接セットが置かれているのを見て貴族だなと思う訳だ。
(見栄えもあるしね)
奥にはパーティーが出来る食堂があり、中庭に通り抜けられるようになっている。2階は、ゲストルームと主人の室で、3・4階は普通の室にベッドが置いてあり家族や身内が使う事が多い。狭い階段で上がらなければならないが、若い使用人用の屋根裏部屋もある。そして地下には倉庫、古手の召使やコックの部屋があり、少し離れて厨房と食品保管庫へと続いている。
タウンハウスはセバスチャンに任せて、貴族然とした服を止めて、いつもの通りの服装でエミリーと一緒に出かけた。これから以前、王都の貧民街近くで会った、タティアナと娘のアデラの様子を見に行く。建物の前に立つと地下の薄暗い部屋で、アデラ一人で母のタティアナをぽつんと待っていた。タティアナは、教会に居るそうなので話を聞きにアデラを連れて出かける。
「タティアナさん、生活はどうですか?」
「楽ではないですけど、アデラの為にも頑張らないと」
「お渡しした金貨では足りませんでしたか?」
「ありがとうございます。あのお金で随分と助かりました」
「どうやら、借金と利子の返済でやっとだったみたいですね」
金銭的には身ぎれいには成ったが、2か月後にはまた借金となりそうだと言っている。今の仕事はと聞くと、労働時間が長い教会の炊き出しの手伝い位しかないそうだ。
「でも、教会には最近、多額の寄付があったそうで食事の無料給付が続けていただけるので有難いです」
「ホー、そんな事がね」
「おかげで、給食の手伝いでもお金がもらえるようになったんです」
「それがさっき言っていた仕事なんですね」
「ハイ、そうです。ですが何時までも給食の仕事がある訳では無いので次を探さないと」
ここだけの話と念を押されたが、司祭のエミグディオ様が身を粉にしてみんなの為に頑張っているが、主席司祭のセルヒオが寄付金を取り上げようとしているそうだ。彼の事を良く言う者は居らず、かなりの金をため込んでいるとの噂もあるらしい。
(タラゴナの教会の紹介状にはセルヒオとあった。次に行う、教会への工作はこの主席司祭だな)
「タティアナ丁度良かった。実は人手が欲しかったんです」
「そうですか?」
「エェ、エミリーとも言っていたんですが良ければタウンハウスに移って来て下さい」
「エー?」
「タティアナさんにはコックとして料理を憶えて下さい。もちろん指導はエマと言う者がお教えします。どうでしょう?」
「私、素人ですし……」
「構いません。新しいタイプのお菓子のお店なんで、逆に正統派的なコックさんより良いかなと思っているんです」
「アデラも一緒で良いんですか?」
「もちろんです」
「そういう事なら、お願いいたします」
アデラの行く末も不安だったのだろう、2人して非常に喜んでくれた。教会の仕事の引継ぎや、大家と近所の挨拶等2・3日掛かるそうだ。2人の身の回り品は、エマに頼んでおけば大丈夫だろう。エマには、面倒をかけるがアデラに簡単な教育をするようにも言っておいた。何しろセバスチャンとエマには家庭教師機能もあるからね。
料理の仕事を思いついたのは、先日、エマが市場で牛乳を見つけたと聞いたからだ。エマがタティアナに教える事になった料理とは、ケーキを始めとするお菓子作りが主体だ。タティアナは教会で料理していたし興味もあるようだ。見つけた牛乳で、これからは生クリームを使ったケーキが出来る。蜂蜜が有って良かった。2人には、これからの事を話し、支度金を渡し宿に戻る事にした。
早速、宿に戻って打ち合わせだ。セバスチャンとエマには買い物を頼んで引き続き準備をしてもらおう。セバスチャンにはタウンハウスの管理と追加の備品、エマには服地の購入と高級な服を仕立ててもらう。このイリア王国ではまだ見た事が無いが、日本風? ウエブ小説風? の執事服・メイド衣装を頼んでおく。
僕とエミリーは地図を手に入れる為、商業ギルドに行く。地図は戦略に必要な重要品なので昔から販売は禁止されているが、世襲貴族は手に入れることが出来る。領主となれば、自領はもちろん交通網を把握していなければならないからね。ギルドにあるすべての地図を購入し、タウンハウスに配達してもらった。セバスチャンがすべてをスキャンして何時でも使えるようにし、僕の地図魔法と、スマホで撮った遺跡都市メリダの過去データを加えてデータ化した。いつか活用できるだろう。
セバスチャンとエマが見つめ合っている。これってもしや。
「なにしてるのかな?」
「はい、ただいまはデータの共有をしておりました。これで、地図や出来事など同期が取れました」
瞳のレンズで非接触通信ですと。




