準男爵になるって
イリア王国歴180年15の月13日
作戦開始です。イバン達家族と番頭のガブリエル、レアンドラ親子そして僕の8人で計画を立てる。セバスチャンとエマはじっとして話を聞いているようだ。
正体を隠して仇討ちをする。大筋は、シロチドリの宿で考えた計画。王族が関係するとなると、身分的な事もあるので僕は男爵の息子に化ける。エミリーはお付きのボディーガード役の冒険者に、セバスチャンとエマは執事とメイドになってもらう。ここまでは配役は同じ。しかし、三人寄れば文殊の知恵と言われるが、中々纏まらない計画です。
試しに、セバスチャンの自立思考支援能力で、成功確率が高いシナリオを検討してもらった。セバスチャンが、なんか遠慮気味に5割の確率で成功するだろうと話していました……。5割は、ダメだという事ね。要検討である。
僕は一人旅をしている優秀な魔法使いで、巨万の富がある商人の息子と思われている。現に、執事とメイドが追いかけてきているしね。
「よろしいでしょうか。カトー様」
「何ですか。イバンさん」
「男爵の息子と偽るよりも、正式な準男爵の方が良いのでは?」
「それはもちろんです」
「ならば、官位を金で買えば良いと思いますが」
「出来るなら。あぁー、その通りです。官位を買えるというのですか?」
「確か王国の貴族位である準男爵だったと思います。世襲できる爵位の中では最下位ですが、一代限りのナイトと違って世襲の称号で有ったはずです」
「という事は」
「代々続く、貴族と名乗れますな」
「このイリア王国では、それなりの推薦があり金を積めば準男爵位なら手に入ります」
「エー! それって」
「ハイ、貴族になっていただきましょう」
「ウーン、ならば。金は有る」
言って見たい、セリフの一番である。日本に居る時に言いたかった。そうなれば世襲貴族だし、貴族同士ならシエテの町の領主カミロ子爵にも口が利けるかも知れない。運良く爵位が手に入れれば、王都の側室クリスティナ妃との伝手も出来るかもしれない。そもそも平民だと、相手にしてもらえ無いかもしれないしね?
セバスチャンには、今でも執事の様な仕事をしてもらっている。内容は家政・資産など極めてプライベートな部分までサポートしてくれる。執事の業務以上かもしれない。馬車の馭者、武術のエキスパートとして別荘とタウンハウスに、買い物に出ればそれに合わせて護衛や警備をそつなくしてくれる。庭の手入れや、家の修繕も出来る。この間は窓ガラスの交換を頼んだし。
エマは、メイドとして主に身の回りと食料品関係を任しているが、頼めば大抵の事をやってくれる。掃除も片づけも、文句も言わずしてくれる。生活環境も貴族となれば、それなりに見栄を張らなければならない。季節ごとに、絵も換えないといけないらしいし、大きな花瓶には花も必要になる。家具付きの家である。付いていた品には美術品も多かった。道理で、同じ様なタウンハウスの販売価格が相場の倍もした訳だ。
時々、エマの描いた品を見て考えるのだが、ホムンクルスは芸術が理解できるのか? と思う位だ。警備とサービスユニットとあるが、2人ともハウスサーバントとして家政一般が出来るし、家庭教師がやれる位だから知識もある。戦闘用モジュールを付けなくとも十分強そうだし。2人で全てを管理している訳では無いが、タウンハウスの管理と維持等、その知識は最初から書き込まれているのだろうか? 実に有能だ。
多言語翻訳もできて自己学習・自立作業可とくる。思わず自分と見比べてしまった。飽きる事も無いから、不眠不休で連続稼働日一千日となれば大抵の事は出来てしまうだろう。自分で見つけておいて何だが、二人ともステーションのサポート要員のホムンクルスだったんだ。ホント、勿体無いぐらいの何でもやれる優秀さである。
セバスチャン曰く、出来ないと言うのは簡単だがもっと良い考えが出るように努めたり、例え失敗したりしてもバックアッフ゜の計画をしておくのがホムンクルスとして生まれてきた者の使命だそうだ。ただ、自分たちは未来を見通したり考えたりする事は出来ないし想像力も無いのでその時は助けてもらいたいそうだ。
彼らに直接聞いてみて、大変そうに見えるが、僕が喜ぶのを見るのが楽しくて、直接お礼を言われたりするとその分喜びも大きい。その気持ちを大事に忘れずに日々の仕事に向き合っているそうだ。
(ウン、遺跡都市の宝玉を回収したら、製品寿命以上の魔石を一杯プレゼントしてせめてものお礼としよう)
※ ※ ※ ※ ※
「今日は十五の月十三日だったよね。エミリー」
「あぁ後、13日たてば新年だ。年明けには、王都ロンダで恒例の王の謁見が始まるな」
「そうかー」
「集った貴族達のパーティーがそこかしこで行われ、聖秘蹟教会による祝福の宴の行われるんだ」
「お正月かー」
「お正月というのは知らんが、庶民も各ギルドの様々な催しを楽しみ、収穫の徴税も終わる」
「仕事が終わったーという感じだね」
「その通りだ。役人たちも、ホッと一息ついて政争に加わる一の月になる訳だ」
「なるほどなー」
「そして毎年、三の月になれば恒例になっている昇進や移動が行われる事になる」
「そうかー。仕事の斡旋や勧誘、根回しが始まるのか」
「偶然とはいえ僕達がこの時期を来たのは幸運だった。お金を動かして集中して準男爵として売り出そうというのには最適だからな」
「好機到来という事? そうか、日本でもコマーシャルや露出というのは一気に行くと聞いた事が有る。ここでの売り出し方も一緒なんだね」
「都合が良いのは変わらんが、金がかなりかかりそうだ。高級な宿に、持ち物に服装や食事などに気を使うし、貴族なら馬車も備品などの演出用道具が必要だしな」
「ウン」
「それに金だけでは無いぞ」
「お金も、いっぱいある貴族相手では何より話題にならないとね」
「その通り、知られるようにするには中々大変だと思うぞ」
「何で興味を引くか? やっぱり読んだウェブ小説を思い出して手順を研究しないとなー」
「先人の知恵を借りるのは良いと思うぞ」
高級な宿に、持ち物に服装とあったが、この世界の服は、フルオーダーなので仕立てに時間がかかる。だが、服地さえ手に入れば、エマが手早く仕立ててくれるそうだ。エマは裁縫の腕も確かだ。移動時の毛皮のコートを仕立てたのを見ているし技量もある。
「先ず隗より始めよとという言葉がある。女性の気を引き付けるのが一番だと言う事なんだ。エマ。あとで、ルカスに金貨を渡しておくから生地屋に行って服地を大量に購入してもらおう」
「ハイ、承りました」
「エマが欲しい物は何でも買ってね」
「私がですか?」
「エマさんに書いてもらったデザイン画は素晴らしいの一言です」
「レアンドラさん、そんな事無いですよ」
「スマホに保存してあった写真に動画があったからですよ」
「そこから選び出すセンスが良いんですよ」
「ソニアさんまでそんな事を仰るなんて」
「そのアイデアの豊富さは王宮の宝物殿もかくやと言う量と質」
「カトー様まで」
「ただ、小説のイラスト画も参考にしているだけですよ」
「横で見ていた、女性達がびっくりするのも無理はないな」
「エミリー様!」
「いや、エマさんの才能に驚かされます」
「もー! 皆して」
「凄い、服飾の女神様と呼ばせてくださいー!」
女の人にとってはファッションの方が気になるのだろう、スマホや動画など知らない単語が出て来ても気にならない様だ。エマが当たり前のよう作品を紹介し、ファッションの話をしている。打ち合わせが長くなりそうだと思っていたら突然、話をふられた。
「カトー様。そんなに、膝が気になります?」
なぜか、メイドのスカート丈の短めの服の画が沢山あるかと尋ねて来たのだ。●●48とか色々あるが、女性陣の前でエマにどの子が良いのか聞かれてしった。おまけに今回は服の話なので、服の面積が少ない女の人の画はまた今度と言われてしまった。
※ ※ ※ ※ ※
エミリーの父親のイバンが昔、海を越えてフランに商売しに行き、世話になった恩人の男爵がいた。その男爵の息子の僕は、縁があってイリア王国に訪れていたという設定だ。息子ではあるが、長男では無いので男爵位を受け継いでいない。丁度、良い機会なのでイリア王国で準男爵にと言う感じだ。
実際その男爵というのは、貴族というより紳士然とした富豪であったそうだ。爵位を持っていながら、冒険心が強く東の国から中央大陸のフランにまで旅をして、流れ着いた感じだ。当時、男爵は芸能人やアイドルの様の人気があり、ゴシップや浮名が流れたと言われる。浮名を流すとでもいうのだろうか? 性格は、親分気質で気前が良かったそうだ。
「エミリー?」
「まあ、爵位というのは、下の方になると王国でも帝国でも体面を維持するために金に苦労するそうだ」
「メンツと言うのは、何処でも同じで金食い虫ですしな」
「イバンさんの言う通り、何かと出費があるので懐は苦しくなるばかり」
「ハハ、まったくもって仰る通り」
「父の話では苦し過ぎて耐えられず、爵位の身分を返上する者も珍しくないそうですよ」
「左様ですな」
「カトー様、口調がいつもと違いますがー。マ、それはさておき裕福な商人など、地位と名誉を買う者も出てきます」
「お決まりのコースですなぁ」
「準男爵は、お金が有れば買える爵位ですが」
「人は取り敢えず頭を下げますからな」
「それなりの貢献を人々にしなければ手に入らないとされております」
「建前は必要ですからな」
「カトー、やっぱりおかしいぞ。まだ貴族口調の練習はしなくとも良いんじゃないか」
今は、冬のお祭りシーズン。聖秘蹟教会も、設置された給食所で食事を配っている。慈善事業の、ハイシーズンとも言われる。教会への献金は社会的な名誉に繋がるのだが、献金した幾らかは慣習として地区の聖職者に渡されるようだ。これで後日、喜捨した金額が書かれた感謝状が送られて来る事になる。分かりやすいが、中には家の前の壁に感謝状を貼り出して自慢する者も居るそうだ。
イリア王国でも、教会は税を納めないで良い特権を持っているし運用する金額も秘匿している。加えて教会の地区管理は、極めて独立性が強く他の教区の財務状況を知る事は出来ない。言い換えれば、これは神の名のもとにいかようにも、富を築くことが可能だという事になる。この浄財であるはずの資金を扱う者は、すべて聖職者で内容は秘密とされているという。
ここで僕は、堂々と名前入りの喜捨を行った。但し、お金は二つの革袋に入れて教会と担当者にそれぞれ渡したのだ。ルカス本人は教えたと分からないだろうが、僕にあれこれ話してくれたので、アーなるほどと思える事だった。
組織という物には派閥が生まれる。やがて地位の高い低い、負け組や勝ち組、政治的駆引き、賄賂の慣習が行われるように自然と発生する。自分に都合よくする為に袖の下を送り、便宜を与えた為に違法な金を貰う。これは聖職者も役人達も、手間がかかるので当然と思うようだ。役得ではなく、謝礼金であると言い訳して接待を受ける理由ともなっている。残念な事に、スキャンダルというのはここから生まれ、政治やヤクザの悪時に利用されるようになる事もあるだろう。
ま、何はともあれ、この教区の聖職者である司祭の信用を獲得し、推薦状代わりの感謝状を手に入れた。イバン達に聞くと、タラゴナの司教の派閥は王都での主流派だそうだ。ちょっと驚いたが偶然だろう。大昔、王都で癒しの魔法が行われたと言われる教会があり、その司祭がこの町の出身だったという。その王都にある教会の主席司祭セルヒオに宛てて、王都を訪れた時はよろしくお願いしますと手紙を書いてもらった。
「エミリー。少し驚いたが、やはり翻訳魔法の言葉はラテン語みたいだな」
「ラテン語と言うのはカトーのいた世界の共通語なのか?」
「今は違うけど、昔の西欧諸国の僧侶達や学者に教養人と言われた人達は、書けたり話せたりするのは常識だったらしいよ。どこの教会でも地方でも通じたらしいと言われてる」
「フーン。カトーの世界でもそんな事が有ったんだな」
「そうだよ。だから国が変わっても、教会の聖職者は同じ字が書けるし通じると言われてたよ」
「さしずめ、歴史の重みのある威厳に満ちた言葉なんだろうな」
「そうかも知れないね」
「実際の所、司祭が挨拶して来た時に幾らかは出来るんじゃないかとは思っていたんだ」
「ウン、それで」
「それがね、教会の秘儀ともいえる慣用句まで分かるので試しに話し返したんだ」
「ホー」
「マ、流石に聖句の意味は不確かだったので、適当なんだけどね」
「通じたんだ」
「そう。司祭も驚いて、何処かで修業を積んだのでは無いかと聞いて来た位だよ」
古代アレキ文明だった600年前の言語である。今では、教会でも秘儀の慣用句を読み書き出来る人は、非常に少ないと司祭が言っていた。翻訳魔法を鑑定すると「この世界の基本的な会話、文書など、社会生活で話し言葉や書き言葉を使う事ができ、言葉を聞き取ると自動で更新すると言う優れものの魔法」とある。まったく偉いもんだ。ウェブ小説に必ずというぐらい出てくるはずだ。
「カトーの言う事、本当だったんだ」
「さらに限られた聖職者と、王族のみが儀式に使うとされる秘密の話し言葉も、ひょっとしたら解るかも知れない」
「エー!」
「それも、翻訳魔法のお蔭でイリア王国はもちろん、エバント王国やケドニア神聖帝国だけでは無いらしい」
「そうなるのか。3カ国の言葉は共通点が多いからな」
「海を隔てた中央大陸のパルティアからササンドのクシャーナ王朝」
「薄々そうではないかと思っていたがそんなにも」
「遥か東のフルとインル、その周りの僻地の小王国の言葉が話せる事になるらしい」
「ヤッターネー。でも泣く事は無いだろう。そんなにうれしいのか」
「ウン、日本人が不得意とされる外国語の完全制覇なんだ! 発音にどれほど苦労したか、何年かけてもすぐに忘れてしまう。それが何カ国語も完璧にだよ」
「何やら大変だったんだな」
「それが今日、確信できたんだよ。魔法バンザイ! バンザイ! バンバンザイ!」
読み書きは、聖職者や文官の基本だ。高貴な身分の者は、それなりに身に附けなければならない。地方の騎士あたりになると、書き文字が分からぬ者もいるといわれる。男性は、戦闘や訓練に狩りなどで忙しい為と言い訳するが、貴族階級の女性は、嫁ぎ先の領地を運営するのに必要な事なので読み書きが出来る。
商家等がお嬢様教育として、エミリーに読み書きを習わせたのは、帳面をつけたり記録したりする必要があったと同じだ。行儀作法に関しても、多分大丈夫。セバスチャンとエマの、多言語翻訳機能及び外交プロトコルによって、各国の貴族の社交儀礼や作法の習得も大丈夫だろう。
六百年前のプロトコルでは通じない事もあるだろうけど、何となれば日本人の社会人マナーとかで行けばいい。食事の時の作法も、王国ではフォークを使える人はまだ少ないし、聞けばとやっと王都で使いだしたと言っていたからね。変な所は外国から来た事にしておこう。




