商業ギルド会員ね
イリア王国歴180年15の月8日
前日、観光した疲れか少々寝坊した。宿の朝食を時間ギリギリで摂り、西門のクラウディオの店に向かう。
ベストとベルトを昨日のようにフロントに持って行く。金貨と市場で買った食材を、まとめて布で巻いてぐるりと締め「王都のお土産が増えちゃった」と言ってまたフロントに預けた。
エミリーが目をつぶって何やら言っている様なのだが、同じようにそこらへんに置いといてと言って、前と同じ半銀貨を渡して出かける。
両替商のクラウディオの所にある魔石の1個の残り分、金貨で45キロをどうしよう。
「どこかに預ける事が出来るんだろうか?」
「実家が商会だったと言っても詳しい訳では無いぞ。私に聞かれても15才で家を出たしな」
「そうだった。ミスリム硬貨も見分けがつかなかったしねー」
「ウーン、そんな事もあったな。マ、実際。お嬢様教育ではお金については基礎だけ。こうゆうのは妹の方が出来たしな。私は武器の稽古をだな……」
「だいたい王都守備隊での給料は金貨なんて月に3枚と少し、いろいろ引かれて2枚ないんだぞ」
「エミリー?」
「それに金貨を重さでやり取りするなんて、私なんか年に……。副長だから、立場上いくらも給料が変わらないのに下の者に奢ったりするし、誘われれば飲み会にも行かねばならん。断ると付き合いも大事だと先輩に言われるし事もあるし。武器も数打ちじゃなくて、春には服も……」
いつの間にか下に顔を向けてブツブツ言いだした。
「エミリーの気持ちもわかるから、ここはおさえてね。金貨の事はクラウディオさんに聞こうね」
※ ※ ※ ※ ※
クラウディオの店に着くと前回と同じ、すぐに奥に通された。
「カトー様、エミリー様。ようこそ、おいで下さいました。本日は両替で買い取りいたしました魔石の残金でしたね」
「ハイ、そうなんですけど、ついでと言う訳では無いのですけど追加の魔石を持ってまいりました」
と言って魔石大・中・小を各1個、テーブルの上にゴトンと置く。
「フゥー、ハハハ。なるほど、カトー様には驚かされてばかりですな。これほどの物を事も無げに」
マァ、第3級転送ステーション113に帰るまでに、魔石は空飛ぶ絨毯の燃料用小1個と予備の大・中・各1個、小3個もあればいい。ここしか現金に換えれる当てが無いしな。
「この魔石は、お売りになるので?」
「今ある3個を預けておきます。クラウディオさん、良い値をつけて下さい」
「そんな事でしたら、先に預けた魔石2個と同じ様に委託販売で手数料が1割5分でしたら、直ぐにでも売れるでしょう。……が」
「では」
「イヤ、今回の3個は、競りで売った方が良い値になりますよ」
「競り?」
「ハイ、オークションが良いかと思います」
「ホー、オークションですか」
「お話していただいた売却期限が3カ月ともなればなおさらですな」
「ではそのようにお願いします」
「ならば、魔石の大・中・小各1個の計3個は王都恒例の年明けのオークションに出しましょう」
「恒例なんですか?」
「エェ、年明けなのですが、おそらく、かなりの高値になると思われます。但し、手数料はギルドの分もあるので、1割より高くなり2割になりますがそれを考えてもお渡しできる金額は増えるかと」
「それはそれは。よろしく」
「ハイ、実のところ私も儲かりますし、お互いお得ではないかと」
ナタナエルの師匠らしく、金銭に固く、信用を大事にする人らしい。魔石・小3個は、自らが販売して確実に金に換えるそうだ。追加の魔石大・中・小各1個の計3個は、より利益が出る方に話をするというのも良い。オークションで、絶対儲かると言わないところが金融関係の商人らしくて好感が持てる。オークションで、売れない事もあるからね。
今回も、公証人も呼ばれて書類が作られた。前回同様に、手数料はクラウディオが持つと言ってくれた。やっぱり、儲かるのかな?
魔石のオークションや価格についてあれこれと聞き終えた後、クラウディオに金貨は何処に運ぶのですかと聞かれた。正直どうしようか困っていると言うと。
「それでしたら、商業ギルドにお持ちなさい。ここからは、うちの者が運びましょう。口座は、お持ちですかな」
「まだなんですが、これを機会に口座を作れるたら良いと思うんですが」
「では、私が紹介状を用意いたします。この、クラウディオにお任せ下さい。カトー様はお年とか、身分なんかを一切気になされる必要は有りませんよ」
と言って、何やら書いてくれるようだ。
「紹介状には、カトー様を保障する旨、書添えましょう。商業ギルドの、アニバル・ハシント・スルバラン・ムニョースさんにお渡しください」
「僕の事を保証してもらっても、良いんですか?」
「構いませんとも、清算前の魔石をまだ5つもお預かりしております。お気になさらず」
「で、これからどちらに?」
「タラゴナの町に戻るつもりですけど。途中、寄りたい所もありますので暫くしてからになるでしょうが」
「タラゴナの町に行かれるなら、ナタナエルにも一筆書いておきましょう」
書いてもらっている間に、用意された金貨3000枚が机に置かれる。この場で、革袋六個に入れられた金貨3000枚をエミリーと数え始めた。ここで数えもせずに、受け取るのは悪手だ。数え終わった頃、紹介状も書けたようなので間違いのない事を伝える。
聞けば、多額の金貨の流通は、重くて使い辛いので手形に似たものがこの世界にもあるそうだ。今回は指示をしなかったので現物となった。商会などでの高額の取引の場合、普通は手形になるそうで随分と手間をかけさせてしまった。只、個人では現物を希望する人も多く、金貨を用意するのも珍しい事では無いと話してくれた。
「では、今後とも良しなに。来年、またお会いできるのを楽しみにしております」
※ ※ ※ ※ ※
店の裏口横の駐車場には、貴族が乗るような豪華な馬車が待っていて、商業ギルドまで金と一緒に送ってくれた。貴族や上級会員は、商業ギルドの裏門から直接乗り入れる事が多いそうだ。商業ギルドの裏庭に乗り入れると、豪華な馬車や格調の高い馬車が並んでいる。貴族にすれば、こちら側が正面なのだろう。
案内員という感じの黒服を着た人に、貴族・上級会員用ホールに通される。個室が並ぶホールには、人と顔を合わせないよう色々と工夫がしてある。
(これは、日本のラ●ホテル。ウン、デザイナーホテル? みたいだと入口で思う。何しろ聞いただけなので、詳しくは知らないが他の人と会わないようにする為だとか)
送ってくれた人が、商業ギルドのアニバルにアポを取ってくれたようだ。高そうな調度品と、品のあると言うか格調のあるソファーがある個室に案内された。入口が開き、お茶を持って女の人が入って来た。見たような感じだと思ったら、昨日冒険者カウンターにいた受付嬢だった。
「かなり、恥ずかしい」
「どうしたカトー、顔が赤くなってるぞ。熱でもあるのか?」
エミリーの質問に知らんふりをしていると、中年の紳士が部屋に入ってきた。ビジネスマナーを、やっと思い出して挨拶を済まして要件に入る。クラウディオの所の店員は、45キロの金貨を乗せた台車を置いて出て行った。
何しろ、三千枚の金貨45キロで6億7500万エキュ(2億2500万円)だからね。クラウディオの紹介状を渡して、金貨を預けたいと切り出した。紹介状を読み終えると、金額、保障、紹介者等すべてOKという事で口座を持てる事になった。
アニバルが壁の紐を引く。紐が鈴にでも繋がっていて、離れた所に知らせる事が出来る仕組みらしい。先程の受付嬢が戻って来て用件を聞く。直ぐに、書類一式を持って来てくれた。
「口座を開設時には、こちらの書類にご署名と血をお願いいたしますので」
と言って受付嬢が羊皮紙の用紙をテーブルに置き、羽ペンと小型ナイフを差し出した。
「カトー、署名が終わったら指出して」
エミリーが代わってナイフを取り、チクッと刺す様に切って血を羊皮紙三枚に吸わせた。
「では、次は私ですな。特別ですよ」
アルバルも羊皮紙に血を垂らして署名したんだが、サインは良いけど血判をするとは思わなかった。羊皮紙には、魔法で何やら術式が組み込んであるらしく、最後にアルバルが何か唱えるとピカッとなって終了したらしい。
「これで、上級口座にて為替を起こすことが出来る様になります。これからは一々、公証人を立てたり、重い金など運んだりする必要は有りませんぞ」
「こんなに早く、口座を開けれるものなのですか?」
「エエ、クラウディオさんは私どもの昔からの上級会員ですからな。良い方と、お知り合いなんですな。では、カトー様。今後とも商業ギルドをよろしくお願いいたします。後は、このルフィナに案内させますので」
受付嬢が、丁寧に挨拶をしてくる。
「私は、上級口座を担当しております、ルフィナ・カタリナ・キンタナ・ロアと申します。カトー様には、昨日お会いしたみたいですね」
ほほ笑みながら挨拶された。エミリーには、受付で見かけただけであると言ったんだが。ボーと見ていたのを知られたかな?
羊皮紙の一枚を、契約書だと渡されて保管するように言われた。
アルバルに、挨拶をして個室を出る。途中、ルフィナが昨日は休んだ友人の代わりに受付嬢として出たと話してくれた。
貴族・上級会員用の酒場兼用食堂を抜け、商業カウンターに案内されて一通り説明を受けた。
「カトー様は商業カウンターでも、貴族・上級会員用ホールからでも、ご都合の良い方でお越しくださいね。受付で、私を呼び出していただけば、喜んで対応させていただきます。以後良しなに」
「オイ、カトー」
「お礼を言って言わないと」
「ウン、ありがとうございます」
「ハイ、ご機嫌よろしゅう。またお会いできますよう、楽しみにしております」
※ ※ ※ ※ ※
「フー、お金の事になると大金でなくとも気疲れしてしまうなー」
「それは私もだ」
「じゃ、この後は市場でも冷かしてみようか」
「良いな」
「それと軽く食事してから宿に戻ろう」
「エミリー、それと」
「公衆浴場によっても良いかなという事だな」
「よく分かったねー」
「お前は無類の風呂好きだからな。行ってみるか?」
「いいね! どんなのかな?」
「落ち着け。王都では水道施設によって、豊富とまでは言えないが大量に水が供給されている」
「ウン、ウン」
「王都の人々のお風呂好きだからな。これから行く風呂屋は少し大きいが王都では平均的な所だ」
「そうなんだ」
「風呂屋自体は、教会の指導で段々と無くなっていくみたいだ。地方の都市とは違って王都のお湯屋はまだまだ活況なんだ」
「へー教会の指導でね」
「聖秘蹟教会は、いかがわしい場所として混浴できる浴場を問題視しているんだ。王都民は伝統だと思っているんだが」
「そうだよー、文化は残さないとね」
※ ※ ※ ※ ※
「さすがに王都のお湯屋さんは、蒸し風呂ではなく大きなプール状の湯船なんだ」
「そうだな。カトー何だ? 拭き布をそんな所で持って。堂々とせんか」
「入場料は一寸高くて、冬は一人8000エキュ(2000円ガウン付き)なんだ」
「何で?」
「冬はマキ代が余分にかかるという事になっているからな。分からんでもない。居心地がいいし娯楽を兼ねた施設だから、一日居る者も居るからな」
「へーそうなんだ」
「お風呂に入りながら、別料金で飲み物や食事を摂れるコーナーもある」
「ウン」
「混浴だけど、湯上がりには浴衣の様な薄手のローブを借りて羽織る」
「そうなんだ」
「吟遊詩人が歌を披露する舞台があるし、床屋さんもあって身ぎれいに出来る」
「良いな。マッサージ師も居たりして」
「その通りだ。良く知っているな」
どこでも人の考えるリラックス方は似たような物になるらしい。季節は冬。北のレオン山脈は雪が積もり、ここ王都ロンダでも雪が舞うようになる。確かに、日本にいた時よりテントから夜空を見る事は多くなったけど。
こちらでも年の瀬というのだろうか?




