明かされた過去
イリア王国歴180年15の月2日
事務所の書類や書架の本を読むと、魔法の巻物について少し分かってきた。
(ウーン、これって理解力が増しているのか、分かるように翻訳してくれる翻訳魔法が凄いのか?)
「エミリー、少し分かったと思うよ。僕が魔法を巻物で覚えられたのはねー」
「オ、分かったのか」
「DNAレベルで判定されたんじゃないかな?」
「DNA?」
「ウン、DNA」
「遺伝子レベルの書き込みか、書き換えが行われた為らしいよ」
「フーン。分からん」
「そうだね。僕も分からないよ」
「おそらく魔法の巻物というのは発動条件があるんだ」
「部屋に入った時に、起きたと言ってな」
「そう、何らかの身分証明を経た後に使用許可されて、一回のみ書き写す事の出来る魔法なんだろうな」
「それで、カトーしか出来ないのか」
「当然、使用制限は有るんだろうな。でも今は解明するのは難しいじゃないかな」
脳に直接、書き込むなんて魔法だね。まぁ、魔法という時点でファンタジーですからね。確かに、魔法でもなければ指の先から水や炎なんて出ませんからね。
※ ※ ※ ※ ※
書類を読み進むうちに断片的だがテロの内容が分かった。アレキ文明の研究者達によるといつかは分からないが、流れ星の多いムンデゥスでは、衛星の帯から大きな隕石が落ちてくる可能性があると告げていた。そうなるとかなり破壊力もあり危険であると以前から言われていた。確かに軌道上にはまとまった数の岩石群があったが、軌道変更はとても無理な事だと思われたので危険視されていなかった。
「テロの内容が少し分かったよ。どうりで隕石テロと名付けられれた訳だ」
「隕石?」
「空に有る月から伸びている帯、あれの事だよ。テロリストの魔法使い達が軌道上の岩石集合群を落下させたんだ」
「そんな事が出来るのか?」
「その事なんだがある時、魔法による重力異常が各地で観測されたらしい。衛星軌道にある、月の欠片である集合群の一つが軌道を変更したんだ」
「遠い月なら何にも起こらないだろ」
「そうだよ、普通はね。このムンデゥスの周りにも岩石集合群と言うのがあるんだ。ほっておいても流星となって燃え尽きるぐらいのものしか落ちてこないんだ。実際、それを見ても綺麗だと思うぐらいだろうしね」
「流れ星だからな。夜になれば結構、見る事が出来るしな」
「地表に落下したとしても、小さな欠片だ。精々、珍しい石だなというぐらいだろう。だが、テロリストが目を付けたのは重力魔法だ」
「重力魔法なんて聞いた事無いぞ」
「あるらしいよ。マァ、この隕石テロ以後は使用禁止にされたのかもしれないけどな。それはさておき重力魔法はかなり知られていたらしい。重力魔法は集合群の軌道変更、つまり加速と減速に使えると言われていて理論的には、離れていても使えるはずだったんだ」
「良く分からんな」
「マァ、隕石テロまでは岩石集合群を動かすのは無理だったという事さ」
「じゃ、テロリストが動かし方を考えたのか?」
「イイヤ、実際に魔法による術式を考え、自らこの魔法を作り上げ証明したのは別の魔法使いだ」
「それが何で?」
「彼はある事に気が付いたんだ。術式の拡張と魔力を強化すれば、大きな月の欠片の軌道変更が可能であるとね。気付いた彼は直ぐに身を隠したんだが」
「魔法の危険性を考えたんだな」
「ウン、彼は隠れれたんだが、連絡の遅れから家族の居場所をテロリスト集団の狂信者に知られた後だったらしい」
「じゃ」
「そう、後はお決まりの誘拐と脅迫だ」
「結果、重力魔法を手に入れたテロリスト達が考えた攻撃方法は、月から伸びる帯状の岩石集合体を動かす事だったんだ」
「そんな事出来ないだろ」
「イヤ、これは不可能じゃない。既に一度、大昔に外惑星軌道からやって来た小惑星によって月で起こっている」
「バカな」
「惑星ムンドゥスの月の4分の1が、破壊されたらしいよ。規模こそ違うが同じ方法だ」
「月が落ちて来たのか?」
「大昔に起こった天体衝突ほどの規模では無いが……。後日、隕石テロと名付けられた、その破壊方法を自分たちも使う事にしたのんだ」
幸い600年前の聖アレキ帝国だった頃のテロリストは、研究を重ねた様だが小惑星規模の岩石を加速・減速させるような重力魔法のレベルには達しなかった。しかしテロリスト集団は、この惑星に近い月軌道にあるリングとそこから伸びる帯、近くからなら操作可能な直径60から100メートルの岩石等を集めて、隕石として落とす事は可能だったのだ。
地球でも、毎晩のように隕石は落ちてくる。自動車より小さい物は、大気圏に落下すると無害なまま燃え尽きる。それ以上の大きさの物は、空中爆発を起こして衝撃波を作り出す。20メートルになると、核爆弾以上の破壊エネルギーが生じる。
テロリストの魔法使い達は、100メートル以上の操作は出来なかった為、生物の全滅にはならなかった。だが、仮に1キロであれば、惑星規模の大惨事が起こり、舞い上がったチリで光が遮られて、気候が変化し生物がほぼ全滅する。恐竜絶滅の原因の一つと言われているみたいだね。もしも、10キロなら惑星の自転すら遅らせる事になるそうだ。
被害リストを読んでみる。テロリスト集団は、分かっているだけで2290個の誘導された隕石を、地表に向かって軌道から加速したり減速させたりしてりして落としたとある。それが人々の生活する都市や、産業基盤のある場所と魔石の生産設備を襲い破壊したのだ。
隕石落下は、運動エネルギーによる爆撃ともいえる。誘導に成功した、隕石の落下目標地点は958か所。650個が、軌道誘導に失敗しそのまま宇宙区間に去った。海に落下した、227個の一部は津波を起こしたが被害は軽度だった。792個は、落下地点がそれて目標を破壊出来なかった。結局、325か所が攻撃を受けた。
防御結界や防衛戦で防いだものの、壊滅した大都市が分かっているだけでも七十六か所。中には同じ目標に2個・3個と複数が落下した所もあったようだ。加えて南大陸にあった都市群が、攻撃を受けている最中に一瞬にして通信が途絶したとある。原因は不明のままだが、仮に魔石研究所と生産設備の魔石が誘爆を起こした場合、その凄まじい破壊力によって南大陸の全都市が壊滅したのではないかと思われたそうだ。
重力魔法は近くでなければ加速・減速ができない事と、観測場所が見つからない様に、テロリストは軌道上に浮遊基地を建設したとある。重力魔法の使い手達と、隕石テロが継続できるよき軌道誘導の念話が出来る魔法使いも惑星ムンドゥスの周回軌道に乗せたんだ。
「テロリストの凶悪な所は、3日後にずらしてもう一度、500個に及ぶ2度目の隕石攻撃をしたと書いてある」
「そんな、酷い!」
「1回目の攻撃地点を冷酷に観察し、生存者や怪我人を助けようとして集まった近郊の人々の上に、再び隕石を落とす事も平然と行ったんだ」
「正気の沙汰では無いな」
「辛うじて組織的な救援がされようとしている中、再度の攻撃が行われてすべてが灰燼と化したんだ」
「救助中なんだろ。どうして?」
「それだけじゃない。奴らは信じられない事に、2回目の攻撃地点を選びおえて後、自分たちの仲間の頭の上にも隕石を同時刻に落としたとある」
目標とされた地点は、多くの人が亡くなり、都市機能とすべての産業と魔石生産設備を失う。テロリスト集団の勝利と言ってもよかった。なぜこんな酷い攻撃を、起こす事が出来たのか……。
※ ※ ※ ※ ※
考えてみれば魔法とは錬金術的な魔石エネルギーの変換といえる。魔石というのもすごい力だな。魔獣によって作られる魔石の利用というのは古代アレキ文明からあると書かれていた。600年前の隕石テロ以前は、魔石が需要に追い付かなかったようだ。その為、各都市近郊の大規模施設で作られていた。施設は魔核エネルギーを量産して、安定供給ができるよう造られた物だったとある。
魔石生産設備付きの研究所が、作られた場所は限られているらしい。魔素が非常に濃いと言われる所に作られたそうだが。惑星ムンドゥスの中央大陸東のフルにある湖の島、ケドニア神聖帝国の東の島、南大陸には3か所(多島海の霧の島、火山跡の湖水、巨大河川の中州)の5カ所に作られていたようだ。仮説となるが大昔に月と衝突し、半壊させた外宇宙の小惑星? 物質? が惑星ムンドゥスに降り注いだ特定の場所の所為かもしれない。魔法の力? 魔素? が広く大気中に拡散したのもその為と思われているのかな?
生物の体内に石が造られるのは珍しい事でもない。(厳密にいえば石とは言えないだろうが)たとえば結石だ。膀胱結石等や、少し違うが鳥やコウモリなどの糞から出来る硝石とかもそうかも知れない。貴重な魔石は、魔獣が体内を流れる魔素をとりこんで魔石に変換するとされている。より効率的に作る為に、魔物の血を使い魔核の生成を起こし、魔力の塊である魔石を作ると言う方法も研究されていたようだ。
生産工場では魔獣を牧畜のように人為的に繁殖させて効率よく魔石を作り出す。そしてそれをさらに加速させ大きくして作ろうとして日々研究していた訳だ。研究所の魔獣は例外だったが、研究所以外の生産施設では遺伝子コントロールで数年のうちに死ぬようにされていた。これは生産施設の魔獣が、たまに逃げ出す事もあったので事故拡大阻止の為にされたらしい。
だが、隕石テロにより生産設備も研究所も破壊された。この時、魔素を濃縮して魔石を作り出す技術は完全に失われたらしい。
転移によってだろうが、地球とムンドゥスは動物相が10万年前からはほぼ同じだ。(なぜ十万年前と特定できたかは書いてなかったが)利用した生物で魔石を作るのに最適なのは、どうやら1万年前の大型哺乳類だったらしい。
スミロドン(巨大トラ)赤・ダイアウルフ(巨大オオカミ)青・ホラアナグマ(巨大クマ)緑・アメリカライオン(巨大ライオン)黄色の魔石を生み、これら大型肉食獣の上位の魔獣が虹色になるらしい。
もっともこんなに大型で凶暴な肉食獣では生産性が上がらないらしく、研究には兎・犬・豚・牛・猿・象などの家畜や飼い易い動物が選ばれて、魔獣とされて量を生産できるようにしていたという訳だ。これらの比較的扱いやすい家畜型魔獣では魔石が出来るのは極々稀だったらしい。
(これってエミリーに教えてもらった魔獣達だよな。魔石が出来れば上位種になるのか?)
世界各地で魔石が見つかるのは、魔石がエネルギー源だった為だ。消費地近くに、魔石の生産設備を作るのは如何なものと思われる。もちろん効率性は上がるだろうが、危険性から言って人口の多い消費地の近くは難しい。それに魔獣を隔離できる自然環境と逃げても対処可能な広大な土地が必要のはずだ。
この危険防止の為なのか? おそらく安全に生産を継続できるように、数年で自滅する遺伝子操作を加えた訳だ。これで各都市近くに魔獣の生産工場の建設が可能になった。家畜型魔獣では、稀にしか魔石を作り出せないので飼育頭数を増やす事になる。潰した後、魔石が無かった物は食肉として利用された。
魔獣は成長が早いので、大気中の魔素を取り込んで魔石を作り出すのに1年も掛からない。たとえ研究所以外の魔獣が逃れても、繁殖できず大抵2年長くても3年で自然に死ぬ運命だ。当然、逃亡などで被害もあっただろうが人々も魔石のエネルギーを使った強力な魔法が使える。
魔法文明とも思われる古代アレキ文明は、魔石によって繁栄を極めたのだろう。そこへ隕石がテロリストによりドカーンと落される。各都市の管理する地上施設が吹き飛び、魔石の生産設備が破壊される。
ただ、隕石の破壊力によっても魔獣研究所の一部の施設が残った。生産設備内の、繁殖力を持った家畜型魔獣も生き残る事になる。やがて外に出た繁殖力のある魔獣の数が増え出す。何らかの原因で隔離されていた環境から抜け出る。これが稀に起こる魔獣災害になる訳か?
そういえば都市伝説かも知れないが、動物園では地震などでライオンなどの猛獣が檻から逃げ出しても、檻の近くには餌になるようなシマウマなどの草食動物の檻があるそうだ。隕石の落下からこの惑星時間でおよそ600年。今では、草食動物ならぬ、偶然、出来た人間の都市がある。
ドラゴンについての記述は僅かだったが、作られた生物だと言うのは確実だ。3・4種類らしい。
「僕が見たドラゴンは、完全に遺伝子操作によるキメラって事か?」
この管理室には以前、遺跡都市メリダで見つけたより小さ目だけど地図があった。メリダは教室だったのかな、備品室みたいなのに有った世界地図。陶板? に描かれて壁に埋め込んであった。スマホに写真を撮ったが、現在地だと思うが赤丸記入されていた。地図の魔法を取るまでは縮尺が分からないし距離も分からん。と思っていたが段々当たりが付くようになってきた。
南大陸や遺跡都市メリダのように完全に忘れられた場所があると思えば、ケドニア神聖帝国、中央大陸のパルティア、ササンドのクシャーナ王朝、フルとインルなど復興した所もある。
イリア王国の人は南大陸を知らないらしい。エミリーにスマホの地図を見せると驚いていた。
(まぁ、失われた知識も有るわな)
研究所は、ケドニア神聖帝国の港町メストレのすぐ隣の島にあった。狭い海峡を挟んで築かれたメストレの町は、隕石攻撃の巻き添えになったと思われる。魔獣研究所と魔石生産設備を狙ったが落下誘導に失敗したんだろう。魔獣の研究と繁殖設備のある大きな島だ。ケドニア神聖帝国西南にあり、大陸とは言えないが割と大きい。今でも災難の震源地にならないよう海峡が防いでいるはずだ。
島はケドニア神聖帝国から海を隔てた東で、中央大陸からは西南にあたる。スマホの地図の写真を見てみると、ケドニア神聖帝国だろう山地や海岸線があり、その東の北海道位の広さの島だ。もちろん地形図だけで地名などは変わっているだろう。研究所だけでなく川や山、湖もあるが村や町もあるみたいだ。
因みに、北海道の面積は、83456平方キロメートルで日本の約22パーセントです。オーストリアと同じくらい、オランダの約2倍です。九州(八県)+中国地方(五県)+四国三県分。日本の南西部を足したくらの大きさとの事だ。
「ずいぶん大きいね」
と、スマホに日本全国のキャンプ地を調べた時のデータが残っていたんだ。
「王都ロンダから島まで片道3000キロ近くあるのかな?」
東京から福岡まで直線上で900キロ位である? 行けない事も無いか。魔法があるし。
(転移とか身体強化ってあるのかね?)
因みに江戸時代の日本人は健脚で、1日40キロ近く歩けたと言われる。薩摩から江戸まで約1700キロを56日、参勤交代で行けたんだ。この世界は1カ月が26日だから王都から約3カ月か? 商隊のキャラバンは桁違い距離を何年もかけて移動しているんだし。
古代文明のおかげか、世界が丸いことは知られているが球である理屈は答えられない人が多い。エミリーに聞くとまた「坊さんに聞け」と言われた。どうやら坊さんはこの世界のフリー百科事典ウィキ●ディアみたいだ。何時か坊さんと話をしてみたいね。きっと色んな事が聞けるだろうな。




