村と森での生活
イリア王国歴180年12の月16日
トルトサの村はシエテの町から2日の距離、西北西にある。イリア王国の北と東側は広大な森林があり、街道が都市や村を繋いでいる。北部の森は獣が多く、厳しい自然で人家もまばらだ。東部の森は広葉樹が広がり人々に多くの恵みをもたらしている。人々は森の恵みの中に生きている。森は食料の木の実や動物を育み、燃料の薪や材料の木材など様々な物を生み出す。
森と共に農村があり町や都市が点在している。森は恵みを与えるが、時に奪いもする。自然を疎かにすると強烈なしっぺ返しがある。おとぎ話ともつかない戒めを伝える話が生まれる。子供たちに聞かせる、魔獣の話には必ず暗い森が出てくる。読み聞かせる数々の話は、聖秘蹟教会の教えにあるように身を慎み森に畏怖を持つ心を育てる。
元々、森を切り開いて村を作るのだから、猟師が動物を狩るのを見る事も多い。狩りで取る動物も、森の中で生き抜いている。ウサギでさえ生き抜いている森で、多くの人間は身一つでは何もできない。森は獣たちの物だ。お話の中では狼が支配する深い森は悪い魔女や魔法使い、さらに賢者と魔獣のうごめく世界だ。その実、多くは盗賊などが作り出した犯罪行為なのだが、聞く者には森の混沌とした恐ろしいイメージが作られる。
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最近、おかしな事がトルトサの村の近くの森で起きている。木々が倒れていただけでなく、微塵に砕けていた跡が見つかる。夜には輝く光球が、遠くの森の上空を飛び交う。今までなかった場所に小山があったり、岩山の頂上では水源が無いのに池が出来ていたりもする。荒らされる訳では無く、逆に整地された場所や用水路の様な物がある。
村人はかなり戸惑っていた。今の処、被害は無いが、村人は冒険者を雇って原因を探ってもらう事になった。商業ギルドへの依頼は、土地勘があるという事で以前に依頼を受けたレイナとルイサの姉妹への指名依頼となった。ウサギ狩りの様な分かりやすい目標もないので、取り敢えず探索期間は半月・13日間と決めて調べる事になったが。
まず二人が始めたのは村人からの聞き込みだ。村の中の道は畑や牧場や教会などへの村道だが、自然発生的に出来た道はくねくねと曲がり、道幅も荷車一台が通れるほどの幅だ。村や町をつなぐ街道については、領主の許可を得て作られ、維持は村人や町民が賦役で行う。そんな道から外れた森で、村人が知らない何かが起きているようだ。
2人は丸一日、村人に聞いて廻った。寡黙な狩人だったが、噂を知っていたし足跡にも気づいていた。どうやら人間らしいという事だ。ただ途中から足跡がフッと消えるのが不思議だと言っていた。2人の冒険者は、おかしな事の多い村の南西部から探る事にした。その日も、野営して移動する事になったが、猟師が足跡を見たと言う辺りを一日かけて探索していた。
「なんだろうねー、この絵? 看板かな?」
「この先、穴あり。注意しろって事かな?」
「そうだね。罠がありますって書いてあるんじゃないのかな?」
2人は、獣道と思われる狭い道を進んで行く。
「猪ぐらいは落ちそうな穴だけど、きっと立て札はこの事だよ。これで獣でも獲るのかな?」
「お姉ちゃん、あれを見て!」
ルイサが指さす方を見ると、人の背丈位の土壁と溝が、丘をぐるりと回り込んで作られている。小さ目のお城か砦みたいな造りだ。広場の中心には魔法で建てたと言われても不思議では無い、もはや大きな邸宅と言っていいような2メートル程の二つ目の塀で囲まれた家が建っていた。
気づいたのはテラスのハンモックで揺れていたエミリーだ。
(野生の感だな。念の為、言葉に出す時は武人の感にしておこう)
テラスにはタープを張って日よけにしている。中々、快適な環境である。
「カトー! 誰か来るぞー」
僕も一応、訓練に使っている棒を持って警戒するが、残念ながら役に立つとは思っていない。
「エミリー、誰なんだろうねー」
「分からんが、この気配は以前に何処かであったような……」
家の場所は街道から離れていると言っても、訓練された冒険者がその気で探せばすぐに分かる場所だ。これから家を建てる時は、場所を考えて大きな物は作らないようにしないとまずいかな。テラスから2人の知り合いがやって来るのが見えた。本当だ。気配が分かるなんてエミリー、凄くない。
「やあ! レイナ、ルイサ。久しぶり」
「カトーさんにエミリーさん? エー何ですか、ここ?」
「ウン、キャンプして……分からないか。家になっちゃたけど、最初は野営してたんだよ。マ、一服してね。お茶でもどう?」
「はあ……」
※ ※ ※ ※ ※
僕が持っているテントは、軽い山用のテントと居住性の重視したキャンプ用の自立型テントの2つのタイプだ。どちらも荷物を入れると狭いうえに中で背伸びする事も出来ない。テントも良いが家の方が快適だろうと、土魔法の練習を兼ねて家を造りだしてしまった訳だ。テントで寝ているとエミリーの寝返り攻撃にもあうしね。土魔法も、かなり慣れてきたので作っている内に家から屋敷みたいに変わってきたのはしょうがない。
(エミリーは2階を作り始めたら何も言わなくなったし)
南側に大きな居間を作り、隣に2部屋の寝室・北側には台所にお風呂と洗面がある。トイレはちょっと工夫した。デザイン的に総2階にはしなかったんだ。一応、2階の半分ほどは普通の部屋を作っておいた。階段を作ると南側のリビングルームがホテルのロビーみたいになってしまった。これはエミリーに見つかる前に、バーカウンターを近くに作ってごまかした。
玄関は居間の反対側になるがポーチとテラスを挟んだ所になる。リビングで大体の家事は出来る。なので、動線がとっても楽です。このリビングは60坪ぐらいの背の高い部屋になりました。客室棟はポーチ横から少し離れて廊下でつなぎ独立して離れの様に作ったんだ。
内装品は同じ土魔法を使って色んな物を作り出した。日本の高級ホテルの家具に似せて、テーブルや椅子等も作ったんだ。エェ、土魔法がらみで作れそうなのは何でも作りましたよ。最初、ドアは丁番が出来なかったので全部引き戸になってしまった。今は金属も化合出来るようになったので順次、作り直している。
本当の所、排水や配管は苦労しました。土魔法で作ると、作った分の土が溝とか堀になって周りに出来るし。でもこれは、丁度いいと思って塀を作る事にしました。ここら辺は熊が出没する事もあると、エミリーがアドバイスしてくれたので獣対策も必要だと気付いたんだ。
野生動物なんかは人間に気づくと逃げるが、気づかず近づいてしまう場合や、中には寄って来る動物もいるので注意する事が必要になる。食べかけや臭いの出る物は封をする、食器は洗うなどの対策をする事。ついでに落とし穴も周りに掘ったけど。
それと強化した土魔法で一部分を大きく深くして蓋をした。埋める予定だけど、いつかは簡易浄化槽もどきから、本格的な浄化槽を作らなければとは思っている。でも今はキャンプなのでね、許して下さい。材木は森の中なので豊富にある。水魔法を使って水分の乾燥をしっかりして板材にした。堀を渡る橋や屋根と内装に使ったが窓の製作が問題だった。
「こんな大きな屋敷を作ると、中が暗くて使い辛くないか?」
「明り取りの窓が天井にあれば良いかなと思ったんだけど」
「雨が降り込むし壁みたいにはいかんだろう」
「最初のは木をガラリ状にして鎧戸にしたが、これでも暗いんだよね」
「かと言って窓が無いのはなー」
「でしょう。だからガラスで天窓を作ったんだ」
「ホー、すごいな」
「聖秘蹟教会のように色つきのステンドグラスとはいかなかったけどね」
「何っ言ってるんだ。ガラスだぞ。王都でも貴族用の家でしか使えんぞ。それに透明じゃないか」
「透明の方が良いの?」
「私が聞いた話では、色つきガラスより透明なガラスの方が作るのが難しいはずだ」
「フーン。でも教会のステンドガラスって、綺麗だと思うんだけど。透過度が低くても結構神秘的だし」
「でも、これは明り取り用の窓じゃなかったのか」
「そうだけど」
「なら透明の方が良いじゃないか」
エミリーによるとガラス製品はかなり高いそうだ。無理も無いな。実際、河川敷で造った大き目な透明なガラス製品は、結構な魔力を使うらしく魔石を3個も使った。結局、家用には3か所ある天窓の分しか作れなかったんだ。
「残った透明ガラスは窓用にストックしとくね」
「魔石の無駄使いだと思うが」
前にとっておいたジャムのガラス瓶。結局割れてしまったので、それを小さめに砕いて種にしたら結構旨くガラスの塊が出来きた。欠片を中心にしてそこから結晶が大きくなるイメージを考えたらうんと楽に出来たんだ。
「一番の利点は何もない所から生み出すより楽だし、火魔法も使わないので魔力も少なくて済んだ気がするんだ」
「カトー、こっちのは色が付いているぞ」
「あぁ、良いでしょ。偶然だったけど、河川敷で小さい物なら着色ガラスができたからね。色着けの方も、なんか混ぜれば良いと分かっていたから研究したんだよ」
「そうなのか」
「手持ちの硬貨は金属なので、これを混ぜると色が着くんじゃないかと思ったんだ」
「フーン。そうなのか」
ウェブ小説にあるように、青い炎や白い炎のイメージを使い、火魔法でガラスと金属を再加熱して混ぜ合わせる。ガラスに金を少し入れると赤、同じ赤でも銅と違うんですけど、銀では黄色、緑色のも出来ちゃいましたけど、全く同じものは出来ませんし硬貨によっても違う色になります。楽しくなってガラスのティーセットをあれこれ作りました。
(今度もまた、玄関のドアを造り変えました。窓ガラス入りでね)
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それは兎も角、天気も良いので2人を誘って、外のテラスで女の子3人とティーパーティーです。なおエミリーも女の子枠です。
「今、お茶の用意をするから、座って待っててね。イス、重いから動かすなら気を付けてね」
「エミリー、テーブルの上を片づけて」
土魔法も硬化がうまく使えるようになったので、テーブルもイスも雨に濡れても溶けないし時間が経っても崩れません。重いのはしょうがないけどね。ハーブティーにお菓子を添えて出します。
「ありがとうございます。カトー様、これ高そうですね。ガラス製かな?」
「何ですか? これ甘くて美味しい」
「そう、ガラスだよ。これはクッキーというお菓子、出来はまだまだだけどね」
いつも食べている甘い蜂蜜のお菓子だ。鑑定魔法で分かったミントの葉っぱのフレーバーティーをテーブルに置いて2人に勧めた。このお茶は市場で仕入れた、フレーバーティーと同じ葉が近くに生えていたので作ってみたんだ。思った通り香りの良いフレッシュミントティーが出来た。それに市場では、教会に収めた後とかで蜂蜜とバターも手に入らなかったが、少しごま油ぽっい植物油を買う事が出来きた。この油は色んな料理に作りに使えたので喜んでいるんだ。
木材を手に入れようと木を倒した後、蜂が飛び回っているのをエミリーが気付いたんだ。どうやらこの森には蜜蜂が多いらしいなと言っている。それを聞いてからハニーハンターになった。僕は気付かなかったが野生の感(武人の感)は鋭い。蜂の巣を見つける事が出来れば蜂蜜も獲れるという事だ。
見つけた後は、夕方まで待ってハニーハンターに早変わり。待つ間には、蜂に刺されないよう煙が良く出来そうな松明を作るんだ。蜂の巣も多かった事も有り、蜂蜜のストックも作れたし念願のクッキーを作ることができた。本物のハニーハンターは昼の間に梯子を用意して巣に近づけるようにして置くらしいが、プロでは無いので巣が潰れない様に祈りながら木を倒してしまう。
そしてすぐ逃げる。夜明け前、気温が下がるまで待って巣に近づく。勿論、逃げる時も近づく時も風魔法で風を送りながら蜂を追い払う訳だ。念のために松明で燻しながら巣に近づき、蜂を追い払いながら巣を頂く事が出来る。
この時、蜂達の為に木は倒したまま置いておき、巣は一部分を壊しても三分の二は残しておく事。冬が越せないと可哀想だからね。バケツみたいな容器でも何でも良いので巣を放り込んで持ち帰る。後は、洗濯機の脱水をイメージして遠心分離する。巣と蜂蜜を分離して丁寧にゴミを取り除けばOK。蜜蝋も出来るしね。
甘味になるのは、蜂蜜だけでは無いのを思い出したので麦芽糖も作る事にした。市場で買った大麦で麦もやしを作る。後は乾燥させて粉末にする。麦の代わりに大根を使うと大根の臭いを少し感じるけど。本当は餅米が良いのだが、見付けられなかったのでジャガイモなど澱粉が有るならOKのはず。
素材を色々変えてもいいかも。胃腸薬を使う事も出来るそうなので。水を加えてお粥状にして一晩おいて濾す。さらに煮詰めて灰汁をとって水飴が出来上がる。これは色んな物に使える。ジュースや水で割っても良い。いつかは甘くて美味しい炭酸水が出来るかも?
二人はクッキーを味わいながら、ガラスでできたティーセットを不思議そうに見ていた。ガラス自体珍しいので、耐熱ガラスなんてのは知らないと思う。耐熱ガラスを作るつもりはなかったが、偶然ホウ酸の入った材料を使ったのか? 何時もより魔力を込めて高い温度の火魔法を使ってみたら出来た。ティーカップは持ち手を作るのが面倒だったので付いてない。昔のヨーロッパみたいに、熱ければ皿に移して飲んで下さいと教えた。
「エミリー、夕焼けがきれいだ。そろそろ明かりをつけようか」
「そうするか」
「カトー様、素敵な照明ですね」
この王国ではテラスに有る照明器具に使われているガラスは貴重品。照明用にテラスの2カ所にハンギングランプとしてカンテラが吊るしてある。四面をガラスで作ってあるので高価で貴重な贅沢品になるだろう。
アラジンの魔法のランプの様な形はまだ少なく、地方の農民や開拓地で使う照明は未だに皿に油を注いで灯心を浸して火をつける物だ。王国でも養蜂している所があるので、蜜蝋から作られたロウソクもあるがほとんど教会用らしい。
このところ、テラスでバーベキューやジャーキー作りに毎日のように挑戦している。趣味と実益を兼ねてね。申し分のないキャンプ生活だ。ずっとここに居たい。このテラスを屋根付きにして、雨の日でも楽しめるようにするのも良いかもしれないなー。




