200 時空間転移の悪夢
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イリア王国・王立ロンダ大学・イリア王国史研究室
歴史学講座 「惑星ムンドゥスの歴史」 公開禁止より
幻影ドラマ未公開放送・惑星ムンドゥスの歴史 パート2
「お待たせいたしました。幻影ドラマ制作部のエルビラです。今宵お届けするパート2には、ジェシカ博士の監修に基づいて作成された合成絵画方式の幻影動画が使用されています。どうぞお楽しみください。では、天体物理のエキスパート。ジシュカ博士、どうぞ」
「お久しぶりです、エルビラさん。まずは、パート1のおさらいをしましょう」
「お願い致します」
「天体現象として地球が有る天の川銀河と、アンドロメダ銀河の衝突が有るはずだと言う事はご存じですね」「エェ、博士から教わりました」
「この惑星ムンドゥスを含む銀河系では既に起こっていたのです。そして異なる物理法則が存在する銀河系同士の衝突はある物質を作りだしました」
「それが、魔素だと言うお話でしたね」
「エェ、衝突により形成された魔素が、この銀河に入り込み何十億年が過ぎました。惑星ムンドゥスでは、やがて生命が誕生し、豊富な植物相が地に満ちて、大地の動物を育みました」
「気の遠くなるような時が過ぎたのですね」
「ハイ。その頃にはこの太陽系のはるか離れた処の有った小天体が惑星ムンドゥスに向かっていたんです」
「引力により高速化された小天体はムンドゥスの月に衝突し、ジャイアント・インパクトを引き起こします。小天体の衝突により発生したすさまじい衝撃は時空間を歪め、転移空間を作りだしました」
「エェ」
「ジャイアント・インパクトが起きたのは、まだ特定できませんが、おそらく2億年から3億年前だと思われます。ですが、空間転移による巨大転移が起きたのは10万年から12万年前でしょう。この時には、地球から大型哺乳類がその住まう大地と共にムンドゥスに転移してきました」
「それが魔石採取用の大型魔獣の祖先であるクマやトラ、大アリクイ等の大型哺乳類なんでね」
「エェその後も、次々と樹林や草花、動物が転移してきます」
「この巨大転移は繰り返されて、ムー大陸、アトランティス、アメリカ大陸やインカ以前、オーストラリアの巨人伝説、クメール以前の都市達。インドのラーマーヤナ物語やピラミッド以前のアフリカ中央文明等、様々な転移を引き起こしたのですよ」
「なるほど、そうなんですね。だから地球の動植物がムンドゥスに有るという訳ですか」
「その通りです」
「確か、日本人のミトコンドリアDNAのお話では、血液型Gm遺伝子により彼らは1万数千年前に転移に巻き込まれたという事や、稲作のお話もありましたね」
「そうですね。古代魔法文明の繁栄があり、再び月の一部が軌道を変えて隕石となって惑星に降り注ぎ、壊滅的な災害が起こります。しかし、その衝突から3000年後には、人々は文明を再建します。ところが、打ち続く気候変動と飢餓に襲われます。破壊と混乱により文明は崩壊し人類は衰退していきます」
「悲劇が繰り返されたのですね」
「エェ。ですが、再びこのムンドゥスに地球から第一次十字軍の輜重隊が転移してきます。彼らの子孫が、今のムンドゥスの基礎を造り上げたのです」
この問題についての、理論的な証左が得られるのはかなり先の事になるでしょう。今はジシュカ博士の私見とされていますが、科学者や歴史家が、いつか結果を出すかもしれません。ここからがパート2になりますが、全シーンが公開不可とされ、残念ながら残されている説明部分は大幅に削除されています。
パート2は魔石誕生のお話です。魔石とは不思議なもので、その存在は人を魅了してやみません。魔石は宝石以上の価値を持つ、エネルギーの集合体です。では、どのようにして魔石が創り出されたのでしょう。
原初の力を作り出したのは如何なるモノだったでしょう。まず考えられるのは、正と負、或いは聖と魔かもしれませんが強力なエネルギーが無から有を、銀河や惑星を生み出したのです。ひょっとしたら、この世界は冥府を構成するエネルギーが作り出した物かも知れません。
それはこの惑星系の外側で起きた事でした。まず、蓄積された反陽子の対消滅とも言われるエネルギー崩壊がありました。原因となったのは、かつての外宇宙の欠片が残した小天体です。パート1でお分かり頂けたと思いますが、それは12万年以上前、ムンドゥスの月に衝突した小天体によって引き起こされました。
地球と同様にムンドゥスに於いても、ありとあらゆるものは様々な元素で出来ています。その様々な元素が合わさって化合物が作られます。ですが地球には有りませんが、ムンドゥスには有る特有な元素、即ち魔素があります。その魔素のエネルギーを閉じ込めた物が魔石です。
今では分かっている事ですが、昔の魔法使い達は錬金術などと言って鉛から金を、魔素からは魔石を作り出そうとして研究したそうです。無理も有りません。彼らが考えたように、もし魔素が固定されて存在できれば、魔素と言う全く未知の物質から素晴らしいエネルギーが引き出せますからね。
魔石作りの魔法使い達の間では、どんな条件で、魔素が安定するのかについての議論が戦わされたでしょう。魔石作成の道は長く苦しかったでしょう。何しろ今まで存在していなかった魔素の固定方法を探すのですからね。
ちなみに、我、魔石研究室では、陽子では、2、8、20、28、50、82、が魔法数であり、中性子は126が加わるとしています。これら、魔法数が一番大きいものを組合わせた二重魔法核の時に魔石は安定するようですね。
理論的な予測をしたのでしょう。原子核が重たくなっていくと陽子同士の反発力の為に、陽子はこぼれ出て中性子が多いほうが安定する事を突き止めたのかも知れません。おそらく、子核を構成する陽子と中性子の魔法数が魔石作りの決め手だったはずです。
その努力は無駄ではなかったのです。原子核、陽子と中性子が、ある特別な数になった時に安定し魔石となるのを見つけ出したのです。高度な技を持つ魔法使い達が、数千年も前に魔石を創り出すのに成功したのですよ。もっとも、簡単にはできず、安定して作りだすには何十年もかかったでしょうが……。
以後、ムンドゥスの様々な場所に埋もれていた魔素は、錬金術によって魔石に作り変えられ生み出される事になります。アァ、極小の魔石はケドニア帝国の開発局が作りだしています。ですが、帝国の技術は経済的には非常に難しく、その技術も内乱時に失われております。
幸い、カトー卿が偶然、見つけ出したのですが、魔石エネルギーの再充填により最低限の魔石を復活させる事が出来るようになりました。カトー卿によって魔石の供給は一段落しましたが、残念な事に再充填出来るのはカトー卿だけでした。依然として原料となる魔素を含んだイエローケーキ採掘箇所も少ないですし、魔石も枯渇状態なのは変わりませんしね。
(注4 ここで公安部より再び検閲が入ります。パート1同様の理由だと思われます。また、カトー卿のみ可能だとされる魔石の再充填方法を公開する事は、国家的利益を損ねるとしてパート2は厳重注意の上、全面削除されました。
尚、公開前の幻影ドラマの内容が如何にして外部に漏れたのかは不明ですが、神が創造された惑星ムンドゥスの真の歴史は異なり、ジェシカ博士の私的意見に過ぎないとして、聖秘跡教会関係者から激しい抗議がされています。パート1、注2・注3参照の事)
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「エミリー。この間、倒れた時にイヤな夢を見たと言ったろう」
「アァ、ロンダ城の虜と言う話だったな」
「考えたんだけど、あれって悪夢みたいだったけど現実に起こった事じゃないかと思うんだ」
「フーン、おかしな事を言い出したな。それで」
「取り敢えず、覚えているだけでも書き留めておこうと思っているんだ」
時空間転移実験を行っても、ほぼ現実のムンデゥスには影響が無いと思われたが、果たしてその通りだったろうか? 実験の度に新しい宇宙が出来ていたり、時空間が分岐していたりしたら、どうなんだろう? あまりにも真に迫った夢なので、有り得ない事と言い切る事が出来なかった。
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時空間転移の悪夢 トライ01
カトー家と言えば、イリアでは何代も続く由緒ある名門貴族である。アレキ大陸ではその名を知らぬ者はいないだろう。私が辺境伯家専属司祭として赴任して来てからついぞ悪い話は聞いた事が無い。貴族なんて鼻持ちならないキザッたらしい奴が多い(オッと、失言じゃたな。神よ、許したまえ)。だが、辺境伯のご先祖様であられるリョウタ・カトー様はそうでもないらしい。
伝わっている話では、無一文から大金持ちになった訳だが、湧き出る知識を活用して富を築き上げたそうだ。そして、魔石関連事業で王家の信認を受けて、その地位を揺ぎ無いものとしたと言う。古の魔獣大戦の折には、一度に何万もの魔獣を焼き殺して武名を上げた。まさしく王国を勝利に導いたとされる大魔導士である。
カトー卿は偉大な魔法使いであったが、エミリー夫人のように武芸百般で天下無双の剛の者だったのでは無いらしい。マァ、それはともかく立派な人だったらしいのは確かな事だ。その大魔導士様を詐欺師風情が謀ったとは……。詐欺師が、富豪になったり貴族の親戚に化けたりするのは間々あるそうだが、よりにもよって辺境伯様のご先祖であるとなど言い張るのは言語道断である。
初代カトー様は大魔導士で有られるので、時空間を移動出来るやも知れないが、捕まえてみれば水魔法でコップの量さえできないとは。語るに落ちたとはこの事だろう。確かに権力者になったり、その生活に興味があったりする者は多い。そう願うのは、私だけに限った話じゃないだろう(オッと、また失言じゃたな。神よ、許したまえ)。
マァ、夢を見るのは頭の中だけにしておけという事だ。本物の貴族様なら礼儀知らずと言われて追放かも知れないが、庶民なら問答無用で処刑されるのは当然だろう。そのような者でも、末期の時には聖秘跡教会の司祭である私の懺悔を受ける事が出来るのだ。全く、良い時代になったものだ。
時計台の金の音が響く。どうやら時間らしい。先ほどまで喚いていたその詐欺師が目の前を通り過ぎていく。懺悔の時も、訳の分からん事を言っていたのだ。懺悔の時も、自分は初代様本人だとか、大魔法使いなのだとか……。役人が小突いて処刑台へと登らせている。
広場の人出は近年稀に見るほどの大人数になっている。本日は、斧で首を断ち切るのではなく火炙りだそうだ。中々の演出で有る。さすが、処刑人は多くの魔法使いを焼き殺してきた名誉ある方だ。今また、彼の処刑リストに一人増える事になる。詐欺師風情にもったいないが、よい見世物なので広場の商人達も嬉しいだろう。アァ、また罪人が何やら叫び出した。
「愚か者達には、私が誰だか判らないのかー! なにゆえ私を焼き殺そうとするのだ。私を焼き殺せばムンドゥスは終わりだ。私と一緒に自らを埋葬する事になるのだぞー」
火が付けられた処刑台で叫んでいたのは誰だったんだ? あれが、俺だって言うのか。くすんだ町の風景には記憶がある。過去のイリア王国のようにも思えたが、強化土魔法の建物を見れば数百年が経っている感じだ。あの建物は、強化土魔法で作った商業ギルドだったはずだ。記憶どころか、造り上げた自分が言っているんだ。間違いない、この地が領都レオンだったとは!
ここが治安の悪い地と気づいた時には遅かった。話しかけた相手も悪かったのだろう。頭を殴られて、気が付いたら身ぐるみはがされて広場に放り出されていた。命が助かっただけでも幸運だと思っていたら、そうでも無いようだ。
役人にはカトーだと説明しようとしたが問答無用と言われた。松明が足元に投げ入れられた音がした。そして、耐えきれないほどの熱さの中で考えていた。俺は、ムンドゥスの未来に居るのだろうか? それとも、空間転移実験を行った結果として新しい宇宙を作りだしてしまったのだろうか?
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時空間転移の悪夢 トライ02
時空間転移の魔法陣を起動させたホムンクルス達の動きは、まるで神々に仕える神官のようだ。600年余の歳月と言う、気の遠くなる時間をすごした彼らは、神のそばへと近づいたのかも知れない。ホムンクルスは魔法こそ使えないが、コントロールの腕は素晴らしい。その動きは優雅な舞を思わせるようなものであった。
転送魔法陣が稼働し、全てが順調に進んでいるようだ。時空間転移は極めて困難だとされたがムンドゥスを救う為にはなさねばならぬ。イグナーツ達の話では、失敗すればこの宇宙の秩序が破壊される事になるそうだ。生きとし生けるもの、全てのものの為になさねばならない。その為にも、一歩進んで自ら魔法陣の中に入って行く。
目に痛みを感じるような強い光が転送陣に溢れた。息ができる。身体もおかしく無いようだ。無事転移したのだろうか?
ゆっくり目を開けると、目の前には白骨死体のようなホムンクルスがいた。転移先はうっそうとした緑に囲まれた深い森のようであった。立ち上がってホムンクルスに近づく。胸にはアレキ帝国の紋章がある。第一技術研究所のマリリンに教えてもらった強化ホムンクルス兵にそっくりだった。
手足が這いつくばった姿で仰向けに寝転ぶホムンクルス兵は、アレキ帝国が所有したとされる亜人タイプの自律型戦闘強化ホムンクルス兵だと思う。その性能は高く、通常型のホムンクルスの3倍の戦闘性能と防御力を持ち、たとえ敵対する者が何百何千といても、瞬く間に火の海に変えてしまえるそうだが……。
強化装甲の中身は、人間と変わらないかのように見える。丸みを帯びたヘルメットの中に有っただろう、歪んだ目の部分が印象的だ。立ち上がれば、2.5メートルほどであろうか。材質はセラミック製とは思えない弾性がある躯体だ。装甲は非常に堅牢であり、生半可な攻撃では傷一つ付けられないはずなのに……。強化装甲が凹むほどの攻撃をいったい誰がしたのだろう。
見廻してみれば、そこかしこにホムンクルス兵の亡骸が放置されていた。激しかっただろう戦闘は遠き過去なのだろう。苔むした強化装甲の中に居たそれ達は、この森で何百年も過ごして来たのだろう。そう思った瞬間、転送陣に引き戻された感じがした。思わず、近くの枝を掴んだ。
僕は転送陣の前に居た。手の中には、折れた緑の枝があった。実験は行われた? イヤ、イグナーツ達は、これから転送実験を始める処だと言う。そうだとしたら、あのホムンクルス達は何だったんだろう?
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時空間転移の悪夢 トライ03
この地では、カミビトともアクマビトとも呼ばれる異界の者はある日突然現れる。カミビトは、霊が住むと言う言う世界から訪れるとされている。そして禍や幸せを振りまきながら消え去る。幸せをもたらした者はともかく、禍を招いた者は殺されるのが定めとされていた。
転移された聖秘跡教会の巡礼者や修道士は、アレキ大陸中を移動しており、中には胡散臭い者もいたようだ。特に吟遊詩人は奇抜な姿形から異界の者とされた事も有る。閉ざされたような社会では外部から来た者は全てが異邦の者であろう。だが、その社会に益をもたらせば歓迎されただろう。
益が得られなければ追い払われるか、悪くすれば葬り去る事も有っただろう。この世界は簡単に負の出来事が起こる。人々が悪しき者と言えば、言い逃れる事も出来ずに排除されるのだ。
「良き者か悪しき者かは、分からぬな」
「巫女が言うには、異なる世界からの訪問者だそうです」
「フン。どうせ、でまかせであろう。そのような事は有ろうはずない」
「ハ、王のお言葉通りででしょう」
「確かに、聖樹には異界に通じると言う扉が有ると言われていたが、それも大昔の事だ」
「そのようですな」
「神と人がまだ近しかった時、数百年前、イヤ数千年の昔になるのだろう」
「……」
「聖なる祭事の折、その扉が開けられて何者かがこの世界に訪れるとされているがな」
「ハイ」
「王家に伝わる話では、その来訪者は決して神では無く、人だそうだが……」
「ホー、さような話があるのですね」
聖地であった巨大な木を囲むように寺院の様な建築物が囲っている。だが、見直してみるとヒビが入り崩壊しかけた建物である。多くは岩が露出し、まるで遺跡の街ようだった。ゆっくりと衰退しているのだろうか? 所々、道が壊れ、行き交う人の姿には覇気が無かった。
その空間が一瞬だけ光り輝いた。僕が居るのは、樹木に囲まれた狭い空間である。その周りでは、光が当たった大樹の葉が、風も無いのに、一斉に揺れた。葉は、蝶が舞うようにが、浮遊していた。
広大な遺跡のような建物に住む人々が集まりだした。未来を見通すとされる巫女が来訪者の話をしていた。この地に生き続ける者達は、聖地と呼ばれる御神木の洞の中に突如として男子が出現したと知らされた。その体躯は成人とはいえず子供のようであった。
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時空間転移の悪夢 トライ04
第8軍は、戦線のほとんど全域を防御していた。第8軍には、配備されたばかりで実質的な戦闘経験のない第9機甲中隊しか予備兵力がなかった。戦闘経験の少ない部隊は、いきなり戦闘に投入せずに血を流す経験を積ます事が望ましいとされる。しかし、そんな猶予は第9機甲中隊には与えられなかった。
晩秋のどんより曇った空は、今にも雨が降ってきそうであった。ケドニア防衛軍の地上部隊は、魔獣に反撃する好機を待ちかねていた。この地域は、森の中では無いが平原では無い。機動戦が制限され機甲中隊の作戦行動には不向きだとされていた。
さらに言えば起伏にとんだ割と狭い閉じ込められた地形であった。特徴とも言えないが、ただ、1カ所有ると言えば有る。そこは、四方が見渡せる岩山が有ると言うだけの地だった。
第8軍は、増援を受けれないまま現有兵力のみで魔獣の大群に立ちむかい、自力で防衛線を維持しなければならなかった。ぬかるんだ道は軍の行動をさらに制限するだろう。この様な事なら、凍えるであろうが、いっそ凍結した地面の方が遥かにましであろうと考えられていた。
この戦闘は、ケドニア帝国で行われた犠牲者数の大きな戦闘の一つとされる。空飛ぶ魔獣は、バハラス地区への侵攻直後から避難民の行列を攻撃対象にして凄惨な損害を与え続けていた。また、防衛軍後方の伝令通信や輜重を混乱させていた。彼らを護衛する防衛軍には制空権が無く、小火器による射撃しか対抗手段が無かった。それは悲劇としか言いようが無かった。
侵攻して来る魔獣を指揮する第7指揮個体は、帝都防衛戦時と比べて戦士の勘と経験による熟練度を加えていた。率いる魔獣の群れは、帝都防衛戦以降はエサの補給が困難な為に長期に渡る戦闘は困難だった。結果、まるで使い捨てるかのように群れを突入させると言う消耗戦を仕掛けるつもりでいた。
第7指揮個体は、重魔獣が約2800頭も含まれる23万匹もの大群を編成していた。これは過去13カ月間、一群としてはついぞ見られる事の無かった大群である。それを、この戦場に一気に投入したのであった。これは、今迄よりもはるかに突撃破砕力が増す事を意味していた。
時は、ケドニア帝国歴393年12の月18日。またしても雨の降る日で有った。第8軍は、損失をものともしない魔獣の大群に対峙して、ケドニア帝国で最大の試練となる攻勢を受ける事になったのである。地上の魔獣支援なのだろうか、防衛軍の上空を飛ぶワイバーンやカラス型の魔獣達が大規模な攻撃を始め、続いて重魔獣が戦場に姿を現した。
多くの防衛軍部隊が経験した典型的な戦闘は、次のようなものであった。まず足の速いオオカミ型の魔獣等が、空飛ぶ魔獣の猛烈な航空支援のもとに侵入した。小型魔獣は、空飛ぶ魔獣の爪に掴まれて防御陣地各所に投げ入れられた。混乱の最中に、クマやトラ型の魔獣が防衛戦の正面に現れてさらに兵力が削られた。この時、ほぼ同時に重魔獣が各戦線を突破しだした。
川沿いと、森を通過して来た魔獣により、防衛軍は攻撃を受けており戦いの主導権を失っていった。この戦闘で、中央の軍が壊滅状態の第8軍は、兵力が分散されて魔獣に圧迫された。これに続く戦闘は、防御線での孤立と各個撃破の活用例といってもよいものだった。
兵達が築いた土塁では魔獣の侵攻は防げなかった。だが、城郭都市の様な城壁をもってしても、魔獣を阻止する事は難しかったに違いない。後退を命じられた兵は、せめてもの反撃だとして弾薬集積所の爆薬に火を点けた。だが、第7指揮個体は、火器や爆発物の危険性を認識していたかのように、牙や前足を使って手あたりしだいに導火線を切断するように魔獣に命じていた。
雨の中、魔獣の群れの東では第9機甲中隊が反撃の為に南下を開始した。多砲塔戦車隊は、常に機関銃の掃射を繰り返して小要塞となし、砲火を群れに集中して、戦場で遮蔽物が必要とされる歩兵に余裕をもたらすはずだった。
第9機甲中隊は、12の月23日、防衛ライン突出部の北側面に於いて、魔獣と戦闘に入ったところ、重魔獣との混成群に遭遇した。機甲中隊に配備された新型装甲車両には、走行性質を確保する為に無限軌道と呼ばれる走行装置を備え、攻勢時の主役の役割りを果たす事が出来ると思われていた。
だが、魔獣は多砲塔戦車に匹敵する強力な重魔獣を単騎では無く、3頭で対抗するようになっていた。まるで戦車小隊の様な3頭の重魔獣部隊は、多砲塔戦車を次々と擱座させていった。そして、日没までには防衛軍のどんな反撃も跳ね返し、突破もできないような数の魔獣の群れが移動してきた。
バハラス大本営の南に展開された防衛軍の反撃は失敗に終わった。防衛軍の輝かしい勝利は失われ、戦場には悲劇が満ち満ちてた。この後、魔獣の大群は防衛軍の最後の障壁をこえてバハラス地区に雪崩れ込むだろう。それは津波のように広がり、帝国はまた一歩、終末に向かって押し進められる事になる。
第7指揮個体の作戦指導によって、魔獣は大きな犠牲を払いながらも、大量の戦力を一気に投入して計画的に勝利を得る方法を生み出していた。以前から数の暴力は効果的、かつ破壊的であると危惧されていた。おそらく魔獣大戦のこの時期に、数の暴力を用いて効率の良さを追求し、これほどはっきりと示した戦闘は他になかったであろう。
だが、ケドニア防衛軍と魔獣が、最後の戦闘を行っている頃。バハラス防衛戦の終焉とも言える時。魔獣による掃討戦が始まろうとする時。時空間転移されたカトーが岩山の上に現れた。
現れたカトーの魔力は失われていなかった。そして戦場を俯瞰できるカトーが、攻撃できなかった魔獣の群れは無かった。魔獣壊滅の理由は単純であった。隕石落下による衝撃には及ばないものの、複数回の広域極大火炎魔法が地や天に向けて使用されたのだ。カトーは魔獣との最終局面において、決定的打撃を与えて消え去った。
防衛軍にとっては僥倖であったが、交戦した魔獣にとっては理不尽な出来事であった。一方的な勝利に終わったとは言え、防衛軍の死者数は32000人、負傷者57800人、行方不明400人と記録されている。損失した多砲塔戦車180両、その他の車両は850台と言われていた。尚、反撃にでた機甲中隊は壊滅している。
一方の23万匹の魔獣の群れは全滅状態であった。機甲中隊を壊滅させた重魔獣は完全に撃破され、わずかにワイバーンが数匹(カラス型の魔獣は不明とされるが全滅させたとされる)が逃れたと記録されている。尚、防衛軍戦場調査研究班により戦闘経緯が調べられたが、広域極大火炎魔法を使用した者の名は不明とされている。
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時空間転移の悪夢 トライ05
雨が降っていた。どうやら、僕は1人で馬車を走らせている処のようだ。着ている服は中世の商人のようで、護身用ナイフと手荷物だと思われる布袋が1つ。小型馬車の荷台にはこれと言った物も無く空荷だった。何かが意識に入り込んでくる。これは商人の記憶だろうか、どうしたんだろう?
雨はさらに勢いを増している。この降りでは森の中での雨宿りは出来そうもない。今夜の宿を探さないとまずい。商人の記憶が蘇る。商人は、この地は初めてだが酒場で聞いた話では丘の上に寂れた宿があるらしい。その向こうの村までは、まだ2時間ほどかかるだろうし、陽はもうすぐ落ちるだろう。その宿を目指す事にした。
宿屋の主は若い青年で、病気の母親との2人暮らしとの事だ。宿泊客は案の定少なく、僕以外は夫婦連れの2人だけだった。寂しいので、良ければ皆と一緒に夕食を食べないかと誘われた。快く応じるが、食堂に居る青年が厨房に居るだろう病気の母親に何やら怒鳴っているのを聞かされた。
夕食には、少しきつい匂いの香草が入っていた。暖かいだけが取り柄と言える雑穀のスープだ。食後は、雨に降られた事も有り、疲れたので早く眠りたいと部屋に戻った。どうやら、ぐっすりと朝まで寝ていたらしい。よほど疲れていたせいか、口の中が苦くて痺れが有る。こんなのは初めてだが、まるで夕食におかしな物でも入れられてたかのような気分だった。
朝食時に、居たはずの夫婦連れが居ない。どうしたかと聞くが、朝早く宿を出ていったとしか話さない。雨は止みそうだが、まだ降っている。それに昨夜は、そんな話はしていなかった。腑に落ちないので病気の母に聞いてみようとしたが、青年は話をはぐらかして会わそうとしなかった。
雨が止み、宿を出る事にした。途端に青年が愛想良くなり、宿代を半分にするから後一泊してかないかとしつこく勧められた。遂には、宿代はいらないから泊って行けと声を荒げたていた。さすが気味悪いので、断って宿を出たのだが、青年は口惜しそうに馬車に乗って離れて行く僕をズーと見つめていた。
村が近づいてきた。村に入り、食べ損ねた朝食をとりに村の食堂に向かう。混んでいる時間なのか、居合わせた役人と相席となったが、ひょんな事から宿の青年の話となった。役人によると、その宿には青年が1人で住んでいるはずだと言う。話を聞いていた村人達もうなずいている。しかも村人からは、青年の母は数年前に死んでいると聞かされた。
役人もおかしいと思ったのだろう、3人の村人と共に宿に向かう事となった。僕も、乗り掛かった舟と思い宿に引き返した。宿では役人が青年に質問をしていた。その時、何かが倒れた音がした。地下からのようだが、青年は地下など無いと言い張っている。不審に思った役人が厨房の床を調べると、地下に通じる蓋が見つかったのだ。
村人が、異臭がする階段を降りるなり飛び出てきた。何事かと、恐る恐る降りて行くと地下室には白骨化した遺体があった。その近くの椅子には、手足を縛られた昨夜の女房が座らされて居た。そして、青年が夫を殺した犯人だと証言した。
その夜、泊り客の夫婦連れが部屋で寝ていると、女装をした青年が入って来て夫の胸にナイフを突き立てたようだ。妻はそれも知らずに眠り込んでいたと言う。やはり、強力な睡眠薬をもられたのだろう。青年は夫の死体と荷物を馬車に積み、馬を殺して馬車もろとも丘の反対にある沼地に沈めてしまった。話の通り、村人が沼地から馬車の一部を見つけた。
何人分か分からないが、地下室からは沢山の骨が出て来た。これまでも多くの旅人が青年に襲われたのだろう。今回は幸いな事に殺される寸前の女房を助け出す事が出来た。
自白した青年には2つの人格があるのだろう。女装して殺したのは母親の人格だったらしい。青年は、母親の指示で殺した言うが、幻想の母親は私のせいじゃないと笑みを浮かべていた。その顔を見た途端、僕は意識が遠のいて、商人の体から離れる事が出来た。
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時空間転移の悪夢 トライ06
ショウワマルにおける長距離空間転移時には、一種の船酔いかも知れないが気分が悪くなる者が出るのが知られている。時空間転移の場合は長時間、かつ長距離とも言えるほどの異空間を移動する。この為、体への負担はかなり有るものと考えられた。
その対策が必要ですな。と言われてから色々と対処方法が生み出された。結局、強化された結界魔法かホムンクルスの外装皮膚かの二者択一となった。
「転移用に結界魔法で肉体を強化するのか! 魔力は維持できるかな?」
「多分ですが」
「体の方に影響は? 変わらないよね? あっちゃダメだよねー」
「それは何ともー」
「じゃ、結界魔法陣を体に書き込むかな。イヤ、墨入れする事になるのかな?」
「皮膚細胞等にはきついかも知れませんが、体の深部にある骨とか内臓はOKでしょう」
「全身火傷みたいになるのは嫌だなー」
「では、ホムンクルスの強化外装皮膚はどうですか?」
「? あの乳白色のやつ?」
「セバスチャンやエマ達の外皮構造の改良型です。装着する時間も数秒から、せいぜい十数秒で収まると思います。弾力が制限されてますし慣れるまでには多少の違和感があると思いますが」
「ウーン、よく分からん。どっちにしようかなー」
「もちろん、中身の芯は御屋形様ですからお好きな方で良いですよ。ちなみに、外装皮膚は膜のようなモノを一層纏う感じですかな?」
「フーン。そうなのかー」
「装着も、お風呂に浸かる感じです。マァ、頭もドボンしてもらいますがね」
「外皮はぴったり密着して中身を保護しますから、転移時の膨大なエネルギーから御屋形様を守ってくれでしょう」
「フーン」
「アァ、この外装皮膚なんですが、転移が完了したらヘビの脱皮の様に剥けますから安心して下さい」
「そうなんだ」
「マァ、その代わりと言っても何ですが、皮膚組織を再生しますから、今まであった傷跡や火傷の痕と言うのは無くなりますよ」
「一皮むけたイイ男という事だね」
「エェ。そう言う事も出来ますね。何事も前向きというのは、評価されると思いますが……」
豊饒や幸福をもたらすとされる異界からの訪問者。来訪者への信仰にも近い歓迎は広くムンドゥスの各地行われていた。来訪者の多くは、仮面仮装したかのような異形の姿で現れる。およそ人の体とは思われぬ姿であり、日本で言う処のナマハゲとも鬼とも呼ばれる者の姿に酷似していた。
鬼達は異界からの客人、稀に訪れる人ゆえに、まれびととも呼ばれていた。中には木の葉で身体全体が覆われた姿の者もおり、まるで植物と動物の混成物として出現する者もいた。しかしながら、姿形は異なれど、強大な魔力を使って作物を急速に育てる事が出来るとされ豊饒をもたらす者とされていた。
まさに、異郷から来訪する神の如く膨大な魔力エネルギー持つ者なのだ。だが、帰られてしまっては豊饒とされる収穫はもたらされない。古老達の教えでは、その異界の者の能力を残すにはその地に埋めなければならないとされていた。さればこそ、大地に魔力が残されるのだと……。
ホムンクルスの外装皮膚は、時空間転移が上手くいかなかった場合には、おかしな現象を引き起こすようだ。転移後の自分の姿を見て驚いた。偶々、雨が降った後だったのだろう。水溜りに写っていたんだ。これは、人間を止めたような姿だ。
こんな姿なのだが、村人は恐れる事無く近づいて来る。顔には微笑みを浮かべ、白い歯は歓迎の言葉を出しているのだろう。連れられて来られたのは、村の中央広場である。これから僕を中心にして儀式が始まるらしい。これって、歓迎されているのだろうか?
様々な料理が大皿に盛られて並べられ、運ばれてきた大きな瓶には酒と思われる飲み物が並々と入ってた。やっぱり、歓待の儀式なのかなー? 村人には、ココナッツのような容器に入れられて出された物を呑めと言われている。現地の人々と親睦を図るには、彼らと同じ物を食べたり飲んだりする事が必要だと聞いた事が有る。ここはひとつ、郷に入っては郷に従う事にするかなー。
アーァ、やっぱり飲まなければ良かった。体がしびれて動けない。昔、習ったんだよな。知らない人について行くのは危険だってのは……、本当の事だったんだなー。今、目の前には大きなナタを振りかぶった村長が立っている。フッと気が付いた。俺は、生贄になるんだろうなー。
※ ※ ※ ※ ※
時空間転移の悪夢 トライ07
「イヤ、俺は街歩きを楽しんでいただけだよ。で、写真を撮りながら街並みがヨーロッパみたいで良いなと思ってはいたけどね」
「ヨーロッパと言いましたか?」
「ウン、そんな感じだもの。小説の世界みたいだしさ」
「そうですか」
「確かに、こっちへ来た端は驚いたよ」
「ところでカトーさんは、預言者なのですか?」
「ちがう、ちがう。俺は転移者なの。違う宇宙から来たの」
「そうなんですか。こことは違う世界なのですね」
「あんた、分かる人だね。インタビュアーにしておくのは勿体ないな。どうだい俺と組まないか?」
「スマホとか便利だから」
「なるほど。これが、異世界の情報端末と言うのですか」
「手放す気はないよ。これ一台で色々と出来るんだ。音楽を聴いたり、カメラになったり、百科事典にもなるんだ」
「百科事典と言うのが、この板の中にあるんですか?」
「アァ、3種類で合わせて130巻だったかな。他にも英語事典やスポーツ年鑑も入っているよ」
「俺もキャンプ好きなんで、自給自足は良いなと思う時も有るよ」
「ハァ」
「ウン、たまーにキャンプの様な不便を楽しむのがいいのであって、ガチで山暮らしや仙人のような生活をしたい訳じゃないから」
「ネットの歴史小説は好きだから読んでいたけどね。水洗トイレが無い時代はやだな。戦国時代や幕末は、世の中があれだろ。行きたいと思わないよ」
「話だけなら面白そうですけど、お話された戦国時代のような人生や生活はしたくないですね」
「そうそう、あまり文句は言わないけど、水洗トイレのある部屋に替えておくれよ」
「そうですね。考えておきます」
「どうですか? 先生」
「ウーン、自分は転移者なんだと信じ込んでますね。それに、妙に設定が細かくて真実味が有るんですよ」
「守備隊が、ロンダ城前広場で保護したそうです」
「そうですか」
「その時は、ただのガラスのような板切れを振り回して、喚いていたようですな。ナーロッパだとかなんとか」
「幻想の世界にどっぷりですね」
「回復の見込みはあるでしょうか?」
「どうでしょうねー。ここまで酷いのは私も初めてですから」
※ ※ ※ ※ ※
「そうそう、この国の天文学のレベルどうなの」
「イリア王国は帝国から逃げてきた学者も多かったので、基礎はそれなりだと思いますよ」
「ホント地道に研究している人や、学問を教えている人って偉いわ」
「そうですか…皆、好きでやっているのでと言ってましたが。おかげで天体の動きが確定できましたし座標の割り出しには随分と助かりました」
「星占いは昔からあるものですし、結構ヒントになるかも知れないと思いましたが」
「星の廻りが同じ様になると星占いをする者が書いていましたが、そのような事は考えられませんからね」
「この銀河も移動してますから、同じように見えても位置は違いますから」
「イグナーツさん。発進転移点の計算、第一次分が終わりました」
「ご苦労様でした。まだまだ先は長いですけどね」
「ご存知かもしれませんが、この宇宙と日本だった宇宙とは時間がずれてます」
「1時間が1日の様に?」
「厳密にはもっと意味合いが違うのですが。似たようなもんです。ハイ、あと、同時に2個の物体を転移させても転送陣内の立ち位置によって到着時間にずれが出ます」
「どのぐらい?」
「魔法陣の中心になるカトー様とは10日ぐらいかと。場合によっては40から50日程度の差は出るかと思います」
「そんなに到着時間の差が出るのか」
「エェ、二つの世界は加速度的に離れてますので、どうしようも有りませんな」
「同時と思っても、日本に戻った時には10日の差か出るのかー」
「ハイ、良くてもね。そのぐらいは誤差だと思って下さい。転送陣は発動中心部に居る御屋形様が優先して転移する事になるので、最初に転移するのは、カトー様です。その後、送った荷物などの物体となるでしょうね」
「フーン、同時に送ったと思っても違うんだ」
「待って下さい。同時、同時ですか。そうだ。転送されてきた時の状況に近づけた方が良いかも知れません」
「じゃぁさ、荷物なんかも一緒の方が良いんだ」
「ハイ、質量が同じぐらいが望ましいでしょうがね。物の到着も多少の誤差を気にしなければ、1年後でも可能でしょう。距離を計算しておいてパラメータを調整して転送陣の然るべき位置に置くだけですから」
「フーン。送れる量はどの位?」
「そうですねー。自動車でしたか。こちらに来られた時の乗り物がありましたよね。ウン、あの位はいけそうです。エェ、それぐらいはいけます」
「2トンは有ったよね」
「それ以上を送ろうとすると転送陣の破壊を招くかもしれません。本来ならば転送用の魔法陣を他の世界との転移に使うのですから。それに転送陣の起動には魔石・大5個を使用する予定ですから、失敗する大変な事になります」
「転移後には魔力はどのぐらい残るのかな? 気になるところだよね」
「日本に戻った時の魔力量ですか」
「ウン、あれば魔法が使えるかも知れないしさ」
「それ、おかしくありませんか? 今度の転移は体内魔力量を0にする為に行うんですよ」
「そうだったよねー。ゴメン」
「それに、いくら御屋形様でも転移後の魔力エネルギーは失われるでしょう」
「そうなんだぁ」
「エェ、並の者ではね」
「無くなっているんだよね。魔法は使えないと思った方がいいだよねー」
「ネコナデ声を出してもダメです。しかしながら、御屋形様は使える可能性が0ではありません。何せ母数が違いますから。ムンドゥスでの1000万分の1も無いぐらいですが……」
「エ! 可能性はあるのか」
「そうですね。御屋形様の話をお聞きすると、日本と言う処はパワースポットと呼ばれる場所が有るとか。何とも言えませんが、ひょっとしたら魔素溜まりかも知れませんね。だとすれば理論的には日本でも魔法の使用は可能になるでしょう。でもこれ、かなり希望的な話ですよ」
「ヘー、魔力もあるかも知れないのか」
「エェ、希望と言うレベルの話なので確約は出来ませんがね。もちろん、魔法と言う術式には魔力が要ります。有ったとしても希薄な魔素の様ですから直ぐには使えないでしょう。魔法が使えるだけの魔力を充填するには長くかかります」
「そうなのか」
「何とも言えませんが、それに溜めたとして1日では簡単な水魔法、おそらくコップ一杯程度。せいぜい火種を作りだすぐらいでしょうか」
「後一つ、質問が有るんだけど。魔石エネルギーの補充が有れば転移陣は使える?」
「ハイ、魔石を持って行けるとしたら、日本からでも可能でしょう。でも、コントロール出来ませんから魔石を持ち込んだらダメですよ」
「そうかー残念」
「マァ、魔素が薄いので集積時間がかかるでしょうが。江戸時代の方でしたか? 御屋形様以外にも、その場所からの転移事例はありますから出来るかも知れません。ただし、あまり時間を置くと計算結果とずれる可能性。つまり、このムンドゥスでは無い世界の可能性がありますけどね」
※ ※ ※ ※ ※
その論文を読んで考えてた。辺境伯として偶に論文とか研究書に触れる機会がある。「惑星ムンドゥスの歴史」は非常に興味深い論文である。ジェシカさんとは色々と話したが、彼女は独力で答えにたどり着いたのだ。
暫くして幻影ドラマ制作部のエルビラさんが監修を求めてきた時には、幻影作品にありがちな問題点も整理されており、さすがだなと思ったものだ。彼女の意見に若干の補足を加えれば、完ぺきに近い内容になるだろう。
人類は再び魔法による繁栄を迎えアレキ文明を築いた。文明の基礎は魔法で有り、膨大な魔素の需要が必要とされた。魔素を効率よく集積する為に魔石へと転換する方法が考えられた。動物による実験と研究が行われ、遺伝子改変により動物の体内に魔石が作られる方法が編み出され魔獣が作られた。
魔獣の繁殖研究所は、更なる効率を追求しアレキ文明は魔石の生産量を重視した。この為、温厚な実験動物による魔石の大型化を目指す研究が開始された。惑星規模の繁殖プログラムと拠点都市を作り、人類は全大陸に渡る転移ネットワークを築き繁栄を謳歌した。だが、彼らが築いたアレキ文明も隕石テロで滅ぼされる事になるとは……。
ここからは第一技術研究所に残っていた資料からの推論になるのだが……、先ず、魔法を使える者と使えない者との格差を生まれて、人と人との区別が行われるようになる。やがて魔法文明を嫌う自然崇拝的な教団を生まれた。教祖は魔法による暴走を嘆き、社会的な閉塞感はテロの下地を育てた。意外な事に自然回帰運動の波に乗り勢いを増した。教祖とその弟子たちがテロリスト集団となる。
彼らは毎夜見上げる夜空に手段を見出した。軌道を変えた隕石の落下というテロ攻撃に至った。衛星を破壊し行き過ぎた魔法による文明の崩壊を目標としている教団だ。皮肉な事に進化し強大で不可能を可能とする魔法文明が願いを叶えくれた。
歴史は繰り返される。今回の隕石テロは人の手によって起こされた。ジャイアント・インパクトに比べれば人の手による隕石落下は小さな破壊ともいえる。だが、その小さな破壊でも人類には大きすぎた。大災害後には人口が急減する。
人口が回復するにつれて魔法が使える者が少なくなった事が明らかになった。原因が究明されるまでに人口が加速度的に増える。時は経ち、その間にも転移現象は時を置いて繰り返されたが、その規模も余震と同様、次第に小さくなって行った。
ジェシカさんと違うのは、転移の引き金になった遺伝子の事だけだ。僕が目を付けたのは災害後の人口変動分布だ。これによって解き明かされた事が有る。それは魔法を使うには転移初期のムー大陸型遺伝子が必要だと分かった事だ。もっとも、これは日本人の転生者だったアンベール帝の資料を読んでいなければ分からなかっただろう。
※ ※ ※ ※ ※
「御屋形様もご存じの様に、ムンドゥスは宇宙空間の一カ所に留まっている訳ではありません。だいたいですが、自転速度は時速1700キロぐらいで移動しています。さらに恒星ムンドゥスは時速90万キロほどで公転しています」
「ウーン。そうだったよねー」
「第一技術研究所のマリリンさんが言っていたように、時空間転移は短距離ジャンプで空間を捻じ曲げる方法に似ています」
「そんな話もしたっけなー」
「もちろん短距離ジャンプでも、それなりの時間がかかりますからね」
「どのぐらいだったかな?」
「光速で移動すると同じぐらいです。帝都ヴェーダまでデーターでは、ウーンと7000キロで0.023秒でしたね」
「フーン、今度は途方もない距離になるんだ。とても無視できるもんじゃない。という事だね」
「エェ、御屋形様が転移された座標は30年以上も前の事。ムンドゥスはもちろん、この恒星系どころか銀河も動いています。距離ばかりではありません。ムンドゥスの自転速度も1年の間には何ミリ秒かは変化しています。宇宙空間に放り出される可能性も多分に有ります。計算には時間がかかるんですよ」
「確かに、聞いた覚えはあるけど……」
「ネー、まるで不可能を可能にするようなもんなんです。タイムマシンの上を行くんです。時間軸+空間軸なんです。時間かかるのは当たり前でしょ。それも、一回の転移で地球向かうのですから」
「そうかー」
「遺跡都市メリダには、御屋形様の仰る江戸の狩人がおられます。亡くなってはいますが、データーから見るに4日で1年のタイムラグが出てきそうです。メリダの管理官が持つデーターが正確なら調整可能だと思いますが誤差は出るでしょう」
「仮にエミリー様を転送する事になりましたら、姿形は現状の18才ですか。それで送る事になります。御屋形様はムンドゥスに転移してこられた時の姿形で送り返さなければなりません。当然ながら27才の体で転移する事になります。到着時のデータに少しでも近づけて送り出さなければなりませんからね。つまり27才の体と言う事です」
※ ※ ※ ※ ※
愛車のバンは空飛ぶ車に改造して、かなり変わってしまった。元に戻す事は無理だと言われたので、似たような大きさと重さの木箱を用意する事となった。重量的には車一台分持って行けるらしい。むしろ、その重さに近づけた方が良いらしい。可能な限り、転移時に積み込んでいた物の重さを思い出すように言われた。
それはともかく、帰りの荷物? 木箱に何を入れるのか考えてしまった。ウェイブ小説には帰って来た召喚者の話が沢山あったが、どうしたもんだろう?
今は、辺境伯なのでかなり金銭的に余裕が有るし、物資も集められるだろう。順当に考えて金銀財宝と思うんだが……。車一台分もの金銀財宝を持ち帰れる事が出来れば後の生活は安泰だ。残念ながら、魔石はエネルギー干渉を起こすかもしれないので禁止された。
たしか通関時の消費税の関係だったか、金は外国人の違法持ち込みでかなりうるさくなっているらしい。銀は量的に言って金の40から60分の1ぐらいの価値のはずで金額的にはかなり低くなる。プラチナは金の4分の3の価値だし、リスクを冒すなら金の方が良い。
やっぱり、宝飾品となるのかな? でも、デザインやカットが問題になるだろうなー。となるとダイヤモンド等の宝飾系は売りづらいだろうし、原石を磨く伝手も無いからな。等と色々と考えているうちに、俺って小市民だという事に気が付いた。
待てよ。転移地点が元のヤブの中ならまだしも、砂漠や高山と言うのも有るし、孤島で1人の可能性もある。海の中は論外だが、海上かも知れない。そうなれば無事転移できても、その後の生存が望めないじゃないか!
地球には、魔素が無いと思う。もし、ウェイブ小説のようにパワースポットにわずかにあるとしても、魔法の使用は魔力量しだいだだろう。貯め込むまでは発動できないだろう。水魔法がダメなら水を用意しないと……。食料やキャンプ用品もいる。残念だが、お持ち帰り用の金銀財宝は減らして、サバイバル用品を用意すべきかも知れない。
※ ※ ※ ※ ※
イリア王国歴180年10の月3日にエミリーと会ってから早40年。13年前までは外見上は、俺は14才だった。しかし転移して来た時は27だった。肉体的には、まだまだ若い。地球での記憶を通算すると67才になろうと言う処だ。人間をやって67年のはずだが、少し人間離れしてしまったようだ。辺境伯か侯爵、王国の魔導士カトーと呼ばれて久しい。
マァ、領地に引っ込んでからは、何が変わるではなし、日々をエミリーと魔石研究の為に過ごしてきた。年一回、王都の新年祭に出る以外は研究の日々である。アァ、結界魔法が進歩したな。13年前、虹色の魔石で若返る事を止め、人並みに年を重ねて再び27才の体となったはずだ。イグナーツ達も転移された時と同じ年齢になるのが良いと言っていたしね。
エミリーは18か19才の体から変わらない事を選んだようだ。女性にとって、永遠の18才はそれほど魅力が有るのだろうか? もっとも、女性に年齢や若さを聞くのは野暮な事と承知しているし、君子はその話題に近寄らない方が賢明であると分かっているので話すのはタブーだ。
今、愛車の空飛ぶ魔動車は転移実験場を飛び立ち、セシリオ陛下との面談会場に向かっている。嘗ての第一王子セシリオ・アルバラード・バレンスエラ・カナバル。今は人々から賢王セシリオ陛下と呼ばれイリア王国史の中で稀代の名君とされている。相変わらず、シーロ卿とは仲の良いコンビを組んでいる。
セシリオ陛下と初めてお会いしたのは魔獣大戦初期である。魔獣がメストレ市に上陸しリニミ市に侵攻した時だ。それ以来、様々な事を経験してきた。エミリーと共に第一技研を見つけたり、帝都ヴェーダで転生者のアンベール帝に会ったりした。
皆と一緒にケーキ屋さん開いた事もある。第4世代ドラゴンのミレア達と出会ったり、ゴー戦隊を組織したり、スーパー合体巨大ロボや空中戦艦ショウワマルも良い思い出だ。経済にも口出しして、王国財政に貢献したのは良いが、アニバル総裁がインタビューで話したのでベルクールの小鬼達から嫌われてしまった事もある。
もちろん叶わなかった話もある。騎士職は身分として残ってはいたが、王都での新春馬術大会は時代遅れの槍試合という事で廃止になり、遂に見る事が出来なかった。マァ、鉄砲玉や砲弾の世界に変わってしまったのだからしょうがないなー。
転移事故で東方の地をめぐり中央大陸と呼ばれる東方のイル王国で無人の補給基地内をさまよい、誘拐事件を解決し、クシャーナ王国では魔道具の作り方を教わったと思えば得体の知れないモノと出会い、フラン王国の海ではクラーケンと戦ったのも今となっては懐かしい。
文明も進み、蒸気鉄道や蒸気動車が行き交い、海には定期運航される豪華船が大海を越えてフラン王国を結んでいる。冗談としか思えなかった自転車に翼を付けたような飛行機が空を飛んで20年になる。巨大な飛行船が飛び交う日も近いという話だ。これも高価とはいえ魔石エンジンが開発されたからだ。蒸気動車に搭載されるようになればモータリゼーションの黄金期となるだろう。
振り返ってみると、一晩かけても話尽くせないほどの事が有ったな。どうやら、体内の魔石エネルギーは臨界点を越えようとしていらしい。明日の転移実験を成功させ、この惑星ムンドゥスから旅立たねばならない。中々、眠りにつく事はできずテラスに出るとイグナーツが夜空を見ていた。
傍のテーブルにはワインとハムが載せられていた。体組織の構成の為にタンパク質の摂取をしているようだ。ホムンクルスのイグナーツにワインが必要かどうかは分からないが、グラス片手に星空を見るなど中々の風流人である。勧められるままにイスに座り、ご相伴にあずかる事にした。
「原初の力を作り出したものは何だったのだろう?」
「ジェシカさんがその事を話していましたが、それは正と負ということでしょうか? 或いは聖と魔かもしれませんなぁ」
「哲学的な話になっちゃうな」
「神秘的でも有りますな。冥府を超えて、惑星系どころか、この銀河系を構成するエネルギーを作り出す訳ですからな」
※ ※ ※ ※ ※
時空間転移の悪夢 無限に続くラストトライの一つ
惑星ムンデゥスのある恒星系から遥かに離れた宇宙の深淵で、爆発的なエネルギーの放出が有った。その圧力波の原因は不明であるが、再び小天体を突き動かした。数千年後には、流れ星が星空を焦がしながら惑星ムンドゥス近づいてくるかも知れない。
遥かなる昔。惑星ムンドゥスは、外宇宙からの小天体がその衛星に衝突すると言う天文学的な確立を経験した。破壊を生み出した力は、大規模隕石群を形成して魔素をムンドゥス上に撒き散らした。生態系はもとより、生物の全滅さえ不思議では無かった。
以来、時空間の異変が生じ、大陸規模の転移に伴う災害や環境の激変が容赦なくムンドゥスを襲った。危機の度に、膨大な魔石エネルギーが供給され、ムンドゥスの人類は文明を築き、急速に発展する事が出来た。文明水準は上がり、その恩恵は惑星ムンドゥスに広がっていくかに思えた。
前回は600年前の隕石テロで、人の手による破壊であった。人類の絶滅さえ考えられたが、幸運の女神がほほ笑んだようだ。そして今回、魔獣大戦が再び引き金となり帝国の内乱とエバントの崩壊が起こった。一見、惑星規模の災害に比べれば小さな出来事である。
魔石が再生産され、復活した魔石エネルギーにより、文明と秩序が築かれ人類はまた進み出した。しかし、転移者のカトーによって蓄えられつつある魔石エネルギーは惑星ムンドゥスを吹き飛ばし、恒星系のみならずこの銀河を消滅させるほどの規模になろうとしていた。
不自然なほどの魔力を補充できるカトーの体は、やがて限界を超えるだろう。限界を超えて集積された魔力は巨大なエネルギーの開放がなされる事になる。この強大で凶暴なエネルギーの開放は、カトーを元の時空間に転移させる事によって無事に放出されると思われた。
運命と言える未来を変える為に、カトーは時空間転移への挑戦を続けた。数十年にもわたる研究と計算により、その日は来た。転移魔法陣が稼働し、カトーの体が正と不の世界をブランコのように行きつ戻りつをしはじめた。体内の、魔石エネルギーが指数関数的に増えていく。
目的通り、魔石エネルギーを使い果たして無事転移されれば良し。その転移座標の計算に不良や不足があれば、惑星ムンドゥスどころか銀河系クラスの禍となるかも知れない。イヤ、過剰な魔力エネルギーの破壊的な放出は、宇宙のバランスを崩して宇宙そのものを破壊するかも知れないだろう。
無限に分岐した一つの世界では、転移されたカトーと呼ばれた男は、無事、転移され日本に戻る事が出来たし失敗したカトーもいた。或るカトーは無となり、また或るカトーは恒星ムンドゥスを破壊した。もちろん、宇宙を消滅させたカトーもいたし、その膨大なエネルギーを使ってビッグバンを引き起こし、宇宙の初源となって宇宙そのものを作ったカトーもいた。
そして、この宇宙の幸運の女神は再びほほ笑んだようだ。カトーと呼ばれるエネルギー集積体は、過去にムンドゥスが有った宇宙空間と現在の時空間を繋げて転移を成功させた。魔石エネルギーの暴発は回避され、惑星ムンドゥスと言う文明のゆりかごは無事に残される事となった。
しかしながら、このような危機がまた来ないとは限らない。嘗て惑星ムンデゥスを襲った不幸は、一万年とも一万二千年前とも言われる。人間にとってはるか昔の過去に起きた出来事でも、天文学的には昨日や今日の事である。イヤ、数分前とも言えるかもしれない。
外宇宙。イヤ、違う銀河のとの衝突が起こした忘れ物が、再び惑星ムンデゥスに飛来して来ないとは言えない。そして、次は女神がほほ笑まないかも知れない。だが、カトーが身を挺して作った時間だ。今は数千年、数万年先の未来を考えず、少しだけ平和を楽しもう。
惑星ムンデゥスは癒され、平穏な時が訪れたようだった。




