199 魔力回収装置と宝物庫の謎
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ムンデゥス最大規模と言われるエンターテインメント・アミューズメント施設カトーランドは稀代の魔法使いカトー卿が製作し、そのコンセプトが受け継がれてきた。カトーランドは一日中賑やかである。開園日の朝には、施設部門の開園を待ち受ける為に大勢の観光客が今か今かと集まっている。
園内では蒸気動車の乗り入れは原則禁止されており、人々は広い園内を移動する為に、万博以来移動用の乗り物として標準化しつつある吊り下げ型の単一軌道車を使用したり、無料蒸気動乗り合い車を利用したりする。もちろん徒歩にて各会場に向かう者も多い。学習の為に専門に作られた施設では、子供達とその先生が列を作って向かうのも見慣れた風景である。
「皆、カトーランドのイメージを持っているよね。今日は良い事を教えてあげよう」
「ハーイ!」
「夢の世界は本当にあるんだよ」
「先生、本当ですか?」
「マァ、多少大げさに言ったかもしれないが、楽しい所と言うのは間違いないぞ」
辺境伯領の領都レオン、この辺境にある地まで王都ロンダからは約10時間である。都市間高速鉄道で結ばれており、特に夜行の特別専用寝台列車「夢のレイン号」は人気である。目的地のカトーランドは、行くだけの価値があると言われる総合娯楽施設である。領都レオンの街並みも評判であり、同時に観光するのが流行りとなっていた。
「ここは、本当にすごい場所ですな。ハスミンさん」
「ハイ、皆さん。そうおしゃいます、夢のような街だと。アァ、ドミンゴ男爵様。ご紹介させていただきます。こちらが今日ガイドさせていただきますエメリナ嬢です」
「お初にお目にかかります。エメリナと申します。本日はカトーランドでのガイドをさせて頂きます。よろしくお願いいたします」
「エメリナさんと仰るのですね。こちらこそ、色々とご雑作をかけますな。よろしく」
「フリダ様、今日はいかがでした?」
「楽しい時はあっという間に過ぎて行くと言うのは本当ですね」
「どうやら、カトーランドを楽しんで頂けましたようですね」
「エェ、大変楽しませていただきました。それにガイドのハスミンさんも貴女もきちんとした対応ですね。主人も感心しておりましたよ」
「それは、ありがとうございます。こちらには貴族の方も沢山お見えになるのでメイドの経験は役に立ちますから」
「なるほど。メイド経験者でしたか。さぞや、由緒あるお家にお勤めだったのでしょう?」
「エェ、色々と」
「失礼いたしました。私的な事でしたね」
「イイエー、お気になさらず。ア、そろそろ時間ですね。お待ちかねのメインイベントです。予約は済ませてありますので、このまま搭乗室へどうぞ」
「期間限定イベント、ドラゴンの高度二万メートルからの垂直降下ショー搭乗者の方はこちらですー」
「本当に乗れるんですね。お父様」
「アァ、あと少しでね」
「凄いですね、お母様」
「そうですよ。これもお父様と、カトー様のご縁があったお蔭ですよ。ラミラ、ドミンゴ。お父様にお礼を言わないとね。ドミンゴ、お行儀よくね」
「「お父様、ありがとうございます」」
「ウン、ウン、ハハハ。フリダも、今日はお前も嬉しそうだな」
「そうですとも。何しろ、あの伝説のドラゴンに乗れるのです。本当に家族チケットを、お持ちいただけるなんて」
「ゴールドチケットという物だそうだ。家宰のセバスチャン殿に感謝だな。主人の意を受けてだろうが、中々の気づかいだ」
「本当ですねー」
「僕、今度、みんなにお話ししてあげる」
「私も、ワクワクしてます」
「あなた。ほんに、ようございました。子供達も喜んでいます」
「お母様、あれはなんでしょう?」
「エェ、そうですね。着地場と書いてある横に変なお店がありますね」
「ウーン、看板には? 下着屋となっているなー」
「お母様、ドラゴンから降りた人達でしょうか? 駆け込んでいきますね」
「ドラゴン降下は思ったよりも緊張するらしいぞ」
「そう言えば、チケット裏面の重要事項説明に書いてありましたね」
「皆。もう一度、トイレに行ってこようか」
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辺境伯領の暮らしは、王国でも特異な事となっていた。それは時代を何十年も先取りしたような近代的な生活と、牧歌的とも言える自然と寄り添う生活と言う、いわば相反する生活であった。エンターテイメント(娯楽)にはアミューズメント(個人の楽しみ)が含まれるが、個人が楽しむ意味合いが高い。カトーランドはそれを融合した総合娯楽施設である。
「ナタナエルさん、どうですか?」
「これは、想像以上ですね。アニバルさんが驚いたと言う話は無理もない事だったんですねぇー」
「エェ、十二分に感動しましたよ。こんな世界観設定がよく現実になったものですね。感心しました。アトラクションにフェスティバル、イベントが終わりの無い世界ですか」
「しかし好きなの所と、そこで生活したいかとは別ですからね」
「カトーランドで一週間くらいの滞在は良いし嬉しいのでしょうね。けど、私どもではずっと住むのは無理ですねぇ」
「ホントですね。覚める事の無い、踊り続ける舞踏会やパーティーとでも言いましょうか。夢の中にいるようですからね」
「カトーランドはお金を払って遊ぶと言うアミューズメント施設ですが、キャンプ生活も出来るエンターテイメントも有るのですね」
「施設+娯楽という事ですか」
「色々な娯楽、例えば遊具やゲームコーナー、お祭りの広場での山車。それを見たり触ったり、実際に引いてみる事も出来ますしね。音楽堂でしたか? 歌う場所が有ったかと思えば、家族連れが楽しむ幻影大写真館も有りますからね」
「博物館では学芸員が説明するみたいですが、伝統文化親子教室では吟遊詩人が解説しているとは思いませんでした」
「楽しく教養が身に付く施設と言うのが狙いだとか」
「確かにそうですな。ガイドのエメリナ嬢が、全ての年代の人の為の娯楽施設ですと言ってましたな」
「カトーランドの従業員は獣人が多いらしく、個人の趣味としてもアミューズメントとして十分に楽しめそうではありませんか」
「エェ、子供達は犬やネコ科の獣人を見るだけで楽しいと言ってます」
「あの、パフォーマンスショーを見ればわかりますよ」
「あれは、演劇になるのでしょうな」
「今までは、獣人を恐ろしく思う風潮が多少なりとも有りましたからね。これで、偏見も減るでしょう」
「驚くのはそこだけでは無いですぞ。このカトーランドの経済効果はとてつもなく大きいですからね」
「数字を聞かされた時は耳を疑いましたよ。収益率の高さや、雇用の創出、まだまだ波及するでしょうね」
「正直、最初は心配しましたがね。ゼネラルマネージャーのマカリアさんは、従業員の訓練ばかりでしたしねー」
「ハハハ、そうでした。ですが、あの方のドラゴンシティーでのガイドは完璧でしたから、任せまししたが……」
「私もです。何しろ建物は出来たと言うのに、最初の100日は研修に宛てて開園しないと言われるしね」
「ハハハ、今となっては笑い話ですよ」
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「エミリーは身長体重、ここ何年も変わらないね」
「年齢もな」
「それも、王都で年一回ある春の大祭のせいだよねー」
「せいと言ってもなー。皆も楽しみにしているし、王室と聖秘跡教会が関係するから。今更、中止する訳にもいかんしな」
「灰色のカトーと言えば、イリア王国の筆頭魔法使いになっちゃっているからね。あの、灰色のローブが故障しなければ順調に年を取れらのになー。残念だよ」
「そうだな。おかげで私も永遠の18才だ。私は嬉しいがな」
「結界魔法は覚えれたけど、癒しの魔法の若返り効果は防げなかったからねぇ。灰色のローブの結界は特殊だったんだな。もう言っても仕方ないけど」
「二人ともここ何年も年を取らないからな。普通に奇跡なんだと思うぞ」
「稀代の魔法使いと、王国の魔女だったけ。偉大な魔法使いと言うのは決定的だし」
「まぁね」
「それはともかく、カトー辺境伯領は順調に発展しているようだ。良かったな、カトー」
「アァ、ありがとう」
「カトーも頑張ったからな」
「ウン、そうだね」
「そこは遠慮するところだろ」
「ハハハ」
だが、好事魔多し。月に叢雲、花に嵐のたとえありである。油断していた訳では無いだろうが寝耳に水となる話であった。それは、カトー辺境伯領のみならずイリア王国、イヤ、惑星ムンドゥスにとんでもない知らせであり、これからカトーの身に起こるとされた事は想像を絶するものであった。
「御屋形様、良いお知らせと悪いお知らせがあるのですが……」
「ウン。何だい? イグナーツ、あらたまって」
「ハイ。今の処は、およそ2日で8個の魔石小がフル充填になります。その事なのですが」
「ですが?」
「エェ、充填速度が加速度的に増えています。このまま増え続けると、いささか問題が出てきます」
「魔石がどんどん増えるだけなんじゃない?」
「ウーン。それはそうですが、確かにこれは良いお知らせと言えますね。でも、答えを避けてません?」
「ウン、どうなるの」
「そのー、問題は悪いお知らせの方なんです。今の時点では、魔石大がフル充填されるまでにおおよそですが3カ月ですか?」
「だいたい78日だね。なんでそれが悪い事なるの?」
「エェ、その充填なんですが、このままでは充填出来る魔力量は膨れ上がっていきます。御屋形様の体内には、どんどん溜まり続けるでしょう。そして何時かは分かりませんが限界を超える事になるでしょう」
「イグナーツ、脅かさないでよ。なんか、大変な事みたいじゃないか。限界と言うのはどう言う事なの? その後は?」
「もちろん、魔力量が限界を突破しても大丈夫などと都合の良い事は言えません。おそらくエネルギーが過飽和状態となり、限界点を超えた事により急激な噴出が起こるでしょうね」
「急激な噴出? それって、爆発じゃないよね?」
「エェ、極めて短時間ですから爆発とも言いますねぇ」
「爆発なんだ!」
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「という話をしてから10日後になりますか。もちろん、これを避ける為の研究はしております」
「そうだったね。で?」
「そのー、少し研究したのですが」
「ウン」
「何もしなければ、計算上1年後には確実に魔力爆発を起こしますね。マァ、4・5日の誤差はあるかもしれませんが」
「魔力が爆発するのは確実なの?」
「エェ、絶対に起こります」
「ウーン、規模は?」
「この分ですと、ほぼ魔核弾頭の100倍以上の規模は確実になりますね。最少だとしても、ご領地全部ですねー、マァ、跡形も無く吹き飛ぶでしょうな。悪くすればアレキ大陸の半分ほどでしょうかね。この場合は惑星ムンドゥスの命運は尽きたという事になりますな」
「エー! どうするの?」
「もちろん、このままではという事です。研究を進めておりますから……。取り敢えずの対処方法としては、魔力量を減らす事です。少しでも多くの魔石に魔力を充填して時期を遅らすようにしていただきます」
「そうかー。そうするよ。で、上手くいかなければ?」
「……」
「黙っている所を見ると、無理かもしれないんだね。つまり、研究が失敗すれば巨大な魔核弾頭と同じか。僕は大量破壊兵器になってしまうという事だね」
「そうですね。魔力量が臨界点に達して十二分に貯め込んでいたら、その爆発は考えれないほどの巨大なものになるでしょうね。比較すれば、車ぐらいの大きさの隕石がムンドゥスに直撃したぐらいでしょうか? 待てよ、そうかー。ひょっとしたら連鎖反応で地殻まで変動するかも知れませんね」
「ウーン、溶岩が吹き出たりするのかなー」
「どうでしょうね。マァ、爆発地点の惨状はともかく、もっともこれもひどい話でしょうが。むしろ、問題はその後の惑星ムンドゥスの気候です。一番悪い予想によれば、およそ半年後にはムンドゥスの上空全域にチリが舞い上がるでしょう。一日中、陽のささない世界となります。チリが太陽光線を遮るんですね。それが数百年続くかも知れません」
「じゃ、雲みたいのがムンデゥス全域を覆ってしまうのか。光が届かないと……、寒冷化するという事かー」
「氷の世界ですね。惑星ムンドゥスは全球凍結になってしまうかもしれませんね」
「ウーン」
「安心して下さい。軽い方の予想も有ります。火山と違い、御屋形様は連続して爆発する訳ではありません。となると、チリの量は少ないかも知れません。ですが最低2・3カ月は、青い空が無くなってオレンジ色の世界にはなるでしょう。アァ、気候の激変は有りますからね。スーパー竜巻とかスーパータイフーンに異常潮位もセットで付いてきますけどね」
「イグナーツ。随分と軽く言ってくれるね」
「そんな、とんでもないですよ。……見てはみたいとは思いますけど」
「回避する方法は有るの?」
「エェ、簡単です。災害を完全に回避するには御屋形様を、そうですねー。惑星ムンデゥスから排除する事でしょうか」
「エー、排除するって酷くないー!」
「ミレア様もおられる事ですし、成層圏より遠くまで放り出せば良いんです。加速度を付けて惑星ムンドゥスの軌道離脱速度を超えれば理想的ですね」
「それ、理想的と言っていいのか!」
「御屋形様の結界は優秀なので、宇宙空間でもかなりの時間耐えられるでしょう」
「エー! かなりの時間って、ダメだろう」
「でもマァ、いずれは、恒星ムンドゥスに落下していくか? 途中で爆発するか? でしょうねぇ」
「それ、絶対死ぬよね。イヤ、僕も助かる方法なんだけど」
「そうですよねー。御屋形様は死ぬのはイヤだと……」
「普通、そう思うよね。他には無いの?」
「有ると言えば有りますが……」
「ウン、ウン」
「御屋形様を、元いた世界に転移させれるなら可能かも。エーと+-ゼロにするという事です。アァ、元々ですね。御屋形様はイレギュラーな存在なので、その存在を無くしてしまえば良いと思うんです」
「分かった。それで、僕も惑星ムンドゥスは助かるんだね。朗報だね」
「簡単にはいきませんよ。転移空間を構成してですからねぇ。魔力エネルギーもかなり必要で、消費量も多いでしょうしね。そうすれば、移転時に過剰な魔力は消費されてほぼ0になるかも知れません。もちろん転移後の世界、日本と言いましたか。魔石エネルギーは無かったらしいですから、そこも無事だと思いますよ。もし失敗しても御屋形様だけですむと思います」
「失敗はイヤだよ。でも、日本に戻る事になるのかー? もちろん、生きてだよね。さっきみたいにかなりの時間なんて言わないよね」
「ウーン、そうですね。上手くいけば、ですけどね。でも、物凄い計算量が要りますので、今は何とも言えません」
「方法はある訳だ。よし、それ採用」
「ハイ、了解しました。では最初は計算用の資料集め、勝算が出来てから転送実験ですね。その後、さらに検証を進めて、御屋形様ご自身の転移ですね」
※ ※ ※ ※ ※
「どうしたんだ。カトーらしくないぞ」
「転移の事を真剣に考える事が多くなったせいだろうかな?」
「フーン、いいから話してみろ」
「アァ、魔核爆発の事なんだ。魔獣大戦の時に使われたけど、イグナーツが言う事にはあんなに小さい規模の爆発ではないそうだ」
「町や軍団を壊滅させたのが小さいだと!」
「確かにそうだけど。それは置いといて、今の生活を維持するには魔石エネルギーが必要だろ」
「アァ、無いとなると非常に困るだろうな」
「魔石は、小さくても膨大なエネルギーを生むし便利だ。上手く使えばね」
「そうだな」
「これは昔、地球でやっていた個人用ゲームなんだけど、無人の地に町を作って段々と大きくしていくんだ。それで、何十万人も住めるようにしていくのが有ってさ」
「領地開発物なのかな」
「確かに、そう言うのも有ったけど」
「でもそれって、面白いのか?」
「人によるんじゃない。僕は面白かったけど……それはともかく、その都市開発ゲーをよくやったんだ」
「フーン、で?」
「イリア王国では魔石に木材や石炭がエネルギー源だね。最近では石油も出回るようになって来たけどね」
「アァ」
「町の中には、いくら何でもダムは作れないだろう」
「そうだな」
「当然、木材や石炭に石油がエネルギーになる。でも魔石に比べたらエネルギー効率は悪いし、採取や輸送費用も掛かる」
「ウン」
「で、エネルギー効率を良くする為に都市のど真ん中に魔石でエネルギーを作っているんだ。地球には魔石も魔石エネルギーも無いから、火力発電所や原子力発電所を作っているんだけどね」
「フーン」
「もちろん、太陽熱等の自然環境に配慮したエネルギーを作っているけど、まだまだなんだ」
「それが?」
「効率をあげる為に、安全を無視してガンガン建てるんだ。ゲームだからね。町のど真ん中近くには原子炉の排熱で動いている温水プールやサウナ。住民は喜ぶんだ。自分達の住環境が整備されていくし、拡充されるからね。パッと見は無料に近いエネルギーを十二分に使えるし」
「だろうなぁ。そう聞くと魔石は原発とかに似ているな」
「エミリーもそう思うかい。今のイリア王国では魔石が安定しているからエネルギーを取り出している。それは原発とかでもおなじなんだ。何事も予期せぬ事は起こる。今回の僕みたいにね。結局、都市の中でロシアンルーレットやっているようなものだってね」
「原因となるのがカトー自身と言う訳か。悩んで当然かー」
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「急に会いたいなどと、カトー卿にしては珍しいですね」
「すいません。実はお渡している魔石の事なんですけど」
「アァ、いつも助かっているよ」
「お二人とも、僕が魔石にエネルギーを充填出来る事はご存じですよね」
「もちろんだ」
「実はその供給が減りそうなんですけど……。もちろん、今すぐに僕がいなくなる訳ではありませんが」
「エ、大変じゃないですか」
「そうなんですが、まだ魔石は余裕が有りますよね」
「ウム、年間で+10%ぐらいでの消費計算はしてある。それによると、30年分ぐらいの在庫量があると聞いているな」
「では、30年以内に新しい仕組みやエネルギーを用意しなければなりませんね」
「エェ、それはそうですが、急にどうしたんですか?」
「今は魔石エネルギーが少なくなった魔石に、僕の魔力を充填してお渡ししているんです」
「ウン」
「魔石自体が少ないし、遺跡都市メリダの魔石も残り少ないので、これからはイエローケーキで生成した魔石を造り始めようと思います」
「そうか」
「ですが、これで造れる魔石は魔力が0に近い空魔石と呼ばれる物なんです」
「フム」
「その空の魔石に魔力を充填して、魔石大としてお渡しする事になると思います」
「そうなんですか。良い話のように思えますが」
「イエローケーキの主な産出地はケドニアのカルパントラなんです」
「アァ、そうか。分かったぞ。シーロ、手配してくれ」
「エェ、では、早速要塞自治区と交渉して譲ってもらえるようにいたしましょう」
「よろしくお願いいたします。ですが、問題があるんです」
「? 入れ物は手配できますよ」
「その魔石製造なんですが、僕の魔力充填量が徐々に増え続けており、時間も短くなっているんです」
「供給量が増えるのかな? だとしたら、良い話じゃないですか」
「それが、そのー。あまり良くないんですよ」
「今までの状態が続いていれば良かったんですが、増え方が大きくなり過ぎているんです。ありていに言えば、コントロールを失いそうなんです」
「……よく分かりませんが?」
「このままでは、コントロール出来ずに魔力爆発を起こしてしまうという事です」
「「エー!」」
「威力は軽くても王都ロンダを吹き飛ばすぐらいです。最悪の場合はアレキ大陸が無くなるかも知れません」
「ウーン。それは……大変ですね」
「という訳で、コントロールの研究を進める為に領地に引きこもりたいんです。幸い僕の領地は人口も少なく、原野も多いですから。未開発の場所に研究施設を作って移ろうと思うんです。万一の場合を考えたら最良の策だと思うんです」
「なるほど、爆発阻止の研究をするんですね。で、それが最良の方法なんですね」
「エェ、魔力エネルギーのコントロールをする方法を研究したいと思うんです」
「そうかー。なるほど」
「陛下。残念ですが、カトー卿の仰る通りにした方が良さそうですね」
「是非も無いな」
「陛下もシーロさんにも心配をおかけします。皆さんには本当に良くしていただいたので、申し訳ないです」
「イヤ、それほどの事は無い。とにかく研究に励んでくれ」
「上手くいくように願っていますからね」
※ ※ ※ ※ ※
イリア王国・王立ロンダ大学・イリア王国史研究室
歴史学講座 「惑星ムンドゥスの歴史」 公開禁止より
幻影ドラマ未公開放送・惑星ムンドゥスの歴史 パート1
上記のシナリオは、幻影ドラマ放送の辺境伯領 魔石研究者達の日常と同様に未公開とされている。イリア王国の王室並びに公安部より非公開とされ、シナリオとインタビューは作成途中で有ったがお蔵入りした。以後、転移に関するインタビューは国家的損失が発生するとの事で、放送・制作共に厳重に禁止となった。
50年後、情報開示法により当シナリオの題名だけが開示されたが、内容は依然として非公開とされている。イリア王国歴301年となる99年後、王室関係書類が公開された時に公開が許可されるまで存在自体が無い物とされていた。
実質100年に渡る禁止であり、注意箇所1と2は研究者の関心を集めている。中でも注意箇所3のカトー卿の行方不明の真相が語られる部分は得難い資料となっているが、今日に至っても解明されておらず謎は深まるばかりである。
(冒頭のインタビューシーンから)
「幻影ドラマ制作部のエルビラです。幻影ドラマは地域の話題や生に・ニュース等、コミュニケーションを目的としています。今回はいつもと違い、かなり学術的な研修者にスポットを当ててご紹介いたします。では天文学者として、また天体物理のエキスパートとしても有名なジシュカ博士、どうぞ」
「ご紹介いたします。ジシュカ・カトー・ブリトさんです。博士はレオン山脈最高峰レオン山の中腹に設けられた天体観測所で日夜研究に勤しんでおられます。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
(解説シーン 導入部から)
ジェシカ博士がこれから話す天体現象は地球の人々にとっても共通していた。地球が有る天の川銀河と、近くのアンドロメダ銀河が約40億年後には衝突すると言う話を聞かれた事が有るかも知れない。そのあるかも知れない話しが、この惑星ムンドゥスを含む銀河系では既に起こっていたと言う。
「ご紹介とお仕事の内容はこのぐらいにいたしまして、最近の御研究についてお話しいただこうと思います」
「ハイ、分かりました。では、この世界を大きく過去に戻してお話してみようと思います」
「そうなんですね。しかし、随分とスケールの大きなお話になりそうですね」
「ハイ、そうなりますね。では、始めましょう。悠久の昔。と言ってもこの宇宙が作られた頃までさかのぼる訳ではありません。ですが人間の感覚で言えばもはや昔と言う概念では無いほどの過去になります。このムンドゥスと呼ばれる恒星系が形成される頃の話になります」
「異なる物理法則さえ存在すると言われる銀河系同士の衝突なんです。言語を絶する出来事であったのは間違いありません」
「物理法則が違うと……壮大なお話なのですね」
「確かにそうですね。ですが、その事よりもこれからお話しする事柄は、さらに興味を持たれると思いますよ。異なる物理法則は異なる物質を作りだしていたんです。実はムンドゥスにとって重要な要素なんです」
「へー。アッ、失礼いたしました」
「その要素と言うのが魔素なんです。どの様な原因で魔素を生み出したのかは分かりませんが、衝突した銀河系には魔素が存在したんです」
「ここからは私の推測も入るんですが、ある理論を導き出したのです」
「なるほど、それが今回の科学論文となったのですね」
「エェ、科学雑誌の大自然に掲載予定です」
(注1 ここで、公安部より検閲が入り下記の10分ほどのカットが有りました。聖秘跡教会は、天地創造に関する神の御業を推察するのは好ましくないとしています)
「衝突により魔素がこの銀河に入り込みました。魔素が存在する事になっても、他の恒星系と同じようにムンドゥス太陽系も何事も無く過ぎていきました。惑星の形成は既に時のかなたで有り、何十億年が過ぎたのでしょう」
「そうなんですね」
「やがて生命を宿す海が出来、陸に生命が這い上がったようです。それからも何十億と過ぎてき、惑星ムンドゥスは豊富な植物相を持ちました。また、広大な大地には進化した動物が生まれており、平穏な時間を経ていくかのようでした」
(注2 ここで、公安部より再び検閲が入ります。聖秘跡教会は公式に進化論を認めたのは最近の事で、インタビュー時には一般的に認められていませんでした。ここで述べている重力理論は学会に於いて検証されていません。これらの事から、ジェシカ博士の私的見解とされています)
(解説シーン 本編から)
「変わらぬ日々をムンドゥス系は平穏無事に過ごしていきました。ですが太陽系のはるか離れた処には、嘗て他の銀河と衝突した時に取り残された不思議な小天体が漂っていたんです」
「ホー」
「何億年もかけて、ほんの少しだけムンドゥス系に近づいたと思います。原因は不明ですが小規模な爆発でもあったのかも知れません」
「小規模な爆発で押されたのですか?」
「エェ、宇宙的な規模ではです。ムンドゥス上でしたら、半球が破壊されるぐらいだったと思います。そしてまた何億年。そして極めてゆっくりとですが、この恒星系の引力により引き込まれるようにその軌道を変えたのでしょう」
「恒星ムンドゥスが捕らえた小天体は、それまでも多く有ったようにムンドゥスの太陽に飲み込まれるはずでした。それは加速度を増しながら中心へと長い旅を始めて移動して行きます。その間も惑星ムンドゥスは、何事も無く太陽のまわりを公転していたのでしょう。しかし、この魔素がふくまれた小天体はそれまでの小天体の運命と少しだけ違ったようです」
「引力により十二分に高速化されていたとはいえ、この太陽系の最縁部からは長い旅路だったでしょう。それでも旅の終わりは訪れます。惑星ムンドゥスの夜空に浮かぶ月がまだ丸かった頃、悠久の時をかけてやって来た小天体が旅を終えました。それは、内部太陽系の軌道上で極めて珍しいとされる出来事だったと思います。そう、ジャイアント・インパクトが引き起こされたのです」
「小天体が衝突したのですか?」
「エェ、半分当たってます。幸いな事に、小天体の軌道は惑星ムンドゥスからわずかにそれました。その小天体は衛星である月に向かっていたんです。通常の隕石なら衝突しても巨大ではあるがクレータが出来る程度で済むでしょう。ですが、今回は小天体が外惑星軌道より遠く、高速で衝突した為に最大規模の爆発が起ったのです」
「運動エネルギーにより岩石は一瞬にして溶解し、衝突溶岩岩石ができたでしょう。すさまじい衝撃が発生し膨大なエネルギーは時空間を歪めたはずです。そして歪んだ空間は、並列宇宙にパイプを繋ぎエネルギーと質量の均衡を求めて地震ならぬ時震を作りだして、転移空間さえも作りだしたのでしょう」
「今、転移空間と仰いましたか?」
「エェ、空間転移の詳しい事は後ほど。とりあえず話を進めますね」
「ハィ」
「ムンドゥスでは、繰り返される余震とも言える時震の中で、時空間の歪が繰り返しながら過ぎて行きます。余震が一時的に収まる頃には膨大な量の岩石が惑星ムンドゥスから月へと連なり、月が回転を止めた頃には欠片が集まって橋の様に一本の道の様にできていたと思われます」
「それで、月からの架け橋が出来たという訳ですね」
「この惑星ムンドゥスで、ジャイアント・インパクトが起きたのは2億年とも3億年前だとも思われます。残念ながら、確定するには未だ研究時間が足りませんので、今しばらく待たなければならないでしょう」
「なるほど。それからどうなったのですか?」
「惑星ムンドゥス上にも隕石が降りそそぎ、世界各地に甚大な被害をもたらしたと思います。ですが、それを嘆く進化した知性体はまだムンドゥスでは生まれていなかったかも知れません」
「いたら、種の滅亡であった訳ですね」
「そうなるでしょうね。しかし、生命力を侮ってはいけません。ほんの数千万年で豊富な植物相は再び勢いを取り戻しムンドゥスの地に満ちました。そして、惑星ムンドゥスは何も変わらなかったように公転を続けます。ただ一つだけ、不自然な事が起こるようになった事を除けば……ね」
「それって、先ほど言われた空間転移の事ですか?」
「エェ、その空間転移です。それが、巨大なスケールで起こったんです」
(注3 ここで、再び公安部により検閲が入ります。カトー卿の話が出た時点で、完全に公開禁止が言い渡されました。ここで述べている理論は推測にすぎません。ジェシカ博士の私的意見とされています)
(解説シーン 転移空間編から)
「これからは、カトー卿にお話していただいた夢の様な出来事が関係します」
「夢の様なですか」
「エェ、それは追々。で、最初の巨大転移が行われたのは10万年から12万年前だとされます。この時には大型哺乳類がその住まう大地と共に転移したようです。これは後に地球だとカトー卿が仰った惑星の事の様です。この生命体が魔獣研究所で、魔石採取用の大型魔獣の祖先となります」
「ひょっとして。クマやトラ、大アリクイ等の大型哺乳類の事ですか?」
「エェ、次に揺り戻しの様な時空衝撃がこの惑星を襲った時には、地球から太平洋の南にあると言うジャワ島より大きな大地が転移して来たようです」
「へー」
「もちろん、大地の樹林や草花がまき散らされたように、その地にいた動物も転移しています。それらは広範囲に移動して繁殖したようですね。中には、不幸にも地中や空中に転移するものもあったでしょうが……。地球とムンドゥスの動物同士の繁殖が可能なのはその為であると聞きました」
「以後、この現象は時を置いて繰り返される事になります。地球ではパンゲアの東南部に有ったとされるムー大陸とも呼ばれる地域が、1万2000年前に忽然と姿を消してこの惑星ムンドゥスに新しい種をもたらしました。1万年前には、クレタ島とギリシャの島々に挟まれていたはずのアトランティスと言う名の地が西方に現れ、この惑星に新しい種をもたらしたそうです」
「驚きました」
「アァ、地名はカトー卿のご教授によるものです」
「カトー卿のお話では、アメリカ大陸ではインディアンが移住する前に全滅したと言われる人類がいました。転送機捜索隊が発見したとの事ですが、彼らの痕跡もムンドゥスに残されていました」
「転送機捜索隊とはドックさん達7人ですか?」
「エェ、いずれ彼らはムンドゥスを一周する事になるでしょうね。その彼らが南アメリカのインカ以前の痕跡、オーストラリアの巨人伝説、アジアではクメール以前の文明とされる失われた都市達。インドのラーマーヤナ物語やエジプトのピラミッド以前のアフリカ中央の失われた文明等を見つるだろうと仰ってます」
「そうなんですか」
「おそらく間隔をおいて、ムンドゥスに転移されたんでしょう。そして大陸各地に文明をもたらし、消えて行ったのでしょう」
「先ほど述べたように、この惑星の生物相は豊富な植物相と、進化初期の少ない種類の動物相だったようです。ですが自然の要求かも知れません。おそらく、種の多様性が求められたのでしょう。地球生まれの動物が爆発的に増えていきます。虎・象・鹿等アジア地区にあるさまざまな動植物が転移していますからね。その為、虎や象の形状が地球の種と似ているのも不思議ではありません。犬や猫は言うに及ばずね」
「アァ、それでなんですね。皆、同根だったんですね」
「カトー卿にお聞きしたのはそればかりではありません。人のミトコンドリアDNAは母親から子に受け継がれ、父親から受け継がれる事は無いとの事です。ミトコンドリアDNAを調べれば、母親、母親の母親、さらに母の母の母の…と女系をたどる事ができるそうです。人類は母方の家系をたどると、約12から20万年前に生きていたあるミトコンドリアの型をもつ女性にたどりつくそうですよ」
「そんな事も分かるんですね」
「エェ、生物学的には、ヒトはサル目ヒト科ヒト属に属すると考えられており、サルから別の生物へ進化したという説を証明する決定的な証拠はまだないのです。アフリカ類人猿の一種である。ホモ・サピエンスが15万年前にアフリカ大陸に生まれ、その後世界各地に散らばっていったようですが……」
「日本人の祖先。カトー卿のご先祖様ですね。彼らは2から3万年前ロシアのバイカル湖のあたりから来たと思われる意見があるようです。この意見によると血液型Gm遺伝子は人種の違いを識別できるので東アジアの人々と日本人はよく似てはいるが、DNAを見ると大きな差があるそうです。Y染色体の研究も進み、日本人のルーツに関わりの深かったのはDとOの系統で、縄文人のDNAが日本人の体には刻まれており、そして彼らは1万数千年前、転移に巻き込まれたのかもしれないそうです」
「また、稲作の起源はDNA解析の結果、約1万年前の中国長江流域の湖南省周辺地域と考えられています。野生稲集団からジャポニカ米が生まれ、後に異なる野生系統が交配した結果、インディカ米ができたと考えられており、祖先はバイカル湖から南下して移動した際にどこかで米と出会ったかもしれないと仰ってました」
(解説シーン 文明の黎明期編から)
「話を戻しましょう。時はめぐり、文明は進みます。魔法の発見はこの頃かもしれません。そして最初の繁栄が訪れました。繁栄の理由の一つは魔法です。地球の動植物がこの惑星の生態系にゆっくりと入れ替わっていきました。人は慣れ親しんだ物を育てますからね」
「エェ。確かに、慣れた物の方が育て易いですからね」
「ムーやアトランティスの転移後、2000年の時は人類に最初の繁栄をもたらしました。その頂点に立った時、再びこの惑星の生物はまた試練の時を迎えたそうです。それは、衛星に衝突し欠片となった岩石、天に掛かる月からの架け橋の事です。それの一部が周回軌道を変えて、惑星に降り注いだそうです」
「また、災害が起こったんですか?」
「エェ残念ながら。その衝撃は山を穿ち、地上を焼き尽くしたかに思えたでしょうね。劫火も納まり、人々は神に生き残れた事を感謝したでしょう。欠片の衝突から3000年後、人々は文明を再建しています。極めてゆっくりとですが、滅亡する事は無かったのです。ですが、以前の様な文明水準に戻る事は出来なかったのです。打ち続く気候変動と飢餓。破壊と混乱の恐怖を逃れるすべは無く、人類は衰退していったのです」
「ハァ」
「それは再びこのムンドゥスに地球からの転移グループが降り立つまで続いたんです。そのグループとは第一次十字軍の遠征軍の一部が転移してきた補給部隊の事です。彼らは人員もちろん、中世の常識に加え装備や家畜に至るまで自活できる用意があったのです。そして、転移先の地でも生き残る事が出来、生き長らえていた旧グループの統合が行われて次第に増えて行ったのです」
「そのような事がムンドゥスで起こっていたのですね」
「エェ」
「非常に興味深いお話ですね。お話が尽きませんが、時間が来たようです。続きは次回パート2までお待ち下さい」
※ ※ ※ ※ ※
現在、ショウワマル停泊している場所は、魔石の元となる素材の回収地であるケドニアのイエローケーキの製造工場跡である。航空母艦ショウワマルでの転移作業は多くの魔石を消費したがその事も有ったとしても生産量は多かった。魔石研究室も同艦内に作られていたのも都合が良かった。現状、魔石生産は順調と言えた。
航空母艦ショウワマルは、イリア王国の第一技研から転移を繰り返して、無事カルパントラ魔素粉末製造基地跡に着いた。この地は要塞自治区のケドニア側の管理という事になっているのだが、イリア王国と要塞自治区との交渉により、極めて順調に採掘権利の譲渡が行われて進出が出来たのだ。
ゴー戦隊が運用する超巨大ロボットが、手で多量のイエローケーキを掬い取りショウワマルの荷台に格納する。以前に述べたように、ショウワマルは軽トラックのような荷台の構造なので山のようにイエローケーキを集める事が可能であった。
魔石研究室に設けられた魔石製造設備は、採取したイエローケーキに含まれる魔素を加工して魔石を作りだしていた。ただ、この魔石には魔量がわずかしかない空魔石の様な物なので、カトーが後に充填をすると言う仕組みである。
ケドニアの開発局は魔石小を作りだす事に成功していたが、この地のイエローケーキの魔素含有量は少なかった。また魔素の抽出や魔石の製造費用は非常に高額であり、折からの魔獣侵攻も有って実質的に製作を断念されていた。更には、魔獣の帝都侵攻も有った。加えてケドニア内乱による混乱で開発局の技術も失われる事となっていた。
このイエローケーキの採取は、一方的な資源の強奪という訳では無い。だが、貴重な資源であるが有効活用する事は望めず、イリア王国からの要望は巨大な貿易赤字を補填するに都合が良かったのだ。魔石は帝国要塞や各種施設の維持管理にも使うし、エネルギー供給源として多種多様に使える有益な品である。イエローケーキの回収量によるが数個の魔石の現物供与もされるという事であり、両者にとって都合が良かったのだ。
※ ※ ※ ※ ※
イリア王国歴200年の第1回万博には様々な物が出品され王国の権威を高めた。時代の先駆けとなる魔石コンピューターの初期タイプもその例に漏れない。複雑とは言え、単に計算だけを行う為に、魔石をエネルギー源とした汎用計算装置が作られたのだ。かなり大型な装置であり、4人乗りの小型馬車一台ほどの大きさであった。
魔石研究のイグナーツ博士と並んで賞賛される業績を上げた者にバルナバーシュ技師がいる。ともに要塞地下で切磋琢磨した仲間同士である。片や魔力研究の第一人者、もう一方は魔石工学の祖ともなった。尚、バルナバーシュを師匠と仰ぐ弟子のガイの存在は忘れてはならないだろう。
汎用計算装置はイリア王国歴195年にバルナバーシュが機械的構造を設計し、その後ガイが研究と改良を重ねてきた。この機械計算機は複雑な雇用保険料と天文学の為に製作されたと言われる。生産された魔石式計算機は4台と少数であった。
この計算機本体の操作盤にはいくつかのダイヤルがあり、それを設定すると個人番号を表示される(天文用はこの表示が省かれている)。そして各数値を入力する事により、自動的に答えを導き出した為に大いに作業効率が上がったと言う。
「カトー様、御覧のようにムンドゥス最高の計算装置といえども、魔石コンピューターの最終型である魔素マシンの実行速度や性能が越える事は出来ないでしょう」
「最終型の性能目標は有るんだね」
「エェ、一応の目安は」
既にホムンクルス達はコンピューターの初期タイプを製作し稼働できる科学技術を持っていたが、魔素マシンの概念はあったものの実現できていなかった。ホムンクルスに備えられていた計算機能では、実際の運用では不都合が無い水準であったが、わずかながら誤差が出ていた為である。その現状を超えた性能要求には様々な困難が予想されていた。
第一技研の航空母艦ショウワマルは短距離ジャンプで1000キロ移動が出来る。という事だが自転速度に公転速度の計算の為、100メートルのジャンプを繰り返している。これは安全な転移の為に必要であり膨大な計算は不可欠であった。その転移位置計算装置は大きく、魔石の消費量も非常に多かった。
実際、位置計算などでは膨大な数表が必要であり、処理能力が不足ぎみだったと言われる。確かに長遠距離移動の場合、ホムンクルスの計算機能の補助を受けていたにせよ計算装置はそこにあった訳である。いかに魔石多消費型の計算装置といえ、これが魔素コンピューターの初期タイプとなったのは必然であった。
「魔素マシンの設定をオーバーコミットしたとしてですね。魔素マシン1台の仕様が魔素マシンを超える場合と、全部の魔素マシンの仕様を足すと魔素マシンを超える場合と意味が違います」
「まったく分からない話だよ。知りたいのは出来るのか出来ないかなんだけど?」
「誰が出来ないなどと、このイグナーツとバルナバーシュ技師にお任せください。な。バルナバーシュ、そうだろ?」
「ウム、如何にもその通りですじゃ」
「そうなんです。1台の魔素マシン上で動く魔素マシン同士が、メモリー領域やネットワークの帯域を取り合った場合には、魔素マシンを管理するハイパーバイザーが調整を行うんです。しかし、揺れる時間の歪が出るのか」
「待てよ、イグナーツ。ネットワークでは、魔素マシン単位で優先順位を付けたり、帯域を制限……そうか!」
魔石研究の第一人者と自負するイグナーツ、機械の事なら任せておけというメカニックオヤジのバルナバーシュが腕組をしてのたまわっていたのだ。なるほど、餅は餅屋だな。有難い事に、黙って任せておけばいいらしい。何の事やらさっぱり分からないカトーを残して二人のホムンクルス達は駆け出して行ってしまった。
イグナーツとバルナバーシュの献身もさる事ながら、機械的な面ではカイの応援と、第一技術研究所のマリリンの応援を得る事となった。完成した魔素コンピューター第1世代と呼ばれる計算装置はショウワマルの魔石研究室に運ばれテスト運用が開始され、計算担当の副研究長ユーリアより極めて良好だと言う報告がされた。
しかし、揺れる時間の歪かー。いったい何の事だろう? 分からん! マァそれはともかく、必要は発明の母と言われる。魔素コンピュータは空間転移計算の重要なステップを担うものである。ホムンクルス達は、必要であれば作りだせばよいのだと判断したようだ。カトー卿による魔核弾頭の爆発を防ぐ為、魔素マシンの開発が急ピッチで行われる事となった。
結局、弟子のガイ達の応援を得て王国歴198年に魔石コンピューターの基礎となるタイプが完成した。また、彼らは201年と209年に改良型を作っている。201年第2世代タイプのものは転移計算に力を発揮し大いに歓迎された。現在、イリア王国では209年タイプの後継型である第3世代魔素コンピューターが生産されている。
※ ※ ※ ※ ※
5カ月(ムンドゥスの1カ月は26日で130日となる)おきに訪れる遺跡都市メリダには、未だに変わらない荒涼たる世界だ。遺跡は相も変わらず草の中に埋もれていた。もうすぐ夏も終わりとなる。転移点に築かれたケルンには、ぬるま湯の様な風が当たっていた。僕は確認の為に降り立った場所に向かう。マーカー代わりに置いたカードの上には少し土が被っていた。
ここに来たのは、警報装置の魔石残量の確認と不足していたら交換をする為である。この地は開発も及ばず、今もなお転移時と変わらない。それは、水も食料も手に入れづらい場所であるという事だ。その為、ここの傍には転移者用にリヤカーに積み込んだ魔石を利用した給水装置と保存食が150日分置いてある。
江戸時代の人やカトーだって転移してきたのだ。ここには誰かが転移して来る可能性は0では無いだろう。おそらく転移して来る者も日本人だろう。日本語で給水装置の使い方と保存食の調理法、さらにこの世界の簡単な概略とメモに地図が添えてある。そして、思念波通信機を利用した警報装置はボタンを一回押せば作動する事になっている。
「ま、そうだろうなー。転移者はいないと……帰るか」
水魔法を使う給水機の事は、俄かには信じられないかも知れないが、これだけの準備がされているのだ。悪意が無い事は分かるだろう。これらはみな、転移して来た者が途方にくれないようカトーなりの配慮である。今回の訪問もまた徒労に終わったが、本人の気が済むので良しとしよう。
※ ※ ※ ※ ※
「日本への帰還が目標となります」
「そうか。色々あったけどムンドゥスに慣れたし、こっちに居る方が長くなっているんだ。魔法も使えるし良い所だと思うよ。皆がいるからね。ここに戻ってこれるなら、一度ぐらいなら様子見に帰っても良いかな? なんてね」
「そうですか。計算結果次第なのですが、転生者はともかく転移者と召喚者は帰れる可能性があると思います」
「確かに、このムンデゥスで生まれた者はしょうがないだろうね」
「思うんですが、御屋形の転移先は日本しかないかも知れません」
「どういう事?」
「バランスと言おうかエントロピーとか。御屋形様は、幸運と言って良いでしょうね。単なる転移ではありませんでしたから。成功の可能性は高いと思いますよ。転移されてきた遺跡都市メリダの地下ではジシュカさんがいましたからね。データーが有りますし」
「ウン、ジシュカさんからそんな事を聞いた事が有るな」
「やはり、転移時の座標資料が揃っているのが決め手です。到着点と出発点のバランスが取れているのではないかと思います」
「?」
「座標が分かれば、帰れない事は無いかもしれませんな。時間はかかるでしょうが、転移可能となるでしょう。上手く行けばーですけど」
「上手く行けば? そこの処はどうなの?」
「ウーン、難しい事は考えない方が体にいいですよ。御屋形様はめでたく御帰還され、ムンデゥスは安全になるという処でしょう。若干の誤差はあるかもしれませんがね」
「なるほどね。ありがとう」
※ ※ ※ ※ ※
「御屋形様、ショウワマルに積み込んだ魔力回収装置ではそろそろ限界ですねぇ」
「限界って! どうなるの?」
「器を越えて蓄積は出来ませんし、これ以上の回収装置の使用はかえって危険かも知れません」
「そうかー、意外と早かったじゃな」
「これでは無理そうですから、そろそろ転移地点に移転にして研究施設を建設しましょう」
「上部開口式の強化土魔法のドーム。ケルンを中心にして直径800メートルですね」
「アァ、建設に関してはミリア達が手伝ってくれるのでかなり早く出来ると思うよ」
「そうですか」
「外殻は任せて、内装の細々とした所は僕がやるので、イグナーツは指示してくれればいいよ。バルナバーシュとカイには魔素コンピューターに力を入れてもらうつもりなんだ」
「ハイ、了解しました」
「で、どうなの? さっきの話」
「解析して送り返す事は可能なんです。転移発信点の特定ですが、今までは膨大な計算量が要りますので、手に余りました」
「それが可能になりましたからね」
「安全かなー」
「正直言って、そこそこですね。魔石マシンを一から設計しなおして、魔素マシン自体の製作から始めましたので、時間はかかりましたがね」
「冗談だよね」
「ハハハ、もちろんですとも。魔石研究室に入った魔石コンピューター。あれはかなり優秀だそうですよ」
「魔石と言うより魔素を使った事により限界突破したような感じでしょう。マァ、この話は脇に置いといてですね。これにより飛躍的に計算量が増えて座標位置の割り出しが可能となりました」
「という事は?」
「帰れるんだよね?」
「というより、今の処は帰れるの? が正しいようですね」
「ウーどういう事かな?」
「座標の計算は出来るようになりましたが、分かり易く言えば座標値が正確には特定できないのです」
「エー、訳が分からないよ」
「答えが複数あるのです。不正解も少し有りますがその大部分が正解なのです。正確さを出す為に精度を上げないとね」
「ウーン。答えは複数あると」
「しかし、大きな魔法陣を作るんだなー」
「イエイエ、誤差を小さくする為には、もっと大きな物が良いのです。ですが、魔石研究室の皆に、これ以上は製作困難だろうと言われまして」
「フーン」
「魔法陣の端から端までの距離が問題なのです。距離が有れば、魔素が到達する時間が必要となるのです」
「なかなか難しいんだ」
「魔法陣が起動すると、転移点から空間を拡大して行き、エネルギーの往復運動を作り出します」
「よく分からないんだが」
「フム、公園に置かれているでしょ」
「何が?」
「ほら、あれですよ。ブランコ? それともシーソーとでもいいでしょうか。イメージ的なものなんですよ」
「へーそうなの」
「エーと、そう言うもんだと思って下さい。で、転移装置の稼働後には、この魔法陣のエリア内では空間的に周りから切り離れされます。御屋形様は、魔力エネルギーで作られた球体の中に入ったようになっていると思います」
「ウン」
「御屋形様には、球体が点滅を繰り返して移動するのように思えるでしょう。最初は、このドームの上空に浮かんでいるような感じでしょうか。おそらく、地表から高速で離れて行くように感じるでしょうね」
「ドラゴンで飛んでいくみたいだね」
「そうですね。よく似た感じでしょうね。次第に高度を増してイリア王国、アレキ大陸、やがて惑星ムンドゥスが足元に見えてきます」
「移動体と言うのかな、それが僕なの?」
「よくお分かりですね。その通りです。やがて恒星系を離れ、過去の転移時に有った時空間座標にたどり着くでしょう」
「フーン、そんな事になるんだ。でも、ブランコと言ってたよね。じゃ、反対側は?」
「仮に反移転点と言いましょうか。おそらく、目には見えないでしょうが反世界、イヤ反宇宙とでも言いましょうか、そこでも同じように点滅する移動体が作られているでしょう。反宇宙では、小さなビー玉ぐらいの揺り返し点から始まって次第に大きくなっていくはずです」
「魔力が注がれ続け、そこで転移が行われると思います。この時、時空間は御屋形様の転移時へと遡ります。計算が合っていたら見事! 転移点に移動されるでしょう。つまり御屋形様は無事に、ご帰還という事になります」
「ウン、ウン」
「ですが、ブレと言うか誤差と言うか。反宇宙でも次第に大きくなっていると思います」
「なんか、嫌な事が起こるかもか? 成功すればいいけど、ダメな時は?」
「……エ? ェー? どうでしょうか? でも失敗しても、正の世界の御屋形様はそのままです。ウーン、ひょっとしたら、負の世界では少し違った事になっている可能性はありますが……」
※ ※ ※ ※ ※
イグナーツ達の努力もあって、強力な大型転送陣が製作できた。完成までには試行錯誤を重ねたが、これでムンドゥスと地球を繋ぐ転移魔法も可能となるはずだ。これからは、実験を重ねて行い、安全かつ間違いの無いように精度を高めて行く事になる。数回の失敗は覚悟の上である。
だが、この事は後に僕にとって大変な事を意味していたのだ。知らないという事は幸せであり、同時に不幸とも言える。この後の物語は既に終わった事でも有るし、これから起こる事とも言える。正直、量子論とか多元宇宙とか、よく分からない出来事だった。
「どうしたんだ、カトー」
「ウーン、夢だったのかな」
「急に倒れたんだ。驚いたぞ」
「アァ、そうだ。実験開始だったんだね」
「イヤ、これから転移実験を始める処だぞ」
「そうなの? 2回目じゃないんだ」
「大丈夫か? 今日はやめておくか?」
「でも、誰かと話をしていた気がするんだが」
「何を言っている。皆、稼働に合わせて退避していたんだ。この魔法陣の中にはだれもいないぞ」
「じゃ、失敗したのかな?」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ。せっかくだから続けよう」
「フーン。用意は良いか?」
「アァ、始めてくれ」
途中まではイグナーツの説明通り、宇宙を移動していた。真っ暗になったと思ったら、妙な感じがして起き上がれない。実験が成功したのか? ここは地球で日本に戻れたのだろうか? イヤイヤ、こんなに簡単に成功したらおかしいだろう。
そして、石造りの部屋を見回して日本では無いと確信した。良かった、人間の住む世界らしい。寝台や机にイスが人間のスケールだ。他の惑星かも知れないが、幸い僕が生存できる環境であるらしい。と言うより、目に映ったのはかなり見慣れた風景なのだ。
灯りはロウソクでも電球でも無かった。灯りの魔法なのだろうか? 部屋の中をぼんやりと照らしている。寝かされていたようだが、季節が冬なのか分からない。冷たい空気で目を覚ましたようだ。足音が聞こえる。どうやら、何かがやって来るようだ。
ギーと鳴ってドアが開き、何者かが立っていた。このままの気を失ったふりをしているのは拙いだろうか? 言葉は通じるだろうか? ダメなら思念波を使ってみるか?
「オィ、どうだ? 起きたか?」
「ハイ?」
言葉が通じるのが不思議だ? イリア王国語だぞ。そこで気づいたが、手に包帯を巻かれてベッドに寝かされていたんだ。声の主がケガの手当てをしてくれたのか。
「やっと目覚めたか。随分と眠っていたなー。少し心配したぞ」
「……」
「おかしいな? イリア語なら分かると思ったんだがな。じゃ、日本語でどうだ。随分と使わなかったから錆びついているがな」
「! ?」
「そんなに警戒しなくとも良い。お前は、王城で気を失って倒れていたんだ。俺が直ぐに感知出来たからよかったものの、不審者として処分される処だったんだぞ」
「エ!」
「思い出したか? 転移点では無い場所だったんだぞ」
「失敗した?」
「マァ、そう言う事だ」
「ウーン、頭がくらくらする」
「混乱しているかも知れないが、俺にとってはやっと来たか。という感じだ。あれから、随分になるからな。忘れる処だった」
「アレ? エ? あなたは? 僕?」
「やはり誰だか、気になるか? そうとも。俺はお前だ。鏡や3Ðモデリングでは無いぞ。幻でも無いしな。イヤ、その幻の1人という処かも知れんな」
「エ! あなたは自分なのー! ウソだろう。自分自身に会うと消滅するんじゃなかったのー?」
「それは、昔のタイムマシン話に出て来るパラドックスだろ。あれはウソだ」
「そんなー」
「目の前の自分が言っているんだ。間違いないぞ」
彼が語った事は衝撃だった。もっとも、彼によれば彼は僕だそうだが……。イリア王家の地下宝物殿を訪れた時。守護者然とした者がいた。その影はさながらゴーストの様であった。目には見えるが、触る事はできない存在だった。今、そのゴーストとなった者の一人と会話をしているようだ。
いるのかいないのか、と言えば確実に居る。それでいて実体の無い者だった。触れる事も話す事も出来なかったゴーストは、自分であると言う。その証拠が宝物殿入室第一呪文だ。城の地下を宝物庫にした時に、王室魔導士が設定したと伝わっている呪文の事だ。
イリア王国の者では不思議な発音と訳の分からない羅列としか思えないだろう。それは難解なうえに、古代アレキ語でも無い、王家に伝えられた意味不明の言葉であった。宝物殿に入れた時は深く考えなかった。しかし、種明かしは極めて簡単だ。まさか自分が考えた呪文だったとは……。
確かに落語のジュゲムは、日本からの転生者か転移者しか知りようも無いだろう。ましてやタイのバンコックの正式名称など、日本人で知る者は少ないだろう。
「アァ、その手の事か?」
「ハイ」
「軽いやけどをしていたのでな。手当てをした」
「ありがとうございます。でも、癒しの魔法じゃないですね」
「俺はもう癒しの魔法が使え無いんだ」
「エ!」
「その代わりと言ってはなんだが、代わりにかなりの力を手に入れたんだ」
「ハァ」
「喜べ、戻れるうちに戻してやろう。俺の二の舞になるのはなんだからな」
「?」
「元のムンドゥスに戻れるかもしれない。半分ぐらいの確率だがね」
「力を手に入れた時には何とか戻ろうとしたが、結局はロンダ城の虜になってしまった。俺の事はもう良いんだ。覚悟の上だったし、もう年だ。それに王室魔導士も悪くないからな」
「そうですか」
「アァ、後一つ。忘れるなよ」
「ハイ?」
「イグナーツ達にはもっと時間が必要だ。誤差を減らしてもっと精度を上げるんだぞ。計算が違っていると、もう一人の俺のように時間に閉じ込められるぞ。だが、諦めるなよ、ムンドゥスを救う価値は有るからな」
「……」
「今度は失敗しないようにな」
「エェ」
「じゃぁな」




