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癒やされたいキャンパー。異世界を癒やしに行く。  作者: カトー
第20章 激動の世界
193/201

193 内乱の発芽

11 ※ ※ ※ ※ ※


 第7代ケドニア神聖帝国皇帝アンベール・ベランジェ・メルシェ・カザドシュは、帝国歴391年12の月23日に帝都ヴェーダにて第一次帝都防衛戦のおりに崩御したと公に発表された。驚く者が大半であったが、ついにこの時が来たかと思う者もいた。 これにより一連の物事が終わり、帝国の各地では様々な動きが強まる事となる。


「ところで陛下は、あの話を聞かれましたか?」

「グウェナエル帝国式部官の話だろ。ウン、驚いたな。アンベール帝は亡くなっていたんだな。それも3年近く前の事だと言うからなぁ」

「皇帝は、民の戦意喪失が起きないようにと、魔獣大戦中は秘匿するように命じていたとの事です」

「いくら戦意維持の為とはいえ……中々、出来る事ではないな」

「本当ですね」

「魔獣の第一次、第二次と二回もの侵攻が有ったのだからな、無理も無いのかも知れんが」

「結果的に勝利したものの、被害は甚大でしたからね」

「ロンダにいても、帝国が上手く行っていないというのが、分かるぐらいだからな」

「食糧事情は、悪化の一方という話ですものね」

「ナゼール宰相が頑張ってはいるがな……」

「その3年間と言うのは、政治上の兼ね合いでも有ったのだろうか?」

「カトー卿から聞きましたが、どこかの国で有ったそうです」

「ホー」

「水晶宮殿近くの仮廟だったようです。公園の地下に有るそうですが、宮殿内の帝室礼拝堂に動かされるらしいですね。その際には遅ればせながら帝国葬という事になるでしょうな」

「アァ、アンベール帝はケドニア屈指の皇帝として名が残るだろう」


 ケドニア神聖帝国皇帝府は、歴代の皇帝で最も敬愛され繫栄させたと言われるアンベール帝の帝国葬を10日間かけて行った。この時、アンベール帝がきつく殉死を禁じたていたと発表された為に、嘗て皇帝に付き従った老兵と退官した官僚の中には殉死者こそ出なかったが、途方に暮れ茫然自失となった者が多く出たと言う。


 以後、アンベール帝は祖国の父と呼ばれ、今日もなお帝国民の尊敬を集めている。余談となるが、作者未詳の「皇帝の崩御」という曲では祖国の父との言葉が繰り返されている。


 ※ ※ ※ ※ ※


イリア王国・王立ロンダ大学・ケドニア神聖帝国史研究室


「ケドニア神聖帝国史は、過去に遡って帝国史を探究する学問である。また、同時に世の在り方を探る手がかりを過去に見つけようとする研究でもある。史資料を通して過去の人々との対話をし、何が必要で有ったかを考察していく」


「50年も昔の事とは言え、あれほど繁栄していた帝国がどうしてと疑問を持つだろう。実際、大戦前のほんの数年前までケドニア神聖帝国はアレキ大陸を席巻しそうな勢いであったんだからね」

「知っています。祖国の父と言われたアンベール帝の時代ですね」

「そうだね。しかし、魔獣の侵攻が全てを変えたんだ」

「皇帝崩御の前後になるのですか?」

「そうだね。その頃だね。帝国の最盛期は過ぎ去り、崩壊と破壊が訪れようとしていたんだ」


「魔獣大戦後のケドニアとエバントについて調べてみた。興味深いことに魔獣大戦よりも大戦後の方が悲惨だったと言うのだ」

「そうなんですか。教授」

「800万以上の犠牲者はともかく、実際、魔獣大戦は帝国が崩壊していく原因になってしまった戦争だったのだからね。社会的インパクトがかなり有っただろう」

「ヘー。てっきり魔獣の侵攻が無くなって、平和になったと思いましたが」

「イヤイヤ、そう思い違いをする者が多いんだ。そこで、大戦が終わった後、どのように各国が変遷をしたのかが研究対象となるんだ」

「激動の時代と言われてますものね」


「帝国の瓦解は、大戦後の10年と言いたいが意外と早くて3・4年だと思う。やはり、帝国に崩壊の兆候が見られたのはアンベール帝の崩御が公表された時だろうね」

「エェ」

「魔獣大戦はアレキ大陸の国々で傷跡を残す結果となった。中でもケドニとは一応戦勝国だったのだが、その実態は戦勝国とはとてもいえない状況だったしね」


「当時はケドニア中が飢餓の時代を迎えていたんだ。動員が解除され退役した兵達が多く出る。戦場から帰還した彼等には戦後復旧による大規模な建設や産業に就くはずだったんだけど」

「それが出来なかった訳ですね」

「アァ、そうだね。南ケドニアの豊饒の大地を失ったのが痛かったからね。残念な事に、始まったばかりの復興は2年もしない間に中止となり次々と頓挫したんだ」


 ※ ※ ※ ※ ※


歴史学口座 「魔獣大戦とは何であったのか」 より抜粋


 第一次帝都防衛戦は軍事力だけの戦いだったとばかり言えない。様々な波紋を広げていた。帝国は帝都ヴェーダにまで攻め込まれたが、薄氷の勝利を得た。防衛軍は魔獣の侵攻を打ち砕いたと判断し、逆侵攻により魔獣を一気に殲滅しようとした。


 この為、帝国は失った南ケドニアを取り戻そうと南ケドニア反攻作戦を行う事になる。既に総力戦体制を築いていた帝国は、この作戦により魔獣との戦争を最終的に決着させ、二度と魔獣との戦争は起こらないだろうと考えていた。


 だが、帝国の反攻作戦は失敗した。圧倒的な数の魔獣と超大型魔獣達によって、ステファノとブロージョからの2正面からの攻勢が行われた。再び帝都に攻め込まれ、帝国は存亡の危機を迎える事となった。


 第二次帝都防衛戦となったが、イリア王国を出撃したスーパー合体変形巨大ロボットと第4世代大型ドラゴンにより、超巨大魔獣と超巨大飛行魔獣は共に撃破された。そして超大型対魔獣兵器により1カ月後には全魔獣が死滅した。


 帝国は勝利した。結果、魔獣は全てを失った。だが、魔獣の2度の侵攻は帝国の屋台骨を揺るがす事となった。当初、帝国は安定しているかに見えた。各地で復興計画が進められ、一時的とはいえ帝国の民達は平和の世を目にした。


 帝国では平均25000人以上の都市が240あった。戦火を免れた都市は比較的速やかに回復し、商業は一時的に活気を取り戻し、各地に有った特別行政都市も復興建設に着手した。ナゼール宰相は帝都再開発計画などの公共事業などを数多く計画し、ケドニアを立ち直させる予定で有った。復興の槌音が帝国中に響くはずで有った。


 ともすれば、魔獣大戦と言うのは軍事ばかりに目が行く。しかし、生きている者にとって最大の問題となったのは南ケドニアを失った事による食糧供給の減少であった。イリア王国からも食糧が送られてきた。大戦後の1年は何とかしのげた。だが、食糧問題はそれ以降も残っていた。帝国に変化が起き始めた。


 帝国の各地で食糧不足が散見され、収穫の秋を終えても一向に改善されなかった。むしろ酷くなっていく一方だった。過激な言い方ではあるが、死者に糧は必要ないが、生者には無くてはならない物である。その食糧が無かった。南ケドニア反攻作戦崩壊から始まったとされる恐慌時代は、帝国に想像を絶する困難をもたらした。


 大戦初期から、帝国は巨額の戦費を使わざるを得なかった。守るべき経済規模が大きければ、当然その分使う戦費も大きくなる。帝国は巨大であり、その富の1年分以上を、戦費に注ぎ込んでも足りなかった。総力戦体制の移行により、全てが武器弾薬製造と兵士の食糧が優先され、一般人の生活は切りつめられた状態であった。


 帝国のほとんどすべての資源を総力戦体制に投じたが、南ケドニア及び帝都ヴェーダ、特別城郭都市ブロージョ、各地方都市、多くの町や村を失った。もちろん、その間も無策で有った訳では無いし、決してナザール宰相が無能で有った訳では無い。


 イリア王国からの食糧供給網の構築を始め、食糧増産の為に耕作可能な農地の開墾と整備、南ケドニアへの再入植、エバント王国とフラン王国からの食糧輸入など、およそ考えられる事はし尽くした感が有った。そして、復興建設は無くなった。それは、産業や生産力の回復は望めなくなった事を意味した。

  

 魔獣は多くの都市や町村を潰し、多数の人命を損じ、征服地だけでなく帝国の半分の領土を侵し、帝国の民を著しく貧しくした。魔獣は荒廃と破壊を創り出した。経済システムは辛うじて動いていたが、誰も目にも恐慌の影が迫っていた。


 商業ギルドは破綻、人々の資産や家屋は質流れ、貯蓄は消失、犯罪が増えて多くの者が厳しい環境に投げ出された。不景気と言うよりも恐慌である。帝国は以後、数十年に渡る最悪の時期を経験する事になる。魔獣は軍事的には完全な敗北をしたが、経済的には帝国にとてつもない損害を与え、相討ちとも言えるほどの結果をもたらした。


 魔獣大戦が終わったあとも農業生産力は、なかなか回復しなかった。経済力と食糧供給能力の不足が露呈した。戦後、帝国の人口が激減したのは、魔獣大戦で人々が死亡しただけではない。畑や家畜や家族の世話をする人がいなくなり、広い範囲でケドニア農業生産が崩壊したからである。


 大災害のような魔獣大戦の影響は生活のあらゆる領域に及んだ。魔獣大戦後の数十年間は労働力不足に陥った。わずかに残された肥沃な農地の多くが混乱に巻き込まれ、村が丸ごと打ち捨てられることもあった。帝国では平均800から1200人が住む538村あったが280近い村が消えたとされる。


 動員解除の為、兵士だった者も多い。この時代、銃器は帝国軍によって回収されていたが刀等の護身用の武器は携帯が認められていた。武器を持つのが当たり前となり、武力で解決する者が増えた。徒党を組む者もいる。規模が大きくなれば内乱の可能性さえ有る。治安は日に日に悪くなっていく。


 魔獣が与えた影響は容易な事では解決できなかった。もはや言っても詮無い事であるが、南ケドニアの豊饒の大地が失われた。食糧供給能力は生き残った帝国の民達3000万人の糊口をしのぐことは出来なかった。魔獣大戦では帝国の総人口の4分の1であるおよそ860万人の命が失われた。


 この戦争はいわゆる総力戦と呼ばれている戦争で、魔獣大戦で勝利したことによって、失われていた南ケドニアを魔獣から取り返す事ができた。武器技術は進んだが、それ以外は衰退してしまった。その傷跡は酷く、あまりにも戦死者が多かったため、一世代すべての若者を失い、人口グラフの一部が丸ごと吹き飛んだとも言われてた。


 犠牲になった者は、ケドニアの民860万に対して魔獣は推定8700万、ほぼ10倍のスコアである。南ケドニアと中部ケドニアの壊滅的な惨状は、ケドニア帝国のほとんどの地域で見慣れた物となった。それはあまりにも多く、中世ヨーロッパで起きたペストやコレラの様な疫病と同じであった。


 ケドニア帝国の戦費は凄まじく膨れ上がった。最後の年には、帝国民の総年収3年分が1年で戦費として使われたと言う。ケドニアの財政は破綻。ケドニアは高インフレという地獄のような状況となった。


 食糧を求めて地方から都市に向かって大規模な移動が起きた。その都市では高インフレが起こった。都市ではジャガイモ1キロにつき2000リーグとなり、大戦前の50倍である。そして値はまだまだ上がりそうだった。だが、ジャガイモが有るだけでもましだった。


 恐慌の黒い風が吹き荒れる。わずかな農地は放棄されて、作物を育てる農民はいなくなった。多くの農民が農場を離れ、より良い人生プランBを求めた。一部の人々は、職を求めて一切合切の身の回りのものを荷車に積み込み、北ケドニア向かった。


 だが、彼らが向かった先にも職は無く、貧困と混乱。そして絶望が溢れた地であった。実際に北ケドニアとエバント王国に向かった約80万人のうち、その地に辿り着くことが出来たのは11万人ほどであった。そこで彼らは、北ケドニアとエバント王国にも糧や職が無い事知る。彼らは来た道を引き返すしかなかった。


 この時期に写された幻影大写真や雑誌写真が示すように、食べ物を求める人の列が数キロの長さにもなり、それがケドニアの全てを都市で発生した。食物は不足し、困窮した者は食べ物を求めてさまよう。食べ物を求めて、森に入る者もいる。そして命を落として行く。


そして、なにより食糧の増加は叶わなかった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 エバント王国の首都ベルクールの民にあふれる不満は、急激に悪化する治安と物価の上昇だった。だが、不満を抱きながらも生きていけた。憂さを晴らす為なのか、様々な噂話が流れる。王国民たちの話題は尽きない。その話題とは帝国の事だ。


 帝国は、ついこの間までは、産業革命の初期を通過し時代の覇者となりつつあった。その帝国が、荒廃した国土と飢えた民に溢れ、嘗ての統一期前の戦国時代に戻っているなど、まるで帝国が幻であったかのように、まことしやかに語られていた。


 魔獣大戦において、エバント王国は一応の戦勝国と呼ばれていた。その実態が、ケドニア神聖帝国の属国とされる為である。王国と魔獣との直接の戦闘は無く、故に戦死者は極めて少なかった。王国の戦力は7万人あまりが限界とされていたが、最終的には動員令を発動しエルベ川西岸の防衛ラインに30万の兵を置いた。


 嘗て、エバント王国軍は傭兵を出して国防に当たっていた。ケドニア帝国の意向もあって王国には十分な継戦能力も人員も無かった。傭兵だけでは兵員数が不足する。結果、一般人を、3年に渡って防衛ラインに抽出する事になった。


 増員された兵士は、国家総動員法による一般人の徴兵であり、戦闘能力も低くかった。その上、熟練労働者や業務経験者などだった為に、経済活動が大きく停滞して大戦中には委縮し始めていた。総人口が200万人のエバント王国にとってはかなりの負担となった。


  貴重な人員が職場に居ない。過度な人員不足により経済は衰退に向かっていく。経済の拡大再生産が出来る内は良いが、車輪が止まり逆向きに回転した。帝国には戦費を強いられ、属国的な扱いは増していた。全く望んでいなかった結果である。この為、エバント王国は属国条項の撤回を図ろうと画策した。


 だが、伝統の様に続く宗都リヨンの聖秘跡教会と首都ベルクール政府との確執が強まり、さらに政治が不安定化した。実に4年間で22人の首相が交代するという異例の事態になってしまった。帝国からの秩序ある離脱をするのはずが、内乱の恐れが出て来たのである。


 ※ ※ ※ ※ ※


「幻影写真の撮影は以上です。お疲れ様でした。では音声さん、準備OKですか?」

「ハイ、OKです」

「3、2、1、キュー!」


「本日は、魔獣大戦時の経済という事で、アニバル中央銀行総裁のお話を伺います。アニバル総裁。お忙しい中、ありがとうございます」

「イエイエ、喜んでお話させていただきます。はい、ですが私の様な立場ですと、言えない事も有りますのでお気を悪くしないで下さい」

「オホホ、さすが総裁。お得意の答えですね。では、イリア王国の金融の第一人者と言われ、知恵の塊とも言われたアニバルさんのエピソードについて、色々とお聞きして行きましょう」


「これは魔獣大戦前後のお話だそうですけど」

「そうですね。もう10年以上前の話になりますかな。色々と有りますがやっぱり、お金の事ですかね」

「ハイ、お札の話ですね。元々、近海などの輸送の手間も考えていて造られた金券を元に有価証券を造られたとか」

「イヤイヤ、これはカトー様のアイデアなんですよ。以前、王都の派遣軍凱旋パレードの時でしたか。金券支払いの際にちらりと仰ったんですよ。兌換紙幣をですね、不兌換紙幣にするというのをね」

「それが、今みんなが使っている紙幣の始まりですか」

「エェ」

「ちょうどその頃ですか? ベルクールの小鬼たちに、イリアにアニバルありと言われたのは」

「あぁ、その事ですか。それは少し前ですね。マァ、今でも詳しい事は言えないのですが、これも、カトー様の売るだけかという一言で始まりました」

「それがあの有名な、両建てで二度おいしいと言われた取引なのですね」

「そうです、カトー様にとって雑作も無い事なのでしょう。クラウディオさんと一緒に、それはもう考えましたよ」

「結果、倍の利益を上げられたそうですね」

「はい、喜んで二人でカトー様の所に報告しに行ったんです」

「喜ばれたんでしょうね」

「はい、我が事のように喜んでいただきました。で、仰たんです。レバレッジはかけましたかと」

「あとから考えると、お恥ずかしい事を自慢げに言った物だと」

「エ? ダメだったんですか?」

「イエ、利益は出ました。もの凄くね。でも、カトー様のお考えで行えば、その何倍も作り出す事が出来たという事なんです」

「そうなんですか」

「はい、それだけじゃ無いんですよ。一例として、レバレッジの反対のインバースを御教授して戴いたんです」

「それは、すごい事なんですよね」

「はい、それはもう晴天の霹靂でしたね。まったく、カトー様にとっては私だけでなくベルクールの小鬼であっても赤子同然だと思いますよ」

「ウーン。正直、私には何が何やらと言うところですが」

「ハハハ、私もですよ」


「エェ、第一次魔獣大戦時、帝国は戦費調達方法を考えずに開戦しなければなりませんでした。突然の事ですから無理もないのですが、戦費はほぼ全額が借入で賄われたんです。帝国は巨大な戦費を圧倒的な借金で賄ったという事なんです。その結果はインフレでした」

「ハイ、そうなりますね」

「イリア王国と帝国の為替は、イリア王国歴181年3の月の魔獣上陸した当時、1エキュは0.5リーグでほぼ固定していました。184年15の月現在、およそ1エキュは4リーグになっています。そして今も徐々に拡大しております」

「エェ」

「戦争期間中の財政支出増加分である戦費分は、すべてを借り入れで行われたのです。その方法は、帝国債権を発券している造幣所を造幣省に格上げして短期帝国債を大量に作りそれを売却して手に入れました。この1年で満期となる利付帝国債は売れに売れました」

「ハイ」

「それで味を占めた財務省は、更なる増額を狙って短期帝国債を長期帝国債に誘導しようとしたんです。エバント王国でも、この方法を採りました。エバント王国は属国の様な物なので事情は一緒です。このタイプの国債によって両国は戦費を手にしたんです」

「エェ。ですが、イリア王国ではカトー卿の助言を得て、アニバル総裁が強固に反対したので債券発行は無かったとお聞きしました」

「ハイ。実際、イリア王室の戦費はクラウディオ大臣の巧みな為替利益によって捻出されており、初期対応分のわずかな出費だけで済んでいたのです」

「総裁も加わっていたそうですけど」

「ハハ、そうかも知れませんな」


「それはともかく、もし、あの時に安易に債券発行をしていたらと……。全く、キモが冷えますよ」

「そうなんですか」

「エェ、今ならわかります。金融学の初歩ですからな。この様な知識でしたら、カトー卿は請われれば惜しげもなくご教示して下しますし」

「エ? そうなんですか」

「ご本人は、古人の知恵を伝えているだけだと仰ってますがね」


「ですが帝国造幣省も不味い事が起こると気が付いていたようです。普通、国家間や外国との取引にはミスリム貨か金貨が使われるのですが、それを債権で済ませたのですからな」

「エェ」

「マァ、イリア王国は、債権ではなく必要分は税収の増加で賄えましたからな。それでも3%程度のインフレは起きてますからな」

「そう言えば、少し上がってますね」

「2から3%なら健全な物価上昇ですな。帝国では少しどころではありませんぞ」


「帝国の富は枯渇しているのは分かっていました。ここでイリア王国から金がと言われたら、帝国は飢餓に襲われる前に確実に経済崩壊するとも思われましたし」

「そこで無償食糧援助ですね」

「帝国への支援。ひも付きの金では無いのです。これは人道支援です。これはもちろん褒められてしかるべき行いです。イリア王国は見返りを求めていません」


「イリア王国は、軍事的にも大いに活躍し、資金面でも帝国を支えた。イリア王国の勝利への貢献は非常に大きかったのです」

「そうですね」

「帝国では、不幸な事に戦中から激しいインフレとなりました。また、帝国の経済成長は地を這うどころか潜り込んでしまったんです。属国扱いのエバント王国も同じ目に遭いました」

「エェ」

「技術転移や工業製品等を選び、軽微な人的被害と出費で有ったイリア王国の経済成長率は高かったんです」

「そうですね」

「我が国の借款は帝国復興の強力な支援となっています。また、工業技術や製品は、王国にとっても良い事ですし繁栄の礎になりますからな」

「まったくです」


「そろそろ、お時間のようですね。アニバル総裁。本日は、非常に有意義なお話を聞かせていただきありがとうございました」


 ※ ※ ※ ※ ※


 当時のイリア王国の経済力は帝国には遠く及ばなかった。望めば金銭による解決も出来ただろう。だが、未来を見通した王国は現実的であった。王国は、対魔獣戦に於いて支払った犠牲や金銭については、当時から見返りを求めようとはしていなかった。これが結果的に最善の結果をうむ事になった。


 儲かる儲からないは相対的ものなのでケドニアが没落していくなか、その持ってた利権を手中にできた。人は食べなければ死ぬ。人道援助も行われたが、戦中・戦後の帝国に食糧輸出するのが一番儲かった。


 戦勝国とはなったが、ケドニアの民は悲惨なものであった。ひどい話だが、王国では自国が戦場にならなかった為に、帝国から最新技術や各種工業製品・利権を手に入れ、更に食糧を輸出した事により富を増やした。やはり、他国での戦争は儲かるのである。


 カトー卿は、当初から帝国からの巨額な輸入品の返済金は食糧輸出による相殺を目指そうとしていた。また、イリア王国の産業育成と技術転移の為になら良いが、金銭的解決は良い物ではないと言い切っていた。そしてそれが可能な手段として新規開拓地からの麦や新農法によるコメ生産が有った事も幸いした。


 帝国は四面楚歌となっていた。当然であるが、魔獣からの返済金はない。帝国の死者は膨大で、農業生産の大本である南ケドニアを失った。さらに言えば、軍備はズタズタで回復させる余裕は無い。復興に向けての巨額の資金は無い。帝室の権威は失われた。


 イリア王国は今でこそ帝国に食糧援助をしたが、これとて何時までも続くか分からない。何かの拍子に反帝国感情が高まり、突然の援助中止も考えられる。何しろ、帝国は数年前までは王国に侵攻をして属国にしようとしていたのである。エバント王国は従属を嫌い、フラン王国は海洋覇権を確立しようとするかも知れない。


 ※ ※ ※ ※ ※


 イリア王国の立場は強くなった。帝国要塞地区は、特別なものであり両国の輸出入の要であった。もっとも、王国からの食糧供給が無くなれば帝国は立ち行かないだろうとされている。転送陣はイリア王国のもとに、巨大な建物と敷地が管理運用されている。その為、イリア王国の領事館が設けられており、イリア王国の飛び地と思われていた。


 そもそもイリア王国が参戦したのは、経済的な利益を守る為では無く、遥か昔の約定を貴んだ為である。確かに帝国からは様々な技術移転が行われ銃器の供与もされた。帝国で操業していた蒸気機関は、イリアに移されて工場となり経済は活気づいた。


 カトー卿曰く、戦争をしないのが、もっとも利益が得られる状態となる。戦争は、勝ったとしても全く引き合わない。戦争は、敗けたら大損する。場合によっては国が亡びるのである。自国は戦争をせず、他国の戦争で儲けるのが、一番経済的に利益が大きく、また結果として国際的な地位の向上にもつながる。


 戦闘そのものについては確かに一方的な負担で有ったが、背後にあった経済活動からは、この程度の負担は全く問題にならないほどの巨額の利益を得ている。イリア王国は農業生産物の供給者として、経済的に大きな利益を得ただけではなく、貿易国という国際的な地位においても、帝国との関係を逆転していた。


 人口によって、国が軍事に使用できる男女の数を制限される。領土の大きさは、農業・鉱業に使える広さと自然資源を決める。GDPは、兵士に与える武器や食糧の量を制限する。そして一国の人口・領土・GDPがより大きければ、敵対国の軍を圧倒する事が容易となる。


 帝国の状況は日に日に悪化している。南ケドニアを失った事により帝国民の生命を保つ食糧生産は不可能となった。広大な帝国領でも、農業生産物が適した地は半減しており、生産量は前年の以下となっている。イリア王国の様な高速道はなく、街道は未だ復旧整備中であるし、それを采配する者も不足している。


 魔獣大戦までは帝国とエバント王国の小鬼達が銀行の役目を担っていた。後にイリア王国が参戦し、魔獣大戦が終了し暫くするとイリア王国が借款を供与するようになった。無償の供与も行われたが、借款は金銭の融資だけでは無く、一番必要とされた食糧が多かった。その代金は、イリア王国の商人達に支払われた。


 イリア王国は食糧供給において圧倒的な定量的優位性を蓄積している。短期戦なら軍の力だけで戦えるが、長期戦になれば国家の経済力の戦いになるという指摘はもっともである。そしてイリア王国は確実にその力を得つつある。


 ※ ※ ※ ※ ※


 帝国全土を駆け巡ったアンベール帝崩御の報せを受け、地方の貴族や有力者達が動き出した。皇位継承権は帝室条例の定めにより、表向きには皇太后アレクサンドリーヌ・マドレーヌ・マル・ビュルルに移った。実質的な権力は鉄血宰相と呼ばれるナゼール・ローラン・アズナヴールに有った。


 それはともかく、アンベール帝には6人の皇女がいたが、皇太子を設ける事は無かった。第一皇女ジャニーヌは、年齢が50を超えており政治上の望みも無いようだ。第二皇女のリベラータは、既にエバント王国に嫁いで帝国から離れている。第三皇女のサラは、聖秘跡教会の修道院長になっており還俗するのは難しかった。


 残るは第四皇女エリーズ37才と第五皇女コンスタンス32才であり、2人の夫は魔獣大戦時の帝都防衛戦にて亡くなっている。6人の中で一番若いのが第六皇女セリーヌ27才(アレキ大陸での常識的な婚姻年齢は17から20才までとされる)の3人が独身と言える。その為、3人の皇女のいずれかを娶った者が権力を継ぐのではないかと噂された。


 皇太后アレクサンドリーヌは帝国の安永を願った旧北ケドニア連邦大公の娘である。父の願いによりアンベール帝と婚姻している。本来は北部連邦派であるはずだが、アンベール帝の遺志を継いで、第六皇女セリーヌをイリア王国のセシリオ国王と娶わせたいと思っていた。……ので、この目は無い。


 詰まる所、帝国の継承は第四皇女エリーズと第五皇女コンスタンスの2人話になる。もっとも、彼女達は臣下にあたる諸侯におとなしく嫁ぐ事などせず、逆に女帝として君臨したいと思っていた。魑魅魍魎が徘徊する、帝都ヴェーダの政治世界である。権謀術策に揉まれた彼女達には、それだけの力があるかも知れない。


 歴史を遡れば、ケドニア神聖帝国以前のケドニア神聖王国時には女王アデラ・ベルタンが第6代国王となって統治していた事もある。ちなみに優れた統治システムなら男女の差は無い様で、彼女は名君とも女傑とも言われている。


 この時、彼女はアレキ大陸のほとんどの地を神聖王国領としている。もっとも、帝政ロシアのシベリアと同様に人跡未踏の無人地帯には何ら王国の力は及んでおらず、王国の領地であると一方的に宣言しても反対する勢力も無かった為である。


 話を戻そう。ケドニア王国としてアレキ大陸全土が統一されても南北格差はあった。ケドニア帝国が建国されてからも、北部はまずしく南部はゆたかっだった。北部は鉱物資源に恵まれていたが、爆薬がまだ一般的で無かった為、開発が遅れていた。その気候は寒く、森は深い。南部は豊饒の大地であったが、魔獣の進攻により穀倉地帯を失いその繁栄を失った。


 帝国は効率的な分配システムを持っていたが戦乱により失い、イリア王国から支援された食糧を迅速に届ける術を失っていた。 


 巨大な機械に例えられる帝国であるが、その崩壊の最初の兆候は、アンベール帝の崩御が公表された時だと言われる。賢帝と言われたアンベール帝が無くなると、帝国を動かす求心力である歯車の一つ欠ける。それでも3・4年は巨大な機械故、止まる事は無い。


 大戦後の食糧不足により、見せかけの平和は失われた。帝国が一気に崩壊するのを止める手立ても無く、帝国民たる矜持も失われようとしていた。ケドニア帝国では治安が急速に悪化し、その結果、北部への食糧輸送が滞ることが常態化していった。北部各地では不満が募り、煮えたぎる大釜は今にも噴きこぼれそうだった。


 結果、北ケドニアでは異例の事態になってしまった。北ケドニアでは治安部隊も退却せざるおえない状況になってしまった。嘗て帝国は政治・文化・経済を主導してきた。アレキ大陸と中央大陸の文明が交差し、その帝国は魔獣大戦を際どいながらも勝利し、帝国には平和が訪れたかに思えた。

 皇帝の崩御が公になり、求心力をったのも一因かもしれない。対立が生まれ、帝国には分離崩壊の兆しが見えた。 


「その多くの理由は、飯が食べられるからにほかならない」

「そもそも、食う為の食糧が無いのだ」

「無ければある所から持って来なければならない」

「他人から、奪うことになるのだぞ」

「腹が減っていると、愛国心など無い輩が増えるものだ」

「金で贖えれば良いが、いくら金が有っても食料が無いのだ。砂漠で金銀財宝が有っても、水が無いのと同じだ。いくら金が有ってもしょうがない」


 こうして北ケドニアでは、嘗て存在し神聖帝国の統治と対立した旧北ケドニア連邦から新たな政治組織が生まれた。北部連邦はアチェッラ・カンパニア・カーヴァ・ティッレーニ・アチレアーレ・アヴェルサ・オルビア・ヴェッキア・ラツィオの9特別行政都市が中心となった。


 北部連邦は北ケドニア連邦の拡大版であった。彼らは、帝国からの分離離脱を画策し、交通の要衝で軍需廠の有る工業都市スクロヴェーニ市を占拠した。スクロヴェーニ市が北部連邦の支配下に有るという事は、軍事的な優位性が失われたに等しい。


 それに対抗するように、中央山脈以南までは南部同盟となった。南部同盟は帝都ヴェーダを中心としエルベ川以東、帝国中央山脈からリューベック川までの諸都市の同盟であった。確かに南部同盟は大洋東岸の工業都市ブレラ市の軍需廠を有しているが、規模的に劣っており生産量も30%有るか無いかである。


 だが、南部同盟には人口と言う利があった。帝国は魔獣大戦以前に3600万人を数えたが最近の統計では3000万人と言われる。人口比は大雑把に言うと南部同盟2対北部連邦1で1800万対1200万人であった。


 そして今、帝国では事実上の空位状態が続いている。第四皇女エリーズは北部連邦、第五皇女コンスタンスは南部同盟の支持を、それぞれが取り付けていた。


 ※ ※ ※ ※ ※


「魔獣大戦が終わってから、もう2年ですかー」

「マァ、色んな事が有ったからな」

「そうですなー。自分としては、アンベール皇帝が崩御されたと聞いた時が一番驚きました」

「確かに、あれには驚いたな。南ケドニアから、ようよう引き揚げてきたと思ったら、とんでもない話だった」

「おいたわしい話でしたなー」

「少尉、まだ大っぴらには出来んが、お前には言っておこう。近々、動員解除になる。退役する者も多いだろう。だが、俺は軍に残ってくれと言われている。再編成されるらしいが、どさくさに紛れて軍をやめるよ」

「そうなんですか。残念です。やはり……北の方ですか?」

「アァ、北部に向かえば、大きな声では言えないが帝国民同士で争う事になるやもしれん」

「そうですな」

「そうなれば、不本意な命令にも従わなければならんからな。同胞に銃口を向けるのは勘弁して欲しいよ」

「まったくです」


「ところでオクタビィアン中尉殿は、退役されたら何かされるのですか?」

「何か面白い事でも探すよ。取り敢えずは、ゆっくり休んで酒の味でも確かめようと思っているよ」

「なるほど、悠々自適ですなぁ。酒も良いのも出てきましたから」

「アァ、知っている。アハマディヤ市のブランデーだそうだな。ハハハ」

「銘酒と評判ですからな」


 ※ ※ ※ ※ ※


 俺はアベラルド・ベラ・マダリアーガ。元は商業ギルドの冒険者だった。今までは、ケドニア帝国の帝都ヴェーダに置かれたイリア王国大使館の料理人であった。


「アベラルド君、もう一度考えてくれないかね」

「大使、すみません。区切りも付いたので、一度ケドニアを回ってみます」


「君は冒険者だったからな。分からんでもない。マァ、戦跡を訪ねて感慨に耽るもよし、魔石を探してトレジャーハンターになるもよしと言った処かな」

「ハハ、カシミロ閣下はお見通しでしたか。物見遊山なんですよ。いい刺激になりますし、一攫千金になりますからねぇ」

「そうかもしれないな。うらやましい気がするよ。たまには私もゆっくり休んでみたいものだ」

「エェ、退職金もありますし、そうそう来れない帝国まで来たんです。話のタネになりますよ」

「話題には事欠かないだろうな。ところで、1人で行くのかい?」

「イエ、2人です。退役したオクタビィアン元大尉という方と一緒なんですけどね、酒場で知り合って意気投合したんです」

「馬が合うと言うやつだね」

「そうですね。それです。南に行きたいと言ったら、じゃ案内できるぞと言ってくれたので、乗っかりました。マァ、オクタビィアン元大尉は戦地で追悼をしたいのだと思いますけど」

「では、いつか戻って来たら、ぜひ訪ねてくれ」

「ハイ、ありがとうございます」


 治安上、北部連邦は無視できる政治勢力では無くなり内戦も考えられるようになった。この為、帝都ヴェーダに設けられていたイリア王国大使館は領事館となり、帝国要塞地区に大使館が移設される事になっていた。俺は、これを機会に職を辞した。だが、大使からはそれと同時に一つの願い事が言われた。


 その願いとは、王国の影の様な諜報活動ではなく、訪れる各地の様子を教えてくれとの事だ。ただどのような事になっているのか、見た事を書き記してくれればよいのだ。そうしてくれば幾ばくの金と、通行の便宜を計ろうという話である。帝都脱出の時から、苦楽を共にした中である。大使は何らかの形で保護を与えたかったのかも知れない。


 話の中に有ったように、トレジャーハンターによって発見されるのは極小の魔石である。重魔獣などの大型魔獣の中には小さな魔石が出来る事が有る。大使館の者は知っていたが、どこからから漏れたのか分からないが、この話は帝都を中心に広がっていた。それとも、ゴー戦隊の回収作業を見た勘の鋭い者がいたのだろうか。


 今でも戦場となったケドニア地には、おびただしい数の重魔獣の魔石が眠っており、その全体数すら把握できていないという。回収された魔石はそのほんの一部である。小さくとも魔石は魔石である。だが、魔石を発見するには高価な魔石探知機を手に入れなければならなかった。


 もともと魔石探知機と言うのは魔獣大戦末期に作られた物しかなく、嘗て軍が魔石回収に使用した中古品だけであり、役目を終えて廃棄処分となった物が流れて来る訳だ。現在出回っているのは、その再生品であり性能はお世辞にも良いとは言えない。


 しかも、金さえ出せば手に入れれると言うものでもなく、それなりのルートが必要だった。しかも、軍によって魔石のほとんどは回収されていると言われた。だが、運命の悪戯か、それを俺は 大枚はたいて手に入れていた。


 その魔石を探す者達、即ちトレジャーハンターを魔石ハンターと呼んだのだった。俺は、冒険者だったんだろう。稀とは言え、魔石が見つからない訳でも無い。当たれば儲けは非常に大きく、カトー卿が考案したという王都振興宝くじぐらいの金になる。


 魔獣大戦後3年。帝都周辺の激戦地の魔石は回収され、何らかの探査を受けた地が多い。残された戦跡は、南ケドニア反攻作戦の城郭都市の近郊だけではないかと思われていた。では如何にして訪れるかである。ここでオクタビィアン大尉と知り合ったのは幸先が良いと言えるだろう。


 彼の案内で帝都ヴェーダからリューベックラインを越え、旧オリビエート補給基地に渡る。そして街道沿いの古い堡塁後のトゥーロン、そしてステファノに向かう。さらにステファノ街道を南下しリニミに入る。最終目的地は魔獣が上陸したメストレ市である。


 もし、メストレで海路が使えれば、焼き尽くされたと言うパスタキアを見て、一路ブロージョ市へ向かうか? それともエバント王国に貨客船で行くか? はたまた来た道を戻ってトゥーロンの分岐から帝国要塞へ行くも良し。少し足を西に伸ばして、オクタビィアン大尉ゆかりのアハマディヤ市に寄って銘酒を味わうのもありだろう。


 現在知られる戦跡を巡る予定だが、放棄された軍事施設も数多くあるらしい。そこには名も知れぬ戦地もあるはずだ。悲惨な歴史を見る事になるだろう。果たして鎮魂の旅となるのか、それとも一発当てたいのか定かでは無いが……。マァ、オクタビィアン大尉にならって、野花の一本を供えるのも悪くない。


 ※ ※ ※ ※ ※


 帝都ヴェーダを出て、フルダ渓谷を目指す。この街道沿いには多くの戦勝記念碑と鎮魂碑がある。


100の池と言われる着弾点。

 名前の由来は弾痕で実際には100も無い。列車砲の着弾点で、帝都より40キロ南のミュー川近くにある。帝都防衛軍が、遠距離砲撃の末に魔獣の大群を撃退した地である。着弾地は小さなため池が点在している感じだ。ここには防衛軍の記念碑が建ち、四方に展望が開けている。


 1年前、この帝都に近い地で魔石が見つかった。そんなラッキーな事が本当にあったようだ。見つかったのは小さかったが魔石は魔石である。この魔石の主は、重魔獣の中でも大きな物だったのだろう。


 さて、物は試しと魔石探知機を取り出す。作動訓練と調子を見る為でもある。探知機は、魔石を探知する物であり、50メートル四方を探査出来る。反応が強ければピーピーと音を出す……はずだ。ピ、ピ、ピと軽い反応ならば遠い。この探知機は雨の日でなければ地下30センチほどまで探れるらしい。探知範囲が狭いのはコピー品なのでしかたがないとの事だ。


 結構すごいと思うが、オリジナルの性能はその10倍、500メートル四方で深さは3メートルぐらいはいけるらしい。やはり、探知機に使われている魔石エネルギーに左右されるとの事だ。で、反応があった場所をスコップで掘り返して見つける事が出来る。魔石探しというよりの発掘作業に近いかも知れない。


 発掘だと言ったが、ここは戦場だったのだ。他の戦跡であれば人の骨も出て来る。ここは魔獣の死骸だけが残されているのだそうだが、気分の良い物ではない。聞いた話では、中央大陸のどこかの国には、本当にゾンビがいるそうだ。魔獣であっても、ゾンビにならずに成仏してくれと思う。


 半日かけて探していると、ピ・ピ・ピと軽い反応が数回鳴る。エ! と声を上げる。言わるダマシという反応で、時間をかけて掘って見ても有るはずの魔石が無い。有るとしてもほんの一粒。これ、砂粒より小さい物があるなら良い方で、魔石エネルギーが有ったという残滓らしい。マァ、掘り当てた際には、達成感はあるだろう。


 かなり根気よく探さないと発見できない。ハズレも多く、手作業で掘り出すので、結果として採算に合うかどうかは微妙である。魔石小ならば、色と形により変わるが1個最低10億エキュと言われる。幸運な者なら、1千万エキュ位の粒を発見する事もあるかも知れないが、大変な時間と労力が必要である。


 ※ ※ ※ ※ ※


 帝都を出て日も浅い。軽い脱力感を持ちながら旅は続く。この街道沿いには多くの鎮魂碑がある。壊滅したフルダ市の南西、フルダ平原。ここには第1砲兵軍、第2砲兵軍、精鋭の擲弾兵2個連隊が防衛線を築いていた。だが、魔核弾頭の爆発により帝国は、11万名もの将兵をすべて一瞬で失った。現在は直径16キロほどのクレーターが残り、生き物の姿はない。


 フルダ渓谷出口帝国監視哨跡。12メートルの塔で高台に建っていた。台座には兵士に踏みつけられた魔獣の彫刻がある。見晴らしは遠く、フルダ平原のクレーターあたりまで見渡せる。


 リューベック川沿い(北岸)にある救国気球隊記念碑。対魔獣兵器を積んだ気球により、300万の魔獣を排除したと言われる。6基、18名の隊員を乗せた気球隊の出撃地である。生存者は第3気球の2名のみ。南ケドニア反攻作戦の勝利を導いた。だが、反攻作戦は超巨大魔獣の出現によって水泡に帰した。


 フルダ渓谷を通過後、狭い平地に見えてきたのはリューベックライン後方防衛線トーチカ群である。このトーチカ群は、魔獣により防衛ラインが抜かれた場合、部隊再編や遅滞行動の目的で築かれたトーチカ型砲台の一つである。中でも比較的保存状態がいい場所を巡る。砲座、弾薬庫跡の他、標柱、排水路、観測所、用途不明なレンガ造りの施設跡が残っていた。


 次は、有名なリューベックラインである。狭い街道を通り抜け、やや東方向に向かうと巨大な壁が延々と連なっている。帝国歴393年1の月13日に始まった南ケドニア反攻作戦は、帝国側がいかに自信に満ちていたかを窺わせる。オリビエート渡河点を遠望できる観測塔もあり、そこからは大分離れた場所でも見ることが出来る。


 馬車を降り、戦勝記念碑まで歩く。強化土魔法で築かれた壁は高さ30メートルと聞いた。その強度は、さながら鉄より堅い板壁であると言う。しかし、川下の方を見ると、擁壁部分が超巨大魔獣によって破壊されているのが分かる。勝利と敗退が同時に見える場所である。


「あれが魔獣の大群が上陸した橋頭保なのだろう。その突破口から魔獣が溢れて出て来たのだろう」

「アァ、そうだろうな。しかし、よくもまぁ、このような物を築けたものだな」

「俺も、イリア王国の魔法使い達は凄いと思うよ」

「これを食い破った魔獣も凄いけどな」

「本当だなー」


 この場所には砲台へと続く外部階段がある。本来は防衛線内の階段で上がるのだろうが、味方の砲撃か爆発物を使ったのか分からないが階段は破壊されていた。内部のあちこちに、当時の物と思われる生活用品や、破棄された軍用品が残されていた。頂上の砲座跡では、風に飛ばされてきたのだろう砂や土の上には草が茂っていた。


 ポツンと奥所に設けられた観測所は残っていた。観測所の下の階層には砲口があり対岸を向いている。窓からはリューベック川の向こう岸まで見る事が出来る。頂上でないとはいえ、河川敷が一望できる場所にある。ここも強化土魔法が使用されており、頑強この上ない造りとなっている。


 要塞内部には、小さな蛇や蜂がいつの間にか住み着いていた。緩やかに右にカーブするトンネルは資材や砲弾を運ぶためだろうか? 簡易鉄道が走っていた。行き止まりに有る転換所、ほとんどの枕木は残っておらず、薪にでもされたのだろう。


 地上部では土砂が入り込んでしまっており、中に入る事は無理だった。途中、足首まで埋まる。どちらへ行っても砲口を見落とすことは無い。地上に近いほど展望が利かない。とりあえず中に入る。要塞入口は若干土砂に埋まっている。鉄の板のようなもので区切られていた。

 

 足元の水際から対岸までと攻撃可能エリアは広く、広範囲の魔獣に対して砲撃を行うためのものらしい。もともと地面ギリギリの高さにつくられた窓なので、土砂の流入があると全く展望が無くなる。内部は剝き出しの土壁であるが、休息所だったろう場所は板張りとなっていた。そこ以外はまるで石棺の中の様であった。


 強化土魔法によって作られた頑丈な作りの部屋(おそらく弾薬置場か弾薬庫である)は、ひび割れ一つ無い。通路側に有った観測窓から見下ろせば、渓谷を通って資材を運ぶ簡易鉄道の鉄路が見えていた。要塞の屋上は、あたかも人を拒むように吹く風が強く、2時間あまりで去る事になった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 ステファノ街道を通ってトゥーロン堡塁跡まで南下する。街道沿いには灯りが無いので日中に見るようにする。ここには多くの大砲や牽引馬車の残骸などがある。その大砲には、帝国391年製スクロヴェーニ軍需廠と刻印してある。本来なら、鋳つぶして再使用できるよう金属塊とすべきだろうが、未だ整備できない道の為それも叶わないのだろう。


「放棄された砲が随分とあるな」

「こんな遠くの地まで、運んできたのになー」

「魔獣の大群だった。1日でやられたそうだ」

「そうかー」

「その次は、超巨大魔獣が出たんだ。なにも出来なかったろう」

「そうだな」


 ステファノ街道の分岐点にある防衛軍兵士のトゥーロン墓地。墓標の日付は帝国歴年392の1月とある。これは南ケドニア再攻勢の初期である。ここトゥーロンでは戦死者1万4千人以上が眠っていて南ケドニアの墓地としては大きい。混成第10師団の第二次防衛線はトゥーロン堡塁跡の前方約25キロにあった。


 帝国歴393年5の月7日、ステファノ市近郊で第10師団司令部と中央集団司令部が超巨大魔獣により壊滅させられている。尚、帝国東岸でも同日、もう一頭の超巨大魔獣に率いられた魔獣の群れが、リューベックラインの南からブロージョ市に上陸している。


 オクタビィアン大尉は現地の偵察隊にいて、超巨大魔獣達を見たらしい。超巨大飛行魔獣が姿を現し、街道上の防衛軍を火達磨にしながらあたかも長距離重砲のように破壊の限りを尽くして北上していった。と後から話してくれた。


 死んだ男の丘。軍の砲兵陣地があり観測に適していた。魔獣から集中攻撃を受けて蹂躙されたそうだ。死んだ男の丘はいかにもの名だが、名前の由来は戦争に関係なく、森に入って行方不明になった男の話だという。この近く墓地には3000名の兵が埋葬されている。


 横たわる擲弾兵と死にゆく魔獣の像。記念碑である。ライオンかトラに似ているかも知れないが、魔獣なのは間違いない。魔獣の侵攻を一時的とはいえ食い止めた場所である。当時、魔獣の攻撃阻止線として塹壕が掘られた。しかし、超巨大魔獣によって塹壕が破壊され、多くの兵士が生き埋めになったと言われる。


旅はまだまだ続き、訪れる鎮魂碑は数知れない。

いつも、お読みいただき誠にありがとうございます。次回更新は、2022年1月15日土曜日とさせていただきます。よろしくお願いいたします。

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