192 大洋横断
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コブレンツ島の補給基地を出港してから16日である。大しけの中で思いかえしていた。すでに島から西南西方向に約3000キロを航海してきている。コロンブスと違い、この先にはアレキ大陸があると知っての事だが、安心して航海していた訳では無い。
気象もそうだが海流や島の姿だけでなく位置や場合によっては存在していないかも知れない。まして、船舶では無く水陸両用ゴーレムでの大洋横断である。無茶は承知をしていたつもりだが……。ゴーレムは小さく大洋横断には踏破性能が足らないかも知れない。
イスラは出発前にかなりの精度がある六分儀を潜水艦の中で見つけている。専門的な使い方は知らないが、これが有れば天測航法の精度をあげれるはずである。悪天候のときは使えないが、六分儀により天体の高度と方位を測定して現在位置を知る事が高い精度が得られる。
当然ながら、このゴーレムにも慣性航法装置がある。が、完全に地上の航法支援施設に依存せずに航海すると誤差が生じるタイプである。マァ、目的地のアレキ大陸は大陸ゆえに大きいので、よもや外すとは思われないが。
光学を主とした地文・天文航法に詳しいという事も無いのでイスラによって、距離の算定、現在位置の推測および測定、針路の決定、残航程と所要時間の算出など、全てお任せとなっている。ウン、できるホムンクルスである。
このゴーレムは帆船と違い、水中をウォータージェット機関で進んで行くので向かい風や凪も関係ない。だが3・4ノットの潮流は気にしている。深度30メートルを、1日27時間で200キロを巡航速度以下で進む予定でいる。大洋12000キロを60日で渡る事が出来るはずである。かなり遅いのは、運貨筒を牽引している為である。
ゴーレムには大洋を横断出来るほどの食料を積む事が出来なかった。それらを積む事の出来る運貨筒が絶対に必要だった。途中に有るとされる島々だが、食料の有無は分からいないし、それに賭ける度胸も無い。火山活動などの自然現象もあっただろうし、天変地異が起こったとされる隕石テロ後、600年である。海図上に記載されていた島が無いかも知れないのだ。
平穏な航海が続いた後にこんな大しけである。巨大な航空母艦や戦艦などは、動かざること山のごとしだろうが18.4メートルのゴーレムでは水に流される木の葉に等しい。出港前には安全で経済的、且つ能率的な航路の選定をしたつもりで有ったが、この大しけによって目論見は崩れた。
航行に支障無いようイスラが念入りに整備してくれたが年代物だし、交換用の予備部品も少ない。簡単に言えばゴーレムは優秀だが、いつ故障が起こるかも知れない。ギリギリの運用である。致命的な事故が発生する可能性はある。
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先日までの穏やかな水面は荒れ狂う大しけの海原となっている。大しけの中で3日間、ゴーレムに閉じ込められて海上に出る事が出来ないでした。穏やかな海面であったならハッチを開けて、ヨットの様に新鮮な空気を味わいながら航海できたのだが……。
海上には50から60メートルの波が出来て、巨大な質量として落ちて来るのだ。その光景を目にした時、想像した以上の激しさに唖然とした。ヨットレースの番組の中だったかな、深度100メートルに潜っていた戦略ミサイル原潜が、大嵐による巨大な波により海面まで引き上げられた話を思いだした。
気圧が低いだけが悪天候の要因とはならない。どこを航行するかによっても随分と違うそうだ。暴風雨の勢力は、右半円と左半円では風の強さがぜんぜん違うのだ。大嵐の右半円は危険半円とされ、左半円は可航半円と言われる。ここムンドゥスでも北半球で発生する暴風雨は、反時計回りである。どうやらゴーレムは、威力が増している右半円の中を航行中のようなのだ。
「イスラ、もう少し頑張れるかな?」
「そうですね。深度50メートルでこれですから海上は大荒れでしょうね」
「海が荒れたら潜行してやり過ごすつもりだったけど深度50で揺れているからね。耐えるしかないな」
「しかし、この嵐は大きいですね」
「アァ、こんな大しけになるなんて思ってもみなかったよ」
「現在、ゴーレムの速力は12ノットに落ちています。そして、この大しけと同じ方向で、やや遅い速度で進んでいそうです」
「そうなると、抜け出そうとしても抜け出せないという事かー」
「ウーン、イスラ。今からでも、進路を変えた方が良いかな」
「そうですね。司令、この海図には緊急避難港が記載されています。島に進路を変えますか?」
「避難港? 一時避難か。良いかも知れない」
「ハイ、賛成です。港は無くなっていたとしても、島陰に入ればやり過ごせるかもしれません」
「司令、ゴーレムはまだ航行可能ですけれど、曳航中の大型運貨筒が波であおられて潜舵が不調の様です。このままですと曳航ケーブルがいつ切断されてもおかしくありません」
「そうかー」
「運貨筒はこれ以上の牽引するのは難しいかも知れません」
「ウーン。でも、これだけの荷を失うのは惜しいよねー」
深度が浅ければ揺れるが、50から60メートルに潜行していれば波浪から逃れれると思っていたが甘かった。水陸両用ゴーレムは、潜水艦で運ばれて作戦行動を行うのだから、深海で行動をする為の機能は必要無く運貨筒も同じとされていた。ちなみに通常運用時は240メートルまでとされ最深度は300メートルだそうだ。
海面の表面波動は、下に向かって円運動として伝わる。半波長より深ければ、海水中には動きがなくなる。ゴーレムが暴風雨の影響から逃れるには、深く潜る必要がある。計測しようがないが、海上では時速100キロ以上の風が吹いているようだ。仮に波高10メートル・波長210メートルとしても半波長で105メートルである。
ゴーレムは防水構造なので、浸水は無いが水上の波風に翻弄されている。この為、100メートル以上潜りたい。深度100メートルが深いとは言えないかも知れないが、年代物のパッキング性能を態々試したいとは思わない。それに牽引する運貨筒のパッキングでは劣化が懸念され、深度60メートルでは持たないと言われていた。
考えて見ればわかる事だった。大洋横断の帆船はなぜ北コースを採るのか。南コースだって有るじゃなのか。言うは易く行うは難しである。南コースは荒れ狂う大しけが突然発生するのだ。イヤ、帆船の技術レベルでは出来なかったのか……。
この時期、北コースでは季節的な風と潮流を利用するので大洋横断の船便が無い。帰還する時間を短縮する為、南コースを採っている。運貨筒により食料やゴーレムと魔道具、タネ等も持ち帰る事が出来る。これにより、2000キロほど航海距離が増加しているのはしょうがない。
ゴーレムには渡航能力があり、ゴーレムの操縦はイスラがしてくれる。イスラの操船技術が有ればこの広い大洋を無事に横断する事も可能だと思った。物資の輸送も可能だ。欲張りだったかも知れないが判断に間違いはないと思った。
イスラは悪く無い。何故ならこのコースは司令官の僕が決めた事であり、命令に逆らう事など露ほども思わなかっただろう。その結果、僕はイスラの腕の中でのびていた。酷い船酔い時には、皆同じ事を考えるのだろう。生きてアレキ大陸に着けるだろうかと?
吐き気が続いているので食事は出来ない。だが、喉は乾く。マァ、飲めば飲んだで気持ち悪くなる。しかし、このままでは脱水状態になってしまう。ここは我慢して飲み物をコップに注ぐが大かたはこぼれてしまう。今では直接、指先から出して喉に入れている。こんな事が出来る水魔法に本当に感謝した。
揺れる波で頭をそこかしこにぶつけて、ヘルメットの大切さを身をもって知った。目を開けていると確実に気分が悪くなる。かと言って開けていると目が回る。酷い船酔いだ。罪も無いイスラに思わず愚痴ってしまう。後で謝らないと……。
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この海は、難所と言われるホーン岬もかくやと思うほど猛烈に荒れている。それにしても、これまでの海は、本物の海では無かったのだろうか? 海を少しも分かっていなかったのかも知れない。大しけに遭い、ゴーレムは嘗ての緊急避難港S-113島に向かっている。
「島陰に入りました。この数日を乗り越えれば目途が立つでしょう」
「数日もかかるの?」
「この大しけの大きさも分かりませんし、波が荒いのは直ぐには収まりません。ですが、風が弱まると思うので楽にはなるでしょう」
島に近づく少し前、時折、水陸両用ゴーレムに何かが軽くぶつかる音やザーザとこすれる音がする。と同時にゴーレムの体が揺れる。
「どうしたんだろう? えらく揺れるが」
「この揺れですか?」
イスラに聞くと先ほどから、ゴーレムの周りには、青緑色の歯をむき出してサメが群れになって遊弋しているそうだ。モニター画面に見える大きな物体。真っ暗な深海に潜んでいた巨大なサメ達の体長は18メートルぐらいだ。ほぼゴーレムと同じ大きさである。まるで地球史上最大で有ったメガロドンと呼ばれた種の様である。
サメの特徴である水面から飛び出して見える三角の背ビレは、バランスを取るためのものであるとされる。その群れがゴーレムの周りにいるらしい。接近するメガロドンにとって、ゴーレムはご馳走に思えたのだろうか? 「ザゴーン」と背びれと体を擦り付けるようにしていたが、可食できないと分かったのか去って行った。
その時、運貨筒の牽引ロープが切れたのか急に速度が増したとかと思うと機関が非常停止した。この水陸両用ゴーレムは、ウォータージェット推進で海水を取り入れながら進んでいる。その取り入れ口にロープが吸い込まれたのだろう。機関が過熱する前に自動停止したという事らしい。
牽引していた運貨筒は、バラスト制御して前後尾タンクに注水しており、潜舵を下げ舵一杯にしておいたのだが……。あの波の中では限界だったのだろう。それともサメが味見をした為なのか? 運貨筒は牽引力が失われて浮上して行き、気付く前にその姿を見失ってしまった。
そして、運貨筒の切れた牽引ロープは、ゴーレムの動きを邪魔していた。切れた牽引ロープは引きずられてシーアンカーみたいな働きをしており、ウォータージェットが止まっている。サンゴ礁にロープが絡まれば想定外の被害が起こるかも知れない。島が近づいて来ると危ない。浮上してロープを外さないと……。
海上に浮上してみると雨は小降りとなっていたので、イスラが牽引ロープの残りを切り離す事になった。その間にも島に近づいていく。サンゴ礁で発生する波にウネリがあった。あの中に巻き込まれたらゴーレムといえどもかなりやばい事になる。
徐々に水深は浅くなって来ているが、切れた曳航ロープは水を含んで重く、長さもある。人間では回収は難しいだろう。足を滑らせたら、頑強なボディのイスラでも大怪我を負うかも知れない。見ているだけしか出来ない。正直、怖くて足がすくむ思いだ。
「イスラ、落ちないでくれよ」
「ハイ」
「落ちたら海底まで沈んで行ってしまうから」
「私の圧壊深度は400メートルぐらいだと思います」
「落ち着いているねー」
「司令、大丈夫です。深みなら無理ですが、ここら辺なら海底を歩いて島に上がれますから」
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緊急避難港があるS-113島にはアレキ文明期に警備隊の建物があったが大昔に放棄されたようで、現在は無人島らしい。元々、コブレンツ島から離れた島では、緊急避難港を維持整備するのは極めて困難であり、コストもかかるだろう。600年の歳月が流れ、嘗ては往来する船舶や漁船も多くあったかも知れないが、今では緊急避難港の役割を終えていた。
幸い、イスラによる牽引ロープの切断は無事終了した。ゴーレムはサンゴ礁で立ち上がり、ブチブチとサンゴ礁を破壊しながら海岸に向かう。海岸沿いには、流木だろう大木がかなり打ち上げられており、気をつけて上陸した。このような自然環境の破壊を引き起こして、申し訳ないと思う日本人である。
ゴーレムの上陸は無事にでき、今は港だった場所に置かれている。酷い船酔いだった。上陸時に大地を抱きしめたくなると言うのが良く分かった。
これからしばらくはゴーレムの点検整備を行う。イスラによれば、動力系に損傷がありそうで交換できる部品が必要だとの事だ。実際のところ、僕はゴーレムの整備には役立たないので、探索を兼ねて周辺を見て廻った。
島には火山があり、近年噴火したようだ。島の南部には噴火を生き延びた熱帯の樹林が茂り、アレキ文明期に作られた警備隊の駐屯地や施設跡が点在している。特に、島内で最も規模が大きい緊急避難港跡では自然と人工物のコントラストが神秘的な雰囲気を作り出している。
港の施設跡には棲息掩蔽部と思われる施設が点在しており、往時の盛況を偲ばせている。島の海岸沿いに築かれた跡だ。火山礫を受けやすい場所にあった為か、人員を守るためだろう退避所は厚さ2メートルのコンクリート状の物で覆われていた。
港に有った施設は間口が10メートル・奥行きが30メートルに天井高が4メートルと言った処で、事務所と備品庫を兼ねていたようだ。土魔法で作られた半地下の施設は涼しく、しっくいが明るさと湿度の調整の為に厚く塗られていた。
この様な5部屋あり、部屋をつなぐ通路は昼間でも暗闇が広がっており、暗がりもある為、灯りが必要だろう。夜ならずとも、地下特有の暗闇や静寂に匂いを感じられる。光と闇のコントラストが織りなす静寂のなかで見ると、とても幻想的だ。
翌朝、近くに有る丘に登る事にした。嵐が去った湾は穏やかで、島から見える外海はわずかなうねりと波が有るだけで静かなものだ。遠見の魔法でさらに拡大して見廻す。
港跡の近くのこの高台には、勾配のある山道が標高120メートルほどの展望台まで続いていた。眼下に湾を見下ろし、はるか40キロ遠くまで船影を見る事が出来るだろう。運貨筒は牽引力を失うと、海上に浮かび上がる構造になっている。沈んでいなければ何処かに浮かんでいる居るかも知れない。
ここに来たのは、見晴らしもそうだが切り離した運貨筒がどこに行ったか知りたかったからだ。マァ、あんな大しけだ。見つかる訳も無いと思っていた。が、島の南西にある岩だらけの浜にプカプカと浮かんでいる運貨筒を発見した。
運貨筒の回収の為、丘から転げ落ちるかのように降りて回収作業に岩場に向かう。途中でイスラに声をかける時間も、もどかしい。運貨筒はそのまま放っておけば、岩に削られて舷側に穴が開いて沈んでしまうだろう。
ここで重力魔法の登場である。この魔法、なにも海割り用だけという訳では無い。真反対に使えば海面を持ち上げる事も出来るので離礁作業にうってつけである。持ち上がった運貨筒の移動は楽だろう。
イスラに切れた曳航ケーブルを引いてもらう。結論から言うと上手く回収できた。運貨筒には破損した箇所も無く防水も保たれていた。助かった。この中に有るゴーレムや食料が無くなればイスラの釣果に期待するか、何処かで採取生活をしなければ為らなかっただろう。
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ここで食糧事情を話しておこう。食料はゴーレムのコクピットに隙間なく詰め込んでいた。それだけでは足らないので運貨筒にも積んでいた。積み込んだ食料は基本、保存のきく物を選んでいた。もちろん、カゴや網に入れて風通しの良い所に置いといても、生鮮食品は傷んでくる。缶詰は余裕があるが、野菜などの生鮮食品が足らない。
おまけにゴーレムの中では、調理用のギャレーは無く、スペースも足りないので野菜を調理するのは難しい。海上でなら火魔法を使っても安全だが調理と言うほどの事は出来ない。
結論から言うと、60日の航海に耐えるような葉物野菜は無い。航海を始めてからは、レタスぽっい葉物野菜から食べ始め、ニンジンやタマネギ等に変わっていった。オレンジやレモンなど果実も用意したが在庫が少なくなってきた。残っているのはニンニクとショウガくらいである。
砂糖は高いが、産地と言うだけあって売っていた。上流階級の奢侈品としてフラン王国から各地へ輸出されていた。他にはクシャーナ王国の干しブドウもある。砂糖や酢で味付けされた物もあった。船食さんでは、酢漬けの野菜も新鮮な野菜の役目を果たせると教えてもらった。
イスラは釣りが上手く、1日4食、干し魚が出ている。生魚も良いが軽く干した魚も良い。購入したタモを利用しているが、頭と腹を捨てて開いて干す。南の海である。風が有れば30分で出来上がる。火魔法で焦がさないように炙るのはちょっとしたコツが要る。イスラが皮膚組織を作成し始めたのも、釣果が上がっているからだ。
調理と言えば薦められて購入したストックフィッシュは昔から航海時の重要な食料だそうだ。棒鱈と同じ非常に固いのでのこぎり等で切り分る。後に7日ほど水に浸けてから調理する。船食さん曰く、小型船では水も使うし包丁やキッチンバサミでは切れないのでカットされた物が売れるそうだ。薦められたので、こんなのも積んだが食べれるだろうか?
だが、上には上がある。今回は幸か不幸か船食さんには無かったが、ソルトフィッシュと言うのがあるのだ。ストックフィッシュよりも保存性が良い。おまけに軽くてかさばらないので保管しやすいと言うのが売りだ。これも同じようにトンカチなどで砕いて小さくし袋に入れて海水につけて柔らかくする。それから肉のように焼いて食べる物らしい。
割れやすいタマゴは昨日までに消費していた。南方コースだし、コクピットには湿気も十分ある。船食さんに聞いた話ではそろそろ固焼きパンに虫が湧く期日かも知れない。酸っぱいだけならともかく、食べれない訳では無いので払い落とせばOKだそうだが虫がいては生理的に難しい。
米粥やシチュー、オートミールまたは豆のスープなども作れたが、これはひとえに水魔法の賜物である。海で水が不足なく使えると言うのが、どんなに幸せであるかを知った。食料は基本的に保存食であり文句も有るが、有難い事に一番必要な水に苦労する事は無い。水魔法はすべての問題を解決すると言って良いぐらいだ。
貯蔵水や雨水に頼らなくても良いし、クリーンの魔法も有るし、使った食器だけでなく、購入した赤バケツで洗濯も出来る。さすがに湯船に浸かる場所は無いので無理だが、望めば全身水シャワーを浴びる事だって出来る。しないけど。
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そんな事が起こる1時間ほど前、保存食の夕食を済ませて「サァ、寝るか」と独り言を口にして海岸に築いた簡易版のホテルで眠りに就こうとした時、懐かしい思念波を感じた。嵐も治まり空には星が光り始めていた。ウーン、気のせいかな?
「やっと見つけた」
「ミレア? ミレアなのか?」
「主、探したぞ」
「良かったー!」
「今、方向を特定した。距離は少し遠いが、800キロかな? ユリアも一緒だ。1時間ほどで着くだろう。待っていてくれ」
「了解。待っているよ」
「アァ、話は付いてからにしよう。これから、スピードを上げる」
第四世代高々度迎撃タイプ大型ドラゴンは強靭な体躯を誇り、超音速が可能な空気抵抗の低減が図られている。その加速度は素晴らしく驚異的である。大気圏突入時には音速を軽く超えてマッハ3.4をマークするそうだが……。
1時間後、東方より急激に思念波が強くなる。それと共に夜空に赤く光る大きな2個の玉が高速で近づいて来る。探照灯の様な目が進路を示している。超巨大飛行物体が低空飛行で接近中である。第4世代のドラゴンは音速手前まで速度が出せるらしい。あれがミレアなら大変なスピードである。
海上には航行する船舶が無いとは思うが、なにせ全長70メートルの大きさである。翼の両端までは、その倍はあるだろう。2つの飛行物体は急速に接近しており、海面が水しぶきをあげている。
そろそろ減速しないと危ないんじゃないかな。何がって、衝撃波と言って良いのかな? これって衝撃波なの? 音速を超えないはずだがなー。確かに、それが行き過ぎてしまうと、ドーンと言う大音響に襲われるという事は無かったが、替わりに70メートルx2倍と言う大きさのせいで生み出された塊のような風がやって来た。
「これじゃ、衝撃波と変わらないんじゃないか!」
※ ※ ※ ※ ※
「主が無事でよかった」
「アァ、本当に。ミレアも元気そうで良かった」
半年以上会えなかったミレア達と再会し、お互いの無事を知った。もちろん、積もる話もあるが、転送事故からの出来事を話してもらうよう頼んだ。現状の摺り合わせは必要だからね。
「とりあえず一安心だな。では、主。あれから何が起こったかかいつまんで話しておこう」
それは西海岸のソスペルにあった転送陣が暴走し、魔核弾頭のような魔力爆発の寸前、緊急停止ボタンを押す事が出来た所からだ。結論から言うと、事の始まりだった魔力暴走は止めれた。
しかし、転送機は作動しており転送陣は崩壊しながらも僕を何処かへ転送したらしい。転送陣はフェイルセーフ機構が働いた為、僕の命は無事だった。障害が起きても、常に安全性を確保してくれたアレキ文明期の技術者に感謝である。
だが、後に残された皆は、魔核爆発が起こらないかった事に安堵したが、僕が消えた事に驚いた。直ぐに転送ステーション全域が捜索されたが、このような転送事故では最悪の場合が考えられた。呆然自失となったエミリーに替わり、ホムンクルス達が動いてくれた。
3日後には、イグナーツがバラバラになった転送陣を一から組みなおして解析した。僕が吹き飛んだ訳では無く、フェイルセーフにより何処かに転送された事が分かったようある。ただし、生死は不明である。形跡を見つける事に全力が入れられた。形跡が残っていたらまだ近くにいる可能性があるからだ。
僕の転送事故の知らせは、イリア王国の王室関係者にすぐに報告された。王宮を暗鬱な空気が包んだ。誰もが魔力暴走が起きたら、生還率がかぎりなく低いことを知っていたからだ。知らせを聞いた関係者は、捜索救助活動を助けたいと考える人が少なくなかった。
結局、100人のカトー家のホムンクルス達が、何らかの捜索活動への参加をした。イリア王国にある、他の転送陣覆域内に送られたのであれば良いがそんな都合のいい話ではなかった。捜索救助活動は複雑であり、捜索範囲が広大だったので彼らの加勢は歓迎された。
ケガをしている事も十分考えられた為、生存可能時間との競争だと思われた。イグナーツが弾き出した捜索パターンが伝えられ、捜索活動が始まった。もちろんその間にも各転送陣に至急報が入れられて、少しでもデータが採れればと思われたが何も得られなかった。
アレキ大陸では人力によって捜索が開始された。影響の大きさを鑑みて行方不明だとはされず、カトー卿は重要な任務の為に出張中であるとされた。イリア王国内はもちろん、エバント王国やケドニア帝国の関係者には極秘裏に事が打ち明けられたが捜索活動は限られる事になった。
まず、転送ステーションから100キロずつらせん状に捜索範囲を拡大してイリア王国、エバント王国ついにはケドニア帝国にまで広げられた。ミレアを含め皆が行方不明となった僕を探そうとかなり頑張っていてくれた。ミリアとユリアは、アレキ大陸内に有る未発見の転送陣があるかも知れないと捜索を行っていた。
イグナーツは転送事故解析を進め、おそらくカトー卿は生きているだろうと結論した。この言葉に、一縷の望みを託して捜索範囲を広げられたそうだ。その為、ミレアとユリアの高空からの思念波探索が期待される事になった。
残念ながら、発見するどころか手掛かり一つ無いので途方に暮れたそうだ。それでも諦める事はせず、ミリアとユリアはケドニア帝国から大洋を横断してフラン王国とクシャーナ王国、ユリアは嘗ての土地勘を活かしてフルの地へ向かった。
ムンドゥスは球形だから、表面は真っ平らではない。したがって、思念波で見通せる範囲には限りがある。水平線より向こう側の場合、ある程度の高度に達すると思念波の捜索可能範囲に入るが、高度が下がると水平線の下に隠れてしまう。その後の動向は、思念波では把握できない。
アレキ大陸は広大である。手掛かりが無いと誰もいない場所を捜索する事態になりかねない。実際、ミレア達は幾日もアレキ大陸上空を飛んでいた。
用いられた方法は、大きく分けると2種類。1つ目は方形拡大捜索。最後に判明していたカトーの所在を基準点として、そこを中心として周囲に対処範囲を広げながら捜索した。方形という名前の通り、90度ずつ針路を変えながら捜索するのだが、ずっと同じ距離ごとに針路を変えたのでは対象範囲が変わらない。
そこで、変針点ごとに間隔を広げていく。変針点と変針点を結ぶ行程を30キロごとに、直進する距離を一定範囲ずつ増やす。すると、ドラゴンは四角い渦巻き状の軌跡を描く事になる。
思念波の届く範囲が前後左右15キロずつなのに増分を20キロにしたら、捜索できない隙間ができてしまう。それに、捜索では地表を目視捜索するのだが、そんなに高度を高くとることはできない。すると見通せる範囲が少なくなるので、むやみに長くはできない。距離の離れすぎると漏れが生じる可能性もある。前後左右・捜索可能な距離を基準にして決めていた。
もう1つ、平行航跡捜索という方法もある。こちらはまさに雑巾掛けと同じ理屈で、捜索対象範囲の端から順に、東西、あるいは南北に行ったり来たりする。地球より1割は大きい広大なムンドゥスのである。そうとうな時間がかかるだろう。そしてミレア達は諦めずに、その捜索パターンを変更したのだ。
効果的な高々度空域と低硬度空域を併用し、ムンドゥスの北半球周回捜索を開始した。北半球で見つからなければ南半球も考えていたそうで、驚く事にムンドゥスの全域を捜索しようとしていたのだ。そして転送事故から6カ月半、再び中央大陸を低空探査したミリア達がイリア王国に帰ろうとした時、僕を発見したと言う訳だ。
ミリアには、避難港で見つける前に2回の発見チャンスが有ったらしい。広範囲の探索の為、高々度上空からの思念波は地表面しか探索出来ない。後に判明したが、その時には僕は山の中に居た。転送されたイル王国の第147補給基地を彷徨っていた時と、アーマティ峠の基地跡で探索中だった時だ。折り悪く、いずれも地中におり、厚い岩盤を通って思念波が届かなかったようなのだ。
余談になるが、ミレア達の捜索活動により惑星ムンドゥス各地でドラゴンが目撃される事になる。人々は、最強の生物と言われるドラゴンが、今なお生き続けている事を知ったのだ。
※ ※ ※ ※ ※
翌朝からは、物資の回収とミレア達への積み込みである。お世話になったこの島から、昼頃には飛び立てれるだろう。嬉しい事に2頭のドラゴンがいれば、物資の輸送のみならず2台のゴーレムの運搬にも間に合いそうで、これで魔道具やタネも残さず持ち帰る事が出来る。
ここまで航海してきたゴーレムにはミレアが運び、運貨筒のゴーレムはユリアが運んでくれる。荷物は分散して運ぶ事になった。ミレア達に水陸両用ゴーレムを乗せる時に手間だったが何とかやり終えた。
このゴーレムにはドラゴンライダーとして載せる専用の装備品が無い為、手足を伸ばしてブリッジの姿勢を採らせたのだ。いささか変な格好で有るが少しのガマンである。飛行時間は巡航速度で13・14時間、そうすれば懐かしのイリア王国である。
2機のゴーレムは、第4世代ドラゴンに負ぶわれてイリア王国を目指す。飛行はおおむね順調と言えた。このゴーレムには与圧されているし、もし気密不良部位があり、十分な性能がないと判断された場合はNGランプが ……。ウーン、ついている。
乗り込んだゴーレムは、整備時間が足らないうえ大しけで密閉性が下がっていたようで何処からか冷たい風が入って来る。潜水時なら浸水となり大事だが、高度を3000から1000メートルに下げるもらって凌ぐ事が出来た。飛行時間が30分ほど伸びたが外気温はこれだけでも13度近く上がるので良しとする。それでも、寒かったのでイスラの膝に座って抱きかかえられるようにして暖を摂っていたが……。
※ ※ ※ ※ ※
王国との通信可能距離に入ると、思念波により帰還中であると短く報告した。ドラゴンは王国を縦断し西部に向かっている。第4世代高々度迎撃タイプ大型ドラゴンは、僕を載せて嘗てのアレキ帝国の隕石迎撃基地に着いた。ここは今ではミレア達の住まいとなっている。その基地跡に降り立ち、イリア王国の大地を踏みしめた。
「帰って来た」
感動の再会だった。近づく人々は、歓喜して叫んでいた。駆け寄るエミリー。カトー家の一族であり眷属で有るホムンクルス達だ。時をおかず、僕の無事帰還が王国の各方面に伝えられた。セバスチャンは短い報告だけではと王宮に無事帰還を知らせに走り、エマは王都の店や商会の人々にも吉報がもたらした。
「お帰りなさい」
「無事でよかった」
「お屋形様……」
魔核爆発を阻止しようとして身を挺して防いだ事による転送事故である。その場に居た者もおり、中には声に出せず、涙を流して立ちつくす者もいた。生死のほども分からず、行方不明となって6カ月半である。侯爵という事もあり、行方不明という事は伏せられていた。それが無事帰国したのだ。喜びもひとしおだろう。
「アァ、ただいまー」
人々は爆発阻止という自己犠牲に感動した。また王国では稀代の魔法使いと言われているカトーである。失われれば国家的損失、イヤ、その業績を知る者にとっては世界的な損失であると言われていた。実に多くの者が、寝食を忘れたかのように捜索にあたったのだ。それが報われたのだ。
カトー本人は、ゴーレムの中で風邪をひきそうにはなったが体調は至って良好である。休息を薦められたが、そう甘える訳にはいかないと言いながら、お土産の魔道具はイグナーツに渡し、貴重な栽培植物のタネを王都の植物館に運ぶように指示した。
イスラは仲間達と会う事が出来た。その際には一言、再起動できて本当に良かったと言ったようだ。2機の水陸両用ゴーレムは第一技研に回送されて整備を受ける事になる。やがてアレキ大陸西方海域で活躍するだろう。
※ ※ ※ ※ ※
翌日、ミレア達の愛の巣(恥ずかしいけど、そう言う様に呼べと言われているので)からドラゴンシティーへと移動。その後、魔動自動車で王都ロンダに向かった。
「良く帰って来たな。カトー卿」
「よくご無事で……」
「陛下、シロー卿お久しぶりです」
「お疲れのところ申し訳ないですね。報告していただけるとか」
「アァ、すまんな。休ませてやりたいのだが」
「イイエ、概略だけでもお話しておかないと」
「飛ばされたのは、イル王国に有ったアレキ文明期の補給基地でしたが、めぼしい物はありませんでした」
「なるほど」
「めぼしい物を探したのですか?」
「エェ、基地の中を随分と彷徨ったので、自然と」
「苦労したんだな」
「ホホォー。では、イル王国では令嬢を助けたという事ですか?」
「ハイ、どこかの貴族の御曹司と令嬢の2人です」
「それが縁だと思うんですけど、アヤンさんと親しくなりました。今思うとこの方は、古都カジュラホの領主かも知れませんね。良い人でね、外交官待遇という書状を作成してくれたので助かりました」
「魔道具も手に入れたのか?」
「エェ、高かったですよ。魔道具の再生もしましたね」
「再生?」
「エェ、魔力切れだったんで魔力を充填したら使えたんですよ。少し前から出来るんじゃないかなと思っていたんです」
「ウーン。そうかー」
「タネは、その時から集めたのですか?」
「ハイ、珍しい物ばかりでしたので王国に持って帰れば役に立つだろうと思いまして。それから、立ち寄った先のあちこちで買い求めました」
「確かに、これだけのタネはおいそれと手に入りませんね。いい仕事をしましたね。カトー卿は常日頃から王国の事を気にかけているのですね」
「よく気が付いたな。王国としても、礼を言う」
「ありがとうございます。魔道具は壊れたり売ったりしましたが、詳しくはこの赤い指輪に帰還までの記録があります。そうですね。後で思い出の指輪、この赤い指輪の事です。幻影投射機用に画像と音声データを書き込んでおきます。手すきの時にでも見て下さい」
「そ、そうかー」
「で、キャラバン隊に加わって、中央大陸の難所と言われる中央山脈アーマティ峠で滑落しました。まさに九死に一生でした。自分でもよく生きていたと思います」
「ホウ!」
「魔導書も有ったんですけど、谷に落ちた時に散逸しました。標高3200メートルの崖ですからバラバラになってしまって……。遭難したんですけど、何とかなりました。」
「それはそれは、大変な思いをされたんですね」
「谷底でアレキ文明期の軍事基地を発見しました。ですがここでも何もありませんでした」
「そうなんですねー」
「それから、やっとの事で谷を越えて村に着き一息入れれました。ところが王都ドルードで緊急事態が起こりましてね」
「緊急事態?」
「異次元空間から、得体の知れないモノが侵攻してきたんです」
「侵攻ですとー!」
「エェ、そうです。クシャーナ王国では、62年おきに異次元からの侵略者がやって来るようです。でもこれは追い払いました」
「そうかー……。良かった」
「そうですね。でも、その前に時間があったので王都の空中庭園を観に行きました」
「そうか、ムンドゥスの七不思議と言われる空中庭園を観光できたか。それはそれで良かったな」
「すごい建築物でした」
「アァ、そう言えばクシャーナ王国で製作方法を覚えました」
「ウン?」
「魔力切れの魔道具に魔力を充填したんです」
「それで?」
「付与魔法がポイントでした。これで、魔道具が出来るようになりました」
「魔道具が……。そうか、そうなんだ。出来たんだ」
「陛下、お気を確かに。カトー卿なんですから」
「で、フラン王国を目指してビールジャント港に向かいました」
「海路だな」
「ハイ、コブレンツ島経由で大洋横断してケドニア帝国に行けそうだったので。ですが途中でクラーケンが襲って来たんです」
「クラーケンですか? 大会議室に掛けてある、あの地図の縁の方に描いてある化物のクラーケン?」
「エェ、あの化物のクラーケンです。シーサーペントも出てきました」
「よく無事で……」
「大変な思いをしたな。さぞかし怖かったろう」
「エェ、そりゃもう。機帆船に乗っていたんですけど、必死で逃げましたよ」
「でしょうね」
「ですけど、後日、水陸両用ゴーレムと広域火炎破壊魔法を使って焼きイカにしてやりました」
「焼きイカ? あの食べ物の焼きイカなのか?」
「エェ、王都のパレードの時、屋台を出して売りました。陛下もシーロ卿も食べたじゃないですか」
「ウーン、そうなんだ」
「カトー卿。今、さりげなく水陸両用ゴーレムって仰いましたか?」
「エェ、上手く回収出来ました」
「後は、ミレア達が避難港に居たのを発見してくれて帰国出来たんです。本当に苦しくて危険な旅でした。楽しい事など一つもない。何度、諦めようかと思った事か。でもその度に皆さんの顔が浮かんできて……ウ、ウ、ゥ……以上で、報告終わりです」
「なんか、色々抜けているとは思いますが……そうですね。大変な苦労をされたんですね。無事なご帰還おめでとうございます」
「そうだとも。カトー卿が無事に帰還出来て良かった。本当に良かった」
※ ※ ※ ※ ※
そんな感動の日から3日後、王宮にまた呼ばれた。
「僕がいない間、大変だったでしょう」
「ウム、それなりにな」
「陛下ー」
「イヤ、大変だったぞ」
「本当ですか? シーロさん」
「まぁまぁかな」
「エー!」
「国家の運営と言う物は、いくら重鎮といえども1人ぐらい欠けても何とかなるものだ」
「ひどい」
「実際の話、居なくなって立ち行かなくなるのは国家の態をなしていないからな」
「そうですねぇ。確かに、個人の力を当てにするのはどうなのかと思われますからね」
「仮にワシが死んだとしても、すぐにでも替わりの王が立てられるだろうよ。そう言うものだ」
「そ、そうなんですね」
「陛下。可哀想ですから、このぐらいにしておいてやりましょう」
「マァ、これで良しとするか。皆も良いか?」
「イヤ、この件につきましては、もう少し明らかにした方が……」
「エミリー少佐が、アァ言っているが、余とシーロ卿は反対したんだぞ」
「すみませんでした。カトー卿」
「どうしたんです?」
「カトー卿。バレてしまったんですよ」
「エ、何がでしょう」
「あれは、不可抗力でしたし、偶然だったんです。全速全力で帰国しようとしてたんです。本当です。信じて下さい」
「エーとマァ、そういう事ならなー良いかなーと」
「ダメです。順番に聞き出して行かないと。転移直後はともかく、言葉を覚えると幼女を助けて、なつかれたそうですね」
「またまた、あの子達は可哀想に攫われていたんですよ。心細かったんですよ」
「フーン」
「次は、中央回廊の隊商の娘にチョッカイを出したとか?」
「確かに、同じ毛布に入って体を温めてもらいましたが、無実です。回廊は、もの凄く寒いんですよ。凍死するよりましなんです」
「言いたい事はあるが、良しとしてやろう。ならば、100歩譲って緊急避難という事で認めても良い。だが、クシャーナ王国では20才の半裸の魔女に誘われてベッドイン寸前だったとか。これはどうなんだ!」
「あれはリディさんの、誤解なんですよー」
「ホー。証拠は挙がっているんだ。正直に言えば良し、さもないと……」
「証拠ですか?」
「裁判長。ここで思い出の指輪を証拠物件として提出致します」
「エー!」
「カトー。早く言った方がいいぞ。お上にも温情があるぞ」
「?」
「まだ白を切るのか。裁判長! 提出した赤い指輪は、カトーの見たまま聞いたままを完全に再現できる思い出の指輪と言う魔道具です。幻影投写の機会を戴きたい」
「余は裁判長では無く国王だが、マァ、良いか」
「このように、半裸の女性のベッドに入り込もうとしています。それも、満更では無いような顔をしています」
「エ?」
「本人は、とぼけているようなのでご説明いたしますが、これらの画像と音声データはカトー卿自らが作成した物で、転送事故以後の完全な記録がされています」
「あの時の報告書かー。データ落としに時間がかかったと思ったが……、やっぱり面倒くさがらずデータの見直ししておくんだった」
「フン。しらばっくれても遅いわ! さらに付け加えます。クシャーナ王国の得体の知れない退魔の舞踏では、半裸の美女たちの踊りをなめるように見ていたとか」
「そ、それは……」
「それだけではありません。帰国時のゴーレムの密室空間では全裸のイスラの膝に抱かれており、あろう事か帰国までの連続18日も楽しんでいたとか」
「あれは、服が無くて。イヤイヤ違う。そう、隙間風が寒くて。それにコクピットが狭いんですよー」
「カトー卿、諦めて下さい。すでにエミリー少佐はミレア様から証言を手に入れているんです」
「我らが、寝食を忘れるほどに捜索をしていたというのに……お前と言う奴は!」
「とにかく誤解だー」
「マァ、お前がそう言うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」
「ヒエー!」
「フフフ、カトー。覚悟するんだな」
※ ※ ※ ※ ※
その後のカトーがどうなったか分からないが、およそエミリー少佐の尋問に抗える者などいないだろうと言うのが大方の意見である。そしてこの意見は今回も正しかったようだ。王宮ではカトー卿の拘束、もとい引き留めの為にセシリオ陛下とシーロ卿を交えて近しい者達との話し合いが続けられていた。
「だからと言って、ロープで括り付ける訳にも参りませんからねー」
「シーロさん。それひどくない!」
「うるさい! お前は黙っていろ」
「侯爵という地位も有るし。黄金か、イヤ、ミスリムの鎖でも付けるかな」
「陛下。そこは恩情を……」
「私が御屋形様を監禁、もとい、お世話いたしますので何卒穏便に」
「ウゥ……セバスチャンありがとう。でも、監禁って」
取り敢えず、王都ロンダの屋敷で静養という名目で謹慎処分となった。そんな時、フラン王国の派遣団から表敬訪問の申し入れがあった。魔獣大戦が終わり、王都ロンダの大使館開設も順調なようで、近々お世話になったカトー卿に挨拶がしたいという事だった。
このような仕事なら移動する事も無く、王都の屋敷内で済むのでエミリー少佐の許可も出やすい。セバスチャンから催促されている溜まっていた領地の書類仕事からも解放されるので、本人もホッと一息と言うところである。多少なりとも王国の為になるしー。
※ ※ ※ ※ ※
カトー卿の御屋敷は貴族地区にあり、後の世には歴史的建造物とも言えるような、見事なお住まいである。我々は屋敷のエントランスホールに立つ家宰のセバスチャンに迎えられた。このホールにもエマ嬢の芸術作品がさりげなく置かれていた。
客間に入って、すぐにメイドさんが、紅茶の道具を持ってはいって来た。小柄な女性だ。失礼かもしれないが、ちょっと可愛い小型犬の様な感じの様な人だ。待つ事しばし、セバスチャンに案内されてカトー卿の待つ部屋に通された。
「お待たせしました。やっと書類仕事の切りが付きました」
「カトー卿。この度はお疲れのところ、私共の為に時間を頂きましてありがとうございました」
「イエイエ、わざわざこのような所までおいで頂き、痛み入ります。ライマー中尉、エクムント中尉、雨の降るのによく御出で下さいました」
「お久しぶりです。カトー卿」
「アァ、これは失礼しました。確か、お二人とも大尉でしたね」
「ハハ、大使館関係者としての箔付けなのですよ」
「ご謙遜でしょう。他の皆さんはお元気ですか?」
「ハイ、おかげさまで。来春には皆無事に帰国できそうです」
「そうですか。それは良かった」
カトー卿は重要の仕事から帰国したばかりで有ったが、都合の良い事に王都に滞在中だった。卿とは、派遣隊がロンダに到着する時からお世話になっていた。少年のように年若く見えるがイリア王国では大賢者とも大魔導士とも言われる魔法使いである。
王都ロンダでは、日中は小雪の舞う天気で有ったが何時しか雨となっていた。火が入れられた暖炉は、カトー卿のおられる部屋を心地よい暖かさにしていた。来客を迎えて嬉しかったのだろうか、温厚な表情のカトー卿と、しばし歓談をした。さて、頃合いの時間だ。礼も述べたし、型どおりの挨拶も終わった。と、ここまではごく普通の会話だった。
「そろそろお暇を……」
「オォ、もうこんな時間でしたか。では最後に少しお時間を頂いて、一つ思い出になるような物をお見せしましょう。なに、荷物にはなりませんし時間もかかりません」
そう言ってカトー卿は一つの魔法を披露してくれる事になった。テーブルの上には植物のタネだと思われる物が置かれた。
「このタネは最近手に入れたんですよ」
「はて? どのような御趣向でしょう?」
「見てのお楽しみという事で。では、ご覧下さい。ここに有るのはモモの木のタネです。イル王国の名産ですが、フラン王国にもありましたでしょうか?」
「さぁ? どうでしょう。名前は知っています。実が美味しいと聞いていますが」
「確かにモモの木は珍しいですね」
「そうですか。お二人はモモの木が初めてでしたか」
「エェ」
「モモは古くから食用として栽培されております。東方の地に有るイル王国では、禍を避け、福を招くと言う縁起のよい木と言われています。春には可愛らしい花を咲かせ、夏には甘く、瑞々しく香りのよい果実を実らせます」
「ホー。そうですか」
壁に設えた吊り紐を引くと、程なくセバスチャンが入室して、我々の椅子の横に30センチほどの植木鉢と園芸用の小さなスコップが置かれた。
「では今少し、お話しましょう。モモは、花木としても果樹としても愛されています。品種は色々あり、果実はもちろんですが、観賞用としても愛されています。 一重咲き、八重咲き、色も白、ピンク、赤と色々だそうです。樹高は2から4メートルが多いそうです。その果実は、ほのかな紅色で甘くみずみずしい実が生ります」
「お詳しいですね」
「ハハ、それ程でもありません。さて、お好きなタネを一粒選んで植木鉢に入れて下さい。深さは3・4センチぐらいでね」
「ハァ?」
「土を軽くかけて下さい」
「ハイ」
「では、始めましょう。そうそう、水をやらないとね」
「美味しい果実を得るには色々と手間と技術が必要です。これは1本でも実がつく種類です。花も美しく、果実も美味しい。なにより、小さなスペースや鉢植えで育てれるそうです」
おかしな事をさせるものだと思ったが、指示通りにして植木鉢を見つめていた。最初のうちは何の変哲もない植木鉢である。カトー卿が植木鉢の横に立ち、拍手を5回すると土が盛り上がり始めた。次の5回で緑の芽が顔を出した。
「エ!」
「これは?」
「まだ続きがありますよ」
再度、カトー卿が手拍子を鳴らす。すると3センチほどの芽は大きく成長を始めた。若葉が出来、茎がのびていく。私はびっくりして、思わず椅子から立ち上がり、よくよくその植木鉢を眺めたが、確かにそれは今しがたタネを植えた鉢である。その植木鉢から30センチほどの若木が生えていた。
あまりの不思議さに、エクムントからも何度も感嘆の声を洩れてくる。カトー卿は微笑したまま、今度は無造作に鉢の上に手をかざした。
「乾燥に弱いので、若木のうちは乾燥に注意です。果実が成熟する時期には水をきったほうがいいですね。果実が甘くなりますから」
「エェ」
「モモは自然実生で発芽させる事もできます。割って中身を取り出し、薄皮を剥いておくとより発芽率が上がります」
「そうですか」
「30センチの鉢に、1本仕立てにして1枝にモモ1個が生るように育てます。お許しください。素人ですから果実が小さ目になるかも知れません」
「イエイエ……」
「120センチほどになりました。花が咲きましたね」
「ウーン……」
何時しか若木が大きくなり、蕾が出来て花が咲いていた。花が咲く時は何とも言えず美しく、不思議な出来事だった。春に咲く花だ。カトー卿は、裁ちハサミを手にしていた。
「満開後、小さな果実がなります。花柄を取っておきましょう。自然落花が治まったら摘果をします。よい実を残して摘果しましょう」
「派遣隊の方は4名でしたね。では5~6個の収穫が目標ですね。このぐらいの木でもかなりの数がつきます。実の色を目安に収穫します。緑色が消え、モモ色に色づき始め香りがしてきたら収穫時です。頃合いですね。落果直前がいちばん熟れて甘い果実を収穫することが出来ます」
2人とも、騒がずにだんだん大きくなるモモの実を、眼も離さず眺めていました。
「実は250~300グラムで、ふっくらとした扁円形です。実の色は全体に桃色に色付いています。モモの桃色と言うのもおかしなもんですが」
「ハァ」
「果肉はクリーム色で紅が混じっており、肉質は緻密で溶質です。硬すぎるということは無く、染み出す甘い果汁の糖度は高く、程よい酸味です。セバスチャン、お願い」
カトー卿が椅子に座り、控えていたセバスチャンに指示すると、メイドさんがサービスワゴンと共に入室して、その場でモモをカットしてくれた。小皿に盛られた瑞々しいモモは実に美味しそうだ。
「驚きましたか」
「イヤー、何と申してよいのか……」
「ハイ、大変驚きました」
私達は夢からさめたような心もちで、返事が出来なかった。
「すみません。兼ね兼ね評判はうかがっていましたが、カトー卿のお使いになる魔法が、これほど不思議なものだろうとは、思いもよりませんでした」
「寒い帰国の旅です。皆様の様な武人に甘い果実とはいかがなものと思いましたが、春の息吹を感じていただければと思いまして」
「オォ、なるほど。お気遣いありがとうございます」
「これにて終了です。お粗末様でした」
カトー卿は、静かに椅子から立上ると、ごきげんようと言って送り出してくれた。私達の馬車には、セバスチャンが用意してくれたお土産がある。美味しいケーキのお店の品と、先ほど収穫したモモの果実が4個だそうだ。そのモモを見ながら、これが大魔導士カトー卿の魔法だとエクムントが感嘆の声を上げていた。
いつも、お読みいただき誠にありがとうございます。次回更新は、2021年12月15日水曜日とさせていただきます。よろしくお願いいたします。




