191 クラーケン戦
※ ※ ※ ※ ※
「ここは何処らへんかな?」
「ここはメインの水中港通路入り口付近です。この奥には艦船の格納庫が有りますが……。良かった、海水高は基準値のままです。水密壁は大丈夫だったみたいですね。魔石エネルギーが切れてからは、排水がおぼつかなかったので気にしていたんです」
「そうなんだ。かなり大きいようだけど、どのぐらいの規模なのかな?」
「アレキ帝国軍の兵站基地としては標準的でした。司令の仰った隕石テロ以後は、削減されて残っていたのは辛うじて自衛できるだけの兵器類と備品ですね。水陸両用ゴーレムが12機配備されていますが、今となっては自衛も難しいでしょう」
「アァ、魔石切れだね」
「ハイ、残念です」
「艦船は?」
「入港していた艦船は6隻で、これらも魔石切れです」
「そうかー」
「指令室には装備一覧が有りますのでご覧下さい」
「転送陣は無かったの?」
「第3級転送ステーションが地上部に置かれていました。ですが、隕石テロ後の火山活動によって破壊されました。修復を試みましたが部品不足でダメでした」
アレキ帝国の力が健在だったなら基地の維持もできていただろう。その帝国は無くなって久しい。加えて、器機に魔石エネルギーが無いのは何処も同じである。時は無常だ。隕石テロに火山噴火、色々有っただろう。第一技術研究所でも、魔石があっても基地機能を取り戻せた訳では無かった。ここも火山活動が激しかったようだし、復旧は無理かも知れないな……。
「イスラ。魔石の予備は無かったの?」
「ハイ、有ったんですけど、魔石エネルギーが3%以上残っていた物は緊急時対応ステーションに送れとの命令が有りました。潜水艦で輸送されたはずですけど到着の連絡はありませんでした」
「そうかー。大変な混乱だったようだからね」
「基地の魔石をかき集めて送ってしまったので、残りの魔石でやりくりしながら基地機能を最低限に落として維持していたんですが、機能停止する物が多くて……」
暗闇の中をライトの魔法頼りに指令室に向かう。案内役のイスラがいるので迷わずたどり着く事が出来た。指令室には例によって魔石を置く装置が有ったが、魔石は割れて崩れていた。耐熱シールドが機能しているうちに、魔石エネルギーが補充されていれば、この基地もまた違った結果になっただろうが……。
イスラのセンサーがいくら良くても、完全な闇の状態での活動は制限される。魔石エネルギーが有れば今のようにライトの魔法で照明をしなくても済む。僕が、イスラと常時一緒にいる訳にはいかない。どうしてもと言う時には、火魔法の魔道具を最小出力にしてロウソク代わりに使うつもりだが効率も悪いし、なんと言っても火だから火災の危険があるし回収もまだだ。
どうしようかと思っているとイスラが紙ベースの資料を持って来てくれた。基地の装備品が書かれた一覧である。基地の配置図もありがたいが、何が有るかが知りたいからね。それによると、港には魔石切れで遺棄された攻撃型潜水艦が6艦ある。これがさっき入って来た時に見た入港中の艦船ようだ。オッ、ゴーレムは潜水艦に搭載できるのか。
イスラの話では、この潜水艦は優れモノで、司令塔直下に格納庫があり、母艦として水陸両用ゴーレムを3機搭載出来る。推進機関はジェット水流噴出式で、武装は魚雷発射管が4門。前甲板上に対地対艦ミサイル発射機と対空機銃がある。と、申し分ない機能だが、これを動かすには大きな魔石と人員が必要となる。これも無い物ねだりだな。
「潜水艦は無理そうだねー」
「そうですね」
「イスラ、このゴーレムの置いてある場所は分かる?」
「ハイ、こちらです」
ライトの魔法を照らしながら案内された通路を進む。この基地に置かれた水陸両用ゴーレムは、強襲戦及び上陸戦が可能なゴーレムとして最高の戦闘力を有しているそうだ。その名の通り水中を高速で移動でき、速度は地上だと時速60キロだが水中なら80キロの機動性を持つと言う。
胸のアレキ帝国の紋章が光っている。パッと見て、ゴーレムは600年の歳月が過ぎても搭乗員が乗り込めば戦闘可能と言う処である。これは稼働できるのか?
ここにある水陸両用ゴーレムは水色で迷彩塗装されていた。高さ18.4メートル、外見上の特徴は単眼カメラを持ち、首が無いように見える事だ。このアレキ帝国の量産機は、驚く事に日本だったらズコッ●と呼ばれた型式番号MSM-●7に酷似していた。転生者の第一技研のアロンソ所長は、かなりの夢を叶えていたんだなー。
それはともかく、蛇腹のように伸び縮する構造の手足だが、その両腕には3本の爪を持っている。ウン、これなら近接格闘用として十分使えるだろう。中遠距離攻撃用には、弾数が30発の5連装ミサイル発射器が頭部に設置されており、対艦・対地・対空用の各弾種が使用できる。
ゴーレムは12体と記載されており、4カ所の格納ブースには、1個小隊となる水陸両用ゴーレムの3体があると説明された。残念ながら、無事だった格納庫は1ユニット分だけだった。残る3個の格納ブースには水に浸かっていたり、溶岩が流れ込んでいたりと無事そうなものは無かった。
ゴー戦隊のMS-●6Fの運用には2名の搭乗員が必要だったが、この改良型のMSM-●7を動かすには1名でも可能との事だった。イスラによれば、ゴーレム等の戦闘用装備には優先的に状態保存の魔法がかけられていたが、既にその効力は切れているそうだ。だが、一時的とはいえ魔法により状態は非常に良いようだ。
「予定ではフラン王国のアーヘン港に行って、大洋渡航が出来るトリエステ港に向かうつもりだったんだけどなー」
「そうですか」
「そこで、イスラの事なんだ。せっかく、再起動できたのにこのまま置いて行く訳にもいかないしね。とは言ってもそのままじゃ、人間には見えないからなー。細胞を構成するにしても、タンパク質の摂取に1・2カ月かかると聞いているから、それまでは船に乗るのは無理があるね」
「申し訳ございません。では、私を荷物という事で運んでいただければどうでしょう?」
「そうなるかなぁー。でも、船の貨物室と言うのは忍びないから、客室に置けるように交渉しよう。ウン、何なら外交行李という事にすれば無理も言えるだろう」
「ところで、この付近の全景を知りたいんだけど」
「位置情報図でいいですか?」
「アァ、お願い」
「では、こちらをお使い下さい。大洋を含めて広域図が記載されていますから」
「待って、地図魔法を参照してみる。そうかー。こっちのは、ウーン今とだいぶ変わっているようだ。中央大陸の東で、コブレンツ島。ハイ、ハイ、ここですねー。大洋が拡がってますね。ウーン、どうしようかなぁ」
「どうされました?」
「ここにある物で大洋横断って、出来るかなー? と思ったんだ」
「そうですねぇ。潜水艦なら確実です。ですが、人員と整備はもちろんですが沢山の魔石が必要となります。現実的ではありませんね」
「やっぱり、潜水艦を動かす事は無理か……。じゃ、格納庫に有ったゴーレムなら出来るかな?」
「大洋横断にですか? ウーン、ゴーレムは母艦での運用を想定していましたから、長距離は難しいのではないでしょうか。ですが、魔石エネルギーが有れば、……能力的には可能かもしれないでけど」
「司令。魔道具の充填がお出来になるなら、魔石へのエネルギー補充も可能なのでしょうか?」
「ウン、かなりの数の魔道具に復活できたし……。魔石が有れば、やれない事は無いと思うけどね。センターに送ってしまってここには無いそうだから」
「そうですね」
「どうやって魔石を手に入れるかですね」
「アァ、問題は充填できる魔石が有るかだね。さすがに砕けた魔石はエネルギーを補充出来ないだろうが、割れていない灰色の魔石なら補充が可能かも知れない」
「では、形を残した魔石が有ればよろしいのですか?」
「魔石エネルギーが0だとしても、入れ物としては使えるかも知れない。そうだね。基地内を知り尽くしているイスラに捜索をお願いして集めてもらおうかな」
「ハイ、了解しました。では、この基地に有るまだ崩れていない魔石を集めてみます」
「そうだね、頼むよ。マァ、ダメだったら予定通り船に乗ればいいさ。良し、その間に僕は渚のアルトナーへ行って荷物を回収して来るよ」
※ ※ ※ ※ ※
「お客様、お預かりしておりますのは、この3個の木箱ですね」
「はい、そうです」
「では、ここにサインをお願いいたします。カスパルの宿はいかがでしたか?」
「良い宿を紹介してもらいました」
「それはよろしゅうございました。ですが旧市街は危ない所も有りますからお気をつけ下さい。つい先日も、誘拐犯達が捕まりましたからね」
「アァ、そうなんだ。捕まったんだんね。ありがとう。もちろん、そうならないように気を付けるよ……」
カスパルに泊まりはしなかったが、良い宿なのは間違いない。ウン、嘘は言っていない。長引いていた誘拐事件が解決したとの事だ。解放された人質達も無事なようで良かった。今回のような犯罪者の摘発は中々無い様で、町ではかなり話題となっているそうだ。真偽の程は分からないらしいが、噂では子供が活躍したようだ。
※ ※ ※ ※ ※
「いかがでしょう?」
「イスラ、ご苦労さん。結構な数を集めてくれたんだね。明かりも無かったのに。助かるよ」
「少し時間がかかりました。ですが、だいたいの場所は知ってましたから」
「そう言えば、そうか。じゃ早速やってみるよ」
「私は、もう少し探してみます」
見込が有りそうな物を選び出して並べてみる。夜になれば、奇麗に並べられた魔石の上に薄い布を敷いて寝転ぶ。この上で一晩寝れば、魔力が補充できるかどうかの感じぐらいは掴めるだろう。ガマン、ガマン。
「司令。この上で寝たんですか?」
「ウン、寝たよ。魔石の隙間に砂を入れて均したんだ。正直、ゴツゴツしてかなり寝にくかったよ」
「そうなんですか」
「マァ、キャンプでも地面に寝る事が有ったんだ。もっとも昨夜は、寝違えそうだったけどね」
「お疲れ様です」
「でも、おかげでこの魔石なんか見込が有りそうだよ」
イスラが探し出してくれた魔石のうち、7個は見込が有りそうだ。そのうちの3・4個ぐらいは充填可能と思われた。これを身に付けていれば魔力が補充されるはずだ。これで一番の問題である魔石エネルギーの再生については目途が立った。体内魔力が増え続けているのが幸いしているようだ。魔法の威力も上昇しているし数値や内容が分かる訳でもない。レベルが上がっているのかだろうか?
レベルと言えば、ウェイ小説でおなじみのステータスボードなんて出てこない。レベルアップという概念はあるらしいが、この世界では誰も詳しくは知らないようだ。イヤ、嘗ては分かっていたのかも知れないが、魔法使いの減少により失われたのかも知れないな。
僕も、鑑定魔法らしきものを使える。人から教えてもらった事がある物だけが分かる。というより記憶から甦るので鑑定と言うのは、記憶の補助魔法じゃないかと思っているぐらいだ。もちろん、レベルアップや魔力が増える事に文句はないし大助かりだけど。
ウェブ小説の鑑定では、世界の記憶があるという図書館から知識が引き出されるそうだが、本当にあるのだろうか? アカシックレコードとか宇宙の歴史ばかりでは無く、事象が全て記録され予言とか、占いも分かっているような物が、本当に有れば嬉しいのだが……。
オッと、話がズレた。レベルアップに鑑定、アカシックレコードと色々と興味深い話であるが、先ずは基地機能の回復をしないとな。部分的にでも復旧が出来れば帰国への大きな前進となるからね。
※ ※ ※ ※ ※
基地で発見した備品や、活用できる物を取捨選択しようとしたがゴーレムのコクピットには積載容積が全く足らない。元々、戦闘を前提としたゴーレムの機体には空間的な余裕がないのは当たり前だ。これでは、イスラや魔道具とタネは貨客船に荷物として持ち込むしかないと思っていた。
魔道具やタネはもちろん、この基地のゴーレム等の持ち帰りは夢のまた夢である。だが、イスラの持って来てくれた資料には、思いもかけない装備が記載されていた。これは計画に使えるかもしれないと気が付いた。
ゴーレムは18.4メートルの大きさが有る。確かに一般的な意味では大きいといえるが、大洋横断に適した大きさかと問われれば、間違いなく否と言われるだろう。船として扱うには小型ヨット並みであるし、太平洋横断とかの話に出てくるヨットの様な航海用の設備は無い。そもそも戦闘用ゴーレムに、大洋横断を求める事がおかしいのだ。
そのおかしな事をしようとしたのは、この基地の装備明細を見たからだ。その明細には特型運貨筒と呼ばれる海中曳航用コンテナが記載されていた。この特型運貨筒は無動力で有るので、動力船によって曳航される。元々は潜水艦による物資輸送を考慮して作られていたようだが、ゴーレムでも曳航可能で有る。
中でも、大型運貨筒は曳航船の運動性能を損なうが最大搭載能力が27トンもある。運用の難しさは有るが輸送と言う面を考慮すれば、それを凌ぐ利便性が有る。この運貨筒は全長24メートル・全幅7メートル・吃水5メートルである。
運貨筒には潜行舵と共に主舵1基があり、その両脇に特徴的な各30度の舵角を取る事ができる2基の小さな舵が付けられている。この調整された舵により、リュールセン効果が生み出されて船体安定性が増している。
また、船首に波返しのナックルラインが取り付けられる事により、荒天時の船体安定性効果が生まれていた。停止時は海面上に浮かび、曳航されると本体の潜水舵によって海中に沈む構造である。
計画と言うのは、この運貨筒に物資を詰め込んでゴーレムを使って曳航し、太洋横断をしようという事だ。少し無茶かもしれないが、優秀なホムンクルスがおり、貴重な魔道具や栽培食物のタネ、この基地の装備品の一部を持って帰れる。加えて、とやかく言われずフラン王国から出国できるという事だ。やる価値は有る。
※ ※ ※ ※ ※
ここフラン王国は航海術に長けており、海洋国家として発展しつつある。中央大陸とアレキ大陸間の大洋を渡航するだけの技量を持っていた。海洋交易の利を早くから知っており、王室の保護も有ったと言われている。
フラン王国の西方艦隊は魔獣大戦のおり、統合救援軍として1万キロを超える大海を、装甲蒸気艦6隻と軍船が15隻とする大艦隊を構えて途洋するという快挙を成し遂げている。ムンドゥスにおける北半球の西側海洋はフラン王国の支配に有ると言ってよい。
ケドニア帝国がアレキ大陸の随一の陸軍国家とするならば、フラン王国は近代的な海軍国家と言えるだろう。うろんな話となるが、魔獣大戦でケドニア帝国の勢いが止まらなければ、ムンドゥスの覇権を巡って対立したかも知れない。
つまりこの世界の技術レベルでも十分に太洋横断が可能である訳だ。幸いな事に、ここはフラン王国コブレンツ島である。そして、その技術も装備品等も普及しているという事だ。
買い出す物は、航海食・ロープ・海釣の道具に漁師用のオイルスキンの服、その他いろいろと結構な量と種類になるだろう。あまり詮索されずに便利そうな物を購入できると良いんだが……。
さすが高級リゾート渚のアルトナーである。悩むまでも無かった。木箱の回収時に聞いてみると、そう言う事なら、港に有るシップチャンドラーを当たったら良いのではと、そつなく言われた。カスパルの宿の紹介や、オプショナルツアーの斡旋等々、コンシェルジュみたいなできる受付さんである。
その店は市場の近くに有り、港町だけあって便利そうな物が多い海事専門店であるそうだ。港に出入する船や船員が安全に航海するために必要不可欠なものを、調達し供給している。日本で言う船食さんなのだろう。教えてもらった船食さんは、数がまとまれば一般客も利用できるとの事だった。
※ ※ ※ ※ ※
イスラがゴーレムの整備をしていてくれる間に、大洋横断中の食料等の買い出しに出かける。港の東にあるシュテーガーは、物資だけでなく知識やノウハウが有るシップチャンドラーだ。南洋諸島や、クシャーナ王国に向かう船を専門にしているようだ。
船舶用食糧品、生活日用品、船具、雑貨を届けると言う何でもござれという業者である。可能なら調味料も手に入れたい。お金はかかるがコショウはあるかも知れない。しょう油とワサビがあれば、言う事ないんだが……。そうだ、コメも欲しいなー。
どのぐらいの食糧がいるのだろうか? 帆船は年に2回の貿易風を利用して、40・50日でフランとケドニアの大洋を航海していると聞いた。距離としては北コースなら10000キロ。航海距離も短い。だが今の時期は風と潮流の向きがまずいらしい。
南コースだと12000キロはあるらしい。潮流を利用すれば早いかも知れないそうだが、普通は使わないコースだそうだ。海が荒れると危ないし、上手く潮に乗れるとは限らないので北コースのトリエステ港で行けるまで風待ちするのが良いらしい。だが、半年待つ事になるだろう。中央大陸に飛ばされてから5カ月だ。南コースで決定だな。
大洋横断ともなれば、食糧を消費するのが1人でもかなりの量になるはずだ。1日の航海で200キロを進む事が出来れば50・60日ぐらいの計算になる。マァ、予備を入れて70日分の購入なら妥当な所かもしれないな。
待てよ、高カロリーで有っても人間と言うものは因果な物で見た目も欲しい。見た目の量が少なければ、カロリーが足りてもひもじい思いをするだろう。単調な食事内容では、文句が出るのは知られている。むしろ、息が抜ける食事時こそ充実した内容でないと不味いらしい。
食品の種類を増やす為には釣り道具も必要だな。だが、大海原で、魚を釣り上げる腕前が僕にあるだろうか? やっぱり、魚は魚屋さんでの入手が一番だろうなー。ホムンクルスのイスラは食事が無くとも過ごせるかもしれないが、僕はそうはいかない。一応、釣道具の用意はするがその腕前は無いだろう。はっきり言って素人だしなー。
しかし、腹持ちが良くて、保存が出来て、なおかつ美味しい物かー? 考えながら歩いていたら、聞いていたお店の前だった。渡航禁令が出ている為か、少し暇そうな店に入って行く。
※ ※ ※ ※ ※
「こんにちは。こちらはシュテーガーさんですか?」
「ン、何か用かな?」
「実は、保存食を購入がしたいんですが?」
「お客さんだったのか。すまなかった。しかし、多めにか……。保存食と言えば、樽詰めの塩漬け肉か二度焼パンが相場なんだがな。今はなー、例のクラーケンとシーサーペントで船が入ってこないからな」
「そうでしたか。コショウなんかの調味料はどうですか?」
「調味料か? 有るぞ」
「それは有難いです。どんなのでしょうか? ひょっとして、しょう油とかワサビとかコメなんかがあったりしませんか?」
「しょう油? ケドニアの高級食材だったかな。夏場なら1等船客向けに有る時も有るんだが。ワサビは聞いた事ないな。すまないな、今は無いんだ。コメも切れているしな。コショウの次回入荷は未定。という訳で今は非売品なんだ」
「そうなんだ」
「ひどく落ち込んだようだが大丈夫か? 代わりと言っては何だが、南洋諸島で取れる魚醤と言うのがあるんだが、どうだい? コックの話では似て無くもないとの事だぞ」
「魚醬ですか。じゃ、それ下さい」
魚醬と高価なコショウを少しだけ購入。無い物ばかり口にしたので可哀想に思ったらしい。コショウなどの香辛料はクシャーナ王国から海路運ばれてくる。船便が禁止されて入手困難なので普通は売らないそうだが、自分用の物を分けてくれたのある。
「そうそう、香辛料より保存食がいるんだった」
「ハハハ、のんきな奴だ。普段だったら市場を廻れば4・5日分ぐらいなら有りそうだが、今の市場では保存食は品切れのはずだぞ」
「代わりになる物が、手に入らないでしょうかね?」
「70日分だと言ったなぁ。ウーン、そうは簡単に……。待てよ。缶詰ならあるぞ」
「缶詰ですか? 確か、フラン王国軍では缶に食糧を入れて保存しているんですよね」
「アァ、そうだ。どうやら、知っているようだな。フラン王国では魔獣大戦の少し前から作られている。軍専用だったんだけれど、最近はそうでもなく民生用のが出ているんだ」
「ヘー意外ですね」
「もっとも、ここに有る缶詰は1種類。中身は肉と豆のごった煮だ。オイル漬けの肉は完売したからな。在庫は20缶。ただし一括購入。大きな缶だから、1個が20キロは有るけどな」
「ウーン、400キロですか……。多くありませんか?」
「その事なんだけど、缶の大敵はサビなんだけど、フラン本国の缶詰工場からの海上輸送だと不良品もかなり出るみたいなんだ」
「傷んでいるですか」
「そこまでは行ってないが……少しさびているな」
「じゃ、売れ残りの在庫処分なんですか?」
「そうとも言う。だが、缶がふくらんでもいないし、大丈夫だとは思う。これなら有るし、安くしておくよ」
「ウーン、どうしようかなぁ」
「よし、ノミと金槌も付けよう。どうだ」
「それって絶対要りますよね」
「ノミと金槌が有ると楽に開けられるぞ。気の短い軍人なんか銃で開けるそうだが、中身が飛び散るからやめた方が良いぞ」
「……分かりました。缶詰を頂きます。ですが二度焼パンも少しつけて下さい。不良品ばかりでは心配ですからね」
地球でも、缶切りが出来たのは缶詰が登場してから50年ぐらい後だったはず。それまではノミと金槌が必要だったから良心的と言えるかな。プルトップやイージーオープンエンドの缶は夢のまた夢である。
購入リストを作って来たが、海事用の専門店だけあって色んな物が置いてある。どうやら、ここだけで間に合いそうだ。助言もしてくれるし、品数もある。缶詰の事もある。ここでまとめて買うのが良さそうだな。現金で支払うと言うと、保証金はいるが馬車を貸してくれるそうだ。
水夫や漁師、港で働く者の為に、綿布にオイルを染み込ませた布生地で出来たオイルドジャケットは、生地の表面に油を塗り込んであるので耐久性もあり、防水性や保温性をもたせた頑丈な作業用の着物で言う所の上っ張りである。この体のサイズは中々無いし服装はここで手に入れる事が出来て良かった。
長靴を買おうとしたら長い方が良いと言われて、長靴とズボンが一体になったウェーダーと言うのを薦められた。腰まである物に比べて、放尿しやすいそうだ。とまぁ、親身になって考えてくれる。
次は赤色に塗られたバケツ。水を溜めたり、汲んだりもする。洗うのにも必要だし、ゴミ箱代わりにしたり釣った魚を入れたりと、もしもの時のシーアンカーの代わりやトイレにもなる。赤色に塗られている理由は分からないがバケツはとにかくよく使うらしい。
タオルは2種類必要だと言われた。体拭きに使うタオルと、釣りで使うタオル。これはなかなか匂いが取れないので有だそうだ。防水トートバックは、キャンバス生地で作られている高級品だが丈夫で長持ちである。釣道具はもちろん、タモも要る。航海が長いと食糧確保や暇つぶしに良いそうだ。タモの柄は短い方が良いと言われた。
雨具とナイフ。特にナイフは必需品だ。魚を絞めたり、ロープを切ったりする。万一、アンカーロープが切れないと大変な事になる。魚の骨を断ち切る刃厚のある物が良い。プライヤー等の工具一式。意外な所では馬車用の座布団が必要だと言われる。これが有ると無いとでは大違いらしい。ゴーレムの座席を思いだして、なるほどと思う。
水筒もいる。僕は火と水魔法でお湯が作れるが、寒い海上では温かい飲み物があらかじめ水筒に用意してあると有難いそうだ。ライフジャケット、ビニール袋は無いのでヒモでくくれる小さめの巾着袋が沢山。
小物類は言われて初めて気が付いた。船と言う限られたスペースなので、荷物を減らして、兼用できる物は兼用すると言うのは良く分かる。とりあえず、市場で買い集めた品々もここでまとめてもらう事にする。
料金を支払えば荷馬車や台車を使って荷を島内に送り届けてくれるとの事だ。荷物は600キロほどになる。なかでも缶詰が400キロと重いが、馬車が有れば1人で運べそうだ。行き先を知られる訳にはいかないのでちょうどいい。
※ ※ ※ ※ ※
大洋横断の準備は順調に進んでいる。荷物は無事運べたし、馬車も返した。明日は水陸両用ゴーレムの試験航海をするつもりだ。肝心の魔石はイスラが集めてくれた物から魔石小が3個出来た。しかし、魔力量は5割ほどで、いずれもフル充填する事は出来なかった。マァ、復活出来ただけでも上々である。これでイスラの安定稼働が出来るし、基地とゴーレムも使えるようになるだろう。
その水陸両用ゴーレムだが、本日はフル装備にして本当に大洋横断が可能かどうかの試験を行う。引き回しの難しい運貨筒の牽引は次回とした。上手くいけば日を置かずに出港するつもりである。まる1日を試験に充て、朝に基地のドックから出て、コブレンツ島沿いに一回りする予定だ。
曳航用の運貨筒には、予備食糧・魔道具・タネにこの基地で使われていた装置類とゴーレムが1機を入れるつもりだ。魔石エネルギーが補充されれば稼働するだろう物も色々と収めてある。もちろん、何らかのアクシデントがあれば、コンテナを切り離すつもりだが、持って帰れれば大きな利が有るだろう。
ゴーレムの武装は手先に有る爪と、頭部のミサイルである。イスラからのアドバイスが有り、残念だが対地・対空ミサイルは経年変化で使用が出来ず、ミサイルタイプの魚雷も在庫がないと言われた。徹甲弾タイプの対艦用ミサイルなら使用出来そうだと言う。戦闘を予定している訳でも無いし、これで間に合うだろう。
※ ※ ※ ※ ※
「トリム戻せー」
「アイサー、トリム戻します」
「中々、順調だね」
「ハイ、思ったより防水構造の劣化がありません。あまり深く潜らなければ大丈夫ですね」
「そうか、それは良かった。海が荒れたら潜行してやり過ごすつもりだからね」
「それですね。深く潜れば、海上が大荒れでも十分OKですからね」
「司令。パッシブソナーをご覧下さい。何者かに探知されました」
「エ、深海からなの?」
「深度1000メートル。巨大なエコーです」
「ン? 位置と方向は?」
「ゴーレムの右舷前方30キロほどを接近中かと。深海から、急速に浮上中ですね。何でしょう?」
「30キロ先の物が分かるのか。すごいなぁ」
「イエ、さほどの事は有りません。水温躍層次第では、もっと先までわかりますから」
「そうなんだ」
「温度躍層と密度躍層との間では、水温と水圧のサウンド・チャンネルと言う音波伝播層が有ります。そこでは反射による吸収・減衰がわずかなので、遠くまで音波が伝播します。クジラなどは、これで1000海里離れていても連絡を取れるそうです」
「詳しいね」
「恐縮です」
「それにしても巨大なエコーか……どのぐらいの大きさだろう?」
「申し訳ございません。この距離では詳しくは分かりません」
「アクティブソナーON。物体は依然として衝突コースで接近中。回避しますか?」
「アァ、そうしよう」
「物体は長さ500メートル、幅は100から130メートルと変化しています。小さな島ぐらいはありますね」
「悪い予感がする。この処、本当によく当たるんだ」
「以前、お話に有った予知能力ですか?」
「まぁね。それはさておき、ウーン。どうやらお試しの運転中に、クラーケンを発見しちゃたようだね」
「物体はクラーケンという事ですか?」
「アァ、十中八九ね」
「では、以後クラーケンと呼称します」
「ウン、了解。このクラーケンもソナーを利用して獲物を探していたんだろうな」
「そうですね」
「こちらは見つかっているのかな?」
「発見されていると思います。この海域には他の船はいません。司令がお話になった通り、クラーケンと言うのは深海から急速に浮上して船を襲うと言う攻撃方法を使うのかも知れません」」
「そうか」
「ゴーレムも遠くの敵を探知できますが、深度1000メートル付近のサウンド・チャンネルまで潜れるゴーレムは存在しません。巨大な体躯と言うだけでも攻撃力が有ります。比べるまでも無く、奴の能力の方がはるかに上でしょう」
「探知、捕捉、攻撃と三拍子そろっているのかー」
よりにもよって帰国寸前のアクシデントである。索敵能力に長けたクラーケンだ。逃げる事が出来るだろうか? 狩をする船が無くなった為なのか? 人の味を覚えたクマと同じ、クラーケンも人の味を欲しているのだろうか?
「オヤ、クラーケンが進路を変えます。こちらには向かってません」
「?」
「離れて行きます」
「助かった」
「クラーケンはコブレンツ港に向かっているようです」
「シーサーペントとの戦闘はどうなったのかな? 負けて逃げて来たのなら、回復する為に休養とエサが要るはずだ」
「やはり、獲物を探していたのでしょうか?」
王都ロンダでは、今でこそ汚物などの垂れ流しがきつく罰せられており、下水処理場も出来てそこそこ奇麗になった。だが、フラン王国ではまだまだ。コブレンツ港に近づいて行くクラーケンは、おそらく港から流れ出た人による大量の生活臭に気付いたのだろう。エサはそこだと!
「浮上したようです。どうされますか?」
「とりあえず、様子を見よう。こちらも浮上しよう」
「アイサー、浮上します」
見て見ぬふりをするのも可能だが、さりとて放っておく事も出来ないだろう。
※ ※ ※ ※ ※
海上に姿を表したクラーケンは、あまりの大きさでかなり離れていても見る事が出来る。漁をしていた漁船が一斉に帆を上げた。コブレンツ港に向けて逃げ込む漁船は帆走である。クラーケンが、じりじりと迫って来るのを見て漁師達は居ても立っても居られないかっただろう。
湾の入り口を守る砦に目をやると、クラーケン目がけて大砲が発砲されたのか、幾条もの白い煙が上がっている。攻撃を仕掛けてはいるが、はじき返えされる砲弾もあり痛くも痒くもないようだ。クラーケンは行く手を邪魔をする大砲を見つけて怒りだしたようで、巨大な柱の様な腕足が激しくうごめいている。
以前、襲撃された時のクラーケンとは若干姿が異なるようだ。腕足の数が20本から12本に減り、本体の一部には嚙み千切られたのか欠損が有る。おそらくシーサーペントとの攻防に敗れ、テリトリーから追い出されたと言う処だろう。そのクラーケンがエサを漁りにコブレンツ湾にたどり着いたという事らしい。
「僕はクラーケンとやり合ったのは知っているね」
「ハイ、見事に追い払ったと」
「実際は、雷の魔道具で辛うじてクラーケンの攻撃をいなしていたんだけどね。そこに偶然、シーサーペントが現れて運よく助けられたんだけどね」
「そうなんですか」
「マァ、そう言う事なんだけど、クラーケンに接近されて何時間も見ていたんだ」
「……?」
「どうやら、弱点らしきものを見つけたんだ。だけど、攻撃する手段が無くてね」
「ハハーン。それで」
「そうだよ。このゴーレムにはミサイルがある。使わない手は無いと思うんだ。放っておけば人はもちろん、町は壊滅してしまうだろう。イスラ、僕はこのゴーレムで戦うつもりだよ」
クラーケンがシュパイヤー号を襲った時、雷の魔道具で牽制したがその魔道具は無い。ゴーレムの武装は30発のミサイルが有るだけだ。だが、弾種は対艦に使える徹甲弾タイプだ。魔石は、このゴーレムを動かす為のが1個と予備の個。残る1個は基地で使用している。いざという時の為に、魔力は極力温存したい。
「ウーン、ここは一つ賭けてみるか」
「カトー司令。クラーケンはコブレンツ港に侵入したようです」
「フランは?」
「王国軍はクラーケンを迎撃中です。岬の砦が発砲しています。あれは、……触手ですね」
「?」
「直撃です。大砲がひっくり返って……人が捕まりました」
「そうか」
「クラーケンの口が動いてます。前進を止めれません」
「砦の大砲ぐらいでは、クラーケンに効かないだろうな」
魔力温存の為、遠見の魔法も使用せずイスラに観測を任している。
「イスラ。このゴーレムの射撃管制は正確かな?」
「エェ、そうですね。彼我の距離は7キロと近いですし、停止中でしたらかなりの精度が出ます」
「そうか。なら良い考えが有るんだ」
「本来ならば巨大なクラーケンは、20本の柱のような触腕というか腕足なんだろうけど、それを2・3本失っても痛くも痒くもないだろう。こちらはその腕足がかするだけでも被害が出る。弱点を攻撃するしかない」
「司令。失礼ですが、クラーケンに弱点など有るのですか?」
「遭遇以来、色々考えていたのだが……、なにしろ攻撃を受けても、あの図体だからね。ゴーレムでは火力が足りない」
「ではどうしたら? 仰る通り30発のミサイルしかありません。果たして効果はあるのでしょうか?」
「ピンポイント攻撃しかない。弱点が有るとしたら獲物を飲み込む口ではないか思うんだ。しかも口を開いた時だ。体の内部なら効果大だろう」
「ですね」
「アァ、人を束にして呑み込めるような大きさの口なんだが、図体に比べたら極小目標だ。厄介な事に俗に言う巨大なカラストンビもあるからなー。おそらくカラストンビと歯舌がシャッターのように閉じて邪魔をするだろうしね」
カトーはゴーレムを停止させて、イスラに火器管制を任せて5連装ミサイル発射器の準備を命じた。イスラは人間と変わらないような仕草をするが、ホムンクルスである。機械的な操作ならホムンクルスが最適解だ。
「ミサイルは5発ずつ目標を狙って撃つ。6回の集中射向束による同時弾着射撃とする」
「それでは狙撃に近い感覚ですね?」
「アァ、防弾ガラスと言う強化ガラスが有ってね。それは銃弾を撥ねかえすほどの強度を持つガラスなんだ。だが、連続して同じ個所に銃弾が当たると、強度が有っても破壊されるんだ。と言うのを映画で見たんだ」
「映画ですか?」
「ン。活動大幻影だね。作り物だけど、防弾ガラスをぶち抜くと言うのはありなんだ。発射速度も関係するねどね」
「幻影ですか?」
「すまん。イスラは幻影も知らなかったんだね。ビジュアル資料だと思ってくれ」
強固な防弾ガラスだって破壊できる。これは間違いない。だが、強大な力を与えられない場合、特に一カ所では無く散らばって当たった場合、薄い強化ガラスだって破る事は出来ない。その為に目標点を正確に狙わなければならない。
仮にクラーケンの防御力が防弾ガラス同様の強度が有る物でも、これを突破するために3から5発のミサイルを同一点に当てれば可能だと思う。もちろん、ダイナマイトやC4爆薬などの爆発物がもっとも有効だろうが、相手はクラーケンだ。
効果の最大化を狙う為には、これらの爆発物を1メートル以内に置かねばならない。C4の爆発時には、少なくとも100メートルぐらいは離れていたいしね。悠長に爆発物を取付て逃げ出す事はとても無理な話だ。そんな事は触手や腕足を振り回しているクラーケン相手に出来る訳ないだろう。
※ ※ ※ ※ ※
「腕足への攻撃は無用。本体のカラストンビ部分のみを攻撃する。第1射、1番から5番ミサイル発射用意!」
「用意良し」
「撃ち方、始め。テーッ!」
幸いな事に、湾内の波も穏やかである。海面のうねりや潮流の計算はイスラに任せて射撃精度を上げている。クラーケンの触腕や腕足による迎撃をかわして本体中央部に有る口を狙う。ゴーレムのミサイルでは、クラーケンの本体をむやみに攻撃しても撃破する事など出来ない。ミサイルを連射して、連続して同一ポイントを狙うと言う作戦である。
ミサイルの射程は最大180キロである。遠隔地の目標では慣性誘導装置には限界があるため、恒星天測航法が使用されている。昔の船乗りのように、天体の位置を計測して微調整を行い、位置を特定する。こうした微調整で磁気嵐や重力異常で弾道が修正される。今回は7キロなので、さほどの狂いは無い。
命中平均誤差半径が20メートルほど有り、残念ながら狙えば必ずピンポイントで命中するようなものでは無い。ミサイルは撃ちっ放しタイプである赤外線画像誘導だが、トップアタックとダイレクトアタックが選択できる。前者は上面を狙えるし、後者の直進モードは建造物等への攻撃に用いるられる。
発射方式はコールド・ランチ式で、ミサイルは圧縮ガスで押し出された後、ロケットモーターに点火する。この発射方式は、バックブラストが小さいのでゴーレムから至近でも発射が可能である。射出されたミサイルは海面すれすれをシースキミングして目標に突入する。尚、今回は近距離なのでダイレクトモードとなっている。
※ ※ ※ ※ ※
クラーケンは、腕足を振り回してミサイルの攻撃を妨害するが、生命体が音速に近い速度のミサイルを捉えるには無理がある。30発のミサイルでは火力不足は否めないし、奴のHPを一気に削る事は方法は1つしか無い。まずは口を狙ってカラストンビにダメージを与えるのだ。
ミサイルは、7キロと近い距離なので直進で飛んで行く。欲を言えば、砲弾のように大落角で口を狙う事が理想的なのだろうが今は難しい。しかし、今回のミサイルの弾種は幸運にも徹甲弾タイプだ。爆発シーンの様な派手さは無いが装甲の貫通力は期待できる。徹甲弾は厚い保護装甲のようなカラストンビを突破出来るはずだ。
5発おきに浮上して、ハッチを開けてミサイルが効果を発揮しているか見る。いわば、弾着観測射撃である。時間はかかるが、これが一番命中精度を上げる方法である。思っていたよりも腕足にも妨害されるし、水平に近い角度なので的に中てるのは至難の業である。
測的は標的の現在位置、状況の観測に始まるが、詰まるところ目的は標的の未来位置の予測である。その未来位置をできるだけ正確に求め、そこへ正しく砲弾を集中させるのが砲術であるわけで、考慮すべき要素は多い。遠視の魔法と3秒先を見る事の出来るメガネ。魔力は惜しいが、これが作戦のキモになるだろう。
クラーケンは港の入口まで来ており堤防に半ば乗り上げているような感じで獲物を探している。なので停止目標となっている。これは救いと言えば救いであるがいつまでも止まっている訳では無い。獲物が無くなれば動き出すだろう。
クラーケンの動きは止まっているが口元はわずかながらも動いている。人間の視覚や四肢の運動と違い、ホムンクルスによって制御された射撃統制システムははるかに命中精度が高い。狙いを定めてミサイルを発射しても7キロとは言え飛翔時間を要し未来位置の誤差が発生する。
初回の5連発は命中弾無し。次の5発にかかる。イスラはクラーケンとゴーレムとの距離測定を都度、微妙に修正して発射する。嘴に1発が命中したが、はじかれたようだ。次はきわどい命中弾だった。ミサイルは口中へ飛び込んだのだが、よりによって不発弾だったのである。
イスラは目標点の設定、すなわち距離測定等の射撃諸元の算定を行う。データリンクやGPSも無いのに誘導
目標の緯度・経度を連続的に算出し続けている。風向き、海流でゴーレムの位置は動いている。残念ながら、思ったようには命中しない。
ミサイルは、よくクラーケンのカラストンビを夾叉していた。砲撃戦なら十分な成果と言える。だが、に損傷らしい損傷は無い。時折、漏斗から吸い上げた海水をカラストンビから噴き出すので位置がズレる。諦めず発射する。1発命中。やっと直撃した。未だにカラストンビと歯舌は破壊できていないようだ。だが、命中弾は有ったので損傷はあるはずだ。
「全ミサイルの発射終わり、発射管中ミサイル無し!」
※ ※ ※ ※ ※
やつは水の中で生きていた。ならば、火に弱いはず。広域破壊火魔法を使いたいが、魔力が足りないかも知れない。イチかバチかやって見るしかない。最後のミサイルの攻撃時には、ゴーレムとクラーケンの距離は近づいて2000メートルとなっている。巨大なクラーケンには腕を伸ばせば届きそうに見えるほど近い。
イスラが命令通り、ゴーレムの操舵をクラーケンの本体中央に向けて最大速力を出している。ゴーレムをクラーケンに限りなく近づけて行く。狙うのは腕足の隙間。本体に乗り上げて口を目指すのだ。接近時間が異常に長く感じられる。
ゴーレムに気づいて近づけまいと襲ってくる12本の触手、1メートルを超える柱の様の様な触手には大小の吸盤が並び、間近に見る1つ1つの吸盤の内側には鋭い歯がうごめいていた。ゴーレムは勢いを失わず、衝突したようにクラーケンの体側に中る。そして手足の爪を立てながら、クラーケンの体の上をよろめきながらも前に進む。
「ハッチを開け」
「ハイ、ハッチ開きます」
途端に生臭い空気と潮の香りが流れ込んでくる。ハッチから身を乗り出して辺りを伺い、ブヨブヨの表皮に降り立つ。目の前にはクラーケンの口が見える。しっかりと閉じられるはずのカラストンビにはミサイルによって亀裂が入り穿たれた穴が確かにある。
ひときわ長い触手が襲いかかって来るが、ゴーレムが立ち上がって庇っている。攻撃してくる触手に思わず反撃しようとしたが、我慢する。無抵抗のままやられたくは無いが、極力魔力を温存して転ばないように慎重に口へと向かって行く。
広域火炎破壊魔法を発動させる。北面の町近くの森で発動した時は魔石小が必要だった。手にしているのは予備の魔石小、それもフル充填では無い。今では当時の倍は体内魔力量が有るようだが、とても足らないだろう。
数秒後、体中にやる気ホルモンかアドレナリンでも出ているのだろうか、はたまた興奮のなせる業だろうか、無理だと思われた魔法が撃ち出された。
「ボフゥ!」
当然ながら、広域火炎破壊魔法には魔力量が不足しており意識を失ったようだ。命を落としかねない様な、ちょっとした英雄的な行為である。そのかいあってなのか、広域火炎破壊魔法は、人の頭ほどの穴が開いたカラストンビを貫通し、喉にあたる部分へ入って行き炸裂した。
一瞬、クラーケンの体が硬直し、火柱が背中と思われる部分から吹き出した。クラーケンの巨体のそこかしこから、赤黒い火が現れる。亀裂が縦横に入り、ブクブクと体表に気泡が浮かんでは消えていく。化け物は内側から焼かれた。触腕が力なく崩れていく。本体を歪ませたクラーケンは動きを止めた。
※ ※ ※ ※ ※
クラーケンを倒した後、イスラは這う這うの体で巨体から逃げ出した。幸いな事にゴーレムに損傷は無く、潜航するにも不都合はない。基地への帰還を急いだ。
事前に告げられていた通り、カトー司令は意識を失って倒れたようだ。司令の容体は落ち着いている。安静にして休ませれば回復すると聞かされてはいたが、心配になるのはしょうがない。無茶をする上司だが好ましく思えた。
「お目覚めですか?」
「アァ、イスラ。おはよう」
「おはようございます。と言っても、今の時間はこんばんはでしょうけど」
「こんばんは?」
「エェ、クラーケンを打倒してから1日と少し経っています」
「そうか。魔法の発動までは見たような気もするが、憶えていないんだ」
「魔法が発動し、司令は倒れてしまいました。私が持ち上げて席に座っていただきました」
「クラーケンを倒したのは間違いない?」
「ハイ、間違いありません。クラーケンは司令の仰る通り、巨大な焼きイカになってます」
「エ! ハハハ」
「それと、ご報告があります」
「ウン」
「実は、司令が魔法を撃ち出された後」
「何だい改まって」
「クラーケンの魔石を回収いたしました。口の近くでした」
「ヘー!」
「クラーケンの魔石は脳の近くに有ったようです」
「ン。そうか、イカは頭の位置が違っていたね」
「ホー、そうなんだー」
「エェ、司令を担ぎ上げる時にキラキラと光ったので分かりました。それがこれです」
「乳白色? 虹色? 色がクルクル変わっているんだー」
「回収してからは司令の傍に置いていました」
「どうして?」
「コクピットは狭いので、司令の体に触れていたようです。色が変わるのは、司令の体に近い時だけです。まるで魔力が司令に流れ込んでいるみたいでした」
「エエエー!」
「原因は分かりません。ですが魔力が枯渇した司令には、最適の治療法だったかもしれません」
クラーケンとの戦闘を思い出すと体が震えるが生きて帰る事が出来た。イスラは命を救ってくれただけでなく、魔石を手に入れると言う快挙を挙げてくれた。寝かされていた指令室で、大事を取って今日一日は安静にして過ごす事にした。
※ ※ ※ ※ ※
翌日には気分もましになったので、指令室に手に入れた魔石大を設置してエネルギーの本格的な回復を行う。魔力が充填された魔石小は3個だったが、基地の仮稼働には魔石小1個を使っていた。クラーケン戦で1個は使用不可能となった。
魔石大に交換された為、各装置が稼働するだろう。第3級転送ステーションや第一技術研究所と同じようにOSが再起動し始めた。半日後には基地機能の回復率が15%になったとイスラから報告されたが、以後は遅々として進まない。
大洋横断にはクラーケンと戦ったゴーレムは使用を中止し、格納ブースに残っているゴーレムを使用する。残機は2台。状態がましな方を使用し、残る1機は運貨筒に入れてお土産にする。
一部とはいえ、基地エネルギーの回復が有ったので順調に回収できそうだ。しかし、これはと思う物は壊れていたり、重量物であったりして積み込む事は出来なかった。やはり、火山活動によって多くの機能が失われたままだった。気持ちを切り替えて使えそうな物を積む事にした。
残念だが、イスラからの進言通り基地を放棄するしか無いようだ。出港時には魔石を抜いて行く事になる。この補給基地は再び眠りにつく事になる。
※ ※ ※ ※ ※
イリア王国歴184年の15の月7日昼、行先はアレキ大陸南部、ついに大洋横断に出港した。航海距離は約12000キロとなる。この時期、フラン王国からケドニア帝国に向かう潮流は反対方向に流れており利用する事は出来ない。その遥か南に流れている潮流は利用できそうだ。
全長18.4メートルのゴーレムと大型運貨筒一台でコブレンツ島を出港したのがつい昨日のように思える。航海図通りなら、進路を西南西に採ればケドニア帝国の南部にたどり着けるだろう。
海では想像をはるかに超えた怒涛や嵐、鯨に衝突するかもしれないし、シーサーペントに出くわすかもしれない。実際に体験しなければ信じられない事もあるだろう。ゴーレムによる長期航海であればこそ味わえる、特別な旅を楽しむのだ。
気象観測衛星や航法支援システムは無い。大洋の為、いつ何時大時化になるか分からないだろう。航海時の天候は勘に頼るしかない。マァ、暴風雨の前には潜航して難を逃れるつもりだ。荷物も同時に水中に退避できる運貨筒なら、よほどの事が無い限り大丈夫だろう。最悪の事態となったら曳航用ケーブルの切断も可能である。
その日、コブレンツ島の沿岸では濃霧が立ち込めていた。出航して30分後、霧が晴れて行った。薄墨色の影を残した島が視界の片隅に映り、中央大陸の記憶となって消え去った。
※ ※ ※ ※ ※
コブレンツ島の基地を出港して14日。大洋には海水以外なにも無い。天気が良く波が穏やかな時は、イスラは定期的に機関を止めて検査をしている。何しろ600年前のゴーレムである。念には念を入れよという事である。嬉しい事にゴーレムの機関は停止していても、潮流に乗ってそこそこの速度で西に向かう事が出来た。
このゴーレムには一時期、状態保存の魔法がかけられていたようだが、無理をさせる訳にはいかない。点検の時間は、日課となった魚釣りをするのある。ゴーレムには空になったミサイルの発射装置に、缶詰などの保存食をあらゆる空間を利用して詰め込んでいる。
しかし、僕の60日分の食糧どころか、40日分の食糧貯蔵しか出来なかった。やむお得ず、運貨筒に残りの20日分以上を積み込んだのだ。その為、今では魚釣りは大事なお仕事になっている。そして、意外と魚が釣れるのだ。
魚釣りでタンパク質の問題は無くなった。波は穏やかで、機関は無理させないため動かしていない。時間もある。イスラはハッチの横に腰掛けて、朝から自分で釣り上げた魚を口に頬張っている。現在、イスラはムチムチの6パックと言う筋肉美に向かって鋭意摂食中である。魚は僕の食料にもなるし、イスラの筋肉のもなるので、一挙両得である。
早い話、セバスチャンやエマと同じようにタンパク質を摂取・補充して皮膚組織を作り出しつつあるのだ。それは良いのだが、イスラに着てもらう服を用意していない。本人は気にしていないようだし、無いからと言って僕がとやかく言うのもなんだ。
チャンとした服は、アレキ大陸についてから用意すれば良いだろう。それまでは細いロープは有るので、毛布を貫頭衣の様に着てもらうつもりだ。何しろスタイル抜群の女性だからね。目のやり場に困るし、コクピットが狭いので時々膝の上に座る事が有るからね。
「司令。次は、マグロを狙いましょうか?」
「どうだろうねー? エサはルアーもどきの金属片だからね」
「釣れると良いですね」
「……」
「きっといつか、司令も釣れますよ」
「アァ、ありがとうね。でも言い方がなー。イスラ、何となく自慢してない?」
イスラには魚釣りの才能があったらしく、わずかな時間で大物を釣り上げる。どうやら、釣りの腕前は敏感なセンサーを持つイスラの方が上手かも知れない。転送事故の前に、どこぞで釣りをした時に慰められたのを思い出させる会話だ。まぁね。完璧な人間はいないのだと思い糸を垂らす。
メインの食事は単調な缶詰食であるが、イスラの魚釣りによって航海食は様々な魚により変化に富んだものになっている。大小の魚を食せる。踊り食いも出来るのだ。正直、刺身にしょう油もワサビもなしと言う状態では沢山は食べれないのだが……。イスラは、タンパク質の経口摂取と割り切っているのか、塩味だけでも抵抗は無いようだ。
僕は時々、イスラから貰った魚を串にさして火魔法で焼き魚にしている。ゴーレムを海面に出して火魔法で焼くのだ。さすがに海中では煙が出るので無理である。マァ、こうして長閑な日々が過ぎて行くはずだった。そう、大しけが来るまでは……。
誰だ? ゴーレムによる長期航海であればこそ味わえる、特別な旅を楽しむつもりである。なんて言ってた奴は! 南コースは危険だと聞いていたのに……。海上では、波の山々が繰り返し盛り上がり、大波に覆われた海原が広がっていたのだ。
ムンドゥスの方が、地球より一回り大きいと言うのを忘れていた。これが普通の大しけ? だとしたら、大きな大しけ? とはどうなるんだろう? 潜航すれば、避けれるんじゃ無かったんだぁー。ここは文字通りの BIG WAVEの世界だー!
いつも、お読みいただき誠にありがとうございます。次回更新は、2021年12月1日水曜日とさせていただきます。よろしくお願いいたします。




