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癒やされたいキャンパー。異世界を癒やしに行く。  作者: カトー
第19章 中央大陸
190/201

190 フラン王国コブレンツ島

 ※ ※ ※ ※ ※


「カトー様、お体を大切に」

「ハイ、ありがとうございます。皆さん、色々とお世話になりました」

「こちらこそ」

「どうぞ、お元気で」

「またいつか、どこかでお会いしましょう!」

「エェ、良い航海を!」


 下船する僕に、口々にお礼の言葉がかけられた。シュパイヤー号は2日後、とコブレンツ港から南洋諸島目指して出港して行った。現状、総督府からはクラーケンとシーサペントの出現の注意喚起情報が出されている。渡航禁止はまだされていないが、これとて時間の問題だろう。


 正直、ヘルマン船長としては、船の往来が禁止される前に南洋諸島に向かいたいし、責任者としてスケジュール通りの運航をしたいと思っているだろう。クラーケン達を間近に見たのだ。当然ながら、乗客共々危険海域から早く離れたい気持ちはあるだろう。


 さて、乗り継ぐ予定の機帆船ヴュルツ号は、まだ入港しておらず影も形も無い。動力のある機帆船とは言え、しょせん風任せの帆船である。予定通りに行く事自体が珍しい。それに加えて今回は、クラーケンとシーサペントの事も有る。運航の遅れが出ても当然だ。


 フラン王国本土へは伝書鳩が出されているので、船舶の往来は一時的にせよ禁止になるかも知れないとの噂が流れている。ただ、出港したシュパイヤー号と違い、ビールジャント港にはクラーケン来襲の報が遅くなるかも知れないそうだ。


 それと言うのも、ビールジャント港へは、ハト便を直接送る訳では無く、ヴュルツ号の最初の寄港地である本土のアーヘン港に向かわせ、それからビールジャント港に向かわせると言う形になる。この為に連絡が遅れるのだ。


 総督府では事態を検討中であるとの事だが、不幸中の幸いと言おうか冬場の事とて流通する貨物も人も減少している。全船舶の渡航を止めて、クラーケン達がいなくなるのを待つ事も対処法の一つである。その為に外航船の来港が確実では無くなっていた。


 いずれにせよ、コブレンツ港に着いたので下船した。ヴュルツ号が来るまでにはまだ10日あるのだ。下船後は、すぐに宿に向かう事になる。この宿泊先が決まっているのには訳がある。商人達がお礼かたがた宿の斡旋をしてくれたのだ。



「カトー様、コブレンツ島で下船されたら滞在される宿はお決めでしょうか?」

「まだですけど」

「でしたら、当商会がご紹介させていただきます。いかかでしょう?」

「有り難い、お申し出ですけど……」

「もちろん、宿泊費は出させていただきます」

「エ!」

「何しろ命を救われましたからな」

「実を言うと、乗客の皆と船長が何かしらお金を出し合ってお礼したいと言っておるのですよ。そこで、我商会が定宿にしております渚のアルトナーを、ヴュルツ号の来港までの10日分を出そうと話がまとまりまして」

「そうなんですか」

「エェ、遠慮なさらず。もしも、10日を超えても我商会が清算いたします。定宿ですからな。どうぞ、この手紙を宿の受付に渡して下さい」

「ハァ」

「どうぞ、皆の気持ちですから」

「そうですか。では、遠慮なく頂きます。皆さん、ありがとうございます」


 その場で、言うのも何なので皆さんの厚意に甘えるのも10日間でまでと決めた。手紙には、その旨の変更をお願いして下船する事にした。


 ※ ※ ※ ※ ※


「不思議な方でしたな」

「エェ、本当に」

「あの若さでね」

「そうですな。ですが人は見かけによらぬもの。ことわざ通りですな」

「雷魔法に風魔法。なかなかどうして並みの魔法使いではありませんな」

「風格を感じます。きっと長い修行を積まれたのでしょう」

「外見とは違い、意外と年を取られていたりしてね」

「有りそうな話ですな」

「あれほどの使い手です。成人の姿では女性が放っておかないでしょうからね」

「面倒なのでしょう。やはり、魔導士級の……賢者ですか?」

「中らずと雖も遠からずでしょうな」

「では、一つ。お礼がてら憶えを良くしてかないといけませんなぁ」

「宿代など些末なものです」

「ハハハ、同感です」


 ※ ※ ※ ※ ※


 下船すればフラン王国となるので通関せねばならない。そして普通に書類と荷物の検査がある。通関時には、イル王国の外交官相当の書類を見せる。目立つ事になるが一般人と違い、外交官待遇なら荷検めをされなくて済む。もっとも、他に身分を証明する書類は無いので、またまたアヤンさん厚意に甘える事になった。


 荷物には、国内持ち出しや持ち込みの禁止のタネがあるかも知れないし、何しろ一箱とは言え丸々魔道具が入っているのだ。余計な詮議が生ずるのは確実だろう。持ち主が少年でも、通関の役人にとって、ある意味では見慣れた物である。


 このイル王国の書類はかなり凝った紙で、ある角度で灯にあたるとイル王国の紋章が浮かび出るという偽造防止がしてある。魔法使いであれば、灯が無くとも軽く魔力を流すと浮かび上がると言う優れモノであった。


 やはり、正規の書類の威力は凄い。ほぼフリーパスで荷物と共に港の事務所を出れた。キャリーを押しながら考える。次は先立つ物の手当てである。当然ながら、コブレンツでも現金は必要である。当座の現金としては少額で良いだろう。


 教えてもらった通り、通関入口の近くには両替屋があり、持っていたクシャーナ王国のデュラムをフラン王国のシームへと両替した。後で市内を散策して、両替レートの良い店を見つけてから交換しようと思う。ウン、レートを比べる事は旅人の基本だからね。


 商人に教わった通り、港の事務所を1歩出たら、すぐそばに宿への直行便である馬車が待機していた。この時期のシュパイヤー号の乗客は1等船客のみである。1等船客であるからキャリーに積んであった荷物はポーターに渡される。1等船客はポーターに渡すチップ等は気にしないものである。残念ながら、もったいないから自分で運ぶという選択肢は無いようだ。


 ポーターに尋ねると、港に貨客船が入港すると待機するそうだ。商人達の定宿と聞いていたが思いの外、立派なホテルであるようだ。その馬車に乗り込んで15分。馬車は、豪華リゾートホテルの様な入口に入って行く。王国の商人達を甘く見ていたわー。


 ホテル渚のアルトナーはコブレンツ港北、港から見て右岸にあり風光明媚な海沿いの地である。市の中心部からは約8キロにあり、嘗ては小漁村で有ったそうだ。以前、ここには総督の館が置かれていた。10年前に、総督府である行政機関が港に近くに移動した為に、総督の館も移動したようだ。


 総督の館は、リゾートホテルとして改修され、食事やルームサービスはもちろんプール等も敷地内に持ち、至れり尽くせりのサービスを堪能できる施設に生まれ変わっている。嬉しい事に、両替はここでも可能であり、手数料は1割と良心的であった。


 王都ドルードでは、魔道具を5900万デュラムで売る事が出来た。ビールジャント港で次の船の1等料金や服他を払っても残金は5400万デュラムある。フラン王国の通貨は1シームで3デュラムになるので、手持ちは1800万シーム(約8100万円)だが、為替手数料が1割引かれるので1620万シーム(約7290万円)の残金である。50万シームほど手元に残してフロント預かりにしておく。


「ウン、金持ちだな」


 尚、フラン王国で初めて1枚が100万シームという大ミスリム硬貨という物を初めて目にした。ここで、10日間過ごす訳だがリゾートホテルのような大きな宿なので、島内観光ツアーや色んな設備や体験施設が有る。おそらく、このコブレンツ島は2度と訪れる事は無いだろう。久しぶりの休暇だと思ってのんびりと観光する事にした。


 ※ ※ ※ ※ ※


「今は小康状態なんですが、この島の火山が1カ月にかなり大きな噴火したんです。このまま治まると良いんですがねぇ」

「そうですね」

「どうぞ、こちらへ。夏場は色んなツアーをご利用頂いているんですが、冬場は縮小しているんです。それに、海岸では崩れたりした場所も有って、通行止めになっている所も有りますからね」


 宿のフロントで聞くと、この島で過ごし方について下調べをした事がないという方は、島内観光ツアーを積極的に利用すると良いと言われた。滞在期間にもよるが、確かに周遊ツアー等は全体像を見るのに適して要るだろう。


「コブレンツ島で生まれ育ったガイドが丁寧な解説し案内いたします。初めてでしたら、島の見どころを網羅した周遊ツアーがよろしいですね。是非訪れておきたい名所を1日で効率的に周ることができます」

「なるほどね」

「送迎が付いておりまして、各所で島を知り尽くしたガイドの説明が聞けるのもメリットの一つです」


 ガイド付きツアーには、自然や植物の解説があり深く島を楽しめる。ただ街道を巡るだけではなく要所々々の、絶景ポイント等を案内してくれる。専用の休憩するポイントが設けられており、ガイド達は危ない箇所を事前に知っているので安心して観光できるらしい。


 薦められたのは、「自然満喫&充実の島内観光ツアー」である。渚のアルトナー発、専用の馬車を仕立てて、1日でコブレンツ島の見どころと自然のままの原生林を見ることができ、緑輝く樹木や渓流を楽しめる。ガイドと昼食付きなのでなにかと快適。滝や浜などさまざまな見どころへ案内してくれる。


 他のお勧めは「コブレンツの塔。見学と旧市街での昼食付きツアー」と「コブレンツの夜。舟歌と旧市街での夕食付きツアー」である。この3つは参加する事にする。正直な話、こうでもしないと宿で眠りっぱなしになりそうだ。マァ、初回はこうしたツアーも良いが、観光ツアーは1回参加してしまえば同じツアーをもう一度と言う事は無いのだが……。


 火山の火口を見る事のできるビンゲン山ハイキングツアーは、火口近くまで行けるし、極まれに起こる爆発や溶岩の流れるさまを見るのはスリル満点であろう。確かに、ここでしか出来ない体験である。だが最近、大きな噴火をしており少し危険ではあるそうだ。君子危うきに近寄らずで、却下。ここは無難なコースを選ぶ事にした。


 新婚さんならいざ知らず、一人身では暇を持て余してゴロゴロして昼寝をして過ごす事になるだろう。それも良いなと思い始めたが、そこら辺の事情はホテル側も承知しているようで、リピート率の高いツアーも用意されている。


 その中で勧められた物は、東海岸に湧いた天然温泉「ゆったり1日。医師の勧めるコブレンツ海岸温水」と「星空の温泉。地元民と触れ合うコブレンツ海岸温水。歌謡ショーと夕食付」のツアーである。リピーターもそこそこおり、かなり好評だそうだ。


「医師の勧める……か。海では水着着用は必要なの?」

「当たり前ですよ。お風呂じゃあるまいし、医療の場なんです」

「そうなんだ」

「お風呂なんだから裸でOKなんです。だめですよ。ちゃんと水着を着て下さい」

「面倒な。しかし温泉=風呂とは違うのかー」

「お客様、慎みと言うものをお忘れになっていませんか……」


 露天風呂のイメージであるが、地球で言うプールに近く、水着で原則おとなしく温水に浸かる。もちろん男女別に入る。イリア王国で知られる医師による海水療法は最近の事であり、ここフラン王国でも同様である。塩水に浸り、健康と保養が目的である。その考えがそのままこの島に持ち込まれている。


 渚のアルトナーではボイラーが設置されているので、全室に貴族が使用するような浴槽がある。この島の住民は、今もなお桶の水を使って布で拭くという方式であるが、夏場や漁師等は、頭から水を被って自然乾燥という者も多い。


「火山島ですが、その火山の恵みを最も感じられるものといえば、やはり温泉でしょう。特に海中水浴など、中々できる経験ではありません。旅の思い出に天然の露天風呂を楽しんでみてください」

「そうですね。温泉は好きですし、良いかも知れません」

「温泉に向かう途中にある、お湯見の穴に手を入れると、その日の温泉の温度がだいたいわかるんですよ。慣れがいるんですけどね。穴から温かい蒸気が吹き出ていて地熱が直接感じられるのです」

「ホー」

「岩の間で温水に入りながら海を眺めるなんて、まさに野趣あふれる秘湯気分になりますよ」

「そうなんだ」

「ただ、切り立った断崖を少し降りて行かないと着けません。最初は道もなく、船を使って海沿いにいったそうですが、5年ほど前でしたか、総督様が温水療法というのを医者から勧められましてね。石工職人を呼んで崖道を整備されたんです」

「で、今のように降りられるようになったんだ」

「エェ、馬車は近くまで岩山に挟まれた細い道を進みます。皆さん、こんなところに本当に温泉が? と思もわれるそうですよ」

「フーン」

「ガイドさんが、危なそうな所は教えてくれるんですがね。濡れた岩場はすべりやすいので要注意です」


 ツアー客の利用する海水露天風呂とは別に、近くに有る集落の者の温水場もあり当然無料である。集落から近いので、夕方になれば温泉を楽しむ島民とも出会える。尚、男女の混浴は原則として認められていない。


 ホテルから出る「星空の温泉……」ツアーは、行き帰りの足付きなので便利だが利用時間の制限がある。満潮時には海に沈むタイプの珍しい温泉プールと思えば良い。自然に湧く温水なので、水量や天候、特にムンドゥスの月の影響で潮が満ちたり引いたりするので水温が変動するのだ。さしずめ、海水露天風呂と言って良いだろう。


「道を降りていくと、茶褐色の温泉と無色透明なのと2種類あるんですよ。手前に有る湯つぼは、少し硫黄の匂いもします。温度は80度と高温で、神経痛、胃腸病や冷え性などに効能があるようだとお医者さんが言ってました」

「へー効くんですか?」

「薬功あらたかだそうです。透明の方は、怪我や皮膚に効能があるといわれてますね。そう離れてません。温水が見つかったのは、漁師が怪我をしたアシカを度々見たからだそうです。傷でも癒していたんでしょうね」

「フーン」

「1日の中でも大潮小潮があって、同じ潮っていうのはないし、潮の満ち引きによってぬるくなったり熱くなったりする場所は変わります。岩の間の湯つぼを見つけるのは簡単じゃないんです、ちょっとした探索ですね」

「そうなんだ」

「海の方にも、温泉が湧いています。砂地から、ガスが噴き出しており、その暖かさがわかるほどで、温泉が湧いています。わりとウミガメに出会えるそうです」


 この温泉は、湯つぼが海岸にもある。そちらは泉温が高いので注意が必要である。満潮時がねらい目で海の水が流れ込むと自然と温度が下がって適温となる。入浴には、普段は満潮から1時間前後が入り時と言われ、良い湯加減で入るには潮を見極める必要がある。


「お爺さん達は、我慢比べか意地の張り合いなんでしょうか、熱いほど通だと言うんですよ。ほどほどにと言われても意外と人気ですね。アァ、人気と言えば夜は水着不要です。島の慣習なんで禁止する訳にはいかないんですよ」

「フーン」

「島民だけでなく、観光客にも人気です。星空の温泉。地元民と触れ合う何とかツアーだったかな。念の為に言いますが、夜はともかく、陽の有る内は分かりにくい区切りですけど、女湯と男湯になっていますからね」

「ハーイ。間違えないように努力します」


「もちろん、温泉への入り時は島の人がよく知っているのでご心配なく。島の人は、月明かりに照らされながら、夜、仕事終わりに温泉へと足を運びます。夜、月を見ながら湯浴みを楽しむ事を「夜湯」と言うそうで、夜空に輝く星々を見て、潮騒を聞きながら入る温泉は格別でしょうね」

「良さそうな所ですね」

「そうですね。そうそう、後一つ。帰りは温まった体で階段を上ると、汗が噴き出して止まりませんからね。途中の展望台で清水が湧いていますから一服すると良いですよ」


 前回の噴火で階段の一部は崩れてしまったそうだ。そこは十分に注意してという事だが、普段使いの皆が難儀しているらしい。何かの縁である。強化土魔法で階段の整備をチョットだけしておいた。せっかくお風呂に入ったのに、ハラハラドキドキして冷や汗をかいてはたまらんからね。

 

 ※ ※ ※ ※ ※


 コブレンツ島は、先の案内通り結構大きな島なので総督がいる。総督府と言うのはこの地の政治・軍事をつかさどり広範な統治権が任されている組織である。シュパイヤー号からの報告でクラーケンを寄せ付けなかったと言う話は当然出て来る。


 渚のアルトナーに滞在しているのは入管時に申告してある。お話が有るらしく、役人とフラン王国では数少ない魔法使いが同行していた。総督府から派遣された役人は優秀らしく、シュパイヤー号がクラーケンから逃げ出せたのには、何かしらの魔法具が関係していると思っていたようだ。


「ヘルマン船長も乗客の皆さん、乗組員までが、本人に聞いてくれとの一点張りで南洋諸島に行ってしまいました。クラーケンとシーサペントです。航路管理者としては、航路閉鎖を回避する手段をお尋ねするしかなかったのです」

「船長さん達は、約束を守ってくれただけですよ。彼らを責めないで下さい。マァ、お役目ならしょうがないですね」

「もちろん、これ以上話が拡がる事は有りません」


 彼等には、任意提出を求められたが電撃の魔道具はほぼ魔力を使い果たしており、使用不用になので思い出の品にするつもりと説明した。希少な攻撃用の動く魔道具である。手に入れたいのは分かるが、魔力切れでは致し方ない。同行する魔法使いに使用法と残量表示を確認してもらう。


 幸いな事に枕にして寝ていなかったので魔力は補充されていない。まだ、納得できないようなので、部屋の外に出て引き金を絞ってもらうがうんともすんとも言わない。かなり残念そうにしている。粘るつもりは有ったようで、荷物を見せてくれないかと丁寧にお願いされた。


 フラン王国でも、クシャーナやイルと同様に魔道具の再充填は出来ないのが常識らしい。だが、僕の素性もそうだが充填された魔道具が一箱出てくれば話がややこしくなる。最後にはイル王国の外交官相当書類を見せると、ようよう諦めたようで失礼いたしました。と引き揚げて行った。


 ※ ※ ※ ※ ※


 渚のアルトナーでは、リゾートホテル滞在を十分に堪能できたと思う。様々な娯楽設備が備えられているが、中でも興味を引いたのは活動大幻影施設である。それも、昨日から上映されているのは、フェルナン監督による「あぁ、激烈なり帝都大魔獣戦」の3部作である。これはフラン王国でも不滅の名作として評価されているようだ。もちろん、島の活動幻影館でも同時上映しているそうだが、残念ながら市中のは短縮版なのである。


 確かに、「あぁ、激烈なり帝都大魔獣戦・第一部スーパー合体変形ロボット編」「あぁ、激烈なり帝都大魔獣戦・第二部超巨大魔獣編」「あぁ、激烈なり帝都大魔獣戦・第三部カトー卿降臨編」の合計6時間に及ぶノーカット完全版の3部作連続上映は珍しいと言える。マァ、視聴時間の取れる客がいるリゾートだけあって、この3部作が上映出来たのかも知れない。


 それはともかく、この作品には所々に実写シーンが挿入されており、魔法使いや超巨大魔獣が出て来る。飛行母艦やスーパー合体変形ロボットが登場するし、少年少女はその活躍に憧れるのも無理はない。青年はその雄姿に注目し、年若い乙女達はもちろん、熟年の女性達の話題の中心となったとも言われている。


 スクリーン上のカトー卿は容姿端麗な屈強な若者として描かれ、魅惑的で且つ可憐な花とも言えるエミリー嬢の姿は一幅の絵の様である。これは出演した役者達の演技のなせる業だと分かっていてはいるが、現実を知る者としてはかなり恥ずかしい思いだった。


 気が付いてみればホテルの食事処で出る話題は、何故かカトー卿やエミリー少佐ばかりである。もちろん、周りの誰もが俳優とは似ても似つかぬカトー卿本人がここに居て、冷や汗を流しながら幻影を見ていたとは思いもしないかっただろうが……。多少、居心地が悪くなって逃げ出したい気になるのはしょうがないかも知れない。


 贅沢な話だが、渚のアルトナーは豪華リゾートとしては十分にうなずけるホテルである。幸い、高額な宿泊料金とは言えお金に困っている訳でも無い。決して大幻影から逃れたい訳では無いのだが、市井の人々と触れ合い、街の散策をするのには向いていない気がするのだ。好意で使わせてもらった10日間を過ぎたら、旧市街のホテルへ絶対に移動しようと思う。


 ※ ※ ※ ※ ※


 ここコブレンツは、冬場でも暖かい保養地である。避寒の為だろう、冬場でもそこそこの乗客がいるらしく、赤字航路とならないらしい。入船が遅れているヴュルツ号は、シュパイヤー号のように1等船客のみという横着な航路では無く、2等・3等も用意されている。


 機帆船は運行スケジュールの多少の遅れが有ってもやって来ると思っていた。だが残念な事にヴュルツ号は、クラーケン達の襲撃が危惧されて渡航中止となり、フラン王国のアーヘン港で待機しているそうだ。百歩譲って、帆船だとしても風待ちなら待てば何とかなりそうだがクラーケン達ではという事である。


 既に明日で10日。今日は渚のアルトナーで教えてもらった旧市街の普通の宿カスパルに下見を兼ねて寄ってみる。宿を移動するにしても、荷物の木箱を送ってもらうかどうか迷う処だ。マァ、部屋の大きさも分からないので、ヴュルツ号の到着まで預かり賃を出してアルトナーに頼んでおく。商人達ご推薦の信用のおける高級リゾートだから安全に保管してくれるだろう。


 アルトナーのフロントでは、カスパルの宿はともかく、旧市街の一部では治安はあまりよろしく無い場所もあるので注意して下さいと念押しされた。日本人だと安全が当たり前だと思っている人が多いが、海外ならありがちな話だ。ムンドゥスなら当然そうだろう。


 100年の昔、コブレンツ島は海賊が跳梁跋扈する地であった。伝統的に、今でも市内には危ない場所がある。そんな伝統など無くなった方が良いが、一介の旅人ではそうとも言っておれないのが現実である。金持ちだと思われると、大人でも誘拐される危険があり、子供ならなおさらである。


 護衛も無しに豪華ホテルから一人で出入りする金持ちそうな子供。犯罪者が狙わない方がおかしいだろう。よって、危険回避の為にビールジャント港で設定した金持ちのボンボンから、庶民へとクラスチェンジする事にした。マァ、既にムンドゥスに5年近くいるのだ。このぐらいの危険かどうかの判断は出来るのである。


 ※ ※ ※ ※ ※


 下見に訪れたカスパルの宿は中々感じの良い宿で有った。ヴュルツ号が到着するまで快適に過ごせそうだ。渚のアルトナーが紹介するだけあって、良心的な宿であるが少し部屋が狭い。やはり、木箱はアルトナーに預けておく事にする方が良いだろう。


 ただ、確かに良い宿屋の様だが、旧市街の多くの宿と同じように食事は宿の近くの食堂で摂る事になる。早速、観光地巡りとしたいが、そろそろ昼食時間である。


 昼食時は何処の食堂も一杯だ。小さな広場でやっと食事が出来そうな屋台を見つけた。自慢だという魚の串焼きとワインの水割りで昼食を楽しんでいたら、急におかしな感じになって眠くてしょうがない。確か、親切な人がついでだからとワインを屋台から運んでくれた。ワインを呑んだら、体がしびれると思ったら眠くなったんだ。


 隣の席にいた、その親切な3人組が介抱してくれて宿に送ってくれる? そんな声が聞こえたんだが……。眠たくてしょうがない。偶然居合わせたはずなのに、どこの宿か知らないはずなのに……、随分と歩かされた気がする。なんで馬車に乗るんだろう? 頭には目隠しだろう黒い袋が被せられたが寝てしまった。


 頭に被せられていた布が取り払われる。目を空けたらここにいたという事らしい。ウーン、お約束とはいえ、言いたくないが知らない天井だ。見廻した場所は部屋と言うよりは洞窟の一部みたいだ。部屋には雑多な木箱が置かれ、灯りには太いロウソクが置かれていた。


 部屋の片隅には等身大の人形がホコリを被って置かれていた。その人形が部屋の真ん中に置かれたイスに座っている僕を見つめているようだった。


「小僧、悪く思うなよ」

「……ゥウー」

「しびれが有るうちは動かん方が良い。ケガをするぞ」

「ン?」

「アァ、気が付いているかもしれんが……チョット待て。今猿ぐつわを外してやる」

「ウーン。……ここは? 縛られてる」

「俺達はお前を誘拐したんだよ」

「エ、誘拐?」

「そうだ。ちなみに、誘拐犯と言うのは島の伝統的な職業だからな」

「……」

「チョッとの辛抱だ。良い子にしていたら足枷も外してやるからな」

「甘やかすんじゃねえ。オィ、この足枷は少し大きいぞ。逃げれないように腰縄にしとけよ」

「ヘイ」


 ※ ※ ※ ※ ※


「金が出せないはずは無いだろう。渚のアルトナーに泊まったんだ」

「なに、親が金さえ出せばすぐに返してやる」

「親? 親はいませんが」

「親は来ていなくとも執事が居るだろう。執事でもいいんだぞ」

「勘違いしてませんか? 僕は一人身ですが」

「「「?」」」

「……なんだと! オィ、話が違うじゃねか!」

「しかし、こいつの巾着袋には30万シームも入っていましたぜ」

「金持ちのボンボンには違いないか……」

「きっと親は後から来るんですよ」

「そうだよな」


 誘拐犯だと名乗った男達がガチャガチャと鍵がかけて部屋を出て行った。どうやら、ここに閉じ込められたようだ。宿の馬車で港の事務所に来たまでは良かったが、その後、旧市街へ行くのに辻馬車を使ったのがまずかったかな。


 全財産は1550万シームだが、身に付けていたのは30万シーム(約135万円)だ。見た目、12・13才の子供が持ち歩く金額では無い。言われてみれば確かに金持ちのボンボンだ。


 誘拐犯の目に狂いは無かったと言える。言えるんだが、何と言う事をしてくれるんだ。イリア王国では稀代の魔法使いと呼ばれ、ケドニア帝国では魔獣大戦の大魔導士。クシャーナ王国では得体の知れないモノを押し止め王国を救い、海の化物クラーケンを寄せ付けなかったのに! ただ事で済むと思うなよ!


 目の前の戸を打ち壊すもよし、洞窟の壁を土魔法で穴を開ける事など簡単な事だ。邪魔する者が有れば水、火、風魔法はもちろん重魔獣さえ圧し潰せるようになった重力魔法がある。なんなら広域火炎魔法、お望みなら極大広域火炎魔法で吹き飛ばしても良い。その場合は火山であるビンゲン山が噴火をするかも知れないがな……。


 すぐにも出て行く事は可能だが、それをしないだけの物が目に入ったのだ。ホコリを被った等身大の人形だ。かなり長く捨て置かれていたようで、元は白色だったろう服は灰色にあせてボロボロの布切れになっている。近づいて調べると、僕の知っている者と同じ顔をした人形が、打ち捨てられたかのように部屋の片隅に置かれていたのだ。


 その人形の顔はアレクサンドラ。嘗ての帝国要塞の地下で出会った頃の上級管理ユニットのホムンクルスにそっくりだった。もうこの時点で、性別は女性で決定である。アレクサンドラはカトー家一門の取りまとめ役として今では領地運営になくてはならない者となっている。


 それはともかく、目の前の人形の顔はどこかタカ●ジェンヌを思い出す。外装の皮膚組織が無いのでややスレンダーな感じだ。ホコリを被ってはいたが、メタリックがかった乳白色のボディは中性的な色気を失っていなかった。ホコリの積もり具合から察するに1年や2年ではないようだ。見ると左手首から先と左足の踵から先が潰れたように破損していた。


 ※ ※ ※ ※ ※ 


「あのー?」

「食事だ。縄をほどいてやるから、腕を出しな」

「ハイ」

「おとなしくしていろよ」

「ハイ」

「フーン。物わかりのいいガキだな。出すもんは、あそこの壺にしな」


 小型の魔道具で1日か2日だった。大きさから言えば4・5日で動くかもしれない。すぐにも去りたい場所だが、それ以上にかかるかも知れない。600年前のホムンクルスだが、一部が破損していてもアレキ文明時の物は容易く壊れないだろう。おそらくは魔石エネルギーが無くなって機能停止になったのだろう。だとすれば、体内にある魔石に魔力が補充されれば動くかもしれない。


 魔道具に補充出来たんだから、やってみても損は無い。セバスチャンは、ドラゴンシティーが転送陣117と呼ばれていた時、胸の位置に有る外部端子から一時的に魔力を補充したと言っていた。ここには接続ケーブルは無いが、上手くすれは体内魔力で魔石エネルギーが補充できるかもしれない。


 待っていた船が来港し、時が経てば出港しまうかも知れないと思うと気がせく。早く、このホムンクルスが動いてくれればいいのだが……。夜になると、何処からかすかに鳴き声が聞こえて来る。どうやら、誘拐されたお仲間がいるようだ。


「食事だ」

「あのー? 鳴き声が聞こえるんですけど」

「アァ、あいつらか」

「あいつらですか?」

「もう随分になるからな」

「ン?」

「なに、思ったより交渉が長引いているんだ」


「オイ、こぼすなよ」

 食事は持って来てくれるが、壺の中身は自己責任で持って移動する。部屋を出る時は腰縄が付けられた。大人だと足枷をはめるらしいが、サイズが大きいので逃亡防止用に腰縄を着けられている。壺をトイレに持って行く時には、4つのドアが有りそれぞれに人の気配がした。


「誘拐は島の伝統だとか?」

「アァ、この島が共和国だった時からな」

「そう言えば、コブレンツ共和国時代と言うのを聞きました」

「フラン王国への抵抗運動が元だ」

「秘密組織でしたか」

「そんなところだ。小僧、上手い事言うな」


 どうやら、ここは営利目的の犯罪組織らしい。嘗ては共和国のパルチザン的な地下組織だったんだろうが、今では犯罪組織に成り下がっていたようだ。


 食事を運んできた者と会話をしながら、それとなく今後の流れを聞いた。よく聞かれるのか、この島の常識なのか、割と簡単に話してくれた。それによると、地元の富裕層や観光客が、拉致されて身代金を要求される。ただ、誘拐し金が払われれば解決するというものでは無いらしい。何故かと言うと、誘拐には交渉が付き物だからだ。


 誘拐犯の目的は当然身代金である。それはそうだが、誘拐された相手の親や親族。執事の場合もあるそうだが、まず誘拐された方の交渉役が決められるそうだ。この交渉役が変わっているのだ。交渉役に選ばれた者は他人でも、いや身内であっても、この島独特の考えになるのだ。


 この交渉役が身代金を値切るのだ。命がかかっていても値切る。それも平然と身代金を値切る。これがローカルルールとして組み込まれている。長い年月を犯罪組織と付き合ってきた為に、必然的に生み出されたものかもしれない。身代金の支払い後の生活を考慮しているのだろうかなー?


 となると、話は絶対早く進まない。拘束が長くなると、生きているかどうか分からないから証拠を見せろという。日付の入った手紙が送られてくるが偽物かもしれない。……と言って値切る。いい加減にしろと家族は怒る。値段交渉はもういいから身代金を払いたいと言ってもダメである。


 ……価値観が違う。僕の場合は1000万シーム(約4500万円)で始まるそうだが、交渉しだいで5%の50万シーム(約225万円)になるらしい。そして、100日が過ぎると身代金の手付金? を渡す事になる。人質からの手紙が届いて、家族が安心して残りの金をという流れで終了のはずだが、なんとここで人質の食費代が請求される。


 この食費は値切らないで渡す事になっているらしい。値切ると食事内容が極端に落ちるそうで、人質が解放されてから交渉人がなじられる。豪華な食事では無いが、100日分+α日分という事で10万シームぐらいが相場だそうである。尚、もっと旨い物を食わせてやってくれと増額すれば、食事内容がその分良くなる。わりと紳士的である。


 全部、順調に進んで解放になるが、嘘じゃないかと思うほど親切に解放されるらしい。家の前、もしくは交渉役の指定場所まで送り届けてくれるそうだ。ここまで、だいたい200日ぐらいになる。ホント、長いよなー。


 ※ ※ ※ ※ ※


「聞いても良いですか?」

「なんだ?」

「この座っている人形は?」

「アァーン。それか。俺達がここに来る前から有ったみたいだな」

「フーン」

「動かすにしても重くてな。壊す事も出来んので放ってある」

「そうなんですか」


 確かに、一体で500キロオーバのホムンクルスは空飛ぶ絨毯に乗せれなかった。セバスチャンなんか1トン越えだからね。このホムンクルスは破損が思ったよりひどかったのだろうか? 魔力切れだと思うんだけど。荷物は食堂で預けたままだったけど大丈夫かなぁー。


 ビールジャントで見つけた✕付のいわくありげな地図。あれは、お宝の地図だと思っていた。このホムンクルスを見つけてからはアレキ文明に関するものでは無いかと思っている。当時の施設かな? 部屋が暗い事も有って、いろんな考えが頭の中でぐるぐると駆け巡る。


 僕は、誘拐犯が壊れた女性の人形だと思っているホムンクルスの胸(具体的には乳房である)に、一刻でも早く動くようにと両手を当てている。食事を持ってくる者が、少し可哀想な顔をして見ていたようだが、いやこれは魔力の補充の為なんですと説明する訳にはいかないし、多少残念な顔をされても我慢の為所である。


 もう、食事係の目線にも慣れた。しかし、日夜に渡る努力の甲斐が有ってか、3日後の昼食後にホムンクルスに変化が有った。お目覚めのようだ。メタリックがかった乳白色のボディが、温かい乳白色のボディに変わりつつある。食事係が夕食を運んで来るまでにはかなりの時間がある。


 ホムンクルスの再起動ルーチンが始まり、順序通り動作するようにプログラミングされているのだろう、ほんのりと体表に明るさが増した。まぶたが開けられて、シーケンス制御の完了が口から告げられる。壊れてなくて良かった。


「初めまして、司令官」

「エ!」

「起動時のコード認証には、司令官職とありますが? 違うのですか?」

「ウーン、そうなるか。イヤ、司令官という事でお願いします」

「君は?」

「私はアレキ帝国中央大陸方面、島嶼地区第13兵站基地の上位管理ユニットです。只今、当基地には上位指揮者はおられません。司令を上位指揮官として全権限をお渡しいたします」

「そうか。やはり、上位管理ユニットだったか。ごめんね。残念だけどここは第13兵站基地じゃないんだ」


 ※ ※ ※ ※ ※


「何から話そうかな? やっぱり、最初の質問はと、ウーン、何時からここに居るのかな?」

「申し訳ございません。私が機能を停止してから何年になるか分かりません。今は何年でしょうか?」

「今はイリア王国歴で、184年14の月だけど。知らないよね」

「ハイ、イリア王国歴と言うのは分かりません」

「今日は、ケドニア帝国歴で394年の14の月15日ぐらいだったと思うけどね」

「?」

「やっぱり、それも知らないよね。隕石テロという大破壊が有ったのは知っている?」

「隕石テロという名称かは定かではありませんが、人間の要員は皆が緊急対応施設に向かいました。あれがそうだったかも知れません」

「その後は連絡無しだったんだね。気落ちしないでね。残念ながら、アレキ帝国は無くなっているんだよ」

「そうですか……。帝国から、自分の所属していたアレキ帝国からですが、保全命令が来なく無くなったのは131年後でした」

「アレキ帝国は、600年以上前だそうだからぁー。それなら、470年近く前になるね」

「そうなんですか。私はどのぐらい停止していたのでしょう?」

「ウーン、君が機能を停止してからかー。220年ぐらいは経っている事になるね」

「220年ですか……」


「受け取ったのは、帝国からの保全命令だったのかな?」

「ハイ、自動送信による短縮の定型思念波通信文です」

「人間は1人もいなくなっていた。で、次善の策だね。おそらく君の様な上位管理ユニットは、基地施設の保全か機能維持を命じられていたんだろうね」

「よくご存じですね」

「イヤ、帝国要塞と遺跡都市メリダの上位管理ユニットを知っているんでね。彼女達も似たような立場だったし」

「おっしゃった通りです。以後の保全開始から250年間は、誰とも接触は有りませんでした。その後、基地の換気システムから迷い込んだリーンハルトと名乗る探検家を救助しました」

「アァ、そうだった。その探検家のリーンハルトによって、君の事は天女だったと伝わっているよ」


「探検家のリーンハルトを見送った後です。点検移動中に、火山の噴火が有りました。天井が崩れ落ちました。あまりにも突然で広範囲でしたので対応が出来ませんでした。その際に手足を損傷いたしました」

「ホー」

「噴火が続いていましたが、やっとの事で抜け出して、洞窟の出口まで移動できたと思います。ですが、その時には魔石エネルギーの残量も少なくなっていましたので、ジッと待機しておりました」

「その後、魔石エネルギーが切れて機能は停止した。どんな経緯で拾われたかは分からないが、ここに置かれていたという事だね。そうか。大変だったね」


 一言で報告されたが、ジッと動く事も出来ず待機していたのか。彼女はホムンクルスと言うより、かなり人が日常的に使う言葉遣いに近い。イリア王国に住むホムンクルス達は、何百年も時を重ねて過ごすと、人と同じように感情を持った。おそらく、完全に機能停止までに、かなりの期間を動けずに色んな事を考えて過ごしたのだろうな。


 暗闇の中で、助けが来る事も叶わず何万何千万回と思考を重ねたのか。1秒に何千万、何億と考え続ける事によって、帝国要塞や遺跡都市メリダのホムンクルスと同じ、彼女も時間をかけて人間の思考や個性といったものを持ったのかも知れない。やはり彼女も機械ベースの生命体に進化していると言えそうだ。


 ※ ※ ※ ※ ※


「名前が要るね」

「名前ですか」

「ウン。第13兵站基地上位管理ユニットでは味気ないだろう? イスラと言うのはどうかな? 今のイリア王国では島と言う意味なんだ」

「ハイ、了解いたしました。イスラを個体識別名とさせていただきます。以後、イスラとお呼びください」

「エーとイスラさん?」

「イスラです。さん付けは要りません」

「ウーン。それじゃ、さん無しで」

「ハイ、了解しました」


「ところで、カトー司令官。コード認証には、アレキ帝国第4世代ドラゴン基地司令とありますが?」

「マァ、色々と有ってね。長くなるので追々話すよ。取り敢えずここから脱出しようか」

「ハイ、了解しました」

「この後は、一旦身を潜めて荷物の回収をするかな? 誘拐犯達は地元民みたいだからなー。目立ちたくは無い。どこに身を潜めるか……」

「では、兵站基地にご案内いたしましょうか? お話を聞いたところでは、まだ基地は発見されていないようですから」

「ウン、それが良いかも知れないな」

「了解しました。でしたら、現在位置の把握の為に外部に出てから少し時間を頂きたいのですが」

「アァ、任せといて。今、出れるようにするから。でも、大丈夫かい?」

「この損傷の事ですか?」

「動ける?」

「ハイ、自己診断プログラムで確認しています。多少、足を引きずる事になりますが、行けます。ですが、魔力エネルギーの充填が十分ではありませんので、また、補充をお願い致します」

「もちろんするとも」


 土魔法で壁側の土を移動させて入り口側に壁を築く。横穴を穿ちながら掘り進むので、少しコントロールに気を遣うが、さほど手間がかかる訳でも無い。ライトの魔法で灯りを取りながらホコリが立ち昇らないように水魔法を併用する。皮膚細胞が無いホムンクルスなら呼吸せずとも大丈夫だが、人間だと呼吸困難になってしまうからね。


「司令は高度な魔力コントロールが出来るのですね」

「こう見えても、チョッと有名な魔法使いなんだよ」

「流石です」

「フフフ、誘拐犯がドアを開けても誰もいない。部屋は厚い土壁で塞がっていて入口は1つだ。何処へ行ったのかさぞ不思議に思うだろうな。反応を見てみたい気もするが、ここからの脱出が先だからね」


 何が流石か分からないが、褒めてもらっているんだろう。女の人に向かって、魔法使いですと言うとかなり恥ずかしい気がするのは何故だろう。


 ※ ※ ※ ※ ※


「30メートルほど掘り進んだかな。そろそろ右手に廻ろう」

「出口が有った方ですね」

「アァ、岩を砕くのは手間だからちょうど良いかも知れない」


 曲がってからさらに10メートル。ポッカリと山肌に2メートルの丸い穴が開き、空気が流れ込んできた。夕暮れ時、ちょうど逢魔が時である。辺りが薄暗くなり、周りの景色が見えにくくなり始めている。20メートルも離れていない所に洞窟らしき穴が見える。脱出成功である。


 念の為に、この穴も塞いでおく。周りの木々が邪魔をしているので、その気になって調べなければ分からないだろう。気付かれないように周りを探る。人質が姿を消したと騒がれない内に逃げるべきだろうが、囚われていた人の鳴き声が耳について離れない。しょうがない。ここは一肌脱ぐか!


 聞き耳の魔法を使いながら入り口付近に移動して中をうかがう。逃げ出したのはまだ知られていないようだ。目にした誘拐犯は3人だった。話声からするに、洞窟の中には2人の誘拐犯が居るようだ。その内の1人は食事を運んで来る者の声だ。2人は見張り役で、後の1人は何処かに出かけたのだろう。


「そろそろメシの時間だろ。持って行けよ」

「アァ、面倒くさいな」

「大事な金づるだ。食わさんと兄貴がうるさいからな」

「しょうがない。カギを取ってくれ」


 これで、探さなくともカギの場所は分かった。グッドタイミングだった。眠りの魔法を発動して中をうかがうと、机の上に打っ伏して寝ている誘拐犯がいた。2人とも夢の中へ行ったらしい。部屋を見回すと、雑多な物の中に頑丈そうな木箱がある。これはと思い木箱を空けると、案の定見覚えのある巾着袋が入っていた。金目の物を入れているようで、他にも高そうな物が入っていた。


 目覚めて暴れられても困るので、土魔法で膝から下を床に固定する。これが、戦闘中で命をやり取りしていたら胸といわず頭の先まで埋めてしまう処だが、食事を運んで来てくれた者の顔が見える。マァ、処罰は警備隊に任せればいいだろう。


 誘拐は、善と悪と言えば悪なんだろうけど、侯爵の身分にあるイリア王国内と違って、この国で法を執行する立場でも無い。それに簡単に排除できる力が有っても、人に向かって魔獣相手のように気軽に使うべき力では無いだろうし。イスラも外で待っている事だし、なんと言っても寝覚めが悪い……。まだ日本人の感性が有るという事かな。


 そんな事より、人質の解放だ。イスラについての説明は難しいので外に出て隠れてもらう。4つの部屋には男女4人が入っていた。いつもより早く戸が開けられ、開けたのが少年なのでおかしいなという顔の人質達。訳を話して逃げ出すように言ったが、2人が長期の人質生活で体力が落ちていたのだろう動けないらしい。


 無理をさせて万一という事も有る。捕まっていた男の一人は総督府の役人らしく、怪訝な顔をしながらも話が分かったようだ。この島の地理にも明るい様で、町まで救援と警備隊を呼びに行くと志願してくれた。残された女の人は、具合の悪い2人を介抱してくれるそうだ。


 ここまで段取りすれば、姿を消しても後は上手くいくだろう。もっとも、ヒールを使うと体が光るので人気が無くなったらヒールを使うつもりだ。具合の悪い者を置き去りにするのは忍びないからな。オッと、木箱の中にあった巾着袋の20万シームを忘れないように回収する。自分のお金だからね。


 ※ ※ ※ ※ ※


 洞窟から離れて海に向かう。木々が生い茂っていたが、すぐに獣道の様な細い小道を見つける事が出来た。誘拐犯達も物資の補給をしないと生きていけないから、道は有るとは思っていたんだ。砂地に出ると、ビールジャントの地下都市巡りで拾った地図を思い出して描いてみた。


「ビールジャントで見つけた地図に✕点が有ったんだ。こんな感じかな?」

「エェ、基地の場所を表したものです」

「夕陽が沈んだね」

「エェ、あと少しで星による天測が行えます」

「位置を確定したら、基地への案内をお願いするよ」


「ここから見ただけなのですが、火山活動の為でしょう。かなり位置データの狂いが有ります」

「行けない?」

「行けるとは思いますが……ウーン、どうしたらいいのか?」

「イスラ、少し距離がありそうだ。足の損傷が有るけど移動できるかな?」

「多少、移動速度が遅くなりますが可能です」

「じゃ、案内してもらおうかな」

「ハイ、了解しました」


 ムンドゥスの月が、ほのかな灯りとなって海岸を照らしている。ライトの魔法を使い、足元を気を付けながら2時間ほどかけて基地の入口近くに着く事が出来た。


「先ほどは失礼しました。行けると言いましたが、ここなんです」

「ウーン。無くなっているね」


 ここの場所は海岸にある岩場の前。有るはずの入口は崖と共に崩れてしまったのだろうか影も形も無い。土魔法で穴を掘ってみたが、一向に探し当てれない。ライトの魔法を煌々と点けて、探索を続けることが上手い考えとも思われない。今晩はこれにて終了し、明日やり直す事にした。


 冬でも暖かい島ではあるが、屋外なので強化土魔法でドーム状のテントを作り眠る。明日は基地の捜索を再開する。上手く探す事が出来る様にイスラの胸に手を当てながら休む事にした。他意は無く、これは魔力補充の為である。


 ※ ※ ※ ※ ※


「先ほどご覧になったように、地上の開口部は無くなっているようでしたしね」

「火山島だからなぁー。活動が活発な時期にあたったんだろうね」

「それに、シールドの魔石エネルギーが切れましたからね」

「シールド?」

「耐熱性を増すように改良された、都市型防御結界の一種だと聞いてます」


 アレキ帝国は、火山島に基地を建設し維持するだけの技術力を誇ったが、その基地も魔石エネルギーの枯渇と共に維持できなくなったようだ。


「やっぱり、イスラの言う入口は見つからないね」

「申し訳ございません」

「いや、イスラの責任じゃないから。残念だけど、ないものねだりをしてもしょうがない。他に入口は有るの?」

「後1カ所、地上部分の人員用ハッチがあります。大型ハッチは海の中です」


 イスラは噴煙が出ているビンゲン山を指し示しながら困った顔をしている。遠い昔、基地が作られた頃に作られた人員用ハッチは有るには有ったようだが、今は影も形も無くなっていた。イスラも噴火の際に損傷をしている。基地が完全に破壊されているとは思いたくないが、果たして無事かどうかは分からなくなってきた。


 ※ ※ ※ ※ ※


「海の中にハッチが有ると言ってたね」

「ハイ、出撃用大型ハッチが有ります」

「出撃用なのか。マァ、今はそれについては良いか……。とにかく入口を見つけないとね。では、久しぶりに海割りの魔法を発動してみるか」

「海割りの魔法ですか?」

「イヤ、ちょっと大袈裟な言い方だったかな。重力魔法で筒状に水を押しのけて、息が出来るように空間を作り出すんだけどね」

「海割りの魔法ですか。聞いた事も無い、高度な魔法なんですね。ア、失礼いたしました。で、入口なのですが私が居りました時は、水深60から85メートルに開口部が設けられていました。エアロックの操作盤は80メートルにありました」


 イスラが感心して見ている。こんな風に重力魔法を使うのは、第一技研でプールのようになった格納庫の底から対魔獣兵器を回収して以来である。あの時は水深100メートル。ならば、入口が海面下でも可能だろう。マァ、回収直後にはフラフラになってしまったんだが、あれから魔法を使う腕も上げた。上手くやれるとは思うんだけど……。 


「開口部分が25メートルか。かなり大きなものが出入りしていたんだね」

「ハイ、物資輸送は転送陣が主力ですけど、艦船はそうは行きませんから。後、水中曳航コンテナも多かったです」

「そうなんだ。入口がそんなに大きければ見つけ易くて助かるな」


「この場所から海岸の岩場まで降りるのは難しそうですね」

「それなんだけど、一つアイデアが有るんだ」

「どのようなお考えでしょう?」

「空飛ぶ絨毯という魔法なんだけど、重力魔法と並列使用した事はあまり無いんだ。上手くいくとは思うんだけど……」


「そう言えば、ホムンクルスは結構な重量だったな」

「エ?」

「ア、聞こえちゃったかな。イスラはセバスチャンタイプよりかなり軽いけど、空飛ぶ絨毯は積載が500キロだからね。待てよ、3人の魔女達の時は700キロぐらいあったな。移動だけなら座席や風防も省略できる。だとすれば必要な物はーと。ウン、形はパレットでも良いな。これなら多少重くてもいけるかー?」

「パレットですか?」

「アァ、ほとんど移動しなくても良いし、今回は簡易型のパレットで十分だろう。今、作るよーと」

「手すりが付いた台が出てきましたが、これが?」

「そう、空飛ぶパレット。サァ、乗って下さい」


「海の上に移動して……。ウーン、ここらで良いかな」

「カトー司令。海が割れて行きますけど……?」

「迫力あるでしょ」

「エェ、そうですね。ちょうど、岩場のこの下あたりに大型ハッチがあるんですけど……」

「了解。このまま降りて行くよ」


「装甲隔壁があります。ここで間違いありません。ですが、貝やサンゴがびっしりと付いてます。エアロックの方も同じようなら厄介ですね」

「そうか。なら火魔法を使うかな」

「力なら有りますので、私が排除しましょうか?」

「そうだね。ホムンクルスの力なら簡単かもね。でもイスラ、ちょっと待って。この貝って、どう見てもアワビだよねぇー。大きくて美味そうだ。後で、お刺身にするから取っといて」

「食材にするのですか……。了解しました」


「カトー司令。これで開くと思います。ドアに魔力を流して下さい」

「了解。でも、しょう油とワサビが無いな。塩で食べるのもなー。そうだ。焼き貝にするか。上の方にはカキもあったし、となればバーベキューだな」

「ロックが解除されましたが開きません。少し力を加えて開放してみます」

「ウン、お願い。力加減に気を付けてね」


 ビールジャントで見つけた地図の✕印の謎が分かる。鬼が出るか蛇が出るか。マァ、今となってはいずれも対処可能なんだが……。さぁ、オープン・ザ・セサミである。



 いつも、お読みいただき誠にありがとうございます。次回更新は2021年11月15日 月曜日とさせていただきます。よろしくお願いいたします。

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