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癒やされたいキャンパー。異世界を癒やしに行く。  作者: カトー
第19章 中央大陸
185/201

185 王都ドルード

 ※ ※ ※ ※ ※


 8日目の昼前、鳩舎の掃除中に予定にはない伝書バトがやって来た。聞いていた通り、鳩の足には小さな金属製の筒が付けられていた。この通信筒には薄紙が入っているはずだ。だが、教えられていた通信筒の模様とは違うので急いで報告しに母屋に向かった。


 イリア王国でも伝書バトはハト便と呼ばれ、この間までは王室関係で使用される普通の連絡手段だった。この鳩が来たクシャーナ王国の王都ドルードまでは、400キロぐらいの距離があるらしい。以前述べたように、緊急時の連絡手段としてもかなり早く届くし長距離も可能だ。


 だが、鳩は夜の間は飛ばないので王都からの鳩なら、おそらく前日の昼以降に放たれたものだろう。昔のように思念波通信網が有ればどれほど助かっただろうか? マァ、そんな事を今考えていても詮無い事だ。


 母屋に行き、最初に会ったマーヒさんに伝書バトが到着した事を知らせた。マーヒさんは直ぐに通信筒を回収してあとの2人を集めた。この通信筒には緊急事態発生の赤い線が入れられており、良く無い知らせのようだ。僕は秘密に触れたくないので、その場を離れて鳩舎の掃除を続ける事にした。


 暫くすると、急に母屋が騒がしくなった。3人の魔女が急いで何かの用意をしている。ユクタさんがやって来て、僕にお留守番が出来ないかと尋ねてきた。3・4日ならともかく、期間は未定で場合によっては長期間になるかも知れなという事で断るしかなかった。彼女達も、僕が帰国途中である事を知っているので無理だとは思っていた様だ。


 それならば、留守番役の村人が来てくれるまでと頼まれたので承知した。普段なら村人は、2日に一度。誰かしかここを訪ねて来るので、その者に村長宛の手紙を渡すように言われたのだ。その手紙には、3人揃って王都に出かけるので、村人に留守番を頼む事が書かれているとの事だ。


 加えて、皆に頼まれている薬や常に一定数出て行く常備薬。補充用エナジーポーションを用意しておく事。お代は後からで良い。等、細々とした事が書いてある。普段服用している薬が切れて大変な事が起こってはいけないと言う思いなのだろう。中々、責任感が強い魔女達である。


 尚、村人が2日経っても来ない時は、村まで手紙を届けてくれと念押しされた。これも承諾した。僕は鳩舎の清掃後に、あれこれとお手伝いをしたのだが、彼女達の準備が整い次第に出発という事で荷造りが進められている。


 荷造りや薬草の片付けの目鼻がついたので、遅めの昼食時となった。その時に、3人が事情を説明してくれたのだが、王都まで400キロを超える移動である。気が急くのだろう、食後には出発するそうだ。


「色々と頼みますが、よろしくお願いします」

「留守番の事すみませんでした」

「イヤ、こちらも無理な事を言いました。手紙を届けてくれるだけでも大助かりです」

「ハイ、任せて下さい」

「カトーも不思議に思っているだろうから、ここらで説明しておこう。知っての通り伝書バトの至急報で、我らは王都に向かう事になった。おそらく王国各地にも同じ知らせが行っているはずだ」

「それはー、何か大変な事が起きたんですね」

「エェ、状況は深刻なのです」


「アァ、先ほどの通信文を見せてやろう」

「エ! 部外者が見て良いんですか?」

「構いません。見て下さい」

「門が開かれた。サバトを開く。至急来たれ。サクシ・ナイドゥ。2/2。とあるだろ」

「門やサバトの事は分からないでしょうが、時間がありません。さわりだけお話しますね」

「そうですか。お願いします」

「事の初め、そうですねー。仮に霧の悪魔の門としておきます」

「少し怖そうな名前ですね」

「エェ、そうですね。本当は少しどころではありませんが、黒き霧の悪魔の門は光り輝く石造りの門と言い替えても良いでしょう」

「光り輝く門なんですか?」

「エェ」

「門なんですよね?」

「便宜上、門と言っていますが定かではありません。光り輝く石造りの門は、異なる世界を繋いでいるとしか分かりません」

「アァ、放射状に広がる細い溝が刻まれた台座の様な岩の上にあるんだがな……」

「ン? 悪魔の門なんですか?」

「それが、光り輝く石造りのリングが、空中に浮かぶように立っているのです」

「空中にですか」


「残念ながら、クシャーナ王国では、およそ62年か63年毎に、門から霧の悪魔が溢れるように出て来るのです」

「黒き霧の悪魔が現れて、王都に尋常ならざる危機を引き起こすのです」

「ヘー。そうなんですか。アレ? それって、ひょっとして禁忌と言うやつですか?」

「確かに、そう言う者も居るな」

「この600年で9回に渡り、この世のモノでは無い者が侵攻して来るのです」

「侵攻ですか?」

「エェ、王国ではそう判断しています。この世のモノでは無い者の侵攻は何とか食い止めています。ですが、完全にとはいかず、その侵攻が起こると王都にゾンビ達が出現するのです」

「ヒへェー」


「王国の魔女は、黒き霧の悪魔からの王都防衛の任を負っているのです」

「そうなんですか」

「で、サクシと言うのは我らの師匠の事です。2/2とあるのは鳩が2羽出されたという事になります。ですから1羽は、遅れているか、タカなどに襲われて行方不明という事ですね」

「本来、ここへの連絡文は暗号文で送られてくるはずなんだ。まず、平文で書かれる事はないのだが、よほど急いでいたのだろう」

「短い文ですが、門の意味を知る者なら事態を憂慮するでしょう」


「実は先ほど、3人で相談しなおしたのです。やはりお願いしようと……」

「結論から言う。今一度考え直して、我らと王都に同道して欲しい」

「無理を言っているのは承知しています。でも、そこを何とか考え直して欲しいのです」

「マーヒの言う通りです。まさに憂慮すべき事態なんです」

「「お願いします」」

「ここからでは知り様も無いのですが、王国は非常に困った状態にあるはずです」

「ハッキリ言うと魔力が足りないのだ」

「ウーン。皆さんのお話だと、何か大変な事が起きているのは分かりました。お世話になっていますし、お話だけでも伺いましょうか」


 イヤー。リディさんがいると、実に早く会話が進む。ありていに言えば、3人は僕の魔法を見て王都での魔力増強に加わって欲しいと言っているのだ。移動を急ぐので、門については来てくれるなら、移動途中で詳しく話すと言うのもその為である。


 王都に着くのが遅れれば、王都のみならずクシャーナ王国の命運にも関わる事だと言う。ここまで言われれば、義を見てせざるは勇なきなりである。フーム……。以前にも同じような事が有ったようなー。思い出した。イルの盗賊の話だった。よせばいいのにと思いながらも、またもや自ら望んで火中に身を投じる訳だ。しょうがない性格である。


 マァ、それだけでもない。一国の命運も気になるが、3人の魔女のお師匠さんが魔道具を作った事が有ると言っていた。ひょっとしたら、魔道具作りの手解きをお願いできるかも知れない。弱みに乗じる気は無いが、教えを乞うには良いチャンスで実利も有りそうである。


 そうなれば協力するのも吝かではないと大人の打算も出て来る。もちろん、同道するのは自由意志であるし、無理強いはしないと言ってくれたが……。


 ※ ※ ※ ※ ※


「カトーは早駆けの魔法は使えるんだよな?」

「残念ながら、使えません」

「へーそうなのか。なら交代で背負って行こう」

「エー! それはー」

「仕方ないだろ。急ぐんだから」


 この会話で、王都に行く気になった訳では断じて無い。3人は否定的な意味で遠慮したと思ったのか、背負うのは当然だと言った顔をしていた。僕は3人の女性に順番に背負われるのである。ウエルカムである。しかしながら、このまま黙っていては何やら体がムズムズする。ここに至っては、言わねばなるまい。ウン、日本男子である。


「鳩が放たれたのは、昨日の朝ですよね? 急ぐんですよね」

「そうですが……それが?」

「この地への連絡では、伝書バトが一番早いのだが?」

「そうなんですよね。アノー。王都まで早駆けの魔法で行くとしたら、どのぐらいで着くのでしょうか?」

「王都まで410キロ。だから、早くても4日はかかるだろう。荷物も有るので5日だなぁ」

「荷物と言うのは僕の事ですよね」

「すまん。言い方が何だったな」

「イエ、イエ。やっぱり、結構かかるもんですね」

「早馬ほどではありませんが、それでも時間的には早いかと思いますけど?」

「ウーン。やっぱり、早い方が良いと」

「それはもう。一刻でも早く着いた方が良いでしょうね」

「正直、少しでも早く着きたいと思います。やはり、5日ぐらいはかかりそうです。過去の例から言えば、侵攻まで後7日あると思われます。猶予は有りませんが、何とか間に合うでしょう」

「実は僕、もう少し早く着ける方法を……有るような無いような」

「そんな事が出来るんですか?」

「エェ、実は僕。空飛ぶ絨毯という魔法が使えるんです。それで行くと早いんじゃないかなーと。良ければですけど、見ますー?」

「空飛ぶ……。ひょっとして、空を飛ぶんですか……私達」


 森に置いてきた、空飛ぶ絨毯5号機を取りに行くのも面倒だし、絨毯の説明をするのも目の前で造った方が早い。軽くデモンストレーションすれば分かり易いだろう。荷物も積み込む事が出来るし、母屋の中庭で作れば何かと都合が良いだろうしね。


 ※ ※ ※ ※ ※


「土魔法なんですね」

「ホー。なんと言ってよいやら」

「これ、発想が全く違う……」

「そうなんですか。これが……空飛ぶ絨毯なんですね」


「この大きさなら大丈夫だと思います」

「ウーン。空飛ぶホウキなら話に聞いた事が有るが」

「失われた魔法ですからねー」

「これで王都まで飛ぶのかー」

「怖くないでしょうかねー」

「フラン王国では気球と言う物が有るそうですが、それは凧のように一カ所に止まり、自由自在には動けないと聞いていますが……。本当に空を飛んで移動出来るのですか?」

「ハイ、それは保証します」


「座席が4つありますね。後ろは荷台ですか?」

「そうです。中々便利なんですよ」

「なるほどね。工夫してありますね」

「これですと、王都までひとっ飛びという訳ではありませんが、かなり早く着けると思います」

「早い事は早いんですね」

「早いならば文句はない。見ているばかりでは、事は進まんぞ」

「そうですね」

「そうか、そうか。やはりな。カトーは隠し玉を持っていた訳だ。さすが私が見込んだだけある」

「エー! リディだけじゃないですよ。私だって」

「イエ、私も!」

「良かった。皆さん賛成してくれたんですね。これで皆さんと荷物を載せて飛べますね。あとで積載量を計算しますので、皆さんの体重を教えて下さい」

「「「エー!」」」


「皆さんの噓偽りの無い体重が分かりましたから、荷台には150キロほど積めます」

「そうか、ならついでにポーションも運ぼう」

「そうですね。必要となるかも知れません」

「傷薬も忘れないようにしないと」


 空飛ぶ絨毯6号機の製作に当たっては人数と荷物が多くなるので、ひと回り大きな機体にした。早く着くようなら魔力消費が多少増えても良いだろう。最近は魔力の回復速度も上がっているしね。これも健康な生活と良い習慣のおかげだな? 夜明けとともに起きて労働し、陽が沈めば1日を感謝して休む。7日しかしていないけど。


「王都まで、どのくらいの飛行時間ですか?」

「そうですね。距離によります。王都まで、直線だとどのぐらいありますか?」

「そうか、飛行すれば直線になるからな」

「街道を行けば410キロですが、曲がったりしてますからね」

「直線距離ですか……。でしたら、330キロ前後だと思います」

「これは、時速3、40キロで飛べそうですから約10時間ですか……」

「それなら、1日で着きますね」

「ホー」

「やっぱり、早いですね」

「そうだねー」

「ただ、僕には土地勘も無いですし、夜は地上との距離感が掴みにくいので夜間飛行は危ないと思います。出来れば昼間の方が良いのですが」

「そうか。では、明朝早くという事でお願いしようか」

「良いですね」

「まだ、日が暮れるまで2時間ぐらいありそうです。片道20キロですから、村に手紙を届けてきましょうか?」

「そう言う事なら、手紙を書くより私がカトーと行きましょう」

「そうですね。マーヒが行けば村長との話も早いでしょうしね」

「その間に、2人は準備と薬を用意して下さい」

「さあ、準備開始だ」


 ※ ※ ※ ※ ※


 時は、600年以上を遡る。すなわち隕石テロの時であった。隕石テロを企てた魔法使いにとっては、衛星軌道上にあり落下可能な岩石ならどんな物でも良かった。重力魔法で移動可能なら、それが遥か昔、ムンドゥスの月を破壊した非常に珍しい岩石でも何ら変わりない。彼にはまだ、第二次攻撃の準備が有るのだ。


 現在のクシャーナ王国の王都にあたる城塞都市ドルードも隕石テロに遭った。本来なら、隕石落下により直径数十キロの破壊が生じ、ドルードが消し飛ぶような衝撃力が有ったはずである。だが、不思議な事にそうはならなかった。


 その変わった隕石は、ドルードの北東40キロ地点に落下して無くなってしまった。当時、隕石落下に備えていたアレキ国防軍は、理解不能の出来事に当惑した。だが、被害らしい被害も報告されず、突然無くなったのも事実だった。この為、奇異では有ったが、ドルードに置かれていた結界装置により隕石が弾き飛ばされたものと推論した。


 確かに、都市防衛用の巨大防御結界の効果が引き金となって、不可解な現象が発生し狙いから逸らされたと言うのも考えられる。しかし、隕石はかなり大きく、上位の魔法使い達にはドルードに置かれた結界装置の能力では、弾き飛ばす事などは到底不可能であると分かっていた。


 確かに、隕石により生み出された破壊的な高速運動エネルギーで、巨大な爆発が起きた。だが、空震や衝撃波も伝わらず閃光がドルード上空を茜色に染めただけであった。おそらく、一部は正解なのだろう。魔法使い達は、解明できない何らかの現象が重なって発生したのだと判断した。


 ならば、解明出来ない現象とは何なのだろうか? しかし、それは考察する時を与えなかった。ドルードの国防軍から、直径800メートルのすり鉢状の大穴が発見されたとの偵察小隊からの報告が有った。この知らせて受けて、国防軍も上位の魔法使い達も騒然となった。事はそればかりではなかった。報告された物が異常すぎた。


 惑星ムンドゥスでは、魔法が使われている。超常現象のような魔法の存在も知られている。だが、その事を含めたとしても異常な事象であった。隕石は確かに落下した。そして、その桁違いの破壊力は大地を歪めドルードの町と人々を消し去る替わりに、空間を歪め、すり鉢状の底に10メートルほどの不思議な物を造り出していた。


 どうやら、現実は小説より奇妙な事象を招いたようだ。離れた所から見ると、光輝く石造りの丸いリングが空中に浮かぶように立っていたのだ。それは、放射状に広がる細い溝が刻まれた台座の様な岩の上に光り輝いていた。それを見た者は、不思議な事に石造りのリングが巨大な門であるとしか思えなかった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 原因究明の為に、上位魔法使いを含む調査団が急派された。その中にはドルードの魔女と言われる凄腕の3人、シヴァンシカ・バンダリ、ヴァーニ・チャンダ、ヴリティカ・ハーサンが居た。今、3人の魔女は、本来なら隕石落下により破壊されたはずの森にいた。そして、発見された大穴の縁に立って話し合っていた。


「こんな大穴を空けたんだ」

「ここは、隕石の落下地点だったはずだろう?」

「アァ、そうだとも。穴だけで済んだのが不思議だよ」

「ドルードに落ちていたらひどい事になっていたろうね」

「不思議だねー。空震や大きな衝撃も無かった」

「そうだね。防御結界がドルードを守らなければ、みんな蒸発していたかもしてないよ」

「脅かさないでよ。シヴァンシカ」


「いや、大規模テロだと言うのは間違いない。中央大陸内では連絡が取れていない都市が多数あるとの事だ。アレキ大陸でも同様に隕石落下が有ったようだ。加えて南大陸は音信不通で、思念波通信網には物音一つしないそうだ」

「被害が大きすぎて、救援活動も難しいようだ」

「捜索中だが、まだ生き残ったテロリストが居るらしいぞ」

「どうやら噂の通り、隕石はムンドゥス全域に降りそそいだらしいね」

「状況はかなり酷いらしい……」

「空が赤いのは気に入らないね」

「ムンドゥスの空は、赤いままになるんだろうかね」

「先ほどの南大陸の話。私は、まるで南大陸ごと吹き飛んだようだと聞いたよ」

「動いている転送陣ネットワークもわずかだ」

「これも噂ですが、第4世代のドラゴンが迎撃に出されるらしいです」

「それだけでは無い。全大陸の国防軍は、非常事態から緊急時対応に移行する事になるだろうな」

「このままではアレキ文明の崩壊さえ……」

「ウム、ヴァーニ達の心配はもっともだが、我らは我らの問題に取り組もう」


「ここら辺は森だったからな。人も少なく、行方不明者が数人出たと聞いたが……」

「我らのドルードの町は運が良かったようだ。亡くなった方には申し訳ないが、我らの地は森と幾らかの農地が無くなっただけだ」

「本当にそうだと良いんだがな」

「そうですね。このすり鉢の底にあるリングを見てからは、そう簡単に済ませれないと思えますねー……」

「エェ、同感ですね」

「この大穴を作り出した破壊力はどこへ行ったのだろう?」

「時空を破壊したかもしれません」

「それを調べる訳だが……まさかな」

「気になる話が有ります。不思議な事に、あのリングを見た者は門ではないかと言う者が多いのです」


 ※ ※ ※ ※ ※


「先遣の調査隊の報告によれば、大穴の直径は800メートル、すり鉢状の底までは50メートルだそうだ」

「ウーン。台座の様な岩の上に、光り輝く石造りのリングの様な門か」

「あまりにも不自然だな」

「底までは行ったのか?」

「イイエ、念の為にですが、指揮官が先に羊を10頭放したそうです」

「ホレ、10頭が動かない羊が見えるだろう。あれだな」

「ハイ、そうです。羊は底に着くまでに次々と倒れたそうです」

「アァ、このような底では息が出来なくなるという事が間々あるからな」

「ガスかも知れんな。賢明な判断だ」

「という訳で、まだ底には人が行っていないという事か」


 この頃には、国防軍から出された1個歩兵大隊800名が、大穴の縁に展開し警戒態勢を敷いていた。


「予報によると、明日からは、激しい雷雨という事だったろ」

「隕石落下で大気がかき乱されているらしい。なんでも、500年に一度という大雨が降るとの事だ」

「こんな、すり鉢のような穴だから池が出来るね」

「排水が無いからなー」

「今からでも作りますか?」

「流せる川までは、2キロはありますよ」

「そうだな。土魔法と水魔法使いが、それぞれ50人は要るな」

「国防軍はテロの対応で手いっぱいです。今、50人でも集めるのは難しいわ。衝撃が少なかったとは言え、無かった訳じゃないし。みんな、点検と復旧工事で忙しいはずよ」

「それもそうだ。池になったらなったで、水魔法で何とかするしかないな」

「オ、降り出したか」


 予報通り、イヤ、むしろそれ以上に雨が降って来た。やはり、ムンドゥス各地に落とされた隕石のせいであろう。雨は警報のレベルを超え、調査団はテントの設営地を変えなければならないほどだった。その為、翌朝には満々と水を溜めた直径2キロの池が出来ていると思われた。


 しかしその夜、観測班から異常な報告が有った。調査団が駆けつけると、大穴の底に有る門の中へと大雨の水が流れ込んで行くのが見えた。翌朝には溜まっているはずの水はわずかで、雨水も放たれた10頭の羊の姿も消えていた。だが、輝く石造りの門は何ら変わりが無かった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 あくる日の昼、門が開いたのだろうか? 何もないはずの石造りのリングの中が乳白色に色付いた。そこには、脈動する何かがいるようだった。「乳白色の何か」から黒き霧が溢れて来た。


「オヤ? 中隊長。あれは、何だろうね?」

「ウーン、大隊長。……私には分かりません。ですが、あれは拙い奴ですね」

「あそこには、得体の知れない何かがいる気がするんだ」

「エェ。自分もなんか、イヤな風を感じます。第六感が非常警報を鳴らしております」

「軍曹の言う通りだな」

「私も感じる。邪悪なモノの息だ」

「リングの中が動いてます! アァ、前哨が」

「皆、心せよ! 迎え討つぞ!」


 黒き霧は近づく事も無く、呪い殺したとでも言うのだろうか? 大穴の中間辺りに配置された前哨の兵が、次々と倒れてすり鉢状の底に転がっていく。大隊は、穴の底にある門から沸いた黒き霧を押し止める防衛戦闘を行う事になった。迎撃にあたる者は、光り輝く石造りの門を破壊しようとした。


 警戒中の歩兵大隊は、弓矢や石(もちろん超大型の弩や投石機の攻撃であるが)、万が一の場合として用意された高性能爆発物も使って攻撃した。だが、何ら打撃を与える事も出来ず、リングの中にある「乳白色の何か」が振動し、黒い霧がさらに薄く拡がっていく。


 同時に、兵士達はあっという間に赤いシミとなった。圧し潰された赤いシミから、赤い血が拡がっていく。おそらく、兵士達は自分が何故死んだのかも分からなかっだったろう。


 最新技術のゴーレムや魔核弾頭なら、或いはと思われたが、大隊には装備されていない。それに、物理的な攻撃を一切受けつけないような門なので、有ったとしても役に立たなかっただろう。大隊が運用している兵器では門の破壊は不可能な事と思えた。


 残されたのは、同じこの世の条理を破る魔法でしかない。残念ながら、状況は最悪と思われるものより悪くなっていく。だが、ここで怯む訳にはいかない。3人の上位魔女は、得体の知れない「乳白色の何か」から吐き出された邪悪なモノを迎え討つべく、城塞都市ドルードの魔法使いの総力をつぎ込む事に、ためらいは無かった。


 思念波で迎撃戦を知らされた先遣隊と調査団の魔法使い達は、大穴の縁で迎撃態勢を敷いた。幸いな事にドルードには魔法使いも多くいる。その魔法使い達も、緊急事態とあって相当数が早駆けの魔法を使い短時間で駆けつけてきた。


 魔法使い達は、吐き出された邪悪なモノに目がけて様々な魔法で攻撃をかける。火・風・水魔法などありとあらゆる攻撃魔法が使用したが効果は無かった。だが、結界を張れる者は死力を尽くして詠唱を行い、防御結界を構築して仲間を守っていた。魔法使い達は、大隊の兵達より幸運だったと言える。


 魔法使い達は邪悪なモノに立ち向かっていた。魔法使い達は命を投げうって懸命に阻止しようとする。そして、魔法使い達が次々と倒れていく。門から出る黒い霧の勢いは変わらず、得体の知れないモノは次から次へと黒き霧の悪魔を吐き出している。


 それを魔法使い達が魔力の限りを出して押し止めていた。だが、増援の魔法使い達が着くまでに、多くの者がまるで象にでも踏み潰されたかのように、体中から血を噴き出しなら死んで行った。魔法使い達の力が一瞬弱まった時、得体の知れないモノが、黒き霧を勢いよく吐き出した。


 わずかながら、黒き霧が防御結界から漏れ出たようだ。その黒き霧は、瞬時に羽の生えた人型に変わって逃げ去ろうと上空に消えて行った。そして、門からは人型に続けとばかりに黒き霧が吹き出てきた。


「応援が来るまで、なんとしても守らなければ……」

「あの人型は、この世に出してはいけないモノだ」

「我らの、全力を尽くして防ぐのだ」

「シヴァンシカ。私はもうダメです。後を頼みます」

「ヴァーニ、1人ではいかせないよ。ヴリティカ、援護してくれ」


 ひときわ大きな黒き霧を、3人の上位魔法使いである魔女達が、命と引き換えに魔封じの呪文を唱えて霧散させたかのように見えた。やっと応援の魔法使いを得て、詠唱により防御結界の強化を終えた頃には、迎撃に出た半数近くの者が亡くなっていた。


 結界が強化された後は、溢れ出て来るような黒き霧の悪魔は、タイムラプスの逆回転映像のように急速に少なくなり、その力も落ちて行った。そして2時間後、多くの者が潰されて赤いシミとなってしまったが、再び、石造りのリングの空間は脈動する乳白色から、元の様に何もない空間が戻ってきた。


 幸いな事に新手の応援を得た魔法使い達は、本体と思われる得体の知れないモノを門の中へと押し戻す事が出来たようだ。これは勝利とは呼べないような勝利だった。城塞都市ドルードが隕石テロで一瞬のうちに蒸発した方が良かったのか、はたまた、得体の知れないモノの出現する恐怖に耐えて生きていく方が良かったのか……。生き残った魔法使い達には、幸か不幸かの判断はつきかねた。


 城塞都市ドルードの北東。大穴の底で輝く石造りの門がある。それは、62から63年毎に、600年以上の長きに渡って異世界のモノを呼び入れ続ける事になった。得体の知れないモノから吐き出された黒き霧の悪魔も、隠れるように行方をくらまし、やはり62から63年毎に人々を襲い続けた。


 ※ ※ ※ ※ ※


 クシャーナ王国は、アータシュ ・ラシュト・ドンヤー3世国王陛下の治世の下にある。御名の意味は世界の火である。王都ドルードは、中央高原の中心近く標高666mにあった。


 440年前にアレキ文明人たちが築いた都市に、現在のクシャーナ王国とイル王国をまたぐオーチャ王朝の退役軍人達の町として再入植されてから拡大発展した。もちろん大穴の存在が、王国の命運を左右する為に、兵力の増強を兼ねると言う意味合いも有った。


 王国は、多くの犠牲を出しながらも大穴の黒き霧の悪魔を押し止め、危機に備える為に魔法使いを待機させた。門からは、黒き霧の悪魔が相変わらず62から63年毎に流れ出てきた。大穴の永年に続く監視と、防衛任務が明白となった為に、調査団の置かれたテント設営地には封印の砦と呼ばれる木造建築群が築かれた。


 これは後に、堅牢な石積がされたハーフェズ(守護者)城と言う名に変わる。そして、直径800メートルの大穴の上には、難工事で有ったが城から続く縦横十文字の石の回廊が作られた。中心には50メートルの円形舞台の様な構造物が造られた。これは、結界を最大限に機能させる為だった。


 また、その頃には王都内にパーシャー(王)学園が作られた。卒園者の多くは教員として各学園に勤めたり研究したりする事になる。これは後に王家直轄の近衛魔法団となった。同時期にクシャーナ王国では魔法使い養成学園が王国内3カ所に作られた。


 フラン王国に近い西方軍、ピルーズ(勝利)学園は魔獣大戦において100人の魔法使いを派兵している。南の港湾商業都市ビールジャンド近くに有るダルヤー(海)学園。そして北東の山岳地帯の要衝、ラフシャーン(閃光)学園である。


 王国の魔法使いは、これらの学園で適正に合わせて2年から4年間の教育が行われ、各地にある魔法研修センターの師匠の下に1年間派遣されて正規の魔法使となる。また、黒き霧に備える為、特に選抜された魔法使い50人がハーフェズ城に詰める事が決められていた。


 ハーフェズ城には大きく分けて2つの使命がある。まず得体の知れないモノの侵入を防ぎ、結界の維持をする事。次に魔法呪文の儀式を円滑に行う為の後継者の継続的な養成である。王国の魔法使い達は研究の結果、結界保持の為に効果的な魔法呪文を生み出していたのだ。


 ハーフェズ城では、常に専門的な才能を持つ者達がこの呪文儀式、即ち集団舞踏の儀式を行った。これは何故か女性が選ばれる事が多く、偶然とはいえ男性が少ないと言う王国の実情にも合っていた。こうして、常に50人以上の魔女達が、集団詠唱やドラムの演奏、集団舞踏継承の為に養成されていた。


 アレキ大陸、中央大陸ともにいえる事だが、年々魔法使いの数は減り続けており、その魔力の低下も取りざたされていた。9回に及ぶ黒き霧の悪魔から王国を防衛してきた者達も例外ではない。黒き霧の悪魔の力は一定では無いようだ。事実、強い時も有れば弱い時も有った。


 まさに目撃された超常現象は、幽霊とは違い霧状の物質で、大穴を離れる時には羽のある黒い人型の影のようなものに変わった。人型の黒き霧は、人間のような仕草もするが、それを見ただけでも人は体調不良になったと言われる。この事が広まると、口にするのも恐ろしく忌まわしい禁忌の話となった。


 光り輝く石造りの門から出現する謎に包まれた黒き霧。その本体である得体の知れないモノの力は、果てしが無いかのように思えた。得体の知れないモノはどこからやってくるのか? 出現する時を選んでいるのか? 知的なのか? それとも、凶暴にして凶悪なのだろうか? そもそも、生きているのだろうか? 全ては謎であった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 最初の侵攻の時に逃れた人型の霧は、城塞都市ドルードに向かった。門から抜け出た場所で、得体の知れないモノは存在そのものを拒まれ、門へと戻るしかなかった。だが、ドルード上空に着いた人型の霧は巧みに姿を隠した。


 人型は、異界の力を温存する事にし、異界の門が開かれるまで地下に潜む事にした。そして、2回目の黒き霧の悪魔の侵攻は、最初の異変より62年後に行われた。異変が起こると人型の力も増す。わずかでも黒き霧を吸収すれば、人々の心をかき乱す事件が引き起こせた。


 最初のうちは何事も無かった。王都の墓場でチョットした騒ぎが起きただけである。今から思えばこれが予兆だった。そして何年も何十年も過ぎ去った62年間後、初めて大穴に備えられた警告の鐘がなった。重く大きく鳴る鐘の音は、やがて引き起こされる惨事の大きさを表すかのように王都まで届いた。


 人型のおぞましい攻撃方法を知ると、人々は得体の知れないモノに、ためらわず憎悪を向ける事が出来た。それには、400年ほど前にマニ教の一派とされるイーラーム教が現在のクシャーナ王国の地に伝わった事を知らなければならない。


 イーラーム教の宗旨では、死者の火葬は精霊の意思に反するとされ嫌われている。この為、王都内にはカタコンベと呼ばれる地下埋葬施設である死者の家が有った。得体の知れないモノから分離した人型の影は、この世界では無生物とされ黒き霧の悪魔と名付けられた。この黒き霧という無生物は、墓場で埋葬された者を操る事が出来た。


 人型をした無生物は死者達をこの世によみがえらした。正確には、ゾンビと呼ばれる命亡きモノを作り出したのだ。ゾンビが出現する前には、物の腐った臭い匂いはもとより、数々の前兆がある。引きずるような音もそうだった。また、記憶の残差が有るのだろうか、ゾンビ達は自分の家を目指していた。


 ドルードの人々は、埋葬し永眠したはずの肉親の形を残した祖父や祖母、父や母、さらには子に襲われる事になった。そればかりでは無い。人々は死んで後に、自分の魂なき肉体が同胞を襲う事に恐怖した。


 目撃者によれば、ゾンビの動きはとても素早く、単独でも複数でも出現するという。警告の鐘が鳴らされると、直ぐにカタコンベが閉鎖され魔法使い達と兵が配置される。警告自体は当時造られた魔道具で有ったので信頼は出来たが、如何せん警告のみで封印強化などには使えないものだった。


 初めの頃、魔法使いの使う精霊魔法及び光魔法による排除は、思いの外動きが早い為に極めて苦労する事となった。


 ゾンビの出現と黒き霧の悪魔との関連性は可能性の一つとして考えられた。むろん国王といえども、イーラーム教の教えに反する行為は命ずる事は出来なかった。しかし、3度、4度と、ゾンビの出現と黒き霧の悪魔の侵攻が重なると、疑いが確信に変わり、地下埋葬施設の使用は禁止された。だがその間にも、この施設に多くの者が埋葬された。


 結果、ドルードにはおよそ62から63年毎に季節を問わず門が開かれるとゾンビが放たれた。得体の知れないモノの侵攻は続く。もちろん、その度に儀式が行われて門が閉じられる。だが、わずかながらも黒き霧は漏れ出ていった。


 得体の知れないモノが用いるのは、今ではデス魔法と呼ばれる禁忌の魔法であった。門に動きが有ってから10日すると、決まってゾンビが地下埋葬施設から放たれる。黒き霧の悪魔は、手当たり次第に墓を荒らし、その強力な魔力で墓所からゾンビ達を作り出し、死の軍団さえも作り出すかもしれない。


 もしも結界が破られ、黒き霧の悪魔の本体が姿を現わすような事になれば、筆舌に出来ないような惨事となるだろう。今までは防ぐ事が出来たが、ハーフェズ城の魔法使い達の力が及ばない時には、門が開かれて王都は屍が歩く街と化すだろう。


 ※ ※ ※ ※ ※


 黒き霧の悪魔を撃退し、効果的な退魔呪文である精霊魔法及び光魔法に気が付いたのは、得体の知れないモノばかりではなかった。もし、精霊の存在が確認されたとすれば、精霊はクシャーナ王国の味方だったと言えるかもしれない。


 この得体の知れないモノを抑え込む事が出来たのは、強力な退魔呪文により声を合わせて唱えた事である。それは、アータシュ経典のある一部分の朗誦によく似ていた。この為、第2次侵攻時には、聖歌と呼ばれる精霊への恩寵の嘆願が連祷され、完全ではないにしろ得体の知れないモノの侵攻は退けられた。


 得体の知れないモノは、物理的な攻撃が通用しない。実際、最初の侵攻が有り、第2次侵攻の間には様々は方法が考えられた。光り輝く石造りの門を破壊しようと、火・風・水魔法などありとあらゆる攻撃魔法が使用されたが効果は無かった。


 水攻めは、第1次侵攻時の雨の例も有り行われなかった。しかし、大穴を埋める為に土魔法は使われている。直径800メートル・深さ50メートルの大穴を、土魔法に加えて人力を総動員して1日で大穴を埋めようとした事も有る。結果は、惨憺たるものであった。門が埋まるかと思う希望とは裏腹に、その中へと果てしも無く流れ込んでいったのだ。


 門は、木も石も土さえ呑み込んだ。例え死体だろうが、金属だろうが、何であろうが変わりない。翌日には、元の大穴に戻っていた。やはり、得体の知れないモノを押し止める為には、魔法で封じ込めるしかないと思われた。


 魔法が効果的で有ったのは過去の侵攻が証明した。精霊魔法及び光魔法から進歩した退魔呪文であり、結界魔法である。特に魔封じの呪文と言われる詠唱は、得体の知れないモノを押し止める事に成功していた。


 さらに研究が積まれて第3次侵攻時には、精霊の力を貸りだす事が出来るようになった。魔封じの舞踏を大人数で行えば、効果が飛躍的に増す事が分かった。借り出す物には対価が必要である。それは精霊が喜ぶとされる舞の儀式である。今回は、その踊り手は30人の魔女達となるらしい。


 上位魔法使いが3人。踊り手が30人。詠唱をする者が30人。ドラムを叩く者も30人。裏方を含めると100人以上が儀式に関わる事になる。魔女が一度に100人以上集まるとなれば、さぞや壮観な事だろう。


 得体の知れないモノを押し止める儀式は、参加人数が多い時も少ない時も有ったようだが過去に何度も行われている。最初の異変から9回を数え、やがて来るだろう10回目を迎えようとしていた。そして10日前には、警鐘が鳴らされ得体の知れないモノの侵攻は近づいていた。


 残念ながら、クシャーナ王国でも魔法使い達の数は減り、その魔力は減っている。黒き霧の悪魔の力は、毎回のように上下している。果たして、今回も得体の知れないモノを抑えるだけの魔力があるかは不明である。クシャーナ王国は、それに見合う数だけの魔女を増やせれただろうか? 


 少しでも魔力が多い者が、儀式に出るように求められていたのは当然だろう。もしも、侵攻が予測された時には、3人の魔女達は踊り手として儀式に出る。その為、必ず期限までに王都に着くようにと厳命されていた。


 ありていに言えば、魔力不足が懸念されたのだろう。その為に王国各地に居る魔女達を集める事とし、参集の命が下されて鳩が放たれたのだ。鳩は王国に有る、巫女となるべき魔女達が居る35カ所の施設に向かって放たれた。急ぎ鳩を飛ばしたが、果たして何人が間に合うだろうか? それは時間との勝負であった。


 ※ ※ ※ ※ ※


「良かったですね。今日は風も緩いし晴ています」

「「そうですね」」

「たまに風が強くて、ダメかなーとも思う時も有りますからね」

「フーン。休憩はするのかな」

「エェ、最初ですから、まず1時間ほど飛んで休息します。アァ、気分が悪くなったら言って下さい。直ぐに降ります」

「ハーイ」

「一応、4回の休憩を取ろうと思っています。興奮して喉が乾いたら、遠慮しないで水を飲んで下さい。トイレに行かなくても済むようになんて、水分を調整しなくても良いですよ」

「食事や休憩を取りながらですから、13時間から15時間かかりますね」

「疲れませんし、十分な荷も運べる。早駆けの魔法とは比べ物になりませんね」

「座っているだけで、たった半日で王都に着くとは……」

「飛行コースですが、王都に直進するつもりです。目標物やコースが外れているようなら教えて下さい」

「ハーイ」


「ダマーヴァンドの森の上を飛ぶのでその爽快感はバツグンですよ」

「楽しみですね」

「エェ、期待して下さい。天候が良いので、20キロ離れたセムナーンの村や遠くはアラークの町、なんと言っても雄大な中央山脈の山々も見る事が出来できますよ」

「高く飛ぶんですか?」

「そうですねー。マァ、だいたい巡航高度は200メートル。最大高度は500メートルですか」

「落ちたら死んじゃいませんか?」

「そうですね。マァ、確実に……落ちたら死んでしまうかもしまいますね。ですから落ちないように安全第一で飛びますよ」

「……お願いします」

「もちろんです。気球が作られたどこかの国では、飛び降りても良いように落下傘と言う道具が作られたそうですが、ここにはありません。ですから、このベルトを付けてチャンと座っていて下さいね」

「ハーイ」

「サァ、乗って下さい」


 3人の魔女がカトーに促されるまま空飛ぶ絨毯に乗りこむと、あっという間に浮いた! 心の準備をする間もなく、200メートル上空へ。みるみるうちに地上が遠ざかっていく。3人が思わず「ワー!」と声をだす。上昇を開始するとセムナーンの道沿いの川がキラキラと光っている。ダマーヴァンドの森が目の前一面に広がった。


「最も難しいのが風の判断で、追い風をとらえれば魔力消費も少なくなり速度も上がりますよ」

「へー」

「もっとも最初のうちは風が分からないのですがね。僕は経験も飛行時間も随分とあるつもりですから、安全な風を選んで行きます」

「「お願いしまーす」」

「この空飛ぶ魔法の絨毯は、水魔法で細かく操縦できるので、ちゃんと狙ったところに降りられますよ」

「そうなんですね」

「今回は初めてですので、しっかり減速して降ります。そうですねー。着地の衝撃は、だいたい階段の一段目から飛び降りるくらいですね」

「フーン」


 合計体重xキロの魔女達と、荷室一杯のポーションだが、見事に空に飛び立った。この空飛ぶ絨毯の動力は魔力である。航空機の様な、プロペラ音やジェット音は無い。空飛ぶ絨毯は、まるでグライダーのように滑空していく。エンジン音も無く、さながら鳥のように無音状態で見る森はまた格別だ。


 森の木々は少し離れるだけでまったく異なる。見事なグラデーションがハッキリと見えていた。自然の豊かなダマーヴァンドの森に圧倒される。様々な野鳥が飛ぶ姿を見る事ができた。朝には遭遇できなかったが、大地が温まれば上昇気流の中でトンビが舞う。運が良ければ、鳥類の王者と言われる大鷲の姿も見る事が出来るかも知れない。


「ビールジャンド川みたいですね。だとしたら、王都ドルード東90キロを流れる川です」

「では、見晴らしの効くように高度を上げてみましょう」


「大きな町が見えますね。あれが王都ドルードですか?」

「そうです。ドルードです。王城が見えますね。後、80キロぐらいでしょうか」

「王城ですか? 随分と大きな物なんですね」

「エェ、クシャーナ王国の誇りですからねぇ」


「大穴は王都から北東40キロです。ですが進路はこのまま、王都でお願いします」

「王都へは、直接に乗り付けても良いんですか?」

「そうですね。いらぬ警戒をされても何ですし、少し手前で降りましょう」

「了解しました。良さそうな所が有ったら教えて下さい」


 3人は鳥のように空を飛ぶ体験をした訳だ。人生で一度は体験すべき貴重な出来事だったかも知れない。カトー達は、休息や食事に4時間をかけ、10時間あまり風の音とともに飛んだ。そして、空を十二分に体感して、日が暮れようとする前に王都に近づいて行った。


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