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癒やされたいキャンパー。異世界を癒やしに行く。  作者: カトー
第18章 新世界
176/201

176 田んぼの準備

 ※ ※ ※ ※ ※


 帝国への緊急食糧輸送の為とはいえ、麦の促成栽培魔法は成功したと言える。育種こそ魔法による力業であったが、2か月と言う短期間に12万トンものライ麦を帝国に送り出す事は、カトー卿一人の力では出来なかっただろう。イリア王国の面目を大いにほどこしたと言える。


 アレキ大陸はこの数年、安定した気候で豊作が続いている。しかし、いつ気候が急変し不作の時が来るかもしれない。その時の備えも必要である。緊急とはいえ、貴重な魔石を使用し続ける事は出来ない。そして、この事は帝国への援助ばかりではなく、イリア王国の為にもなる。これからは、魔石を使用する事なく生産できる新種の作物が求められたのは当然であった。


 アンベール帝によって見出されたコメは、南ケドニアで作られていた。と言っても、その割合は麦に比べればごくわずかであった。皇帝の後押しもあって、帝国の田んぼではコメと言う作物は、連作が可能と言われる処まで研究されていた。そして、将来的にコメは麦の20倍近くの生産効率を上げるだろうと予測されていた。


 主用穀物となるものは、生産性が高く、且つ多収穫であり、病害虫に強く、保存がきく物がベストである。もちろん、直ぐに麦にとって代わる訳では無い。寒冷な気候風土も、栽培技術も完全には確立されていない。ケドニア帝国は、何十年にもわたる品種改良の緒に就いたばかりなのだ。だが、コメの有用性には気付いている。


 何だかんだと言っても、人心を安定させるには食料はなくてはならないものだ。加えて、余剰分が多ければ、これは備蓄品とか戦略予備と言われる物だが、軍を動かすにも帝国運営の安定にも寄与するだろう。そして、その解答の一つがコメであるとされていた。


 アレキ大陸では、麦科の作物が主体であり、コメは風土的に合わなかったのであろうか? イイヤ、イネ科の食物は研究途上であり、もたらされた年月が単に浅かったせいかもしれない。これには、帝国での生育地が農業研究施設のあったリミニ市であり、始まったばかりだった事が関係するかもしれない。


 いずれにせよ、最適解では無かったようだ。適地さえ見出せば、コメにより食料の大幅な増産が可能となるだろう。だが、魔獣大戦はそれを許さなかった。研究施設はもちろん、人員も、種も、田んぼさえ失ったケドニアの計画は大幅に遅れるだろう。悪くすれば、二度と陽の目を見ない事になるかもしれない。


 ※ ※ ※ ※ ※


 アンベール帝に、先見の明が有ったかどうかは不明だが、コメは偶然にもコメの事を知るカトー卿の手にもたらされていた。そして現在、イリア王国に受け継がれ、コメを生産する試みが始まっている。栽培が成功すれば、その果実は大きいが苦難の道とも言えた。


 帝国で栽培されていたのは大別して、長粒種であるインデイカ米と、短粒種のジャポニカ米であるとされる。イリア王国ではコメの事は知られていない。とは言え長粒種は、聖秘跡教会の文献により王国でも農業従事者の一部には名前だけとはいえ知られていた。


 だがそれであっても、地方の農家にとっては、コメと言う食用の実が出来る草であるというぐらいの認識である。短粒種に至っては、農業研究者さえ知る者もおらず、果たして栽培が可能かどうかも分からなかった。


「皆さん、お忙しいでしょうに、よく来ていただきました。この間の促成栽培は、ご苦労様でした」

「イエ、なに。カトー卿の要請でしたら、いつでも構いません」

「そうなんですか。ホントいつも、ご配慮いただきありがとうございます。今度、皆さんにお力添えしていただきたいのはコメ作りです」

「コメ? ですか」

「エェ、食用作物の一種で、非常に有益な植物なんです。資料はわずかですがあります。僕も知らない事が多いのですが、出来るだけ協力します」

「ハァ」


「早速ですが、王国ではコメの栽培技術は知られていません」

「確かに、コメなどと言う物は聞いた事はありませんな」

「そうですね。長粒種のコメも王国ではかなり珍しい植物ですものね」

「やはり」

「コメには大別して短粒種と長粒種があります。今回、栽培をお願いするのは短粒種になります」

「そうでしたか」

「資料によると、短粒種のコメと言うのは、水が乏しく気温が低い土地では出来ないそうです」

「ホー」

「その育てる土も、田んぼと言われる特殊な土壌が必要なのです」

「麦の様に畑で出来ないのですか?」

「陸稲ですね。探せばムンドゥスの何処かに野生の物があると思います。ですが探す時間も費用も掛かりそうです。何より野生ですからね。実のつけ方が少なのです。それでは、生産性がかなり落ちるのではないかと思います」

「なるほど。そう言えば、麦も少しずつ改良されて、実が増えたと聞いた事があります」

「品種改良と言う技術だそうです。ですが、幸い手元にあるのは改良された物だと思います」

「そうなんですか」

「これも麦と同じように、コメと言うのも先人によって、長きに渡って選別されてきたんでしょうね」


「コメの種は、ケドニアのアンベール帝から個人的に贈られた物があるだけなんです。ですから、あまり量がありません」

「そうなんですか。かなり貴重な物という事なのですね」

「エェ、これは、種籾と言うんですが、長期間、美味しく頂ける様に一部だけですが籾の状態で贈られて来たんです。これは、お前も作ってみたらという問いかけだったかなと思ってます」


「これが、コメなんですね」

「ハイ、そうですね。ケドニアでは、粒の長いインデイカ米は帝国中探し回って、やっとの事で見つけたそうです。ですが、粒の短いジャポニカ米と言うのはそれ以上に難しかったと言われます。皇帝の力を持ってしても、手に入れるまでには、莫大な金と膨大な時間がかかったそうです」

「そうなんですかー!」

「エェ、そんな感じです。皆さんは、そのコメを種から育てる事になります。イリア王国ではコメに関する知識もわずかで経験は皆無です。もとから収穫量は期待していません。ですが、コメが出来れば食糧危機の解決に望みが出るんです」

「ホー」

「いつの日か、成功した暁には麦畑の最大効率よりも20倍近くを収穫できる作物なんです。研究する価値はあるんです」


「分かりました。カトー卿。万難を排して事に当たります」

「イヤー、チョット大袈裟に話しました。そんなに気張らなくても良いですよ」

「イエ、近衛魔法師団の名に懸けても」

「そんな事、言わなくても。コメの栽培が、難しいのは分かっていますから」

「お気持ちは有難く。ですが、天地天命に誓い、あらゆる艱難辛苦がありましても、きっとコメを実らせます」

「ハァ、そうですか。ですが、あまり根を詰めないようにお願いします」


 ※ ※ ※ ※ ※


「で、我らが赴くのは王都からは南、エバント王国寄りになる」

「中佐。かなり南になりますが……」

「そうなるな。カトー卿の話では、コメと言う作物は南の温暖で湿気のある気候を好むらしいからな」

「マァ、前は北の果てまでの道路建設でしたからな。それに比べれば南は暖かいのでましでしょう」

「ハハ、いつ終わるとも知れない道路も作りましたよ。特に苦労したのは果てしなく掘った運河ですね」

「おかげで土魔法のレベルが上がったけどなー。きつい修行だったよ」

「私は、もう修行なんてのはしたくないです。と言ってみたかったなー」

「イヤイヤ、今回の麦作りの方が凄かったですよ」

「そうかもしれん。だが俺は、排水路作りの方が大変だったなー……」

「アァ、あの大雨の日ですね」


「そうかと思えば、確か、2カ月でしたか? 麦畑には、水魔法と風魔法を延々と使いましたよ」

「今度は、水魔法と風魔法のレベルが上がっただろうなー」

「そう、そこなのだ」

「ハァ?」

「今回は、田んぼという物の作成には、清浄な水を造り出す水魔法が必須らしいのだ」

「そうなのですか?」

「しかも、気温が高い事が必須らしい」

「その条件だと、王国ではかなり南になりますね」

「アァ、知っているかもしれないが南部の湿地帯になるだろう」

「あの疫病だらけの地ですか?」

「そうだな。風土病らしいが」

「人が立ち入る事の無い秘境。我々は、その最深部に行くのですね? 生い茂った植物が光を通さず、昼なお暗い鬱蒼とした木々が広がり、美しい蝶や、鳥がさえずり、毒蛇が地を這い、ときどき木の上から背中に落ちて来るんですよねー」

「そうとも、緑の海の中をかき分けてさらに進むと、遥か向こうから聞こえてくるのは人跡未踏の壮大な滝の音なんだ」

「エー! 本当なんですか? 私には同じイリア王国の、話とは思えませんよー」

「アァ、ヒメナ中尉。ビト大尉の話には、少し大げさな所があるかもしれんが、確かに有毒な植物もあるので、指示はしっかり守るようにな」


「でも、私も聞いた事があります。熱帯雨林で、トラや象が出てくるような場所ですよね。住民達とは、言葉が通じないそうですが」

「オイオイ、お前もかー」

「さすがに、イリア王国内でそれは無いだろう」

「おかしいなー? 確か目的地は、高温多湿な場所だそうだが、熱帯雨林気候というジャングルでは無いはずだが……」

「人ではない人がいるそうです」

「なんだとー?」

「例えば、森の人ですが、白象に乗りって猛獣や毒蛇を使役するそうです」

「本当なのか!」

「アンブロシオ少佐、それだけじゃありません。中には、身長が3メートル、鱗で覆われた体で、蛇のみを食べる者がいるそうです」

「もはや人外ですな」

「知ってる。色鮮やかなトカゲは、毒を持っているから食べない方が良いらしいぞ」

「昔は、蛇だけでなく人も食べたそうだ」

「ビト大尉。さすがに、それはちょっと……」

「獣人型の未確認生物が、居るかも知れないな」

「イエ、彼らは警戒心が強く、意外と臆病な性格をしてるようですよ。全然違いますよ」

「はっきり言って下さい。中佐、これって無謀な事じゃないですか」

「まったく、男ってのは……冒険者のヨタ話じゃないんだから」

「やめんか! 何か、いろんな話が混じり過ぎだ」


 ※ ※ ※ ※ ※


「俺達は運が良かったな」

「アァ、競争率の高い特選魔法Aチームだからな」

「この選抜チームに入る事が出来れば、私達のレベル上げは確実ですからね」


「そろそろ集合時間ですね」

「今度は仲間も増えて良かったな」

「アァ、12人の魔法使いだそうだ」

「そこ! 静かに! お話が始まるぞ」


「諸君も聞いていると思う。我々は、王国の命運を左右するかも知れないという新種の穀物育種任務を果たす! 厳しい任務とはいえ、王国と陛下の期待に応えなければならん。それが我ら近衛魔法師団に課せられた任務であり義務なのだ」

「「「ハイ!」」」

「有事即応は、先駆け挺身の気構えでなくてはならない。我々は日夜、訓練と努力を重ねて、厳しい命令にも怯む事無く有事に備えるのだ」

「「「ハイ!」」」


「いざとなれば、近衛魔法師団は、遠くに敵を求め、碧い空の下、イリアの大地を駆け抜けてゆく。敵の警戒網をくぐり抜け、厳しい地形のジャングルだとて踏破し、一騎当千の近衛魔法師団兵は、黙々と森深く挺身してゆく。智慧と敏捷を備え、このような厳しい任務を軽々と遂行する部隊、それが我らなのだ」

「今回は、新種の穀物を育てるんだろう?」

「それよりも、敵って言うのは誰なんだろうなー?」

「シー! 聞こえるぞ」


「緑の悪魔の如く、生い茂るジャングルの彷徨は、恐怖、自然の脅威、水・食糧の困窮、極度の疲労、そして孤立無援となるかもしれない。しかし! 我々は、王国の為、恐怖と疲労を押し殺し、耐えて生き続けるのだ。血と汗と涙で獲得した情報は、王国を勝利へと導き、長きにわたる苦労は報われるだろう」

「ハァ」


「例え、この身が傷つき疲れ果てても、激務を果たした誇りに満ちあふれ、凛々しく勇ましいのだ。必ず生きて王都に戻り、友と家族の下に帰る、それが我ら近衛魔法師団なのだ」


「なんか、言葉に酔っているな」

「イヤイヤ、訳が有るんだろう。今までとてつもない苦労したんじゃないのか?」

「オィ、ひょっとしたら中佐はかなり危ない人じゃないのかー」

「本当に、Aチームに入って良かったかなー?」

「でも中佐は、高位の魔法使いなんだろ」

「そうだよ。奇跡のAチーム6人は、土魔法でかなりレベル上げしたらしい」

「やっぱり、高位の魔法使いになると、変わった人になるというのは本当に常識だったんだなー」


 ※ ※ ※ ※ ※


「丸い畑と言うのは、かなり珍しいのではありませんか?」

「そうですね」

「前回の、麦畑もそうでした。カトー卿は、丸い畑がお好きなのですか?」

「好きでも嫌いでもありませんよ。あれは、ミレアの円形斬月波によるものなんです。地形上そうなる時もあるでしょうが、人が作業するなら、ほぼ四角か長方形に作るでしょう。マァ、その方が効率的ですからね」

「ハァ」

「ですが、効率的というのは人力を使用した時のもので、魔法では異なるようです」

「そうですか」

「それと言うのも、火魔法や水魔法の様に、魔力が届く範囲が半球型と思われますからね。土地さえあれば、円形の方が魔法使いには都合が良いんじゃ無いでしょうかね」

「なるほどねー。魔法使いは、円形耕作が一番という事ですか」


「この田んぼ、つまり、畑の初の実りは、聖秘跡教会への供物になります」

「教会のですか?」

「エェ、教会の陰陽師や作物の研究をされている方に協力していただいたので。もちろん王家もですが、世間体が良いですからね」

「身も蓋もない言い方ですな」

「イヤ、こんな事が結構重要なんですよ。僕が住んでいた所に、あるイモが伝わった時の話なんですけどね。最初は、悪魔の食べ物と言われた事も有るんですよ」

「そこで、教会がという訳ですか。意外と策士ですね」

「誤解しないで下さいね。このコメと言うのは、本当に有益な作物なんですよ。広く普及させるには必要な事でもあるんです」


「これは、僕が今までにまとめた稲作の方法です」

「拝見いたします。ホー。中々、細かいところまで書いてありますね」

「とんでも無いです。アンベール帝が関連資料を下さいましてね。それを、自分なりにまとめただけですよ。アァ、それから後日になりますが、農業研究者の方にも来ていただくつもりです」

「ありがたいです。専門家も派遣されるのですね。これだけの準備が有れば、やれそうな気になってきました」

「それは良かった。じゃ、よろしくお願いします」


 ※ ※ ※ ※ ※


「皆、集まれー! 打ち合わせを行うぞ」

「順番はと……米は、高温多湿な場所が栽培に適しているそうだが、ここなら申し分ない」

「そうですな。まずは、田んぼ予定地の造成を行うとありますね」

「これは、進捗率から言えば、7割がた出来てます」

「ウーム。穴をほる方法と、周囲に土を盛り上げる方法とがあるが」

「ハイ、中佐。この土地の南にはやや全体的に傾斜があったため、双方を比べてみる事にしました。位置が高いところは穴を掘り、位置が低いところには周囲に土を盛り上げました。深さは、10から20センチで十分なような気がします」

「そうか、仕事が早いな」

「注意点が書いてあります。水が均一にはれるように、水平をとる事とありますね」

「ホー。ダミアン少尉、よく気が付いたな」


「次は、漏水対策だな」

「田んぼは、水を張り続けておくと良いようですね」

「だとすると、田んぼからの水漏れか。漏水対策が必要になるな」

「周囲や底からの水漏れを防ぐ為に、強化土魔法で囲みましょう。隙間が無いようにしないといけませんね」

「田んぼでは、ずっと同じ水だと水質が悪くなるんじゃないですか?」

「そうだな。循環させるより、流す事にするか」


「カトー卿の覚書によると、多くの作物には連作障害という事が起こるらしい」

「エェ、そうですね。聞いた事があります。同じ場所に同じ作物を栽培し続けると、生育が悪くなったり収量が減り始めたりするんです。病害も出ますからね。麦畑で輪作を行うのはその為だそうです」

「でも、田んぼでは水を張る事でそれを避けられるそうだとある」

「なるほどなー。マ、色々と試してみよう」


 ※ ※ ※ ※ ※


「3日後にはカトー卿が農業研究者をお連れ下さるそうだ」

「助かりましたね」

「まったくだ」

「水だけ撒いていれば良いという訳じゃないからな」


「カトー卿。ようこそ」

「皆さんも、ご苦労様です」

「城塞ホテル。ありがとうございます。助かりました」

「イエイエ、何でもありませんよ。それより今日は、農業研究者のピオさんをお連れしました」

「ピオ・ブルノ・バジェステロス・ジュステと申します。今日から、よろしくお願いいたします。研究者というより農作物が好きなだけです」

「ピノさん、ご謙遜です。皆さん、こちらの方は麦作りの第一人者ですよ」

「イヤイヤ、コメと言うのは、私にとっても新種の作物です。麦と違いお役に立てるかどうか分かりませんが、精一杯務めさせていただきます」


 ※ ※ ※ ※ ※


「先ずは、ここに書かれている塩水選という方法ですが、理屈と効果の程は分かりますが、種籾の量がわずかです。やるかどうかですねー?」

「選別はして、塩水選にダメだった物も脇で育ててみましょう」

「そうですな。そうしましょう」

「麦もコメも、苗作りはとても重要です。カトー卿の資料にある通り、良質な稚苗を作るには箱で育てる事になりますね。理にかなっていると思います」


「蒔き終わったら、保温しなければならないそうです」

「ビニールトンネルで保温する保護苗代とありますが、ビニールトンネルとはなんでしょうか? ご存じの方はおられますか?」

「ピノさん。保温とあるからには、熱を逃さないという事では?」

「カトー卿が、ガラス板が運んで来たのはその為でしょう」

「アァ、それでか」

「取り敢えず、この図の様に作ってみましょう」


「田んぼは、養分を多く含んだ土と水をたくわえる働きをする土の層でできています……か」

「それは分かるが、上の層を作土層と言い、下の層を鋤床層と言うのは何のことか?」

「分からん。次行くぞ」

「稲の成長には水が欠かせない。水の安定供給が肝要であるから、水魔法で全体に水が行き渡るようにしする。暗渠と呼ばれる排水設備がいるそうだが、斜面の度差を利用しよう思う。マァこれは、おいおい研究する事になるだろう」


 その後、彼らAチームはピノと共に一つ一つの課題を解いていく。発芽、代掻き、田植えに続き、本来の目的である水の確保を行った。暖かい地とはいえ冷える朝も有る。その為の深水管理、雑草を取ったり、草を刈ったりし、分げつを見守り、根が育つのを助けた。そして、害虫駆除をしながら、益虫を見分ける事を覚えた。


 季節は夏に替わり、暑さに負けずと稲の世話を焼いた。中干しをしてからは、いもち病とは何だろうと考え、穂肥の肥料はどうすれば良いのかとオロオロしながらも出穂を待った。水魔法を適時使用して、日照りにならないように工夫し、高温障害にならないように風魔法を使った。


 そうかと思えば、日照不足ではないかと思い、集団での極大広域火炎魔法により、雲を吹き飛ばす事を計画したりした。これは、ピノの説得により回避された。彼らはここに至って、農民達が受ける自然災害による被害を憂う事になる。稲が、育てば育てで倒伏による被害を思う。無ければ、鳥による食害を恐れて田を見回った。


 そうこうするうちに、稲穂は黄金色になる。実りの秋である。苗から育ったのは、最初の半分以下であったが田んぼは黄金色に輝いていた。


 ※ ※ ※ ※ ※


「何々。外側から内側に向かって鎌を振るうのが作法である。こりゃあまるで、神聖な畑であるような感じですね」

「そうですね。田んぼは、神が宿る地だそうです」

「今ならわかります。大切な作物を栽培する所ですからね」


 刈り取りが済めば、乾燥させれば後は脱穀するだけだ。今回、彼らが、ピノの意見を取り入れて風魔法を使わず自然乾燥を選んだのは不思議では無いだろう。


「1本の苗からできる粒が、平均して400粒となり、成績が良い物は900粒ができた。1粒からできる粒数としては、もっとも多いが分けつ数も粒数も出来不出来がバラバラだ。5本植えた苗からは、平均900粒収穫できた。10本では、1200粒にとどまり、2倍の種もみで1.2倍、収量は多くない」


「丁寧に育てたが、風で倒れたりした苗も多かったですし」

「本格的な作付けでは、天候など大雨・大風や病気、害虫によるダメージが予想される。よって苗1本だと、収穫粒数にものすごく差が出るかも知れん。実際の米作りでは、1本と10本植えは危険だと思える」

「この田んぼでは、1粒の種籾から608粒のコメが取れた。収穫倍率は小麦に比べて10~20倍は行きそうだな」

「いずれにせよ、米は他の穀物に比べて収穫倍率が高い事が証明された訳だ」


「1本の稲穂で40粒くらいつきます。茎が10本ぐらいですから400粒ですね。資料にある通り5本まとめれるとすれば、茎が25本、つまり稲穂が25本出来た訳だ」

「だとすると、種もみ1粒が1000粒というのも夢ではありません」

「茎はほっておくと40本になるそうだが、米粒が小さいな」

「やはり、10本程度が良いようです」

「品種改良や技術の向上で増えるでしょうし」


「ピノさんやカトー卿の資料が有ったとはいえ我らも頑張ったからな」

「そう言えば、カトー卿は最近お見えになられませんね」

「アァ、その事だが少佐。まだ、公表されていないがカトー卿は行方不明らしい」

「行方不明!?」

「そうだ。高位の魔法使いだから、王宮の指示で行方をくらましたのかも知れんが……」

「マァ、それはそれだ。我らは、この任務をこなすだけだがな」

「そうですね、中佐」

「しかし、年単位の仕事になりましたねー」

「そうだな。我らは、カトー卿と違い2カ月で結果を出すのは、無理だ。だがしかし、やりがいは有ったな……」

「期待されたほどの数ではありませんが、イリア王国は第一歩を踏み出したのですね」


 ※ ※ ※ ※ ※


イリア王国の戦後経済 王国歴180年台

 アレキ大陸の西に位置するイリア王国でも、魔獣大戦の影響が及ばなかった所はない。嘗て、群雄割拠と言う時代もあった。だが、北ケドニアを除けばイリア王国建国以後の大陸は安定していた。自然災害はともかく、戦災によるものは数えるほどしかなく、魔獣大戦の勝利は万民の知る処である。


 イリア王国は、魔獣大戦後の7年間に渡って驚異的な経済成長を遂げた。王国史上最も豊かな時代を築き、その地位をアレキ大陸で確固たるものにしたと言われる。


 王国が生産するすべての製品とサービスの価値、すなわち国民総生産(GNP)の推定値は、182年にはおよそ1700億エキュであったものが、185年には3300億エキュドル、そして189年には6000億エキュ以上へと大きく成長し、さらに飛躍するのも夢ではないと思われていた。


 成長のきっかけとなったのは、王都ロンダにおける商業ギルドの振興策が最初と言われる。これは、カトー卿が大規模な公共支出を行って経済を刺激した事による。そして、その後の成長を支える事になったのは、貴族・中流階級による2つの基本的なニーズであった。王都民は自らを中流階級と考えるようになり、その数は好況な経済によって益々増えていった。


 一例をあげれば、184年から188年までの間に、蒸気動トラックの生産台数は生産技術の大幅な進歩によりノックダウン生産から抜け出して毎年2倍ずつ増えている。これは、飢餓対策としてケドニアに緊急輸出された184年と185年の麦12万トン、合計量25万トンの代金相当の部品や製作技術が輸入された事が大きいようだ。


 結果的にイリア王国の人々、特に王都ロンダ周辺ではいささかバブリーな繁栄を謳歌していた。産業革命の初期から、ケドニア帝国の技術や製品により長足の進歩が行われて、大量生産の品々が供給され始めている。やがてイリアの人々は、空前の経済的繁栄に支えられ、たくさん作って、たくさん買うという生活を知る事になるだろう。


 また、復員軍人のための復員局が厚生省となり、労働環境が整備されている。この厚生省の低金利住宅ローン政策が一因となって住宅ブームが起き、経済拡張をさらに推進している。尚、ケドニア帝国内で南北の緊張が高まるに従って、防衛関連装備の輸出が増加した事も、経済成長の一助になったと言われる。


 183年以降、王国のカトー卿系の大企業は、クラウディオとナタナエル両替商の指導よろしきを得て、さらに事業規模を拡大している。サンス商会と合併した、この砂糖の生産をする大企業は、労働コストの低いイリア王国の地方都市で事業を運営するようになった。


 この頃には、商業ギルドは近代的な銀行関連業務を開始しており、金融機関としての存在を高めている。その前後には、アニバル商業ギルド頭取の183年および185年の産業振興方針の下、企業合併の増加が見られたのはこの為である。


 また、王都ロンダの美味しいケーキ屋さんに代表されるフランチャイズ制度によって、小規模な起業家が誕生し、大規模で効率的な事業の一部となっている。産業の変化に伴い、イリア王国でも人々の生活が変化した。いわゆる第一次産業の者が減り、王都周辺ではサービス分野の労働をする者が増えている。


 都市が発展するにつれて、カトー卿率いる事業体も新しい地域へ進出していった。さまざまな店舗の入った、ショッピングモールという大規模店が都市近郊に作られるようになった。強化土魔法による建築は、建設速度といい、コストといい、他の追随を許さなかった。


 この施設では、顧客サービスの為に無料馬車や託児所は言うに及ばず、クーポンやポイント等と言う消費者購買心理を突き、活況を呈している。魔獣大戦末時には王都ロンダの近郊の2カ所であったが、年に5カ所ずつ増えている。これは今後も増えていくだろう。


 王都では、すでにカトー卿の従業員の過半数がホワイトカラー労働者と呼ばれる者であった。生活を保証し、長期的な雇用と福利制度を提供していた。それに反して農民は、厳しい状況に直面した。生産性が向上し、農業は次第に大規模な物になっていった。そして、小規模の農家の間では、離農して王都などの都会に出て行く者が増えていた。


 移動したのは農民ばかりではなかった。王都ロンダ東部、特に北面の町など王国東部の成長が加速している。ケドニア帝国への食糧援助が運ばれた道は、輝く銀の道と言われている。これを延長して作られた道は、エバント王国に近いアギラスとハエン市の急速な拡大に寄与していた。


 王都と各城郭指定都市の交通は、新しい直線的な高速路によって非常に便利になった。このドラゴンによって作られた道は、王国史上最高の公共事業支出となる520億エキュをかける事になるが、8000キロメートルに及ぶ高速路は王国各地をつなぐ偉業となった。


 様々な概念が刷新されていった。その代表的な例が思念波通信機である。通信は、軍だけでなく社会的・経済的に影響を及ぼしていた。通信は広く利用され、185年には王国の思念波通信機台数は17000台に上っている。そして、遠隔地との通信が可能となり、あらゆる年齢層の国民が生活のために必須の設備だと理解されるようになっていた。


 大量生産技術を使って、似た住宅の集まった新しい町を建設している。カトー卿が建てた規範住宅は、一部を土魔法で組み立てたプレハブ型の住宅であり、高級なものではなかった。だが、今迄の住居に比べると格段に住みやすかった。この工法によって期間も短く、建築コストも減り、大勢の人々がイリア・ドリームの所有が可能になった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 振り返ってみるとイリア王国民としては、参戦はしたが王国領への魔獣の侵攻被害は全く無い。王国からは、20万の軍が5000キロ以上行軍し、魔獣戦を行い勝利したというのに、伝えられた被害は第一次派遣軍の約2000人である。転送陣が無ければ、移動するだけでも2割である4万人の損失が見込まれていたのだ。完全勝利と言ってよい。


 確かに、2000人は少なくない数字であるが、それとてもケドニア帝国の人的被害は600万人に及ぶと言われる。とても比べられない物である。当然ながら王国は、この戦争での勝利者と思われており、アレキ大陸の魔獣侵攻の危機は去ったと言える。


 魔獣大戦後の王室中心の食糧援助には、なぜケドニアに膨大な食糧を送らなければなければならないかと問う者が増えていた。幸か不幸か、この時、近衛魔法師団による画期的な作物、コメの試験栽培が成功したという知らせが王宮にもたらされた。


 機密とされた情報だが、不満を持つ貴族から、やっと成功したコメの栽培技術も投入して援助の拡大をしようとしているとリークされた。セシリオ陛下の、情けは人の為ならずと諭されても、騒ぎは収まらず不満を持つ者は聞き耳を持たなかった。


 ここ数年で各種の近代技術は進み、基幹産業は拡大しており王国経済は活況を呈している。これからは、イリア国民は繁栄を享受する事が出来るだろう。言わばイリアの春なのだ。イリアの人々は、贅沢とも言える世界を垣間見た。ケドニアの行く末を憂うより、明日の自分達が何を楽しむかが問題だった。


 だが、王室はケドニア帝国に食糧援助を行い、さらに追加の援助を続けようとしている。折も折、食料を増産した立役者のカトー卿は行方知れずである。彼がいなければ援助の食料を送る事は難しい。豊作とはいえ、王国の予備を集めても足らないのは分かり切った事だ。地方貴族から、無理に集めて送ろうとすれば諍いも起こるだろう。


 ケドニアの事など、我、関せずとも良いという貴族が大勢を占める様になり、以後の援助を嫌うように話し当たり前の様に出る。王室とて、その声を無視する枠にはいかない程大きくなっていく。そして王国の内向き志向が進んで行った。

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