174 促成栽培の準備
※ ※ ※ ※ ※
「麦の種まきか。順調なのかシーロ」
「思った以上に良好です。予測するのには早いのですが、おそらく王国の生産量は、昨年よりかなり増えるでしょう」
「王国も、温暖な気候だったからな」
「ハイ、商活動も活発で、供給と取引も増加しました。それにインフラの整備が進んでます。道路も良くなり、一部では鉄道も敷かれていますから」
「そうだな。イリア王国には戦禍が届かなかったからな。戦が無いのは本当にありがたいものだ」
「エェ」
「マァ、魔獣はカトー卿が引き受けてくれたようなものだしな。第2次遠征軍本軍が出る前に片付いたとは、信じられないほどの幸いだった」
「そうですね。費用は、魔石150個で済みました。それも、帝国が持つという事で、カシミロ大使から連絡が入っています。結局、イリアからの出費はロボの修理なので微々たるものでした。もっとも、帝国からは150個の魔石では無く、相当の製品や資本財と、例の技術供与という事でしたが」
「カシミロが、上手くやってくれた訳だ」
「そうですね。ですが、あの惨事です。魔獣大戦には勝利しましたが、一時は帝国の命運が尽きるかと思われました」
「マァ、なんとか収まったようだが……」
「エェ、カシミロ大使によると大戦後の人口は3000万ほどに減っているそうです。およそ600万の人々が亡くなった訳です。それだけではありません。気の毒ですが、災難はこれから襲ってくるでしょうね」
「やはりな。二度続けての魔獣の侵攻だ」
「予測だと、南ケドニアを失った帝国の食料生産量は40%を切っているそうです。帝国の食料備蓄は、今年は無いに等しいでしょう。恐れていた事が起こりそうですね」
「そうなれば、帝国はなりふり構わず非常手段を採るだろう」
「エバント王国は属国同然ですから、食糧徴発が有るかも知れません。魔獣被害こそ受けませんでしたが人口は200万です。生産量も余裕もたいしてありません」
「こんな事を言いたくは無いが、今年の冬は越せない者が多いだろうな」
「先ず、憂慮すべきは食糧の事だな。ならば、今一度……。備蓄を取り崩して送るべきか?」
「そうですね。情けは人の為ならずです。このままでは、エバントやケドニアの民が難民になって押し寄せるかもしれません」
「備蓄はどのぐらい廻せそうだ?」
「前回は、カトー卿の開拓地からの収穫が5万トンありましたから10万トンでした。今は、5万トンが限界です。ですが5万トンを送れば、王都の備蓄は無くなります。王国各地から、王都に足らない分を運び入れなければなりません」
「地方の貴族達には臨時収入が入るか……。止むを得んな」
「時間の方は?」
「転送陣で送るので、食料はドラゴンシティーに集積します。帝国の各地まで2カ月あれば何とかなるでしょう」
「その事ですが……」
「アァ、分かっている。鉄道沿線だな」
「ハイ、あれだけの実りがありましたから」
「開拓地とはいえ、次の収穫も期待せずにはおれないか」
「ケドニアへの食糧援助もありますし」
「町の方は北面の師団がやるだろうが、自分達の分ぐらいだろう。鉄道沿線は無理だろうなー」
「そうですねぇ。カトー卿の開拓地は、燕麦畑を含めれば900平方キロメートル。区画としての農地は約700平方キロメートルに及びます。やるなら、土地を耕して種まきの段取りをしないと」
「そうだったな。ケドニア遠征をさせたからな。農作業の時間が足らないだろう。だとすると、今年は期待するのは無理と言うものか」
「陛下、イリアは600万人です。そもそも生産量も消費量も6分の1以下なのですから、いつまでも送れる訳ではありません」
「次は無いという事か」
「ハイ、幸いな事に数年にわたりイリアも豊作でしたし、前回は開拓地からも収穫出来ましたから。ですが、次は送れる麦がありません。仮に、前回同様に送れたとしても焼け石に水でしょう」
「と言っても、送らなければならんだろうなぁ」
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「カトー。これでは、プルデンシオさんにお礼を言わないと」
「アァ、そうだな。研究でお忙しいだろうに、わざわざ送っていただいたのだからな」
「添えられた手紙によると、これは出版したての本らしいよ。イリア王国の農業歳時記で、内容も地域に合わせたものだそうだ」
「2冊あるな。両方とも第一聖秘跡教会、陰陽部製作出版。とある」
「出版かー。手書きじゃないんだ。しかも色絵入りだよ」
「ワォ! 見てみて、エミリー。すごい! 暦の外秘を止めたんだ」
「王国歴184年は、春分の日は2の月13日、夏至は6の月9日、秋分は10の月1日、冬至は13の月13日か」
「なるほどなー。農業歳時記と……、こっちは土壌の鑑定法と各種の肥料の作り方や灰土の利用法……ね」
「歳時記はともかく、農業書等の学術書はあまり世に出ないと言われているからな」
「プルデンシオ老師も大変だったろうに」
「教会も知識の独り占めには出来ないだろし、ケドニアからどんどん知識や人が入って来ているんだろう」
「人々の生活も変わって来たんだ、時代が動いているかのようだ。教会も農業も変わっていくんだろうな」
※ ※ ※ ※ ※
「ようこそ、ピオさん。元気してました?」
「カトー様、お久しぶりです」
「お疲れでしょう。どうぞ、こちらへ」
「ハハ、何の何の。長くやっていると色んな事を体験したり見聞きしたりしますが、カトー卿の開拓には及びませんな」
「じゃ、今年もお世話いただけるんですね?」
「もちろんですとも。サンスさんにも言われていますし。私も楽しみなんです。こちらこそ、お願いします」
「そうですかー。助かります」
「イヤー、それにしても便利になりましたな。鉄道ですか、あれのおかげで王都からあっという間ですよ」
※ ※ ※ ※ ※
「取り敢えず、土作りですな。良い土とは、そうですなー。土が本来の力を引き出せるよう、固い土をほぐす様に耕すのです。土の中に空気をたっぷり含み、水はけが良く、根を伸ばしやすい土にいたしましょう。やたらと細かくすると雨降りの後にはかえって固くなりますから」
「エェ」
「また、堆肥などを入れて栄養を取らせます。そうすると、しっとりとコロコロとした土が出来るのです。この様な土からは、まいた種からも良く芽が出てきます。耕さずにかたく締まった土にタネをまいても、思うように育ちません。それに水捌けが良ければ根も腐りません」
「ピノさん、そこは飛ばして下さい」
「失礼しました。前回、お話しましたな。いつもの癖でしてね。時間のある時にお話ししましょう」
「そこは、止めるとは言わないんですねー」
「ハハ、それはともかく。カトー様、播種量は同じで良いですかな? それとも少し増やしましょうか?」
「前回は、900平方キロの全くの荒地でしたからね」
「そうそう。原野でした。それが今年は耕作地に生まれ変わっていますからね」
「おほめ戴きまして恐縮です」
「ハハハ、少し大げさでしたが、土と言うものは正直なもんです。手を入れれば実りは増えますよ」
「そうですか?」
「ハイ、嘘は言いません。では、耕作スケジュールを見てみましょうか」
「言われた通り、表にまとめておきました。これなんですけど」
「フムフム、きちんとまとまってますね。オヤ、暦も記入されてますね。これは、素晴らしいな」
「実は、こんなのが有るんですよ」
「オォ! これは、暦の本ですね。凄いですな」
「エェ、聖秘跡教会の方に送っていただいたので」
「貴重な品ですな。農業歳時記に土壌に関する新研究書ですか。ホー、それでこちらの予定表には、なるほどねー。今年の春分の日は2の月12日でした。一日違ってますね。フムフム」
「頂いたものなので差し上げる訳にはいきませんが、こちらで読む分には全然かまいません」
「イヤ、有り難いお話ですな。では、おいおい読ませていただきましょう。私事ですいませんな。話を戻しましょうか」
「1回目の土は耕し終わっていると。なんと、2回は明日から1日ですかー……。相変わらず、無茶苦茶な魔法ですな。ですが、これなら土作りに続いて麦作りもOKを出しましょう」
「合格ですか。ホッとしました。アァ、あとインゲンマメは部分的ですが、北面の町の中で作ったそうです」
「いいですねー。いろんな物が出来ると嬉しいですからね。そうですなぁー。小麦は美味しいですからね。町での作付けも、もう少し増やして良いでしょう」
「なるほど。確かに、美味しいものは正義ですしね。クッキーやケーキ作りには欠かせない物だし、作付けが増えたら嬉しいです」
「生育条件が良くなってきています。小麦とライ麦を混ぜて育てる事もあるのです。それに、家畜も飼い始めたそうですね。冬のエサが不足にならないよう気を付けないと」
「ピノさんのお話を聞いていると、プロ農家として生きていけそうな気になりますね」
前回と同様に魔法を使いながら、土地を耕やし収穫を得る予定だ。相談事も3日程で片付き、「土は世話をしただけ喜びを返してくれる」という言葉を残してピノさんは帰って行った。これからは指導に月に2回来てくれるそうだ。
もちろん、今回のお土産もエミリーが採って来た鹿の燻製である。それを余分に持って行ってもらうのだ。
「こんなに沢山ですか! 家の者も喜びます」
貴重な幻の燻製だと言って非常に喜んでいた。
※ ※ ※ ※ ※
麦は秋にまいて、翌年に収穫となる。種まきの前の準備はほぼ完了している。全体に土地の生産力は上がっているようだ。また、言われた通り、北面の町では空き期間を利用して野菜を栽培している。王都まで50キロである。鉄道によって朝採れた作物が商品として王都に運ばれており、それなりの経済効果をあげている。
「エミリー、用意しようと思っていた小麦の種だけど、サンスさんに倍でも良いかと言われたんだが」
「小麦は倍なのか……。ピノさんの見立てだから間違いは無いだろう。なら、肥料作りを進めないとな。石灰と牧草も忘れないようにな」
新規開拓地だが、わずかだが牛を始め馬も豚も羊等の家畜を育て始めている。人手は少ないが、牧草やライ麦、燕麦、大麦を蒔いてあるのでエサには不自由しないはずだ。家畜を襲う動物もいるので、ゴー戦隊が折に触れて追い払ったり、捕らえたりして警戒している。
「今年の元肥は、森の落ち葉はいらないかもしれない。肥料を入れてあるから収穫量も期待できそうだ」
「その肥料作りに使った魔法と言えば、円形斬月波だな。覚えているぞ。2キロ以内の木々が打ち倒されたやつだ。森の木々を粉々にしたろ。あれは、使わないようにな」
「そうだったね」
「危なくないと言っていたが、なにが、安心安全の簡単魔法だ。あそこには、まだ草一本生えてこないぞ。
円形斬月波などと言う超危険な魔法は、絶対に使用禁止だ!」
「ハイー」
※ ※ ※ ※ ※
「牛もいるしな。マァ、羊が雑草除去をやってくれるし、家畜も増えていくだろう。小屋も殖やさないとな。忘れないように、建築リストに記入しておかないと」
「ピノさん。作付けは大まかにライ麦が3割、小麦が3割、大麦と3割で後の1割は臨機応変に対応するという事でどうだろう」
「そうですねぇ。去年に比べれば土地に肥料が入っています。北の町の区画内は小麦を6割と多めにして、後は丈夫なライ麦と燕麦に大麦としましょう」
「燕麦を蒔けば、多少家畜が増えたとしても育てられますからね」
「なら区画外の開拓地は、ライ麦と大麦で、その周辺には燕麦で行こうかな」
「大麦の割合はどうしますか?」
「少し増やしておこう。醸造設備を作って、エールの材料にしようと思っているんだ」
「分かりました。そうですねー。後は、シロツメクサでも蒔いておきましょうか」
土作りも順調に進んでいる。北の町も住人が増えているが、家畜も春からだいぶ増えたようだ。鉄道も定時運行されており、駅周辺も賑やかになって来た。ロンダからの移住組も増えている。ビジターセンターでは、先輩の入植者達が新規就農者に手ほどきをしたり、ボランティアが町の案内をしたりしている。
一時期、ケドニアへの出兵も懸念されたが、カトー卿達の活躍で派兵はされなかった。ロンダ城に、お味方大勝利の報が伝わったのは、師団の編成準備を終えてドラゴンシティーへの移動日時が取り沙汰されている時だった。戦が無い事は、人々にも北面の町にとっても喜ばしい事であった。
※ ※ ※ ※ ※
「アレクサンドラさん。今回も、ホムンクルスの皆に頼む事になりそうだよ」
「種まきでございますね」
「アァ、皆にはよろしく伝えておいてくれ」
「承知いたしました。早速、準備いたします」
「風が変わったね、セバスチャン」
「そうですね。御屋形様の、ご予定は鉄道沿線でしょうか? それとも、北面の町へ行かれますか?」
「そうだね。最初は北面の町になるかなー」
「私も、それがよろしかろうと思います」
「ゴー戦隊は空いていたよね」
「ハイ、もちろんです。イリア王国内でしたら、ショウワマルの緊急転移を含めて15分で、何時でも何処にでも空挺降下可能です」
「アァ、そうなんだ。でも、種蒔きにはスクランブル発進もスーパー合体変形ロボットも必要ないからね」
「左様なんですか」
その後、順調に種が蒔かれて芽が出る事になる。人々が朝起きると、広大な土地がいつの間にか耕されており、それを見た者はいなかった。この北の町には、妖精達が住んでいると噂され始めたのもこの頃からである。
だが、今回は夜の播種時に、ホムンクルス達を見かけた者がいた。遠くから見ると、踊る影の様に畑の上を舞う者達のようだったと言う。それを、見聞きした迷信深い者の中には、麦の芽が出たのは妖精の踊りによる奇跡だと噂するようになっていた。
※ ※ ※ ※ ※
「カトー卿、その話は本当なんですか?」
「エェ、この間覚えたばかりですけど。それがどうかしましたか?」
「チョット、こちらへ来て下さい」
「どこへ、行くんですか?」
「厨房ですよ」
「陛下、大変です」
「どうしたのだ? 2人揃って」
「カトー卿が」
「アァ、皆まで言わんで良い。もう慣れた。今晩は徹夜になるんだろ?」
「ご明察です」
「よいしょ、しても無駄だぞ。で?」
「ハイ、帝国の食糧援助なんですが、カトー卿が何とか出来るかもしれないと言っています」
「!?」
「先ほど聞いたら、鉄道沿線の食糧生産は今年も出来るそうなんです」
「オォ! 素晴らしい! さすがカトー卿だな」
「ケドニアの危機を解決できるほどではありませんが……」
「謙遜しなくともよい。中々出来ない事だからな」
「陛下。それも、驚異的ですが話はまだあるんです。先ずは、このワインとチーズを試して下さい」
「そうか。飲めばいいのか?」
「ハイ、飲んだ後で感想をお願いします」
「デキャンタージュしてあるのか。ウム……、フルボディの赤ワインだな。香り豊かで、酸味が強い。製造過程においてオーク樽で寝かせたか……。中々イケる。162年物か? イヤ、この複雑な味わいは148年物だな。うまいワインだ。これがどうしたのだ?」
「陛下、これは厨房に有った王国歴183年物です。新酒なんですよ」
「陛下、カトー卿は時間加速の魔法が使えるんです」
「オォ、でかした! カトー卿、直ぐに10樽頼む。イヤ、取り敢えず1年分39樽頼む」
「陛下。それも良いですけど、違うんです!」
「何が? 熟成したワインじゃないか。アァ、そうかー。今チーズを食べるから。急かせるでない。ウンウン、このハードチーズも中々だぞ。確かに、この味なら最低でも1年はかかるだろうな。熟成したチーズは濃厚でコクがある。ワインとの相性も良い。これも良いなー」
「モー! 陛下。ライ麦です。ライ麦に使うんですよ」
「???」
「もういいですか? 話は済みましたか? 土が入っているので、バケツが重いんですけど」
「何を言っているんです! カトー卿、こっちへ来て下さい。陛下にご覧いただきます。サ、種を蒔いて下さい」
「ハイ、ハイ。土をかぶせてね、少し離れて下さい。じゃ、いきますよー」
「麦よー。育てー、スクスクと……。ちちんぷいぷい、なんてね」
「ネ! 陛下」
「ライ麦なのか? ……が実ったぞ!」
「どうです。これで、帝国に食糧援助が可能になります」
「そうか! さすが、シーロ。画期的なアイデアだ!」
「やるのは、カトー卿ですけどね」
「陛下、シーロ卿。そんなに上手い事にはいきません。陛下に飲んでいただいたワイン。あれ、作るのに魔石小一個で5本ですよ。ライ麦なら一畝、せいぜい二畝でしょう」
「ですが、魔力を消費すれは出来るのでしょ?」
「それはそうですが、時間加速の魔法を使うなら魔力の節約法も考えないと。高級酒なら良いかもしれませんが、単価の安い麦ではコストパフォーマンスが悪すぎますよ」
「その通りだな。この案件も徹夜だなぁー」
※ ※ ※ ※ ※
現在、イリア王国では4種の麦が作られている。欲しいけどあまり採れないのが小麦である。だがこれは、北面の町周辺の開拓が進み、若干だが増加が見込まれている。やはりライ麦は寒くても育つので、気候的にOKである。まさに、主力生産物として気候に合ったベストチョイスである。
燕麦はライ麦より環境が悪くても育つし、家畜のエサとして大いに増産が進められており、鉄道沿線での増産が本格的に進められようとしていた。大麦は、庶民の生活に欠かせない。最近では、食べるより飲み物であるエールに加工して使われる事が多いようだ。
「ピノさん、チョットご相談があるのですが」
「エェ、何でしょうか?」
「実はですね、この鉄道沿線の開拓地で実験的な農法を試してみたいのですが」
「オォ! 大変、興味深いお話ですね。どんなのでしょう?」
「今から、麦を蒔いても育ちますかね?」
「お話は、分かりました。なるほど、成長を早める魔法をかけて収穫ですかー。カトー卿は、そんな事が出来るのですね。確かに食糧援助は必要でしょう。私も人助けはしたいですからね」
「帝国では、食糧危機が始まってますからね」
「今は15の月ですよねー。ウーン、育つのかなー?」
「そうですねー。本来は、芽も出ており麦踏もそろそろと言う時期ですからね。麦類は寒さに強くとも、土は凍っていますね。土から栄養を摂る事は必要なんですよね。だとすると、カトー卿が、魔法で耕したとしても、成長する時に根が伸びませんね」
「そうでしたね」
「出来れば、茎立ち・幼穂形成期以降は気温が-2.5度以下にならない方が良いでしょうな。幼穂が凍死しますから、麦の播種には不適合かも知れません」
「そうなんですか」
「エェ、一般に気温が高い事と、適度な雨があると出芽は早くなります。分げつも多くなり、茎立ち・幼穂形成は早いんです。稈長は伸びて出穂しますし、成熟期は早くなるはずです。ですが、鉄道沿線では、条件が厳しいでしょうね」
※ ※ ※ ※ ※
「トマサ中佐、どうされました? そんなに急いで、ひょっとして緊急事態ですか?」
「アァ、カトー卿からな」
「大変だ。緊急呼集しないと」
「そのとおりだ、ヘルトルディス少佐。のろしと、念の為に緊急呼集のサイレンを鳴らせ!」
「こんな事なら、森でチーム演習なんてするんじゃなかったですな」
「今言っても、しょうがないですよ。相手はカトー卿なんですよね」
「アァ、第一報ではそうだ。いつもの選抜チームが召集されたという事だ」
「応答の、のろしが見えました。アンブロシオ少佐、ビト大尉、ヒメナ中尉はこちらに向かっています」
「そうか。気付いてくれて良かった」
「ダミアン少尉はカゼで寝込んでいたと思いますが」
「またか。かわいそうに前回も寝込んでいたな。運の無い奴だ」
「諸君、心して聞くように。昨日、カトー卿の呼び出しがあった。明日迄には、万難を排してもロンダ城に着かないければならない」
「そうですね」
「カトー卿の脅威については今更述べる事も無いだろう。これは、最優先事項だ」
「ハイ、了解しております」
「知っての通り、超大型対魔獣兵器が有ったとはいえ、100万を超える魔獣を抹殺し、超巨大魔獣さえも配下のスーパー合体変形ロボットで葬ったんだ。それも、3頭もだぞ」
「エェ、私もカシミロ大使の報告書を読むまでは信じられませんでした」
「それだけでは無いのです。ケドニアからの帰還時には、ドラゴンが曳くショウワマルという飛行母艦が、王都上空を威圧するかのように飛行していますし」
「まさに、傍若無人の振る舞いです」
「あのような、魔人です。王国に反意を持ったとしても、我々が束になっても止める事は出来ないでしょう。ですからここは、我慢しなければ」
「そうですとも、イリア王国の為に頑張らなければ」
「良し。皆の気持ちは分かった。では、ロンダ城まで早駆けするぞ」
※ ※ ※ ※ ※
「よく来てくれたな。今回は、少し地味な仕事になるかもしれん」
「どんな事でしょう? 陛下」
「マァ、話を聞いてやってくれ。カトー卿、続きを」
「ハイ、陛下。説明をさせて頂きます。実は促成栽培という農作業なんです」
「農作業なんですか」
「ケドニアの食糧危機は皆さんもご存じだと思います」
「ハイ、食料不足で飢えが始まっていると聞いてます」
「残念ながら、その通りです。そこで、僕の持つ時間加速の魔法を使ってですね、麦の促成栽培をする事になりました」
「?」
「はしょり過ぎましたね。マァ、早い話、皆さんと一緒に麦を栽培するので、お手伝いをお願いしたい訳です」
「私からも頼む」
「陛下、もったいない。もちろん、やらせていただきます!」
「この時間加速の魔法は、麦の成長を早めますが魔力を大量に消費してしまいます」
「そうなんですか」
「ハイ、計測したところ魔石小で麦なら1アール。ですが、これを工夫次第で10アールに拡大させる事が出来るのです」
「ホー。凄い話ですね」
「そうですね。ですが貴重な魔石です。魔力節約の為に少しでも工夫しないと」
「なるほど。仰る通りですね。で、我々は何をすればよいのでしょう?」
「水魔法と風魔法の使用です。あと、若干の肉体労働ですね」
※ ※ ※ ※ ※
「皆、喜んでくれ。楽できるぞ。目的地までの移動は、空を飛ぶ自動魔動車を使用するそうだ」
「オォ! そいつは助かるな」
「カトー卿の自動魔動車は、積載量が1000キロで6人乗りだそうだから、1人は荷室になる。300キロは種と農業用品との事だ。なので軽装の場合、私物は1人30キロまで許可する。ただし、嵩張る物はダメだ」
「軽装だそうですけど、武具は無しですか?」
「近衛だろ。ナイフ一本あれば良い」
「アンブロシオ少佐は武闘派ですからね」
「自分達は、華奢な魔法使いなんでーす」
「で、トマサ中佐。どこへ、行くんですか?」
「私も分からん。専門家に指示された場所との事だ。説明では南だと思うが」
「中佐は、近衛の制服でいいでしょうけど、暑いと服が……、下着だって要りますし。私とヒメナは女の子ですよー」
「ヘルトルディス少佐、私だって女の子だ。暑苦しい黒い服ばかり着ていたくはないぞ」
「そうですかー?」
「とにかく私物は30キロまでだ。念の為に言っておくが、近くには、盛り場や社交場の様な場所はないらしいぞー」
※ ※ ※ ※ ※
ここは、イリア王国でも南。大きく内陸まで割り込んだようにも見える湾が有る。気候は冬でも暖かく、王都ロンダに比べれば温暖な気候と言える。人家は少なく、80キロも行けば外海に出る。
この湾では、漁業と塩作りする村が点在している。サリアという村もその一つで、塩街道からはかなり離れている。年に一度、宗都リヨン行きの巡礼の帆船が沖合に見える。なにも無いが、のどかと言えば、のどかな地域である。
「中佐、村が見えてきました。もうすぐです。アァ、あれです。ミレアが……ドラゴンの事です。で、あそこの先にかろうじて見えます」
「やっとですね」
「エェ、そうですね。ロンダから南へ860キロ、塩街道まで50キロほどです」
「そうなんですねー。失礼しました。そうですか」
「この先です。地図魔法で確認しましたから」
「カトー卿。なんか不思議な物が? あれは何ですか?」
「皆さんに、お手伝いをお願いする場所です」
「しかし、あそこはおかしくありませんか?」
「何がですか?」
「木がないのでは?」
「カトー卿、私達がさっきまで飛んで来たこの下には、草原とか森が続いてましたよね」
「アァ、その事ですか。実は、一昨日ここに来てましてね。下準備をドラゴンとしたんですよ。ドラゴンだとここまで1時間なんです」
「ホー!」
「20・30キロぐらいの円ですよ。おまけに草原でもない。まるで耕された土地じゃないですか」
「ドラゴンシティーの範囲と同じぐらいかな? イヤ、それよりも大きいのかな? マァ、そんなに大差無いでしょう。でも、畝は作って無いんですよ。車輪状に作りましたからね」
「卿、あの光っているのは何でしょう?」
「製作中の直線道路です。行く行くは、ドラゴンシティーまでの連絡路になります」
「あれがですか?」
「まだ、200キロぐらいですかね。もちろん、ミレアが作ってくれたんですよ。僕はお手伝いしただけです」
「そうなんですか」
「この近くには、人里はあの村ぐらいだし塩街道からも遠いんですよ。そう言えば、ここが一番外れた場所になるのかなー? 」
「それは、先ほど教えていただいたサリア村の事ですか?」
「ハイ、あれだけです。どうやら目的地に着いたようですね。では」
「了解いたしました。では、全員。下車用意」
「お疲れ様でした。朝早かったとはいえ、丸一日の車移動でしたからね」
「もう日も沈みましたし、今日はこのぐらいにしましょうか」
「では、野営準備をいたします」
「アァ、良ければ、僕が土魔法で作りますから。皆さん一服していて下さい」
「噂は聴いております。まさか自分達が泊まれるとは思いもしませんでした」
「イエイエ、標準セットですから、直ぐです」
「すみません。お願いいたします」
「出来ました」
「エ!」
「早いのが取り柄ですから」
「城壁は厚めにしてあります。高さは16メーターだったかな。一応、城壁には監視所が東西南北に各一基あります」
「皆は、城塞ホテルって言ってるようですが、なるほどですねー」
「そんな立派な物じゃないですよ。寝れればOKというぐらいですよ。部屋数は20室ですし。では、軽く説明します。どうぞ中へ」
「高級宿屋みたいじゃないですか。部屋数も申し分ありません」
「そうですか。喜んでいただけて嬉しいです」
「我々は6人ですし、全員が個室を持ってなお、来客用予備室と事務室が出来ます。それでも残るので、もったいないのですが資材置場に使わせていただきます」
「台所は、1・2階両方にありますが、食料は車で運んできた分しかありません。次来た時に持ってきますから、王都に戻る前に皆さんの好き嫌いを教えて下さい」
「ハァ」
「最後は大浴場ですね。以前は4カ所でしたけど、少人数だと多いようなので、大きめの物を2カ所にしました」
「ハァ」
「マァ、多少不便かもしれませんが我慢して下さい。そうそう、今は標準セットですが、後でもう少し居住性が上がるようにしますから」
「居住性を上げると言ってもこれ以上、何が必要と言うのでしょう?」
「そうですよねー」
「エェ、それはそうなんですが……。エミリー少佐に、王都のお湯屋さんの様に大きい方が良い言われましてね。この大浴場を、かけ流しタイプに変更するんです」
「かけ流し?」
「この浴場に、源泉を使って27時間、いつも湯が張ってあるようにするんですよ」
「源泉?」
「エェ、源泉かけ流しです。水魔法に火魔法の合わせ技を開発しましてね」
「術者がいなくても?」
「エェ、もちろんです。浴槽に直接、魔法を掛けてお湯が出てくるようにするんです。一々面倒なもんでね。正確には源泉と言って良いか分かりませんが、この地の空気中の水分ですからね。マァ、そう言っても良いのではないかと」
「ハァ」
「そうそう忘れるところだった。お湯は、ライトの魔法と同じで200日で魔力が尽きます。気を付けて下さい」
「ホー。そうなんですか!」
「その間は、源泉かけ流し放題という事です。切れたら皆さんの魔法で、お願いしますね」
「こんなに大きな浴槽に……お湯をですか……」
※ ※ ※ ※ ※
「ここは、ミレアが円形斬月波という、安心安全の魔法を使って作ったのです」
「斬月波?」
「ここら辺を起点にして、100メートル離れた所から2キロぐらいのつもりだったんですけどね。30キロになっちゃいました。細かいのはめんどくさいと言い出しましてね。困ったもんです」
「お話の相手は、超巨大飛行魔獣を倒したドラゴンなんですよねー」
「エェ、ドラゴンです。さすがに魔法は上手いですよ。地上高0センチの設定なんです。それは、見事でしたねー。何しろ、一瞬の内に木々が切り倒されて、うっそうと生えていた草は刈り取られ、それらが粉々になって、廻りには緑の香りが満ちたんです」
「ホー。なんか目に浮かぶような……」
「マァ、そんなこんなで耕作予定地の下準備を終わらせて、後は土魔法で耕したんですよ」
「そうなんですか……。マァ、いいでしょう。で、我々のする事とは」
「種を蒔いて、育つまでの水やりと刈り取りですかねー。もちろん、僕が時間加速の魔法を時々掛けます」
「それで、水魔法の水やりと風魔法による乾燥をするんですね」
「エェ、出来れば、刈り取りまで出来れば良いなとは思ってますけど、僕には穂の高さが揃わないと難しそうなので」
「何とか工夫してみましょう。エーと例えば、3人が風魔法で高さを上中下に変えて穂を刈り取り、1人が落ちた穂を巻上げて飛ばす。それを1人が乾燥させて、1人が竜巻でまとめて袋詰めというのは?」
「出来そうですか?」
「多少の練習は必要でしょうが、ちょうど6人いますし」
「イイですねー。それでいきましょう」
「了解しました」
「農地の面積はどのぐらいでしょうか?」
「そうですね。第1耕作地は30キロの直径ですから、約706平方キロ、7060アールぐらいですね」
「王国ではライ麦なら1アールで50キロぐらいの生産量でしょうか?」
「ハイ、そのぐらいでしょう。小麦もいいんですが、小麦だと1アール5キロの収穫は無いでしょう。肥料もたくさんいりますし、やはり生産するのはライ麦ですね」
「ライ麦ですか。だとすると1回の生産で、上手くいけば350~360トンになりそうですね」
「そうですね。30回出来れば1万トンの生産量ですね。マァ、種も要りますから、理想ですけどね」
「30回なんですか!」
「ところでカトー卿、先ほど第1耕作地と仰いましたか?」
「ハイ、その通りです。それが?」
「ここだけじゃないんですか?」
「ハイ」
「では、全部で?」
「この西に、第5までありますけど」
「ワオォ!」
「生産予定量は、1万トンⅹ5カ所で5万トンを予定しています。前回、イリアから送った分ぐらいですね」
「あれは王国全土から、やっと集めたんですよね」
「そう聞いてます。ですから、この2か月頑張らないとねー」
「2カ月なんですか!」
※ ※ ※ ※ ※
「なんか、いい仕事ですね」
「話では、適度な水やりだけをしていれば良いのですからね。チョット、広いけど」
「アァ、根気と時間はかかるだろうが、水魔法と風魔法ですむからね」
「気象を変えるような、超極大魔法じゃないし。あれは、私達には無理だしね」
「人々の生活を支えるんだという、なんか。こう? 良い気持ちにさせてくれるじゃないですか」
「麦を作る事が、こんなにやりがいのある事とは思わなかったな」
「やりがいですか?」
「そうだとも。食べ物が無ければ、人は飢えて死ぬからな」
「そうとなれば、もう一頑張りするか」
「マァ、自分はあのつらい道作りじゃなかったら、何でもいいですよ」
「ハハハ、全くだ。俺もそう思うよ」
※ ※ ※ ※ ※
「私達は、そろそろお風呂に行きますけど」
「アンブロシオ少佐。北の大浴場には、雪を頂いたレオン山脈の絵が壁に書いてあるんですよ」
「雪山を見ながらなんて、いいですねぇ」
「フーン。じゃ私達は南ですね。ロンダ城の庭園風景画に方にしましょう」
「エェ、咲き誇る花々に囲まれてというのも良いですね」
「あれは、モザイクタイルと言うので絵の具じゃないですよ。でも、土魔法で色タイルを作れるんだなー」
「男3人、女3人だ。どうだろう? どちらも良さそうじゃないか。2カ所あるから、男湯と女湯として日替わりで浴場を替えないか?」
「トマサ中佐。これは、王都で人気だという美味しいケーキの店の菓子では?」
「ヒメナ中尉。そうだとも、私は一度食べた事があるが、この世の物とは思えぬほどの美味さだった」
「大袈裟ですね」
「マァ、少しな。でも美味いのは本当だぞ」
「これが食べれるとはなー。子供の頃に食べれたら、どんなに良かっただろう」
「そうですねぇ。サンス商会が、サトウダイコンの栽培に成功して本当に良かったですよ」
「カトー卿は、そんなに邪悪な魔導士という訳でもなさそうですね」
「ウン。ビト大尉もそう思うか」
「思っていたのと、かなり違いますけどー?」
「そう言えば、前回の出動時はカトー卿と、ろくに会う事もなかったな」
「ひょっとして、アンブロシオ少佐の言う通り、良い奴じゃないですか?」
「そうですとも、源泉かけ流しのお風呂を作ってくれたんですよ」
「マァ、確かに気遣いはあるがー」
「物に騙された訳ではありませんが、王都のお湯屋さんより良いですよ」
※ ※ ※ ※ ※
「カトー卿。そう言えば、今年は近衛魔法師団の方はおられませんね」
「エェ。彼ら6人は志願して、ピノさんに教えてもらった南の村近くで、例の麦の促成栽培と言う新しい農法を試しているんです」
「ホー。それはそれは、なかなかできる事ではありませんな」
「全くです」
「では、カトー卿もそちらへ?」
「ハイ、僕はこの鉄道沿線の事も有りますから、2日か3日に一度ですね」
「ホー、そうなんですか?」
「芽を出させるでしょ。それを成長させて、実らせる。最後に刈り取りですね。刈り取る時間が、意外とかかるのですけどね。30回を予定してます」
「30回?」
「麦を5万トンほど収穫するまでですよ。後は、皆に任せています」
「そんな事が出来るのですか?」
「エェ、魔法による力業ですね。コスト的には全く合いません。でも、麦は出来るんです」
「ウーン。お話では30回だそうですけど、地力さえ有れば年に何度も可能だと?」
「周辺に燕麦を育ててましてね。それを肥料代わりに鋤き込んでいるんですよ」
「ホー」
「マァ、生産方法は確立できたので、今は3日おきに出荷できるように、輸送システムを調整している所なんですよ」
「そうですか。彼らも忙しいんですね」
「で収穫の方は何とかなりそうなので、これからは合間に、道作りですね」
「道ですか?」
「エェ、およそ1000キロの直線道路です。塩街道の横になるんですが、200キロは出来てます。近衛の皆さんには、ドラゴンシティーまでの残りの道路作りをお願いする事になりますね」




