冒険者ギルドが無い
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「報告します。皆さん! この世界に冒険者ギルドはありません」
商業ギルドの話ばかり出てきて、なぜ冒険者ギルドの話が出てこないか分かった。
「カトー、どうした? そんながっかりした顔して」
「冒険者ギルドが無いって!」
「無いが、どうした」
「どうしたと言われても……」
冒険者はいる。だが、商業ギルドの支配下に置かれていた。順番にお話しすると、商業ギルドは商人達が各業種の小ギルドを作って集まったのが始まりだ。商人や職人も数が集まる事で力を振るえる訳で、数が多ければ、取引相手との価格設定では交渉力を持つし、諸々の権利も要求できる。たいていの場合、数は力という事だ。
時には政治と結びついて、「●●屋、お主も悪よの」「お代官様こそ」の行き過ぎた関係にもなったりして、相当に強力な利権を生む事もある。イリア王国でも徐々にではあるが、ギルドから力をつけ始めた王都に有る議会(今は形だけで何の権力も無い)に、議員が派遣され社会的・政治的発言力を持ちつつある。話によると、商取引も進んでいるケドニア神聖帝国では、ギルドと議会は当たり前の様に権利を有している。
各ギルドの構成員は、この大陸では王国・帝国や貴族や領主など権力を持つ者によって公認されている。商業ギルドを含め各ギルドは社会の一員として活動しており、聖秘蹟教会への寄進やお祭りなどにも参加して地域に貢献している。いわば一種の法人格の様に無くては成らない存在として機能している。
職人達は業種間で集団をつくり組織してギルドを作る。自然と自分たちの保護や生活・資金の安定化のために協力し有っていく。各ギルドは社会的にも、大きな存在になので旨味も沢山ある。基本的にどんなギルドも自分たちの利益のために動いている。
大ギルドの商業ギルドとしては、自分達ギルドの大きな一部門とは言え、格下と思っている冒険者達が作るギルドが独り立ちしたり、仕事を出していたりした自分たちと同列に並ぶのは嬉しく無いだろう。冒険者はこの時代ではありふれた職業の一つだ。それに冒険者達は、商業ギルドから仕事を貰っている者がほとんどだ。ギルド証もレベルが記載された冒険者専用の特別な物で商業ギルドの雇用時の目安にもなるし、ギルド証が無ければ冒険者の仕事は出来ないのが現実だ。
商売では、お金の動かすのは当たり前なので体力系の護衛依頼なども発生する。馴染みになれば、割のいい仕事や商品・商材やいろんな情報も入る。顔を出せば冒険者同士の交流だけでなく、鍛冶屋・薬剤師など他の業界人も出入するので色々話が出来る。滅多にいないけど、魔法使いにだって顔見知りぐらいにはなれる。
確かに冒険者達だけでギルドを作っても、雑多な肉体労働者や素性の知れないゴロツキもいるなんて、一般人がわざわざ仕事や依頼を冒険者ギルドにやってきて出すとは思えない。ギルドに行ったら、ごつい男や女たちに囲まれて恐ろしい目に合うのが分かり切っっている所へ誰が行くかという事だ。
「何か大きな役所みたいな感じもするね」
「あぁ、実際半分以上は商業関係で冒険者部門は三割ぐらいかな」
「商業かー。働いている人も多いね」
「商業ギルドは人材の紹介もしているからな、人員の管理をちゃんとしているしな」
「どうやって?」
「冒険者だけでなく商人や職人のランク付けによる信用制度があるんだ」
「それは頼む側にとってはいいね!」
「カウンターには美人の受付嬢だっている。この差は大きいらしい」
「確かにそうだ」
「冒険者にとっては上記の事にプラスして、付属の設備で訓練できるし、一流の宿屋とはいかんが宿泊もできる」
「色んな対応もしているという事だね」
「地域の一員として祭りに参加し会合や宴会も開かれる」
「仲間意識や親睦、地域の誇りを得られる訳だ」
「積立金を使えば負傷時の看護費用や病気の時の費用も安心だ」
「ケガで収入が無いと不安だしね」
「それだけじゃないぞ。積立金を使えば負傷時の看護費用や病気の時の費用も安心だ」
「保険みたいなものもあるという事だ」
「保険と言うのは知らないが、ギルド員ともなれば手厚くはないが福利厚生もあるし、もしもの時も家族に弔慰金が払われるぞ」
「そうか、一通りのものが用意されている訳なら」
「そうだとも、こうなると冒険者ギルドは必要ではなくなる」
「なるほどね」
「マ、そんなこんなで、冒険者達は自前のギルドを持てなかったんだ」
商業ギルドの組織は、国や地方によって若干異なるが一国一本部主義である。イリア王国の、商業ギルドの本部は王都ロンダに一つだけだ。主だった都市には支部が置かれている。官僚組織に似ているが王国の統治制度より進んでいる。進んでいるとはいえ、大きくなればやはり官僚的な面も出てくるので、残念ながら商業ギルドは割と閉鎖的で保守的であると言われる。その為に昨今では権益を守り部外者には冷たいと言われたりもしている。
それはさておき、冒険者は個人事業主みたいな者なので書類を出して試験を受けるだけだ。割と簡単に冒険者を名乗れるが、商業ギルドの依頼をこなして信用度と言う貢献度とレベルを上げなければ良い仕事が廻って来ない。レベルが上がり会員となれるのは時間もかかる。独り立ちできるまでが厳しい。
実績を積む為にレベルを上げやすいパーティーに加わる者が増えていく。パーティーとなれば、リーダーが皆をまとめて損益を考慮して運営しなければならない。いくら良い仕事をしてもお金が無ければパーティーは運営できない。
商業ギルドは冒険者に依頼費用・手数料を出すが、上位の冒険者ほど実績がものを言う。それこそ狼や熊などの獣や盗賊団を退治するなどして、実力を示す事が必要だ。本人の信用度を挙げる為には、家柄や品行などの審査を受ける等、経済や家柄、様々な条件が示される。ここまでくると上位冒険者は、素性の知れないゴロツキではなく社会に貢献する立派な市民となる。
冒険者の仕事は、商業ギルドから回ってくるのである程度の指示を受ける事になる。世知辛いのは前の世界と同じで、依頼は商業ギルドに所属する冒険者同士で融通し合い技量や信用度等で調整されるようになる。考えてみれば下請けや派遣の誕生だ。これでは日本の中小企業と変わらない。
(どこでも似たようなものになるんですね)
話を戻します。
「商業ギルドは冒険者を雇って交易路の護衛依頼を出すんだ」
「危ない所も多いんだろうね」
「その通りだ、この大陸でも、商隊は盗賊達ばかりではなく、狼や熊などの野生動物など様々な危険がある」
「これらをすべて潜り抜けて商隊は進んでいかねばならん」
「全てが敵ではない。交易で商業が発達すれば税収も増えるので、領主達も便宜を図り、商業を保護して安全な護送契約を結ぶ事を望んでいるからな」
「商業の発展は地域の発展もそうだけど、周り廻って自分の利益にもなるからね」
「海を隔てた中央大陸では、さっき言った障害に加えて灼熱の地や酷寒の山岳地帯を越えて進んでいくんだ。嘘か真か今も魔獣が徘徊する過酷なルートもあるらしい」
「魔獣がね」
「もちろん一番の敵は人間だ。大小さまざまな規模の盗賊に襲われる事が多い。荷を積んだ隊商が目的の交易地まで無事にたどり着くには幾多の危険と困難が立ち塞いでいるんだ」
「それでも商隊は進んで行くんだね」
「苦労が絶えない道だけどな」
「無限のとも思われる距離を越え、国名・地名は時代により変わるが延々と続く交易の道がある訳だ。ロマンが有るねー」
その交易路は、イリア王国からエバント王国へ、ケドニア神聖帝国から中央大陸のパルティア、さらにササンドのクシャーナ王朝、遥か東のフルとインル、その周りの僻地の小王国あたりまでも続いていると言われている。地図魔法を意識した時、思い浮かんだ地図がある。遺跡都市に有った地図だ。今も昔も世界は一つになって繋がっていたんだ。
「何百年、ひょっとしたら何千年かも知れないね」
「人が世界の果てまで行く。これは富のなせる業だけでないが一つの真理でもある」
「そうだとも」
「富は商業ギルドの存在意義である経済活動の大本だ。富の流通はイリア王国だけでも地方領主や金持ちの住む町があちこちにある」
「人が居るからね」
「国内や地方だけでも、それなりの利益は生み出す。しかしそれらの交易の遥かに上をいく財貨をもたらすのが商隊によるキャラバンだ」
「キャラバン隊か。まさに財宝を運んでいる感じだね」
「中でも東方で高値を呼ぶのが、西方ケドニア神聖帝国の産物である。帝国には色んな産物が有るそうだが、中でも進んだ技術による製品が望まれるそうだ」
「へーそうなんだ」
「しかし格段に価値があると言われるのは東方フルとインルの魔石と伝説的な魔法の巻物だ。これは東西を問わない」
「フルとインル。違う大陸の端だよね。そんな遠くから」
「これら魔石・魔法の巻物は持ち運びし易い上に、高値で買ってもらえる物だ。遠距離故に高いだけではなく、希少性も十分だ。それ故、見出される魔石も少ないが、まさに別格なんだ」
「それは分かるけど」
「嘗て魔石は魔獣の血から取れたとされたが、それでもすべての魔獣から採れる訳ではないらしい。希少な巻物に至っては古代遺跡から専門家によって発掘されなければ無価値になると決まっておりそれこそ伝説的な代物だ」
「もう採れないんだ」
遺跡都市メリダで見つけた財宝の数々どうしよう。エミリーの応援をしても、残りの財貨で一生安楽に暮らせそうだ。肉体的にはまだ11才、こうなると27才の精神的なものが試される。冒険者は一種の階級社会だ。冒険者が危険だ、儲からない等と言っていては夢も希望もない。人々は、目には見えなくとも上下を作る。盗賊団を潰したり魔獣を退治したり、それこそ私利私欲に囚われない者も少数ながら存在する。社会的な尊敬を集め英雄的な行為はもともと冒険者になる目標の一つだ。日本に居た時は叶えようもない、正直な所、夢の様な話も少し気が引かれる。
ちなみに、交易路の話が出た時、この大地が丸くて球の様だという事は皆知っているみたいだ。エミリーになぜ丸いと思うか聞くと、詳しくは坊さんに聞けとまた言われた。まったくエミリーの中の坊さんのイメージってどうなっているんだろう。以後、常識の理屈を言えないエミリーでお願いします。
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遺跡都市メリダには今日も生命体はいない。
生命体がメリダを出てから既に1カ月半余り、すでに50日に近い。しかしメリダの地下には、生命ならざる者が居た。残された魔石からのエネルギーを使って辛うじて動いている者が居た。
七百年近く稼働している人でない者は、管理していた設備を巡回する事も出来なくなっている。やはり研究所と同じように、隕石に破壊された地上部分へは行くことは出来ない。
稼働に必要な魔石の置いてある金庫室の場所は分かっている。だが地上へのシャフトは厚い岩盤の崩壊よって塞がれている。緊急用通路も破壊され、土砂に埋められてしまった。わずかにセンサー系の配管が生き残ったが、一部を通信用ケーブルに設定変更するのが限界だった。予備に置かれていた魔石もとうに使い果たし、エネルギーは枯渇している。
僅かに残された機器を点検し可能なら修理を行ってきた。エネルギーを節約するために照明は手元だけだ。生物はいないので呼吸の必要はない。可能な限り維持エネルギーは少なくしたが、今ではほとんどの設備が動作しなくなってしまった。既に下位管理ユニットも全部が停止している。
上位管理ユニットは、最後まで万難を排して稼働する事が命じられている。稼働していた下位管理ユニット達も命じられた通り魔石を供出しただけのはずだ。プログラムに従って下位管理ユニットから魔石を外す時、奇妙なセンサー異常を感じたのはなぜだろう?
その日も何事もなく繰り返されるはずだった。
センサーによって、転移陣が稼働し何者かが転移して来た事が分かった。その者は転送ステーションのゲート管理所で許可パスを作ったようだ。パスはDNA制限をクリヤーし、上級コードを取得したみたいだ。これは商業センターの金庫室に入った事で確認できた。この時点で帰還者と確信した。これは600年に渡り待機状態を続けた者には朗報ともいえた。前にも一度、転移が有ったが帰還者とは思われず、既定の手続きも無く行方も知れなかった。
都市の防御結界は独立したエネルギー源を持っていたが、既に限られた生命体の排除しかできない。可能性は低いが、再び隕石攻撃にあえば、今度こそ地下部分を含めて原型を残さず破壊されるだろう。自分たち管理ユニットは生命体では無いので魔法を使う事が出来ない。過っての人間の上司達のように、土魔法を使えればあの岩盤などすぐにも打ちぬいて地上に出られるはずだが、帰還者に連絡する事さえできない。
帰還者が金庫室に入ったことで魔法の基礎を取得できただろうと思われたが、不完全な環境で行われた魔法の移植はどうなっただろう。
自分には緊急時対応管理施設に居る上級管理ユニットに、残り少なくなったエネルギーで最後の連絡することが出来るだけだ。連絡といっても一方通行であるが、届く事を祈るだけだ。ハハ、ホムンクルスが祈る事が出来る様になるとは新発見だ。
通常の管理ユニットの交換はおよそ200年である。その3倍以上を永らえたのは命令だけとは思われない。この連絡こそ我々、管理ユニットの最後の任務にふさわしいだろう。連絡を送った後は、下位管理ユニットの所に行こう。何故か随分、待たせたような気がする。




