王国の野戦
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帝都混戦の前、スライムドラゴンによって、七番と名付けられた指揮個体はイリア王国軍撃破の為に、魔獣達30万と共に西に向かっていた。五、六番と帝都攻略に行く90万の魔獣を見ながら七番は悟られないように考えていた。ミーナ様とヨーダ様は王の命令によって群れから離れられたようだ。2体がいなくなれば好都合だ。力を蓄え魔獣の王の信頼を得なければならん。今しばらく我慢するのだ。俺はやがてこの地に君臨するのだ。俺は魔獣を指揮すべき存在なのだ。
思いを知られぬように、うまく立ち回るのだ。四番とは折に着け四番こそが魔獣達を主導すべきだと話してある。皆、なるほどと思い至る所が有るはずだ。何故ならば、魔獣の王は四番に特殊な能力を授けられたのだ。奴は魔獣達を強力な思念波で操れるし数を増やして補充する事もできる。俺は何時もの様に卒なく、そして慎重に動かねばならん。魔獣の王になり替わろうとは一瞬たりとも悟られてはならん。
だが、また道は遠くなりそうだ。残念ながら自分は運に見放されたかもしれない。ひょっとして魔獣の王に思いを見抜かれたのだろうか? 帝都攻略は大丈夫だと思う。なにしろ五番と六番は恐ろしい威力の爆弾を二発も授かっている。奴らは帝国軍を破り、帝都を陥落させる事が出来るだろう。口惜しい事に南ケドニアでの功績も顧みられないだろう。そうなると差が埋めようもなくなってしまう。
自分は援軍に来る奴らを潰すだけという命令だ。だが、いくらも西進しない内に、五番の指揮個体が重傷で動けないほどの傷を負ったという知らせが届いた。運が巡ってきたのに違いない。早速、周辺に行かせた魔獣達も集めよう。群れの数を更に増やして援軍とやらを潰してしまえば、帝都国略に加わる事も出来るかもしれない。まだ勝ち目はある。いつまでも他の指揮個体の言いなりに、なっているつもりはない。
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13の月23日帝都救援のため王国軍は、その行く足を速めて移動していた。魔獣がリューベック川を渡河するという離れ業で帝都に迫っているのだ。10の月15の日にはフルダ渓谷出口での迎撃できるはずだった。魔獣は撃破できる。イヤ、最悪の場合でも食い止める事が出来ると確信されていたのだが、恐ろしい巨大な爆発が起こりまさかの敗退をしたのだ。
急使は帝国各地やイリア王国軍ばかりでなく、エバント王国軍にも送られてはいる。しかし今、魔獣に包囲された帝都の援軍に間に合うのはイリア王国軍だけと知らされたのだ。
帝都までは1000キロを超える道のりである。エバント王国軍が守りを固めるエルベ川西岸からでは、距離があり時間もかかる。帝国各所にいる軍団はさらに遠い場所だ。遠征軍はリューベックラインの建設を中断して東進を開始した。行軍形態はおよそ7キロもの縦隊になる。とても戦闘にはむかない。先行する偵察兼索敵集団のみが戦闘に即応できるようにして行軍する速度を速めるのが精一杯だった。
この時、救援に赴くイリア王国遠征軍本体15万人である。さらに輜重部隊と商人達6万人が続いている。遠征軍に追いついたカシミロ殿下とシーロ副伯は軍団長会議を毎日のように行っていた。30日もすれば王国遠征軍の先遣隊が帝都に近づくだろう。それ以前に魔獣の襲来が必定だろうが。急行すべきだが急ぎすぎて、索敵を疎かにしては思わぬ攻撃を受けるかもしれない。歯がゆい思いでイリア兵達は進んでいく。
先行して偵察する部隊から次々と報告が入る。魔獣の集団は、思った通り王国軍を阻止しようと西進していた。魔獣の数はおよそ30万。王国軍は前進を止め魔獣と雌雄を決する事となった。戦う場所は帝都から西へ400キロ余り。フルダ平原と同じ規模と言われるメネルブ平原であった。主要街道の1つで、帝都と帝国要塞を繋ぐ道とスクロヴェーニへと向かう分岐点までおよそ50キロである。魔獣の群れは分岐点手前10キロ程の所に屯しているらしい。
飛来するカラス型の魔獣は偵察なのだろうか? 時折その姿を見せている。足の速い狼型の魔獣も離れた所から周辺を廻っているようだ。ここメネルブ平原は西から東へと非常に緩やかに傾斜している。おそらく100メートル進んで2、3センチほどであろう。天候の良い空気が澄んだこの季節には、帝国中央山脈がはるか北に見える。その平原の帝都寄りの場所で、両軍の存亡を賭けた前哨戦が始まる。
将軍の筆頭は、カシミロ。第二軍団は、エドムンド。第三軍団は、リノ。第四軍団は、ルイス。第五軍団は、カルリトス。第六軍団は、カミロ。軍団会議はカシミロの一言で決まった。
「カシミロ、良いのか」
「何が?」
「俺が指揮を執っても」
「何を言う。武に優れた、おぬしが一番の適任だ」
「そうか。色々とあったが、礼を言う。その思いきっと留め置く」
「アァ、もちろん総司令官の俺が責任を取る。もちろん、このカシミロもお主の指示に従う。存分にやるが良い」
「いよいよだな。シーロ」
「そうですね。で、よろしいでしょうか」
「アァ、いいとも。母は違っても同じ血を分けた兄弟だ。セシリオにも頼まれている」
「では、ご指示通りエドムンド様の作戦指導で進めます」
「ウム、頼む」
伝令が後方に走り、前哨部隊の4800名は、4個のイリア方陣を作り徐々に後退していく。方陣と魔獣の睨み合いになるかと思われたが、緊張の為か血気に逸ったのか、数匹の大型魔獣が堪えられず飛び出した。だが、大型魔獣は前衛にいなされて勢いを失い、弓矢と火魔法の迎撃に遭って立ち尽くした処を槍によって始末された。これより魔獣との本格的な戦闘になって行くが、前哨部隊の者は無傷で退く事が出来た。
「良し。頃合いだ。訓練通り警報が鳴らせ! 慌てる必要は無いぞー。訓練通りにやれば良いからなー!」
「準備が整い次第、魔法使いは前に出よ!」
「魔法使いは土塀を作り始めよー!」
「オー!」
「魔獣は、土塀を乗り越えようとするだろうが、堪えよー!」
「我らの陣は、隙を見せる事なく持ちこたえるのだ」
「オー!」
「各軍団長は部隊を方陣へと変えよ!」
「オー!」
「エドムンド、さすがに手慣れたものだな」
「ハッハッハ。これほどの軍を動かせるとは軍人冥利に尽きるわ」
「さすがですな。もし、空から見下ろす事が出来たなら、その統一された動きに誰もが驚嘆の声をあげるでしょうな」
「まだまだ、これからだ。見てろよ」
15万の将兵が125個のイリア方陣を作り出す。前衛40方陣は左右に展開し始め、中衛とも言える本隊60方陣は魔獣の群れと正面から遣り合うつもりなのか戦列を整えていく。後衛の25方陣は、輜重部隊と商人達6万人と共に動き警護しまた予備隊ともなるようだ。そして輜重部隊は位置を定めて攻城兵器の小型版とも言える移動可能な簡易投石機を組み始めた。
魔獣の群れとの前哨戦が終わり、両軍の本隊が広大なメネルブ平原に姿を見せた。やはり指揮個体は魔獣を軍のように扱う術を身に着けているようだ。30万の魔獣が一糸乱れず動くさまは、戦でなければ感嘆の声が上がるに違いない。それほどまでに統率の取れた運動だった。魔獣は前衛をイリア軍左翼の方陣の後ろに置こうとしている。おそらく大きく戦線を迂回してイリア軍の後ろを取るつもりだろう。
軍団司令部では事前に戦術が検討されている。後にイリア方陣と知られる特殊な戦闘形態である。これは歩兵を動く要塞として運用し防御力の高さを誇る独特ともいえる戦い方とされる。方陣を構成する1200百名が一団となって行動し、前列の兵士は槍衾を作り、後列の兵士が槍を突き、後列が弓を射かける。そして最後列の、魔法使い達が前列に防御結界を張り、遠距離攻撃を加える事になっていた。
古来より方陣というのは運用するにあたって、運動性が悪く柔軟性に欠ける戦法といわれている。やはり、この戦いも運動能力が優れた魔獣が勝つのだろうか? イリア王国の採った戦術は魔獣との戦闘で無類の強さを発揮するとされていたが、果たしてその様な事が実際に可能なのだろうか? 僅かな戦傷者も出なかった要塞前の魔獣戦。その拡大版とする事は果たして可能なのだろうか?
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イリア方陣は、平原を極めてゆっくりと進んで行く。魔法使いと術者が減っているので防御結界を維持しながら野戦築城をするのはかなりの困難を伴う。それ故、それを補うものとして考案された戦術は、広大な平地が必要とされた。
「この場所なら、申し分ない。日頃の鍛錬の発揮できるまたとないチャンスだ」
「さすがですな。エドムンド様」
「なに、まだまだ。前衛は40方陣に分かれよー!カシミロ、今からがいい所だぞ。これから48000名を左右に展開させる」
「そうなのか」
「中衛の60方陣・72000名は12個が組合って5個の星形の大方陣を徐々に作りだして行くのだ」
「見事な采配だな」
「あまり褒めるな。照れくさい」
「イヤ、本当だ」
「よし、次はこの五角形の星形を用いるんだ。さて、うまくできるかな?」
「エドムンド、これは星形陣形を組み合わせたのか」
「あぁ、組み合わせるのに散々頭を使って苦労したがな」
「凄いなー」
それは作り上げた大星形方陣各々が攻撃し防御するという戦術が採られる事になるという前代未聞の陣形だ。しかしそれだけではない。その大星形方陣5個を用いて、更に大きな1つの巨大方陣要塞を作り上げたのだ。
野戦築城の目的とは、戦闘をしながらも防護性を高めつつ戦闘支援する土木工事と建設された各種の構築物を造り上げる事だ。このイリアの巨大星形要塞陣形は、一時的とは言え人による要塞と同じである。諸部隊の有機的な結合による戦闘方法は陣城とも呼ばれ、土地に固定された城よりも遥かに巨大な陣城が作られたのだ。
イリア巨大星形要塞陣形の目的は、野外で効果的な陣地を作り防御をしつつ、魔獣を誘引撃滅する事にある。人は石垣となり堀や櫓ともなった。人を使って簡易城壁・胸壁・塹壕・堀等の構築、障害物の構成、接近経路への火魔法と弓兵の指向を組み合わせて要塞を造り上げたと言える。そして、このような陣形は必要とされる資材や工事は永久要塞を造る訳ではないので少なくすむが、決戦を指向した今回の様な場合は非常に大掛かりなものになる。
巧みに魔獣達を操る指揮個体は中々の知恵者のようで、左右に分かれて行った前衛の方陣を無視する事にしたようだ。まるで数を減らした敵は後でゆっくりと料理すれば良い。各個撃破は戦術の定石である。と語ったかのように魔獣の群れが動いていく。そして30万の魔獣が外側から攻撃をしようと、綺麗な軌跡を描いて方陣の塊となった中央の巨大方陣要塞に徐々に近づいて行った。
実際、このイリア巨大星形要塞陣形は外側から少しずつ食い破るしか崩しようが無いだろう。いかに大きな群れでも、うかつに中に飛び込めば四方八方から攻撃を受けて、たちまち群れごと葬られるだろう。魔獣の群れは狼が羊の群れを襲うようにグルグルと巨大な円を描いている。忍従の時間が過ぎて行くが、やがて狼達は羊の群れの防御が不十分な所を突き勝利を得ようと動きだした。
このメネルブ平原の戦闘は、まさに魔獣との力比べであった。方陣と魔獣の群れはさながら一つの巨大なタコとイカの死闘の様にも見えた。そこには戦術と言えるものは無く、力と力のぶつかり合いであった。もちろんそう見えただけと言う事だが、やがて死闘はいずれかの勝利に傾き始めるだろう。
戦術的にも戦略的にも防御が重視された為に、戦闘隊形としての方陣は欠陥が少なからずあると言われる。その巨大さからくる動きの悪さ。前列の兵が交戦している間、無駄とまではいわないが後列の兵は戦闘待機となり戦闘力が減る。ロングボウの射程は500メートル。火魔法はいささか少なく50から100メートルにも届かない。火魔法や弓矢だけでは、どんなに有利に見えても、最後には歩兵の槍が必要とされた。
旧来の方陣では前列の兵が常時、槍で防壁を築く訳にはいかない。訓練された兵といえども、戦闘下の緊張で魔獣と直接戦わなくても疲れてくる。しかしイリア兵達は束の間とは言え、休息も取る事が出来た。何故ならば、このイリア巨大星形要塞陣形内の軍団は背面行進と呼ばれる戦術を採っている。前列の兵が戦い。折を見て最後尾に移動する。その間に、後の兵が進み出て攻撃を続行する。この動きを連続して繰り返えしていた。
「カシミロ。このイリア巨大星形要塞陣形は、巨大ゆえに理論上は間断なく攻撃出来るのだ」
「ホー」
「加えてイリアの得意な魔法使いを使うんだ」
「なるほど、だから土魔法だけで使って、魔力エネルギーを温存していたのか」
「彼らは結界魔法で味方を守り、火魔法で寄せ繰る敵に斉射を浴びせ、さらに合間には槍兵や弓兵の支援攻撃をさせるんだ」
「確かに攻撃に集中できる。これなら魔法使い達は自分達の防御はしなくても良いからな」
「なんの、まだまだこれからだ。柔軟性に欠けると言われた旧方陣とは一味違うぞ。方陣の前面に火魔法や弓矢を配備する事も出来るんだ」
「ちょっと待てよー。エドムンド、これは何処かで……」
「アァ、気付いたか。これは方陣ではない。要塞の概念を野戦に持ち込んだものだからな」
「采配一つでここまでの事が出来るとは……」
「フフフ、魔獣も可哀想に。イリア方陣を破るには、攻城戦と同様に外壁(槍兵)を削るか、数の暴力によって隊形そのものを崩すしかないだろう」
「そして、その両方とも魔獣は出来ないでいる」
「後は、時間の問題だな」
更に1番の課題であった重魔獣の突撃にも対策が施されていた。今までは防戦に成功した場合でも、何度かは重魔獣の突撃を許し犠牲者が出ているとケドニア側から情報が有った。巨大で小回りの利かない重魔獣では、野戦で巨大星形要塞陣形を崩すほどの突撃は長大な助走距離を必要とするだろう。それを限りなく少なくしようとしたのだ。
この助走距離が足りないという事は、要塞を戦場に築き上げ、置盾や土魔法の堀を含む各種防御装置を戦場の各所に配置しているイリア側の知恵の勝利といえた。最初は射撃武器での重魔獣の突撃阻止が考えられたが、移動速度の速い狼の魔獣の突撃を粉砕する為には、各種の障害物を築くという防御戦術が有効な事が分かっている。この防御戦術を重魔獣の突撃阻止にも徹底して使用したのだ。
戦場に要塞を築くと言う、それも巨大星形要塞陣形は魔獣がこの障害物などの防御装置を避けようとしている間に火魔法や弓矢で撃たれまくり、多大な損害を強いるものだったのだ。
人は隕石テロ以降、何百年、いや人のすべての歴史かもしれないが城壁、弓矢、といった攻城戦の防御的要素が発達させた。そうした人の経験からすれば当然であった。この今までの数々の人間同士の戦いの結果が、これほどまでに防御を重視した大方陣を完成させたのである。
要塞は攻め入るスキを見せる事なく、次第に魔獣達が疲弊していく。そろそろ頃合いだろうと、作戦指揮を執るカシミロ軍団長が合図を送る。良い城と言うのは何処にスキが作られるそうだ。もちろん、わざとだがスキが作られる。
狙い通り、大型魔獣がここはと思うのだろう、勢い良く、罠とも気付かず中に走り込んで行く。後ろに続こうとする魔獣達が追いつく事も出来ない間に入り口が閉じられる。閉じられた方陣の中、入り込んだ魔獣達は四方八方から攻撃を受けて手厚いおもてなしを受ける事になる。
指揮個体は迷っていた。このまま攻勢を続けてもじりじりと消耗して行くだけだ。確かに甚大な損害を与え続ければ何時かは打ち負かす事が出来るだろう。ならば一気に叩け! 邪魔な壁は押し倒してしまえと体当たりで壁を破壊させようと群れを前進させた。しかし防御結界と方陣の置楯による壁は思いのほか堅牢で、魔獣は、なかなか突入口を開く事が出来ない。
魔獣は多勢で侵入できない一方、方陣内部はすべての面で、守備側が数的優位を作れる。たとえ方陣に侵入しても、その先にも大楯が何枚もあり、待ち構えた防壁があった。中に入った途端、狙われた魔獣は2本3本と矢が刺さり瞬殺される。大型魔獣は逃げ出そうという考える間もなく槍で突き殺された。
戦闘音どころか押し殺した断末魔の声さえ聞こえなかった。僅か1・2分で飛び込んだ魔獣が一瞬で全滅するとは予測外だったろう。そして命令を出す指揮個体のいる後方からはその様子を伺う事はできなかった。
「さて、頃合いだな。巨大要塞が目の前に立ち塞がり、殺戮が続けられる中、魔獣はどうするかな?」
「逃げるんじゃないか?」
「イヤイヤ、そうはさせん。そら、左右に分かれて行った前衛の40方陣がゆっくりと前進して来るだろう」
「アァ、魔獣の群れが逃げようとしても、これじゃ無理だな。押し包んでいくんだ」
「そうとも、魔獣が要塞を巡っていたはずが、気付いた時には右往左往していた群れが一カ所を回るようになって行くんだ」
巨大星形要塞の後方から次々と方陣が分離して、左右に触手を伸ばすように戦線を築き、前衛の方陣と繋がる。巨大な円が平原に出来て、その中心に魔獣の群れがいた。閉じられた輪の中で逃げようとして、移動しても移動しても立ち塞がる槍衾。そして後衛の25方陣が作り出した投石機からは、死が投げ入れ始められた。
戦闘が行われているメネルブ平原を空の高みから見る事が出来れば、そこにいたのは何でも飲み込む巨大なタコの様な化け物だった。それは魔獣をゆっくりとだが確実に食いちぎり消化していた。




