戦闘の軌跡
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14の月18日以降、魔獣は攻撃出来なかった。攻撃が無くなったのではない。帝都にいた魔獣はほんの僅かな数を残して死に絶えたのだ。第三城壁に立つ兵達は魔獣が弾ける様を目のあたりにしたが、それでも警戒を緩める事無く監視にあたっていた。すでに空飛ぶ魔獣の姿は無く、抜けるような青空が見えるだけだ。挙げられた複数の報告により帝都防衛軍は戸惑う事になる。
数時間後、それではと各城門から偵察小隊が出され魔獣の有無が確認される事になった。偵察隊は魔獣の血にまみれたバリケードを越え第一城壁前まで進んだ。そこまでの道には、動くものはなく帝都が救われた事実を確信する事が出来た。
帝都防衛軍本部では偵察小隊の情報が集まるにつれて帝都最大の危機が去ったものと判断した。だがケドニア側もすでに膨大な損失を被っていた。帝国歴391年秋、帝都の街は繁栄を極めた花の都とはかけ離れ、見る影もなく廃墟と化してしまったと言っても言い過ぎではない。
帝都第一城区・二城区は焼け野原のガレキだらけで戦闘の激しさを物語っていた。ガレキの山と化した城壁や小型要塞となった聖秘跡教会に鉄道馬車駅だったものが見え隠れしており、元は何であったかわからないほどの残骸があるが、生きている者がいない世界が広がっていた。
帝都の人々は魔獣の咆哮も聞こえず空飛ぶ魔獣やワイバーンが帝都上空に舞う事も無いのに驚いた。戸惑ううちに防衛軍から魔獣の脅威が無くなったのではないかと知らされた。疑い戸惑う内に、1人2人と退避壕から人々が出て来た。
やがて魔獣の姿も襲撃も無い事に人々が信じられない想いで街を見回す。いたるところに戦禍の跡は在ったもののそれを引き起こした魔獣はいない。歓声が上がるかと思いきや、人々はその場に座り込み声も無くこの身の幸せに涙した。
半壊したメルシェ塔には、1階は70メートル、2階は200メートルにと展望台が2つある。メルシェ塔に上った観測班は遠視の魔法により長距離観測を行う事が出来き、直線にして約50キロを見通せた。だが、周辺都市を探るが魔獣の気配も無いが人もいない。
生き物の姿が無かった。多くの村や町は魔獣に襲われた時には避難の最中だったのだろう。バリケードを築く事も出来なかったのか建物は破壊されず残っていた。たまに魔獣だった物の赤黒いシミを見つけたぐらいであった。
帝都周辺地域の小さな町や都市は、魔獣に目こぼしされた訳では無かった。籠城戦が第一城区から第二城壁に移る頃には腹をすかせた魔獣の群れにより蹂躙されていたのだろう。町や都市に取り残されたケドニア軍守備隊は3000にも満たず、その守備隊も多くは北部バハロスへの避難誘導中の予備兵がほとんどだったはずだ。
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帝都の危機は去ったと判断され、魔獣を排除できたと急使が北へ170キロのバハラス大本営と周辺の都市に向かった。15の月2日、帝都の舞い戻ったナゼール宰相は様々な重大事を知らされる。中でも皇帝府のグウェナエル帝国式部官から聞かされたのは耳を疑うような話であった。
しばらく呆然としていたが、指示を伺う人々がじっと待っているのに気がついた様だ。宰相が一通り指示を出し終え、ようやく帝都の周辺地域に対しする調査と救援を始めたのは翌日の事だった。
生き残った人々は廃墟の中で勝利をかみしめた。だが悲嘆にくれ、絶望している事は許されない。廃墟の中から立ち上がりこれからの1日1日を生き延びる為に悪戦苦闘しなくてはならないからである。ナゼール宰相は水晶宮殿でこう語っている。
「最悪の苦境ともいう魔獣の攻撃は過ぎ去った。魔獣の襲来が天災だとすれば、これから起こる悲劇は人災だ。我々は、今度は3つの障害に打ち勝たなければならない。飢餓という食糧問題。住宅困窮という恐ろしいほどの住宅不足。15の月という寒さと燃料の欠乏である」
何としても生き延びるのだ。パンと小麦粉、ジャガイモの問題の為、寸断された街道は普及に力を入れられ北から食料が送られる。無人と化した周辺都市の無事な建物は帝国が接収し、家の無い者に無料で貸し出される事になった。
寒さに勝つ為にと象徴的な意味を込められて第三城区に残っていた通りの街路樹までが切り倒され、時を置いて暖房のために使われた。帝都ヴェーダは、魔獣の起こした膨大な破壊の爪痕から少しずつだが回復し始めた。
稀に、下水道の奥深くにでも隠れていたのか、ネズミのようなウサギほどの大きさの小型魔獣が姿を現した。一時、帝都は緊張に包まれたが、出現した旧市街地では小型魔獣で少数であった事も幸いしすぐさま駆除された。少数の小型魔獣は再び地下に潜ったがかもしれないが、飢えに苦しんでいずれ死に絶えるだろう。
近隣の町の消息も徐々に分かってきた。メルシェ塔からの長距離観測ばかりでなく、その先の村や町に人が送られた。魔獣の包囲網は既に無く、僅かに帝都から離れた所にいて死を逃れたと思われる中型・大型魔獣もケドニアの冬が始まり、エサの無い真冬の環境下で生き抜けるとも思えなかった。森や林の野生動物は、とっくの昔に魔獣のエサになっていたのだろう。見かける事は無かった。
共食いをして生き延びようとしても、寒さが魔獣に止めを刺す事になるとわかっていた。防衛軍は帝都の警戒網を強化し、魔獣を少しずつ駆り立てて行った。
そんな時に、朗報がもたらされた。イリア王国派遣軍が帝都から西へ四百キロ離れたメネルブ平原で戦闘を行い大勝利したとの報だ。帝都防衛戦で奇跡的な勝利を得た防衛軍だが、魔獣は全滅した訳では無い。それでも残った僅かな魔獣を駆逐し、リューベック川まで魔獣を押し戻し殲滅する事は可能だろう。
リューベック川を越えた魔獣の群れは時を経ずにすべて駆逐できる。人々は一時とは言え確信でき、やっと喜びに身を委ねる事が出来た。
しかし、その先の南ケドノアはまだ魔獣の手の中にある。何時また魔獣がリューベック川を渡河して警戒線を突破し、帝都へと進撃して来るか分からない。再びフルダ渓谷へ向け、警戒と防衛の為に防衛軍が進出して行く。僅かとはいえ生き残りの魔獣を狩り、リューベック川にまで進み川沿いに警戒線を築くのだ。魔獣大戦は終わってはいない。
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帝都ヴェーダは、ケドニア帝国において最重要な都市であることは上述した通りだ。帝都を守るために戦いに参加した予備兵達15万名はその半数を失っている。まさに命を賭けての一歩も下がるな! だったのだ。
この戦い前には帝都民が130万人いたと言われている。このうち北のバハロスへ30万が避難したが周辺地区から20万近くが帝都に避難してきている。正確な数は不明だが、帝都ではおよそ19万から21万の死者を出し、負傷者は50万を超えたものと考えられた。実に半数以上の者が戦死もしくは戦傷を負った訳だ。
魔獣は、最初こそ戦いを有利に進めたが、攻防戦が進む中で帝都内に残っていた防衛軍や市民の闘志が燃え尽きない事に指揮個体は驚かされただろう。確かに、第三城壁まであと一歩と迫った。魔獣にとっては理不尽とも思える奇跡的な敗北を喫した訳であるが、この攻防戦により魔獣の数の暴力でも人間の粘りと意地に簡単に勝利できるものではないと知ったはずだ。
魔獣大戦の中で天王山ともいえる戦いに勝ち、帝国は再び南ケドニアへの反攻に出るチャンスを掴んだと言える。第六指揮個体率いる魔獣は帝都攻防戦に敗北して消え去り、僅かに残った魔獣も近々討伐される事になるだろう。イリア王国派遣軍に敗れた逃げる魔獣の中に、指揮個体がいるかいないかは不明で有ったが逃げた魔獣は採るに足りない数である。全滅させるのも可能だろう。
南ケドニアでは魔獣は無敵だと言う者もいたが、帝都の戦い後には人々は再び豊饒の大地を取り戻せるとの希望が生まれた。この知らせを聞いた南ケドニアでの士気は上がり、南部戦線にて戦闘が継続され、生き残った兵達はケドニアが再びこの地に来る時まで、要塞に集まり抵抗戦を行う事になった。帝都の戦いは、南ケドニア反攻作戦での第一歩となる時間を作り出せたかもしれない。
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いつか、帝王の伝記作家になりたい者の話。
帝都では既に白黒写真が普及している。防衛軍の記録係には写真撮影班も含まれている。そして帝都攻防戦の、この世の終わりのような写真300枚が帝都ヴィータのシンボルの1つ、辛うじて崩壊を免れたメルシェ塔の1階展示室で公開されていた。半壊した塔には一部危険では有ったが、帝都を代表するシンボルである。塔には壊れた防御結界装置の魔石が転用されており、状態保存魔法がかけられているそうだ。
これは当時、防衛軍の気球部隊が全滅に等しい被害を受けていた事による。帝都の遠距離観測地点(要は見張り台である)として魔獣の早期襲来警報が出せるようメルシェ塔が活用され比較的早く整備・修復がされ昇降装置が急造された為でもある。しかし、付近には形の分かるほどの建築物が残らなかったというのが本当の処かもしれない。
この展示は後にはプロパガンダと揶揄する者もいたが、人々が魔獣との対決を支持しているも事実である。魔獣を殲滅するという考えを正当な物であるとする者にとって、支持を勝ち取り戦意を維持し続ける為にも世論喚起活動は必要であった。アンベール帝はともかくナゼール宰相にとってプロパガンダは武器の1つであり、あらゆる政治的権力がプロパガンダを必要としている様に、ここムンデゥスでも政治的宣伝は重要だった。
展示名は「多くの命を奪った帝都攻防戦の悲惨さ」である。写真は絵画と違い複製が可能であり、魔獣は滅ぼさなくてはならないという決意と、帝国民に魔獣と魔獣大戦の恐ろしさを伝える事が出来たと言えた。この写真展示は回を重ねて大きな催しとなり、帝都で見てはいない者がいない程になったとも言われ、複数の町や都市を同時に巡る事にもなった。
では、その写真展示会を見てみよう。作品には番号だけで題名は無いが、短く説明文が添えられている。階級、氏名は不明な者が多いが等しく勇敢に戦った者で有るのは間違いない。
戦地へと赴くパレードの際、子供達に手を振る防衛軍兵士。
散髪中の兵士と道端で休息中の予備軍兵士。
第一城壁近くで、魔獣の群れに向け列車砲を発射する兵士。
第一城壁を突破した魔獣を、バリケードで迎撃準備をする兵士。それを激励するアンベール帝。この写真は貴重な記録と言える。これが取られた後、アンベール帝を写した物は少なくなったと言われる。
ワイバーンに向け、三十八式歩兵銃で迎撃する兵士。なお、写真の第1機関銃中隊は全滅している。地下室にいた住民出身の予備兵による手記で、詳細な部隊の戦闘が知られた。
身元不明の兵士が戦闘装備の最新の進歩を見せびらかしている。手には長い槍を持っているが、足元には機関銃が見える。
第一城区の戦いで、予備兵の部隊が町中に括り罠を仕掛ける様子。
第二城壁に迫ってくる重魔獣。撮影者は帰らぬ人となった。
カラス型魔獣による攻撃で帝都防衛軍の観測気球が攻撃を受け、パラシュートで降下する兵士。
第二城区で、胸壁とバリケードで迎え撃つ。剣とメイスを持った予備兵たち。
足の指に識別紙をつけた住人の身元確認用に使われた亡骸の写真をとる撮影班。撮影班は死者を撮影する時には、必ず黙とうしてから撮影をしている。
魔獣の突撃の後、完全に廃墟となった聖秘跡教会跡。場所が特定できないほど破壊されている。おそらくはイザベル中尉の第十九聖秘跡教会と思われる。
帝都防衛戦で唯一残された多砲塔戦車の遠景写真。近景及び他の写真は少女たちの悲惨な戦死の為、検閲不可となり破棄されている。
第二城区の2度目の戦いで、重魔獣用の擲弾筒を束ねた武器で立ち向かう為、兵士達が戦闘に備えている様子。
同じく第二城区の戦いの間、水汲みを続けた予備兵達。水筒を体中に下げている。水筒は満杯にしないとチャプンと音がして音に敏感な魔獣に襲われた。
第二城壁の監視塔の九十二式重機関銃隊。
アンベール皇帝運河の土手で銃撃戦が繰り広げられていた。写真の建物は水道施設だった。
第二城区の撤退戦の中、魔獣の攻撃から避難する兵士。この担架に乗せた兵と運搬した予備兵は助からなかったようだ。
転覆させバリケードとなった鉄道馬車馬にワイバーンが狙撃により墜落。バリケードの損害状況を調べる兵士達。
第二城区の教会前にある野営病院で負傷者に包帯を巻く女性達。彼女達も多くが帰らなかった。
帝都防衛戦の終了直前、戦場で亡くなった兵士達の為に、水晶宮殿で儀式が催された様子。
等……
ケドニアにとり、またアンベール帝の生涯において帝都攻防戦は、魔獣大戦を象徴する戦いの1つとなる。そして、帝都攻防戦とは、人々の悲惨さと無念さを表す言葉となったが、奇跡は起こるという代名詞ともなった。
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この時点で南ケドニアにいた第四指揮個体は、リューベック川を越えた指揮個体達と魔獣の群れを見捨てた。帝都では第六指揮個体から魔獣達が優勢のうちに勝利できるとの報告があり、後一息で済ませられると魔獣の王に上奏するつもりであったのだ。しかし、いったい何が起きて唐突に戦場を変えたのだろうか?
リューベック川を越えた130万の魔獣は、空飛ぶ魔獣がわずかに戻って来ただけで全滅と言っていいだろう。思念波が強くなったとは言へ、自分だけでは残った魔獣達をすべて操るのは少し無理がある。
季節は冬だ。魔獣の群れが徐々に飢えはじめ、エサも少なくなっている。この冬は飢えか病気のいずれかで数も減るだろう。共食いもあるだろう。人間や家畜は少なくなり小型魔獣に穀物を食べさせるしかない。それらをエサにして中型大型の魔獣を増やしていくしかない。計画している極秘作戦にもエサの確保は重要だ。
重魔獣はその食欲の為、数を減らすだろう。強力な重魔獣だがエサの消費量が多すぎる。間引きして減らすしかないだろう。春まで待てば、いや正確には春を迎え3カ月しなければ新しい魔獣は生まれてこず数を増やせない。ここは東岸を攻略中の第一指揮個体を言いくるめて、戦力の強化に努めるのが上策だと思いこまさなければならない。戦闘好きの単純な奴なので、情報をコントロールすれば操る事は容易いだろう。
季節は冬で思うように魔獣の数は増えないだろう。魔獣の王からの命令も無く、姿を消したミーナとヨーダの行方もようとして知れない。第四指揮個体は、時間がかかるが魔獣の繁殖を繰り返して巻き返しのチャンスを狙う事にした。




