燃える帝都 後編
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スライムドラゴンは考えていた。魔獣島で発見した、魔核弾頭は全部で7発あってその内の6発を回収した。1発を残して回収できたが、暫くすると島の武器庫のあった辺りで巨大な爆発があったので残りはやはり6発という事になったようだ。そして、使い方を調べるうちに、また1発が爆発した。残りは5発。パスタキヤの消滅に1発。残りの4発。手懐けた大型ワイバーン達は海を越えて魔核弾頭を運べた。ここまでは上手く行った。
ケドニア要塞の攻撃に持たしたが不発が1発。フルダ渓谷で1発使い非常に満足いく結果だった。残りの2発は帝都でと用意させたが……1発を帝都で爆発させた時、古代の防御結界が有り防がれた。だが最後の1発の爆発は防御結界の一部破壊したようだ。あと一発あれば帝都ヴェーダは落とせただろう。こうなれば魔獣達で力攻めするよう命じるしかないな。
その後の指揮個体の報告では、90万匹で攻めかかり、すでに10万匹近くを失っているとある。上手くやらなければ、続く戦いに勝利できなくなる。マ、魔獣は、3カ月もしない内の子供が大きくなる。エサさえあれば、数は限りなく増えていく。ここで人間どもの抵抗の源と言える、ケドニアという国を潰しておけば後が楽だ。
しかし、リューベック川を渡ってからは、碌にエサもなく数を増やす事はできなかった。むしろエサ不足の為、大型魔獣が小中の魔獣達を食い殺す始末だった。帝都に入いれば、他の大都市のように豊富なエサにありつけると思ったが、意外と強い抵抗を受け思惑は外れたと言える。
指揮個体達で海峡を渡り対岸に着いた者は7体。今は番号で呼んでいるが、スライムドラゴンの分身ともいえる、ミーナとヨーダのように独自で考えるまでにはなっていない。指揮個体だけでは、生育時間が足りないし柔軟な思考はまだ無理なような気がする。全部自分の分身だが、おかしなもので自我の芽生えがあるようだ。時間をかけると個性がでるのだろうか。
大陸東岸の第一指揮個体と呼ばれて、ブロージョを攻略中だが徐々に周りの占領地を広げている。二番は、リミニの爆発で防衛軍の司令部爆発に、巻き込まれて失った。突然の思念波が断たれたのには驚いた。三番は、ケドニア要塞戦で魔核弾頭と共に行方不明だ。まるで寝ているかのように意識が消えて行った。おそらく、失われたのだろう。第三指揮個体がいなくなるよりよりも、魔核弾頭の方が遥かに惜しかった。
四番は、ステファノにいて、しっかり魔獣達の増産をしている。こいつは臆病なくせに狡賢い。五、六、七番は、リューベック川を渡り帝都へ進撃させた。だが五番は、勇み足だったのか帝都に近づいたとたん巨大な砲弾で重症を負った。当分の間、役には立たないし群れは一時バラバラにするという失態をしでかした。帝都占領後に使うはずだった六番が代わりに指揮を執っている。こいつの猜疑心の深いのには驚いたが魔獣を支配する力はある。
七番もリューベック川を渡ったが、援軍と思われる軍を抑えるよう西に向かわせている。魔獣の数が30万とやや少ないような気もする。だが後、3カ月もすれば四番がしっかりと数を増やすだろうから、リューベック川の渡河で失ったとしても、またすぐに優位になるだろう。
七番が、援軍を蹴散らせば帝都攻略は、さほど急ぐ必要がないだろう。ゆっくりと楽しめば良い。帝都を、暫くお預けにして周辺の村や町にエサをあさりに広がるように命じるのも面白い。いずれにしろ、リューベック川より南の豊かな土地は手に入れた。ここはほっておいても実が出来、動物が増えていく土地だ。春になれば魔獣の数も増えるだろう。
第四世代のドラゴンも気になるが、そのうち奴も俺に従う方が良いと気が付くだろう。考えてみれば、そこそこ上手く行っている。ハハハ。この後は、あの小憎らしい第二世代のドラゴンの調教でもするか? 思念波上の事なので何度痛めつけても楽しめる。もっとも、いじり過ぎて殺さないようにしないとな。全く良いおもちゃが手に入った。
魔獣の王は笑っていた。
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撤退をする防衛軍に、第一城区にいた魔獣は何故か攻撃をしなかった。帝都防衛軍は、この時を無駄にせず第一城区からの撤退を開始している。最初、魔獣は何故か攻撃をしかけてこなかったのは不思議だが事実であった。撤退は急がれたものの、防衛軍は移動を完全に終えた訳では無く、第二城壁にて防御を固める事が出来たという事だ。そして撤退を開始した半日後には、意を決したかの様に魔獣の猛攻撃が始まった。この撤退を完了させようと多くの犠牲が生じ、幾多の名も無き兵が倒れたのである。
リシャール・ラウル・エヴラール・シニョレ大佐が指揮する帝都防衛軍第17大隊は殿軍となっていた。防衛軍本隊は撤退の際に魔獣に背後を表せざるをえないという劣勢な状況だ。大隊は魔獣の追撃を阻止し、防衛軍の後退を掩護する事が任務であった。もちろん、撤退する本隊から支援や援軍を受ける事などできず、限られた兵で魔獣を食い止めなければならない。
撤退開始時は戦闘も無く静かに作戦が終わるかと思われた。残念ながら半日後には、第17大隊4500百名の将兵は一団となって、魔獣集団を牽制し前進を阻止していた。すでに2400人が倒れている。近づいてくる魔獣は増える一方で、残された2100名があらゆる手段を用いて防御戦闘を行なっていた。損傷率が5割を超えた大隊は、通常ならば壊滅状態と判定される所だ。
リシャール大佐は撤退時間を捻出する為に、偶然ではあろうが日本で有ったという戦国時代の捨て奸戦法を要所要所で用いていた。これは防衛軍本隊が撤退する際に殿軍の大隊の兵の中から小部隊をその場に留まらせ、命令とはいえ追ってくる魔獣に対し死ぬまで戦い足止めせよと言ったのだ。
小部隊が全滅するとまた新しい足止め部隊を退路に残し、これを繰り返した。大佐は残した部隊員の命を時間と引き換えに防衛軍本隊を逃げ切らせるつもりである。足止めに使われる部隊はまさに捨て置かれた。もとより生還する可能性が無い、壮絶な戦法であった。
捨て奸戦法を命じた、いささか古風な貴族出身のリシャール大佐は部下達にこう述べている。
「ここから私たちは退却する事はできません。貴兄らは死ななければなりません」
それに対してリシャールの副官、壮年のパトリス・ブリス・コンスタン・フォンタニエ大尉は、事も無げに
「そうですね、了解しました。そうしましょう」と答えたと言われている。
リシャール大佐の最後は、その撤退する防衛軍本隊の兵によって知る事が出来た。だが捨て奸によっても魔獣の追撃は阻止できなかった。あと一息で撤退が成功するかしないかと言う時に、嘗て公園だった場所で大佐は決断を下し、第17大隊の戦列を最後の迎撃戦闘を行う為に2列の細い戦列に変えた。
防衛軍の規定では、魔獣の運動性を考慮して小銃の場合は阻止抵抗線を4列にすべしとしている。しかし、リシャール大佐は、阻止抵抗線を形成するのに十分な兵がいなくても、侵入を許さじとして最後の一斉攻撃を敢行した。第17大隊は、最後に第1列が100メートル先、第2列が70メートル先で迎撃を開始したと言われる。
迫りくる魔獣の戦闘により瞬く間に大隊はすり潰されるだろう。だが、時間は稼げる。リシャール大佐は「17大隊、前進!」という叫びと共に消えた。そして、大隊は壊滅し第二城壁の前の防衛軍は撤退に成功した。
その後、帝都防衛軍では魔獣に対峙すべく第二城壁に兵力を集中し、防衛戦に注力する事が決定された。魔核弾頭が使用される危険性は指摘されていたが、前回同様の攻撃が有るなら連続して行われるはずである。その方がいかに魔獣といえど損失が少ないだろう。指揮個体がいるならそう判断する。おそらく何らかの理由で、もう使用出来ないのだろうと考えられていた。
水利施設と同様に、帝都の街中を流れるアンベール皇帝運河もまた導水路としても重要だった。魔獣は人より遥かに優れた肉体的能力を持つが、指揮個体のように賢くはない。指揮個体が水源を抑える事や毒を流す事を思いつけば、戦いは非常に不利になる。
毒を流さずとも魔獣の死体が浮かべば飲用には不向きとなる。従来と違い、帝都に追加の井戸を掘るのは非現実的と言えなくなってきた。平原に位置する帝都とはいえ、掘れば水が何処にでも出るものではない。だが、現実が井戸を掘らせる事となったが、すぐに水量を確保出来るほど掘れる訳では無い。
以前ならそのように、魔獣が思考するなど思いもされなかったが、今では指揮個体の存在は自明の事である。防御結界は、持ち堪えてはいるが何時まで有効なのか分からない。帝都の人々は乳白色のヒビ割れの入った空を見上げて、第二城壁への侵入阻止が出来なくなるのも近いのではないかと思っていた。
人々が恐れていたように防御結界は第一城区から撤退して2日後の12の月21日夜明け、日が昇りまた過酷な1日が始まろうとしていた時、上空に乳白色のヒビが広がり青白く瞬いて効力を失った。帝都を守る結界は失われ、人々は嘆くより先に第二城壁の防備に着く事を急がされた。
朝には空飛ぶ魔獣やワイバーンが帝都に舞い戻って来るだろう。バリスタを装填しなおし、小銃で幾ばくかの対空網を築く事は出来るだろうが間に合うだろうか? 第一城区の様に戦闘で制空権を失うという事は勝敗を決めかねないのだ。
人手不足を解決する為に、城壁にも武器を手にした事の無かった女性達が臨時とは言え配属され始めた。バリスタの装填や射撃といった重労働を必要とする部署以外の、全てに配置された。女性が果たして役に立つのかという問題は、今となって笑い話だ。女達は良く働いた。帝都の気風がそうさせたのかもしれないが誰の為かと問われれば、彼女達の肉親や、友達、見ず知らずの者、ただ同じ帝都に住むと言う者の為だった。
帝都防衛線の第1段階ともいえる第一城壁前の戦闘においては、戦線の維持を重視し、火力点を線的に集中させていた。これは魔獣の侵入を一切許さない形であったし、魔獣を寄せ付けないという心情も理解できる。しかし城壁と言う一線陣地が基本形態では、魔獣の侵攻を防ぐ事は無理とも言える。
なぜなら城壁とは地形上の優位を維持しながら展開できる防御であるが、火力と反撃力を併用しなければ魔獣の攻撃を破砕し、撃退することは難しい。撃退するには、城壁の前面で魔獣を消耗させる事に主眼が置かれるべきである。予め攻撃の時を決めておき、適時に予備隊を用いて反撃に出る必要があったが、魔獣の数がそれを許さなかったのだ。
防衛軍は反撃法を考えていた。仮にだが一時的な後退行動によって第二城区内部に魔獣を誘導して反撃すれば、最終的に防衛は可能であるとする陣地内防御を説く者も多くいた。もし先の様な巨大な爆発が有ったとしても、魔獣を城区中に入れて戦っていれば魔獣とて一斉に引くような事は出来ないだろう。爆発によりいくら命が軽いという魔獣でも、爆発で数の優位を失えば勝利は覚束無いだろう。
急造とはいえ防衛軍の防衛線構築は進んでいた。第二城区は各城門に繋がる主要道路に始まり、本来交通の利便を考えて縦横に道が敷かれていた。それが今では建物ごと壊して道を塞ぎ、障害物によって迷路のように複雑に作られている。さらに各所に小型要塞が設けられており、バリケードには土魔法で補強がされている箇所も多く、陣地内防御は可能だと判断された。
こうして第二城区内での迎撃準備が整えられ陣地内防御が行われる事となった。そして、帝都はより凄惨な魔獣と人の戦場へと変化して行く事になる。
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アルバン・アデラール・ルアール帝都防衛軍伍長の話
俺は、野戦大隊砲兵1番砲手だ。帝都防衛戦では随分と酷い経験もしたよ。だが立派にお役目を務める事ができたし、なによりも死なずにやってこられた。フルダにいた奴と違って、帝都でも魔核弾頭の爆発があったが生き残れたし、俺はついていたと言っても良いだろうな。本当にそう思っていたんだ。
俺達はこの間の魔獣の攻撃が一時的になくなった時に、第一城区から第二城壁に移動するように命じられた。魔獣が見えても攻撃してこないという実に不思議な時間だった。夕方から夜にかけてなので大隊砲を搬送するのに手間取ったが、幸い攻撃される事も無く城壁にたどり着いた。ようやく第二城壁の門近くに着いたが、60メートル先に魔獣がいたので中に入れなかったんだ。
軍曹が少し考えていたが、頃合いを見て砲撃で片付ける事にした。ちょいとした賭けになったが、砲弾が発射されるとすぐ炸裂する零分角射撃で片づける攻撃方法にしたんだ。マ、こんな接射で撃ちそこなえば自分達がやられるんだがな。
大隊砲を撃ち込むと魔獣の半数近くをやったとわかった。隠れていたのはさすがに一発でとはいかなかったが、城門の兵の援護もあってし、連射でうまく行った。何とか砲を城壁まで運べたのでホットしたんだが、実はまだ一仕事ある。今や貴重な大隊砲を、ほぼ垂直の城壁に砲を分解して担ぎ上げるのだ。近くには簡易クレーンは有るようだが、楽はさせてくれない。何時もの様に20キロの砲弾を2発背負って登る事になるって事だ。
「援護ありがとさん。助かったわ」
「イヤイヤ、大砲担いでご苦労さんだったなー。こっちは見ての通りだが、第一城区は大変だったんだろう?」
「アァ、第一城区にあったトーチカもどきで戦っていたんだが、城区の戦闘は物凄かったよ。昼間は出歩く事が難しいんだ。空飛ぶ魔獣達の襲撃が激しくてな」
「そうかー」
「下水道は狭くてくさいし、全部が通路と言う訳じゃ無いしな。それで危険だが専ら夜に弾を補充したり移動したりするんだ。だが魔獣も夜に動ける奴が出てくるしな。やられた者も多いんだ」
「あの夜、本降りの雨だったな。トーチカの擲弾兵がやられてよ、よせばいいのにと思ったが次に小銃隊が前線に匍匐で行ったんだ。命令だったんだろうなー。他の小隊が援護についていたんだが、近づくと大型魔獣が出てきてな、沢山死んだよ。それもあって本部前の防衛部隊はかなり苦労していたんじゃないかな」
「そうだな。何処も一緒という事だ」
「機関銃部隊がやられた時は臨時の中隊長が戦死してな、狙撃兵が援護射撃をしてくれなかったら全滅だった。あの時は本気で祈ったよ」
「アァ、運が良かったんだな。確か地上に舞い降りた天使とか、死の妖精とか聞いたな」
「その綽名は立場によってどちらも正解だな」
「それからこっちへ来たのか?」
「そんな簡単にはいかなかったんだ。大隊砲は擬装してトーチカの後ろの方にいたんだ。マ、隠れていたんだがな。その時のはずなんだが、背中に気配を感じて、アッと思ったら気を失ってしまったらしいんだ。魔獣にやられた時は、全身の骨と関節が無くなってグニャグニャになった気がしたよ。直ぐ気を失ったんだろうと思うけど何故か思い出せるんだ」
「オイオイ、大変じゃないか」
「ボーとしていたんだろう。気が付いたら仲間が止血帯をしていてくれたんだ。急所はそれたよ。牙があと少し右だったら血管を破ってたそうだ。血がなかなか止まらないんで、もうだめだと思っていたと聞かされたよ」
「……へー、また命拾いしたって訳か。あやかりたいものだ」
「何を言ってるんだ。一日、気を失っていたんだぞ。だが、本当につらかったのはこの後なんだ。水が無いんだ。それでも、我慢して歩いてようやく教会にある野戦病院に着いたんだ。元々、病院だったらしくて水魔法の使い手が居たんだ。助かったねー、水を馬が飲むぐらい飲んだ気がする。あれぐらい美味しい水は無かったよ。オッと、俺ばかりしゃべっていたみたいだな。うるさかったかい」
「いいや、随分と苦労したんだなー」
「この城壁からだと、昔と違って3キロ離れた第一城壁まで見通せるもんなー」
「やっつけたり潰したりした魔獣も多いが、あらかた建物を壊してガレキばかりの平地にして埋めてやったからな」
「まったく何処から湧いてくるのかと思うよ。大砲が来たんで楽になるかもしれんがな」
「あぁ、そう言ってくれると持って来たかいがあるよ。で、部隊に戻ったのが4日前の事さ、普通なら後送されるんだが仲間が戦っているしな。よせばいいのに、また戻ったのさ」
「するってっと、休む間もなく前線に戻って来たのか?」
「ホント。俺も、自分が随分とお人好しだと思うよ」
「良くやるなー」
「何言っているんだ。ここも随分とやられているんじゃないか? 似たり寄ったりだな。こんなになっても守っているんだからな」
「マ、この城壁にいる奴らもお人よしなんだろう」
「ハハ、違いない」




