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癒やされたいキャンパー。異世界を癒やしに行く。  作者: カトー
第11章 燃える帝都
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燃える帝都 前哨戦

 帝国歴391年11の月16日


「これが、列車砲と言うやつですか? 噂話は聞いてましたが、こんなのが本当に有るんですなー」

「そうだとも、開発局のチョットいかれたやつが作ったらしいが、今回、初のお披露目よ。何しろ、弾は40キロ彼方まで飛ぶそうだ。ハハ、実は、俺もさっき教えてもらったんだがよ」


 いずれにしても、2台の列車砲にとっては好機到来である。一度に2発だが、集まっている魔獣に打撃を与えられれば良い。帝都内を、移動する時に見られたのであろう、野次馬たちが寄って来て遠巻きに見ている。かなり離れた規制線のロープを乗り越えて近づく者が絶えない。彼等は、発射員達の着ぐるみの様な耐衝撃装備を見て指さして笑っていた。直ぐに、彼らは後悔する事になったが。


 列車砲は、大口径かつ大重量の火砲を専用列車に搭載し、線路上を移動出来た。帝国では、嘗て巨大な弾丸を放つ、口径100センチという巨大な砲身を持つ巨砲が作られた事が有る。地球で有った軍事は、このムンドゥスで少し形を変えるが行われる。時代も世界も違うが、類は共を呼ぶと言うのか、この仕組みに似た考えもやはり同じように開発されている。


 この巨砲の前身は、初期の未熟な鋳造技術の為、4発めで壊れてしまった。だが破壊力は凄まじく、ロマンを追求する研究者は、兵器技術向上の為と言い張り、特別研究費で見事2台の列車砲を作ってしまった。尚、耐用限界は、36発であるとされていた。この砲弾数の少なさでこの巨砲の異常なコストパフォーマンスの悪さが分かるだろう。費用対効果はロマンと相容れないものらしい。


 予想された通り研究者は一時、この行き過ぎた開発により左遷された。だが今回、列車砲が帝都防衛に顕著な働きをした事で復帰を果たしている。本人曰く、まさか列車砲が日の目を見る事になろうとはと語っている。開発した本人の言葉とはとても思いたくないが、実際に帝都でこのような不良品に近いだろう巨大な砲を使用するという状態はかなりの危機下である。


 それはともかく巨砲は台車に乗せて蒸気動車に曳かせ、馬車鉄道の線路上で移動させると言う仕組みである。列車砲は射界を確保する為、転車台が使われる事になっていた。建物などが邪魔で使えない時は、多少の時間はかかったもののカーブの付いたレールを仮付けすれば、帝都の線路上ならどこでも使用できた。今回は、帝都第一城壁南門の近くまで移動している。これは、城門は列車砲が大きすぎる為、通り抜けられなかった事による。


 列車砲隊の長は、フレデリク・アルマン・リサジュー中尉である。二つの砲の全体指揮と操作の責任を執り、砲を指揮し、発射員を監督するのだ。射撃誘導観測員が見た目標に対し、適切なる射法を採り射撃速度を決めて射撃諸元を号令する。射撃の効果判定に注意し、射撃中必要な修正をして絶えず有効射を実施する役目である。


 発射員は1門につき、14名。砲長は軍曹で砲の指揮と操作の責任を執る。右砲射手席に就く。砲次長は、砲長を補佐して砲の操作をする。場所は左砲射手席だ。砲の照準について担当する。左右砲手席、どちらからでも俯角操作と旋回操作が出来る。

 1番、2番砲手は、装填機を担当し、揚弾・装填についての確認と指示を行う。

 3番、4番砲手は、主として尾栓の開閉を行う。発砲前の開閉確認もする。

 5番、6番砲手は、揚弾・揚薬。一番の力仕事である。

 7番、8番砲手は、仰角4度半に砲を操作して、砲を装填位置に固定する。

 9番10番砲手は、筒中の洗浄。

 11番、12番砲手は、きつい5番砲手の補助である。伝令兵の役割もする。


 いずれにしても、発射時の爆風と轟音は凄まじく帝都民の誰一人として聞いた事が無かっただろう。発射前には、レンガ造りの建物の中でも住民退去はもちろん、50メートル圏に立ち入らないようきつく言われ、間違っても砲口の前面に立つなと命令された。当然、第一城壁南門の兵は一時退去している。なお発射員は頭部を守るため耳栓をして、多砲塔戦車兵の蒸気動車帽と略帽等を支給され、体には力士の着ぐるみの様な耐衝撃装備をまとって発射準備をしている。


 射程距離は、弾種にもよるが40キロである。あのヤマトの46糎砲でも42キロと言われる。発射速度は20分に1発、12時間で36発。1日足らずで耐用限界を越えてしまう。ただ、この2門だけで、一個砲兵師団の総火力以上である。

 遠見の魔法が使える射撃誘導観測員のおかげで、魔獣集団の位置座標はほぼ正確に掴める。魔獣は、ミュー川の手前でまとまって居るそうだ。渡河する事も無く、後続の待つためなのだろうか? ただジッと待機し続けているようだ。


「並射、単発打方、右から始め」

「発射用意」

「用意ヨシ!」

「打ち方始め!」


 百個の雷が一度に落ちたかのように、轟音と共に砲弾が放たれた。城壁によって起こされた反射波が、野次馬たちに突き当たる。まさに、突き当たると言う言葉通りに、規制線より出ていた者が弾き飛ばされた。初弾発射後には、威力判定する射撃誘導観測員があまりの凄まじさに、一時観測を中止したほどだ。


 砲撃を開始してから14時間後、各々36発を撃ち込んだ巨砲はその耐用限界を迎えた。しかし、次は無いとの思いでフレデリク中尉は、さらに6発を撃ち込んだ。案にたがわず、耐用限界を超えて発射した為、砲の修理は不能とされ、その役割を終えた。


 砲撃を浴びた草原だった大地には大穴が各所に空き、例え地に潜ったとしても無駄だったろう。砲弾は重魔獣の装甲のような分厚い皮膚でも防ぐ事は出来ず、炸裂した破片で切り裂かれ、周辺には焼け焦げた魔獣の体が散乱していた。弾着地では、生物の痕跡がない程の大穴があいた。


 集結し始めていた魔獣は散り散りになり、再集結するまで、帝都には防衛や避難する時間が生まれた。帝都ヴェーダから、170キロ離れたバハラス大本営に続く人の帯が出来た。これは、結界装置稼働開始の時、同時に皇帝府から発表された布告でバハラスの避難地が知らされたからである。帝都ヴィータの人口は130万。受け入れる事の出来る避難民は一時的なら30万人が可能で、この布告には、皇帝の強い意向が有ったと言われた。


 他事になるが、水晶宮殿の野鳥園では、クジャクを始めこの大陸中のさまざまな珍しい種類の野鳥が居るのが知られている。残念だが、結界装置の作動後、逃げ出すことが出来なかった為か、約半数の鳥達が死んでいる。やはり基準は、装置が作られた時代の登録に左右されるものらしい。 


 ※ ※ ※ ※ ※


アルバン・アデラール・ルアール帝都防衛軍伍長の話 

 列車砲の奴らは、羨ましい事に思い切り撃てたという。砲撃を見物に行った奴が、あの大きな砲で、打ち込まれたら何も残らないと言っていた。だが、再び集結を終えた魔獣は、ミュー川を渡ったと知らされた。このミュー川は、帝都から南に40キロにある。帝都近郊の、さほど広くも深くも無い川だ。


「もう、20日以上の前になるのか。フルダ平原の戦いは、酷かったらしいな」

「フルダのあれで、軍の集団戦が出来なくなったからな。固まっていたら、爆弾? を落とされて終わりだからな」

「帝都は大丈夫かな?」

「まぁ、心配し過ぎても、くたびれるだけだからな」

「そういえば、帝都には堡塁が無かったな」

「こんなに早く魔獣が来るなんて思っていなかったからな。今まで防衛軍が、負け続けているのが不思議でならなかったが、数を聞かされて分かったよ」

「いずれにせよ俺達は、最新鋭の大砲を持つ砲兵隊だ。フルダでは残念だったが、今度こそ魔獣を、木っ端微塵にしてやる」


 自分は、野戦重砲兵1番砲手のアルバン帝都防衛軍伍長である。いきり立つもする。俺の、友人達の多くが先の戦いで亡くなっているのだ。この新型十センチ榴弾砲は、1発が20キロの重量の弾丸を約12キロメートルもの遠くに撃て、その発射弾数も2分間に1発だ。実に三八四式十榴砲は優秀である。その性能を知る俺は、仲間達の弔い合戦をするつもりだ。


 弓兵や砲兵の弾着観測法は、専門家と言える射撃誘導観測員が行う。専門家故に数は少ない。先のフルダ平原の敗戦は様々な事に影響を与えていた。実際、俺達、第一城壁上の野戦重砲隊には、一時的にせよ射撃誘導観測員がいなかった。


 射撃誘導観測員が居なければ1番手が砲撃管制行う必要がある。本来の弾着観測法は、高い城壁の上から弾着を観測して、まず距離や効力を正確に掴む。そして左右遠近を修正して、射撃方位を指示したり再度砲撃するかの判断をしたりするのだ。だが、砲側にしか要員が居ない場合は、1番砲手が魔獣との発射管制を行い距離測定等の任務をこなす事になる。


 小難しい三角観測法を使い、距離と角度・方位の計算を行う。これは、装薬量にも関係するので暗算するのだが、早見表を覚えてしまう方が早いと言われる。この三角観測法のほかに、音原標定法というのもあるにはある。着弾音を捕らえるのだが7キロメートル以上の遠方では、落下点はあまり正確には分からない。補助として使う位だ。


 11の月18日、帝都に近づく魔獣の先行集団が目視できた。昼前には、帝都防衛軍の遠距離砲撃(俺達の事だ)が始まる。偵察に来るしては、規模の大きな魔獣集団だ。ご挨拶とばかり、集団に向けて十榴の砲門が開かれた。


 俺達の砲の右隣の第1分隊の火砲は、発射の反動で着弾観測試射3発目に右脚が折れ曲がり、戦闘不能となってしまった。この城壁上の十榴弾砲は急遽、数を集めて城壁に上げたので十分な検査が済んでいなかったかもしれない。だが不良はこの砲だけで、他は無故障で実弾射撃では10キロの先の魔獣の頭の上に炸裂させる優秀な砲であった。


 カラス型の魔獣やワイバーンは、今までならバリスタで迎撃していたのだが、追い払うのがせいぜいで、なかなか当たらなかった。だが、三八式小銃が配備されると、かなり命中するようになった。猟師上がりの者に、優先して装備させて見込み射撃をさせてみる。やはり餅は餅屋なんだろう、思った通り弓より上手く当てられた。奴が言うには、弾丸は弓矢より早くて遠くまで飛ぶからと言っていた。


 先ほど話した第1分隊の砲は、脚が折れて俯角が取れず直ぐには魔獣を狙えなかった。もちろん俺達の分隊にも発射号令が掛かった。足の速い魔獣は、堀を越えて第一城壁に接近している奴もおり、撃てば当たると言うぐらいだ。射撃は中断せず撃ちまくったが、話に聞く通り、いくら撃っても数が減っていかない。


 城壁の魔獣もそうだが、もっと面倒なのは空飛ぶ魔獣だった。奴らが近づくと、退避指示がその度に出るのだ。だが、午後になって暫くすると、飛行型の魔獣が飛来しなくなった。小銃の反撃に懲りたかもしれないと思っていた。結局、退避する事無く連続砲撃が出来た。挨拶の砲撃も、日がかげり出して目標が見えなくなったので撃ち方止めとなった。


 この日の、俺達の部隊の発射弾数は、5門で1550発だった。コンスタンタン少尉殿が、城壁の観測所で発射弾数を数えていたので正確だろう。観測所より100メートルほど離れた第2中隊の6門の火砲も、1門は故障、炸裂煙で前が見えないような時もあったらしい。3中隊とも射撃目標として、40〜50匹ほど群れを狙いながら左から順次、砲撃していたと思う。


 目標が新しくなる度に、猛射を浴びせた訳だが一向に魔獣の数が減らないのは、どの中隊でも感じていたらしい。夕刻の、撃ち方止めで点検したら、発射の振動で城壁の床はガイド溝みたいな跡が出来ていた。


 司令部詰めの奴に聞いたら、なんでも帝都からの救援要請に応えたのは、イリア王国派遣軍団15万だそうだ。俺達は、リューベック川が渡河されること自体、夢想だにしていなかった。帝都が魔獣の攻撃を受ける事など誰もまともに考えていなかっただろう。今は、1200キロ西にいる他国の軍を頼るしかない。魔法使が多くいると言われ、その戦闘力は相当な物だと言う。


 彼等はリューベックラインの建設に従事していたそうで、なんと1日に5~10キロも作り上げているとの事だ。帝都近くにいる戦える軍というのは、残念ながら他国の軍だ。もちろん、帝国各地からも援軍が送られつつあるのだろうが。イリア軍が、直ぐに移動を開始しても来援には30日はかかるだろう。到着するにしても、早くて12の月中頃になると思う。籠城して持ち堪えるにしても、魔獣が落としたと言うフルダ平原での爆弾の事が気になる所だ。


 11の月19日、皇帝府から結界装置の作動が発表された。どおりで、昨日の昼からワイバーンが来なくなったはずだ。

「陛下のご命令である。直ちに、全軍第一城壁まで後退せよ」

 帝都の南の平原に居た狙撃専門の兵や、障害物や罠を仕掛けていた工兵隊が帰って来た。港湾都市のブロージョから知らせの有った、メストレ近くのパスタキア。フルダで落とされた爆弾を防ぐ結界が動き出したそうだ。巨大な装置でフルダ平原には、移動出来なかったらしい。帝都には防御結界に覆われたが、効力の及ばない郊外に居ては危ないという事だ。


 噂になっている爆弾は、直径20キロの地域を破壊するらしい。帝都は、平均直径21キロを誇る巨大都市である。各城壁との間隔は第一城区、第二城区、第三城区すべて3キロで第三城壁から帝城までは1・5キロある。実際は、更に巨大で第一城壁外でも帝都生活圏であり、かなりの過密状態である。これらの民を第一城区に設けられた各施設に収容して、籠城戦を行い援軍の到着を待つ事になる。


 帝都ヴェーダの防御は、再び結界に委ねられたと発表が有った訳だが、分隊の事情通だと言う奴に言わせると、既に600年前に止まった装置の再稼働である。何時、ダメになるか分かったもんじゃ無いとの事だ。一安心と思ったが、こんな話は聞かなきゃよかった。


 皇帝陛下が、魔石を使って、帝都ヴェーダ上空に青白い結界を造られたと知らされた。第一城壁の100メートルほど前には、透明と言うよりは薄らと青白く見える幕が出現したらしい。俺達は砲煙で良く分からなかったが、隕石テロを防いだ時には、上空2キロの地点で機能したと記録されているそうだ。だが、押しつぶされたドーム状の結界は無色透明であったという。奴の言った通り、何処かに異常が有るのかもしれないな。


 人の通行に関しては、プニュという感じで通り抜けられるとの事だ。虫や獣は行き来が出来ないそうで、登録がどうのと言う話があって、魔獣はもちろん、野ウサギや猪、野鳥等もなども進入できないと聞かされた。実際これがあると、カラス型の空飛ぶ魔獣やワイバーンが来られない様なので大助かりだ。


 不思議な事に羊や馬等、人や人に飼われているのは通行OKらしいと発表されている。生き物はそれで良しとしても、無生物はどうだろう? 矢や石、もっと言えば銃弾や砲弾はどうなるのだろう? 砲弾は、昨日撃っているし大丈夫なはずだが。


 マ、馬車が通って行くのを見たので分かってはいたが、結論を言えば全部OKだった。おそらく、都市を破壊したりする事の出来る、大掛かりな物から防御するのだろう。それに比べれば威力の小さな砲弾程度では、妨げにならないと思われる。線引きは難しいが、かなり大きな砲弾でも良いらしい。誰でも考える事は同じようで念の為にと言って、城壁上から沢山の種類が用意されて発射されたが不都合は無いようだった。


 帝都の結界は、魔石によって今の所、稼働している様だが何時まで持つのだろうか? 噂では、フルダ渓谷や平原の防衛軍はほぼ壊滅したらしい。小耳に挟んだんだが、帝国各地に帝都危うしの早馬はもちろん、商業ギルドの秘匿魔法で、救援依頼が出されたそうだが距離が有り過ぎる。


 スクロヴェーニや、ブレラの様な軍需都市では、兵器は生産が出来るが運用できる兵員がいない。火器を見た者は、もはや弓や槍の世界ではないと言い切る者もいる。蒸気動車を始め、夢だった物が実用化されて新しい兵器が次々と生まれている。実際、鉄道馬車の様に蒸気鉄道へと変わっていく物も多いしな。伍長の俺だってこの位は考える。お偉いさん達は、どうなんだろう?


 ※ ※ ※ ※ ※


 この朝、ナゼール宰相の執務室では、帝都防衛軍の先任連絡将校が大きな地図を使って、ナゼール宰相と数人の閣僚に、当面の戦況が報告されていた。帝都への包囲が始まったらしい。攻撃開始後5日目になって、戦況は徐々にではあるが、はかばかしくなっていくようだ。北にある、バハラスへの避難移動は直ぐに出来なくなるだろう。

 帝都防衛軍は本来なら、大本営の指揮下に作戦行動を行うのだが、大本営はバハラスにその機能を移して帝国全体の軍事作戦と行動の指揮に当たっている。ケドニア帝国は、冷徹と言われようが帝都ヴェーダの、その後に備えてもいた。


 北部にあるケドニア帝国軍は、バハラス大本営の指示を受ける事になる。大本営も、三々五々集まって援軍を送ると言う過ちはしないだろう。ある程度、時をかけ、数を揃えないと簡単に各個撃破されてしまう事は周知の事実だ。このヴェーダという世界でも、やはり数は力である。


 かろうじて生き残ったフルダ防衛軍の残存部隊は、前進して撤退援護していた帝都防衛軍と共に退却していた。一方、帝都周辺の村や小さな町は、魔獣の激しい襲撃をうけていた。劣勢な防衛軍は救援が出来なかった。また後方では、兵站の混乱が、ますますひどくなっていた。


 防衛軍は、さんたんたる状況においこまれていた。帝都への導水路であるアンベール皇帝運河では、破壊されずにかかっていた橋を渡った魔獣の一団が、運河を迂回してミュー川沿いに進撃してきたのだ。防衛軍は、退却をしなければならなかった。ミュー川とアンベール皇帝運河の合流地点での魔獣の支配力が強化されていく。帝都より東60キロのこの地点では、80の魔獣が攻め寄せ、わずか3時間で占領された。この為、帝都の水道の導水路は残り4本となった。


 帝都近隣の小さな町や村では、戦う事は、とうてい不可能であったので、北のバハラスへの避難が勧められている。避難民には、空から攻撃が行われていた。カラス型魔獣やワイバーンは、帝都の様な小銃による反撃が出来ない事を知ると、わがもの顔に襲撃を繰返した。特にカラス型魔獣の急降下による攻撃は、道路上を逃げる避難民達に大きな恐怖をばらまいていた。


  この時、帝都には、水と燃料は12カ月(260日)、食料と弾薬は5カ月(130日)にわたり、補給なしで戦う事が出来るだけの備蓄があった。命綱の水は水道により運ばれ帝都近く5キロ離れた丘から地下に潜る。元々、水道は破壊工作が困難なように作られていて、魔獣には容易に発見されないと思われていたが、偶然、東の1ヵ所の導水路が発見され破壊されている。残り4か所の内、1ヵ所でも破壊されれば水不足になる。帝都では、水魔法が使える者もいるが数が少なすぎた。


 帝王の宮殿には、いくつかの扉を通り、延々と地下に続く階段がある。水晶宮殿の中にある施設だが、この地下の要塞は魔獣の帝都侵攻時まで使われた事は無かった。公にされた事は無いが、500名が籠城できる設備が一通り整えられている。地上の様子を伺うことも出来る潜望鏡が宮殿の各所に隠されていた。今回、このブンカーの様な地下施設が帝都防衛軍の司令部となっていた。


 ランプの明かりとの併用だが、魔法使い達によって煌々と輝く魔法の灯りの元、ここには昼夜という物が有るという事を感じさせないほどだった。地下は常に気温が一定で年間を通じて13~14度に保たれている。夏は涼しく寒く感じる位だ。冬はもちろん暖かい。魔石エネルギーが貴重になってからは使えないが、エレベーターもある。


 鋼鉄製遮断扉に守られた、指揮作戦室、地上観測室、兵員居住区、通信魔法室、空調機械室、貯蔵庫、武器庫、弾薬庫、輸送軌道蒸気動車両待機所、貯水槽、病室、警備室、休養所など様々な生活関連設備もあった。随所に機関銃、対大型魔獣銃座が置かれ、万一の時には通路爆破用爆薬、歩兵用障害設備も備えていた。


 フルダ渓谷・平原続く負け戦で、帝国の防衛軍は14万名の兵員を失っている。もはや、フルダ防衛軍は全滅と言ってよいほどである。防衛力強化の為に、帝都では、なりふり構わず兵員を増やす必要が有った。だが帝都には、大きなハンディキャップが生まれていた。それは、フルダで兵を失った為、召集した兵の約6割が正規兵では無く予備兵だったという事だ。


 帝都ヴィータは130万の人口を数える。北のバララスに避難した者が30万。魔獣襲来時、帝都の防衛人員は22万人に上った。動員令が出されて、限界を超えるかの様に兵員を集めて、人口の5分の1が兵となったのだ。その中には、補助的役割を果たすはずだけだった予備兵が多く含まれていた。


 これらの予備兵部隊は、軍務がきつくなって来たと言う理由で、引退まではしないが男女とも年齢が高かった。昔、取った杵柄といわれる、嘗ての軍務経験者である。昔、身に付けた腕前や技能は衰えていなだろうだが、度重なる軍制度の改革、火器、装備品の発展がある。残念だが、今では一般人に近い存在であると思われた。


 家庭を持つ者も多いので士気は高いと言えず、厳粛なケドニアの軍紀を求める事は出来なかった。兵員の質は、極めて憂慮すべき状態であったと言える。これらを解決するはずの実戦部隊の将校、特に下士官は先の魔獣戦で著しく不足していた。また、緊急に応召された為、再訓練時間も無いに等しかった。


 初戦の、偵察に来た魔獣は撤退したが、依然として帝都に近づく本隊がいる。魔獣の群れは、群れから軍に数を増やしていく。やがて軍集団になり25キロ地点で足を止めた。その数は、およそ90万匹。まさに魔獣の海である。ここで魔獣の侵攻が止まったのが、だれの目にもおかしく見えた。フルダ渓谷の惨状が如何にもたらされたかは、まだ知られていない。やはり、ここにも大型のワイバーンがいた。今度は、4匹が待機していた。


決戦の幕が上がった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 帝都にこの魔核弾頭の話を伝えないと。カトー達は空飛ぶ絨毯で帝都を目指して飛行している。ラザール要塞司令官には、爆弾の内容を書いた文を頼んだ。そうでないと、爆発時に威力を信じてくれないかもしれない。遠征軍本隊と別れた後は、巡航速度40キロの所、最大速度と思われる60キロで移動中だ。急がなければならない。


 帝都まであと200キロ程で到着である。やっと着いたなと思った時。はるか先、帝都の方角で強烈な光を感じた。ボーとしているとエミリーが僕を揺り動かした。直ぐに高度を下げて隠れないと。

 土魔法で、いつもの野営用の家と分厚い土壁を作って避難する。どうやら、間に合ったようだと思う間もなく激しい揺れが感じられた。頭の上を爆轟によって発生した衝撃波が通りすぎると、腹に響く音が聞こえてきた。魔核弾頭W19-Bの爆発だった。

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