言いようのない涙
幸いなことに館には5000冊もの蔵書を誇る図書館があった。本来であれば片っ端からすべて読みたいところではあるが、残念なことに今の俺は他にすることもない病人ではなかった。
まず俺はこの世界の生物について調べた。
竜、人間、魔族、獣……そして今はもう死んだ神々たち。神は滅び、竜はわずかではあるが生き残っている、そして今地上を奪い合っているのは人間と魔族であるという事がおぼろげではあるが理解できた。
神……という者が実在するのかは分からないが、竜は確かに実在している様である。館の大広間には竜骨が展示されていたのであるから。
全長はだいたい30mほど、恐竜に似てはいる者のその細かな構造は地球の物とは多く違っていた。
よく見るとその骸の側近くに何か覚書がされていた。
前の大戦で魔族側についた竜イーグニス、ラインハルト家の当主バロンとその息子エドウィンによって討たれた。
この骸はバロンの死とその気高さを記念する墓標でもある。
「バロン……というのが俺の父なのか」
俺はふと呟いた。その名にはどこか親密さが感じられた。
「お兄様……、お父様はとてもやさしいお方でした」
いつの間にか妹が側にいた。
「ああ……」
俺のふとした呟きは彼女にとっては違和感のある言葉であったが、彼女はそのことを気にする様子はなかった。
「一週間後、前の戦いで死んだ戦士たちのために国葬を行おうと思う……。お父上にもぜひご出席を願おうと思ってここにいたんだ」
俺はそう適当に説明する。
「それはお母様も喜びますわ」
お母さま?
父が死んだことは分かった。
では母は……もしかすると生きているのか。
「お母さまは……、今は何処においでか」
俺はそう妹に問いかける。
「お母さまなら先ほど館に戻られましたわ、会いたいので部屋に来てほしいとのことです」
「ああ……いまいく」
家族……いつまで俺はこの家の家族を騙し続けられるだろうか。
俺は家中を歩き回り、ついに「我が母」に会うことが出来た。
「あら、エドちゃん。いつもより少し……明るいわね」
母はそう言った。
「ええ……すこし運動をするようになったからでしょうか。もし、もう少し私に力があったら父上を死なせることもなかったのかもしれませんから」
俺は適当にそう言った。
「バロンは……きっとあなたが生き残った事が何よりもうれしかったと思うの。だから、あの人のためにもあまり無理はしないでね」
「ええ……善処します。それと母上、来週国を挙げた葬儀を執り行おうと思います、ぜひお母さまもご出席ください」
俺はそう告げ、そしてその場を去った。
結局の所バロンとこの母からエドウィンを奪い去ったのは俺なのだ……、こんな俺にどうして心配される資格があろう……。
俺の方目からはなぜとは言いようのない涙が流れていた。