酒場の乱闘
古代では酒は神聖な飲み物として扱われていたそうである。
今となってはそのアルコールの力が人の判断力を鈍らせているだけだと信じられているものの、今でも音楽家や画家などはその飲み物に神聖さを求めるそうだ。
酒場のドアをそっと開け、俺は一番小ぎれいに見えた酒場へと入った。
カウンター席へと進み、そして座る。
「お客様、ご注文が決まりましたらお声がけください」
マスターらしき男はそう告げる。
「ああ……」
メニューに目を通しはしたもののどれも知らない物ばかりだった。
「一番売れている食事と酒を頼む」
俺はそう注文する。
「畏まりました」
ぼーっとし酒場の中を眺める。
館の中にいたころには気が付かなかったが、当然ではあるが皆近代的な服装はしていない。まるで中世のような服装をしたものばかりだ。
ふと俺は頭に何かが直撃したのを感じた、痛みは遅れて感じられ、さらに遅れて赤い何かが目にかかった。
二撃目が振り下ろされる音に気が付いた俺は直前の所で振り向き、そして酒瓶を片手に激怒している男へと拳を振り下ろした。
一瞬俺の方の拳が早く相手を沈め、男はそのまま床へとたたきつけられた。
「エドウィン卿……まさかこんなところに護衛も付けずやってきているとはな!俺はこの日をどれほど……どれほど楽しみにしていたことか!」
男は目に血を滾らせ、憎悪を込めた目で俺を見つめた。
どうやらもう一人の俺はこの男の恨みを買っていたようだ。
だが、俺にはこの男に対する恨みはさほどなかった。
実は頭を殴られ血を流したものの、その傷も痛みもすでに癒えていた。
理由は分からないが、この体には何らかの魔術的な防護がなされている様である。
「おじいさん、何か恨みを買っていたのなら謝る。だが……俺には、なぜ俺が恨まれているのか見当もつかない」
「へっへっへっ……そりゃあそうだろうな。あんたには俺達貧民がいくら死んだとしても何のかかわりあいもねえ、あんたみたいなお偉いさんにはな」
「落ち着いて欲しい、何があったのか教えてほしい」
俺はそう冷静に告げる。
獣に襲われた時に同じように獣のように振舞うのは得策ではない、もし人が一度獣のように振舞えば何よりも品性が傷つけられるし、自分が獣の同類だという事を証明しているようなものだからである。
「あんたは……、あんたの元で俺の息子は死んだ。前の人魔戦争で……あの戦争へあんたの命令で行った俺の息子は……」
「ああ……」
なるほど、仕方が無いことであるとはいえ俺はこの老人に同情した。
「すまない、俺にできるだけの事をさせてほしい」
俺はそう申し出た。
「何というお方だ、やはり竜を倒し洪水から数万の人をを救ったというあの噂は嘘ではなかった」
どこかの酔っぱらいはそう叫び、そしてどこかへと走り去った。
「明日、前の戦争?で死んだらしいこの町の人間たちのために国葬を開く準備をしようと思う。俺にはそのくらいの事しかできないが……、許してほしい」
俺はそう沈黙している老人に告げその酒場を去った。
人魔戦争……、その名前から俺はこの世界に人以外の知的生命がいるのだろうと推測した。