新たな出会い、新たな感情、新たな呪い
健康な体と自由を手に入れたかに思えた俺はすぐにその幻想から目を覚まさせられた。
健康は確かに手に入れた、だが自由ではなかった。
この世界の俺の役割である領主という立場から逃れることはほぼ不可能に思われた。
どうやら俺の顔はそこそこ知られているらしく、秋が言うにはこの世界のどこに行っても顔を知らない者はいないそうである。
この世界の俺はいったい何者だ?
たとえ突然旅に出るといったとしても一人旅にはならないだろう、多くの護衛と野次馬付きの旅……それならこの町でのんびり過ごした方がまだ自由だ。
俺は仕方なく領主として生きる道を選んだ。
人一人殺したのだという罪悪感に苛まれながらも俺は、身辺の調査を開始した。正確にはもう一人の俺を殺したのは俺ではなく秋であるが、俺のために彼は死んだのだ。
まず俺は自分の家族の存在を気にした。
おそらく家族であれば誰かしらこの館の中、もしくはすぐ近くにいるはずである、そう思い俺は館の散策を開始した。
「あら、お兄様。いつもよりも少し楽しそうでいらっしゃるわ」
お兄様?俺の事か。ふと廊下で15程の少女がそう俺を呼んだ。
「いつもはぶつぶつと何か唱えながら、何かしらの本を読みながら歩いていらっしゃるのに。こうも……なんというか、正常……じゃなくて落ち着いていらっしゃるお兄様を見たのはいつごろぶりかしら」
そう彼女が言うのを見て俺は、友人が小ばかにされているときのような少し笑える気分になった。
人間の心というのは不思議なものだ、時には暗い話題すらもとても楽しい題材となる。
「ああ……、少し面白いことがあってね」
俺はそう呟く。
そう言うと妹はまたクスクスと笑った。
「変なお兄様……まるで昔に戻ったかのようです」
「ずっと同じままの人間などいないさ、俺だって今日の俺に会ったのはどれくらいぶりだろう」
そう……、確かに俺は昔に戻ったかのようだった。
病人として死にかけていた頃は全く感じなかった人への愛や、宇宙への関心は今は俺の興味の大半を占めるようになっていた。
この「妹」に対しても同じ事だった。
今は彼女が、まるで本当に妹かのような気すらしていた。
「じゃあな」
そう軽く挨拶をしてそこで妹とは別れた。
少なくとも俺には妹がいる……ひとまずその日の散策の成果はあったようだ。
とはいえ、今は名前すら分からない……。その後俺はたまたま歩いていたメイドにこう聞いた。
「俺の妹を知らないか?」
「オリヴィア様なら先ほど外へお出かけになりました」
オリヴィア、彼女の兄の仇はこの俺だ。
そして今はこの俺が彼女の兄なのだ。
その皮肉に俺は何とも言えない感慨深さを感じた。
夜になった、昼間は気にもしない悩みや苦しみが夜には一層辛く感じられる、まるで街灯が暗闇の中で輝くように、悩みも暗さの中でこそ眩く光る。
「あの妹に対する理解すらできない愛情、そして俺が彼女の仇だという事実……」
なぜか俺はオリヴィアを本当の家族のように感じた。
本来はそうすべきではないのにである。
そしてなぜか前の俺を俺は友人のように感じてもいた、彼は俺のために殺されたのに。
俺はそう悩みながらも、夜の街へと向かった。
酒場へ向かおう、この悩みを忘れるために。
確かに館で酒を飲んでもよかった……だが、酒場の空気こそが本当に人を酔わせるのだ。